漢女の拳   作:うみ

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変態が二匹もやってきた(6月17日改稿)

(暖かい)

 

 温泉の中をふわふわと揺蕩っているような心地よさ。春の日差し射し込む中、柔らかい布団を被って低反発ベッドで寝ていたときの快感に酷似していた。

 その心地よさを最大限に活用すべく、カタリナは二度寝の準備をする。

 意識は安穏とした温もりと泥濘の世界へ――

 

「寝んなやヴォケ」

「ふぇぶっ」

 

 頭頂部への打撃と思しき衝撃で一気に覚醒した。

 同時に、頭の片隅で自己主張していた記憶たちが一斉に蘇った。

 襲撃、逃走、気絶までの流れを脳裏で瞬間再生し、カタリナは目覚めから二秒で堅を発動、臨戦態勢に入ろうとする。

 が、自分を叩き起した人物が誰なのか目指するに至り、全身から力とオーラが抜けた。

 その男は全身を白衣で包み、カタリナのベッドのすぐ傍にパイプ椅子を置いて、いつものようにフーセンガムを噛んでいた。腹立たしいほど自由奔放そうな笑顔と鈴付きの首輪がセットになっているのも変わらない。

 スマートに纏めたショートカットをすっと撫でるだけの仕草で、ナルシストのオーラが全身から漂う。目鼻立ちは非常に良いので、その動作が似合ってしまうという事実がカタリナの不快を誘った。べつに彼はナルシストではないし、いまの動作もふざけてやったことだというのは理解しているのだが、なにもかも不明な状況下におかれたカタリナからすれば不愉快である。

 三十過ぎのくせにキモ、とカタリナが呟いたのは聞こえなかったらしい。苛立ちも罵倒も露知らず、目の前の男は実に爽やかなスポーツマンという印象の声を上げる。

 

「ようやくお目覚めか。ご機嫌いかが?」

「……たったいま悪くなった」

「無理しなさんな、俺に会えてうれしいくせに」

「ボクは不純菌の保有者の半径百メートル以内に近寄ると死にたくなる病気にかかってるから可及的速やかに消えてくれ。あとその年で中二病不良中年なんて属性はアウトだと思うね」

「調子こいてすいませんでした」

 

 なんの躊躇いもなく土下座した、普段から情けない男の極めつけに情けない姿を見て、ようやくカタリナは溜飲が下がった。こんな男と五年も付き合いがあるということに思い至り、少し溜息も出たが。

 気持ちにゆとりができたためか、自分の服装が普段通りのワイシャツであり、白いベッドに寝かされていたこと、腕の傷が大分マシになっていることに気付き、それらも含めていくつかの疑問をまとめる。

 

「……まず、ここどこ?」

「ホカルト。俺の診療所のひとつがここにあるからな」

 

 帰ってきた答えは、ヨハネスバーグから車で一時間ほど行ったところにある町の名前だった。人口は約二十万人、大きくもなく小さくもない、柑橘類が美味しいくらいしか取り柄がない町である。

 ブルの診療所がこんなところにあるというのはカタリナにとっても初耳だったが、さして重要なことでもないので頭の片隅に留めておく程度である。

 

「マリンドは? なぜボクは君に助けてもらってるのかな?」

「二つ目の問いについては愛ゆえに、さ。マリンドもきっちり助けておいたから安心して。いまは隣室で眠ってる」

「……そりゃあ良かった。ありがとう」

 

 安堵の表情を浮かべつつも、カタリナの顔は浮かない。

 自分だけではマリンドを守りきれなかった、そのことが十分に分かるカタリナにとって、目の前の不愉快――というよりも憎みきれない馬鹿が自分たちを救ったというのは最大の屈辱であり、悔恨に値する出来事でもある。

 この程度に屈してなるものか、という思いもまた芽生える。

 そして同時に、この動揺をブルに悟られることだけは避けなければならない、主に自分の精神安定のために、と考えていた。

 目を瞑り、内心の嵐をゆっくりと鎮めていく。数秒もあれば済む、手馴れたものである。

 浮かない顔をしていたのは四、五秒だけだが、思うところがあったのをブルに気づかれているのは確かだ。それくらいの付き合いはしてきた記憶がある。

 カタリナとて、それを誤魔化す術をまた、持ち合わせているのである。

 

「しかし愛、愛ねぇ。まあどうせ……」

 

 意味ありげな沈黙を空け、カタリナは徐にそっと自分の頭に手をやる。

 急に慌てて冷や汗をかきだしたブルに、その行動と自分の推論の正しさを確信しながら。

 

「じゃあ、俺は他の患者見てこようかなっと……」

「股間のモノをクララにされたくなかったら座れペーター」

 

 ブルは顔を青ざめさせて、僅かに浮いた腰を再び椅子に落ち着けた。

 それを確認し、つむじの辺りを入念に探し回る。

 指先に違和感。指の腹で触ると、小さな突起のようなものだとわかった。

 カタリナのほっそりとした指でつまみ上げられたそれは、全長三ミリ程度しかない、実に小さなパラボラアンテナだった。

 無言で視線を向けると、ブルは冷や汗をかきどおしで、しかも顔面蒼白になっている。

 カタリナはゆっくりと上半身を起こした。

 

「よし、少しお話しようか」

「え、それはいわゆるOHANASIというやつでは……あ、まだ立っちゃダメだ! ストップ! タンマ!」

 

 ブルの悪あがきと判断し、カタリナは無言で寝台から足を下ろす。本気で怒りたいところだが、今回は怪我の功名というべきか、自分も友人も助けてもらったのだから手加減してやろうという気にもなっていた。具体的には、たんこぶひとつ程度で。

 しかし、二本の足で床に直立して気付いた。

 足の裏が冷たい。

 

 ――素足。

 

 太陽の光のようだ、と知り合いの女性に称えられたシミひとつない純白の肌。

 それに脚線美も合わせれば、知り合いの画家に言われた、「天然の大理石で完成されている人の手が一切加わっていない自然の芸術」という賛美もあながち大げさではない。少なくとも、十人中九人はそう思うはずである。もちろん、大げさだと思う一人はカタリナ本人だ。

 

 その足が、付け根どころか、腰からつま先まで無防備な状態にあるという事実をカタリナの脳が認識したのは、およそ五秒後のことであった。

 五秒の重苦しい沈黙を与えられた両者の反応は対照的であった。

 ブルは終始一貫、絶望と死の淵で生にしがみつく罪人の表情。

 カタリナはといえば、最初は呆けた顔だったのが困惑の面持ちに移り、やがてそれは般若の形相へと転じる。

 そして、その肢体を隠すこともせず一歩を踏み出した。

ブルは先程までの冷や汗が周囲に飛び散るほどの勢いで首を左右に振る。

 

「医者が裸を見るのはおかしくないことだろ。それに、できるだけ見ないように配慮した。そこまで怒るなよ」

 

 さらに一歩。ブルの顔色が青から白混じりになった。壮絶な陣取り合戦は次第に白優勢となっていく。

 

「それにお前、気持ちは男だろ? 男同士なら見られたって問題ないじゃないか」

 

 さらに一歩。もはや青は駆逐され、蝋人形と大差ない外見である。

 

「だ、大体、怪我したのが悪いわけで、俺はなにも……」

 

 さらに一歩。残りの距離は五歩といったところ。

 無言のまま反応しないカタリナの前で、ついにブルの口が止まった。

 そして浅い呼吸を繰り返すばかりの、哀れな男の前で、カタリナは――溜息を付いた。

 

「もういいよ。医療行為だし、助けてもらったことには変わりないし。ストーカー紛いの行為、ついでに視姦。普段なら骨の二、三本はへし折ってやりたいけど……今回は情状酌量の余地アリ、にしてやる」

「え、うそん。マジで? それ本気で?」

 

 ブルに赤という色が帰還する。

 あまりにも単純なブルに対してカタリナはあからさまな呆れ顔を見せるが、それを気にした様子もない姿を見てさらに呆れざるを得なかった。

 

「……まあ、疚しいことしてないんでしょ? それが真実ならね」

「……お、おう。怒られる理由なんてない」

「うんうん、そうそう。」

 

 一気に日常のものへと弛緩した空気に、ブルは安堵の表情である。バカもここに極まれりか、とカタリナは口の中で呟いた。

 

「ところで感想は?」

「まさか本当に金髪は下の毛もき」

 

 カタリナの発しうる中でも最も禍々しいオーラが、ブルの口から漏れかけた言葉を内に留めた。

 既に、手遅れではあったが。

 情状酌量の余地なしである。

 

「……さて」

 

 またも歩みを再開したカタリナ。その表情を見て全てを理解したのか、ブルは目の端に涙を浮かべ、引きつった笑みで両手を上げる。

 

「いや、わざと見たわけじゃ」

「ところで、さっきから君の視線、ボクの股間に釘付けだよね。どうしたのかな?」

 

 語るに落ちる。

 カタリナは女性ではないつもりだ。ただし、デリカシーのない人間は大嫌いである。

 そして、ブルという男が、心は男である自分の女の体を勝手に見て、しかも興奮したらしいという事実に、カタリナはプッツンしていた。

 加えて、この状況下においてもブルのズボンがやや盛り上がっていることは、決定的に許しがたい罪過である。

 怒りに任せて股間を蹴り上げてしまいたいという衝動に駆られるもどうにか抑え、先程のボク判決に遵守して、ギャグ漫画補正で済む程度に痛めつけようと手を伸ばす。

 

「なあ」

 

 恐怖のあまり悟りでも開いたのか、穏やかな声だった。

 遺言くらいなら聞いてやろうという一抹の情けから、カタリナの動きが一時停止する。

 

「そろそろお腹減む゛っ!?」

 

 カタリナの手がブルの顎ごと舌を固定したことで、彼の最後の望みであったろう口八丁も封じられる。

 二人の視線がぴったりと至近距離で交わり、ほんの少しだけブルの胸が高鳴った。

 それを掌で察知したカタリナの怒りは、灼熱を通り越して氷塊に変わる。

 桃色の唇から、秘めた感情の全てを込めた言葉が、絶対零度の眼光と共に吐き出される。

 

「この変態」

 

 ブルの顎を固定していた手を離し、渾身の力で握り込む。居合い拳は使わないが、常人の顎を粉砕するには十分な威力だ。

 その拳が、つがえられた矢のように振りかぶられる。

 その光景を前にしたブルは、ひとつ頷いて満面の笑顔で言い切った。

 

「俺たちの業界ではご褒美です」

 

 その直後、ブルの顔面にカタリナ渾身の拳がめり込んだ。

 成人男性であるブルの体がふわりと浮き、地面にぶつかって二転三転しながら壁に激突。

 頬を腫らしてピクリとも動かないところからみて、完全に意識を失っていた。

 カタリナはブルの気絶を確信してようやく拳を下ろして構えを解き、ひとまずの着替えを探してきょろきょろと部屋を見回す。

 

「何事だ! ――すまん」

「……厄日だ」

 

 マリンドが大慌てでドアを開け、カタリナの下半身を見て絶句する。

 虚ろな一言と、気まずげな謝罪と、どちらがより早かったかは定かではなかった。尤も、今日という日がカタリナにとっての恥部になることは確かな事実でる

 そしてその男は、マリンドの後ろからなんの前触れもなく、ぬるりと現れる。

 

「なにしとんねん、兄弟」

 

 唐突に存在を認識させた、どこか蛇を思わせる男は、意識を失って大の字になっているブルを見て怪訝そうな声をあげた。

 鱗を思い出させる柄の白ジャケット、青だったものが好みで白に染められたジーンズ、少しひび割れて線がいくつも走っている革靴――徹頭徹尾、悪趣味の塊と呼んでも差し支えない男だ。

 目を逸らしたままのマリンドから受け取ったズボンを手早く履いたカタリナは、見覚えのある顔に眉を寄せる。

 マリンドが説明しようとしたのか口を開くが、カタリナは手を振って制した。

 

「これはこれは……はるばる遠くの東の果(ファーイースト)から、ヤクザ風情がなんの御用で? ここはしがない診療所でして、しかも所有はそこのクズ。生憎とショバ代なんてものは払えないですが」

「意外なストリップ見せてもろたし、一発ヤらしてくれるんなら勘弁したろか?」

「一発コマしていいんなら、喜んで」

「いてこますっちゅうわけやな。しゃーないのう、遠慮しとくわい」

 

 男は興味なさげにカタリナから目を逸らす。実際この男、下品な方面のお誘いをカタリナに会うごとにかけてくるのだが、誘われている本人から見ても、肉体関係を持つことにさほど執着があるようには見受けられないのである。むしろ、女性関係の淡白さから考えれば性欲が薄いほうだとも考えられる。

 

「遠慮する、って割には未練なさそうですね」

「普通の女ならともかく、嬢ちゃんはなー。カザンにバレたら、ワシ、エライことなってまうわ。あの筋肉バカで頭もやったら硬いアホウ、あーいうのはどうも好かんし」

「……若頭が舎弟頭にビビってどうすんですか。ボクが言うのもなんですけど、“ドスマムシ”のハンニャとも思えない弱気ですよ」

「なんや、襲ってほしいみたいに聞こえんなあ。まあ襲わんのはメンドいからや。勘違いしなや」

 

 ハンニャの指先が胸ポケットから煙草とライターを取り出した。金色のライターには蛇のレリーフがあり、目の部分には宝石が埋め込まれている。気だるげな様子で勝手に椅子に座り、火をつけて一服し始める。

 カタリナは舌打ちを抑えきれなかったが、それを聞いたハンニャは気分を害した様子もなく、むしろ自身のほうが気分を害していた。

 ハンニャはいつも、いつでも、変わりなく、自分勝手で気まぐれで予測不可能だった。その事実を思い出すカタリナは、内心穏やかでない。

 気まぐれは良い方にも悪い方にも働く。たった今、気が変わって自分を押し倒しにくるかもしれないのだ。ブルは命を惜しむだろうが、ハンニャは酷く刹那的で、衝動や思いつきに準じるために他のものを軽視する傾向にある。なんとなく、気が向いたから。その程度の理由で、自分も他人も犠牲にできるのだ。

 そしてその割には、あっさり引き下がったりもする。つまり、衝動に準じるという信念そのものが思いつきの産物であり、やっぱいいやなんとなくと思っただけであっさり引いてしまうのである。これほど掴みづらい相手もない。

 

「まったく、本当に貴方はわけわかんないですよ。ボクやブルみたいに分かりやすく生きりゃあいいのに……あとここ禁煙です」

「男っちゅーもんはな、複雑でかつ秘密を持っとるほうがモテるらしいで。この前、テレビでやっとったわ」

「聞けよ。ていうか煙草は消すんだね……」

 

 あくまでも飄々とした態度に、カタリナのため息がこぼれる。

 答えるつもりがないのは分かるが、理由がわからない。どうせどうでもよいことなのだろう、とカナリナは思っているのだが、それを直接言っても煙に巻かれるだけだということは完璧に理解できている。

 

「貴方の気まぐれを真剣に考察するくらいなら、浮き雲の行き先について推測してみるほうがまだマシですね」

「酷いこと言うのー。ナンでや?」

「前者については無意味かつ不愉快ですが、後者についてはそうとも限りませんから」

 

 自然と無駄口が途切れ、沈黙が降りてくる。

 これまで、カタリナとハンニャは会う度に減らず口と罵倒を交わしあい、最後に言うべきことがなくなって黙り込むというパターンを繰り返していた。

 しかし、今回はそうもいかない。

 

「……ボクらを助けてくれたのは貴方でしょう、ハンニャ。本当にありがとうございます」

 

 深々と、髪の毛が床に着くまで頭を下げる。

 ブルは念を修めているが、陰獣の追跡を振り切って隣町まで逃げられるようなタイプの能力者ではない。敵側も失敗に備えた手をなにかしら用意しているはずであり、その必然として街を出る前に、あるいは街を出た直後か、とにかくどこかで必ず追いつかれたはずだ。そこで別の何者かが病犬と交戦し、時間を稼いだと見るべきだった。

 それができる実力者はハンニャくらいのものだ。

 礼を言われたハンニャはぷらぷらと手を振った。

 

「そんな言葉(もん)より、形あるもんがええのう。ちょと、その乳をやな」

「慎みか死か、いますぐ選べ」

「どっちでもええで? ()るか? あの細い犬っコロ、なんやすぐ逃げよったし。不完全燃焼やわ」

 

 カタリナの本気の威圧にも動じない。図太いのか、鈍感なのか。ほぼ絶対の確信をもって前者だと言える。カタリナは歯ぎしりした。

 

「……生憎、ここ数日戦い続きですので。遠慮しときます」

「なんや、ノリ悪いで」

「貴方のノリが良すぎるんですよ」

 

 お互いに肩をすくめ、カタリナは寝台に横になる。ハンニャはライターの蓋を開け閉めして遊んでいる。

 それまで事の成り行きを見守っていたマリンドが、カタリナの耳元で囁いた。

 

「あの男まさか、タケダ組若頭のロン・ハンニャかい? この前、マンガファミリーの本拠に攻め込んで二十二人を殺し、組長の首を単独で挙げたとかいう……」

「二十五人だよ。ついでに言っとくと、会計士と相談役も入れとくべきだね」

 

 訂正を入れるカタリナは心中で頭を抱えていた。こんな危険人物をマリンドに近づけたくはないが、自分だけでは守りきれなかったのだから、用は済んだと言って追い返すのも義理に反する。

ただ、できる限り速やかにマリンドから引き離したいとは思っていた。カタリナでさえ、未だにハンニャの地雷はわからないのだから。

 その危惧を瞳に乗せて、マリンドを見据える。

 

「じっちゃんも気をつけたほうがいい。火が付いたあいつは、血の風呂(ブラッドバス)に入らずにはいられない、とびっきりの狂犬だ」

 

 マリンドの顔色が悪くなった気がした。何度か頷き、汗をハンカチで拭っている。

 

「だが、君とて遅れは取るまい。十老頭の下部組織に殴り込んだことがあるじゃあないか」

「四次組織で、しかもファミリーの金を横領してた裏切り者の集まりさ。向こうからすれば粛清を勝手にしてくれるんだから、有形無形の協力があってもおかしくないだろ? ボクだけの力じゃあない」

 

 十老頭に払う上納金が厳しいなら、他所の同類から掠め取ればいいという発想の大馬鹿者が集まった組である。遅かれ早かれ潰れていたことは想像に難くない。カタリナは警察に突き出すだけで済ませるのだから、まだ良心的な結果だったといえよう。

 

「ルイス・シーゲルの件は? あれだけで星をもらってもいいくらいだと思うがね」

「内部告発でガタガタになった“昔々あるところに殺人組織”のボスをとっ捕まえただけで一ツ星? 冗談キツいね。大体、アマチュアのボクに星なんて関係ない話さ」

 

 かつては隆盛を極めた大物だった、それは間違いない。ただし、カタリナが捉えたときは「腹心の裏切りでほぼ全ての罪が明るみに出た敗残兵」にすぎなかった。マフィアに殺される前に司法取引をさせてやろうという警察の思惑でカタリナが起用されたに過ぎない。

 尤も、警察内部の内通者によって毒殺されてしまったのだが。

 

「ならばサルヴァトーレだ。あの極悪非道の匪賊を徹底的に叩き潰しただろう。あれはそこらの者にはできない芸当だ」

 

 カタリナは、自分が皆殺しにした現代の山賊集団の話に至り、とうとう苦笑した。せざるを得なかった。

 

「そこらへんでいいよ。大丈夫、じっちゃんは絶対に守りきってみせるから。ただ――下手に刺激しないほうがいいってことだけ分かってくれれば、ね」

「……ああ」

 

 ひとりの老人と少女は、ライターの開閉音に合わせて鼻歌を歌いだした恐るべき殺人者に目を向け、揃って頭を抱えたのだった。

 




 

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