吸血姫に飼われています   作:ですてに

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差し換え版です。


抱えるもの

 『……』

 

 大翔もヘカティー同様、下手に口を開かない。すずかは苦笑い、なのははきょとんとした表情でやり取りを見ている状態だ。

 

「この場合の沈黙は、肯定と同じ意味よ」

 

 やや胸を反らすような姿勢で腰に手を当てるアリサは、得意顔でまず大翔とヘカティーの念話の存在を断定してみせる。

 

「アタシね、すずかには『まだ』負けるかもしれないけど、それでも大翔のことはちゃんと見てきたつもりよ。性格的に嘘をつくことが苦手で、それを無表情で繕う。だけど、すごく真っ直ぐで、ああいう激しい気性も持つ、情熱的な奴。努力を惜しまず、自分の激情を律するためだったのは今日知ったけど、書物から様々な知識を自分の中に積極的に取り入れてる。精神面とか、そういう部分の強化も怠らない。ビジネスマン顔負けよね」

 

 褒められるという行為に慣れない大翔は、むず痒い思いに、頬をかきながらアリサを直視出来なくなり、すずかはアリサの挑戦的な視線を真正面から受けながら、笑みを崩すことは無い。アリサが口にしたことは、すずかとて十二分に理解していることなのだ。

 なのはは『なるほどー』と感心した表情で幾度も頷いていて、愛らしい様子が大翔のつかの間の癒しになっている。出来る限り長く、今のままのなのはでいて欲しいと思うが、それが儚い願いであると分かっているから。

 

「ただね、それだけじゃ足りないのよ、大翔。アンタの普段の落ち着き、クラスの男子達とふざけていても全体を見ている俯瞰的な部分とかね、アタシはアンタに惹かれてから、ずっと見てきたから……それだけじゃ、アンタの思考や行動ってのは説明つかないのよね」

 

「……アリサ」

 

 アリサは大翔の真正面にすっくと立ち、膝を屈めて、目線を同じ高さに合わせる。綺麗な所作だな……、そんな場違いのことを、彼は思ってしまった。

 

「アンタの抱えるもの、アタシには教えられない? すずかに比べれば、アタシは不足?」

 

「断定かよ、アリサ。決めつけは良くないぞ」

 

「誤魔化さないでよ。アンタの瞳はね、とても雄弁なの。あたしやなのはを巻き込むことを、とても恐れてる。ただね、あたしはアンタに無くてはならない存在になってやると宣言したのよ? アンタとちゃんと対等になりたいって。バニングス家の力だって、大翔の願い一つで貸してあげるわ。何を恐れるのよ」

 

 大翔はどう答えるべきか思案する。そして、即座にすずかへの専用念話を飛ばす。すずかの考えを、聞きたいと思ったのだ。

 

『すずか。アリサの俺へ向けてる気持ちってのは慕情が大きくて、今の発言も、恋愛的な感情があるとしても、彼女の性格上なかなか認められないだろうし、非現実的な出来事の連続に、感情の昂りもあって、と判断している。……どうかな?』

 

『それを大翔くんを慕う私に聞くのかな。ひどい人だね、もう』

 

『マスター、大翔。専用通話のはずが、漏れてます。フォローさせて頂きました。なのはに聞こえると洒落になりません。彼女の素養だと、あっさり聞かれかねません』

 

 不意に念話に割り込むヘカティーから、専用通話になってないという事実と、修正を入れたと通達が入る。アリサの言葉に考え込むポーズをして時間を稼ぎながら、独学の弊害が露骨に出てしまっていた状況に、大翔は冷や汗が伝うのを感じていた。

 

『お、おぅ……ありがとう、ヘカティー。もしかして、さっきの志向性つけたはずの念話も失敗してる?』

 

『はい。勝手にフォローさせて頂きました。貴方は制御能力が秀でている、と申しましたが。修正させて下さい。自身の身体強化と、精神保護。この二つだけが得意だっただけですね。基礎訓練と授業カリキュラムを考えておきます』

 

『……ぜひ宜しくお願いします。で、良くも悪くもすずかと俺の関係って特殊でしょうに。お前と忍さんが飼い主で、俺は飼われる側じゃないか』

 

『ひ、大翔くんが私のペット!? ……へ、へへへへ』

 

 すずかも念話のために、心配そうに大翔を下から見上げるような位置に移動していたりするが、顔がニヤけてしまっては色々台無しになってしまう。が、すずかは教育を受けた淑女である。心の中ではだらしなく表情が緩み、くねくねしているような彼女だが、顔には出さない程度の芸当はやってのけていた。

 

『うおぃ、八歳児にあらぬ想像するな! 顔に出ないのが、なんというか、すずかェ……』

 

『マスターはなかなか表現力が豊かなようですね。して、マスター。時間がありません。私も大翔に同意見ですが』

 

『こ、こほん。うん、大翔くんの秘密は今の段階で言えることじゃないよね。魔法のことを言っておきながら、心苦しいと思うけど……アリサちゃんは、大翔くんを男性として見てるとは言えない。私から見れば、憧れはあるだろうけど、想いが全然足りない、かな』

 

 一瞬でシリアスな口調に立て直す、すずか。この程度の淡い思いで、大翔を支えられると思われても困る。そんな自負がすずかにはある。少なくとも、アリサが自分の激情を飲み込み、大翔に惹かれる感情をしっかり認め、大翔に伝えられる次元まで来てもらわないと、彼を支えるなど出来ない。

 自分の考え方が、子供らしくないとは理解しているが、大翔は異常者だ。それに並ぼうと望むなら、自分は変わるのみである。大翔を争うつもりなら、子供の甘えは投げ捨てるモノ。

 

『では、その方向で。しかし、なんつって、納得させるかだなー』

 

『お手並みを拝見させて頂きましょう、大翔』

 

 年相応の足りない部分はあれど、アリサの思いは真っ直ぐだ。眩しさすら感じるし、受け止めてあげたいとも思うが、受け止め方の問題というのがある。誤魔化そうとすれば、すぐ見抜いてきそうであるし、まして納得もしないだろう。嘘をつくのも下手という自覚もある。

 

「アリサ」

 

「……なに? 話す気になったの?」

 

「先にこちらからも聞いておく。アリサ無しで生きていけなくなるってことはさ、俺と生涯を共にしてくれるってことでいいんだよな」

 

「え?」

 

「俺はアリサにどっぷりハマるってことは、時期が来ればアリサが恋人になって、いずれは奥さんになってもらって、最終的には俺の子供を産んでくれる、ってことだと解釈したんだけど」

 

 まず、理解が追いつかなかったのだろう。初めて見る、口がぱっくり開いた呆け顔で、アリサはしばし固まる。そして、ゆっくり大翔の言葉の意味を脳が理解して、一気に変化する。

 

 ぼんっ!

 

 擬音が聞こえるぐらいに、一気に頬もおでこも首も真っ赤っかになるアリサ。こりゃレアなものを見たなーと、仕掛けておいた本人でありながら、そんなことを思っていた。

 

「なっ、なっ、なっ! ア、アンタは一体何を考えてるのよ! スケベ! 変態! 最低よっ!」

 

 そろそろ手が飛んできそうな気配を察しながらも、大翔はあえてトドメになり得る下世話な言葉をさらに放つ。

 

「おう、スケベで結構。お子ちゃまのアリサには欲情できないけどな。というか、コウノトリが赤ん坊を運んでくるわけじゃないって分かってるんだな、その反応。……ただ、俺の抱えてるモノって、それぐらいの覚悟してくれてる相手じゃないと、言えない類のもんなんだよ」

 

 自分と連れ添うぐらいの覚悟がある人で無いと、流石に前世云々の話をしても、頭が沸いたとしか思えないだろう、と大翔は考える。物語の登場人物云々の話も含めるとなれば、自分への絶対的な信頼が必要となるに違いない。

 アリサがそこまでの感情を自分に抱くか──抱かれても問題は起きるが──秘密の共有者としてはそれぐらいの絆は必要だと思っていた。すずかとも結論が出ない話だが、なのはが巻き込まれていく事件の数々に、介入するのかしないのか。介入するとすれば、どんな方向性で行くのか。その為に力をどうつけるのか。

 ……大翔自身は、他の転生者が積極的に原作介入するのであれば、基本任せるつもりであった。すずかには言えないが、皇貴がその意思を見せるなら、個人的にはバックアップぐらいは努めようと考えていた。分かり易すぎる転生者の彼は、使いようがある。

 自身が大筋の流れしか知らないというのもあるし、彼自身の中で最優先するべきは、すずかとすずかの周りの安全。ただ、その周りをどこまで含めるか。すずかはハッキリとまだ口にしないが、『なのは』の力になりたい意思を持っている。まして、魔法の素養に目覚めた今……その意思は強まると踏んでいる。

 

 そんな、下から見上げている姿勢の吸血姫と目線が合う。少し、瞳が潤んでいる感じがあり、そう、この感じは彼が知る、ほぼ毎晩繰り返される秘められた食事の時の雰囲気に、似ていた。

 

『大翔くんとの子供か……どっちに似るんだろう? 男の子と女の子最低一人ずつは欲しいかなぁ。その前に大翔くんの寿命伸ばさないとダメだよね……お父さんとお母さんはずっと仲良しじゃないと』

 

 大翔の発言に反応した、すずかの念話回線はノイズ混じりでハッキリとは聞こえなかった。聞こえないことにした。人生計画が自分の知らない所で決められそうになっているなど気のせいである。

 

「私は……覚悟出来ているから、大翔くん。まだ何年も待たせてしまうけど、待っていてね? ちゃんと満足出来る様に頑張るから。二人の子供は、ちゃんと籍を入れるまで我慢するね」

 

 否、現実として口にされてしまった。さらっと言い切っているが、とんでもない爆弾投下である。すずかの意図として、大翔のフォローを兼ねていることは分かるが、未来予想図ならぬ未来確定図を突きつけられている状況である。

 

「……全部は分からないけど、すずかちゃんはすごいこと言ったんだよね。ね? ね?」

 

「俺に聞くな。なのは、頼むから」

 

「ア、アンタ、すずかにそんなことまで言わせるなんて、どこまで外道なのよっ! すずか、目を覚ましなさい! 伊集院にも劣らぬ最低な……」

 

「……違うよ。アリサちゃん、勘違いしないで。これは私の意思。私だけの想い。この想いは大翔くんであっても、簡単にどうにか出来るものじゃないもの」

 

 瞳に威圧の力を仄かに宿したすずかは、アリサの発言を圧し留める。事情を知らない彼女だから、今の言葉に繋がるとしても、あの男と比べるなどと許されるものではない。

 

「アリサちゃん。私は確かに、大翔くんの抱える秘密を知ってる。でも、それは私と似て、軽いものじゃないし、自分の本当の気持ちをつかみ切れていないアリサちゃんに話してもらいたくない」

 

「なによ……なによ! すずかはまるでアタシが自分より子供だって言いたいわけ!?」

 

「そうは言ってないよ」

 

「そうじゃない!」

 

 言い争いが始まりかけたタイミングで、突如手を鳴らす音が聞こえ、皆が一斉にそちらを向いた。一人は真後ろに立たれた格好となるので、思わず飛び上がってしまうことになっている。

 

「ふ、ふぇええぇみゃぁ!?」

 

「……そこまでです、すずかお嬢様、バニングス様。一旦お食事と致しましょう、皆様。少し早いですが、ご用意が整いました」

 

 なのはの背後に不意に現れた月村家のメイド長、ノエルの姿。突然、背後から手を打ち鳴らされたなのはは、奇怪な悲鳴を上げることになってしまっているが、気配を完全に消されていたのだから、この場合の彼女は被害者である。

 

「……相変わらず、気づけば近くにいるわね。ノエル」

 

「バニングス様もお変わりないようで何よりです」

 

「すずかは変わりすぎたようだけどね」

 

 険悪な空気が漂う。ふうっ、と息を吐き出し、頭をかきながら、大翔はアリサの手を強引につかんだ。自分が場を収めるべきであり、それにすずかが二人と契約を結んだ日に大喧嘩など、そんな一日の終わり方が会ってたまるか、という彼の勝手な思いもある。

 

「……ノエルさん、先にすずかとなのはを連れて行って下さい。俺はアリサと少し話をする必要があるので」

 

「大翔くん!?」

 

「すずかの気持ちは判った。だから、先に食堂に行ってろ。『reinforcement(強化)』!」

 

「なにする、きゃ、きゃぁああああぁぁぁぁ……!!!」

 

 それだけを告げ、大翔は強引にアリサを抱き抱え、身体強化の術式を現在で可能な限りの出力で下半身へ発動。すずかが咄嗟に差し出したモノを掴み取って、少しの助走の後、跳躍した。……彼女達から目視が出来なくなるほど、沈む太陽と夜の闇が混じり合う空が近くなる所まで。




アリサのヒロイン化が性急過ぎたと自分でも感じていた所のご指摘を頂いたので、
こんな形になりました。
なお、すずかさんの病んでるような表現は、当作品の仕様です。
私の書くすずか様ェ……。

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