課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです 作:ルシエド
課金しすぎれば 我が身を裂く
そうソシャゲとは 刃に似ている
人の欲望を量り縛るべく、アルハザードの時代に生み出されたジェイル。
人の煩悩は108というが、ジェイルが1080という数でここに現れたこととそれは無関係ではなさそうだ。ジェイル達は一斉に町に散らばり、その一部がベルカ達に襲いかかる。
「円陣ッ!」
ベルカが叫び、はっと我に返ったクラウス達が陣形を組む。
後衛のベルカを中心として三人が円形の陣形を組み、互いの背中を守るフォーメーションを組み立てる。……だがそれも、焼け石に水だった。
「ぐっ!?」
「クラウス!」
クラウスは小細工無しにジェイル達を迎撃、全力の拳を叩きつける。
だが防御特化のジェイルに攻撃を受け止められ、速度特化のジェイルに腹に一撃を入れられ、バインド特化のジェイルに捕まり、砲撃特化のジェイルの砲撃をモロに食らってしまう。
そこで格闘特化のジェイルの拳を脳天に受け、意識が朦朧としたところで機械操作特化ジェイルのマシンアームに足を払われ、転ばされたところをジェイル達に取り押さえられてしまった。
「―――っ!」
「エレミア!」
エレミアはジェイル達のペースに乗らないよう慎重に動き、ベルカに敵を辿り着かせないことを最優先に考えていた。
だが、100のジェイルが自分に魔法の照準を合わせているのを見て、考えていたことの全てを放棄する。
彼女は空に飛び上がり、歯を食いしばって全力の防御魔法を展開するが、総合的に見ればエレミアの能力を超えているジェイル100人による集中砲火は……いともたやすく、エレミアを防御の上から叩き落とし、戦闘不能にまで追い込んでいた。
「きゃっ!?」
「オリヴィエ様!」
十数人のジェイル達が横並びに立ち、一斉に魔力結合と魔力効果発生を阻害する上級フィールド魔法、AMF(アンチ・マギリンク・フィールド)をオリヴィエの周囲に発生させる。
一人ならばオリヴィエも耐えられただろうが、十数人のジェイル達からAMFを投射されてしまっては、流石にオリヴィエも魔法の使用を封じられてしまう。
肉体を魔力強化した一撃にて、あえなくオリヴィエも地に沈められてしまっていた。
「っ!? が、はッ……!」
そして、守る者が居なければベルカがこれに対抗できるわけもない。
ベルカは仲間達に強化と回復の魔法をかけ続けていたが、格闘特化のジェイルの蹴り一発であっさりとやられ、バインドで縛り上げられてしまった。義腕の守りにだって限界はある。
クラウス達も全員バインドで指一本動かせない状況に追い込まれてしまったようだ。
将棋で言えば、王手をかけられた状況と言えよう。
「さて……存外暇潰しにはなった。感謝するよ、付き合ってくれて」
「ジェイル……!」
「まあ、シュトゥラは潰すんだけどねぇ! あっはっはっ!」
「ジェイルッ!」
叫ぶクラウスを見て、ジェイルはたいそう愉快な気持ちになっているようだ。
ジェイルが笑う。
自分さえ笑っていればいいといった顔で、笑う。
高笑いしながら空を仰ぎ、そこに浮かんでいる聖王のゆりかごを見て、ジェイルは下品な笑顔を少しばかり醜悪な笑顔に変える。
「ああいや、こんなにもカリギュラ君が早く終わらせてくれたんだ。
君達の頑張りに免じて、シュトゥラは潰さないで計画を最終段階に進めてもいいかもしれない」
(……計画?)
「よし、やーめた。よかったじゃあないかベルカ君。
私の気まぐれのおかげでシュトゥラは少しばかり延命したようだよ?」
「……そりゃどうも」
計画とは何か? 計画という単語だけで、ベルカは嫌な予感が止まらない。
ジェイルは空のゆりかご、ひいてはその中のカリギュラを見上げ、星の外側に佇んでいるアルハザード製巨大ロボに目をやった。
「ではカリギュラ君、思いっきりやりたまえ。
あの巨大ロボ『スルト』は自動で動いてくれる。
そして君が全力で扱ったならば、ゆりかごは間違いなく最高の力を発揮するだろう」
『……ああ。感謝する』
カリギュラが、あまりにも多くの感情が混ざりすぎてどんな感情が含まれているのか分からない声色で、呟くようにジェイルに感謝する。
聖王のゆりかごは、何故かそこで回頭し、『スルト』と呼ばれた巨大ロボの方を向く。
『さあ、おっぱじめようじゃないか!』
そして、"攻撃を開始した"。
「!? 仲間割れ!?」
聖王のゆりかごが放つ攻撃が、スルトに次々と着弾していく。
全長20万km以上の巨躯であるスルトからすれば豆鉄砲に等しい攻撃であったが、地球と月の距離よりも離れているスルトまで攻撃を届かせていることも、その攻撃が引き起こした爆炎の輝きが地上からも見えるということも、ゆりかごの尋常でない力を証明していた。
ゆりかごの力は尋常ではない。
されど、スルトはそんなゆりかごを歯牙にもかけない。
"カリギュラが聖王のゆりかごを使って反逆した"と考えるには、あまりにも力の差が歴然としすぎている。
(同士討ち? なんでだ? あの会話の流れでどうして……)
ベルカは思考する。
エレミアは気絶している。オリヴィエは今意識を取り戻したばかり。クラウスには堅実な思考以外求めるべきではない。
この状況を一秒でも早く正確に把握できるのは、ベルカだけなのだ。
ベルカは意識して冷静であろうと務めながら、空から響く爆音を背中に受けつつ、周囲の逃げ惑う民衆の様子を見る。
すると、どうしたことか。
民衆はどこか安心した面持ちで、空のゆりかごを見上げているではないか。
「聖王様だ……」
「聖王様がやって来てくださった……」
「よかった、これで助かる……!」
(いや、待て、カリギュラの存在と所業に気付いてるのはオレ達だけ。
オレ達には聞こえてる会話も、民には聞こえてない。ならどうなる……?)
最悪の可能性に、ベルカの思考が辿り着く。
「いや、まさか、これは……!?」
『うらああああああああッ!!!』
だがバインドに魔法発動・体の動きを制限されている今のベルカには、気付いたところで何もできない。
そうこうしている内に聖王のゆりかごの攻撃範囲が、スルトの体表1万平方キロメートル範囲にまで拡大していき、スルトの自動攻撃が"反撃"へと切り替わった。
腕が、振り下ろされる。
スルトはただシンプルに手の平を振り下ろす。
だがクラウス達の星を片手で握り潰せるサイズのスルトが振るったそれは、星よりも大きく星よりも重い打撃攻撃となっていた。
当然ながら、ゆりかごといえどそれに耐えられるわけもなく。
星の大気全てを揺らすほどの衝撃と共に、地面に叩きつけられてしまった。
「たった一撃で、ゆりかごが落ちた……」
ゆりかごは半壊し、破片を撒き散らしながら地面に激突していった。
誰がどう見たってもうゆりかごが戦えないことは明白だろう。
意味の分からない同士討ちに決着がつき、ジェイルは壊れたゆりかごの中のカリギュラに笑いながら呼びかけた。
「満足かね? カリギュラ君」
『ああ……満足した。
よく分かった。こんなに弱いんなら、価値なんてないな。
ゆりかごにも、聖王にも、聖王の血筋にも……価値はない』
カリギュラは怪我の一つも負っていないようで、いつも通りの声を返してくる。
この二人の会話は、同じ目的を持った者の会話としては不自然だ。
どちらかと言えば、『目的を持っていた者』と『それを叶えてやった者』の会話に近い。
つまり、ゆりかごとスルトを戦わせ、ゆりかごが負けるというこの展開において、カリギュラとジェイルの目的は別々にあったのだ。
カリギュラの目的は、"ゆりかごに最大の戦闘力を発揮させ、その上で完全な敗北に至る"ことであった。
『"聖王の血筋を守るために姉君は命を使い切ったのです"
とか俺にほざいた家臣のあいつは、やはり間違ってたんだ。
聖王家が大切にしていたものより、姉さんの命の方が、ずっと価値があった……』
「……っ」
カリギュラの誰にも向けていない独り言を聞き、オリヴィエが顔を上げる。
彼女の瞳には怒りも無ければ同情もなく、軽蔑や敵意もない。
ただ、叔父に向ける哀れみだけがそこにあった。
姉を失い意気消沈するカリギュラに、かつて多くの人が声をかけたのだろう。
その中には、
オリヴィエを擁護するため、言葉を選んだ者も居ただろう。
だがそれが、カリギュラをここまでこじらせてしまっていた。
「聖王家の象徴。聖王国の秘宝にして連合関係の接着剤、聖王のゆりかご。
それを最高の力を持つ聖王候補、カリギュラに扱わせた上で完膚なきまでに負けさせる。
聖王、そしてゆりかごは、この大陸の民草の希望だ。
ゆりかごへの信仰は貶められ、聖王家への信頼は失墜し―――私達の目的は、同時に叶う」
『ああ』
聖王に関する全て、世界の人間全て、オリヴィエ、オリヴィエの味方。
その全てに対し、カリギュラは自覚ある八つ当たりに近い憎悪を抱いていた。
そんなカリギュラと目的を同じくするジェイルの計画など、当然――
「さて」
――ロクなもので、あるはずもなく。
「カーテンコールを始めよう。この文明も、そろそろ眠りにつく頃だ」
ジェイルが指を鳴らした瞬間。
世界の終わりは、始まった。
スルトの星よりも大きな巨躯から、超巨大魔法陣が展開される。
星よりも大きな魔法陣は星を飲み込んでいく。その光景は現実離れしすぎていて、全体像も見えていない地上の人間ですら、誰もが息を呑んでしまう。
何かが始まる。そんな予感だけは、誰もが持っていた。
「ジェイル、お前いったい何を!?」
「最初のベルカの世界、というのがあることは知っているだろう?
この世界の王族達がこの世界に越してくる前に居た、最初の世界というやつさ。
あれを壊したのはこの私、欲望のジェイルなのだよ。危険なものを作るのは得意でね」
「……え?」
期待していた答えは返って来ないのに、衝撃的な答えだけが返って来る。
ジェイルに相手の問いにまっとうに答えようという意識はない。彼は自分が語りたいことを語っているだけだ。
「一度人類をリセットしようと思ったんだ。
アルハザードの遺児である私なら、簡単なことだと思っていた。
……だが、違った。
世界を丸ごと殺したというのに、人は滅びず、幾多の世界に散らばり更に増えていった」
いったい、本当に恐ろしいのは『どちら』なのだろうか。
「分かるかな? ……世界が滅びても、人は滅びなかった。人は意地汚く生き残ったんだ」
世界を裏から操り、望むままに滅ぼせる悪なのか。
世界を滅ぼしてもなお絶滅させられない人類なのか。
本当は、どちらの方が恐ろしいのだろうか?
「そう、彼らは生き延びた! 『生き残りたい』という欲望を形にして!」
ジェイルは星をも砕く強き機体を持っている。
スルトにそう望めば、この星ですら一瞬で粉砕できるだろう。
……だが、それでも。そんなジェイルでも、人を滅ぼすことはできない。
「私はそこに歓喜と羨望を覚えながらも、気付いたのさ。
この超弩級巨大兵器スルトを用いても、人間を滅ぼすことは容易ではないということにね」
最初の世界が滅びたことで複数の世界に散った古代ベルカの民は、もはや星を砕く兵器を用いても根絶できない存在となった。
ジェイルから見た人類は、人から見たゴキブリのそれに近いだろう。
どこにでも居る。
どこにでも潜んでいる。
どこまでも繁殖し広がっていく。
そして、根絶できない。
欲望を原動力にした人間の力は尽きることなく、どこまでもどこまでもしぶとかった。
「人は強い。
人の欲望が無限なら、そこから生まれる力もまた無限。
欲望を
だからこそ、ジェイルは遠回しな計画を練ったのだ。
「『自滅』、という方向性でね」
「自滅?」
ジェイルの言葉にベルカが怪訝な表情を浮かべると、星を飲み込んだ魔法陣が輝き始める。
その輝きは、この星に生きる全ての人間の体へと染み込んで行った。
「残り10分」
「……?」
「あと10分で、この世界と周辺世界全ての人類は死滅する。……ふぅ、長かったなぁ」
「!?」
そしてジェイルが、とんでもないことを言い始める。
世界に生きる人間全てに染みこんでいく光を目にしながら、クラウスが叫んだ。
「どういうことだ!?」
「民を見るといい」
縛り上げられたままのクラウスが周囲を見れば、燃え盛る町並みの中に、市民の死体と騎士の死体、そして空を見上げて絶望する民草が見えた。
「……ああ、ああ……!」
「聖王様が、負けた……負けてしまわれた……!」
「嘘だろ、伝説の存在じゃなかったのかよ、聖王のゆりかごは……!?」
民の顔に浮かんでいるのは、失望、絶望、そして恐怖。
そう、これが先ほどベルカが気付いた事実。
カリギュラの目的が"ゆりかごの敗北で聖王家の名を貶める"ことであったなら、ジェイルの目的は"ゆりかごの敗北で人々を絶望させる"ことだった。
「これ、は」
止まらない戦乱に呑み込まれつつあったこの世界において、『聖王』と『聖王のゆりかご』は、多くの人にとって"世界をいつか平和にしてくれるかもしれない希望"だった。
それは信仰と言い換えてもいい。
ベルカ達以外の全ての人間は、聖王のゆりかごにカリギュラが乗っているという情報を持っていない。ならば当然、見えている景色も違うのだ。
この世界の多くの人達には、『突如宇宙から恐ろしいロボットが現れ』、『ゆりかごがそれに応戦し』、『手も足も出ないまま負けた』ように見えただろう。
カリギュラが目撃者の抹殺を徹底していたならば、ゆりかごを盗まれた聖王国からですら、ゆりかごは正義の為に発進し敗北したように見えているはずだ。
今、人々は絶望している。
巨大ロボ・スルトが適当に星への小規模攻撃を開始したことも、それに拍車をかけていた。
「もう、終わりだ……なんなんだよ、あれは……!」
人々の絶望を味わい、心地良さそうにジェイルが微笑む。
彼は地面に転がされたままのクラウスを見下しながら、上機嫌に種明かしを始めた。
「今、この世界の大半の人間が『絶望』しているのは分かるかい?」
この絶望こそが、ジェイルの望んだものであるのなら。
「この絶望こそがベルカ文明の歴史の中で発生した、全ての人間を殺すんだ」
「なんだと!?」
当然ながら、その絶望はジェイルに利用されるものである。
「私達が煽り広げた戦乱。
私達がバラまいた
そこにトドメとなる、唯一の希望・聖王のゆりかごの敗北。
今この瞬間、民衆の絶望はピークに達している。私達の思う通りにね」
「まさかお前は、そのために戦乱を……!?」
「この絶望を魔法で増幅し、スルトの膨大な出力で拡散させるんだ。
増幅した絶望は、数千の世界を飲み込む精神波となる。
まずはこの世界の人間が精神波の影響で全員自殺するだろう!
そして次は周辺世界! そうして、複数世界にまたがる文明の人間が丸ごと自殺する!」
「な―――」
「素晴らしいだろう? こんな兵器と術式を組み上げられるのは、私くらいのものだろうね!」
全ての人間が殺せないのなら、全ての人間に自殺してもらえばいい。
そんな狂った発想を実現できるだけの技術力が、ジェイルにはあった。
「この術式の実現には、世界の人間の七割が絶望している必要があった。
難儀だったよ。思いついたはいいが、実現までこんなに時間がかかってしまった」
世界を包む魔法陣が輝きを増し、人々に染み込む光が量を増して行く。
その光の一つ一つが、人の心の絶望を増大させる効果を持っていた。
「精神を媒介とする魔法術式であるために、魔法防御も無意味。
ここまで手こずるとは思わなかったよ、本当に。
まあこれでようやく、ベルカ文明に生きる人類全てを死滅させられるかな」
「何故そこまで人を滅ぼすことにこだわる!?」
「私が人の欲望の
ジェイルは高笑いしながら、いつ息継ぎをしているのか分からないくらいの勢いで、自分が言いたいことだけを矢継ぎ早に口にしていく。
「さて、次の世界はどんな形にしようか?
どんな欲望が渦巻く世界にしようか?
クローニングした知識のない人間に言葉だけを与え、世界にバラまいてみようか?
そして戦乱が始まった時点で
火薬兵器の次に核兵器を生み出すような歪な文明を作ってみるのもいい!
魔法の力を使わず、魔法に等しい技能を使える人機で世界を満たすのもいいな!
ソーシャルゲームは放っておいても自然発生するから、それはいいとして。
……ああ、楽しみだ。
次の文明も、人が自らの欲望に負け、戦争をやめられず、自滅していくような世界にしよう!」
ガチャを回すように世界を回し、課金者とその子孫同士を争わせ、世界を終わりへと導く。
ジェイルは、『世界の運営者』を
世界を運営する権利も終わらせる権利も、自分が持っていると言いたげに。
「あと8分」
10分で世界が終わるなら、世界の終わりまで二割ほど進んだこの時点で、残された時間は僅かに8分。手を打つ時間はあまりに足りていない。
「お前を倒せば!」
「術式を発動しているのはスルトのコンピュータだ。私を殺しても止まらんよ」
今からあのアルハザード製巨大ロボのコンピュータを破壊するなど、どう考えても不可能だ。
ジェイルは"ネタばらししたのは止められないと確信したからだ"と言わんばかりに、他人の苛つきを誘う表情で笑う。
「第一、一人倒しても意味が無い私を殺してどうする?
全員殺せるなら最初から君達はそうしているだろう?」
「っ!」
町に蠢く無数のジェイル。
クラウス達を囲む無数のジェイル。
ベルカ、クラウス、オリヴィエは意識こそ取り戻しているがバインドのせいで身動きが取れず、エレミアに至ってはダメージのせいでまだ気絶したままだ。
足掻きたくても、足掻けない。
「あと7分」
ベルカ達はどうにかしなければと思うも、どうにもできないまま無情に時間は経過してしまう。
(諦めるか!)
ベルカはジェイルがクラウスを見ていて自分の方を向いていないのを確認し、義腕の処理能力をフルに稼働させ、バインドの解析と解除に動く。
ジェイルの隙をついて、なんとかバインドを解除しようとしていた……が。
「大人しくしていたまえ」
「ぎっ!?」
それをジェイルが見逃すはずがない。
突然現れた別のジェイルが靴裏をベルカの後頭部に振り下ろし、踏みつけ、思いっきりその頭を地面に叩きつけた。走る衝撃、無情に刈り取られる意識。
最後まで抵抗を続けていたベルカも、ここに倒れる。
「さあさあ、世界の滅亡まであと5分だ!」
「終わって、しまうのか……?」
クラウスがバインドを振りほどこうともがきながら、どこか呆然とした声色で呟く。
「こんな、ところで……!?」
オリヴィエもまた、壊れない頑丈なバインドに無駄な抵抗をしながら歯噛みした。
世界中に悲嘆の声が満ちていく。
世界中に絶望の叫びが溢れていく。
世界中から希望が失われていく。
誰もが生ではなく死を選ばされていく。
そこかしこで人が絶望し、自殺を始めようとする。
古代ベルカの流れを汲む人類全てが今、滅びようとしていた。
気絶したベルカは、色のない空間の中に居た。
色もなければ光もない。夜寝る時、閉じた瞼の裏に見える、闇の中を不思議な光がいくつも走る光景が一番近いかもしれない。
「ここは?」
ベルカは自分が今居る場所がどこなのかを疑問に思い、続いて記憶喪失だったはずの自分の記憶が戻っていることに疑問を持った。
「オレの記憶が戻ってる? どうしてだ?」
『ここはあなたの心の中の世界。
物理的な衝撃が原因の記憶喪失がここに影響を及ぼさないのは、当然のこと。
この夢から覚めればあなたはまた記憶喪失に戻りますが、今だけは自分を保てるはずです』
「! 誰だ!?」
そこでどこからか響く神聖な声。
色も光も無い世界で、ベルカの前にどこからか舞い降りてきた光り輝く人が現れた。
『私は、ソーシャルゲームの神です』
「―――ソシャゲの神、だと?」
光輝く人は、自分が神であると言う。
言葉だけ見れば胡散臭いことこの上ないが、ソシャゲの神はそこに居るだけで神聖な雰囲気を振り撒いていて、そこに在るだけで言葉の説得力を増していた。
『はい、あなたが生み出したソーシャルゲームの神です』
「オレが、生み出した?」
『あなたは99のソーシャルゲームにおいて重課金兵として名を馳せた。
ガチャを引くたび、"当たってくれ"とあなたはゲームに祈りを捧げた。
他プレイヤーの一部は、あなたの課金額を見て信仰に近い尊敬と畏怖を捧げた。
それらの行為が、あなたのスマートフォンを世界最新の神へと昇華させたのです』
あまりにも課金とソシャゲに金額的・精神的に多くのものを捧げすぎたベルカは、とうとうその行為によって自前の神を生み出すに至っていたようだ。
『すなわち私は、九十九の神にして、付喪神』
「文字通りの神ゲーになっててオレ大困惑」
神ゲーを求めた覚えはあるが神を求めた覚えはねえよ、とベルカは呟く。
彼は付喪神の原理を知らず知らずの内に行使し、"あれ来いあれ来い"と祈りながらガチャを回し続けた果てに、その真摯な祈りでスマホの中に神を生み出した。
なればこそ、奇跡に手が届く。
『とはいえ、私も神とは名ばかりのもの。
あなたが捧げてきた祈りを力に変えられるに過ぎません。
今日ここで自身の消滅と引き換えに力を絞り出しても、天井は見えています。
ですが、それでいい。
私は今日の危機を乗り越えるため、あなたに少しばかりの力を与え、消えていきましょう』
「……お前」
『あなたがソーシャルゲームを続けるならば、いずれ蘇る日もあります』
神に人がその身を捧げて奇跡を起こす、生贄というものがある。
ならば、その逆も可能だろう。
人に神がその身を捧げて奇跡を起こすことだって、できるはずだ。
『祈りに応え、奇跡を起こすのが神ならば。人の心はその全てが―――神に等しい』
ソーシャルゲームの神が消えていく。
『己の内の神に信仰を捧げてこそ、己を信じてこそ、奇跡は起こる。
他者の内の神に信仰を捧げてこそ、他者を信じてこそ、奇跡は起こる。
信じなければ奇跡に手は届きません。何故ならそこには、いつだって神が居るのだから』
その身を力に変え、ベルカに一度きりの奇跡の権利を与える。
『主殿。どうか――』
目が覚めればこの記憶も消えてしまうのだろう。……けれど、それでも。
『――課金の力を信じてください』
必ず後で思い出すと、ベルカは口にしないままに、心に決めた。
「分かった」
無理矢理気絶させられた彼の意識が、神の助力により浮上していく。
「クラウス達はさ、デートの時にも、民の声を聞いてたんだ」
今この瞬間だけの決意。
「あいつらはいつだって民のことを考えてた。
記憶を失う前のオレがいつだって、ソシャゲとガチャと課金のことを考えてたように」
今この瞬間だけの覚悟。
「四六時中考えてるくらい大切なものを想う気持ちは、オレにも分かる。
だからあいつらも、あいつらが守りたかったものも、オレが守るんだ」
それを胸に抱え、彼は全てを忘れながらも、心に活を入れていた。
夢から覚めれば、彼はまた記憶を失った状態に戻る。
だが、問題はない。
今の彼の心の状態ならば、ジェイルに何度だって立ち向かえるだろう。
(絶対に)
ベルカはジェイルに激怒していた。
ジェイルは世界の運営者を
人を苦しめ世界を終わらせる彼はもはや、ソシャゲを終焉に導くクソ運営のようなものだ。
なればこそ、ベルカは記憶がなくとも激怒する。
『運営の暴虐に反抗する』という行為は、彼の魂に刻まれた行為であるからだ。
(絶対に)
それは憎悪の空より来たりて、正しき怒りを胸に、いつとて運営に向けられる切なる叫び。
真なる課金兵の叫びとは、それそのものが世界の寿命を延ばす
(絶対に)
真なる課金兵が運営に叫ぶのは、多くのプレイヤーの笑顔を守るため。
多くの人々の笑顔を守るため。アクティブユーザーの割合を守るため。
そのために、彼らは運営に叫び続けるのだ。この世界はお前らだけのものじゃないぞ、と。
彼らは自分達が愛する世界を守るために、叫び続ける。
たとえ相手が、欲望のジェイルが、ソシャゲ運営と消費者センターが一体化したような最悪の存在であったとしても―――それは、変わらない。
(絶対に)
我欲から発せられる叫び? 否、断じて否。
ソシャゲへの愛を失った引退者は黙って辞めていく。
ソシャゲへの敵意を得てしまった人間は運営に苦情を送りつつ、匿名掲示板に定住する。
ゆえに、真なる課金兵の運営への叫びとは、
(絶対に―――!)
ベルカは人生を楽しんでいる。
この世界をもっと楽しみたいと思っている。
なればこそ、彼はジェイルの唯一無二の天敵だった。
鉄が砕けるような、音がした。
「うん?」
周囲の皆の視線が、音が鳴った場所に集まっていく。
そこには如何な術を使ったのか、数人のジェイルによってかけられたバインドを粉砕したベルカが立っていた。
「君の力でこの短時間に砕ける造りにはしていなかったはずなのだが……
火事場のクソ力というやつかな? 大したものだ。景品はないが、賞賛はあげよう」
ジェイルはここに来て信じられない力を発揮してきたベルカを見て、その無駄な足掻きと諦めない精神に、呆れと感嘆を込めた声を出す。
ベルカは立ち上がったものの、俯いたまま無言。
ジェイルはそこに、なんとなくの違和感を感じるも、なんでもないだろうと判断し無視する。
「ベルカ……!」
倒れたままのクラウスが、立ち上がったベルカに呼びかける。
ジェイルのそれとは対照的に、クラウスの声には揺るぎない信頼と期待が込められていた。
それは、いついかなる時でも友を信じる、クラウスの愚直な信頼。
その信頼が、ベルカの背中を少しばかり押してくれた。
"信頼には応えたい"という、ごく当たり前の感情が彼を強くする。
「何度立ち上がろうが、何度でも倒されると学習しなかったのかな?」
「逃げてください、ベルカ! あなただけでも!」
ベルカが立ち向かう姿勢を見せたことにジェイルは嘲笑を、オリヴィエは悲壮の感情を見せる。
ジェイル達が百人ほど魔法を構え、どこに逃げても同じだというのに、オリヴィエは友に逃げてと叫ぶ。
ここで攻撃を止める人らしい情など、ジェイルにはない。
百のジェイルが放ったバインドと攻撃魔法による嵐が、ベルカに猛然と迫り来る、
「逃げてぇっ!」
いつ起きたのだろうか、そこでエレミアがベルカに叫ぶ。
少女の叫びには、心を動かす何かがあった。
その時ベルカの目に映ったエレミアの涙には、心を動かす何かがあった。
エレミアの伸ばした手はベルカの体には届かなかったが、心を動かす何かがあった。
「逃げるかよ」
彼の心は逃げようとしない。
記憶を失おうと、その心に残るものはある。
彼はいつだって、良心的な運営の挑戦にも、悪辣な運営の挑発にも応えてきた。
絶望的な確率のガチャにだって挑んできた。
立ち向かうことこそが、彼の根底にある心の在り方。
欲しいイラストのためにガチャに立ち向かい、欲しい未来のために闇の書の闇に立ち向かい、そして今また、欲しい
「逃げて、たまるかッ!」
その心こそが、単発引きからの目当て一発引きを超える奇跡を"引き"起こす。
「―――」
時空を切り裂いて現れた『光』が、ジェイル達の放った魔法の全てを切り裂いた。
「!?」
現れた『光』は全ての魔法を切り裂いた後、ベルカの手の中に飛び込んでいく。
やがて『光』は消えていき、彼の手の中には"光に包まれていた物"だけが残された。
ジェイルの笑みから、全てが己の計画通りに進んでいるがゆえの余裕が消える。
悪の企みが、粉砕される音がした。
「……なんだ、それは」
それはこの時代において存在するはずのない異端の機械。
夜にスイッチを入れることで手元を照らす、闇夜切り裂く光の刃。
気の遠くなるほどの距離を超え、人と人を繋ぐ機器。絆の媒介。
「分からん。だが、これだけは分かる。
オレが騎士であるならば……きっとこれこそが、オレが振るうべき本当の剣ッ!」
彼の人生は、いつだってスマホと共にあった。
なればこそ、これは人の命を奪わず絶望を断つ剣となる。
「うおおおおおおおおおおッ!!!」
「!? この術式はっ!」
ベルカがソシャゲとガチャのことを忘れていても、スマホはそれを忘れていない。
代金ベルカ式の真なる力は、ソーシャルゲームを通して初めて発揮される。
ベルカが術式を組む過程で、神の力を受けたスマホは勝手にマルチタスクで全てのソシャゲを起動し、彼の金の力を『99乗』した。
爆発的に膨らんだ光がベルカの体より溢れ、核兵器のきのこ雲のように空へと立ち上っていく。
神の力、
ゆえに三位一体。
ベルカは力と光を爆発させて、世界の全てに呼びかける。
「お前達が生きる世界なら!
絶望なんか乗り越えて、お前達の心で救ってみせろ! この世界に、生きてるのならッ!」
そして光が、この世界の全てに降り注いだ。
光が一粒落ちてきて、クラウスの肌に触れる。
少しだけ"自分の心が落ち着いた"のを、クラウスは感じ取った。
「これは……?」
絶望していた民草が、クラウスと同様に光を受け、少しづつ落ち着いていく。
ベルカが放った光は淡雪のように降り注ぎ、皆の心に作用していた。
一粒では心をほとんど動かせない。
けれども雪のように降り注ぐことで、それは人々の心から絶望を取り去っていく。
「僕にも分からない……だけど、これは、人の心を落ち着かせる魔法……?」
クラウスもエレミアも、戸惑いながらもその魔法の効能を受け止めていた。
「あれ……?」
「なんで俺、自殺なんかしようと……」
「絶望的だったけど……やっぱ死ぬのは嫌だな」
ジェイルは言った。民衆の絶望は、今がピークだと。
裏を返せば、時間を置いてしまえば、民衆が心を落ち着ける時間を与えてしまえば、ジェイルの絶望総自殺術式は成立しないことになる。
その辺りの言葉のニュアンスを、ベルカが聞き逃すはずがなかった。
「この光」
「優しい光だ。しかもなんか、ちょっとだけイラッとする」
「落ち込んでるのがバカらしくなってくるな」
「……笑えって、言われてる気がする」
「ああ、分かる」
「私もそんな気がする」
「ワシもじゃ」
「僕もだ」
自分だけが笑っていればいい、という意志の下に放たれたのがジェイルの絶望魔法なら。
できれば皆が笑ってる方がいい、という意志の下に放たれた魔法に勝てるはずがない。
「心が豊かになっていく……」
誰もが知る由もなかったが、ベルカが与えた感情は『メシウマ』と呼ばれるものであった。
ガチャで爆死した人間が、自分よりも多額の金を溶かして爆死した人間を見て、荒れた心を少しばかり落ち着かせるように。
石の全てを失った無課金が、リアルマネーを溶かして爆死した人間を見て、"自分より下の人間"を見て心安らがせるように。
『メシウマ』という感情は、人の心を平常時のそれに戻す作用がある。
少年は代金ベルカ式の本来の力の一端を発揮し、それを魔法の中に組み込んでいた。
彼が放ったメシウマ魔法は急速に広がり、この世界の全ての人間の心に染み込んだ。
世界中の人の心に巣食った絶望が、世界中に広がるメシウマに駆逐されていく。
「ああ、心が、豊かに……」
メシウマ魔法が、世界を救う。
「これは……そうだ、爆死のスクリーンショットを見た時の、あの気持ちと同じ……」
「爆死した奴のツイートを見ながら思うんだ……
俺よりも多額突っ込んで爆死した奴を見て、心地いい哀れみだけじゃなくて……
『俺だけが爆死したんじゃない』『俺は一人じゃない』って、そう思うんだ……」
「どこかの誰かの爆死の悲しみが、笑い話になっていく時の感覚だ……」
一人では耐えられないことにも、二人なら耐えられる。
世界で爆死した人間が自分一人なら耐えられなくても、他にもいっぱい爆死した人間が居ると知ったなら、自分は一人じゃないと思えて耐えられる。
メシウマとは、孤独と絶望を否定する力なのだ。
光は人を救いながら、世界中の隅々にまで満ちていく。
「……綺麗」
その光を、オリヴィエは素直に綺麗だと思った。
バカみたいで、一から十までおかしくて、真面目に何か考えてるのが面倒くさくなってきて、どこか優しい。ベルカの心をそのまま表したような光だと、オリヴィエは感じたのだ。
「おい、あれ見ろよ」
そして、この一言から、彼の伝説は始まった。
「課金の原初、代金ベルカ式のオリジナルを使う王……『課金王』……?」
「課金王?」
「課金王……」
後の歴史書において、彼が名を馳せたのはこの時であったと言われている。
「課金王……!」
古代ベルカの王の一人『課金王』は、この時から人々の間に語り継がれる存在となった。
たった一手。
ジェイルの1000年にも及ぶ試行錯誤の果ての計画、その最終段階は、ベルカの一手により全てがひっくり返された。壊れキャラが追加された後のソシャゲのゲームバランスのように、ジェイルの計画が崩壊していく。
「は、ははは……これはもう、笑うしかないな……!」
スルトの力がいくら巨大でも、それだけで人は滅ぼせない。
それをよく分かっているジェイルの心の中は、敗北感で埋め尽くされていた。
最後の最後でこんなとんでもない大逆転が待っているなど、想像できる方がおかしいだろう。
「こんな大規模魔法が使えるとは思っていなかったよ、記憶喪失者君」
「お前を見て、真似た。
『力で心に干渉する術式』
『心と現実を相互干渉させる術式』
ってのは、こう使えばいいんだろう?」
「! なるほど、真似られるのもまた、道理か……」
ベルカはそこで、魔法の負荷でフラッと倒れそうになる。
そんな彼を、エレミアが支える。
そんな彼の横に、クラウスが寄り添う。
そんな彼の前に立ち、皆を守る位置に立つオリヴィエ。
青年達は無言で立ち、無言で構え、ベルカが繋げてくれたこの未来を繋ごうとしていた。
そんな彼らを見て鼻で笑いながら、カリギュラもこの場に現れる。
「笑える話だ。今日で全部終わるだろうと思ってたのにな」
「!」
墜落したゆりかごは半壊したというのに、カリギュラはかすり傷ひとつ負っていないようだ。
つくづく、聖王の鎧の自動防御は反則ものだと思い知らされる。
「叔父様! あなたは本当に、こんな大罪を犯そうとしていたのですか!?」
オリヴィエは全ての人を皆殺しにする計画に加担していたカリギュラを見て、これが最後の呼びかけになるかもしれないと思いながら、悲痛に叫ぶ。
「いいんだよ、俺は。この世界の全部がぶっ壊れて、お前が死んでくれれば、それで」
「叔父様!」
少女の悲痛な叫びに、男はどこか空っぽな言葉で返した。
虚しい会話だ。だからかは分からないが、ジェイルは二人の方の会話に気を使うこともなく、自分がしたい話をし始める。
「今日のところは私達の負けということにしておこう。
だが、収穫もあった。記憶喪失の青年ベルカ……君は、未来から来た人間だな」
「―――え?」
「君が無自覚に使っていた術式。そして――」
ぎゅいん、と音が鳴り、弧を描いて振るわれたジェイルの赤い魔力のワイヤーが、ベルカの手からスマホを奪い取っていった。
「あっ!」
「――君が持っている機械。この二つがあれば、推測を固めるには十分だ」
ベルカが世界を救う際に使った術式の中に混じっていた、ミッド式の片鱗。
遠い未来の技術で作られたスマートフォン。
アルハザードの流れも古代ベルカの流れも汲んでいないのに、妙に洗練された魔法技術と機械技術……ジェイルの目から見れば、それは"未来から来た"と自己紹介しているようなものだった。
ジェイルはそこから連鎖的に、ベルカが記憶を失う前に持っていた目的を把握する。
ベルカの目的は未来のスルトの破壊。
この時代に数ヶ月のみ存在する、未来のスルトの一部の破壊。
そのためにベルカは未来から来た。
先日のトーマ・アヴェニールは未来での彼の仲間。
スマホを用いることで代金ベルカ式の力を発揮している。
記憶喪失により、本来の能力の大半が失われている。
と、記憶を失っている今のベルカより記憶を失う前のベルカについて詳しくなっていくという、異常な推察を見せていた。
こんな少ない材料から推測できるジェイルもおかしいが、そうでなければ世界を滅ぼす魔法なんて作れやしないということなのだろう。
「返せ! 記憶が無いから分からないが……
それは、オレの、命より大切なものだ! 返せ!」
「いや、返すわけにはいかないね。
これがあればきっと君は全ての記憶を取り戻すだろう。
全ての記憶を取り戻した君は、今とは比較にならないくらい厄介になりそうだ」
1080人のジェイルがぞろぞろと集まって来て、ベルカ達を包囲する。
だがジェイルは、そんな自分達を遠巻きに見ている民草の表情にも気付いていた。
民草の表情には希望が宿っており、ここでベルカ達を殺してしまっても、その希望が消える気配はまるでなかった。
「まったく厄介なことをしてくれた。君達はどうやら、皆の希望になったらしい」
「……?」
「ならば、私達はそれに相応しい舞台を用意しようじゃないか!」
ジェイルは愉快そうに笑って、両手を広げて空を仰ぎ見る。
彼は他の人間に真似できないことができるくせに保身・打算・協調といった事柄を考えず、思いつきや趣味に自分の命運をさらっと賭けた上で幾重にも策を張り巡らせる、自分の好きなことしかしたくないタイプの人間だ。
だからこそ、空のスルトを見上げる彼の提案は、どこか浮世離れしたものを感じさせた。
「ゲームをしよう」
「何?」
「君達は希望が欲しい。私達は絶望を与えたい。なら、最後の決着は決戦で着けるものだろう?」
彼が口にしたのは、決戦の申し込み。
決闘の申し込みのような、宣戦布告のような、かなりニュアンスが適当な喧嘩を売る言葉。
それでいて、ベルカ達が気付けないような何かを企んでいる顔をしていた。
「一週間。一週間の時間をあげよう」
ジェイルは一週間後に戦おうと、個人としてのベルカと世界としてのベルカの両方に、真っ向から挑戦状を叩きつけていた。
「一週間の後、最後の戦いを始めようじゃないか!
決戦の場は、アルハザードの傑作人型兵器、スルトの内部!
全てに決着をつけるその日に、私達が君達をそこへと招待しよう!」
千を超えるジェイル達が転移魔法で消えていき、カリギュラも去り際にオリヴィエに殺意の視線を向けてから、転移魔法で消えていく。
後に残されたものは、疲れ果てたベルカ達と、戦いに集中していたベルカ達にはよく見えていなかった燃える町と、ジェイル達が生み出していった死体、そして話を聞いていた民草のみ。
「最後の、戦い……」
最後の戦いが始まる前の、束の間の休息。
束の間の平穏。
それが終われば、最後の戦いが始まるのだろう。
ベルカがこの時代を去らなければならない時もまた、近付いていた。
誇りを捨て一つ課金するたび
我等は獣に一歩近づく
心を殺しピックアップを一つスルーするたび
我等は獣から一歩遠退く