課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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たとえカードの残金が一円もなくても……お前に課金できるはずだ!
オレに、債務者の資格があるのなら!
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絶望! モラルハザード四天王の襲撃!(後編)

 『ゆりかごの聖王』となる資格を持つ者達、ゆりかごの子ら。

 これは『聖王のゆりかご』と呼ばれる聖王家の守護兵器の中で生まれ、聖王のゆりかごへのアクセス端末でもある『聖王核』という名の魔力補助コアを、生まれると同時に埋め込まれた者達を指す呼称だ。

 この時代でこそそれは誇りの名であるが、時代によっては人体改造を大前提とする王族ということで、市民団体から非難の対象になっていてもおかしくない事柄である。

 

 聖王核は、それを埋め込まれた人間に強靭な肉体と巨大な魔力を与える。

 ゆりかごが安置されている今、聖王核の主な役割はゆりかごへのアクセス権ではなくそちらの方だと言う者が居るくらい、聖王核が与えるものは強大だった。

 幼い頃に両腕と主要臓器を失ったオリヴィエが、真っ当な鍛錬をしたこともなかった幼少期に既に、鍛錬を重ねた騎士でも歯が立たないほどの強さを発揮していたのを見れば、一目で分かる。

 

 だが、オリヴィエの聖王核には、彼女だけの特別な(いわ)れがあった。

 

 オリヴィエの母はオリヴィエを産んだ時に亡くなっている。

 最初の古代ベルカ世界の崩壊時、正しく出産技術が継承されなかったことや、ゆりかごの子らとして人体改造されたオリヴィエの母に"ガタが来ていた"こと、様々な要因が重なった結果ではあるが、オリヴィエは母の命と引き換えにこの世界に生を受けていた。

 それをある者は、「母の愛が奇跡を起こした」と言った。

 ある者は「母の命を奪い取って生まれて来た鬼子」と言った。

 何故ならば、オリヴィエは母の聖王核を吸収しながら生まれて来たからである。

 

 偶発的な聖王核の継承という、聖王国が連合国となって以来……いや、聖王家というものが生まれて以来、一度も無かった奇妙な事件。

 それを耳にして、オリヴィエの母が死んだ原因が、"母の聖王核を奪い取って生まれて来た"ようにも見えるオリヴィエであるとした者も、少なくない。

 カリギュラ・ゼーゲブレヒト……今はカリギュラ・キングマクベスと名乗っている彼も、その一人であった。

 

「……姉さん」

 

 "家族"になるには、時間と前提が必要だ。

 カリギュラにとって、オリヴィエの母は心の底から愛していた姉だった。

 カリギュラにとって、オリヴィエはスタート地点から"姉を殺した者"だった。

 オリヴィエとカリギュラが家族になるということは、殺人犯と被害者の遺族が愛し合う家族になるのと同じくらい、難しいことだった。

 

「……」

 

 オリヴィエが赤ん坊の頃は、まだ事態は動かなかった。

 カリギュラが赤ん坊のオリヴィエを抱き上げようとし、オリヴィエの首に手を添えてその首を折ろうとしている自分に気付き、オリヴィエに二度と触れないと決めた事件くらいのものだった。

 オリヴィエが少女と言っていい年頃になると、事態は最悪の形に動いていく。

 

 構って欲しくて叔父に話しかけるオリヴィエ。

 口を開くたびに憎悪を抑えきれないカリギュラ。

 母に似ていくオリヴィエ。

 オリヴィエを見て姉を思い出すカリギュラ。

 

 次期聖王確実のカリギュラ。

 そんなカリギュラに嫌われるオリヴィエを虐め始める周囲。

 嫌悪でどうにかなりそうなカリギュラ。

 純粋に仲良くなろうとするオリヴィエ。

 オリヴィエはどんな者よりも純粋で優しく、甘えたがりだった。そして、どんな悪人よりも深く、どんな利己的な人間よりも深く、カリギュラを傷付けていた。

 オリヴィエが両の腕と主要臓器を無くす事件が起こると、カリギュラはそれを嘲笑い、二人の関係はもう修復不可能な域にまでこじれてしまう。

 

 オリヴィエの母が傷つき死んだことから始まって、カリギュラも傷ついて、オリヴィエも傷ついて、「○○が悪い」と一概に言えない状況が続いた。

 結局の所、オリヴィエの母がオリヴィエの生誕と引き換えに死んだ時点で、この二人が和解して生きていく未来の可能性は存在しなかった、というわけだ。

 苦悩する彼を、オリヴィエは物心付く前からずっと見ていた。

 彼を苦悩させているのが自分であると、幼かった彼女が気付いたのは、カリギュラ・ゼーゲブレヒトが聖王家を出て行く日になってからだった。

 

「俺が生きている限り、お前が長く生きることは許さない。俺はお前を許せない」

 

「はい」

 

 オリヴィエは察していた。

 彼が次期聖王という立場を捨ててまで出て行くのは、かの苦悩を断ち切るためだと。

 いつの日かこの叔父は、自分を殺しに戻って来るのだと。

 

「さようならです、叔父様」

 

 いつかの未来にまた会おうと、二人は心の中で声を揃えてそう言った。

 

 また会う日には、きっと互いの命をかけて殺し合うのだと、確信を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その日はやって来た。

 

 オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの振るった拳に迷いがなかったと言えば、それはきっと嘘になってしまうだろう。

 けれども、彼女が突き出した拳に迷いはあれど、躊躇いはなかった。

 聖王家直系の血と聖王核が莫大な魔力を吐き出し、それがヴィルフリッド・エレミア製の義手に注ぎ込まれて唸りを上げて、一撃必殺の拳を放つ。

 拳はカリギュラの顔面に向かって一直線に飛び、直撃。拳が当たり轟音が鳴り響く。

 

 だがカリギュラは、それに1mmも体を揺らがせずに、見下しの笑みを顔に浮かべる。

 

「そんなものか? オリヴィエ」

 

「!」

 

 効いていない? いや、ありえない。

 超合金の体で出来ている人間が仮に居たとしても、この一撃で砕けないわけがない。

 生身の人間が素の強度でこの一撃に耐えられるわけがないのだ。

 何かからくりがある、と思考を走らせながら、オリヴィエは三歩分下がる。

 

 そして彼女が下がったタイミングに合わせて、クラウスとエレミアがカリギュラの右斜め後ろと左斜め後ろから同時攻撃を仕掛けた。

 オリヴィエの攻撃の直後と言っていいタイミングであり、二人の攻撃が決まればオリヴィエが踏み込みからの追撃を行える、そういう絶妙なタイミングでの攻撃。

 クラウスの豪快な拳が肝臓を、エレミアの魔力を込めた鋭い手刀が首を、それぞれ狙っていた。

 それに気付きつつも、カリギュラは微動だにしない。

 

「はッ!」

 

(ガードする素振りも見せない……これは、一体……!?)

 

 豪快な打撃と、鋭い斬撃が同時に命中。しかしまたしても、カリギュラは微動だにしない。

 カリギュラは二人の攻撃など無かったかのように、その場で何気なく腕を振るった。

 

「クラウス、ヴィルフリッド、後退!」

 

 それが尋常なガードでは即死しかねない一撃であると、即座に見抜いたベルカが魔法を発動。代金ベルカ式の"再行動"にて、クラウスとエレミアは一瞬にして後退し回避する。

 空振ったカリギュラの腕が、舞い上がった砂粒に命中し、砂粒を吹き散らすでも弾くでもなく、その場で原子レベルに殴り砕いた。

 見るだけで背筋に悪寒が走り、死を予感させる光景である。

 

「……? そうか、そこのそいつは、オリジナルの代金ベルカ式だったか」

 

「……なんだろうな、お前。

 お前を見てると……オレの記憶のどっかが、刺激される……」

 

 クソイベの凄まじく強いボスの記憶が、ベルカの脳内で蘇りそうで蘇らない。

 頭痛を抑え、ベルカ青年は補助魔法の重ねがけを開始し、クラウス達を強化し始めた。

 ベルカの補助魔法をその身に受けつつ、オリヴィエはカリギュラと三歩分の距離を保ちながら、クラウス達の攻撃を受けた瞬間、一瞬見えた虹色の魔力の流れに付いて考察を重ねる。

 

(あの虹色の魔力光(カイゼル・ファルベ)の動き……まさか……)

 

 そして、真実に辿り着いた。

 

「聖王の、鎧?」

 

「ほう」

 

 オリヴィエの言葉に、カリギュラは表情を歪めた。

 笑みというにはあまりに歪で、苛立ちと言うには綺麗すぎる、そんな表情だった。

 表情の変化に伴い、それまで不可視だったカリギュラの虹色の魔力が可視化する。

 虹色の魔力はカリギュラの体を包み込むように流動していた。

 

「一当て二当てでそれに気付くとは、お前もまんざら無能ではないか」

 

 『聖王の鎧』。

 それは虹色の魔力光(カイゼル・ファルベ)を持つ聖王の血統に、大なり小なり発現する能力だ。

 発現の条件は聖王核を所有していることのみ。

 発現する能力は、本人の意志とは無関係に発動する自動防衛機能。

 すなわち、聖なる王を守る虹色の城壁である。

 

 無論、これはオリヴィエにも発現している。

 雑魚の攻撃はオリヴィエには通らず、並みの収束砲撃ならば彼女の自動防御は抜けられない。

 だが、そんなオリヴィエですら、"ここまで硬い聖王の鎧"は見たことがなかった。

 カリギュラの聖王の鎧は、かつて次期聖王に選ばれた者相応に堅く、また自動的に展開されるためどこを見ても隙がない。

 

 その強度は、聖王家直系のオリヴィエが"ありえない"と思うレベルの強度であった。

 

「止まるな! 主導権を渡すな! 攻め続けろ!」

 

 カリギュラの聖王の鎧の脅威に、クラウス・エレミア・オリヴィエの動きが止まる。だが一秒の停止が敗北に繋がりかねないこの状況で、ベルカが叫んだ。

 三人はベルカの声を背中に受け、停止を一秒も続けず再度動き出す。

 クラウスとエレミアが前に出て、十数分の一秒ほどわざと遅れてオリヴィエも前に出る。

 

殲撃(ガイスト)

 

「断空ッ!」

 

 黒い魔力が滲み出る左手から、空間を抉り取るほどのエレミアの一撃が放たれる。

 地面をひっくり返すほどの力が込められた右拳から、クラウスの剛気な一撃が放たれる。

 エレミアの一撃はカリギュラの左目を、クラウスの一撃はカリギュラの右肋骨を狙っていた。

 

 だが、エレミアの一撃は眼球に当たってもまばたき一つさせることもできず、クラウスの一撃はカリギュラの右手の小指に受け止められていた。

 

「ぬるいな、ぬるいぞッ!」

 

「くっ!」

 

 カリギュラは聖王の鎧の構成に使い終わった魔力の一部を、聖王の鎧の表面で爆発させる。

 周囲の空間に廃棄する予定だった使用済み魔力でしかないはずなのに、その爆発は至近距離に居たクラウスとエレミアを吹っ飛ばしていた。

 だが、ここで十数分の一秒ほど遅れて攻撃を仕掛けたオリヴィエの仕込みが光る。

 オリヴィエは爆発に吹っ飛ばされることなく、踏ん張って爆発を乗り越えて、爆発直後にカリギュラに生まれたほんの一瞬の、行動の間隙を突いていた。

 

(私の、同じカイゼル・ファルベを収束した一撃ならッ!)

 

 オリヴィエの虹色の魔力が収束し、突き出された拳の先端から針ほどの細さで射出される。

 拳は聖王の鎧を叩き、射出された魔力が鎧を貫かんとばかりに激突する。

 されど、届かない。

 オリヴィエの渾身の一撃ですら、カリギュラの虹色の鎧にさざなみすら立てられなかった。

 

「……そん、な」

 

「俺と同じステージにも上がれていない聖王家の出来損ないが、この鎧を抜けるとでも?」

 

 オリヴィエは挫けず第二撃を放とうとするが、ここでカリギュラが無造作に蹴り上げる。

 カリギュラとオリヴィエの攻撃が同時に放たれ、カリギュラの攻撃は直撃してオリヴィエの攻撃は聖王の鎧に阻まれる。

 本来ならば相打ちになるから選べないはずの選択も、聖王の鎧があれば必勝の選択となる。

 蹴り上げられたオリヴィエは、重力が反転したかのように、空に吹っ飛んでいった。

 

「か、はっ―――!?」

 

 オリヴィエの体が雲を突き抜け、雲の上で慣性と重力によりほんの一瞬、上昇も下降もしない状態になる。

 次の瞬間にはオリヴィエの体は落下を始め、地面に激突してぺしゃんこになるだろう。

 オリヴィエの意識は蹴りの一発で明滅していて、生存のため動くこともできなさそうだ。

 

「クラウス、ヴィルフリッド、カバー頼む!」

 

「ああ!」

「うん!」

 

 だからこそ、ベルカはここで動いた。

 クラウスとエレミアをカリギュラの足止めに動かし、オリヴィエが上昇も落下もしていないこの最高のタイミングでベルカは転移魔法を発動。空中のオリヴィエを隣に転移させ、その上下に柔らかい魔力膜を作り、丁寧に優しくオリヴィエをキャッチした。

 間を置かずオリヴィエに課金回復を打ち、オリヴィエの肉体ダメージを回復させ、ベルカは笑ってオリヴィエに叱咤を送る。

 

「オリヴィエ様、ほらさっさと立って! しかめっつらじゃ勝てるもんも勝てませんよ!」

 

「……まったく。

 あなたは私に敬語を使う割には、いつもいつも分かりづらく厳しい人なんだから……!」

 

 オリヴィエは先程まで意識が明滅していたのが嘘のように、強がりの笑顔で飛び出していく。

 カリギュラは適当にクラウスとエレミアの相手をしていたが、戻って来たオリヴィエ、前線担当の三人を物理的に強化し精神的に支えている後衛のベルカを見て、露骨に舌打ちした。

 あの後衛が居ると仕留められるものも仕留められない、という意を内包した舌打ちだ。

 

「ふん……鬱陶しいな」

 

 カリギュラはクラウス・エレミア・オリヴィエの三人の猛攻を受けつつ、右手を上げてベルカへと向ける。

 その右手に、虹の魔力が集まっていく。

 チャージに一秒、発射に一秒。

 合計二秒で発射されたそれは、無敵のカイゼル・ファルベを攻撃に転用した砲撃だった。

 

「―――!?」

 

 そして、ベルカを殺す目的で放たれた一撃だった。

 駒を動かす人間(プレイヤー)としてはともかく、戦闘者(キャラクター)としては三流もいいところなベルカの反応速度では、この砲撃は避けられない。

 

「させない!」

 

 そこで、エレミアが割り込んだ。

 魔力の滲む鉄腕が、砲撃に叩きつけられる。

 虹色の砲撃は僅かに逸れるが、それでも変化は微々たるもの。

 

「させません!」

 

 更に、オリヴィエが割り込んだ。

 虹色の魔力を纏った義手が、砲撃に叩きつけられる。

 虹色の砲撃は僅かに逸れるが、それでも変化は微々たるもの。

 

「させるかッ!」

 

 最後に、クラウスが割り込んだ。

 友を想う気持ちを込めた重い拳が、砲撃に叩きつけられる。

 虹色の砲撃は僅かに逸れるが、それでも変化は微々たるもの。

 

「ッ!!」

 

 だが、十分だった。

 三人の攻撃で少しづつ軌道をズラされた砲撃は、ベルカが回避に動けばギリギリかわせる程度のものになっていた。

 ベルカは転がるように砲撃を回避し、かすった砲撃がベルカの服と背中を焼いていく。

 砲撃は空の彼方へ飛び、少し前にベルカ達が眺めていた腐った山を吹き飛ばした。

 痛みをこらえて立ち上がりつつ、ベルカは余裕の笑顔を見せて更なる補助魔法を放つ。

 

「皆、感謝する! もう一度攻めるぞ!」

 

 ベルカの声に、応、という大きな声が返って来た。

 勝ち目がなくとも閉塞感や手詰まり感がないのは、常に余裕そうに笑っている誰かが居るからだろうか?

 

「鬱陶しい仲間を作ったものだな、愚姪」

 

「私の、自慢の、友達です!」

 

 この戦いは、人間とハエの戦いである。

 ハエは人間を殺せない。殺すに足る刃を持っていないから。

 人間はハエを殺せない。ハエが即死の一撃をしぶとく避け続けるからだ。

 一歩間違えれば死ぬという危機感がオリヴィエ達を、雑魚をいつまで経っても仕留められない苛立ちがカリギュラを、より工夫とリスクのある選択に走らせる。

 

「ならば、その信頼を抱いたまま死ぬがいい、オリヴィエ!」

 

 カリギュラが放つは、無数の虹色の魔力弾。

 エレミアが、オリヴィエが、ベルカの襟を掴んで走るクラウスが、それらを巧み・的確に・素早く回避していく。

 カリギュラは防御力も攻撃力も桁違いだが、魔力弾の精度はそれほどでもないようだ。

 魔力弾という新手を初見で捌き、三人は逆襲の手を打ち始める。

 

「僕らが居る限り、ヴィヴィ様を死なせるものか!」

 

 エレミアが踏み込み、"鉄腕"にてカリギュラを殴る。

 学習しない馬鹿を見る目でカリギュラはエレミアを見下したが、エレミアの本命はこちらではない。殴る際に踏み込んだ、その足だ。

 踏み込んだ足を通して、エレミアは地面に魔力を流し、足回りの地面を盛大に崩す。

 それがカリギュラの立っていた地面をも崩し、体勢を崩させた。

 

「む」

 

「無敵の盾を持っている相手にだって、やりようはある!」

 

 戦闘技術を学問として収めているエレミアらしい、技巧を凝らした一手だ。

 カリギュラは体勢を崩し、聖王の鎧でダメージを受ける可能性こそないが、念のためにと体勢を立て直そうとする。

 だがその"念のため"も、手の届く所で構えているオリヴィエを見た瞬間、脳内が沸騰するような怒りのせいでどこかに飛んで行ってしまう。

 

「オリヴィエ……!」

 

 恩讐がカリギュラを突き動かす。愛から生まれた憎悪が、拳を振るわせる。

 カリギュラの行動を誘導しようとした、オリヴィエの思惑通りに。

 

「くッ!」

 

 オリヴィエは無理に受けようとせず、受け流すようにカリギュラの拳を防ぐ。

 だがそれでも、生身の腕であったならば絶対に折れていたと確信できる衝撃を受け、地面の上を100mほど滑るように押し出されてしまう。

 カリギュラとオリヴィエの距離が空き、その距離をカリギュラが埋めようとしたその瞬間、カリギュラの脇下に潜り込むように踏み込むクラウスの姿があった。

 

「たとえ、彼女の叔父だとしても……彼女の命を害するというのならッ!」

 

 クラウスが、断空のその先にある一撃をカリギュラの鳩尾に叩き込む。

 彼の右拳はダメージを与えるには至らないが、カリギュラの表情を僅かに変えた。

 

(ほう)

 

「まだまだ行くぞ!」

 

 クラウスはベルカの補助、再行動の魔法によって『全身全霊を込めた渾身の一撃』と『本来なら威力を犠牲にしなければならない連続攻撃』を両立する。

 ゆえにこの攻撃は、重く強く、速く多い。

 この攻撃の最も驚嘆すべき点は、打てば打つほどに威力が上がっていることだろう。

 

 本来ならば、パンチは打てば打つほどに疲労が溜まり、キレや威力などが落ちていく。

 疲労が溜まっていない序盤こそが、本来人間が最高のスペックを発揮できる瞬間なのだ。

 なのに、クラウスはそんな常識を越えて行く。

 打てば打つほどに強くなっていく。

 戦闘の最中に強くなっていく。

 疲労で弱くなる速度より、この戦闘の最中に強くなる速度の方が早い。

 いや、それも当然か。

 

 ―――カリギュラ・キングマクベスは、クラウスの前で、オリヴィエを殺すと言ったのだから。

 

「彼女は、僕が……私が守る!」

 

「重いな、言葉も拳も。腹に響くぞ」

 

「がっ!?」

 

 クラウスは戦闘中に爆発的な成長を見せていたが、それでもカリギュラは高い壁だ。

 階段を二段飛ばし三段飛ばしで上がるように成長していっても、山の高みを越えるにはそれでもなお遅すぎる。

 カリギュラはクラウスの攻撃を無視し、クラウスの防御をこじ開け、クラウスの腹に膝蹴りを叩き込む。そしてくの字に折れたクラウスの足を掴み、投擲物のようにオリヴィエ達に投げつけた。

 

「わっ!?」

「っ!」

 

 衝突すれば三人ともミンチになる、そういう速度で投げつけられたクラウスであったが、その足に地面から生えたチェーンバインドが絡みつく。

 無論、ミッドの流れを汲む魔法を使う者など、この場にはベルカしか居ない。

 

「クラウス踏ん張れ!」

「言われなくても!」

 

 クラウスは足に絡みついた柔軟性のある鎖を引っ張り、気合いでその場に踏み止まった。

 衝突は回避され、クラウスのダメージをベルカが回復し、またしても戦闘は仕切り直しという結果に辿り着く。

 

(やはり、アレが邪魔だな)

 

 エレミアには、技を凝らす強さがある。

 オリヴィエには、自分にしかできない自己犠牲を綺麗にやり遂げる強さがある。

 そしてクラウスには、"オリヴィエの死"を感じると爆発的に強くなる強さがあった。

 今回の戦闘にて発揮されたこれらの強さは、ベルカの手によってブーストされる。

 ブーストされた強さが的確に組み合わされることで、彼らは更に強くなる。

 それが、絶対的強者であるカリギュラがまだこの面々を仕留められていない理由であった。

 

 だからこそ、彼らの実力差は一人の人間と四匹のハエに等しいというのに、勝負の決着はいつまで経っても訪れない。

 

「……飽きてきたな、なあ、ナハト」

 

「私はあなたのために動きます。ウーンズ様」

 

 戦闘の膠着化は、"一番槍はわたしがやる"と口にしていた堪え性のないウーンズ・エーベルヴァインの行動を誘発する。

 彼の子供のような言動、子供のような行動基準、子供のような倫理観のあやふやさは、演じているものではなく彼の素だ。

 彼の隣に立つ、ナハトと呼ばれた銀髪の女性――容姿はリインフォースそのもの――の方が、無表情ではあるがまだ大人の雰囲気を感じさせる。

 

「ジェイル様、わたしが動いても構いませんでしょう?」

 

「ふむ。この戦いをもう少し見ていたくもあるが……構わない、許可しよう」

 

「よっしゃー、だらしないカリギュラめ、わたしの援護に心震えるがいい!」

 

 エーベルヴァインの魔術が、空間に巨大な魔法陣を描き出す。

 先の交戦では、彼の魔法は発動前にクラウスに潰され、そのまま彼の体も真っ二つにされてしまっていた。

 ……だが、それはウーンズ・エーベルヴァインが無力であることを意味しない。

 後衛型魔導師が前に出てクラウスにやられたという事実は、彼の愚かさを証明するものであっても、彼の魔法の弱さを証明するものではない。

 事実、彼が組み立てている魔法陣の異様な雰囲気は、クラウス達の本能に途方も無い危機感を叩き込んできていた。

 

 その魔法陣が狙いを定めたのは、後衛で補助魔法を連打しているベルカ。

 

「くっ、一人相手ですら手こずってる、こんな時に……!」

 

 ジェイル、リインフォースそっくりなナハトという女性、ウーンズ・エーベルヴァイン、カリギュラ・キングマクベス。敵は現在総勢四人。

 ベルカ、クラウス、オリヴィエ、エレミア。こちらも総勢四人だ。

 だが忘れてはならない。

 ベルカ達が彼らと戦えているのは、敵の内三人が遊んでいて、一人に対し四人で挑み、その上で奇跡的な粘りを見せていたからだ。敵の数が一人でも増えれば、均衡は一気に崩れ去る。

 

「―――っ」

 

 ベルカは均衡を崩さないための一手として、クラウス達三人にそのままカリギュラと戦い続けるよう指示を出す。自分の危機は自分で回避する腹づもりのようだ。避けられる公算など、どこにもないのだが。

 クラウス達三人は、目配せ一つなく意思疎通して、オリヴィエとエレミアでカリギュラの対応にあたり、クラウスをベルカを守るために走らせた。無理を壊して友情を通そうとする、彼らの熱く強い意志が見えてくるかのようだ。

 

 対し、カリギュラは容赦なく攻め立てる。一分と待たずオリヴィエにトドメを刺すペースだ。

 ウーンズは周りを全く見ないでベルカを殺す魔法を撃とうとし、周りを見ない彼の代わりに、ナハトと呼ばれた女性が支援に動く。

 ベルカを守ろうとするクラウスを、邪魔するように。

 

「邪魔をするな!」

 

「いいや、邪魔させてもらう。刃()て血に染めよ。穿(うが)て――」

 

 銀髪が揺れ、赤い瞳がクラウスを見据え、血の刃のような魔力弾が宙に浮かぶ。

 

「――ブラッディダガー」

 

「っ!」

 

 そして、鉄の重さと強度、血のような赤さとおぞましさを併せ持った射撃魔法が放たれた。

 銀髪の女性は無理をせず、クラウスの得意な近接戦を挑むこともせず、中距離から射撃魔法でクラウスの動きを封じる戦法を選んだ。

 クラウスはベルカの下に辿り着くことも、銀髪の女性に近付くこともできない最悪の状況を作り出され、一分一秒を争うこのタイミングで貴重な時間を稼がれてしまう。

 

「どいてくれッ!」

 

「ウーンズ様の邪魔はさせない」

 

 そして、誰にも邪魔されることなく、ウーンズの魔法は放たれた。

 

「今度こそ喰らうがいい! 極大式対代金ベルカ魔法、"破壊の剣・アロンダイト改"ッ!」

 

 魔法陣から放たれるは砲撃。

 それも、少年の記憶が正しければ、八神はやてが使うクラウソラスという砲撃魔法と同種のものであった。

 放たれた砲撃は着弾までの間にギチギチギチと形を変えて、チェーンソーを数十枚重ねたような形状へと変化する。

 

(ぐっ、課金の力に頼りたくないが、ここはオレの金ありったけ溶かして―――)

 

 ベルカはここで、今の自分にできる最大級の魔法防壁を展開する。

 

 だがウーンズは、ぼさぼさの金髪に白衣という容姿が示すように、倫理観が著しく欠如した天才科学者だ。欲望のジェイルが味方に引き込む程度にはイカれていて有能、そんな科学者だ。

 戦闘が苦手であっても、ウーンズはカリギュラと同格扱いされるモラルハザード四天王。

 なればこそ、その魔法は尋常なものではない。

 それが、決定的な一手になった。

 

「対代金ベルカと言ったろう? その魔法は貴様には防げないし、刻んだ傷は治せない」

 

「―――は?」

 

 ベルカが展開した防御の魔法は、濡れたティッシュのように容易く破壊され、アロンダイト改がベルカに迫る。

 防御の魔法を展開するために突き出した右手、アンチメンテが装備されている右手の指先に、チェーンソーを数十枚重ねたような魔力刃が触れる。

 ベルカはその瞬間、反射的に左手で石を砕き、回復の魔法を発動させていた。

 

「あ」

 

 アンチメンテが砕ける。

 回復魔法が作動しない

 指先に魔力刃が食い込む。

 回復魔法は作動しない。

 自分の指先が魔力刃に削り取られていく光景が、やけにゆっくりに見える。

 回復魔法は、作動しない。

 

「―――」

 

 彼の腕が、アンチメンテと共に"削ぎ取られていく"。

 チェーンソーを幾重にも重ねたような魔導回転刃が彼の腕を"削り取っていく"。

 指の骨が弾けて、骨の破片がウーンズの服の裾に当たる。

 腕の骨は砕け散って、無数の断片となり宙を舞う。

 肉はことごとく千々に千切れて、少年の顔や服に当たりながら飛び散っていく。

 吹き出す血は片っ端から回転する魔力刃に切り飛ばされ、大地に染みていった。

 砕け散ったアンチメンテは、もう二度と元通りの形には戻らないだろう。

 

「―――ッ!!」

 

 そして、言葉にならない悲鳴が上がり、それ相応の痛みが少年を襲った。

 

 回復魔法が、作動しない。

 

「ベルカぁッ!!」

 

 腕を無くしたベルカを見て、クラウスが怒り混じりの咆哮を上げる。

 だが、まだ終わっていない。

 ウーンズ・エーベルヴァインの攻撃は、ここで終了する気配がない。

 

「うーん、この魔法、四連射を前提にしたのは設定ミスかね……まあいいか! 死ね!」

 

 代金ベルカ式の防御では防げず、代金ベルカ式の回復魔法で治せない傷を付ける、そんなチェーンソーじみた魔力砲撃が、三連射され、そして――

 

 

 

「ディバイドゼロ・エクリプス」

 

 

 

 ――ひとつ残らず、消し飛ばされた。

 

「なんだとぅッ!?」

 

 突如現れ、いともたやすくウーンズの魔法の"結合を分断"した人物は、そのままこの戦場で最も暴れている敵対戦力……カリギュラ・キングマクベスに向かって突っ込んで行く。

 

「新手か?」

 

「ああ、随分と……遅刻しちゃったけどな!」

 

 新手が手にした銀の大剣を振り、カリギュラがそれを聖王の鎧で受け止める。

 大剣は聖王の鎧の半ばまで食い込んで、そこで止まり、貫通しきらない。

 

(!? 俺のディバイダーで、魔力防御を貫通しきれない!?)

 

(!? 俺の聖王の鎧が、たった一撃で半ばまで貫通された!?)

 

 その銀の大剣は、あらゆる魔力結合を分断し、刃を届かせる魔導殺し。

 光り輝く聖王の鎧は、全ての攻撃を無力化する虹色の絶対防御。

 すなわち、この二つは最強の(ほこ)であり、(たて)であった。

 ぶつかり合ってどちらが上かを決めない限り、この二つは永遠に矛盾する。

 

「お前……何者だ?」

 

 最強の盾を身に纏い、カリギュラが問う。

 

「トーマ・アヴェニール」

 

 最強の矛を携え、トーマが応える。

 

「いつかの未来で、あの人の仲間になる男だ」

 

 ゆらめく時空が、トーマがどこを通ってここにやって来たのかを、如実に語っていた。

 

 

 




【魔法少女リリカルなのはVivid 11巻 memory:54 玉座の王 より】

「ゆりかごがまだ空に上がらないのは玉座に適合する者が見つからないか―――」
「適合者がゆりかごの玉座につくわけにはいかない人たちなのか」

「……??」

 暗い顔を隠しながら何かを匂わせるオリヴィエ、オリヴィエが何のことを言っているのか分からなくて疑問符を浮かべるエレミア、というシーンが有りました
 カリギュラはこの辺から作られています

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