課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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【前回までのあらすじ】

 科学特捜隊のハヤタ隊員は、竜ヶ森上空を飛行する青い球体と赤い球体を小型ビートルで追跡していた。
 しかし、上空で小型ビートルは赤い球体と衝突して墜落し、ハヤタは命を落としてしまう。
 赤い球体の正体はK78星雲(78000円)の課金異世界人だった。彼は、宇宙の墓場に護送中に逃亡した宇宙怪獣タムラー(ゆかり)を追って、地球までやって来たのである。
 そして、自分の不注意でハヤタを死なせたことに責任を感じたかっちゃんは、ハヤタに自分の命を分け与えて一心同体となり、地球の平和を守るために戦うことを決意。
 以後、ハヤタは科学特捜隊が危機に直面するとベーターカプセル(βテスト仕様)を点火させて変身し、戦うこととなったのであった。


イベント終了間近、ボーダーは遠く、「もう終わりだ」という気持ちを押さえ込み、最後の最後まで諦めないような気持ちで

 ここはミッドチルダ先端技術医療センター。

 現在、次元世界でも指折りの医療設備が整っている施設だ。

 ミッドチルダや古代ベルカ由来の魔法はそもそも、地球には存在しない高度な科学と高度な魔導の融合であるが、この医療センターもまた、科学と魔法を併用する医療施設である。

 

 逆に言えば、この施設も電力ありきの施設であるということだ。

 よって当然、災害や事件を想定して緊急時用の発電機も備え付けられている。

 ミッドチルダの医療施設の大半は現在、室内電灯もつけることができない、医療行為を何一つとして行えない状況にあった。

 ゆえに先端技術医療センターは今、数少ない医療行為を行える施設となっていた。

 

「センター長! もう限界です!

 病院備え付けの緊急用発電機だって、無限に動くわけじゃないんですよ!?」

 

 看護婦が叫び、センター長が窓枠に手を乗せ、センターの入口に殺到する人々を見下ろす。

 その表情には、僅かな逡巡が見て取れた。

 

 街ではスカリエッティの仕込みでパニックが発生し、玉突き事故や人の将棋倒しで怪我人が大発生。ガジェットやラプターは管理局員を優先して狙っていたが、それに巻き込まれた一般人の怪我人もまた、センターに殺到していた。

 そこに他病院の人間が必死に運んで来た緊急を要する患者まで混ざり、センターの入口はこんなことになってしまったというわけだ。

 

 現状最大の問題は、やはり電力不足であった。

 重病、重症に対応するためには、どうしても機械を動かす電力が居る。

 緊急時用発電機だけでは、この病院に入院していた患者達全員を長時間延命させることは出来ない。外部からの患者の受け入れ、救急車の搬送の受け入れなどもっての外だ。

 

「センター長、決断を!

 病院のキャパシティを超えて患者を受け入れるなんて言語道断です!

 既に入院している患者を蔑ろにすることになります! どうか、決断を……!」

 

 この看護婦は非情な人間ではない。冷徹な人でもない。合理的にもなれない。

 ただ、普通の人であり、この病院に今入院している患者と顔見知りであるせいで、守るべきものに優先順位が出来てしまっているだけだ。

 センター長は目を細める。

 今、ミッドチルダは未曾有の危機に直面していた。

 受け入れるも地獄、受け入れないも地獄だろう。

 センター長はセンターの限界を超える数の患者を窓から見下ろしながら、治療が行われる部屋にしか明かりが灯っていない病院を見渡し、足りない電気を認識しつつ、口を開く。

 

「分かってる。だがな、患者を見捨てるわけにも行くまいよ」

 

「先生!」

 

 だがセンター長は、運ばれてくる患者を拒絶するという選択を拒絶した。

 

「どの道、この事件が長引くようなら重病患者は生きられないさ。

 君の言う通り、発電機の電力は有限だ。

 外部からの患者を見捨てて余裕を作ったところで、焼け石に水にしかならない」

 

「それは……そうかもしれませんが……」

 

「なら、私は信じる。

 次元世界の平和を守ってきた彼らを信じる。

 この事態を短期に片付けてくれると信じ、自分にできることをやろう」

 

「こんな状況でできることなんて……!」

 

「あるさ」

 

 名もなき院長は、事態を全く把握していない。

 けれども希望を捨てず、信念を捨てず、医者としてのスタンスを捨てていなかった。

 

「医者にできることなんて二つしかないさ。

 患者を見捨てないことと、患者のために全力を尽くすことだけだ」

 

 看護婦は口ごもり、何も言い返せないまま俯く。

 反論はできないが同意も出来ず、けれどセンター長の意見の方が正しいと思ってしまったから、反抗する気も起きない。

 看護婦の所作は、看護婦の心情を如実に表していた。

 

「わかってくれたようだね。

 さあ、問答の時間も惜しい。患者の受け入れを再開しよう」

 

 センター長自らが、医務室という名の戦地に赴く。

 この大病院の全ての人間を動員してでも、差し伸べられるだけ手を差し伸べ、救えるだけ救うつもりなのだろう。

 そんな彼らの行く先を、うっすらと光が照らしていく。

 

「せ、先生!」

 

「!」

 

 だが、勇気と覚悟を照らす光が希望であるとは限らない。

 彼らを照らした光は、ガジェットが殺害のために放ったものだった。

 滝を流れ落ちる激流のように、されど滝の激流よりも遥かに早いスピードで、光の柱が病院へと落ちていく。

 

「万事休すか……!」

 

 センター長と看護婦は近くにあった裏口から走り出て、病院外に居る人だけでも助けようとするが、警告の声も間に合わない。声が届く距離まで行けない。

 闇の中で命を助けていた彼らが、光に飲み込まれ――

 

 ――彼らを飲み込んだ虹色の光が、空からの光を弾き飛ばした。

 

「来たれ、城壁の鎧っ!」

 

 闇の中でこそ、絢爛に輝く七色の光。

 少女の叫びが、傷付いた人々を病院ごと覆うドーム状の虹色が、俯いた顔を上に向けさせる。

 

「虹色の、盾……?」

 

 そしてセンター長と看護婦は、病院を守ってくれた金色の髪の魔法使いの後ろ姿を見た。

 

「ここは、悪者が壊していい場所じゃないんだよ。殺す場所じゃなくて、救う場所なんだ」

 

 虹の盾を設置し、少しは病院を守ってくれるように強固に結束。

 独断で動いたヴィヴィオはそうして、この病院を聖域へと塗り替えた。

 

「これは、結界?」

 

「今、ミッドチルダでは魔法が使えないはずじゃ……?」

 

 ヴィヴィオには、オリヴィエやカリギュラと同じように、他の人間にはない特異な特性がある。

 それは、『魔力そのものが特別である』ということだ。

 聖王の血族は虹色の魔力カイゼル・ファルベを持ち、この魔力は使いこなせば普通の魔力よりも強固な結合をするという特徴を持っている。

 この魔力の結合はAMFや分断ディバイドに強い耐性を持ち、この魔力で編まれた『聖王の鎧』は非常に強固な防御力を持つ。

 ヴィヴィオは防御魔法が得意でないため、近接戦と平行して使えば一気に脆くなってしまうが、デバイスが防御補助に集中し、足を止めて防御すれば、ご覧の通りというわけだ。

 

 仮にだが、スカリエッティがヴィヴィオを手中に治め、ガジェットと同時に運用していたと仮定しよう。

 その場合、影響ゼロとまではいかないものの、ヴィヴィオはガジェットのAMFの影響を受けづらいため、共闘相手としては申し分ない成果を叩き出していただろう。

 だが、そうはならなかった。ヴィヴィオはガジェットの敵としてここに立っている。

 ゆえに。聖王の力は、ガジェットの天敵となりうるものだった。

 

(こういう道草なら、お兄さんも怒らないよね)

 

 兄のように、父のように、自分の面倒を見てくれているKからの通信――招集命令――がヴィヴィオにひっきりなしに届いている。ヴィヴィオはその途中で寄り道していたようだ。

 病院を丸ごと囲う虹の結界に魔力の大半を奪われ、息を切らして、その上で招集に応えるべく走り出そうとするヴィヴィオの背中に、看護婦が声をかける。

 

「あの!」

 

 ヴィヴィオが振り返る。その瞳がとても綺麗な紅と翠のオッドアイだったため、看護婦は思わず息を呑んでしまった。

 されど気圧されずに、叫ぶように感謝の言葉を口にする。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 ヴィヴィオは一瞬キョトンとして、変身魔法で大人の姿になったまま、幼児のような純粋な笑顔をへにゃっと浮かべる。

 

「えへへ、どういたしまして!」

 

 そして子供のように元気よく言葉を返し、その場を走り去っていった。

 

(急いで合流しないと!)

 

 時間は食ってしまった。魔力も使ってしまった。

 それでもやった甲斐はあったと、ヴィヴィオは思う。思いながら、ただ走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上部隊には、泥臭く頑張る人間や、頑固なくらいに負けず嫌いな人間、言うなれば古臭い一昔前の人種が跋扈している。

 彼らの中でも特に行動的な者達は、諦めていなかった。

 

(今だ!)

 

 建物の上で双眼鏡を持ち、皆の目になっていた者が手旗信号で合図を送る。

 それを見た路地裏の地上部隊の面々が、力を合わせてロープを引っ張った。

 

(せーの!)

 

 無言で引っ張られるロープ。

 ロープに繋がれていた、マンホールに偽装されていた金属の板がズルッと滑る。

 そして、その上に居たラプターが落ちた。

 

 あまりにも原始的で、ゆえにデータがなくラプターに通用した小細工。

 "ビームや金属武器が効かないなら石斧で殴り殺そうぜ!"に近い、原始的であることを逆に利用した攻撃であった。

 

「よし、やった!」

 

「バカ油断するな下がれ!」

 

 だが、それでラプター軍団が地上部隊の位置に気付いてしまう。

 しかもマンホールに一切近寄らないあたり、先のマンホール落としから学習した内容をラプター全員で共有もしているようだ。

 

「クソ、一度使った手はもう通じないか……!」

 

「愚痴るな! 次の手を打てばいい!」

 

 しかもマンホールに落としたラプターまで這い上がって来る始末。

 首でも折れてくれていれば、という地上部隊の淡い期待もあえなく消え去った。

 地上部隊の一部隊でしかない彼らに、魔法使用不可という最悪の状況で、十数体のラプターが対処できるはずがない。

 人型機械が横並びに走り、手に持った銃で面制圧してくる姿は、戦いのプロを心胆寒からしめるものがあった。

 

 彼らは解体予定の廃ビルの中に逃げ込み、ラプターもそれに続く。

 されど、これは逃走ルートではない。彼らが用意した最後の罠だ。

 

「ギンガ! 殴れ!」

 

「はい!」

 

 ここにスバルが居たら、少し驚いた顔をしたことだろう。

 父・ゲンヤの掛け声に応じ、ビルの柱を殴り壊す姉・ギンガの姿と、それによって破壊されるビルの姿が見れただろうから。

 

「全員脱出したな!? よし、俺達も脱出だ!」

 

「はい!」

 

 崩れるビル、既に全員脱出した地上部隊、瓦礫に飲み込まれていくラプター達。

 

「よしっ!」

 

 だが、地上部隊の面々が希望を持っていられたのは、瓦礫を押し上げ、瓦礫の下から十数体のラプターが這い出して来るまでの間だけだった。

 

「……っ、そんな……」

 

 とある会社で戦闘端末として作られたラプターは、未完成の状態で盗まれ、スカリエッティの手で完成した。当然、ビルの瓦礫程度で全滅するような作りにはなっていない。

 一部はダメージを受け、一部は瓦礫の重みで動けなくなっているものの、破壊にまでは至っていないというのが現状だった。

 

「……ここまで、でしょうか。皆さん、撤退してください」

 

 隠れながらの逃げに入っていた地上部隊だが、ラプターのセンサー相手に逃げ切ることは難しいだろう。

 ギンガ・ナカジマは、覚悟を決める。

 覚悟を決めた彼女の横顔は、母・クイントのそれや、妹・スバルのそれとそっくりだった。

 

 "戦う覚悟"を決めた女の顔を見て、ゲンヤは慌てて彼女を止める。

 

「やめろ、ギンガ!

 確かにお前なら戦えるかもしれん!

 だが、お前は魔導師として戦う訓練しか積んでこなかったはずだ!

 魔法抜きで戦うならひよっこ同然、いやひよっこ以下!

 やったことのない戦い方して蜂の巣になるくらいなら出るんじゃねえ!」

 

「……やるべきことをやるだけよ、お父さん」

 

 踏み出す。

 ギンガはラプターから離れていく皆に背を向け、皆と逆の方向に、つまり十数対のラプターの方に向けて駆け出していく。

 スバル同様、魔力で動かない機械機構を体内に持つギンガなら、この状況でも戦えるかもしれない。だが、魔力が使えなければ結局ガジェット一機にも敵わない程度の強さしか出せないだろう。

 彼女は決死の覚悟で、殿(しんがり)を請け負った。

 

「諦めたら、そこで何もかも終わってしまうから……最後まで、抗わないと!」

 

「ギンガぁ!」

 

 デバイスすらも動かない、バリアジャケットすらも纏えないギンガが拳を振り上げる。

 

 ラプターは無感情に、無慈悲に、無機質な銃口を彼女に向ける。

 

「―――!?」

 

 そして、いかな奇跡か。

 そこに救援が間に合った。

 ギンガに銃を向けていたラプターの脳天に、舞い降りた少女の蹴りが突き刺さる。

 文字通りに突き刺さるほどの一撃は、ラプターの頭部が体にめり込むほどの威力であり、重力加速度・重量・パワーを綺麗に破壊力に転換した一撃であった。

 

 周囲のラプターは乱入者――ノーヴェ――の出現とその強さに危機を感じたのか、ギンガに向けていた銃口を一瞬でノーヴェに向け直し、集中砲火。

 だがノーヴェはAMFなんて存在しないかのように振る舞い、飛び回り、ギンガの横に着地する。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「……!? 協力感謝します! ですが、あなたは……?」

 

「ノーヴェだ。そう呼びな」

 

 ノーヴェは名乗るだけ名乗って、周囲の街で市民の人命救助を行っていく。

 動きからはどこか焦りが見え、この救助も想定外のことであるように見える。

 まるで、どこかに行く途中の寄り道で、ここに立ち寄って人助けをしているかのよう。

 ギンガは建物の影に滑り込むように隠れ、ノーヴェを見る。ちょうどノーヴェがラプターをあしらいつつ、小さな子供を助けているところだった。

 

「よーし、もう大丈夫だ。舌噛まないように歯は軽くでいいから噛み合わせとけ」

 

「えぐっ、えぐっ……」

 

 ノーヴェは小さな子供をその辺の地上部隊の人間に預け、再度ラプターとの戦いに戻る。

 

(戦闘機人)

 

 戦場に入ったり離脱したり、ラプターから離れたり戦う距離に戻ったりと、この超高濃度AMF下で高い機動力を発揮しているノーヴェを見て、ギンガは彼女の正体に感づいたようだ。

 ノーヴェもまた、ギンガの視線に感づき、ラプターを数体蹴り壊してから彼女の横に着地する。

 

「ガッツあるじゃん、お前ら」

 

「ど、どうも」

 

 このノーヴェという少女、命の恩人ということで好感を持っているというのもあるのだろうが、ギンガはどうにも他人の気がしなかった。

 例えるならば、生き別れの姉妹に会ったような、そんな感じ。

 

 ギンガが不思議な感情に戸惑っていると、ラプターの数がどんどん減っていく。

 ここに居るのはノーヴェだけではない。

 砲撃を撃つ戦闘機人が。ボードに乗って空舞う戦闘機人が。地に潜行する戦闘機人が。

 ノーヴェに注意を引かれたラプターを、次々と片付けているのである。

 ガジェットがラプターの応援にやって来ていたが、それでも勝敗は変わらない。

 

 スカリエッティですら、製造段階では考えていなかったことだろう。

 

 戦闘機人が、自分の主力兵器であるガジェットの、天敵であるだなんてことは。

 

「凄い……」

 

「あーやっべー、チンク姉が呼んでるのに、ついつい加勢しちまった」

 

「え?」

 

「でもいいよな? あんたら……ギンガって呼ばれてたっけ?

 あんたらの奮闘見てたら、手ぇ貸したくなっちまったんだ」

 

 ノーヴェの素性を知らないギンガだったが、スバルを思わせるバカ寸前の実直さと、照れた顔で紡がれる素直な言葉に、"信用してもいい"という確信を得る。

 

 やがてラプターは全滅し、空だけでなく地上にも現れたガジェット達も瞬く間に全滅、そしてノーヴェ達の前に真打ちが現れる。

 

「おっ」

 

「ようやく見つけた。ソシャゲ管理局の構成員。ノーヴェ、セイン、ディエチ、ウェンディ」

 

 オットーとディード。

 この混乱の中で、ミッドチルダ側が勝利する万が一の可能性を刈り取るため、ミッドチルダに放たれた死神だ。

 二人の戦闘機人はガジェットを引き連れ、人があらかた避難した町の一角で、四人の裏切者をターゲッティングする。

 早めにリーダーと合流したいこの状況では、ちょっと勘弁して欲しい相手であった。

 

「私達はナンバーズ最後発組」

 

「最も新しい技術を施された、最も新しい型のナンバーズ。

 君達とは違う。

 君達はドクターのアップデートを受けていない。

 データ共有によるバージョンアップもされていない。

 君達は既に旧式だ。旧式の機械は、最新式の機械には勝てない」

 

 オットーとディードに挑発しているつもりはない。

 彼女らは自分が事実を告げているだけだと思っている。

 どこか誇らしげに語り、自分が目の前の者よりも優れているという喜びを持ち、子供じみた優越感に浸りながらも、その感情に自覚を持っていない。

 その感情は薄いものであったが、同時に人生経験の薄い幼児に無理矢理に知識を詰めた、戦闘機人特有の子供じみたものであった。

 

 ノーヴェは、それがかつての自分を見ているかのようで、笑ってしまう。

 

「はっ、確かに機械は新しい方が強いだろうな」

 

 そして、行儀悪く親指で首を掻っ切る動作で、オットーとディードを挑発した。

 

「だけど人間は、ガキの方が弱いんだぜ。ガキンチョども」

 

 その挑発が、癇に障ったらしい。

 オットーとディードはノーヴェを叩きのめすべく飛び出した。

 ノーヴェの援護に周囲の戦闘機人も動き、近場に居たギンガにここから離れるよう呼びかける。

 

「こいつらはあたしらに任せろっス!」

「今は生き残ることだけ考えて」

「本当の戦いはまだ始まってもいないよ! 戦うのは、そこからでいいって!」

 

「本当の、戦い……?」

 

 ギンガは助けてくれた人達を置いていくことに後ろ髪引かれる気持ちになったが、ここに自分が居ても足手まといにしかならないと判断し、その戦場から離脱していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドチルダの被害状況は奇跡的に抑えられている。

 だが、地上部隊の施設、六課隊舎などは全滅と言っていい状況であり、ラプターやガジェットが市民を狙って行動を開始するのも時間の問題という状況であった。

 

 そんなミッドチルダのビルの屋上を、擦りむいた傷とススだらけになってしまった姿で、小さな女の子が歩き回っている。

 

「みんな、みんな、どこ……?」

 

 戦争などが原因で突如戦闘が発生した街中では、度々こういう"平和な世界に生きていた子供が一人で戦場に置き去りにされる"という事態が発生する。

 そして、そういった子供の末路は大体悲惨だ。

 そのほとんどが無残に屍を晒す結末を迎える。

 心の中で助けを求めても、誰も助けに来てくれないからだ。

 

 やがて子供の前に、一機のガジェットがやって来た。

 殺す理由はなかった。殺さない理由もなかった。

 だからプログラム通り、ガジェットは殺すためのレーザーを放つ。

 

「ひっ」

 

 女の子は目を瞑り、何がなんだか分からないまま、体を丸くした。

 

 しかし、いつまで経っても痛みはやって来ない。

 女の子は誰かに抱きしめられた感触と、その暖かさと、体がぐっと横に持っていかれる感覚を覚える。誰かが自分を抱えて跳んだのだと、少し遅れて女の子は気付いた。

 

「え……?」

 

 女の子を抱えるは、不屈のエース・オブ・エースこと高町なのは。

 動きにくい管理局の制服を脱ぎ捨て、起動不可能に陥ったレイジングハートを首から吊り下げ、動きやすい服を身に纏い、彼女は今ここに居る。

 力があるから諦めないのではない。

 力があるから立ち向かうのではない。

 力があるから手を差し伸べるのではない。

 

 心があるからそうしているのだと、言わんばかりに。

 

「もう大丈夫だよ」

 

 なのはは女の子に、優しく声をかける。

 その声は優しくて、力強くて、頼り甲斐があって。

 女の子は自然と、抱きつくようになのはに体を預けていた。

 

「安全な場所まで、一直線だから!」

 

 ガジェットがレーザーを発射するが、なのははそもガジェットの動きを研究し、それの対策を新人に教える立場にあった人間だ。

 その動きは、既に読んでいる。

 

 なのははガジェットが狙いを定めたタイミングと、ガジェットがレーザーを発射するタイミングの間、その僅かな時間に横っ飛び。レーザーを巧みに回避する。

 そしてビル内部で拾ったであろうロープをビル屋上手すりに引っ掛け、女の子を抱えたままロープを握ってビルから飛び降りた。

 

「わわわわわわ!?」

 

「大丈夫、大丈夫だよ! 私を信じて!」

 

 女の子を励ましながら、なのははビルの壁面を蹴って加速する。

 減速しながら落ちるのではなく、加速しながら落ちていった。

 ロープを握った手から絶えず魔力を放出し、AMF下で結合しにくくなった魔力を、手の平の上数mmに限定して過剰放出することにより摩擦の遮断に有効利用する。

 

 ガジェットが追い、レーザーを撃つ。

 なのはが派手にビルの壁面を蹴り、左右に揺れてレーザーを避ける。

 女の子の悲鳴が上がる。

 そんな繰り返しの中、なのははとうとう地上付近にまで到達、減速を開始した。

 ガジェットのAIは、ロープなんて狙わなくても本体を狙えば当たるという、至極妥当な判断が実を結ばなかったことに、小さなエラーを吐き出していた。

 

 そんなガジェットに、ビルの壁面を駆け上り近付く影がある。

 

「っおぁぁぁぁぁッ!!」

 

 影は純然たる筋力と歩法のみでビルの壁面を地面の如く走り、瞬く間になのはを追うガジェットとの距離をゼロにしてみせる。そしてそのまま、咆哮と共に拳を叩き付けていった。

 

「ザフィーラさん!」

 

「魔法も使えない身で一人で出歩くな、高町!」

 

 ガジェットは小型で飛行推力もそう高くはないのか、ザフィーラの拳で外部装甲を破損させて地面に落ちていく。

 女の子を地面に置き、ザフィーラの名を呼んだなのはは、このタイミングで走り出した。

 

 なのはは瓦礫を一つ拾って近くにあった街路樹を蹴って跳び、先程降りてきたビルの壁面窓枠上部分に足先を引っ掛け、下向きに跳躍。

 くるりと空中で回転し、ガジェットに瓦礫を投げつけ、落下する勢いのままに蹴り込んだ。

 狙うは、ザフィーラが壊した外部装甲の隙間。

 ガジェット内部に瓦礫が蹴り込まれ、めり込み、内部構造を破壊していく。

 

 かなり無理くりに、されど日頃訓練で鍛えた身のこなしを使って、なのははガジェットのゴリ押し撃破を成し遂げるのだった。

 

「ザフィーラさん、凄いですね……」

 

(お前がそれを言うか)

 

 よしよし、と再度抱き上げた女の子の頭を撫でながら、なのははザフィーラの強さに感嘆しているがゆえの言葉を吐いた。

 子供をあやしている今のなのはの姿と、先程見た戦技のギャップに、釈然としない気持ちがザフィーラの胸中に湧き上がる。

 

「俺には元より、この程度の筋肉は備わっている。

 残念ながら魔法が封じられた今、奇襲以外でこの手を届かせる方法はないのだがな」

 

 筋肉はAMFでは無力化できない。

 当然の理屈だが、釈然としない気持ちがなのはの胸中に湧き上がる。

 守護獣の身体能力は人間とは比べ物にならないほど高いが、奇襲とは言え素手でガジェットにダメージを通せるのは、それこそザフィーラくらいのものだろう。

 

 素の身体能力が高く、格闘の技量も高いザフィーラ。技も使う、瓦礫も使う、重力も利用する、そんな"人間らしい強さ"の塊のなのは。

 両者が互いにちょっと釈然としない敬意を抱くのは自然な流れであった。

 

「それよりだ、高町。

 主はやては外に出る許可を出した覚えはないそうだぞ」

 

「ごめんなさい……でも、助けを求める声が聞こえた気がして、待ってられなかったんです」

 

「お前のそれは美点でもあるが、危うい欠点でもあるな。

 ……まあいい。行くぞ。お前を待っている人間が居る」

 

「? はやてちゃんですか?」

 

「違う」

 

 ザフィーラはなのは、助けた子供と共に、上空からのレーザー攻撃で壊された六課から脱出した皆が待つ場所に向かう。

 

「お前の片割れだ」

 

 現状は何も変わっていない。

 希望を持てる要素なんてどこにもない。

 空は相変わらずガジェットに覆われていて、星は魔法を使えない超高濃度AMF状態、かすかな光を頼りに進まなければ何も見えない闇の中に佇むハメになる。

 

 だがザフィーラは、"その男"となのはを会わせれば、何かが変わると信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六課の面々がどこに逃げたのか?

 実は、彼らは意外なところに逃げ込んでいた。

 聖王のゆりかごを博物館に改造したゆりかご博物館、その真下である。

 

 この博物館、土台部分が巧みに組まれている上、魔力を通すとすっと外れる結合部分がある。

 それを外すと、ゆりかごの下にスペースができるのだ。

 ゆりかごを船として見ることもできるようにした、一種の建築ギミックである。

 「お盆の時に見る足の生えたナスみてえだ」とはKの感想だ。

 

 はやては窮地の友人の助けを受け、ここに部下と共に避難した。

 彼女の右隣には、車椅子に座ったK、その車椅子を押すシュテルが居る。

 その向こうにはちょくちょく来る少数のラプターやガジェットを片付ける、護衛役のチンクの姿も見えた。

 はやての左隣にはリインフォースも居て、はやてはなんだか不思議な気持ちになってしまう。

 

 十年前は、自分が車椅子だったはずなのに。

 十年前は、自分が立っている彼に見下ろされていたはずなのに。

 いつの間にか立ち位置は逆転して、はやてが車椅子の彼を見下ろすようになっていた。

 はやてはそれに、なんだか無性に申し訳無さを感じてしまう。

 彼から健全な体を奪ってしまった、そんな気になってしまったからだ。

 だからそれを誤魔化すように、軽めの口調で彼に話しかけていた。

 

「成程、レーザーの雨を振らせてくるんなら、こっちは傘を差せばいいんやな?」

 

「そういうこった。ただし」

 

 上から降るレーザーは、シュトゥラで強化改造された聖王のゆりかごに傷一つ付けられない。

 だが、ガジェットもアホではない。

 星を包み込んでいるという前提を生かし、地平線の向こう側辺りの機体が集結してレーザーを放つことで、地平線からゆりかごと地面の間を通してくるという荒業を披露してきた。

 

「こういうのも来るぞ」

 

「なんでやねん!」

 

 事務作業で鈍りに鈍ったはやてがかわせるわけもない。

 Kははやてを引っ張って膝上に乗せるように倒し、リインとシュテルが車椅子を押し、車椅子とは思えないスピードを出してレーザーを回避した。

 ドリフト気味に止まる車椅子の周辺で、同じように六課戦闘要員に庇われた六課非戦闘員達がレーザーを回避していく。頭が痛くなるほどの数の暴力であった。

 

「なんで、回避は自己責任で」

 

「あ、あっぶな、あっぶな……!

 ま、まさかこの歳で車椅子のお世話になるとは思わんかった……!」

 

「この事件が終わったらいい車椅子教えてくれよ、はやはや」

 

「気が早い! ちゅうか、車椅子経験者でも"いい車椅子"とかそうそう知らんわ!」

 

「余裕ですね主。Kと同じくらい……」

 

 はやてが死の確信とバクバクする心臓を必死に押さえ込み、リインフォースがなんだかんだリーダーとして余裕を持っている二人に呆れた声をかけていた。

 

「地平線からの攻撃なら見やすいし、避けることも可能だ。

 だが、それでも当たる可能性は高い。妹達とヴィヴィオは何をしている……!?」

 

「落ち着いてください、チンク。

 確かに想像よりは遅い到着ですが、まだ想定の範囲内です。

 ガジェットやラプターが固まっている所にぶつかれば、遅れることもありましょう」

 

「そうは言うがな、シュテル。私は急いで来いと連絡したんだ、姉として」

 

 チンクは苛立っているように見えるが、それは怒っているからではない。

 不安になっているからだ。

 数の暴力は強い。空を覆うガジェット以外のガジェット、ラプターが大挙して押し寄せてくればチンクもいずれはやられてしまうだろう。

 空を舞いながら火を吹いている竜が来れば、もう目も当てられない。

 聖王のゆりかごの下に隠れているのがKだと知られれば、スカリエッティは喜々としてここに戦力を集中するはずだ。

 

 だからチンクは不安がっている。

 なのに、彼女が支えているリーダーは不安を前世に忘れてきたかのような笑顔で、バカみたいに笑っていた。

 

「いいんだ。オレが許可したことだ」

 

「……リーダー」

 

「極力犠牲が出ないように立ち回ってくれると嬉しい。

 もしもの時は、間違ってもいい。オレを裏切ってもいい。

 だから、誰も見捨てるな……作戦前にオレが言ったことだ」

 

「……君がそう言うなら、私は何も言わないが」

 

「大丈夫大丈夫、なっちゃんも人助けしててちょっと遅れてるし」

 

「どこが大丈夫だ! これ以上遅れたらガジェットが市民を狙い出すかもしれないんだぞ!」

 

 リーダーの余裕がチンクの不安を爆発させる。

 「何を焦ってるんだ。イベントアイテムは既に全回収したんだぞ」「リーダーぁ!」という声が、閉塞感と絶望に押し潰されそうになっていた周囲の人間から、緊張感と肩の力を抜いていく。

 爆発でチンクの中に溜まっていたものが抜け、間にリーダーの余裕が流れ込んでいくような、そんな会話の流れであった。

 

「大丈夫ですよ。皆が本気で頑張っているのであれば、きっと間に合……あ、ほら、来ました」

 

 シュテルがそう言うと、噂をすれば影とばかりに、待ち人来たる。

 

「お待たせしました!」

 

 右からヴィヴィオが。

 

「悪い! 戦闘機人二人に絡まれて、振り切るのに時間がかかった!」

 

 左から戦闘機人達が。

 

「お待たせしました、主。高町を連れて来ました」

 

「ご苦労さん、ザフィーラ」

 

 そして正面から、なのはとザフィーラがやってくる。

 シュテルは複雑な表情を浮かべたが、頬を軽く叩いて気持ちを入れ替え、なのはの視界に入らないように姿を消した。

 Kもまた前に出て、駆けて来るなのはと彼の視線が、交差する。

 

 そうして、彼と彼女は、再会した。

 

 

 

 

 

 なのはの頬が緩む。

 とても、とても、懐かしい気持ちだった。

 心の中にあった"少し寂しい"という気持ちが大きくなってきて、ずっと会っていなかったことを寂しく感じていたなのはは、この時ようやく自分の奥深くに押し込められていた気持ちに気付く。

 会いたかった。

 つまらない話をしたかった。

 なんでもいいから、毎日顔を合わせていたかった。

 どうでもいい毎日も、大事な一日も、一緒に越えていきたかった。

 会えなかった日々が、『それ』が大切なものだったのだと、なのはに気付かせる。

 

 十年ぶりの、再会だった。

 

「久しぶり」

 

「うん、久しぶり」

 

 十年ぶりの、再会だった。

 

 彼はなのはをずっと大切に思っていた。自分が彼女を大切に思っている自覚も有った。

 だから、会わなくても心配はしていなかった。

 話さなくても、元気でやっているという近況を知れれば満足だった。

 自分にとって高町なのはが必要な人間でも、高町なのはは自分が居なくても立派にやっていける人間であるという事実を、彼はちゃんと認識していた。

 毎日会って、楽しい毎日も辛い一日も一緒に越えていった記憶があれば、それで十分だと彼は考えていた。

 

 それでも、寂しいと思う気持ちは彼の胸の中にもあり。

 この世界に生まれてから二十年近い月日が流れた今、彼の中にはなのはとの再会をまっとうに喜ぶ気持ちも、彼女の姿に懐かしさを覚える気持ちも、きちんと根付いていて。

 彼の頬は、自然とほころんでいた。

 

 

 

 

 

 二人の間に沈黙が流れるが、それは居心地の悪い沈黙ではなく、どこか心地の良い沈黙だった。

 この時間がずっと続けばいいのに、と思えてしまうくらいに、心通じた沈黙は心地いい。

 だが、今はそんなことに時間を使っている余裕はない。

 

「話すことが、いっぱいあるな」

 

「うん。……体、大丈夫?」

 

 なのはは自然と、一番聞きたかったことを問う。

 彼の体の不調。歩けなくなるほどに弱った心臓。車椅子が手放せないその姿。

 なのはは深刻な表情で問いかけたが、彼はなのはの深刻さとは対照的な軽妙さで、なのはの予想以上に悪い事柄を口にした。

 

「十年前、闇の書事件の時、オレの心臓の中に闇の書の残滓が入り込んだ」

 

「……え?」

 

「始まりはそれだ。

 オレは『あ、これ死んだわ』と思った。

 が、死にたくなかったんで色々試した。

 最初の方は侵食速度も遅かったしな。

 シュテルの魔法での遅延、課金アイテムの使用、定期的な通院でどうにかはなってたんだ」

 

 心臓に手を当てる青年。その奥に今でも、闇の書の悪夢は息づいている。

 

「だけど、あの時。

 時間の狭間で、オレは奴が具象化した闇の書をゼロ距離砲撃で吹っ飛ばした。

 それからだ。オレの心臓の中の闇の書の残滓が、活発に動き始めたのは」

 

 そしたら四年でこのザマだ、と笑いながら彼は自分の足を叩く。

 なのはは笑えない。

 

「て、摘出しないと!」

 

「できるならやってる。が、心臓とリンカーコアと融合してるんだよこれ。

 やるならこの両方を摘出しないといけないんだが、まごまごしてたらどばっと拡大。

 半年くらいで脊髄とか内臓とか、その辺全部摘出しないと完治しないかもって状態になってさ」

 

 はぁ、と面倒臭そうに溜め息を吐くK。まるで悲壮感がない。ガチャで爆死した時の彼の方がまだ悲壮感があるくらいだ。

 

「おかげで成長のバランスも悪いんだ。

 他の人より早く体成長して、他の人より早く体の成長が終わった。

 かと思ったら、一部の代謝が悪くなって、老化が遅くなった。

 外見は変わらないくせに、内臓はほっとくと加速度的に劣化していく。

 おかげで一番悪い心臓は魔法で支えきれなくなって、今じゃ車椅子生活ときた」

 

 彼の体内はボロボロだ。

 本来ならば入院しておくべき体であり、それでも彼が自由に外を駆け回っているのは、彼の性格と生き方の問題である。

 時々駆け回っている最中に出会った人物の助けで延命したりするので、医者もこの青年の暴走を止めるに止められないというのが現状であった。

 病院でつまらなく長生きするくらいなら、楽しく短い時間を生きる。

 この青年はそういうタイプで、彼の部下のシュテル達はそんな青年を救うべく、彼の近くで彼を支えていた、というわけだ。

 

「その内足も切り落とすかもしれないってさ。

 心臓への負担を減らして、魔法で血量とか血流とか弄るんだと」

 

「……っ!? そんな……! かっちゃんは、それでいいの!?」

 

「足がなくてもソシャゲはできるだろ?

 変なこと言うやつだな、なっちゃんは」

 

「うん、かっちゃんならそう言うと思った」

 

 彼は変わらず、人生を楽しんでいる。

 人生を楽しくするために頑張っている。

 なのははそのに安心と、一抹の不安を覚えた。

 彼がこのまま、人生を楽しみながら死んでいってしまうのではないかと、そう思ったのだ。

 

「オレを殺そうとしているのは、闇の書の闇、その根源。

 今は亡きウーンズ・エーベルヴァインの妄執と、憎しみだ」

 

 ウーンズは腐った性根で、歪んだ憎しみを彼に向け、強烈な呪いを残していった。

 奇しくも、それがウーンズの性情の悪さと能力の高さを証明していったと言える。

 

「十年前の、そして四年前の戦いは、まだ終わってないのかもしれん」

 

「それは、闇の書の闇との戦い?」

 

「そうなるな」

 

 そして、その妄執と憎悪は終わっていないと、彼は語る。

 

「ここ一年ほど、オレの中の残滓に変化が起きてきた。

 残滓がどこかに呼ばれてるんだ。

 どこに引き寄せられているのかはさっぱり分からない。

 だけど、分かってることが一つある。

 何かが闇の書の残滓を呼び集めてるってこと。

 そして、呼び集められた闇の書の残滓が一箇所に集まり、一つになってるってことだ」

 

「それって……」

 

「世界のどこかで、闇の書の悪性が蘇ろうとしている。きっと、前より強くなって」

 

 彼の脳裏に蘇るのは、憎しみに支配されたウーンズの顔と、ユーリの泣き顔。

 

「だから、今日の事件もオレは越えていかないといけないんだ。

 付けなくちゃいけない決着が、助けなくちゃいけない人が、まだ残ってる」

 

 譲れないものがある時、人は戦う。

 そこに約束がある時、人は戦う。

 彼もまた、そうだった。

 

「そういうのが残ってるのはきっと、オレだけじゃない。

 ミッドチルダに住む一人一人が、きっとそうなんだ。

 明日にやりたいことがある。

 明日にやらなくちゃならないことがある。

 だから生きたい。だから死にたくない。だからこんなところで終われない。

 明日が楽しみにしてたゲームの発売日なら、死んでも死にきれないってもんだろう?」

 

 彼は笑いながら、空を覆うガジェットを、闇に染まった空を指差す。

 

「明けない夜はない、とは言うが。

 この夜は、明けない夜だ。

 倒さなければ、誰もが次の朝日を拝めない。誰もが明日を迎えられない」

 

 スカリエッティのガジェットは、人から星の光を奪い去った。

 明けない夜は、倒さねばならない。

 次の太陽を、次の朝を迎えるために。

 

「力を貸してくれるか? なっちゃん」

 

 聞くまでもないかもな、と思いながら、彼は聞く。

 

「私はあなたの味方だよ? かっちゃん」

 

 答えるまでもないよ、と思いながら、なのはは答えた。

 

「頼む」

 

「頼まれましたっ」

 

 話に一区切り付いたのを確認したのか、ここでシュテルが二人に歩み寄ってくる。

 

「私達の前に立ちはだかる大きな壁。

 これに風穴を開けてやりましょう。

 私達が撃って作った突破口があれば、後に続いてくれる人もいるはずです」

 

「どうするの? 私達はデバイスも、魔法も使えないと思うんだけど」

 

「だけど、デバイスさえ起動すれば魔法は使えるかもしれない。そうだろ? なっちゃん」

 

「それは、私とシュテルならそうかもだけど」

 

「だから俺達は、戦闘機人の力を借りる」

 

 青年が親指で背後を指差すと、そこには準備万端のチンク・セイン・ノーヴェ・ディエチ・ウェンディの姿があった。

 

「戦闘機人の力は、AMFの効果を受けない。

 しかもスカリエッティ製の戦闘機人は、エネルギー系統が統一規格だ。

 これを使って、『AMFを遮断する小さな結界』を作る。

 魔導師じゃ結界に綻びができてそっから入って来るから絶対不可能、だが戦闘機人なら可能だ。

 そしてAMFが届かない空間の中で、なっちゃんとシュテルがデバイスを起動する。

 後は簡単だろ? オレの全力のサポートで二人を強化し、二人が空の闇を一掃するんだ」

 

「―――!」

 

 なのはは二重の意味で驚く。

 彼が考えていた作戦の内容に。

 そして、彼が懐からなのはのカードを二十枚、シュテルのカードを二十枚出したことに、だ。

 

「今日のオレは絶好調だ。肉体的にも精神的にもな。二人同時も、まあ大丈夫だろうぜ」

 

(この、この、気持ちは一体……!?

 私とおんなじようにシュテルのカードも二十枚出されたことに対するこの気持ち……!

 叫び出したい! なんだか思いっきり叫び出したい! もにょる! 凄くもにょる!)

 

 なのはが頭を抱え、シュテルはそんななのはの内心を分かっているのか、しれっとした顔で所定の位置に移動した。

 

「運が良かったっスよー。

 今日ですね、オットーってやつに絡まれたっス。

 こいつがなんと、戦闘機人のエネルギーを結界状に固める固有技能持ち!

 へっへっへ、こいつを参考にすれば、成功なんて朝飯前の作業になるはずっス!」

 

「でかしたウェンディ!」

 

「もっと褒めるっスよリーダー!」

 

「今のところMVPかもしれないぞウェンディ!」

 

「給料上げてくれてもいいんスよ!」

 

「いいぞ! 六割増しにしてやる!」

 

「幹部にしてくれてもいいっスよ!」

 

「調子に乗るなヒラ局員!」

 

「しまった欲張りすぎたっス!」

 

 何もかもが上手くいっている。

 この流れなら行ける、と外側から眺めていたはやて達すらも思っていた。

 

「結界構築開始。構築完了後、AMFの影響を結界内から除去します」

 

 だが、事態は最悪のタイミングで動き始める。

 戦闘機人達がエネルギーの結界化という慣れない作業に四苦八苦しながら、緊急停止も出来ないような内部機構開放の段階に入った瞬間、敵が姿を現したのだ。

 

「成程、そういうことだったんだね。これは後をつけて正解だった」

 

「!」

「!」

 

「お前……オットー! それにディード!」

 

 経験でなら、ノーヴェ達が上だったかもしれない。

 あの時全力で戦っていたなら、ノーヴェ達が勝っていたかもしれない。

 だが、スカリエッティの指示を受けるこの二人は、ノーヴェ達よりも遥かに悪辣だった。

 彼女らはノーヴェ達の後をつけ、敵の首魁を発見し、それでもなお待った。

 この瞬間を、結界の中でなのは・シュテル・Kが身動き取れず、ゆりかごの下に逃げ込んだ六課やソシャゲ管理局の者達も役に立たず、戦闘機人全員が結界構築のため無力化するタイミングを待ったのだ。

 

 全ては、彼らの希望が何であるかを特定し、それを根こそぎ刈り取るために。

 

「反撃の芽は僕らが摘む。

 君達に明日は来ない。

 希望も明日も、僕らだけが掴むものだ」

 

 オットーが空を指差せば、既にそこには、ガジェットの隙間から肉眼でも見えるほどにまで近付いた、落下する二つの月があった。

 

「ここで儚く散りなさい。抵抗は無意味よ」

 

「クソッタレ……!」

 

 オットーが、ディードが、その全性能を発揮して攻撃を仕掛ける。

 要塞が崩落するほどの破壊の嵐が、全ての戦闘機人、星の光と菜の花、そして希望をまとめる課金厨をもろともに吹き飛ばそうと迫る。

 光が迫る。

 その光に食らいつくように、光を止める光があった。

 戦闘機人の光を押し留めるは、虹の光。

 

 ヴィヴィオが組み上げた、守るための光であった。

 

「壊れろ!」

 

「壊れない!」

 

 ヴィヴィオは防御魔法が得意というわけではない。

 病院を守る盾を作るため消耗した分も、まだ回復していない。

 その盾はオリヴィエと比べれば酷く繊細で、脆い。

 だが、こらえる。持ちこたえる。その場で踏ん張る。

 足りない分は『守る』という意志で補い、崩れかけた盾は気力で縫い止める。

 

「負けない、挫けない、俯かない!

 あなた達が私達を俯かせようとしたって……私達は、前を向き続けるんだから!」

 

「ヴィヴィオ……!」

 

 そうしてヴィヴィオが稼いだ時間が、スカリエッティの野望を打ち砕く奇跡を、ここに繋いだ。

 

「結界構築完了! AMFの効力、完全除去! 行けるぞ、友よ!」

 

 チンクが叫ぶ。

 青年は手元の力を、左右の女性にそれぞれ重ねた。

 手元のカードは光となって、空に舞い上がり、世界で最も新しい星座を組み上げる。

 そして、今は見えない星の光となって、なのはとシュテルに降り注いだ。

 

「これが、オレの……オレ達の!」

「私達の!」

「最後の切り札っ!」

 

 星の光が、二人に注がれる。

 花咲くように、注がれた光が二人の体から広がっていく。

 二人のジャケットが、杖が、力が、心が、進化する。

 

全枚投入(フルドライブ)限界突破(リミットブレイク)ッ!」

 

 答えを出し、前に進むこと。それも進化だ。

 真実を知り、心の決意を強くする。それも進化だ。

 二人は今、スカリエッティの無限の欲望すら超える、無限の希望へと進化した。

 

 

 

 

 

《 Re:Rise Up Evolution 》

 

 

 

 

 

 服に、杖に、リボンに、金の装飾が付く。

 なのははより絢爛に、女性らしい美を添えるように。

 シュテルは暗いカラーリングだった姿に、明星の光が差したような彩色となっていた。

 オットーは、そんな二人を見て、自分を鼓舞するように強い言葉を吐く。

 

「……そんな、姿が少し変わったくらいで!」

 

「ドクター! 緊急事態です! 至急、指示を―――」

 

 ディードが焦りながらスカリエッティに通信を繋ごうとする。だが、無意味だった。

 

「ディバイン、バスター!」

《 Divine Buster 》

 

「ブラストファイアー」

《 Blast Fire 》

 

 限界突破を行った二人は、言葉一つ無く目配せ一つ無しに、息を合わせた砲撃を撃つ。

 それが、オットーとディードに着弾した。

 無論二人も、自分が持っている固有技能に、スカリエッティから渡されていた耐魔力防具、機械で出来た自分の防御力を総動員し、防御に回る。

 

「な」

 

 だが、無意味だった。

 全ての防御が防御を成功させたのかさえ分からないまま、全ての防御がいつ粉砕されたのかも分からないまま、"終わった"という確信以外に何も感じないダメージが体に浸透していく。

 それは例えるなら、生身で激流に飛び込んだ幼児が抱くような気持ち。

 絶対的な力の前に、自分の無力を痛感し、"終わった"という確信と共に意識が飛んで行く。

 

「―――なん、だ、これ―――」

 

 砲撃の光が消えた後には、気絶した二人だけが残っていた。

 単体のスペックで言えば、ノーヴェ達よりも高いはずの最新式戦闘機人。

 そんな彼女らですら、今のシュテルとなのはを前にすれば敵にもなれない。

 

「別に、小細工を弄してもいいですし、技量の勝負に乗ってあげてもよいのですが」

 

 シュテルは聞こえていないと知りつつ、語りかけながらバインドを巻いていく。

 

「避けられない精度と速度で、防げない威力の攻撃をする。

 それがこの場での正解である以上、それを選ばない理由が見当たりませんでしたので。

 今日は理のマテリアルらしくもなく、理不尽に力任せの蹂躙をさせていただきました」

 

 さらっと怖い。

 超高濃度AMF化でこれだけの砲撃を撃つのも、正攻法で潰せるなら正攻法で潰しに行くスタンスも、中々に怖かった。

 オットーとディードの捕縛を終えたシュテルは、なのはと共に彼の方を向く。

 

「では、行ってきます」

「行ってきます!」

 

「ああ、行って来い」

 

 そして、成層圏の境界線近くまで、一瞬にて飛び上がった。

 

「競争でもしますか?」

 

「そういうのは、またの機会にね」

 

 チカッ、と二人の周辺の空間が光ると、亜光速の魔力弾が無数に周囲にバラまかれる。

 一つ一つが超高威力の魔力弾であるそれは、ガジェットを数百数千と貫通して、なおも止まらない。魔力弾の連射も止まらないため、ガジェットは次々に粉砕されていった。

 

「月を押し返すのは無理でしょうね。砕くのは、やってみればできるかもしれませんが」

 

「だね」

 

「月に関してはあの人に任せましょう。

 あの人はどうやら、月面ガチャをしに行った時、何か違和感を覚えていたようですので」

 

「ああ、あの時に」

 

 彼女らはガジェットの破片も残さない。

 破片を残せば地上に降り注ぎ、二次災害が発生してしまうからだ。

 約500兆という馬鹿げた数のガジェットが相手だが、やるしかない。

 覚悟はとっくに出来ていた。

 

「ナノハ、私達は」

 

「この星をまず助け出す。そうでしょ?」

 

「はい。それが、私達のやるべきことです」

 

 魔力弾でガジェットの密度をある程度下げた後、二人は背中を合わせて、正反対の方向へと飛んで行く。

 そして、砲撃にて空のガジェットを綺麗さっぱり吹き飛ばし始めた。

 

 それは、扇風機でホコリを吹き飛ばす光景にどこか似ていた。

 二人が飛び、飛びながら砲撃で空を薙げば、空のガジェットが綺麗さっぱり消えていく。

 正反対の方向に飛んで行く二人の力で、カーテンを左右に開いた時のように、ガジェットが左右にどけられて……その合間から、青い空が見え始めた。

 

「光だ」

 

 パニックに陥っていた市民達が、それを見上げた。

 絶望の中にあった時空管理局員達が、それを見上げた。

 反撃の時を待っていたソシャゲ管理局員達が、それを見上げた。

 

 人々は、空に『希望』を見た。

 

「星の光が、花みたいに綺麗な光が、闇を消し去ってる」

 

 希望は灯された。

 ミッドチルダ中心部、その直上の空から、全てのガジェットが消えてなくなる。

 

「俺達の……俺達の空だ!」

 

 パニックはいつしか消えて、絶望もどこぞへと行ってしまう。

 そこで、彼は人々に言葉を届けに動いた。

 

『この通信は、ミッド全体に送っている。繰り返す。この通信は、ミッド全体に送っている』

 

 Kの言葉が、いまだ九割近くがガジェットに覆われている星に響き渡る。

 

『その手に魔法の力を持っている者は、特によく聞いてくれ。

 15:00ジャストから5秒間の間だけ、オレ達はデバイスを起動させることができる。

 空で戦っている魔導師の魔力が降り注ぎ、AMFの干渉を一時的に邪魔するからだ。

 空のガジェットを倒した後は、さっきほどのAMF濃度もなくなるだろうと推測されてる』

 

 彼の言葉に、多くの者が時計を確認していた。

 15:00などすぐだ。魔法の力を持つ者達は、どこか浮ついた気持ちで焦りつつ、己がデバイスを力強く握る。

 

『だが、それだけだ。

 かつてないほどのAMF濃度は残る。

 ガジェットは地上でも確認されているから、全滅はしないだろう。

 敵は強大で数も多い。楽勝だと思ってる奴は気を引き締めて、杖を取れ』

 

 空の奇跡で浮ついた気持ちが、地に足付いた言葉によって引き締まる。

 

『戦え! お前達の前には倒すべき敵が、背後には守るべき人々が、心には輝く勇気がある!』

 

 ある男は、自分が今手を引いている迷子の子供を見た。

 ある女は、空を我が物顔で飛び回る竜とガジェットを見た。

 ある中年男性は、背後にある病院の存在を意識した。

 ある少女は、デバイスを握る力を更に強くした。

 

『叫べ! そうすればきっと、隣で同じように叫んでいる、共に戦う仲間が居る!』

 

 ある地上部隊員は、隣の仲間の顔を見た。

 ある六課職員は、頼り甲斐のあるはやて達の背中を見た。

 ある自警団の青年は、血と包帯まみれの仲間を見て決意を改めた。

 

『信じろ! 諦めなければ、その先に求めた勝利と未来が待っている!』

 

 皆が、こんな事件に負けたくないと、勝ちたいと、明日を思いながら心に刻んだ。

 

『勝てッ!』

 

 Kの叫びと同時、時計が15:00の時を刻む。

 そしてKの叫びに応じるかのように、この世界の戦える全ての人間がデバイスを掲げ、魂を震わせるような声量で叫んだ。

 

 

 

「「「「「  セットッ、アープッ!!  」」」」」

 

 

 

 世界中から同時に上がった叫びが、世界中で共鳴する。

 それは、世界の叫び。

 月が落ちて来るのが見えていてもなお、"滅んでたまるか"と吠える人の咆哮。

 人々の叫びが、皆の叫びが、叫ばぬ機械兵器を震わせる。

 

 莫大な声量による物理的な振動で震えた機械兵器が、まるで怯えて震えているかのようだった。

 

『オレ達がなんだかんだ好きなこの世界は、オレ達自身の手で守るんだッ!』

 

 反撃が始まる。

 反抗が始まる。

 反逆が始まる。

 

 悪による完成された虐殺は、勝者定からぬ善と悪の戦いに劣化した。

 

 

 




 STS編最終戦でヴィヴィオ、戦闘機人、ギンガ、聖王のゆりかごシールドが味方サイドで活躍という謎の状況

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