課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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はやての誕生日にAs編終了! よっしゃあ! というのをやろうとしたのですが休日出勤は強敵でした


夏の夜の夢

 昔、昔のこと。

 事件があった。

 高町恭也だけが見ていた、事件の裏側があった。

 

 高町士郎は今でこそ喫茶店の店長であり、街の人達にも愛される地元少年サッカーチームの監督であるが、昔は裏の世界で名を知られた剣士であり、要人のボディガードとして雇われ世界中を飛び回る戦士でもあった。

 戦いの中に生きることを選んだ人間は、その時点で自分がまともに死ねないと覚悟するという。

 その例に漏れず、高町士郎もまた、あるテロにて重傷を負っていた。

 

 一家の大黒柱が生死の境を彷徨うという事件は、高町家に衝撃を与えたらしい。

 士郎の看病、喫茶・翠屋の経営、学業で物理的に時間が削がれていく。

 追い詰められる高町家の皆の心、無くなっていく家族を気遣う余裕、周囲に気遣われないことで増していく孤独感、一向に目を覚まさない高町士郎、心を蝕む焦燥感と閉塞感。

 心もまた削がれていく。

 

 高町家の片隅で、人知れず泣く誰かが居た。

 高町家の部屋の一つで、苦悩と懊悩に頭を抱える誰かが居た。

 高町家で、この現状を変える何かを求め、祈っていた誰かが居た。

 

 そんな日々の果て、高町恭也は夜の病院で一人、高町士郎に魔法をかけていた少年を見た。

 

「お前……」

 

「もう少しで治せるので、待っていてください。キョウさん」

 

 少年はその日、課金回復魔法を初めて使ったという。

 必要は発明の母だ。彼が人の命を救う代金ベルカ式の回復魔法を作った理由は、幼い頃から自分の面倒を何度も見てくれていた、二人目の父親のように想っていた、大切な人だと想っていた、高町士郎を救うためであったのだ。

 

 恭也は士郎の傷が癒えていくことにこそ驚いていたが、少年が魔法を使っていることには驚いていない。彼はどうやら、少年の魔法について知っていたようだ。

 まあ、人前で他の人には見えない虚空のガチャを回してウヘウへ笑うことを躊躇わないようなサイコ野郎が、家族のように親しい人の前で魔法の秘匿を徹底するわけもない。

 何せ幼少期、少年が初めて魔法を見せたのはなのはで、その次が恭也だったのだから。

 

「皆には黙っておいてください。

 オレ、今の気楽な関係が好きなんですよ。

 適当で、気兼ねなくて、負い目とか貸し借りとか無い、今の関係が」

 

「……分かった」

 

 恭也は秘密にすることを約束し、そのおかげか、少年が高町士郎を救ったという事実が明るみに出ることは、この先ずっと無かった。

 それでいい。

 この少年は、高町家に恩を着せるつもりはない。

 ありがとうと言われようとすら思っていない。

 事実をそのままに述べるなら、この頃の少年は傷付いた高町士郎を見て、治したいという気持ちは抱いても、痛ましさを感じるということはしていなかった。

 

「キョウさん、オレ……士郎さんを助けられたんです」

 

「どういうことだ?」

 

「あの時、ピックアップで引けなかったらどうなるかなんて、考えもしなかった」

 

 課金少年は、幼少期に自分の能力の全てを恭也に伝え、相談していた。

 恭也はそれに"隠すべきものは隠すべきだ"と助言を送り、そのおかげで、常識が定期的に揮発しているこの少年から地球人に魔法の存在を知られるということは抑えられていた。

 なので、恭也は少年の能力についてだいたい知っている。

 そのため、恭也は少年の言葉足らずな言葉から状況を理解できていた。

 

 つまり。課金少年のガチャに、『高町士郎』が並んでいたのだろう、ということ。

 

 それを引いていれば、この悲劇は回避できていたのだということだ。

 

「もっと回していれば……チャンスが一度切りなら、借金してでも回すべきだったのに……」

 

 現代においても少年はズレにズレているが、この時期の少年はそれに輪をかけてズレていた。

 

「なっちゃんが、泣いてました」

 

 高町なのはが泣いて初めて、高町士郎を救わなかったことを明確に後悔したくらいには。

 

「あれは、オレが泣かせたんでしょうか……」

 

 少女の涙は、魂からして歪んだ少年の心を鍛冶屋の鎚の如く叩き、僅かに打ち直していた。

 

「お前のせいじゃない」

 

 課金少年は苦笑して、なのはを泣かせたことを自嘲する。

 だが高町恭也は、そこに苦笑以上の感情を見た。

 恭也は、家族ぐるみの付き合いがある隣の家の夫婦の間に生まれたこの少年を、赤ん坊の頃からよく知っている。

 

 この少年が二本の足で歩けなかった頃から、恭也はこの少年の頭を撫でてやっていた。

 赤ん坊の頃泣いていたこの課金少年を、抱き上げてあやしてやったこともある。

 夏には小遣いでアイスを買ってやる恭也の姿も、それに喜ぶ少年の姿も見られた。

 二人は兄弟のようでそうではない、学校における先輩後輩のような距離感で、今日までとても仲良くやって来た。

 

 だからだろうか。

 そんな高町恭也の"お前のせいじゃない"には、とても熱い気持ちが込められていた。

 

「人を傷付けた罪というものはある。

 だが、人を守れなかったことも、人を救えなかったことも、罪じゃない。

 それを罪にしちゃいけない。

 でなければ……この世界に生きてる誰もが、罪人になってしまうんじゃないか?」

 

「……」

 

 救えなかったことは罪ではない。

 当人がいくら罪悪感を感じようが、第三者がいくら責めようが、その事実は変わらない。

 少なくとも、高町恭也はそう思っている。

 なのだが、少年は恭也に言われたその言葉をきっかけに、自分の考えを変えはしなかった。

 

「……」

 

 少年は苦笑したまま、無言のままだ。

 恭也の言葉を聞いているし、受け止めているが、それで心を揺らしていない。

 少年の中では、もはや決定事項なのだ。

 なのはを自分が泣かせたということも。

 高町士郎を救えなかったこと、否、救わなかったことは、自分の落ち度であるということも。

 恭也が何と言おうが、そこの認識は揺らがない。

 

 これから先、何年もかけて周囲の人間の影響を受け、この少年が変わっていくことがあったとしても、今この瞬間、少年は多くの想いを自分の中で完結させていた。

 100人から間違っていると言われても、自分のやり方を貫こうとする性情は、この頃からずっと少年の中に在ったのだ。

 

「……はぁ」

 

 恭也の言葉はすぐには少年の心には影響を及ぼさない。

 この言葉が種となり少年の心に芽を出すには、少年がクロノの父を救おうと無謀な選択をし、クロノに止められる事件を待つ必要があった。

 恭也は溜め息を吐き、この少年が今より少しだけマシな人間になれるまでは、この少年の保護者でいようと決める。

 

「分かった。お前が今日のことを忘れられるまで、俺が助けてやる」

 

「え?」

 

「きっと、多くは助けられないだろう。

 俺が自信を持てるのは腕っ節くらいだが、こんな世の中だ。

 物騒な事柄より、平凡な事柄でお前を助けることの方が多くなるかもしれない」

 

 なのはの涙が、少年の心に良くも悪くも影響を与えた。与えてしまった。

 ならばなのはの兄として果たさなければならない責任があると、恭也は思う。

 

「だが、俺はお前の味方になってやれる」

 

 彼はいい人だ。

 いい兄貴分だ。

 きっと課金少年よりずっと、物語の主人公たる資格があるだろう。

 何故ならば、彼は戦おうが戦うまいが他人の救いになれる、助けになれる人間であるからだ。

 そのため、彼の言葉は非常に的確に的を射ていた。

 

「忘れておけ。なのはを笑顔にできるお前は、今日見たなのはの涙を、忘れるべきだ」

 

 放っておけば、いつかこの少年は絶対に破滅する。そういう予感が、恭也の中にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レティ・ロウランは、リンディが呼んでいた援軍である。

 彼女は闇の書の欠片が海鳴で虐殺を起こそうとしたのを阻止するという、奇跡的なタイミングで最高のインターセプトを見せていたが、彼女が次元航行船に乗って来てくれたこともまた、アースラチームにとって大きな助けとなってくれていた。

 今のアースラは通信も怪我人の収容もできないため、文字通りの渡りに船である。

 

 レティの艦に怪我人達が収容され、片っ端から治療されていく。

 この段階では少し休みを取ったアースラの医療スタッフ、シャマルや課金少年なども協力し、怪我人を治すために不眠不休で治療にあたっていた。

 それから数日後。

 回復力のある未成年の少年少女達は元気に事後処理に走り、いい歳して無茶した者達はまだ医務室に押し込められているという、ちょっと笑える光景が出来上がっていた。

 

「若いもんは凄いねえ……」

 

「ちょっとロッテ! 老けこんだこと言うのやめて!

 周りからあなたと私は同い年に見られてるんだから、私まで老けこんだ風に……」

 

「いやさー、なんかもう、色々どうでもよくなってきたっていうか……

 肩の荷が下りたっていうか……なんか鎖で縛られてた体が、自由になった感じ?

 もう隠居してのんびり暮らして、弟子からかいながら土弄りでもして暮らすのもいいかなあと」

 

「ロッテえええええええええええっ!!」

 

「ふむ、それもいいかもしれないな……隠居か……」

 

「父様ああああああああああああっ!?」

 

 グレアム、ロッテ、アリア。

 主人であるグレアムは見た目と年齢に差異が無いが、使い魔であるロッテとアリアは見た目と実年齢の乖離が中々にひどい。

 全員体にガタが来始めている歳であり、瀕死の重傷を負いながら戦っていい歳ではなかった。

 何十年という時間は人間ならば加齢、魔法生命体なら術式の劣化を引き起こすのだ。

 

 具体的に言えば、三人とも昔ほど油っぽいものが好きではなくなっており、筋肉痛が遅れて来るようになっており、昔のように徹夜できなくなっていた。

 特にロッテは弟子のおかげか"あーなんかもう色々と終わったなー"といった感じの雰囲気になっており、とても気楽な様子で寝転がっている。

 

 今のロッテはババ臭い。

 おばさん臭いを通り越してババ臭い。

 外見が見目麗しく若い獣系美女であるため、ギャップが酷い。

 百年の恋が冷めすぎてエターナルコフィンするレベルだった。

 

「あら、これお弁当に入れてはいけないのね……初めて知ったわ、リンディ」

 

「そのおかずは足が早いのよ、プレシア。夏場は危険ね」

 

「リンディはクロノのお弁当に何を作ってあげることが多かったのかしら?」

 

「そうねぇ、唐揚げと―――」

 

 グレアム一家があれこれ"将来の話"をしている横で、ベッドに腰掛けたプレシアとリンディが、弁当のおかずレパートリーを増やすママさん料理雑誌を読んでいた。

 この二人もグレアム達ほどではないが、治療期間が長引いた組である。

 二人は年齢に加え、体を動かす鍛錬をしばらくしていなかったのが災いした。

 この辺りからもう、無茶をするには厳しい年齢である。

 

 ちなみにクイント・ナカジマは事件の翌日早朝にはミッドに帰って行った。

 ちょっと寝て起きて沢山食って即ミッドでの仕事を消化しに行った辺り、プレシアやリンディとクイントの鍛え方が根本的に違うことが伺えるだろう。

 物理系ママ(暴力)は物理系ママ(学者)とは違うのだ。

 

「ああ、そうだわ。リーゼロッテ、リーゼアリア、二時間後に転送ポートの予定取れたわよ」

 

「はい、分かりました」

「あいよ」

 

「あら、プレシア……それにリーゼ達も、どこかに行くのかしら?」

 

「ええ。何なら、リンディとグレアム提督も一緒に来るといいわ」

 

 プレシアは課金少年が見舞いに持って来たチロルチョコ(きなこもち)を口に放り込み、不敵に笑う。

 

「闇の書事件は、まだ終わっていないのだから」

 

 不敵に笑う彼女の左手には、次に食べる予定のチロルチョコ(ミルク)が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとばかり昔のことだ。

 八神はやてが少年をギルドに誘った事件があった。

 『きっかけ』ではない。『事件』である。

 

 ソシャゲのソロ信仰プレイヤーだったはやてがギルドを作るなど、それだけで普通ではない。

 エロ本を拾い集めて孤独のグルメだった男子中学生が、高校に入って彼女が出来てダブルアーツを覚えたに等しい事件だ。エロフェンリートもかくやである。

 ソロプレイをやめて複数プレイに走るというのは、そういうことだ。

 

 逆に言えば、昔それだけの事件があったのだ。

 少年とはやてが現実で出会った時、少年の方だけが驚いていて、はやてだけがはんなりと笑っていた理由もそこにある。

 

「へーきへーき、私は、八神はやては強い子やから。パパもママも、そう褒めてくれたんや」

 

 まだヴォルケンリッターも現れていない、ソシャゲで他人とチャットしたこともない、はやてが本当の意味で孤独だった頃。

 はやての心が折れかけていた頃。

 彼女は車椅子を押して、商店街を通り、好きな本が並んでいる図書館に向かっていた。

 

「……私、寂しいんやろか」

 

 ポツリと呟かれた彼女の声を聞き届けた者は居ない。

 仮に聞こえたとしても、良くて目線を向けるだけで、その言葉に応えることはしないだろう。

 それがまた、はやての孤独感を倍増させる。

 はやては寂しさを抱えながら、車椅子を動かして行った。

 

「……?」

 

 その途中、商店街の入口が何やら騒がしいのに気付き、そちらに足を向けてみる。

 

「止めてくれるななっちゃん!」

 

「ダメー! 絶対ダメー!」

 

「士郎さんにカードを取り上げられた今! オレはギルドに手を出さなければならんのだ!」

 

 だがそこには、はやての予想を遥かに超えた光景が広がっていた。

 何やら文字列と数列が書かれたチラシを手にして前に進もうとする少年と、叫ぶ少年を後ろから羽交い締めにする少女が見える。

 それが"ソシャゲのアカウントIDを書いたチラシで仲間を募集しようとしている"のだと、八神はやてが理解するまでに、十数秒の時間を要した。

 

 とあるソシャゲでは今回から、イベントに二人以上で参戦すると有利になる仕様になっていた。

 その仕様を知っていたはやてですら理解に時間がかかったのだから、普通の人には少年の主張がまるで理解できていないだろう。

 課金を封じられた少年は、課金の代わりに仲間を求めていたのだ。

 

「誰か! 誰かオレをギルメンに誘ってくれませんかー! オレに誘われるでもよし!」

 

「かっちゃーん!」

 

「イベ限定の品は今この瞬間にしか手に入らないんだ!

 いわば世界に一つだけの花!

 ナンバーワンよかオンリーワン! 輝かしい菜の花みたいなもんなんだ!」

 

「スマップの皆さんと私の名前に謝ってえええええええええええ!!」

 

 何と恐るべきことに、課金少年はリアルでチラシ配りとチラシ張りを行い、ギルドメンバーを募集するという狂気の沙汰に出ていたのだ。

 明智光秀が「いや特に何も考えてなかったっすよ、殺せばどうにかなるかなあと」と発言するに等しい狂気。もはや正気が見当たらない。

 イベ中に課金を禁止された結果生まれた、ソシャゲの闇そのものとでも言うべき狂気であった。

 

(あ、あれは……海鳴のシド・ヴィシャス……!)

 

 脳味噌がタミフルで出来ているような少年を見て、はやてはドン引く。

 だが同時に、彼女視点その少年はとてつもなく楽しそうにも見えた。

 課金を禁止された逆境を、少年は苦しみながら楽しんでいる。

 その顔に浮かんでいるのは、間違いなく笑顔だった。

 

「……」

 

 八神はやてにとって、かの少年は、"この世界で一番人生を楽しんでいる人"だった。

 人生が楽しくない人も巻き込んで、楽しい日々を作ってくれそうな人だった。

 爆死も大当たりも込みで人生を楽しむコツを知っている人だった。

 

 そしてその時のはやては、人生を楽しんでいない人間だった。

 

 だからだろう。はやてが彼に憧れたのは。羨ましいと、そう思ったのは。ソシャゲで彼にメッセージを送り、仲間になろうと思ったのは。

 

 その日から、はやての日々は、ほんのちょっとだけ楽しくなった。

 

 その数日後から、はやては月500円の微課金兵になった。

 

 

 

 

 

 はやてから聞いたそんな話を思い出しながら、リインフォースは夏の夜の道を走る。

 じわりと蒸し暑い。今は人体を再現した体で動いているリインフォースの肌はほんのりと赤くなり、そのこめかみ辺りからつつつと汗が垂れた。

 垂れた汗は蠱惑的に首を伝い、すぅっと鎖骨辺りを流れ、胸元を大きく開けた服を避け、大きな胸の谷間に流れ落ちる。

 汗を拭う間も惜しむように、息を切らせたリインフォースはただ走った。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 リインフォースだけではない。

 他の者達も皆、課金少年を探して走っていた。

 

 "闇の書を本当の意味で終わらせるにはリインフォースを死なせなければならない"。

 その事実が明らかになった時、少年はここからが本当の戦いであるということを理解した。

 今日までが期限の期間限定ピックアップの景品欄に、リインフォースの名前があった理由を、彼は理解したのだ。

 救いたいのなら引けと、世界に言われているかのようだった。

 

 ガチャには「期間限定!」「今だけ!」「ライバルに差をつけろ!」「SSRを超えるUR実装!」「『SSR 祝福の風の心』『SSR 祝福の風の愛』『SSR 祝福の風の希望』『SSR 祝福の風の未来』を揃えると……?」「既存のSSR~R、要望に応え大サービスで排出率アップ!」といった文面が所狭しと並んでいた。もはや悪意しか感じない。

 文面が完全に殺しに来ている。

 SSR四枚によるコンプガチャ、しかもそれで手に入るのがSSRより更に排出率の低いURを『引く権利』だけだというのだから、どこもかしこも絶望が満ちている。

 ……つまり。

 ここからが本当の、『ソシャゲの闇の書』との戦いであるということだろう。

 課金少年は、ここからソシャゲの闇に打ち勝たねばならない。

 

 少年からガチャ詳細を聞いた多くの者達が、少年を止めた。

 少年が引けなければ死の運命を回避できないリインフォースですら、少年を止めた。

 こんな馬鹿げたガチャを引く必要はない、と。

 そこで少年は、はやてを見た。

 リインの死の運命を聞き、けれどそれを回避するために少年に破滅のガチャをさせるだけの図々しさもなく、少年を止めることも後押しすることも出来ず、悩んでいるはやてを見た。

 

―――はやはや、ちょっと待ってろ。必ず助けてくるから

 

 そして少年は皆の前から姿を消した。

 誰にも邪魔されないところでガチャを回し、自身の破滅覚悟でリインを救おうとしていることは明らかだった。

 ゆえに、皆が少年を説得するため探し回っている現状がある、というわけだ。

 

 誰もが確信していた。やべえ、あいつ破産する、と。

 

(……! 見つけた! ……? いや、もう既に、誰かと話している……?)

 

 リインフォースは立ち止まり、息を整えている最中に、ようやく目的の人物を見つける。

 汗で張り付く髪をかき上げ、服の胸元をつまんでパタパタと風を送るリインの視線の先には、課金少年と、少年に向き合う高町恭也が居た。

 リインは空気を呼んで、少しだけその場に佇んで待つ。

 

「止めないでください。もう覚悟は出来ています」

 

 恭也が自分を止めに来たのだと思ったのか、少年は恭也を睨んでそう言う。

 だが恭也は、何かを言う前に少年に何かを投げ渡してきた。

 少年は目を見開いて、それを受け止める。

 覚悟を決めた少年に恭也が投げかけたのは言葉ではなく、恭也がここ数年アルバイトなどをしてこまめに稼いだ金の入った、キャッシュカードだった。

 

「知ってるさ、お前のことは」

 

 もはや少年は止まるまい。

 

「お前は欲しい物のためなら、欲しい未来のためなら、欲しい笑顔のためなら、死ねるんだろ?」

 

 高町士郎の傷が治されたあの夜から、いつかこんな日が来るだろうとは思っていた。

 恭也が投げ渡したキャッシュカードは、彼にできる精一杯の援護である。

 少年はきょとんとした顔をして、恭也から後押しされた事実に遅れて気付き、ニカッと笑った。

 

「はい」

 

「だから言うぞ。死ぬな」

 

「はい!」

 

 少年はアンチメンテのホルダーに恭也のカードとグレアムのカードをセットし、代わりにそこから自分のキャッシュカード、クロノから返還された過去の自分のキャッシュカードを引き抜く。

 そこで彼は、木の影からこっそりこちらを覗いているリインフォースの存在に気付いた。

 

「……カキンフォース」

 

「リインフォースだ。なんだその名前は」

 

「冗談だよ。ちょっと待ってろ……今、全部片付けてくるから」

 

「いい、やめろ、私はお前の身を削ってまで生きる気は……」

 

「うるせえそこで座ってろ。課金兵の楽しい楽しい課金タイムの邪魔すんな」

 

「なっ」

 

 止めるリインの言葉に全く耳を貸さぬまま、少年は二枚のカードを重ね合わせる。

 過去のキャッシュカード。

 現在のキャッシュカード。

 二つの金の力が、過去の彼の力と現在の彼の力が、今一つに。

 

「アンチメンテ、キャッシュフォーム! しょっぱなから飛ばしていくぞ!」

 

 過去と現在(いま)の力が一つになった輝きを、少年は課金スロットに差し込んだ。

 課金に輝きが放たれ、金が溶ける音がする。

 今ここに、闇の書事件の最後を飾る凄惨な戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こつっ、と小さな音がする。

 それは残高の無くなったキャッシュカードが、コンクリートの上に落ちる音だった。

 

「もうやめろ、少年!」

 

 既に落ちたキャッシュカードの上に、更にもう一枚キャッシュカードが落ちる。

 二つの自分の力を重ね放つツインドライブ課金、通常の三倍速度で口座残高を減らすトランザム課金も、リインフォースを救うには至らなかった。

 少年は途方も無い喪失感に膝をつき、苦しげに表情を歪ませる。

 

「ぐっ……流石にSSR四枚引いてからUR引くってのは、キツいな……!」

 

「こんなクソガチャに大真面目に挑む方がどうかしてるんだ! やめろ少年!」

 

 キャッシュカードと同じように排出された通帳が地に落ち、開かれた。

 そこには今日まで何度も金を振り込んでは引き出した、少年の金の動きの軌跡、言い換えるならば少年の人生が刻まれている。

 だが今は、どちらの通帳にも一番下に0という数字が刻まれていた。

 全てがゼロになるという絶望は、人の心を折って余りあるものだが、この程度でくじけていては課金兵などやってられない。

 来月の携帯料金のことは一旦考えないようにして、少年は新たに二枚のカードを引き抜いた。

 

「課金兵がガチャに挑む判断基準は、良ガチャかクソガチャかじゃあない。

 そこに欲しい物があるか、そうでないかだ! クソガチャだろうが、欲しい物があるならッ!」

 

 少年は恭也の金とグレアムの金を併用して課金し始める。

 地球の金とミッドの金が高度に交じり合い、ガチャに溶けていく。

 

「出ろ」

 

 だが、出ない。

 

「出ろ……」

 

 祈るように回しても、願うように回しても、すがるように回しても、全く出ない。

 

「出ろ……!」

 

 "またこいつか"とダブリに苛立ち、"あ、これ今まで引いたことないやつ"とちょっとした喜びを得ながら、"違う、お前じゃない"と引いたSSRなのはを胸ポケットに投げ入れていく。

 ガチャから出て来た狙い以外のゴミを平行して処理しつつ、少年は回す。更に回す。これでは足りないと言わんばかりにガチャの回転数(ケイデンス)を更に30上げた。

 それでも、出ない。

 

「出てくれっ……!」

 

 『出ろ』という恫喝が『出てくれ』という懇願になってしまえば、出るものも出ない。

 ガチャを回す者が陥りがちな失敗で、課金兵がやるはずもない醜態だ。

 少年はそれに気付いてもいない。

 気付いたのは、呪われた闇の書の中で幾千幾万の課金兵達の末路を見てきた、嫌な経験が豊富なリインフォースだけだった。

 

(これは……)

 

 溶けていく金。

 出て来ない目当てのもの。

 リインフォースは、少年の背中にいつかどこかで見たものを見る。

 

(これは、まさか……!?)

 

 リインフォースは"自分が救われないこと"を確信する。

 そして救われない自分と共に、少年が地獄に落ちてしまう可能性に気付き、焦燥と絶望を顔に浮かべて少年の腕を掴んで止めた。

 

「離してくれ」

 

「いいや、離さない。もうやめろ! こんなもの、排出率0%と変わらない!」

 

「何だって?」

 

 腕を掴み上げられ、物理的に課金を止められた少年がリインを睨む。

 だがリインも、負けじと睨み返す。

 その目には、少年に対する思いやりと優しさと、惜しみのない感謝が滲んでいた。

 

「もういい。もういいんだ。お前に私は救えない。

 それはお前が悪いからではなく、お前が良い者であるからだ」

 

「は? 何だ突然、オレのことを分かった風なことを言って……」

 

「分かるさ」

 

 少年がリインフォースを救えない理由。

 その理由が既に、リインフォースの心を救っていた。

 

「お前が私を救えないのは、お前が私の救いを欲してくれているからだ」

 

「……っ」

 

「お前は、狂うように何かを、誰かを想うのだな」

 

 少年は闇の書の闇との戦いで、激情を脳波から切り離す術を得た。

 そして生まれつき、欲望と脳波を切り離す術を知っていた。

 だがここに来て、彼の生涯で初めて、"欲望のようで欲望でない感情"が屹立してしまう。

 

 『リインフォースを救いたい』という強い想いが、彼にも制御出来ない大きさの情動となってしまい、逆に彼の足を引っ張ってしまう。

 最悪の事態。

 よりにもよってこのタイミングで、『物欲センサー』が発生してしまっていた。

 

「だからもういい。その気持ちだけで、十分だ」

 

「……っ」

 

 高町士郎の名をピックアップガチャで見かけ、何故引くことができなかったのか?

 クライド・ハラオウンを、少年は全財産を溶かしてなお何故救うことができなかったのか?

 アリシアとティーダという赤の他人は、何故あっさりと救えていたのか?

 その理由がここにある。

 

 少年はなのはを中心とした他人との触れ合いに、ほんの少しだけ影響を受けていた。

 それが彼の中に、正の方向性の感情、彼の中に今まで無かった感情の種を撒いていた。

 高町恭也の危惧した通り、それは少年に良い影響も与えていたが、逆に"物欲センサーが発動した状態で出ないガチャに挑み続ける"という惨状も生み出してしまっていた。

 

 欲望であって欲望でないもの。

 誰かを救いたい、大切な人を守りたい、こんな未来が欲しいという欲望。

 それが、少年の中でかつてないほどに膨れ上がり、物欲センサーを発動させてガチャの確率を捻じ曲げる。

 

 歯を食いしばり、闇の書の闇をたった一人で打倒したなのはの背中が。

 一人ぼっちでもヴォルケンリッターに立ち向かったフェイトの背中が。

 そんなフェイトの後に続き、主の背中を守っていたアルフの背中が。

 無限書庫で懸命に書籍を探していたユーノの背中が。

 信念を口にし戦っていたクロノの背中が。

 主のため、どんなに苦しくたって頑張り続けたヴォルケンリッターの背中が。

 震える心を奮わせて、勇気を出して立ち上がったはやての背中が。

 

 "子供の命と子供が願ったものを守るため"戦った大人達の背中が。

 

 彼の記憶の中の仲間達の背中が、少年の中に正の情動を生み、物欲センサーを発動させる。

 

「戻ろう。皆が、お前の友たちが、お前のことを探している」

 

「―――っ!」

 

 アリシアの時のように、どうでもいい他人の生き死になら、十万程度で引けるのに。

 どうでもいいものだと認識して引けば、安い金で引けるのに。

 "引きたい"という気持ちが正の方向の欲望から出たものであると、途端に彼の引きは弱くなってしまう。

 

「それは、その言葉は……!」

 

「……?」

 

 加え、リインフォースの言葉は偶然にも少年の中の記憶を呼び覚ましてしまう。

 

―――その気持ちだけで十分だ。僕も、母さんも、父も……その気持ちだけで救われている

―――行こう。みんなも、君のことを探している

 

 もう一度、今度は、今度こそ、そんな気持ちが少年の内に湧いて来る。

 課金兵としてガチャに挑むのではなく、一人の少年として挑んでしまっている時点で、まともなやり方では引けるわけがないというのに。

 

「やめてくれよ」

 

「少年?」

 

「気持ちだけで救われた気になんて、ならないでくれよ……!

 その言葉は救われた気持ちにしてくれるけど、オレは……!」

 

 現実を受け入れ、最善ではない次善を受け入れることが一種の強さであるのなら。

 この少年はその強さを持っていない。

 課金少年は、クロノ・ハラオウンにはなれない。

 

「邪魔だ!」

 

 少年はリインの手を払って更に回そうとする。

 リインはそれを止めようとする。

 二人の意志は対極で、どちらも一歩も譲らない。

 

「私を救おうとする必要はない。運命は既に受け入れている。だから……」

 

「オレは、お前を救うためだけにやってるんじゃない!」

 

 少年は苦痛を感じ、後悔を思い出し、ままならない現実に懊悩しながら、笑っていた。

 これでこそガチャだ、出ないのを無理矢理に出させるのがガチャだ、とでも言わんばかりに。

 

「オレが楽しいからだ! だからガチャを回してる!

 オレがお前に生きていて欲しいからだ! だからガチャを回してる!

 オレが誰にも泣いて欲しくないからだ! だからガチャを回してる!

 金を失う負担も、お前を救えなかった時の責任も、課金を続けるかどうかを選ぶ権利も!

 全部オレだけのものだ!」

 

 少年の脳裏に、クロノの父の存在が、なのはの父の存在がチラつく。

 

「だから、どいてろ」

 

 少年の脳裏に、クロノの父の存在が、なのはの父の存在がチラつく。

 

「オレは、お前のためにやってるんじゃない。

 お前が救われることで一番喜ぶのは、きっとお前じゃないんだから」

 

 少年の脳裏に、クロノの父の存在が、なのはの父の存在がチラつく。

 

「―――」

 

 リインフォースが息を呑む。

 彼はリインに自分を止める権利がないと言い、リインを救えなかったのならそれは自分が悪いのだと言っている。周りを気にしない、根本的な部分で誰にも迎合しない彼らしい。

 息を呑んだ彼女の脳裏に浮かぶのは、リインが消えることで泣いてしまうであろう、主の姿。

 

 なのはの父が彼の心に残っていたのは、少年がなのはを大切に想っていたから。

 クロノの父が彼の心に残っていたのは、少年がクロノを大切に想っていたから。

 ならば、少年が今物欲センサーに引っかかっている最たる理由は、少年がはやてを大切に想っているからに他ならない。

 リインが救われることで一番喜ぶのはリインではなく、八神はやてなのだから。

 

 ああ、そうだ。

 誰かが死んで一番悲しむのは、死を覚悟したその人ではない。

 その人を大切に想っていた誰かなのだ。

 クライドの死を一番悲しんでいたのはクライドではなく、士郎の大怪我に一番悲しんだのは士郎ではなく、リインの死を一番悲しむのはリインではない。

 

 それを理解したリインはもう、「自分を助けなくていい」なんて言えやしない。

 

「……もしも、今日お前が救われて。

 何年か経った後、お前が今日のことを振り返って。

 "あの時助けてもらってよかった。今が幸せだから"

 と、そう思えたなら。『そんな未来』があるのなら――」

 

 少年は全ての口座の金を使い果たし、なお心折れず。彼はアンチメンテを高く掲げ、叫ぶ。

 

「――金で買えない『そんな未来』を金で買えるのは、今この瞬間だけなんだ!」

 

 アンチメンテが、禁断の"赤い輝き"を解き放った。

 

「オレは死なない、オレは負けない……オレ達は! 絶対に欲しい物を掴むんだ!」

 

 終わりが始まる。

 負と正が別れる。

 プラスの口座残高と、マイナスの借金額が共にその数字を引き上げていく。

 そう、これこそが、誰も見たことのない彼の奥の手。負のジョーカー。

 

 

 

「アンチメンテ! リボルビングフォームッ!」

 

 

 

 ―――リボ払い、解禁。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『リボルビング払い』。

 それは、ソーシャルゲームの界隈にて、稀に話題になる借金方法である。

 理屈は簡単。

 毎月決まった額の金を返済し、借金を返していくというだけのことだ。

 だがこれが、仕組みを理解していない人間が利用すると最悪の事態を招きかねないものなのだ。

 

 毎月定額を返す返済方法は、一見無理なく返済できるやり方であるように見える。

 だが、例えば返済額が利息とほぼ釣り合ってしまうと、何度返済しようが金の返済が進まず、長く長く搾り取られる奴隷と変わらない状態になりかねない。

 返済時に手数料というものもあり、例えば百回分割で返済する方式で一回の手数料が千円だと仮定すると、借りた額とは別に十万円を支払う必要が出てくる。

 更には、借りた額が増えると月々の返済要求額を増やしてくることもある。

 無理なく借金したつもりが、これで首が回らなくなるなどザラだ。

 

 『利息が目に見えてこない借金』。

 この一点において、リボルビング払いは最強にして最恐と言われ、怖れられている。

 どんな世界であっても、リボ払いはカードローンより気軽に借金でき、カードローンよりもえげつない集金が行われる借金形式であるということだ。

 

 とはいえ、上記の例え話はあくまで例え。

 仕組みをちゃんと理解した上で使うなら、地球のリボ払いはそこまで恐ろしいものではない。

 地球のリボ払いは。

 あくまで地球のリボ払いは、だ。

 アルハザード文化を祖に持つリボ払いは、これとはまさに次元が違う。

 

 少年が使うアルハザード由来の課金魔法、リボルビングフォームは、アルハザードを絶滅に追い込んだ課金文化の一部を体現する借金形態だ。

 このフォームは借金という形で金を生み出すことができる。

 ただし、利息や手数料などの設定を使用者が"知ることはできない"。

 知ることができるのは、借りた金の額だけだ。

 

 最悪、一万円借りた場合の利息が百万円なんてこともありえる。

 にもかかわらず、アルハザードの時代に、これを使用した者は非常に多かった。

 

 ある者は、家族をガチャで蘇らせられる可能性にすがった。

 財産を溶かし、家を売り、家財を売り、友人知人に金を借り、それでも物欲センサーに引っかかってしまったせいで家族を救えず、全てを失いながらリボに頼って終わって行った。

 ある者は、ソシャゲを楽しみすぎた。

 何も考えずにリボに頼り、最初は返済できていたものの次第に生活が厳しくなり、ソシャゲをやるために生きていた人生が、いつの間にか借金を返すための人生になり、終わって行った。

 ある者は、研究のために課金をしていた。

 特殊なガチャで得られるレアアイテムが科学の発展に繋がると知り、課金してそれを引こうとして、物欲センサーに打ちのめされ、挫折した。

 そして自分が頭脳ではなく金に頼って真理を探求していたことに気付き、リボの返済期限が来る前に首を吊り、自殺した。

 

 アルハザードは、こうして人知れずボロボロになっていった。

 

 リボルビングフォームは、借金の返済を待たない。

 設定された返済期限を一秒でも過ぎれば、その時点で終わりだ。

 返済できなかった者の末路は、誰も知らない。

 ただひとつ言えるのは、リボルビングフォームの返済を行えなかった者は、どこに行くか分からないということだけ。

 

 そしてリボルビングフォームの恐ろしさの全てを、懇切丁寧に教えてくれる者など居ない。

 少年は本能でこの力に辿り着き、その性質の一部を理性で、その本質を感性で理解していた。

 彼のリボルビングフォームに対する認識は、"一度発動して借金すれば十中八九自分は終わる"という確信のみだ。

 赤い光が、少年の未来と引き換えに膨大な金を与える。

 

「このバカ、借金だなんて何考えて―――!!」

 

 恭也は声を上げるが、少年は構わずガチャを回すのを再開する。

 

「欲しい物があって、人がそれに手を伸ばし、それに手が届かなかった時!

 希望を、チャンスを人にくれるのが、課金なんだ!

 リインフォースが生きる未来を、皆が求めてる! オレだってそうだ!

 なら、誰もが欲しがる最高に価値のある結末(レア)を手にするために、オレは何度だって回す!」

 

 もう四枚のSSRは引いた。

 あとはSSRを超えるURを引くだけだ。

 それだけで、リインフォースは救われる。

 ……だがその『最後の一枚』が、とてつもなく遠い。

 

「みんなが、頑張ったんだ」

 

 なのはが、フェイトが、クロノが、ユーノが、アルフが、はやてが、ヴォルケンリッターが。

 大人達が、名も無き局員達が、それ以外の誰もが。

 

「なのに『最高の結末(レア)』が来ないなんて、おかしいだろ」

 

 ギリッ、と食いしばられた歯が嫌な音を立てる。

 

「オレは課金厨のソシャゲ廃人だ。クソの中のクソだ。だが、クソにはクソの矜持がある」

 

 彼は立派な理由でも頑張るが、クズい理由でもまた頑張る。

 借金してまで回そうとする心は、まだまだ奮い立っているようだ。

 

「あれが欲しいと言っておいて、引けないまま撤退するなんて、課金兵の恥だろ……!」

 

 背中の傷は剣士の恥だぜ、と言わんばかりの鬼気迫る形相。

 課金ガチャの回しすぎて死死損損。一刀流居合もびっくりだ。

 

「ぐ、ぎ、ぎ……!」

 

 だが、他人の救いを求める善なる欲望が、物欲センサーに引っかかって邪魔をする。

 闇の書の闇が砕けなかった『想い』と同種のものが、少年の邪魔をする。

 ああ、そうだ。

 闇の書の闇でも砕けなかった『それ』を、この少年がどうして砕くことができようか。

 

 想いに限界はない。

 しかし口座の預金にも、リボで借りられる金にも、限度はある。

 一人の力では所詮、ここまでが限界だ。

 

(クソ、このままじゃ、すぐに借りれる限度額に……!)

 

 一人の力には、限界がある。

 

「本当にやめるんだ少年、破滅するぞ!」

 

「笑えよ、リインフォース……笑えてる内は、悲劇じゃない……!」

 

「……!?」

 

「オレは確かに苦しんでもいるが……同時に楽しんでもいるぞ……!

 っ、苦しさと楽しさが両立するのも、課金の醍醐味の一つ……!

 乗り越えられなきゃ悲劇、乗り越えられたならただの試練だ……!」

 

 一人の力には限界がある。

 だが、そんなことは瑣末なことだ。

 なら一人で頑張るのをやめればいい。

 闇の書の闇だって、一人で倒せたわけではないのだから。

 

 課金で消耗し震え始めた少年の手に、少女の手が重ねられる。

 

「な……なっちゃん?」

 

「……私だって! 方法があるなら、リインフォースさんを助けるの、諦めたくないよ……!」

 

 少年がなのはの体温に驚き、周りを見渡すと、恭也とリインしか居なかったその場所に、いつの間にか多くの人が集まっていた。

 見れば、恭也の手の中に携帯電話が見える。

 彼が課金少年を見つけた時点で、皆が恭也に呼び寄せられたのだと見るべきだろう。

 

「私も居るよ」

 

「フェイフェイ」

 

「Kさんだけに、ええカッコさせんで」

 

「はやはや……」

 

「リインを救いたいと思ってるのは、お前だけじゃないんだぜ」

 

「コーホー」

 

「みんな……!」

 

「こ、これが友情パワーか……」

 

 ヴォルケンリッターや、先日までヴォルケンリッターと戦っていた者達、アースラスタッフにレティ提督の部下の一部、今回の事件で戦っていた者達が勢揃いだ。

 

「受け取れ、皆の金を!」

 

 リボルビングフォームにアクセスしたクロノのデュランダルを通じて、皆の金が少年のアンチメンテに集っていく。

 小学生の小遣いレベルの金から、十年単位で管理局の偉い職に就いていなければ稼げないような額の金まで、十人十色の額の金が少年のデバイスの中に流れ込んでいた。

 

(皆の気持ちが……皆の想いが……皆の金が、一つに……!)

 

 金が少年を元気にする。

 金に付随する皆の想いが、少年の心を奮い立たせる。

 少年は笑う。

 それは善意に溢れた学生が、災害の義援金を駅前で募って、予想以上の額が集まり世の中の暖かさを感じてむせび泣く光景に、どこか似ていた。

 

「K」

「さて、最後にこれを受け取りなさい」

 

「先生、プレシアさん……?」

 

「……あんたとか、八神とか、まあ迷惑かけたしね」

「貸し借りが目につく関係は嫌なのでしょう? なら、まとめてここで返しておくわ」

 

 はやてを想いリインを救おうとする少年のデバイスに、リーゼロッテとプレシアが金を送る。

 いかなプログラムが走らされたのかは分からないが、消費された金額で買える石の数よりも少し多いくらいの数の石が、少年のデバイスの内に流れ込んで行く。

 他の者達とは違う、アンチメンテを通して少年の手の内に石が直接出るようにした術式。

 

「! これは……!」

 

 ロッテとプレシアに見える謝意、渡された石の意図、それを察せないほど少年は鈍感ではない。

 

 

 

「『詫び石』っ……!」

 

 

 

 詫び石。

 それは類稀なる誠意。

 詫び石。

 それは無課金にとっての救いの手。

 詫び石。

 それはソシャゲ運営が何かしらやらかした時、ユーザーへの謝罪とご機嫌取りを兼ねて、ユーザーに石を配るというソシャゲ文化の一つだ。

 彼女らもジュエルシードの事件、闇の書事件の償いはもちろんするのだろうが、手始めに謝るついでに石を渡してくるというのが、実に粋な計らいだった。

 

「これは許せる……!」

 

「いや、あの、その、許してあげるのはいいんだけど……どうなんだろう、かっちゃん……」

 

 許せる!

 

「あのさ、八神……」

 

「ん」

 

 ロッテが複雑そうな顔で、はやてに話しかける。

 ロッテやアリアにとってヴォルケンリッターはまだ許せない相手だが、八神はやてに対しては、シンプルに罪悪感を感じている様子だ。

 はやては人差し指を顎に添え、可愛らしい表情で悩むような演技をしていた。

 

「もー困ったなー、詫び石貰ったらこら許すしかないやんかー」

 

「……!」

 

 はやては悩むふりをしてから、にっこり笑ってリーゼ達とグレアムを許す。

 元よりはやては、ロッテ達を恨んではいない。

 いい落とし所だと思って、はやては彼女らを許す。

 恨んでいないのに許すとは妙な話だが、そうでもしないと罪悪感を下ろせなくなってしまう人達がそこに居たのだから、しょうがない。

 

「お、おいはやて!」

 

「ええやんええやん、ヴィータ。運営許すくらいのつもりで許したげよ?」

 

「いやあたしは詫び石貰ったからってそれだけで運営許したことねーよ!」

 

 ヴィータがはやてに突っかかり、次に敵意をみなぎらせてアリアに突っかかる。

 

「けっ、詫び石だけで許された気になってんじゃねーぞ!

 根本的に"ここがダメ"って部分直さなきゃ意味ねーんだからな!」

 

「ふんっ、闇の書の騎士に言われたかないわね!」

 

「んだと!?」

 

 二人はいがみ合うが、そこで少年の苦悶の声が聞こえて来るなり、いがみ合いを止める。

 

「ぬ……く……う゛ッ……!」

 

「!」

「!」

 

 目の前の相手がどうでもよくなったかのように、二人の視線は今も戦っている仲間の下へ。

 大嫌いな相手が横に居るが、それがどうでもよくなるくらい、アリアとヴィータはリインフォースを助けようとしている少年を心配していた。

 

「頑張れ!」

 

 誰かがそう言って、他の皆もそれに続く。

 虫の奏でる音楽が重なっていた夏の夜に、それを塗り潰すほどの声援が重なっていく。

 今が夜ではなく昼であったなら、セミの声を塗り潰す皆の声援大合唱が見られたことだろう。

 そんな声援の中、一人の少女が少年の隣に駆け寄って声をかけた。

 

「頑張って!」

 

「! お前、アリシア……」

 

「あなたならきっとできる。

 私を助けて、ママとフェイトを笑顔にした時みたいに、きっとまたできるよ!」

 

「―――! ああ!」

 

 『成功の前例』が、彼の背中を押してくれる。

 少年の心が、人知れず吠える。

 皆の金が、リボルビングフォームの赤い光を極大の域にまで押し上げていく。

 

 夏の夜の下、輝く赤い光はまるで深紅の星のよう。

 課金の光は人を照らし、課金兵が迷わないように照らす道標だ。

 リインを助けると約束した少年は、その光に導かれるように、全ての金を投入する。

 物欲センサーを、真正面からぶち抜いてやると言わんばかりに。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 リンディなどをはじめとして、自宅や貸し金庫に口座やカードを分割して保管し、リスク分散している者はここに全財産を差し出しているわけではない。

 生活費だけは確保して、残りを少年に渡している者も多い。

 だが、今出せる金のほぼ全てを出していることに変わりはない。

 

 数日前の戦いを、闇の書の闇との命をかけた戦いとするならば、これはソシャゲの闇との金をかけた戦いと言えよう。

 負けられない戦いという意味では、同等に厳しく苦しい戦いであった。

 

「あああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 何一つ欠けてもダメだった。

 想い、努力、課金、預金、借金、詫び石。どれが欠けてもダメだった。

 皆の金があったから、皆の寄付があったから、彼の金は物欲センサーを真正面から打ち砕く。

 物欲センサーの確率操作を、彼は金額を増やすことで凌駕する。

 確率の壁が砕かれ、その向こうに少年が一歩を踏み出し、そして―――

 

 

 

「「「 行けえええええええええッッッ!!! 」」」

 

 

 

 ―――未来(UR)を、掴み取る。

 

「『UR 奇跡の報酬(リインフォース・アインス)』」

 

 物欲センサーとクソガチャに勝利した報酬は、リインフォースが未来を生きる権利。

 

「引いたぞ、おらああああああああ!!」

 

「おおおおおおおおおおっ!!」

 

 湧き上がる声、重なる歓声、耳が痛くなるくらいの大喝采。

 これにてようやく、闇の書事件は終わりを見せる。

 

「あー……終わったー……」

 

「お疲れ様」

 

 少年が後ろに倒れるが、頭を打たないようにと、倒れる少年を背後でなのはが受け止める。

 そんな少年の前に、リインフォースが歩み寄る。

 礼を言いに来たのは明白だが、その表情には嬉しさ・感謝・困惑が入り混じって見える。

 言葉を選んでいるリインに、少年は自分から話しかけた。

 

「いい夏の思い出、後々笑い話にできる話になったろ?」

 

「……ああ」

 

「乗り越えられなかったら悲劇。

 乗り越えられたなら試練。

 こいつは八神家が幸せになるための試練でした、はいおしまい」

 

 結構借金してたくせに余裕綽々に笑ってんなコイツ、と横合いからクロノが白い目で少年を見ているが、少年は気にせずリインとの話を続ける。

 後でクロノに説教されるのは確定的な事実であったが、今はクロノも空気を読んで黙っていてくれることだろう。

 

「悪くないだろ? こういう、文句無しに笑って終われる結末も」

 

「ああ、悪くない……本当に、悪くない……」

 

「バッドエンドはソシャゲの鬱シナリオだけで十分だよな、うん」

 

 うんうん頷く少年の前で、リインフォースはクールな鉄面皮を崩し、暖かに微笑む。

 そして語調も幾分か柔らかなものに変え――むしろこちらの方が素なのだろう――、少年に誓うような言葉を差し出した。

 

「ありがとう、少年。この恩は、いつか必ず返そう」

 

 その言葉を、少年はさらっと横に受け流す。

 

「ラーメン一回奢ってくれりゃいいよ」

 

「む、私の気持ちを安く見られては困る。ちゃんと返すぞ」

 

「今日の貸し借りは正直リボ払いの貸し借りだけでお腹いっぱいなんで……」

 

 そうこうしている内に、夏の夜を飾る大イベントが始まる。

 彼ら彼女らは先日、夏祭りに行っていた。

 ならばこの時期欠かせないイベントが、空にて始まる。

 

 そう、『花火』だ。

 

「わぁ、綺麗……」

 

 ミッド出身の者達は、初めて見る地球の花火に興味津々だ。

 皆が思い思いの感想を述べ、語り合い、一部の人間が全員分の飲み物の買い出しに行こうとし始める始末。もはや完全に仕事終了後の打ち上げの雰囲気であった。

 ミッド出身が花火に夢中になっているのも確かなことだが、それは地球出身の者達が花火に対し何も思わないということを意味しない。

 なのはは花火を笑顔で見つめ、そんななのはを少年が目に止め、高町恭也が物陰からそんな二人のやり取りをちょっと期待のこもった目で見つめている。

 

「あれって、空の花と言うべきなのか。

 それとも人が作った空の星と言うべきなのか、毎回迷うんだよな」

 

 少年がそう言うと、花火を見つめていた少女が振り返り、口を開く。

 

「それなら、私は―――」

 

 かくして事件は終わり、悲しみは終わる。

 悪夢が終わる。

 笑顔で終わる。

 

 少年少女達、少年少女に味方した大人達の、忘れられない夏の想い出の一幕だった。

 

 

 




 Asってportableもそうだけど夢の話でもあるな→あ、物語の舞台夏にできるな→夏の夜の戦い→夏の夜の夢→真夏の夜の淫夢

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