課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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子供が生まれたら課金厨を雇いなさい。
子供が赤ん坊の時、子供の良き守り手となるでしょう。
子供が幼年期の時、子供の良き遊び相手となるでしょう。
子供が少年期の時、子供の良き理解者となるでしょう。
そして子供が大きくなった時、自らの死をもって子供に命の尊さを教えるでしょう。

―――イギリスの諺


いつかの未来に

 空を舞う、シルエットだけで構成された模倣の少女が魔力弾を雨あられと降らせて行く。

 敵が凡庸な者達であれば、何万人居たとしても全滅まで一分とかからなかっただろう。

 模倣の少女が何分も時間をかけているのは、敵が一週間前のクラウス達よりも強いジェイルであり、そのジェイルが一万人も居たからだろう。

 

 だが、それでも"時間がかかる"程度のものでしかなく。

 ベルカのシュトゥラ国家予算を溶かす課金強化をフルに受け、信じられない規模で能力をブーストした模倣の少女の前では、万のジェイルも小学生に踏み潰されるアリのようなものだった。

 

「……ここまでの化け物を切り札にしてくるとはな……!」

 

 ジェイルのクローン軍団は、古代ベルカの時代の者達にいわゆる『メタ』を張った戦術だ。

 ベルカの騎士は一対一に特化した魔法使いである。そのためほとんどの者が近接攻撃に偏重しており、多数の強力な敵に迫られた時の有効な対抗策を持っていない。

 ジェイルを一体一体殴り倒していっても、いずれは疲れ果てて倒れてしまうというわけだ。

 

 多数の敵に対応する戦闘法は、ベルカ式ではなくミッド式の得意分野である。

 なればこそこの、"ミッド式使いの模倣の少女が出て来て多数のジェイルを一気に片付ける"という展開は、ジェイルの予想の全てをぶち壊したはずだ。

 天井付近から少女が降らせる砲撃と魔力弾は、ジェイルの数を着実に減らしていく。

 そして地上付近では、最高の護衛が課金青年を守護していた。

 

「断空三連」

 

 アインハルト達を潰すべく、連携して襲いかかるジェイル達。

 だがジェイル達が踏み込んだ第一歩が床に着く前に、目にも止まらぬ三連撃が放たれる。

 ジェイル達の三倍速では収まらないほどの速度で、アインハルトは三人のジェイルを一気に再起不能にしていた。

 

「怯むな!」

 

 千のジェイルが魔力弾と砲撃を一斉に放つ。

 ベルカと彼を守るアインハルトを同時に吹き飛ばそうとする連携攻撃だ。

 が、アインハルトは静かに構え、それら全てを『投げ返した』。

 魔力弾を掴む。投げ返す。

 砲撃を掴む。投げ返す。

 レーザーを掴む。投げ返す。

 魔力の投げナイフを掴む。投げ返す。

 そうして敵を逆に仕留めていく、覇王流・旋衝破と呼ばれる彼女の得意技であった。

 

「は?」

 

「まだまだ!」

 

 旋衝破の次はアインハルトの反撃が来る、とジェイル達の明晰な頭脳が予測する。

 そう考えてからの対応は非常に早かった。

 千のジェイルがバインドを放ち、数百のジェイルがアインハルトの周りに内向きのシールドを展開、アインハルトの動きを止めようとする。

 だがアインハルトは、自分の体に纏わりつくバインドを無視し、自分を圧殺する勢いで迫り来るシールドを無視し、平然と虚空に拳を突き出した。

 

「空破断」

 

 一拍、かつ一瞬、かつ一動作。

 その一拍で、千のジェイルがアインハルトにかけたバインドは引き千切られる。

 その一瞬で、アインハルトを囲んでいたシールドの全てが粉砕される。

 その一動作で、彼女の拳から衝撃波が放たれる。

 放たれた衝撃波は遠方にて守りを固めていたジェイルの一人に命中し、その防御を紙切れのように千々に砕いて、そのジェイルの意識を強制的に刈り取っていた。

 

「……!?」

 

 繋がれぬ拳(アンチェインナックル)の技術を加えた、覇王流・空破断。

 この技を使うアインハルトに、あらゆる魔力バインドと魔力障壁は通用しない。

 遠い未来にて、師匠クイント・ナカジマが愛弟子アインハルトに伝授した技術が、アインハルトの中で昇華された格闘技術の賜物であった。

 

(ベルカ王族の恐ろしさを詰め込んだような存在だよ、まったく!)

 

 戦慄するジェイル達をよそに、アインハルトはすました顔で構え直していた。

 

(この数は、少し手間だ……)

 

 この数を前にしても、彼女の中に敗北への恐れはない。

 が、一対一に特化している自分の能力に自覚があるのか、面倒臭さは感じているようだ。

 アインハルトはジェイルの数を減らす役目を天井近くの彼女に任せ、ベルカを手で制して後ろに下げながら、戦線をジリジリと下げていく。

 

「下がっていて下さい」

 

「お前は……」

 

「私はクラウス・G・S・イングヴァルトの子孫、アインハルト・ストラトス。

 先祖である覇王クラウスの記憶を受け継ぐ記憶継承者です。

 遠い昔に、あなたとあなたの友が交わした約束は、今も私の胸の中にある」

 

「!」

 

 ベルカと会話するアインハルトに向けて、ジェイルの収束砲(ブレイカー)が迫る。

 アインハルトはそれを掌で受け、魔力膜で包み、丁寧にかつ豪快に投げ返した。

 

「しッ」

 

「!?」

 

 それはジェイル達のど真ん中に着弾し、大爆発を引き起こす。

 爆発の中から傷だらけのジェイルが一人現れ、アインハルトと苦笑しながら相対する。

 

「貰い物の友情を理由に戦うとは、またおかしな者が現れたものだ」

 

「いいえ、どこにもおかしなところはありません!

 この友情は貰い物だけでなく、私自身が彼に向ける友情もあり、誰に恥じることもない!」

 

 対しアインハルトは、ニコリと微笑むこともない。

 課金青年を守る彼女の表情に、構えに、雰囲気に、一切の緩みは見られなかった。

 

「あの人は私の友です。たとえ今のあの人にとって、私が友でないとしても」

 

 悲壮感も諦観もなく、そこには決意だけがある。

 

「私は二人分の友情で戦っているから、倍の強さで戦える! それだけのこと!」

 

「……まったく、この手の有言実行する脳筋は苦手だというのに!」

 

 大真面目に大馬鹿の理屈を語るアインハルトに殴られ、またジェイルが一人倒される。

 

 ベルカを倒せばどうにかなるかもしれない。

 けれど、そのためにはアインハルトを倒さなければならない。

 模倣の少女を倒せば持久戦に持ち込めるかもしれない。

 けれど、そのためにはまず補助魔法を飛ばしているベルカを倒さなければならない。

 アインハルトを倒せばベルカをどうにかできるかもしれない。

 けれど、アインハルトは単純に強すぎた。

 

 三者がそれぞれの弱点を補い合っているこの状況は、鉄壁の布陣にもほどがある。

 

「……」

 

 そうして仲間達がやられている中、仲間達の敗北の記憶を共有しながら、一人のジェイルが上層最深部に歩を進めていた。

 

「認めよう。君達は私の予想以上に強かったようだ」

 

 彼は便宜上、コア・ジェイルと呼ばれている。

 定義としては彼が"ジェイル達の本体"となるのだが、彼が死ねば即座に他のジェイルがコア・ジェイルになる程度の、普段ならどうでもいい事この上ない役割だ。

 普通のジェイルとコア・ジェイルに違いは存在せず、あだち充が描く主人公の外見よりも差異が少ない。違うのは呼称というラベルだけである。

 

 コア・ジェイルは特別な個体ではない。

 特別なのは振られた役目。

 "特殊な作戦での特殊な役割を果たす"という役割にこそあった。

 

「ならば、こちら側も少しばかり博打に出よう」

 

 コア・ジェイルはスルトのコントロールルームにてそう言い、ふと気づく。

 絶対的に優勢だった自分が博打を打たなければならないほどに追い詰められていることに。

 初めからスルトを使って星ごと壊していれば、こんな苦労もピンチも無かっただろう。

 が。

 ジェイルの顔に後悔の色が浮かぶことはない。

 

「……いけないな、こういう時に笑ってしまうのは」

 

 "あそこでああしていればよかった"という人として当たり前の思考は浮かばず、笑うジェイルの頭の中には、欲望渦巻くこの戦場を刹那的に楽しむ思考しかない。

 

「いや、ダメだ! 耐えられん! はははははははは!! 楽しいぞ、実に楽しい!」

 

 守り明日を手に入れるという欲望。

 壊し世界を思うままにしようとする欲望。

 

「さあ、私の欲望か! 君達の欲望か! 勝つのは一体どちらかな!?」

 

 その天秤を動かすべく、コア・ジェイルは自身の体を改造するという暴挙に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一万人居たジェイルも、残り一人。

 そこで勝利を確信したベルカが、ほっと息を吐く。

 今戦場にはベルカ・それを守る地上のアインハルト・空中に居る模倣の少女・最後のジェイルの四人しか存在していない。

 

(通信する余裕も出て来た。皆勝ってる。このまま、最後のジェイルを倒して奥に進んで……)

 

 ベルカは焦っている自分に気付き、落ち着くためにガチャを回す。

 ここで大当たりが出れば興奮し過ぎでもう手がつけられなくなっていただろうが、幸運にも今の彼の引きは腐っていた。腐りに腐りきっていた。

 回復量が少なすぎて低レベルの内しか使うメリットが無いような、ゴミ回復アイテムが排出される。捨てる。よし、すごく落ち着いた。

 そうやってベルカは一瞬で冷静さを取り戻す。

 

「これで最後です!」

 

「ああ、私で最後だ。遠慮無くトドメを刺したまえ」

 

 空から模倣の少女が、地よりアインハルトが、最後のジェイルに同時攻撃を仕掛ける。

 

「『弱い私』は、私で最後だ」

 

 空から迫る砲撃を見ながら、正面から来る拳を見ながら、ジェイルは笑っていた。

 

「―――」

 

 かくして。

 

 このタイミングで、誰も予想していなかった、模倣の少女への奇襲が成立する。

 

「―――!?」

 

 課金青年の強化魔法でステータスを上げていた模倣の少女は、反応速度も人外じみている。

 なのだがそんな模倣の少女でも、壁と天井を一瞬で駆け抜けて来たコア・ジェイルの攻撃には、咄嗟にシールドを張ることしかできなかった。

 

(もう一人のジェイル!? そこのジェイルで最後じゃない!? 欺かれた!?)

 

 砲撃と拳がコア・ジェイルでない方のジェイルに命中し、ジェイルが本当に最後の一人となる。

 そして、ジェイルが最後の一人となると同時に、模倣の少女のシールドをぶち抜いたコア・ジェイルの魔力刃が、模倣の少女の胸を貫いていた。

 

「な、に……!?」

 

 模倣の星の光が、砕け散る。

 世界を守る勇者達の陣営の中で最も強かった存在は、不意打ちからの一撃死という容赦のない対処にて、目を疑うほどにあっさりと撃墜されていた。

 だがベルカが驚いたのは、コア・ジェイルが"防御の上から"模倣の少女を落とした点にある。

 

「嘘だろ、本物とスペックは同じなんだぞ……!?」

 

「あれが『本物』だったなら、私にも勝ち目はなかっただろうね」

 

 高町なのはそっくりの姿をなぞった模倣の少女は、課金青年が何年も強化アイテムを注いだ少女の強さをそのまま模倣している。力だけならオリジナルと同格なのだ。

 だがコア・ジェイルは、そんな模倣の少女すら屠ってみせた。

 その強さは想像に難くない。

 コア・ジェイルもまた、"次元違いの強さを持つ者達"のステージに立っているということだ。

 

「けれども、所詮偽物だ。

 対し私は群の利を捨て、個としてここに立っている。

 私は本物で、あれは偽物だ。力が拮抗したならば、偽物は決して本物には勝てない」

 

 コア・ジェイルは粒子になって消えていく模倣の少女に一度視線をやり、それからベルカと相対する。

 

「……? お前、何か、他のジェイルとは違和感が……」

 

「分かるかね? 君の時代のスルトのメインコアの一つを取り込んだ私の強さが」

 

「!?」

 

「君は『これ』を壊しにこの時代に来たのだろう?

 未来のスルトは、過去に自分の体の一部を置き不滅の存在となる。

 私の中にある『これ』を壊さなければ、君の未来も終焉を迎えるぞ?」

 

 コア・ジェイルが選んだ博打……それは、スルトのコアを体に埋め込むというものだった。

 スルトのコアは三つあり、一つでも残っていれば稼働が可能だ。

 逆に言えば、全長20万km以上の機体をたった一つでも動かせるということになる。

 その出力は計り知れない。

 

 ジェイルがその身に取り込んだのは、ミッドチルダを襲っている時代のスルトが、この時代に送っていたコアだ。

 機械(コア)を短時間で自分の体に埋め込むというだけで危険なのに、この時代の物でもない物を躊躇なく己と融合させるなど、狂気の発想にも程がある。

 それで成功させた時点で、彼が狂気の天才であることに疑いはあるまい。

 

「……未来も過去も、お前を倒せば全部救われる。分かりやすい話になっただけだ」

 

「成程、そう考えることもできるわけだ」

 

 この戦いは既にこの時代の未来だけでなく、遠い未来のミッドの未来もかけた戦いだ。

 

「けれども頼りにしていた『最強』が負けてしまったわけだ。

 聞かせて欲しいところだねぇ。今、君はどんな気分だい?」

 

「そうだな」

 

 ベルカは相対するジェイルから一旦視線を外し、手元のスマホの画面を見て、電波アンテナの表示が『圏外』になっているのを見てから、ジェイルの方に視線を戻した。

 

「さっさとこんな事終わらせて、帰ってソシャゲのガチャ回してーな。口座が空になるまで」

 

「……くくっ」

 

 その答えが、ジェイルの琴線に触れる。

 

「あっはっはっは! それでこそ君だ!

 現実でも価値のあるものが出るガチャだけを回すなら!

 社会において君はまだ余人の理解が及ぶ人間だったろうに!」

 

 ベルカは、ジェイルが望んだ結果を粉々に砕こうとする敵であり、同時にジェイルが世界に生まれ落ちて来ることを望んでいた人種でもあった。

 

「本物の価値も虚構の価値も平等に求め!

 希少価値以外に何の価値もなくても必死に求め!

 強欲に四方八方に手を伸ばす君だからこそ!

 無限の『欲望』を証明する私の宿敵であって欲しいと、そう思える!」

 

 清廉潔白な人間より、我欲まみれの社会不適合者の方が、ジェイルは好きだ。

 

「君の存在が、人が欲望を捨てる未来などないということを、証明してくれる気すらする!」

 

「それは流石に気のせいだろ。頭の病院行った方がいいんじゃね?」

 

「君がそう思うならそう思えばいい。

 私は私が思いたいように思うさ。あと頭の病院は君が行きたまえ」

 

 そう言って、コア・ジェイルはベルカに向かって飛びかかる。

 彼は手塩にかけて作った自分の娘が居たとしても、それを特に意味もなく感傷もなく死なせられる人間だ。

 彼がベルカに好感を持ったことは、彼がベルカに向ける殺意が薄れることを意味しない。

 好意が行動に反映されないのが、ジェイルという男だった。

 

 ジェイルは第一歩で台風の風さえも悠々と追い越せる初速を出し、踏み込む度に加速していく。

 その勢いをそのままに乗せ、コア・ジェイルは拳を突き出した。

 拳があまりに速いため、音も衝撃波もついて行けていない。

 そのまま拳はベルカに命中……することはなく、間に割って入ったアインハルトの掌に受け止められていた。

 

「させません!」

 

「ほほう」

 

 攻防が始まる。

 

 二人が床を踏みしめるたび、スルトの時空操作機能によって劣化と破壊を軽減しているはずの頑丈な床が、ミシリと音を立て、時折ヒビを走らせる。

 床を踏む力に相応のスピードで二人は動き回っているが、その速度には明確な差があった。

 鉄塊を踏めば足跡が残るくらいの強さで床を蹴っているのに、アインハルトはコア・ジェイルについて行けていない。

 

「……っ!」

 

 それでもなんとか立ち回りでカバーし、アインハルトはジェイルをベルカの下まで行かせない。

 迎撃の拳が空を断ち、放たれた蹴りが大気を抉る。

 だが、空は断ててもジェイルを断つことはできなかった。

 

 未来から来たアインハルトは、トーマと並ぶ強さの戦士である。

 彼女の四肢から放たれる格闘攻撃は、一発一発がSランクの砲撃に匹敵するほどだ。

 しかも、格闘であるため一瞬の間も置かずに連発可能。

 先日クラウス達より高い個体能力を見せたジェイル軍団を、ゴミのように片っ端から殴り飛ばしていた一幕からも、それは伺えるだろう。

 

 だが、届かない。

 

(技では上回っているのに……!

 身体強化魔法の出力差で、押し切られる……!?)

 

 彼女の力をもってしても勝利に手が届かないほどに、コア・ジェイルは難敵だった。

 

 ダメージが通っていないわけではない。

 アインハルトの拳にジェイルが顔を顰めることはある。

 技量で上回られているわけでもない。

 アインハルトはむしろ、技量では圧倒しているほどだった。

 

 ただ、力の桁が違った。

 クリーンヒットが決定打にならない。ジャブ程度の攻撃を受けただけで腕が折れそうになる。速度に差がありすぎてすぐ死角に回り込まれてしまう。

 力任せに襲い掛かってくる馬鹿ならばアインハルトの相手ではないのだろうが、ジェイルは力を技で制御できる程度には知恵者だった。

 人の理で人外の力を使われてしまっては、さしものアインハルトも苦戦は免れない。

 その上。

 

「ではそろそろ、武器を抜かせてもらおう」

 

「!」

 

 格闘技専門というわけではないコア・ジェイルは、"素手より武器を使った方が強い"という当然の理屈、"油断せず全力で行く"という当然の心構えから、この戦いに臨むべく用意した武器を取り出した。

 

(来る?)

 

 ジェイルは懐に左手を入れて、警戒するアインハルトをよそに、後方に跳躍する。

 

(下がった!?)

 

 距離を詰めて何もさせないか。

 距離を空けさせてジェイルの動きを見るか。

 アインハルトは一瞬迷ったが、ジェイルとベルカを結ぶ直線の上に移動した。

 ベターな判断をしたアインハルトの前でジェイルが懐から抜いた左手には、機械式のグローブが装着されていた。五指からは赤い糸が伸びている。

 

(―――グローブと―――赤い糸―――)

 

 その赤い糸が、アインハルトに対し振るわれた。

 

「っ!」

 

 アインハルトは捌こうとするが、初見の技であったせいか右腕を絡め取られてしまう。

 

(バインドじゃない物理拘束!? う、腕が、持って行かれる―――!?)

 

 アインハルトは、頑丈なバインドに拘束された状態からバインドを粉砕できる。

 その腕力と頑丈さは推して知るべし。

 その腕を引き千切りそうな赤い糸の出力も推して知るべし。

 赤い糸はアインハルトの腕を切断しかけるが、そこで彼女の肩にマスコットサイズの豹型デバイスが現れる。

 彼女の補助を行うデバイス、アスティオンだ。

 アスティオンは変身魔法で一瞬だけアインハルトを小学生の体格に変え、アインハルトが腕を抜いた直後に変身魔法を解除する。

 

 "体を小さくする"という奇抜な回避法を自己判断で行ったデバイスを見て、ジェイルは愉快そうに笑い始めた。

 

「ほう? そのデバイス、中々の一品と見た。

 まさか使い手とは別の意思を持ち、勝手に主人を助けるとはね」

 

「ありがとう、ティオ」

 

 ジェイルは笑い、赤い糸を五本同時に振るう。

 アインハルトは苦渋を顔に浮かべて、二本の腕で糸を弾く。

 

(糸の、一本一本が、重い…! 硬い……!)

 

 油断すると先程のように絡め取られて、腕を持っていかれる。

 かといって捕縛に意識を割きすぎると、飛んで来るのは糸による首を刎ねる斬撃だ。

 アインハルトは攻めに転じようとも考えるが、突き出した拳をスプリング状に編まれた糸が受け止めたのを見て、この糸の防御性能に舌を巻いてしまう。

 

(攻守に隙無く、手数に隙無く、強力で応用の利く武装。これは……!)

 

 アインハルトが後方宙返りで糸をかわせば、五つの斬撃音と斬撃痕が床に刻まれる。

 なんとかベルカの方に糸を行かせないようにアインハルトは立ち回るが、そんなアインハルトをジェイルは嘲笑っていた。喉を痛めそうなくらいの声量での高笑いが響き渡る。

 

「古来より、『運命』は『赤い糸』に例えられてきた」

 

 世界の運営者気取りのジェイルは、運命が己の手の中にあるかのように語る。

 

「これは運命さ。

 君達が勝者になれないという運命。

 この世界が滅びるという運命。

 抗いようのない、断つことなど出来やしない、人を縛る運命の糸!」

 

 運命(フェイト)を縛る赤い糸。

 この糸を断ち切らなければ、人の手が未来を変えることはない。

 

「君達には断ち切れない糸だ!」

 

「っ、うあっ!?」

 

 ベルカに向かって、五本の糸が槍のように突き出される。

 真正面から突き出される槍の動きを見切ることは困難である、とはよく言われる。

 だが槍よりもなお細い糸による刺突を見切ることの困難さは、槍の比ではないだろう。

 ゆえにアインハルトは五本の糸を見切るのを諦め、ベルカの首根っこを掴んで跳んだ。

 

「げふっ首が締まっ首が締まっ首が締まっ苦しっ」

 

「我慢して下さい!」

 

 五本の糸が一旦空振る。

 

「無駄な抵抗を!」

 

 だが再度ジェイルが腕を振るえば、今度こそ回避を行えないタイミングと軌道で赤い糸が迫り来る。二度は避けられない。

 

「無駄なことなどありません!」

 

「うおっ!?」

 

 アインハルトはその場で、ベルカを上に放り投げる。

 ジェイルは目を細めたが、五本の糸の内二本をベルカに、三本をアインハルトに振り分けた。

 そこで空中にアスティオンが展開した魔法陣が出現し、それが上に放り投げられたベルカを上下逆のトランポリンのように下方に弾く。

 ベルカに向けられた二本の赤い糸は空振った。

 

「オレの扱いが雑ッ!」

 

「なのはさんもあなたの扱いは雑だったでしょう!」

 

 アインハルトはフットワークだけで自分に向けられた糸二本を回避し、そして迫り来る最後の一本を見据え―――魔力を集中した親指と人差し指で、つまんで止めた。

 そして使っていない方の腕で、落ちてきたベルカを優しく受け止める。

 

「! これは、これは……!」

 

 極超音速で飛んで来る極細の糸を見切って指でつまんで止めるなど、物理学者が見れば卒倒しそうな光景だ。

 どれだけの精密さ、スピード、パワーがあればこんなことができるのか?

 近くで見ていたベルカにも、全く見当がつかなかった。

 

 が、そんな神業を見せつけても、勝利の女神はアインハルトに微笑まない。

 

「いい余興だったよ」

 

「!?」

 

 アインハルトは糸による直接攻撃だけを警戒していた。

 それ以外を警戒する余裕をこそぎ取られていた、と言ってもいい。

 だからこそ彼女は、赤い糸の先から砲撃が放たれるだなどと、想像もしていなかった。

 

(糸を通しての、魔法行使―――!?)

 

 ここまでの戦いのジェイルの記憶は、全て共有されている。

 コア・ジェイルは、アインハルトがどういう過程を経て旋衝破を使うのか、『敗北』を使ってそのデータをきっちりと集めていたのだ。

 それゆえに、アインハルトは絶妙なタイミングと角度で放たれた五本の砲撃を投げ返せない。

 咄嗟にベルカを横に投げ、防御のためのシールドも張れたようだが、そのせいで砲撃に押し出されてしまった。

 

「しまっ、た……!」

 

 常にジェイルとベルカの間に立っていたアインハルトが押し出される。

 それは、ベルカがジェイルの攻撃から無防備になることを意味していた。

 

「では、もう一人脱落だ」

 

「してたまるか!」

 

 接近してくるジェイルに、ベルカは右のハイキックを蹴り込む。

 致命的にセンスが無いベルカの蹴撃はかなり適当で、敵の動きを見切っているとかそういうことは全く無く、"このくらいのタイミングで蹴っとけば当たるだろ"位の感覚で放たれていた。

 だが運良く、その蹴りはいいタイミングで差し込まれていた。

 

 問題は、"ベルカが最高のタイミングで蹴りを打とうが効くわけがない"という点だろうか。

 ジェイルは蹴りを眉一つ動かさず右手で受け止め、ベルカの足を掴む。

 ベルカの表情が一瞬驚愕に、そしてすぐに苦痛の色に染まる。

 ジェイルの手はベルカの足を掴むと同時に、五指を足の肉に突き刺していたのだ。

 

 ジェイルはベルカの足に五指を突き刺したまま、ベルカの体を軽いタオルでも振るかのように軽々と振り回し、彼の体を床に叩きつけた。

 

「かっ、はっ……」

 

 ベルカは金の力で金任せに身を守るが、それでも意識が吹き飛びかける。

 声を出せるだけの意識レベルも保てなくなったベルカを見て、焦燥と怒りを顔に浮かべたアインハルトが走る。

 

「やめろっ!」

 

「ふふーん?」

 

 だが、赤い糸の攻撃によってアインハルトの足は止められてしまう。

 左手一本でアインハルトの動きを止められるなら、ジェイルは右手で悠々とベルカにトドメを刺せる。アインハルトの焦燥は、段々と悲壮に変わっていった。

 

「やめて!」

 

「はっはっは……嫌だね」

 

 たった一人の守り手であるアインハルトが動きを封じられ、ジェイルの魔手がベルカに伸びる。

 ジェイルの右手に展開されるは、単純な魔力刃。

 単純であるがために、単純な殺傷力がそこにはあった。

 

「さようなら、課金王。案外つまらない幕切れだったよ」

 

 振り下ろされる刃。

 

「やめ」

 

 言い切られない、アインハルトの言葉。

 

「……?」

 

 そして。

 

 ジェイルの右手は掴み止められ、突然の乱入者にジェイルが目を見開いた。

 

「お前は―――」

 

 ジェイルが言葉を口にしかけたその瞬間、顔面に拳が叩き込まれる。

 

「断空」

 

 叩き込まれた拳には、悪を黙らせる問答無用の威力があった。

 因果応報。模倣の少女を奇襲で落としたジェイルの顔面に、乱入者の奇襲が突き刺さる。

 吹き飛ぶジェイルは壁に激突しそうになるが、空中で軽やかに姿勢を整え、折れた鼻を正常な位置に直しながら、乱入者を見て笑う。

 

「クラウス・G・S・イングヴァルト……!」

 

「ああ、そうだ。僕だ」

 

 クラウスは倒れたままのベルカの姿勢を、楽に呼吸ができそうな姿勢に変えて寝かせる。

 意識が朦朧としているベルカが復活するには、一分や二分では無理そうだ。

 隣に歩いて来たアインハルトの存在を感じ、クラウスは彼女と目を合わせる。

 少しだけ、二人の間に沈黙が流れた。

 

「君がどういう存在なのかはベルカからの通信で聞いている。僕の自己紹介は要らないな?」

 

「はい」

 

 二人は向き合う。

 

「戦えるか?」

 

「はい」

 

「守れるか?」

 

「はい」

 

「僕らは今、同じ気持ちか?」

 

「はい」

 

 そして、同時にジェイルの方を向く。同時に同じ構えを取る。

 

「行きましょう! 私達の大切な人を守るために!」

「行こう! 僕らの力で、大切な人を守るために!」

 

 二人の覇王が、時空を超えてその肩を並べた。

 

 それは、『大切な人を失う』という覇王の運命に抗う力であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 踏み込んで行く二人の覇王。

 ジェイルはアインハルトの方が先に来ると判断したのか、アインハルトに四本、クラウスに一本という割り振りで赤い糸を差し向ける。

 

「友のために戦うだなどと!

 そこの彼女は、まだベルカ君と友になっていないと、そう自分で言っていただろうに!」

 

 嘲笑しながらのジェイルの攻撃に対処したのは、クラウス一人であった。

 クラウスは頬の薄皮一枚切らせて、赤い糸をギリギリ回避。アインハルトに向けられた四本の赤い糸を横合いから殴りつけ、アインハルトの道を作る。

 セクターの壁を壊すために自らを高め続けていたクラウスもまた、更に上の力の領域に足を踏み入れていた。

 アインハルトは一直線に踏み込んで、まっすぐな拳を叩きつける。

 

「彼が友だから守るのだと思えば、頑張れる。

 いつかの未来に友になるため、今彼を守るのだと思えば、もっと頑張れる。

 私には頑張れる理由が二つある! それなら二倍頑張れる! だから負けない!」

 

「ぐっ……!」

 

 ジェイルは咄嗟に赤い糸で編んだ盾を使ってそれを受けるが、その衝撃に体が浮いてしまう。

 体が浮いた敵の隙を見逃すようでは、シュトゥラの覇王は名乗れまい。

 ジェイルの背後にワンテンポで回り込んだクラウスが、浮いたジェイルに向けて回し蹴りを放っていた。

 

「辛い未来(いま)に生きる時、過去の友との想い出が体を支えてくれる。

 新たな友と出会う未来を見据えれば、辛い過去(いま)も生きられる。

 友情に過去も未来も無い。時が絆を断ち切ることもない!

 過去と未来は、人の絆は、いつだってどこでだって繋がっている!」

 

「先祖も、子孫もっ……」

 

 赤い糸が床を押し、反作用でジェイルの体を浮き上がらせる。体が更に浮いたことで、クラウスの回し蹴りは空振った。

 が、クラウスは空振った蹴りの勢いを殺さず、体を捻って更に加速し、蹴撃の二連撃。

 二回目の回し蹴りは流石に避けきれないと判断したのか、ジェイルはシールドでそれを受け止める。シールドは一瞬で破壊されるが、その一瞬でジェイルは防御の糸を割り込ませていた。

 

「過去も、今も、未来も……人が尊ぶものは変わらない!

 それが、お前が踏み躙ろうとしたもの……

 ベルカと彼女の間に、僕とベルカの間にあるものだ! だから!」

 

「どうやら、バカは遺伝するものらしい!」

 

 先祖と子孫で同じことを言っている二人を笑いながら、ジェイルは移動魔法で距離を取る。

 アインハルトの攻撃だけでなく、クラウスの攻撃も赤い糸で止められたことで、ジェイルには少しばかり精神的余裕が出来たようだ。

 

(実に面倒だ。この二人は……!)

 

 クラウスとアインハルトは、例えるならば揺れ動く二本の平行線のような戦い方をしていた。

 

「アインハルト!」

 

「はい!」

 

 二人の拳が同時に振るわれ、ジェイルの赤い糸が盾を編み上げそれを防ぐ。

 だがここから、二人の拳はズレ始めた。

 

「……っ!」

 

 糸で防御しているジェイルの頬に、冷や汗が垂れ始めた。

 クラウスのパンチを防ぐつもりのガードでは、速いアインハルトの拳がくぐり抜けてくる。

 アインハルトのパンチを防ぐつもりのガードでは、重いクラウスの拳にガードを揺らされる。

 二人の拳の質の違いが、実に面倒な不協和音を奏でていた。

 

「「 はぁッ! 」」

 

「っ!」

 

 かと思えば、二人で息を合わせて全く同じ性質の拳を打って来ることもあった。

 その際に拳と拳が生む相乗効果は絶大で、赤い糸の盾越しでもジェイルの腕は痺れてしまう。

 そしてジェイルの腕が痺れているのを見て、二人はまた同時攻撃を仕掛けて来た。

 

 アインハルトが放ったのは顔面狙いのハイキック。

 クラウスが放ったのは転倒狙いのローキック。

 ジェイルは咄嗟に赤い糸で壁を作るが、こうも連続して咄嗟の防御を続けていれば、防御に隙も出来るというものだ。

 赤い糸の壁の下部に隙間が出来、そこをするりと抜けたクラウスのローキックがジェイルの左足を叩く。

 

「く、は、ぁ……!?」

 

 痛みにジェイルは膝を折り、膝をついてしまった。

 

 クラウスとアインハルトは、例えるならば揺れ動く二本の平行線。

 その気になれば合わせられる。

 しかし合わせない時もある。

 その僅かな違いがフェイントになり、ジェイルの対応を僅かに間違えさせる。

 

(今!)

(今!)

 

 膝をついたジェイルを見て、二人の覇王の心が一つになる。

 アインハルトの肘打ち。クラウスの正拳突き。二つが同時に放たれ、ジェイルの四肢の内唯一無防備な状態になっていた右腕を挟み込む。

 ミシリ、と音が鳴り、ジェイルの右腕の骨がへし折れた。

 

「がぁッ!?」

 

 ジェイルの痛みの声が上がる。

 スルトコアに強化されていたとはいえ、このコンビネーションで折れないわけがない。

 ジェイルは折れた腕を庇い、目の色を変え、叫んだ。

 

「……鬱、陶、しい、なぁ! 君達はッ!」

 

 手で触れられる距離に居る二人の覇王に、ジェイルは全身から魔法を放った。

 魔力弾、魔力刃、魔力砲、魔力波。

 後先考えない、彼の体にも尋常でない負荷がかかるであろう、限りなく自爆に近い全方位への魔法行使であった。

 

「くっ!」

 

 クラウスは左右に細かく刻むように何度も跳び、ジェイルの魔法を回避しながら後退する。

 跳んで、跳ねる。跳んで、跳ねる。魔法がカスることもあったが、それも何とか回避しきって距離を取っていた。

 

(位置が……悪い!)

 

 だが、アインハルトの方はかわせない。

 アインハルトがかわせばベルカに当たる、そういう立ち位置に運悪く彼女が居たからだ。

 

「ぶ、ふっ!?」

 

「アインハルト!」

 

 いくつかの魔法を投げ返して相殺するも、赤い糸が混じって来たあたりで彼女の処理能力に限界が来て、とうとう砲撃が彼女の腹に命中してしまった。

 内臓を抉るような痛みが、彼女の意識と体を吹き飛ばす。

 床に転がったまま動かないアインハルトを見て、一人になったクラウスは唇を噛んだ。

 

「はぁーっ……はぁーっ……くくっ、これでようやく、一人落ちたようだね」

 

 息を切らせて消耗した様子を見せるジェイルだが、その消耗を差し引いてもクラウスの不利は変わらない。

 

(どうする!?)

 

 次にどうするかを考え。焦るクラウス。

 クラウスの冷静さは失われつつあったが、彼の背後からかかった声を判断力を取り戻させる。

 

「あきら、めるな」

 

「!」

 

 アインハルトは落ちた。だが、クラウスは一人になったわけではない。

 心はいつも、彼と共に戦っている。

 声を出すだけで全ての力を使いきったベルカの応援が、クラウスに静かな闘志を宿していた。

 

(落ち着け)

 

 クラウスは全身に巡らせる魔力配分を変更。

 いつも以上に魔力を腕に集中し、走る選択も避ける選択も捨て、足を止めた。

 

(ここで、僕がするべきことは―――!)

 

 足を止めたクラウスの両腕に、五本の赤い糸が巻き付いた。

 覇王の攻撃の中核を成す腕が封じられたことで、クラウスの攻撃力は激減する。

 ジェイルはクラウスの愚行を小馬鹿にするように笑い、クラウスは苦痛の表情を浮かべながらも、両腕を引き千切られないよう腕に力を注ぎ込んでいた。

 

「諦めたのかい?」

 

「まさか」

 

 あと数秒で、クラウスの腕を赤い糸が切断するだろう。

 数秒先のそんな未来を予想していたジェイルは、クラウスの狙いがどこにあるのか、終ぞ気付かぬままだった。

 

「僕らがベルカから学んだ、最も大切な心の姿勢。それは―――」

 

 クラウスがそう言うと、クラウスの背後から二人の少女が飛び出してくる。

 ジェイルが気付き糸を手元に戻そうとするが、もう遅い。

 赤い糸を逃がさないよう、今度は逆に糸を掴んでいるクラウスを見て、ジェイルはようやくクラウスの狙いに気が付いた。

 

「欲しい(みらい)に手を伸ばすなら!」

 

 黒の魔力が、鉄腕に宿る。

 

「手に入れるまで、絶対に諦めないということです!」

 

 虹の魔力が、義腕に宿る。

 

 迫り来る二人の少女の拳。

 逆転の発想で糸を引き寄せるのではなく伸ばし、クラウスを押してその反作用で後方に飛んだジェイルは、新たな乱入者二人を見て驚愕を顔に滲ませていた。

 

「黒のエレミアと聖王女……!」

 

 ジェイルは赤い糸を一旦解除し、糸が掴まれているという状態を脱してから、再度赤い糸を構築する。

 そんなジェイルをよそに、三人は言葉も吐けない状態のベルカの周りに集まった。

 エレミアが優しくベルカを抱きしめ、抱き上げ、オリヴィエが彼の頭を優しく撫でる。

 

「間に合った?」

 

「ああ」

 

 黒い衣服を纏う彼女に、クラウスは肯定の返答を返す、

 

「待たせましたか?」

 

「いや、いいタイミングだったさ」

 

 虹の魔力を纏う彼女に、クラウスは否定の返答を返す。

 

「行こう……一緒に!」

 

 かくして、彼らは最後の敵の前に立つ。 

 

「成程、『いつもの四人』が揃ったというわけだ、

 揃っただけで勝った気になっているのは、いただけないがね」

 

「勝つか負けるか。そんなことは……」

 

 ジェイルが赤い糸を翻す。

 エレミアがベルカを安全な場所に連れていくため下がる。

 クラウスが必殺の魔力を練り始める。

 オリヴィエが前に出る。

 

「……やってみなければ分からない!」

 

 そしてクラウスが叫び、幕が切って落とされた、

 ジェイルの左手のグローブから、赤い魔力弾が機関銃のごとく連射される。

 尋常でない威力の上、魔力弾を回避すると、魔力弾の隙間を縫って来る赤い糸に当たるようになっていた。

 

「虹よ!」

 

 それにオリヴィエが対処する。

 彼女は更に前に出て、何気ない動作で右掌を前に突き出した。

 その一動作で、彼女の前に虹の壁が現れる。

 現れた虹の魔力(カイゼル・ファルベ)の壁は、いともたやすくジェイルの攻撃を無力化していた。

 

(この壁は、今はどうしようもないな……!)

 

 聖王の鎧、未だ健在。最強の盾の称号は伊達ではない、

 ジェイルがこの壁を攻略する糸口は、オリヴィエが既にカリギュラ戦で死力を尽くした後である、という点にしかないだろう。

 いずれ鎧の維持には限界が来る。

 その瞬間を狙うことを心に決めて、ジェイルは現段階でこの鎧を攻略することを諦めた。

 

「!」

 

 そして、接近してくるエレミアがジェイルの視界に入る。

 エレミアは素早くベルカを壁際に運び、彼を守る結界を構築し、壁からここまでの距離を助走距離とし速度を乗せた一撃を繰り出していた。

 

殲撃(ガイスト)!」

 

 絶大な魔力が圧縮された手刀が、ジェイルの首筋に迫り来る。

 力と技の融合こそが黒のエレミアの真骨頂。

 レリックウェポンという異端の発想で力を増し、友との共闘で技を研ぎ澄ましているがゆえに、その一撃はコア・ジェイルでさえも即死させる威力があった。

 

「物騒なものはしまってくれないかい?」

 

 ジェイルはエレミアのすぐ後ろにクラウスが続いているのを見て、下手な対応はクラウスの一撃での決着に繋がることを読みきっていた。

 そのため、ジェイルはエレミアの肩を赤い糸で絡め取る。

 そしてそのまま、エレミアをクラウスに向けて投げつけた。

 

(これで!)

 

 殲撃(ガイスト)の魔力滾る腕に触れないよう選んだ、クレバーな選択。

 が、最悪でないだけで最高でもなんでもなんない選択であった。

 ジェイルはエレミアとクラウス両方の動きを、これで一手分止められると思っていた。だが、そうはならない。

 

 エレミアは空中で猫のように姿勢を変えて、クラウスはエレミアに向けて拳を突き出す。

 触れる少女の靴裏と、青年の拳。

 エレミアがクラウスを蹴り飛ばす形で、クラウスがエレミアを殴り飛ばす形で、ジェイルの思惑は粉砕された。

 

「!?」

 

 エレミアという弾丸が、クラウスという砲台から発射される。

 的は当然、コア・ジェイルだ。

 二人の力の足し算で発射されたエレミアは、ジェイルに防御も回避も許さず、すれ違いざまに彼の肩の肉を抉り取って行く。

 

(っ、厄介な……!)

 

 ジェイルの予想を裏切る奇襲を成功させたところまではいいが、反射的に見せた連携だったためか、攻撃精度が低く肩の肉を抉るに留まった様子。

 

「ありがとう、殿下」

 

「いや、息を合わせてくれたエレミアのおかげさ」

 

 エレミアはそこで魔力弾の発射準備を始める。

 ジェイルは誰から攻めてもいいと適当に考えていたが、それを見てエレミアに狙いを定めた。

 赤い糸の斬撃がエレミアに迫る。

 けれどエレミアは回避も防御も行わず、魔力弾の発射準備を継続していた。

 

 仲間が居るなら、任せればいい。

 

「!」

 

 赤い糸を、割り込んで来たオリヴィエの虹纏う肉体が防ぐ。

 聖王の鎧が糸を防いだその一秒後、オリヴィエの背後のエレミアから魔力弾が発射された。

 魔力弾は音速の数倍のスピードで弧を描き、オリヴィエにはかすりもしない軌道にて、彼女らの敵に殺到する。

 

「よっ、とっ、と」

 

 ジェイルはそれを大雑把なステップで回避して、赤い糸を横薙ぎに振るう。

 何気ない動作だが、効果は絶大だ。

 振るわれた赤い糸は、この部屋の一定の高さ全てに当たる斬撃と化す。

 三人は糸がベルカに当たらない軌道であることを確認してから跳び、それを避けた。

 

「オリヴィエ!」

 

 ただし。

 オリヴィエとエレミアは直上に跳んでいたが、クラウスはオリヴィエに向かって跳んでいた。

 クラウスの呼びかけに頷き、オリヴィエは体を捻って呼び返す。

 

「クラウス!」

 

 オリヴィエは魔力と体術だけで空中回転、更にそこからオーバーヘッドキック。

 跳んで来たクラウスをサッカーボールのように蹴り飛ばし、クラウスもまたオリヴィエの蹴り足を足場に空中で跳躍していた。

 少女は踏み台、青年はボール。今度はクラウスが、コンビネーションによって発射される。

 

「それはもう見たぞ!」

 

 流石に二度目となると奇襲にはならないのか、ジェイルはキッチリ対応してきた。

 五本の糸の内二本をエレミアとオリヴィエへの牽制に使い、残り三本を不規則な軌道でクラウスに向け、空中でクラウスをバラバラにしてやろうとする。

 

「いいや見せていない!」

 

 だがクラウスは空中で拳の連打を放ち、拳の壁を作り上げ、糸を弾くという力技に出た。

 

「ッ!?」

 

 拳の壁というゴリラでもしないようなゴリ押しの発想が現実となり、糸の全てが弾かれる。

 ジェイルは止まらず接近してくるクラウスを見て、"殴られたら死ぬ"という確信に逆らわず、必死に移動魔法で距離を取った。

 

(強い。掛け値無しに強い……一週間前、脅威ではないと判断した私が愚かだったようだ)

 

 三人の息は絶妙に合っていて、1+1+1を10にも100にも引き上げている。

 個人の力はジェイルに遠く及ばないが、三人の力なら互角に戦えるということなのだろうか?

 否。違う。これは三人の力ではない。

 

(この三人の向こう側に……課金王の姿が見える……!)

 

 『四人の力』だ。彼らは、『四人』だから強いのだ。

 

 数カ月前のクラウス・エレミア・オリヴィエに、ここまでのコンビネーションはなかった。

 

(僕が、クラウス・G・S・イングヴァルトが、皆と一緒に)

 

 ベルカが来て、四人で一緒に戦うことが増え、ベルカの指示で三人が動くことが増え、三人で前衛を組む日が増えた。

 

(僕が、ヴィルフリッド・エレミアが、皆と一緒に)

 

 息を合わせて戦うことが増えた。

 肩を並べて、肩が触れ合うくらいの距離で共闘することが増えた。

 隣で戦っている友達が何を考えているのか分かる、そんな不思議な瞬間が増えた。

 

(私が、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトが、皆と一緒に)

 

 楽しかった日々が、この連携を育んだ。

 力を合わせて乗り越えてきた戦いが、この連携を育んだ。

 互いを信じ戦ってきた過去の全てが、この連携を育んだ。

 三人は背中にベルカの存在を感じ、この戦いが終われば未来に帰ってしまう彼を想い、ジェイルに向けて拳を構える。

 

((( こいつを倒して、笑顔で終わらせる! 彼との別れを、笑顔の別れにするために! )))

 

 ジェイルになくて、クラウス達にある力。

 それが爆発し、彼らは一気に畳み掛けに動いた。

 

「セイクリッド! ブレイザーッ!」

 

 カリギュラが得意とした虹の砲撃に似た、オリヴィエの虹の砲撃魔法が放たれる。

 赤い糸で編んだ結界で、ジェイルは右から迫るそれを受け止めた。

 

(ガイスト)―――(ナーゲル)!」

 

 エレミアが放つ消し飛ばす一撃(イレイザー)のバリエーションが左から迫り来る。

 それを見ても慌てず騒がず冷静に、ジェイルは赤い糸の結界で受け止める。

 だがセイクリッドブレイザー、ガイスト・ナーゲルの二つを受け止めた時点で、赤い糸のキャパシティは限界に達していた。

 眼前に迫るクラウスに対し、ジェイルは対抗するすべを持たない。

 

(く―――!)

 

「果てろ!」

 

 ジェイルは二本の足で抵抗するが、片腕が折れ片腕が塞がっている現状では無駄な足掻きだ。

 

「がふっ!」

 

 断空の掌底が放たれて、アッパー気味にジェイルの下顎に突き刺さる。

 クラウスの掌底はジェイルの体を浮かばせて、いつの間にかクラウスの左右に立っていたエレミアとアインハルトが拳を構える。

 

「「「 これで決まりだ! 」」」

 

 クラウスの拳。

 エレミアの拳。

 オリヴィエの拳。

 三人の拳が同時に突き出され、赤い糸と合体し盾となったジェイルのグローブと衝突。

 

「―――!」

 

 盾に入るヒビ。

 耳に残る破壊音。

 壊れるはずのない盾が壊れ、切れるはずのない運命の赤い糸が千々に切れていく。

 

「バカな、この武装が、壊れ―――!?」

 

 そうして、切れるはずがないと言われた赤い糸は、三人の力により断ち切られるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――これで終わり、だと思ったかね?」

 

 だが、これだけ積み重ねても。これだけ掛け合わせても。

 彼らの猛攻は勝利を掴めず、ジェイルの武装を一つ砕くだけに終わる。

 

「残念ながら! 私はしつこく! 諦めが悪く! 欲深で貪欲な人間なのだよ!」

 

 ジェイルが叫ぶと、彼の体から紫の魔力波が流れ出す。

 それと同時に、教会の鐘の音と聞き間違えそうな魔力波が空気を引っ掻く音が響き渡り始めた。

 偽の鐘の音は何度も響き、魔力波も何度も伝搬していく。

 魔力波は防御魔法の上からクラウス達の体に浸透し、細胞レベルでの損傷を発生させていた。

 

「あ、頭……痛……!?」

 

 全身の細胞にくまなく傷が付けられていく。

 防御魔法が無ければ一瞬で全身から血を吹いて死んでいただろう。

 防御魔法を展開しても苦しいことに変わりはない。

 ジェイルはこの魔法を足止めに使い、先程アインハルトを倒した限りなく自爆に近い全方位への魔法行使を行った。

 

 魔力弾、魔力刃、魔力砲、魔力波の全方位一斉攻撃。

 先程一度これを見ていたクラウスは、無理をしてでもこれを回避しながら後退していったが、エレミアとオリヴィエはそうもいかない。

 

「ッ、ずっ!?」

 

「きゃあっ!」

 

 ここまでの戦いが僅かに二人の動きと技を鈍らせ、二人に魔法を直撃させてしまう。

 下層で億のガジェット軍団と長期戦、闇の書との戦闘、レリックウェポンの負荷の発生。

 カリギュラ・ゼーゲブレヒトとの綱渡りな戦いの負担。

 ジェイルの全方位魔法行使に最初は耐えられていたエレミアとオリヴィエだったが、これまでの戦いのダメージが次第に表出し、とうとう魔法の直撃で意識を刈り取られてしまったようだ。

 

 クラウスはまた前衛が自分一人になったことに歯噛みして、ベルカを守れる位置に移動する。

 

「……クラウ、ス」

 

「! ベルカ!」

 

 どうすればいい、とまたクラウスが焦燥に呑まれそうになったこのタイミングで、またしてもタイミングのいい男が目を覚ます。

 エレミアの張った守護結界の中で、ベルカがようやく復活したようだ。

 だがまだ顔も青く、膝立ちになっているだけで立ち上がれてもいない。

 話すだけでも億劫そうで、魔法行使なんてもっての外な状態だ。

 けれども、助言を渡すことだけならできる様子。

 

「……あれは、おそらく、スルトのコアを半ば暴走させて使う技だ。

 使えば使うほど命を削る。制御に失敗すれば即死する。そういうリスクを抱えてるはずだ」

 

「!」

 

「これが最後だ。もう、この魔法に、次はない……」

 

 もうこの魔法は来ない。

 この魔法を二回行使したせいでジェイルの体調も最悪なはずだ。

 赤い糸を扱うグローブも破壊した。

 右腕もとっくに折れている。

 万のジェイルももう居ない。

 

 ベルカは笑って、勝利の可能性を一つ一つ上げていく。

 スルトコアを取り込み、素の能力だけでアインハルトを上回っていたコア・ジェイルに、クラウスが必ず勝つと、信じきった口調で語る。

 

「君は、何故笑える? この状況で……何故笑っていられるんだ?」

 

 課金王ベルカは笑っている。ならば、まだこの戦いは悲劇で終わってなどいない。

 

「オレ達は必ず勝つって、分かってるからだ。

 この先にいい明日が待ってるって分かってるからだ」

 

「―――」

 

「さあ、勝とうぜ。

 ボスを倒して、ハッピーエンドで、さっさとこのシナリオのエンディングを見よう!」

 

 その笑顔が。

 クラウスに希望と、勇気をくれる。

 

「ああ、勝とう! 回復したらすぐにでも援護してくれ、ベルカ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、勝とう! 回復したらすぐにでも援護してくれ、ベルカ!」

 

 そう言ったクラウスの勇気を、上層の転送ポートの陰で見ていた者達が居た。

 クラウスは今もベルカを守るべく彼の前に立っており、全力でジェイルの魔法からベルカを守り続けている。しかれども、倒れるのは時間の問題だろう。

 そんな王子を見ていたのは、王子に仕える忠実な騎士達であった。

 

「行くぞ」

 

 シュトゥラの新米騎士達三人、そしてシャマルが、転送ポートの陰から飛び出す。

 上層はジェイルの無差別全方位魔法のせいで、どこもかしこも危険地帯だ。

 だが四人は命をかけて、一つの目標を目指して駆けた。

 

「あの人が信じた勝利を、俺達が!」

 

 騎士の一人は、勝利を信じているというベルカの言葉に感銘を受けていた。

 迫り来る極太の砲撃を見て、その騎士は事前に準備していた短距離転移魔法を発動。シャマルと二人の騎士を前に送り、自分を犠牲にして仲間を前に進ませる。

 

「あの人が信じた明日を、僕達が!」

 

 騎士の一人は、明日を信じているというベルカの言葉に感銘を受けていた。

 迫り来る巨大な魔力弾を睨み、その騎士は手にした剣に魔力を纏わせ斬りかかる。騎士の斬撃で魔力弾は誘爆し、一人の騎士とシャマルは守られ、更に前に進んでいく。

 

「そうだ、私達の世界なんだから……!

 私達が守らなきゃならないんだ。私達がこの世界の明日を信じなきゃいけないんだ!

 だから! 私達の未来の可能性は、私達が切り開く! この世界を、滅ぼさせたりしない!」

 

 最後の騎士は、この戦場で戦っていた皆の姿を心に浮かべ、踏み込む。

 シャマルの盾になる。

 降り注ぐ魔力刃がいくつも騎士の体に突き刺さり、騎士は無残に倒れ伏した。守られ前に進んだシャマルはようやく、目標を最高レベルの回復魔法の射程距離内に捉えた。

 

 彼らが目指していたのは、最初からただ一人。

 戦場の片隅に転がされていた、アインハルト・ストラトスただ一人であった。

 

「癒しの風よ! あの人を癒やして!」

 

 シャマルを魔力の波が飲み込み、それと同時に放たれた回復魔法が、アインハルトに命中する。

 

「皆!」

 

 ベルカが叫ぶも、決死の想いでアインハルトを復活させようとした四人から、返事が返って来ることはない。

 やがて、彼らの想いは形を成した。

 アインハルトは立ち上がり、自分の情けなさを責める表情、助けてくれた人の決意を活かそうという覚悟の表情、そして普段通りの戦意を浮かべた表情へと変わる。

 ベルカの横に跳び、アインハルトはベルカに頭を下げた。

 

「本当に、申し訳ありません。少々うたた寝をしていたようです」

 

「……いや、十分に早起きだ。オレの幼馴染の姉曰く、早起きは美人の秘訣らしいぞ?」

 

「恐縮です」

 

 冗談めかした言い方で、けれど両方共言葉に硬さが残っている会話が流れる。

 並び立つクラウスとアインハルトを見て、ジェイルは肩を竦めて呆れた顔をした。

 

「また君達か……しぶといにもほどがあるな」

 

 耐久限界で砕けたエレミアの結界からベルカが出て、三人が肩を並べて悪と対峙する。

 

「何度でも立ち上がるさ、オレ達は」

 

「僕達は何度だって君を止める」

 

「私達が……悪行を許さない心と、悪を止める力を持っている限り、過去も未来も何度でも!」

 

 ベルカはここまでの時間経過で回復した体力全てと、命を削って得られた力で、過去最大規模の補助魔法を組み立てる。足りない分は気合で補った。

 大資本が味方についている時にだけ使える課金魔法。

 国家をも食い潰す悪魔の魔法。

 神が与えてしまった力を、人が使ってしまった結果生まれた魔法。

 

超越課金式(オーバーフルアクト)! 一億円課金(ハンドレッドミリオン)! 一撃必殺身体強化(アンリミテッドブースト)!」

 

 シュトゥラの国庫が、ゼロになる音がする。

 クラウスとアインハルトのステータスが天文学的に上昇し、二人は雷より速く踏み込んだ。

 ジェイルもまた、そのスピードに反応して見せる。三者はそれぞれに拳を引き絞っていた。

 

 過去の力と未来の力。

 先祖の覇王と子孫の覇王。

 友の想いと己の想い。

 個人の金と国の金。

 それら全ての力を束ね、二人の覇王は正真正銘最後の攻防へと挑む。

 

「スルトのコアを取り込んだ私が、負けるものか!」

 

 ジェイルが自身の勝利を信じ、叫ぶ。

 

「負けるもんか……信じてるんだ……必ず、勝つって……!」

 

 ベルカは友の勝利を信じ、呻く。

 だがその呻きさえも今の彼には大きな負担となってしまうのか、彼はふらっと倒れてしまう。

 そんな彼を、怪我を治してもらって駆けつけて来た、ヴィータが支えた。

 

「ああ。あたしも信じてる」

 

 朦朧とする意識で顔を上げれば、中層から続々と仲間達が上がって来ている。

 シグナムやザフィーラ、ダールグリュンなどの姿も見えた。

 皆がまだ、武器を握っていた。

 歩くのがやっとの者がほとんどだろうに、それでもまだ戦う気でいた。

 "戦う力が残っていなくても心だけは共に戦いたい"という意志が、彼らの魂から湧いていた。

 

「私達は!」

「絶対に!」

 

「「 負けない! 友が信じてくれている限り! 」」

 

 そんな気持ちを背に受けて、クラウスとアインハルトは更に踏み込む。

 余分な技は要らない。

 高等技術も発展技術も要らない。

 基礎の基礎、『断空』だけでいい。

 そこに全ての力を込めれば、拳は自然と応えてくれる。

 

「双式!」

「双式!」

 

 二人の声と技が、同時に発せられる。

 

「「 覇王! 」」

 

 二人の声と技が、重なる。

 

『 断空拳ッ!! 』

 

 二人の声と技が融け合い、一つとなる。

 

 断空であり断空でない合体攻撃。

 二つの拳が、ジェイルの攻撃より僅かに先んじて、その胸に突き刺さっていた。

 

「ば、ば、バカなッ―――!?」

 

 それが、終局の一撃となった。

 

「―――まあ、こういう欲望が勝つというのも、たまにはいいのかもしれないね」

 

 ジェイルは初めに驚愕し、けれどもすぐに楽しそうに笑い、こんな状況すら楽しもうとする。

 

 だが物理法則はそれを許さず、ジェイルを上層最奥部に向かって一直線に吹っ飛ばして行った。

 

 覇王が拳を掲げ、周囲の者達が歓声を上げる。誰の目にも明らかな、勝利の証明だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崩れた瓦礫に埋まりながら、ジェイルは自分の胸に空いた大穴を見た。

 あと一分か二分も経てば、自分は死ぬだろう。

 そう確信しつつもなお、ジェイルは"これはこれで"と笑っている。

 そんなジェイルの目の前に、仲間達に回復魔法をかけ終えたベルカがやって来ていた。

 

「やあ」

 

「よう」

 

 ジェイルはベルカを見て、残された僅かな自分の人生を、この青年との時間に使い切ろうと思った。その時間を出来る限り濃くしよう、とジェイルは考えていた。

 

「未来から来たならば知っているだろう? 古代ベルカが、滅びることくらい」

 

 ゆえに、ジェイルが口にする言葉は"当たり障りのない"の対極にある言葉。

 

「うん? なんで知って……

 ああ、そうか。未来のスルトのコア、取り込んでたんだったっけか」

 

「この時代、この世界も、いずれ滅びる。

 君が守ったこの世界も、シュトゥラもだ。虚しくないのかい?」

 

 ベルカは未来のスルトの一部をこの時代で破壊し、未来のミッドが救われる可能性を残した。

 けれども、『古代ベルカが滅びる』という運命だけはどうにもならない。

 今日ベルカ達が守ったものは、いつかの未来に必ず滅びるだろう。

 それが虚しくないのかと、ジェイルは問いかける。

 

「いつか滅びるものに価値が無いだとか、お前はバカか?」

 

 そんなジェイルを、ベルカは呆れた顔で見た。

 

「ソシャゲだっていつかは終わる。

 いくら課金したって、いつか必ずなくなるもんなんだ。

 愛したソシャゲも、課金して掴み取った最高レアも、いつか必ず泡のように消えるだろう」

 

 彼は刹那的な人間だ。先のことを対して考えていない。

 強烈に何かを欲しがる人間であっても、喪失を極端に恐れる人間ではない。

 この瞬間を最高に楽しむ性情が、彼の根幹にある。

 

「だけど、この瞬間が楽しいことに変わりはない。

 その一瞬に笑顔になれることに変わりはない。

 それが手元に何も残らない虚構の価値だったとしても、そこに喜びがあった事実は変わらない」

 

 未来に何も残らなかったとしても。

 この瞬間が最高に楽しいという事実に、その価値に、何も変わりはない。

 ベルカはそう言っているのだ。

 "いいじゃないか、人生楽しければ勝ちなんだし"と彼は言う。

 

「俺は課金とソシャゲを続けるさ。オレの人生を最高に楽しい物にし続けるために」

 

「……ははっ」

 

 価値ある物をガチャで引いても、躊躇いなくそれを捨てられるわけだ。

 価値ある物を引いた時点で楽しくて、それを捨てたとしても心に楽しさは残る。

 ソシャゲに課金し、ソシャゲのサービスが終了し、手元に何も残らなかったとしても、心に楽しかったという想い出は残る。

 

 その在り方は、良い方向に解釈することも、悪い方向に解釈することもできる在り方だった。

 

 ジェイルは笑う。

 ジェイルには、ベルカのその姿が重なって見えた。

 自分さえ楽しければそれでいい自分の在り方に重なって見えた。

 価値ある物を躊躇なく捨てられるウーンズの在り方に重なって見えた。

 ベルカはいつの日か、ジェイルのような人間か、ウーンズのような人間になる。今はそうでなくともいつかそうなるという確信が、ジェイルの中にはあった。

 

「いつか君は、私達のようになるだろうね」

 

 それはジェイルの本心の言葉であり、ベルカが少しは狼狽えるかもしれないという希望的観測を込めた挑発でもあった。

 

「そうなるかもな。まあ、その時はなっちゃんがオレを倒してくれるだろ」

 

「―――」

 

 他人事のように、それが当然のことであるかのように、どうでも良さそうな表情で、彼はジェイルにそう言った。

 ジェイルは目を丸くして、すぐに満足した表情を浮かべ、目を閉じる。

 

「……うん、悪くない。"この私"の最期としては、これ以上ないくらいに充実した時間だった」

 

 迫り来る死を前にしても、ジェイルはどこか楽しそうだった。

 

「いつの日か、私はまた蘇るだろう。

 私に利用価値がある限り、アルハザードの業を魅力的に思う者が居る限り……」

 

「いや復活すんな。お前ソシャゲで言えば再登場望まれないレイドボスだからな?」

 

「くくっ、手厳しい」

 

「誰にも迷惑かけないなら別にオレは構わないんだが」

 

「いいや、私の仕様上、ただのクローンでも他人に迷惑はかけ続けるさ……」

 

 ジェイルの指先が、砂になっていく。

 スルトコアとの融合がかけた負荷は、彼の死体すら残さない。

 

 

 

「いつかの未来で、また会おう。私は全てを、忘れている、だろうが……ね……」

 

 

 

 その遺言を言い切ると共に、ジェイルの体は全て砂になっていった。

 後に残るは、砕けたスルトコアの残骸のみ。

 悪の最期は、死体すら残らないという哀れなものだった。

 

「……死ねば仏だ。苦しまないように逝けよ」

 

 ベルカはジェイルだった砂に背を向け、皆の下に戻ろうとする。

 だがそこで、仲間達が居た方から爆発音が聞こえて来た。

 上層そのものが僅かに揺れている。爆発の規模は相当に大きいようだ。

 

「って、何だ?」

 

 今、万全の状態の者は居ない。

 誰もが満身創痍で疲弊している。

 一抹の不安を抱きながら、ベルカは仲間達の下に向かって駆け出した。

 

 

 




原作通りにおっぱい縛らない赤い糸に存在価値なんてあるんでしょうか

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