課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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K「ガチャをしてもいいかな?」
なのは「どうぞ。ところでガチャに毎日どのくらい使ってるの?」
K「平均で一日三万くらいかな。最近めっちゃ増えてるけど」
なのは「なるほど。あそこにベンツが停まってるよね」
K「停まってるな」
なのは「もしガチャを回してなければ、あれくらい買えたんだよ?」

K「なっちゃん。ガチャのピックアップレアってのはベンツより価値があるんじゃよ」
なのは「かっちゃんはベンツより頭悪いよね」


「ソシャゲのボスで嫌な奴?」「まずは普通にクソ強いやつだろ」「課金しないと勝てない前提の奴だろ」「数が多いとかで一戦の時間が長くなる奴もクソだな」

 ベルカがこの世界にやって来てから三ヶ月。

 クラウス達がシュトゥラ王の認可を受けて『黒幕』を探し始めてから二ヶ月。

 フォー・ヒシャ・センターとの邂逅、ベルカの片腕の喪失から一ヶ月。

 

 聖王国西端の地にて、ベルカ達四人はウーンズ・エーベルヴァインと戦っていた。

 

「ベルカ、速度を上げてくれ!」

「了解!」

「エレミア!」

「はい、合わせますよ!」

 

 聖王国西端は、連合の体を取る聖王国の中でも特に荒れ果てた荒野が広がる土地である。

 かつての戦争で荒廃したその場所は、砂と岩と毒以外には何もない、とすら言われている。

 放射能よりも悪質な汚染が為されたこの地では、魔導の力を持つ命以外は生きられない。

 

 そこで、善と悪が戦っていた。

 

 ベルカが援護の魔法で仲間を強化し、クラウスにかける加速魔法の割合を多くしていく。

 クラウスはベルカの魔法を背に受けて、ウーンズに突進。

 ウーンズを守ろうと動くナハトと、真正面から激突する。

 

「くっ!」

 

(重い……!? シュトゥラの王子、この短期間にどれほどの成長を―――)

 

 二人の拳が激突し、ナハトが一方的に吹き飛ばされる。

 それと平行して走っていたオリヴィエとエレミアが、左右から挟み込むようにウーンズに向けて拳を振るった。

 拳から放たれるは、虹と黒の魔力の一撃。

 二人の動きがあまりに速く、テンポよく、かつ息の合ったものであったため、ウーンズは焦りながら転移魔法で逃げた。

 

「ぬぅ!? わたしの計算よりはるかに速い……おのれ!」

 

 ほぼノータイムで展開された転移魔法陣が、ウーンズを安全域にまで移動させる。

 逃げたウーンズのこめかみを、たらりと汗が垂れた。

 余裕で回避したようにも見えるが、その実冷や汗ものだったようだ。

 ウーンズはナハトと合流し、影も踏ませない速度で三人同時に突っ込んで来るクラウス達に対応するのを一端脇に置いて、魔法の照準をベルカに合わせた。

 

(こいつら、戦うたびに強くなっている……!? ならば、以前通じた手を―――)

 

 ベルカを狙えば、クラウス達がカバーに動くだろう計算しての攻撃だ。

 "前回の負傷がクラウス達の頭の中に残っているだろう"という、悪辣な推測を裏付けにした砲撃魔法(アロンダイト改)が、ベルカに向かって連射される。

 ベルカはそれを見て、"回避させられた"。

 回避したのではない。回避させられたのだ。

 彼の右腕に取り付けられた義腕が勝手に飛行して、ベルカの体を引っ張り上げたのである。

 

「うおおおおおおっ!?」

 

 義腕が体を引っ張り飛ぶという異様な飛行風景。義腕によりベルカの体はジグザクに宙を舞い、砲撃魔法の連射の隙間をかい潜る。

 続き、ウーンズが砲撃と同時に放っていた数十の魔力弾が迫り来る。

 なんとか着地したベルカはそれに反応できないが、義腕が魔力を吸い上げ勝手に稼働し、ベルカに当たる魔力弾だけを片っ端から殴って弾いて行った。

 

「あ、危ねっ!」

 

「……ッ!」

 

 ベルカの右腕に付けられた義碗は、オリヴィエのような多芸さと戦闘力に重点を置いたものではなく、"所有者を守る"ことに特化した義腕だ。

 この義腕を仮にオリヴィエが付ければ、勝手に動く義腕が逆に邪魔になり弱体化してしまうだろう。これは程々に鍛えていて程々に弱いベルカのために、専用の調整がなされているようだ。

 

 エレミアがオリヴィエに贈った義腕が、『壊れぬ友情』を形にしたものであるのなら。

 エレミアがベルカに贈った義腕には、『どうか生きて欲しい』という祈りが込められている。

 ベルカを守っているのは義腕の性能であり、エレミアの想いなのだ。

 

「ナハト、前に出ろ!」

 

「御意に」

 

 ウーンズはベルカを落とせないと判断し、転移魔法で空に逃げる。

 残されたナハトは、リインフォースそっくりな容姿で、リインフォースと同じ広域殲滅魔法を解き放った。

 

「闇に染まれ……デアボリック・エミッション!」

 

「!」

 

 射程範囲内に居たのはクラウス、オリヴィエ、エレミア。

 ウーンズを殴るべく接近していたクラウス達が、ナハトの放った闇の魔法に呑み込まれる。

 ナハトは近接から遠距離までいけるオールラウンダーのようだが、広域攻撃に関してはベルカの王クラスのものがあるようだ。

 ナハトの魔力は、王クラスの魔力に迫るものがある。

 当然、その魔力から放たれる攻撃は一撃必殺の威力を持っている。

 

 だがその一撃は、クラウス達に傷一つ付けることもできなかった。

 

「! 虹色の輝き(カイゼル・ファルベ)……!」

 

「今日ここで、あなた達にはお縄についてもらいます!」

 

 後衛からベルカが補助の魔法を飛ばし、それを受けたオリヴィエが魔力防壁にて防いだのだ。

 ここ一ヶ月で、オリヴィエの防御技能は飛躍的に上昇している。

 彼女の魔法は既に要塞の域を超えていた。

 その原動力は、言うまでもないだろう。

 ナハトはいくつか砲撃・魔力弾・バインドと織り交ぜて放つが、砲撃は殴り砕かれ、魔力弾は殴り飛ばされ、バインドは引きちぎられてしまう。

 

敵の身穿て血の刃(ブルーティガードルヒ)!」

 

 攻めあぐねたナハトは後退しつつ、前衛の三人をまとめて攻撃するように血色の刃を射撃魔法として放つ。

 その瞬間、オリヴィエの義腕の肘から先が消えた。

 

「せい!」

 

 あまりにも高速で動く腕は、常人の目では見ることもできない。

 そして彼女の義腕が動きを止めた時、彼女の手から掴み取られた血色の刃がばらっと落ちた。

 

(極めて堅固な防御、強烈な攻撃、異常な反応速度……格闘戦ならば、最強に近いか)

 

 歯噛みして、ナハトは接近してくる二つの人影を見る。

 オリヴィエが防御を担当すれば、他二人は防御を考えずに距離を詰められる。当然のことだ。

 ナハトが放った魔法は牽制にならず、クラウスとエレミアの接近を許してしまっていた。

 

 器用に移動魔法を使ってクラウスに先んじたエレミアと、ナハトの接近戦が始まる。

 

「!」

 

「……君に恨みはないけど、ウーンズ・エーベルヴァインの方には、僕も思うところがある!」

 

 ナハトは先手必勝とばかりに術式を展開した左拳を叩きつけるが、エレミアは鉄腕を起動した右掌にて、ナハトの拳を受け止める。そしてコンマ一秒以下の時間――つまり一瞬だけ――エレミアの指が動き、ゴキリと嫌な音がした。

 エレミアは拳を受け止め、そこから自分の五指に五種の身体強化魔法をかけ、精密な魔力運用にて指のみを強化、ナハトの親指と小指をへし折ったのだ。

 

「痛っ!?」

 

「僕は、僕自身が思ってたより……過激な人間だったみたいだ!」

 

 "よくもベルカを"という怒りを抑えられているようで抑えられていないエレミアが、痛みに顔を歪めたナハトの左拳を引っ張り、脚を払う。

 そうして転がしたナハトの首筋に、エレミアの靴裏が凄まじい速度で振り下ろされる。

 靴裏には、命中と同時に起動する魔力炸裂の魔法陣が展開されていた。

 

「!?」

 

 ナハトは必死に転がって避ける。

 間一髪、ナハトは振り下ろされた靴裏を回避することに成功していたが、空振った蹴撃は地面に衝突。地面を深く深く抉っていた。

 どんな堅固な防御魔法でも貫いてやる、というエレミアの鋼鉄の意志が垣間見える。

 

 流れるような複数魔法の並行運用、格闘技術と魔法技術の併用、そしてそれらの連携。

 ここ一ヶ月で、エレミアの魔力運用技術は飛躍的に上昇している。

 継承した200年分の先祖の戦闘経験と、エレミアの技のほとんどを自分のものにしたようだ。

 その原動力は、言うまでもないだろう。

 

(豪快かつ緻密……隙があるほど雑ではなく、力押しでどうにかできるほど軟弱でもない……!)

 

 エレミアはナハトが立ち上がる前にバインドを放ち、そこから一撃必殺の殲撃(ガイスト)を振りかぶる―――が、殲撃(ガイスト)は放たれない。

 殲撃(ガイスト)が放たれる一瞬前に、ウーンズが転移魔法と回復魔法を発動し、ナハトを救出したのだ。

 

「ありがとうございます、ウーンズ様!」

 

「次が来るぞ、ナハト!」

 

 だが、彼らの小細工を知ったこっちゃないとばかりに踏破する男が一人居た。

 男はただシンプルに走り、踏み込み、大地を踏みしめ拳を振るう。

 細かいこと、考えることは全部ベルカに丸投げして、彼はただ純粋に拳を振るう機構と化す。

 

「クラウス・G・S・イングヴァルトっ!」

 

「断空っ、拳ッ―――!!」

 

 ナハトが防御魔法を張る。

 ウーンズもナハトを防御魔法で守る。

 その両方を、ベルカの補助魔法を受けたクラウスは力ずくでぶち抜いた。

 ナハトはクロスした腕でクラウスの拳を受け止めるが、伝わる衝撃に意識が飛びかける。

 鉄の腕よりなお硬く、強く、重い、それが漢の握った拳。

 

(―――何故この男の拳は、聖王女よりも、黒のエレミアよりも、なお重い!?)

 

 そしてナハトの意識が飛ぶ前に、ナハトの体が吹っ飛んだ。

 吹っ飛ばされたナハトは、安全な場所から援護していたウーンズに激突、二人揃って墜落していく。そして、地面に激突した。

 

「うお!?」「きゃっ」

 

 拳の一振りで、二人まとめて打ちのめす。いっそ爽快感すらある、強烈な拳の一撃だった。

 

「づ……忌々しい……!」

 

 ウーンズが起き上がり、ナハトも少し遅れて立ち上がる。

 大きなダメージは通っていないが、それでも多少なりとダメージは通っていたようだ。

 もはやウーンズとナハトの二人がかりでも勝てなくなった四人を睨み、ウーンズは眉を顰める。

 

(甘く見ていた)

 

 ジェイル率いるフォー・ヒシャ・センターと、クラウス率いるシュトゥラ陣営の間には、決定的な違いが存在する。

 力の差もあるが、それだけではない。

 『年齢の差』だ。

 ジェイル達と比べれば、クラウス達の年齢はかなり低い。

 ゆえに、子供特有の脇の甘さで大人にやり込められてしまうことも多いが……『成長力』という一点において、クラウス達は成長が止まっている大人達を大きく上回っている。

 

(こいつらはガキだ。だからこんなにも短期間に、こんなにも大幅に成長する……!)

 

 その成長力こそが、力の差を埋めていた。

 心が成長する出来事があれば、その出来事の結果として人は自らを高めようとし、結果として人はその能力を高める。

 心の成長は、力の成長なのだ。

 一ヶ月前ウーンズがベルカの腕を削ぎ落としたことは、ここに来て"ウーンズにとって最悪の結果"に繋がってしまったようだ。

 

「何故、お前はオレ達にそこまで憎悪を向ける?」

 

 ベルカは、自分を睨んでいるウーンズに問いかける。

 使い切ったカートリッジケースを義腕から排出し、ベルカはシュトゥラ銀行で貰える硬貨百枚セット(フィルムで包まれ円柱状にまとめられている)を義腕に装填する。

 Google Playカードを入手できない今、これが彼の唯一のカートリッジだ。

 カキン、とコインが弾ける課金の音がして、義腕が新たな魔力を吐き出していく。

 

 ウーンズが抵抗した場合すぐさま対応できるようにして、ベルカは彼に問いかけていた。

 

「嫌いなのだ、お前達が」

 

 ウーンズは、"特に理由のない嫌悪"の理由を語る。

 

「社会不適合者を証明する魔法術式が!

 社会不適合者の子孫を証明する力が!

 どうにも気に入らん! お前達も、お前達の先祖も、下等な人間に分類される者達だろう!」

 

 彼の嫌悪に正しい理由はない。

 過去に何かがあったからというわけでも、"それ"に大きな被害を受けたというわけでも、"それ"が多くの人に迷惑をかける邪悪であるからというわけでもない。

 ただ彼は、生理的に無理だったのだ。

 ソーシャルゲームに類するものに夢中になっている人間も、金を注いで他人を蹂躙するための力を得た古代ベルカの王達も、その課金アカウントを受け継いだ王の子孫達も、代金ベルカ式も。

 どれもこれもが、気持ち悪くてたまらなかった。

 

 それは、"ソーシャルゲームとそのプレイヤーが気持ち悪く思えてしかたない"、どこにでも居る『普通』の人間の感情を、数倍に増大させたような感情であった。

 ベルカの前世を追い込んだ人間が、当たり前のように見せていた感情と同種のものだった。

 

「他の誰かが言わんのなら、わたしが言うのだ! お前達は、下等な人間なのだと!」

 

 寛容な人間は居る。なのは達のように、ベルカを受け入れてくれる者も居る。

 だが、寛容な人間が居るということは、寛容なのが当たり前であることを証明しないし、寛容でない人間がそれだけで間違っていることを意味しないし、人は皆寛容にはなれない。

 ここにあるのは、当たり前の事実。

 課金厨を好きな人間より、嫌いな人間の方が多いのだという事実であった。

 

「お前達も、全ての王も、あのジェイルという男も、いずれは全てわたしが排除する!」

 

 ただ、ウーンズは人並み外れて過激な人物であるようだ。

 課金厨をアレルギーのように嫌うばかりに、課金者の子孫やソシャゲを(今だけ)やっていない状態のベルカまで憎んでいる。

 代金ベルカ式を使うというだけで、仲間のジェイルまで殺そうとしているようだ。

 明らかに異常。

 ここまで異常な嫌悪を持ちながら―――その嫌悪には、何の理由も無い。

 

「そして既存の娯楽を食い潰すソシャゲなどという概念も!

 それを嗜好する人間も! 全てを滅ぼしっ! 健全な世界をわたしが創るのだッ!!」

 

 彼は"ただ嫌いだから"排除しようとしている。

 "何故嫌いなのか"という理由が決定的に欠如した、なんとなくの嫌悪で人を殺そうとする。

 その思考回路は、何かどこかがおかしかった。

 

「覚えておけ!

 課金厨がいくら増えようが!

 親が課金厨の人間がいくら増えようが!

 課金厨という人種が差別されて然るべき存在であるということに、変わりはないのだ!」

 

 例えば小学校で親が課金厨という子供が居たならば、その子供は他の親御さん達からヒソヒソと語られ槍玉に上げられて、他の子供達にいじめられるだろう。

 ウーンズが古代ベルカの王達を嫌う理由は、それに近いところがあるかもしれない。

 だが同時に、擁護のしようもないくらいに過激なところがあった。

 

「差別されていい人間など、どこにも居ない」

 

 ゆえに、クラウスは反論する。

 

「差別を正義としている時点で、お前の言葉のどこにも正しさは宿らない!」

 

「―――!」

 

 反論を許さない、王族らしい強烈な正論だった。

 

「貴様、言うに事欠いて、わたしに―――!」

 

「ウーンズ様!」

 

 ウーンズは激怒し、クラウスを魔法で殺害しようとする。できるできないかは別として。

 そしてウーンズとは違い、ナハトの方は彼我の戦力差を正確に把握していた。

 だからか彼女は、背後から奇襲気味に転移魔法を発動し、ウーンズに何も言わせず二人揃って逃走するという選択を選び取っていた。

 

「うわ、マジか。あんだけ激昂してれば逃げないと思ってたら……」

 

「やっぱりあのナハトという女性が鬼門ですね。

 あのウーンズという人が一人だけならどうとでもなりますが、あの女性がいるとどうにも……」

 

 ベルカが悔しげに後頭部を掻き、オリヴィエがその言葉に続く。

 ここで一人減らしておきたかったのだが、そうそう上手くは行かないようだ。

 

「っと、通信?」

 

 そこで来た通信に耳を傾け、ベルカは表情を僅かに変える。

 "いい知らせではなさそうだ"とクラウス・オリヴィエ・エレミアの思考がズレなく一致する。

 通信を終えたベルカの表情からも、それは伺えた。

 

「クラウス」

 

「どうかしたかい?」

 

「雷帝の軍がやられた。雷帝も負傷、軍はしばらく動けないそうだ」

 

「!」

 

 そして予想通りに、その知らせはよいものではなかったようだ。

 

 

 

 

 

 三時間ほど前のことだ。

 シュトゥラや聖王国がかろうじて共同戦線を張れるだけの友好がある国、雷帝国の王・ダールグリュンがシュトゥラに国軍の半数を送っていた。

 目的は勿論、ジェイル達の殲滅である。

 表向きには"イングヴァルトとダールグリュンによる共同演習"となっているが、その実"演習の際に偶然接敵し交戦状態に入った"という言い訳の状況を作る偽装がなされた、この世界の運営者を気取る悪党どもの拠点への侵攻である。

 

 雷帝ダールグリュンが国を出て二時間ほど経った頃、つまりベルカ達の戦闘が終了する一時間ほど前の時刻。雷帝軍は、シュトゥラの辺境にて足を止めていた。

 いや、足を止めていたというのは正確ではないだろう。

 事前にダールグリュンの動きを察知していたカリギュラが、雷帝軍を強襲していたのだ。

 

「撃てーーーーッ!!」

 

 戦いが始まってから10分ほど経った頃、雷帝はこの戦が敗北に終わることを確信していた。

 故に、『反応兵器』を使用した。

 禁忌兵器(フェアレーター)に含まれる、物質の質量をそのままエネルギーに転換する攻撃。

 大地が溶け、空が焼け、大気は消え、人の目を容易に潰す光を放つ火の柱が屹立し、きのこ雲が立ち上がる。

 

 だが、それでも、カリギュラ・キングマクベスには傷一つ付けられていなかった。

 

「反物質弾頭の直撃を喰らってなお、眉一つ動かさないとは……化物め……!」

 

「俺が化物? 違うな」

 

 絶望と焦りと怒りが混ぜこぜになった顔で唸る雷帝を前にして、カリギュラはつまらなそうな素顔の上に、悪役の笑みを貼り付ける。

 

「お前はただ、アリの視点で(おれ)を見上げているだけだ」

 

 カリギュラが腕を振るい、虹の魔力が放たれる。

 それが、万軍を砕く衝撃波となり雷帝軍を薙ぎ払っていった。

 後に残るは、瀕死の人間をかき集めても軍の半数に満たないという生存者の山と、全員即死確定の状況からそれだけの人間を守り、重傷を負った雷帝ダールグリュンのみ。

 勝利を勝ち取った時点で皆殺しにもこだわらず、カリギュラは撤退していった。

 

 これが、通信によって伝えられた戦闘の顛末。

 援軍が来ないという事実と、ジェイル達もシュトゥラ側の情報を窃取しているという事実を彼らに伝える、よくない知らせであった。

 

 

 

 

 

 通信を切り、ベルカはイベント直前のイベントランナーのような挑発的な笑みを浮かべている。

 "いいぜ受けて立ってやる"とかそういう感じだ。

 

「奴ら、本気で世界に喧嘩を売る気だな」

 

「ああ」

 

 クラウスの顔には覚悟が。

 エレミアの顔には戦意が。

 オリヴィエの顔には決意が。

 ベルカの顔には緊張感の無い笑顔が浮かんでいる。一人だけ真面目にやる気が見えない。

 

「一旦戻ろう。雷帝国と聖王連合との話し合いもある」

 

「了解、クラウス。んじゃお前ら全員転移魔法陣の上に乗っごばぁげぼァばぁッ!?」

 

「うわベルカが血を吐いた!?」

「じ、尋常じゃない量です!」

「だ、誰か高位の回復魔法を使えるものは居ないか! ベルカしか居なかったな! 畜生!」

 

 彼が最初に吐き出した血は、エナドリ100mlで換算すれば五本分になる。

 しかも一回だけでなく、続けて何度も血を吐き出し始めた。

 あっという間に血の海が広がり、飛びかけるベルカの意識に、失われた記憶の海からどこかで聞いた真実の言葉が浮上する。

 

―――ソシャゲイベントとは、血を吐きながら続ける、悲しいマラソンですよ……

 

 誰が言ったんだっけ、と彼は考え。

 

(あ、これ言ったの俺だ。って、ソシャゲってなんだっけ……ぐ、頭が……)

 

 右腕に苦痛が走る。

 中二病的に言えば"腕に封じられた邪龍"風のその苦痛は、まだ右腕があった頃、右腕でソシャゲをやりまくった後遺症。すなわち幻肢痛(ファントムペイン)だ。

 額に苦痛が走る。

 中二病的に言えば"第三の目とか第二の人格"風のその苦痛は、彼の脳内で彼の制御を離れて勝手に稼働する、シコリティ・センサーの暴走による負荷とその囁き。

 内臓に苦痛が走る。

 ソシャゲを長いことやっていない、しばらく課金でガチャを回していないという事実が、彼の自律神経初めとした神経系を失調させている。

 

 ソシャゲ中毒、課金欠乏症、携帯依存症……複数の病に侵されている彼に、もう時間はない。

 

 彼は血だまりの中に倒れるように、気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナハトのおかげで命を繋いだウーンズは、礼を一言も言わぬままに、ナハトの頬を拳骨で思いっきり殴り飛ばしていた。

 

「馬鹿者! 誰が逃げろと命じた! 奴隷上がりの分際で!」

 

「……申し訳ありません。ですが、あの局面から巻き返すことは極めて困難であり……」

 

「そんなことは分かっている!」

 

 ウーンズはもう一度、今度は逆の頬を殴る。

 手加減なんてどこにもない。それは、口の端から血を流すナハトを見てもよく分かる。

 片や、子供じみた癇癪を他人にぶつける男。

 片や、その全てを受け止め何の苛立ちも見せない寛容な女。

 それは異様な光景で、異常な関係だった。

 

「だが、勝利の可能性は0ではなかったはずだ!

 わたしはウーンズ・エーベルヴァイン! 千年に一人の大天才だ!

 生涯にただ一度の敗北も無い男だ!

 わたしは負けてはいない、いないが……あれではまるで、負けて逃げたようではないか!」

 

 敗北を糧に成長した子供であるクラウス達とは対照的に、ウーンズはそもそも自分の敗北を認めない完璧主義の大人であった。

 ゆえに、負けても彼に成長はない。

 

「はい、ウーンズ様は負けておりません。あれは私の独断です。

 私の独断でウーンズ様に恥をかかせてしまったこと、平にご容赦を」

 

「フン、分かればそれでいい。

 わたしの役に立つことは許したが、わたしの邪魔になることは許さんぞ」

 

 それでいて、ウーンズとナハトの会話は、駄々を捏ねる子供とその機嫌を取ろうとする母親を思わせる。

 深々と頭を下げるナハトと、その足を革靴のつま先で蹴り飛ばすウーンズの関係は、赤の他人が見ても不快感を感じるものだ。

 

「重々承知しています。もとよりこの身は、あなたの幸せのためにある」

 

 何故、ナハトはウーンズに逆らわないのだろう。

 

「誰も買い手がつかなかった奴隷の私を買ってくださった恩。

 自由を下さった恩。

 外の世界を教えてくださった恩。

 魔法を教えてくださった恩。どの恩も忘れておりません、ウーンズ様」

 

 ナハトが極めて高い魔力を売りに販売されていた、高額奴隷だったからだろうか。

 

「そして……奴隷であった私を、妻としてくれた恩も。

 私はもう、ナハト・ヴァールではありません。ナハト・エーベルヴァインです」

 

 ナハトとウーンズが、『夫婦』であったからだろうか。

 

「誰もがお前のように身の程を知っていればよいのだがな。

 このたび、我らに楯突くあの社会不適合者の類どもは……身の程知らずにも程がある」

 

「あなたの敵は私の敵です。ウーンズ様」

 

 ナハトには良識もあり、優しさもあり、愛もある。だが親しい人を打倒するほどの義憤はなく、主にして夫であるウーンズに逆らう反抗心もなく、粛々と彼に従うことしかできないでいた。

 "奴隷とはそう育てるもの"であるからだ。

 そもそもの話、ナハトはこの主に不満や憤りを感じたことなど無い。

 

 そんな歪んだ夫婦の家に、二人の一人娘が帰って来る。

 

「ただいま帰りました、お父様、お母様」

 

「おおユーリ。元気にやっていたか?」

 

「……はい!」

 

 帰って来たのは、先日ベルカが出会ったユーリ・エーベルヴァインという少女であった。

 ユーリが帰宅の挨拶をし、ウーンズが快くそれを迎え、ユーリが父に抱きついた。

 一見微笑ましい親子の一幕にも見える。

 

 だが抱きつく前に一瞬ユーリが躊躇ったことが、ウーンズの返答の直後に少しばかり間を置いたことが、『抱きつこうとしても殴られるかもしれない』というユーリの認識と、『よかった、今日はお父様機嫌がいいみたい』というユーリの安堵をそのままに表していた。

 ウーンズはそれに気付かないが、ナハトは察する。

 細かな動作に、その家の歪みというものは出てくるものだ。

 

「お母様、今日も言われたものを買って来れました」

 

「よしよし、よくやったね、ユーリ。約束はちゃんと守れてる?」

 

「はい! うちのことは一切話していませんっ」

 

 ユーリは、ウーンズとナハトの一人娘である。

 容姿は全体的にナハトに似ているが、やや癖があり金に染まっている髪は、ウーンズから継承されたものだろう。

 魔力量も、極めて高い魔力を持つナハトの方に似たのか、生来膨大だ。

 真っ当に育てられ成長していけば、極めて優れた魔導師として、見目麗しい美女として、その優しさで誰からも好かれる素敵な女性になれるだろう。

 

 そんなユーリを、ナハトは自分なりにまっとうに育てようとしていた。

 町にお使いに出していたのも教育の一環である。

 ウーンズやナハトと違ってユーリの存在は知られていないため、ユーリが問題になる情報を漏らさない限り、町に出ても危険はないと考えたのだろう。

 彼女にとって予想外だったのは、ユーリが一回だけうっかりフルネームを名乗ってしまったことであり、その一回が敵であるベルカにぶっ刺さったことだ。

 近場の町にユーリを行かせたそのタイミングで、『デートの尾行』とかいうふざけた理由でベルカがそこに居たのも、最悪の巡り合わせであったと言っていい。

 

 そう、エーベルヴァインの家は……シュトゥラのどこかに隠されているのである。

 

「いい子だ、ユーリ。お母さんも鼻が高いよ」

 

「えへへ」

 

 ナハトのやり方はどうにもリスクが高すぎるが、それも当然。彼女は奴隷上がりの人間であり、人生経験が極めて薄い。社会に生きた経験が薄いのだ。

 そんな彼女よりまともに物事を考えられないウーンズくらいしか彼女の隣に居ないのだから、もう最悪だ。どうしようもない。

 ナハトはユーリ・エーベルヴァインの存在が敵に気取られていないと思っているが、この時点でモロバレだ。もはやギャグである。吉本興業に就職したらどうだろうか。

 

「どうだ? 最近は何かいいことはあったか、ユーリ」

 

「はい、お友達ができました! 男の人ですっ」

 

「何!? ボーイフレンドだとッ!?」

 

「ウーンズ様、ボーイフレンドは既に死語です」

 

「なんということだ……ユーリをカキタレにしようとするロリコンが居たのか……」

 

「ウーンズ様、カキタレは既に死語です」

 

「チョベリバ……」

 

「ウーンズ様、チョベリバは既に死語です」

 

 夫は自由気ままに生きている。気ままに優しさを、言葉を、暴力を、家族にぶつけている。

 妻と子は、すがるように、()が今よりも少しだけ優しい人間になることを期待している。

 正しく愛されることを、期待している。

 『その願いが叶わないかもしれない』という可能性を、一考もしないままに。

 

 この家は、家族が仲良く見える時間も、家庭内暴力が繰り広げられる時間も、等しく流れる家だった。

 

「うむ、わたしも負けてはいられんな。

 何故ならば、わたしの人生に敗北はないからだ!

 夜天の書の調整ももう少しで終わる。そうなれば奴らなど瞬く間に全滅させてやろう!」

 

「凄いですお父様っ」

 

「ああ、わたしは凄いのだ!」

 

 どこか歪んでいて。

 どこか狂っていて。

 どこか間違っていて。

 そこに笑顔があっても、そこに小さな幸せがあっても、いつかの未来に崩壊することが目に見えている家だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルカがぶっ倒れ、念話で呼び出された城の騎士が何度か転移魔法を使って――転移魔法一回で長距離を移動させられる騎士が居ないのだ――全員を転移させ、シュトゥラ城に辿り着く。

 ベルカはなんとか一命を取り留めたが、根本的な治療には至らない。

 彼の死はもう間近に迫っていた。

 若くしてシュトゥラの医療騎士団の団長に就任した金髪の騎士は、焦りと心配を顔に浮かべながら、目を覚ましたベルカに心当たりがないかとことん訊いていく。

 

「何か心当たりはないんですか? ベルカさん」

 

「うーん」

 

 ベルカは無い頭をひねって考える。

 すると絞られた雑巾から垂れる汚い水のように、どうでもいい記憶が絞り出されてきた。

 

「そういえば、『頭がおかしい』って言われてたような記憶が……かすかにあるような……」

 

「それです! きっと原因は脳にあるんです!」

 

「マジですか」

 

「何かが脳を汚染してるとか、そういうのがあるんですよきっと!」

 

 ようやく手がかりを見つけた金髪の騎士の顔に、希望の光が灯る。

 その汚染しているのはソシャゲなんですよ、こいつそんな心配するべきやつじゃないですよ、と金髪の騎士に言ってあげる者は誰も居なかった。

 ソシャゲ中毒を治す魔法なんて、馬鹿に効く薬を大真面目に考えるようなものだろうに。

 

「エレミア、どうだい? ベルカは」

 

「元気っぽいですよ殿下」

 

「どうですか? 彼は笑っていますか?」

 

「そりゃもう、いつも通りに。ヴィヴィ様」

 

「うーん、なら大丈夫そうですね」

 

 そんなベルカの様子を見ながら、三人は医務室の外でくっちゃべっていた。

 

「……ベルカの身の上が分からなくなってきたよね。

 なんだかあの銀髪の女性のことは知ってるみたいだった。

 だけど、欲望のジェイルもその部下もベルカのことは知らなかった。

 奴らが知っていたのはベルカが使っていた術式だけで、ベルカは本気で殺そうとしていた」

 

「まず、念のためベルカが敵のスパイでないという理論武装を固めておこうか。

 最初に僕を助けた理由が分からないし、カリギュラから逃げた時に裏切っていたはずだ。

 あの時裏切っておけば、僕らは全滅・口封じも完了していたはずからね。

 最高のタイミングで裏切らなかったということが、逆説的に彼の無実を証明する」

 

「あー……申し訳ありません殿下。

 ベルカがスパイとかそういう可能性は今この瞬間まで考えてなかったよ……」

 

「エレミア、僕らがベルカを信じていても、僕ら以外の人はそうじゃない。

 もしも何かがあってベルカが疑われた時、僕らは理屈で彼の無実を証明しないといけないんだ」

 

「その時は僕も頑張るよ。多分殿下よりも役に立つと思うし」

 

「エレミア、その物言いはどうかと思うな……!」

 

「ふふっ」

 

 王族らしく、手堅い思考をするクラウス。

 頭はいいが思考に私情を混じえてしまっていたエレミア。

 そんな二人を見て、微笑むオリヴィエ。

 三人はあらゆる可能性を検討し、ベルカの正体を推察していく。

 

「じゃあ、ベルカ側からは敵のことを知っていて敵がベルカのことを知っている……

 というところから推測して。ベルカは奴らから力を購入した。

 購入した力は金を随時使わないと維持できないオリジナルの代金ベルカ式。

 奴らは力をバラまいた対象が多すぎて、ベルカのことも覚えていなかった。

 ベルカは悪から力を手に入れたものの、正義感から(クラウス)を助けた。

 そして記憶喪失になりながらも、悪を倒すために僕らに協力してくれている……どうかな?」

 

「異論なし!」

「異論はないです。ただ、本当に証拠もない推理でしかないので、ベルカの記憶復旧待ちですね」

 

「ですね、オリヴィエ」

 

 ベルカの精神性に対する過大評価と、彼の身の上に対する過剰な期待が高まっていく。

 彼の評価は、この三人の間であれば極めて高かった。真人間であるとすら思われていた。

 記憶喪失前の人物像に至っては、悪の組織から逃げ出した正義の仮面ライダーみたいなものになっている。

 その実課金ライダーで日本ソシャゲ運営の奴隷(ドレイ)クなのだからしょうもない。ギフトカードを買いザ、ガチャ引きに行くサ、SSRが出るタ、財布の中身がゼロノスという黄金パターンこそが課金青年ベルカの本来の真骨頂だ。

 だがその課金精神も既にクライシス。完全復活の気配はいまだ無し。早く目覚めろその魂。

 これが彼らの勘違いの源泉となってしまっていた。

 

「よし、修行だ。空いた時間は有効に使おう」

 

「お付き合いしますよ、クラウス殿下」

 

「私は雷帝国の状況のことを聞いてきますね。後で合流します」

 

 たゆまぬ鍛錬、はるか高みにいる強者に勝つための、目標をしっかりと据えた努力。彼らはまだまだ強くなるだろう。

 ベルカは特に成長してないし強い腕を付けただけじゃんと言ってはいけない。

 戦闘力のインフレに付いて行くのは大変なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルカが美形会議ばりの吐血を見せてから数日後。

 彼はクラウス達と共に修行しつつ、その合間に町を歩き、ある少女を探していた。

 その少女はベルカよりも先に彼を見つけ、大人しそうな顔を明るく輝かせ、話しかけてくる。

 

「かっちゃんさん!」

 

「おお、おはようユーリ」

 

「今9:45なんですけどこれ"お早う"なんですか?」

 

「……どうだろう、正直フィーリングなんだよなその辺」

 

 『エーベルヴァイン』の名を持つ少女と、彼は会っていた。

 彼はユーリの存在をまだ仲間に知らせていない。

 なのにユーリと会うことは続けている。

 それはベルカが、この扱いに困る少女をどう扱うか本気で迷っていたからだった。

 

(……どうしたもんか)

 

 ユーリの無害そうな笑顔も、彼を信じきった表情も、信頼が滲む声色も、彼に選択と決断を選ばせない。

 

「あ、今日はですね、ここに行きたくて……」

 

「また面倒くさい場所の店だな……分かった、案内してやるよ」

 

「ありがとうございますっ」

 

 ユーリがウーンズの関係者なら、捕らえるのが最善手だ。

 極論、拷問をしてでも情報を聞き出せばこの先が楽になるだろうし、人質に使えばウーンズを捕らえることができるかもしれない……そう考える者も少なくはないだろう。

 そして、シュトゥラには"そういうこと"を行うための騎士も存在する。かつ、もし仮にユーリを捕まえた場合、彼女をどう扱うかの権限はベルカには無いのだ。

 

「あ、ちょっと待て。おやつにそこの焼き菓子買っていこう」

 

「え? 私、おつかいのお金を勝手に使うわけには……」

 

「奢りだ奢り。好きなの選びな」

 

「えええ! いいんですか?」

 

「5、4、3、2……」

 

「何のカウントですか!? と、とりあえずこれで!」

 

「店主ー、そこのそれ二人分くれ」

 

「アイヨー」

 

 ソーシャルゲームにおいても、現実においても同じ。

 判断能力の無い子供の純粋さを裏切り利用することは……言い訳できない悪である。

 ただ、ソーシャルゲームにおいても現実においても、勝利のためにあらゆる手を尽くすことが時たま正義と呼ばれることもまた事実。

 正解の選択肢こそが正義であり、正解がどこにあるかのヒントはない。

 その上、選択肢は無限にあるというのがこの状況だった。

 

(オレは間違ったことをしてるのか、それとも現在進行形で間違ってるのか)

 

 どこかで何かをすれば、何かが変わるのか。

 何もしない方がいいのか、何もしないことで変わる何かがあるのか。

 そも最善は何なのか。

 ちょっとばかり、よく分からない。

 ユーリがあまりにも人畜無害で純粋な少女だったからか、ベルカは彼女の行動に何の裏も感じ取ることができなかったし、冷酷に対応することもできていなかった。

 

「はむっ……美味しいです、かっちゃんさん」

 

「そか」

 

「いつもいつもありがとうございます、かっちゃんさん。

 でも、なんで私にこんなに良くしてくれるんですか?」

 

「オレも一応騎士を拝命してる身だからな。騎士は女の子を守るものだろ?」

 

「た……確かに! 目からウロコでした! 絵本で読んでいたはずなのに……!」

 

「ユーリちゃんユーリちゃん、世間知らずな君はまず冗談を見抜くすべを覚えよう」

 

 買い物が終わった後、ユーリを追って家の位置を把握するか?

 後をつけようと思っても、それは特定の場所に誘い込むための罠ではないのか?

 そも、ウーンズ・エーベルヴァインとの関係を直球で聞くべきでないのか?

 彼女がここに居る理由はおつかい以外にあるのか?

 エーベルヴァイン姓は珍しいものではないのか?

 クラウスだけにでもせめて相談するべきではないか?

 

 ベルカは優秀な頭脳なんて無いくせに、この状況を最善の結末に導く方法をみっちり考えてしまうから、結局様子を見ながらユーリに優しくすることしかできない。

 そのくせ、刹那的で計画性があまり無い彼は"考えるの面倒くせえ"としょっちゅう思考を投げている。これでユーリ捕獲に踏み切れるわけがない。

 ユーリをこの場で捕まえることも、ユーリから目を離すこともできないまま、彼は惰性でユーリの面倒を見続ける。

 

 その行動がユーリの好感度を稼ぎ、町の人々に"ベルカはロリコン"という風評を撒いていることに、一切気付かないままに。

 

「べ、ベルカさんの腕が飛んだ!?」

 

「これがオレの暇潰し宴会芸77の技の一つ、ロケットパンチだ。腕は自動で戻って来る」

 

「ひゃぁー……騎士様は凄いんですね……」

 

 ユーリのお使いを片付けつつ、二人は遊ぶ。

 楽しい時間だった。

 それだけは、紛れも無く真実だった。

 されど楽しい時間は、無残に終わりを迎える。

 突如町の一角が爆発し、それに少し遅れて人の悲鳴と罵声が響き渡るようになり、尋常でない事態が起こっていることを知らしめる。

 ベルカの中で、日常と非日常のスイッチがカチリと切り替わった。

 

「! なんでしょう?」

 

「……ユーリ、避難所の場所は分かるか?」

 

「えっと、地図を見ながらなら行けますっ」

 

「いい子だ。避難所に行ったらそこに居る騎士の人の指示に従うんだぞ」

 

 ベルカはユーリの背中を軽く押し、跳躍する。

 彼の自前の魔力が脚に集まり、民家の屋根の上にまで上がれるほど脚力を強化していた。

 

「起きろ、エレミアの義腕!」

 

 ベルカはそこで、義腕に課金を行った。

 ガチン、ガチン、ガチン、と硬貨が三枚ロードされ、魔力に転換される。

 日本円にして1500円に相当する金の力が、転移魔法陣を構築していく。

 ベルカは爆発が起こった場所に直接転移し、そこで佇んでいる男を見た。

 

「! お前は……!」

 

「おや、早かったね。後衛の君が一番乗りというのは予想していなかったよ」

 

 ここは城下町の一角。

 佇んでいる男の周りには、殺された騎士達や一般兵、罪の無い町の人々の死体が転がっている。

 なのに下手人である男に罪悪感は欠片も見えず、楽しそうな笑みだけが浮かんでいる。

 ベルカは、その男を知っている。

 『敵組織の首魁』であるその男を知っている。

 

「欲望の、ジェイル……!」

 

 "人は欲望の檻から飛び立てる、次のステージに行ける"という確信を得るためではなく、"人は欲望の檻から逃げられない。これまでもこれからも"という証明のために生み出された男。

 人の世を欲望で導き、いつの日か来る人の自滅のために、世界を誘う笛を吹く破綻者。

 アルハザードが滅亡した年代から現代に至るまでの間、古代ベルカという文明の裏で暗躍し、戦乱を煽り続けおそらく兆単位の死人を生み出してきた元凶中の元凶。

 

 ベルカ達が倒すべき敵が、そこに居た。

 

「お前、なんでここに……!?」

 

「手持ち無沙汰になってしまったものでね。

 シュトゥラを私の手で滅ぼしてしまってもいいかなと、そう思ったんだ」

 

「……は?」

 

 ジェイルは「道中コンビニがあったからついでに寄って飲み物を買っていこうと思った」くらいのニュアンスで、そう言った。

 彼の言葉は真実だ。

 単なる気まぐれ、もののついでレベルの話で、彼はシュトゥラを滅ぼそうとしている。

 その程度の気概でシュトゥラを滅ぼせると、確信している。

 

「できると思うか?」

 

「できると思うさ。私にならできる。逆に聞くが、君が私を止められると思うかね?」

 

 ジェイルが侮蔑的に笑う。ベルカはそれに対し、挑発的な笑みで応えた。

 

「思うぜ。仲間と一緒ならな」

 

 義腕が唸り、金と引き換えに魔力を生み出す。

 生み出された魔力は魔法陣を構築し、義腕の相対位置計算機能にて登録された三人の仲間の相対座標を高速で叩き出していた。

 展開された転移の魔法陣は、遠くの仲間達を引き寄せるもの。

 

「召喚術式か。面白い」

 

「来い! 皆!」

 

 ベルカのかけ声に応じるように、輝ける魔法陣から三人の仲間が飛び出して来た。

 クラウス、オリヴィエ、エレミア。ベルカが信頼する三人の仲間達。

 三人はベルカの召喚要請に一秒とかけずに応じ、即座にここに来てくれたようだ。

 

「なるほど、状況は分かった」

 

 周囲を見渡したクラウスが、死体になっている兵士や民を見て、怒りを抑え込みながら状況を把握する。

 彼は拳を構えたが、その拳はいつもよりも力強く見えた。

 

「欲望のジェイル……不幸中の幸い、かな。ここで頭を落とせれば……」

 

 エレミアは冷静に、カリギュラと戦わずとも敵組織を無力化できる可能性に気付く。

 敵の頭が単身シュトゥラに来てくれたのだ。

 ジェイルの力は未知数だったが、これは千載一遇のチャンスであった。

 

「やりましょう。これを最後の戦いにできるなら、そうするべきです」

 

 オリヴィエは皆に声をかけ、虹の魔力を発する。

 ジェイルの力に怯え逃げ惑っていたシュトゥラの民も、強者を象徴する聖王家の虹の魔力を見て少しばかり安心したのか、理性的に避難することができるようになっていた。

 

「かかって来るといい。君達に私をどうにかできるとは思えないがね」

 

「さて、オレ達がお前に勝てるか勝てないかは……まだ分からねえぞ!」

 

 四対一。

 数の上は勝っていても、ベルカ達に油断はない。

 ジェイルの不気味な笑みに感じた小さな恐怖を振り払うように、クラウス達は猛然とジェイルに攻撃を仕掛けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だ、とクラウスは漠然とした不安を感じていた。

 ここ一ヶ月で爆発的な成長を遂げたクラウスに引っ張られるように、クラウスの仲間達三人の戦闘力も飛躍的に上昇している。生半可な相手に負けはしない。

 だが、漠然とした不安は消えてくれない。

 

(分からない)

 

 ジェイルは強かった。

 全ての戦闘技能に隙のないオールラウンダー。

 近接で殴り合えばクラウスも競り負け、エレミアも技勝負で歯が立たず、オリヴィエを超える堅固な守りを持っていて、代金ベルカ式の扱いもベルカより上手かった。

 一対一であったなら、ここに居る四人の誰もが敵わなかっただろう。

 

 されど、クラウス達は四人でチームだ。四人がかりならば、いくらでもやりようはあった。

 

(何故、僕は)

 

 消えない不安を抱えながら、クラウスは仲間と共にジェイルに挑む。

 オリヴィエが守り、エレミアが崩し、ベルカが全員を強化しながらクラウスで決める。

 そんな流れを堅実に維持しているだけで、ジェイルは次第に窮地に追い込まれていった。

 彼らは堅実に勝利に近付いていく。

 

 だがにじり寄る敗北を前にしても、ジェイルの不快な笑みは全く揺らがない。

 

この男(ジェイル)に勝てる気がしないんだ……!?)

 

 ジェイルは何の武器も持っていない。

 せいぜいが首飾り状の魔法演算補助器程度で、騎士にも魔導師にも見えない科学者風の格好をしたままだ。

 そんな彼の背後に、無数の魔力弾が浮かび上がる。

 

「さて、ではこれを最後の攻防としようか!」

 

 ジェイルの背後に浮かんだ魔力弾の内1/3が、一斉にクラウス達に殺到する。

 

「『加速』」

 

 その魔力弾の弾速が、ジェイルの詠唱ワードにより一気に加速した。

 ライフル弾でも足元にも及ばないほどの速度で飛ぶそれが、かわしきれなかったエレミアに命中してしまう。

 エレミアでも回避しきれないほどに、その弾速は速かった。

 

「ぐッ!」

 

「ヴィルフリッド!」

 

 だがエレミアに命中したおかげか、エレミアの背後に居たベルカには当たらなかったようだ。

 四人から一人減り、三人が前へと進む。

 

「『収束』」

 

 次にジェイルが呟いたワードで、残る魔力弾の半分が一点凝縮。

 桁違いの威力を誇る魔力砲となり、残る三人をまとめて吹き飛ばすべく放たれた。

 そこでオリヴィエが前に出て、虹の魔力を手に持つ盾として構築する。

 

「くっ……うっ……あっ!」

 

「オリヴィエ様!」

 

 しかし魔力砲の威力は凄まじく、オリヴィエの盾も砕けなかったため、オリヴィエは魔力砲の衝撃で吹き飛ばされてしまった。

 三人から一人減り、二人が前に進む。

 

「『堕撃』」

 

 ジェイルは残った魔力弾を一点集中、ベルカとクラウスの頭上に浮かばせる。

 その魔力弾が放つ熱量は、太陽を思わせるほどのものだった。

 灼熱の炎球は彼らの頭上から狙いを定め、二人に向かって猛烈な速度で落ちて来る。

 

「任せた、クラウス!」

「任された!」

 

 そこで彼らは、前後に別れた。

 ベルカが足を止めて今手元にある魔力の全てを使い、クラウスの力をブーストする。

 クラウスはベルカのブーストを受け、全力で踏み込み前に出る。

 はたから見れば、それはベルカがクラウスを射出したようにも見えたことだろう。

 

 落下してきた炎球は、急に止まったベルカと急加速したクラウスの中間に落ち、誰の命も奪わぬままに地面を焼く。

 その熱風を背に受けて、クラウスは目にも留まらぬ速度でジェイルに近づいた。

 反応する間など与えない。魔法発動直後の隙に断空の拳を叩き込む。そう考えながら、クラウスはシンプルに最速最強の拳を突き出した。

 

「これで、終わりだッ!」

 

「ああ、そうだね。この私は終わりのようだ」

 

 突き出した拳が、スカリエッティの心臓を貫く。

 ジェイルの命を奪った感覚が、クラウスの手に残る。

 

(おかしい)

 

 そこにこそ、クラウスは違和感を感じていた。

 

(こんなにも簡単に、戦いが終わるのか? いや、違う。何か、どこかが、おかしい)

 

 あっさりすぎる。

 人間ならば当然あるべき"生きようとする足掻き"が、ジェイルにはまるで無い。

 心臓を抉られ死に行く今も、ジェイルは楽しげに笑っていた。

 ジェイルには『生きようとする意志が感じられない』。それが違和感の正体だと、ほどなくクラウスは気付いたようだ。

 

(そうだ……この保身に拘らない精神性は……どこか、ベルカに……)

 

 生きようとする意志があれば、ジェイルはもっと健闘していたかもしれない。

 クラウスを超える格闘技能。

 エレミアを超える技術力。

 オリヴィエを超える守りの力。

 そしてベルカを超える課金術式の力を持つのが、ジェイルという男であった。

 

 ジェイルは個の戦闘力においてクラウス達を上回っていた。

 だが、『それだけ』だ。

 四対一という数の差を覆すには至らない。

 

「さ、て……わたしはしに……つぎのゲームの……はじまりだ……」

 

 ジェイルは絶命し、クラウスは戦いに勝利する。

 だが、なんなのだろうか。

 勝利したというのに、彼らに纏わりつくこの違和感は。

 勝利につきものの爽快感や達成感はまるでなく、危機感と焦燥感だけが募っていく。

 

「勝った、んだよね? 僕達……」

 

「勝った、とは思いますが……」

 

 不安げなエレミアの声に、オリヴィエも頼りない声で応える。

 

「確かに君達の勝ちだ。ジェイルは一人死んだ。

 が、これで勝負が終わりというわけではないよ」

 

「「「「 ! 」」」」

 

 そして、突如現れる人影。

 エレミアの声に答えたその人影は、10や20ではなかった。

 100や200でもなかった。

 どう見たって、1000人は超えていた。

 

「……は、あ、あ……?」

 

 そしてそれら全てが、先ほど倒したジェイルと同じ顔をしていた。

 

「私もジェイル」「私もジェイルだ」「いや私達がジェイルと言うべきかね」

「私達は機械で記憶と認識を共有している」「全員が同じ記憶を持っている」

「精神も脳も人数分あるが意識体としては単一だ」「ゆえに私も私達もジェイルである」

「一人死んだところで誤差さ」「今日はとりあえず1080人でお邪魔するよ」

「私はこれでアルハザードの時代から生きてきた」「クローンだからね、私達は」

「単一の個体が老衰で死んでも問題はない」「私達は常に若い」

「私達は老いもするし死にもするが」「その上で私達は不老不死である、というわけさ」

「これがアルハザードの狂気の産物」

「自己連続性定義を全く考慮しない不老不死の実現システムさ。素晴らしいだろう?」

 

 個としての戦闘力ではクラウス達を上回るジェイルが、千人以上、そこに居た。

 

「私は先程君達が倒したタイプと同じオールラウンダーのジェイル」

「私は炎熱特化のジェイル」「私は剣戦闘特化のジェイル」「私は射撃特化のジェイル」

「私は毒殺専門のジェイル」「私は機械戦闘専門のジェイル」「私は暗殺専門のジェイル」

「私は補助魔法を得意とするジェイル」「私は砲撃特化のジェイル」「私は格闘専門のジェイル」

「私はバインド専門のジェイル」「私は斧使いのジェイル」「私は生命技術のジェイル」

「私は幻術専門のジェイル」「私は機械セクターのジェイル」「私は変身特化のジェイル」

「私は」「私は」「私は」「私は」「私は」「私は」「私は」「私は」「私は」「私は」

「私は」「私は」「私は」「私は」「私は」「私は」「私は」「私は」「私は」「私は」

 

 気が狂いそうな自己紹介だった。

 

「なん、だ、それは……!?」

 

「私達はクローンの肉体を渡る者だからね。一応、在庫のストックが万を切ることはないのさ」

 

「万ッ!?」

 

 クラウス達はジェイルの内一人を倒した。

 だが、『それだけ』だ。

 1080対4という数の差を覆すには至らない。

 

 更に、絶望的な知らせは重なる。

 

「あ、あれは!」

 

「あの空に浮かんでいるあれは……」

 

「『聖王のゆりかご』……!?」

 

 空を見上げれば、そこには古代ベルカにおいて最強の一角に数えられる兵器が浮かんでいた。

 この状況で"味方が来た"なんて思えるようなおめでたい頭をしているような人間は、シュトゥラ陣営には居ない。

 彼らの嫌な予感はドンピシャで当たり、聖王のゆりかごからベルカ達に向け、ピンポイントで繋がる通信が繋げられた。

 

『こちらカリギュラ。聖王国襲撃は成功。国軍は無力化してゆりかごも奪ってきたぞ』

 

「カリギュラ!? そんなバカな! ……いや、確かにあいつも、聖王の正統血統……!」

 

『そういうことだ、シュトゥラのおぼっちゃん』

 

 聖王のゆりかごは、聖王家の血統と聖王核によって動かすことができる戦艦だ。

 カリギュラが動かせても何ら不思議ではないだろう。

 問題なのは、カリギュラがゆりかご奪取の際に聖王国に大きな被害を与えていたことと、聖王のゆりかごが敵に回ったということだ。

 

「叔父様! 聖王のゆりかごは、誰かが乗ればその時点で死の運命を課せられる兵器です!

 それを……何故……自らの命を犠牲にしてまで……そんなにも、私が憎かったのですか!?」

 

『ああ、憎いな』

 

「っ」

 

『だがお前は勘違いをしている。俺がゆりかごを動かそうが、俺が死ぬことはない』

 

「え?」

 

 カリギュラへの複雑な感情で顔を伏せていたオリヴィエが、思わず顔を上げる。

 

『聖王のゆりかごを使うと死ぬのは、聖王家にもこれが何なのかよく分かっていないからだ。

 こいつはアルハザードの時代から残る、かの時代の戦闘力水準に合わせた戦艦だ。

 だがこっちにはアルハザードの遺児たるジェイルが居る。

 ジェイルが専用の調整をしてくれた時点で、もうゆりかごは聖王を殺さなくなるんだよ』

 

 例えば、の話をしよう。

 例えばこの時代にオリヴィエがゆりかごの聖王となったなら、絶大な力と引き換えに彼女は確実に命を落としていただろう。

 だがもし、遠い未来に生き残ったジェイルが居て、オリヴィエのクローンあたりを手に入れ、そのクローン用にゆりかごを調整したうえでクローンを乗せたなら、そのクローンはゆりかごの玉座でゆりかごを起動させたとしても、死にはしないだろう。

 

 聖王がゆりかごで死ぬかどうかは、ジェイルの存在に左右されるのだ。

 

「さて、では聖王のゆりかごだけでは味気ない。もう一つ大輪の花を添えようか」

 

 最悪なことに、ジェイルはこれで止まらない。

 ダメ押しの絶望を叩きつけるべく、彼は空に向けて指を鳴らした。

 それがキーとなったのか、空の彼方に『何か』が現れる。

 

「あ、あれ、は……!」

 

「知っているのかベルカ!?」

 

「頭が、痛い……!」

 

 それは、この時代から見れば未来の時代に、人々から怖れられたもの。

 ベルカが記憶を失う前、何としてでも破壊しなければと思っていたもの。

 全長20万km以上の威容を誇る、星を片手で握り潰せる巨大ロボだった。

 

『聞こえているかな? この大陸に住まう諸君。

 私はジェイルという。今君達の全てを脅かしている者だ』

 

 四人がかりでも傷一つ付けられず、最強の剣トーマでも敵わなかったカリギュラ。

 個としてクラウス達を上回り、万の数を動員できる不老不死のジェイル。

 幾多の次元世界を滅ぼしたとされる兵器、聖王のゆりかご。

 そんな聖王のゆりかごが玩具に見えるほどの超弩級巨大ロボ。

 ここにウーンズやナハトといった優秀な魔導の者が脇を固めている。

 

『私が君達に望むことは、供物でもなく、恭順でもなく、忠誠でもない』

 

 勝てばいい。

 平和が欲しいなら、明日が欲しいなら、勝てばいい。

 勝たなければ滅びるだけだ。

 たとえ、勝ちの目が無かったとしても。

 

『死と絶望、それだけだ。君達の死に様が、愉快なものであることを期待する』

 

 この日この時この瞬間、この世界の人間が明日を生きる権利は剥奪された。

 今日から人々は寝床につくたび恐怖を抱くだろう。

 自分に明日は来るのだろうか、寝ている間に死にはしないだろうか、と。

 

 安息の地も、安息の時も、もうどこにも存在しない。

 

 

 




【聖王のゆりかご】

 原作エレミアいわく、古代ベルカでのゆりかごは乗ったら自我消失確定死の兵器だった模様。

原作オリヴィエ→死ぬ
原作ヴィヴィオ→死なない

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