遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第八話 捻じ曲げられた運命

 

 

 

 

 何も、ない。

 光を失うという事は、闇に閉ざされるという事ではない。そこで待っていたのは、純然たる〝無〟だけだった。

 

 

 闇の中を、歩み続けた。

 何も見えなくても、歩き続けた。

 

 

 あの日、何もかもを失って。

 泣き方を忘れてしまうくらいまで、ずっと。

 

 

 光があった。

 誰よりも眩しく、気高く、美しい――太陽のような光。

 

 

 それは救い。

 それは救済。

 

 

 けれど、それさえも。

 

 

 闇を越えた向こうには。

 光があると――信じていたのに。

 

 

 待っていたのは、終わりの見えない〝無〟――……

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 キーボードを叩く音があちこちから響いてくる。それもそのはずで、ここはアカデミア本校の教職員全員が集まる職員室だからだ。

 各々がコーヒーを片手に資料を作ったり生徒との問答を行ったりと忙しそうにしている中、一際目立つ少女の姿がある。山のように両脇に積まれた資料に埋もれるようにしてモニターを睨み付けるその姿はどこか鬼気迫るものがあり、誰も近付けない。

 だがそれでも人目を惹くその雰囲気は変わらないところは流石というべきか。……足元に未開封の栄養ドリンクが箱で置いてあり、小さなゴミ箱に大量の空き瓶が捨てられているのがその雰囲気をぶち壊している気もするが。

 

(しかしまあ、レッド寮廃止ときたか……。ナポレオン教頭も流石にやり手やな。この提案書もよーできとるし)

 

 資料を片手にふう、と少女――桐生美咲は息を吐いた。最近の職員会議で議題に挙がった件。まだ決定までは遠いが、彼女にとって無視できるものではない。

 ちなみに先日の週刊誌の件もあり、美咲は現在メディアへの露出を自粛している。本人的にはちょっとした休暇感覚なのだが、世間では人気アイドルである彼女が活動自粛した理由である出版社に抗議の電話が届いていたりするらしく結構騒がしくなっているらしい。

 無論、美咲自身への批判もあるにはあるのだが、その辺はKC社やI²社、所属する事務所や横浜スプラッシャーズなどが上手く世論操作をしているらしい。こういう事を聞くと、本当に敵に回すべきではないと再確認させられる。

 まあ、そういうわけで今の彼女は学校業務の方に力を割いているわけだが……こっちはこっちでかなり面倒なことになっている。

 

(廃止にする上でネックになるんが去年増築した女子寮の方や。あれを丸ごと無駄にすることになりかねへん。せやけど、それを部活棟及び統合したラー・イエローの生徒――特に進学では無く就職を考えてる生徒を中心に入寮させる、か)

 

 アカデミア本校はDMの専門学校である。だが無論、その学校生活の中でDMとは別方面へと進学・就職を考えるものが出てくるのは当然だ。ナポレオン教頭は要するにそういった生徒とあくまでDMの分野へと進もうとする生徒とで混ぜこぜになっている現状を変えようと主張しているのだ。

 

(更に、『レッド寮に入寮した生徒のモチベーション低下』ときたか……。これについては耳が痛いなぁ。どれだけ取り繕ったところで、オシリス・レッドは最下層の寮であることは間違いあらへん。更に、『レッド寮が存在することで安心しているイエロー寮の生徒の意識改善』、と。こっちはちょっと強引やけど、まあわからんわけでもあらへん)

 

 全員がそうとは言わないが、オシリス・レッドという『下』がいることで安心してしまっているラー・イエローの生徒がいることも事実だ。最近は改善されてきたとはいえ、元々最上級の寮であるオベリスク・ブルー寮への格上げは中々難しい。特に現在主席である三沢大地が昇格を断っている現状では尚更だ。

 彼や神楽坂といった向上心がある生徒ならともかく、現状でいいと考えている者はそうではない。そこでオシリス・レッドを無くしてしまえば上を見るようになる、というわけだ。

 

(論理は強引やけど、一理ある――なんて、ウチが考えとるだけで向こうの思う壺な気がするけど)

 

 美咲はKC社総取締役にしてアカデミアオーナーたる海馬瀬人の名で非常勤講師をしているが、アカデミア内における発言力は大きくない。というより、大きくならないように彼女自身が気を付けている。

 究極的な事を言えば彼女はデュエルのプロなのであり、教育のプロというわけではない。教育という分野においては他の教職員の方が遥かに技量は上だ。故に彼女はあくまで自身の授業の範囲と、海馬のメッセンジャーという立場を崩さないようにしている。

 

(ただ、佐藤先生が廃止派なんは意外やな。他の先生はどっちかというと前からレッド寮嫌いな人ばっかりやのに)

 

 元プロデュエリストでもある佐藤教諭は教育に熱心な先生で、レッド寮の生徒相手にも根気強く指導を行っていた人物だ。その人物が賛成派とは……。

 

(まあ、それ言うたらクロノス先生反対派やし。あの人も面白い人やなぁ)

 

 以前はやる気が無いオシリス・レッドの生徒を嫌っていたというのに。いや今でもあまり変わらないかもしれないが。

 

(とにかく、この件はウチが口出しせん方がええやろ。クロノス先生と緑さんなら任せた方がええし。……というより、ウチが口出しするとロクなことにならへん)

 

 美咲の発言にはどうしても背後の海馬瀬人がチラついてしまう。こういう場合は黙っておいた方がいい。

 それに、今の彼女にはもう一つ問題がある。

 

(……問題は、十代くんか)

 

 エド・フェニックスに敗北し、カードの絵柄が見えなくなってしまった少年――遊城十代。彼の状態もかなり深刻だ。しかも先程防人妖花から連絡があったのだが、彼がいきなり姿を消したらしい。

 まああの生命力とバイタリティなら放っておいても問題ないとは思うが、問題はレッド寮だ。彼がいないと活気が無い。

 

(その辺は気にかけておかなアカンな。後は――)

 

 確認していると、不意にPDAが鳴った。相手は――神崎アヤメ。

 

「んー?」

 

 思わず首を傾げる。珍しい。電話では無くメールで用件を伝えてくることが多い人だというのに。

 そもそも敵チーム同士という間柄であるため、美咲はともかくアヤメが密なやり取りを避けようとしていたはずだが……。

 

「はいっ☆ 皆のアイドル、桐生美咲で――」

『桐生プロですか? お忙しいところすみません』

 

 これまた珍しい。こんなにも焦っている所など初めて見る。

 

『落ち着いて聞いてください』

 

 そのまま彼女は、こちらの言葉を聞かずに。

 

『――夢神さんが、姿を消しました』

 

 その事実を、口にした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 職員棟。多くの生徒が出来るならば立ち寄りたくは無いという場所だ。それもそのはずで、一階は職員室と応接室、ニ階は様々な資料が納められた資料室、四階は校長室を始めとしたまず近寄りたくない場所ともなれば当然だろう。

 とはいえ、職員室や資料室には用があれば立ち寄ることも多いだろう。故に問題はその上の階――三階と四階だ。特に三階は生徒はおろか教職員すら立ち寄ろうとせず、現在そこへ立ち寄る人物が事実上たった一人しかいないということもあって不気味な静寂に包まれている。

 そんな、普段は人影さえない場所に荒々しい靴の音が響き渡っていた。

 

『――待ちなさい、〝戦乙女〟よ』

 

 迷いなく歩を進めるその人物――桐生美咲を押し止めたのは、中空に浮かぶ小さな天使だった。青い髪が特徴的なその天使は、憂いを帯びた表情で美咲へと言葉を紡ぐ。

 

『今はまだ時ではありません。あなたの存在は我々にとっての切り札。何のために十六年という月日を過ごしてきたと思っているのです?』

「まだ? なら、その時っていうのはいつや? またあんなことが起こってからが『時』なんか?」

 

 足を止め、天使を睨み付ける美咲。その鋭い眼光を受け止めながらも、天使はしかし、と言葉を続けた。

 

『まだ確証がありません。もし真実そうだったとして、下準備が足りません。相手の情報さえも完全には掴み切れていないのが現実です。ここでもし当たりを引いたとしても、あなたの存在が向こうに完全に知られてしまう事は避けたいのが実情です』

「何を今更。向こうもウチらと一緒や。99%、確証は得てる。せやけど残り1%の確信が得られないから動けへん。……本当は、もっと早くに動くべきやったんや。こんなことになる前に」

 

 敵の名はわかっていても、その構成が不明な現状。故に慎重に事を進めていたが、そのせいで本来出す必要の無かった犠牲を出してしまった。

 それはDMを見失った遊城十代という少年のことであり。

 光を奪われた、夢神祇園という少年のことでもある。

 

『それさえも不確定な状況です。本当に彼らに影響を及ぼしたのは〝破滅の光〟――この世界を滅ぼす存在であるのか。それとも、別の『何か』がいるのか。もし後者であった場合、あなたがその矢面に立つこととなります。我々はそれを避けたい』

「別の何か、か。そんな言い出したらキリがないようなことを言い出したところで何も進まへん。あんたらはエド・フェニックスは〝破滅の光〟の影響を受けてへんと言ったけど、ウチはそれさえ信用できひん。あまりにも都合とタイミングが良過ぎる」

 

 その言葉には天使も思わず口を噤んだ。エド・フェニックスについては彼の周囲を今も無数の精霊が探っているのだが、おかしな所は無いらしい。それどころか十代の件について聞いた際には本気でその原因究明をできる範囲で果たそうとしているくらいだ。

 その過程でマネージャーである斎王琢磨という彼のマネージャーに精霊たちが行きついているのだが、下級精霊の判断で関係ないと判断されていた。

 

「手遅れになったら本気でどうしようもあらへん。虎穴に入らずんば、虎児を得ず――待つのも耐えるのもここまでや。ウチは絶対に、あの悲劇を起こさせへん」

 

 拳を強く握り締め、美咲は再び歩き出す。制止する天使の声を無視し、彼女はその部屋の前へと立った。

 掲げられたプレートは『会議室』。だが現在、ここには一人の人間しか存在しない。

 ――倫理委員会。

 美咲自身と直接関わることはほとんどなかったが、彼女にとっても最も大切である人物が幾度となく関わり、その人生を狂わせられた相手だ。

 思うところは多々あった。だが彼自身が恨みを持っていないからこそ放置していたが――

 

「――ノックもなしにとなると、歓迎はできんが」

 

 聞こえてきたのは低い男の声だった。ご安心を、と叩き壊すような勢いで扉を開けた美咲は言葉を紡ぐ。

 

「歓迎される道理も無ければ、受けるつもりもありませんので」

「ふむ、成程。だが次からはアポイントを取ってからにしてもらいたい。私にも予定がある。桐生美咲――世間を騒がせる〝アイドルプロ〟とはいえ、特別扱いをするような間柄じゃあないはずだ」

「よく言いますね。どうせその予定も、弁護士に会うか裁判に出るかくらいしかないくせに」

 

 これ見よがしに息を吐きながら紡がれた美咲の言葉に相手は一瞬不愉快そうに表情を歪めたが、すぐに表情を戻し、ふむ、と顎に手を当てた。そのまま、確かに、と頷きを見せる。

 

「それについては言う通りだ。ここにもいつまでいるかもわからん身だ。〝マスター〟が身を退いた以上、私も潮時かもしれんな」

「よくもまあ、思っても無いことをベラベラと。そんなに潔い人ならこんな状況になんてなってへんし――何より、何より……ッ」

 

 ぐっ、と美咲は自身の口元を引き結ぶ。その体は震えていた。

 夢神祇園――彼が退学になった際、その原因の根本にいたのは倫理委員会だ。故に美咲は素直に彼らを受け入れることが決してできない。

 彼らを認めることは、夢神祇園の努力を否定することになるから。

 

「ふん、その態度……例の夢神祇園という子供のことか。全く、厄介な話だ。まさかたかが不良生徒一人――それも、オシリス・レッドの落第生を退学にしただけでこんなことになるとはな」

「たかが、やて……?」

 

 その言葉が、美咲の何かを貫いた。

 

「ふざけるんやない。――ふざけんな!!」

 

 感情が爆発する。脳裏に浮かぶのは、傷つき、ボロボロになりながら、それでも人前では決して涙を流さなかった彼の姿。

 

「あんたらのせいで! 祇園が! 祇園がどれだけッ! どれだけ……!」

 

 怒りで言葉が出てこない。

何度も泣いたはずだ。何度も這い蹲ったはずだ。絶望ばかりを目にしてきたはずだ。

それでも彼は、〝ルーキーズ杯〟を勝ち上がり、〝約束〟を叶えてくれた。

 そこに、一体どれだけの想いがあったのか。

 

「ふん、成程。牽制程度と考えての一手だったが。それなりに成果はあったか」

「ッ、やっぱりあの週間記事はあんたらの差し金か」

「我々以外にやるメリットはなかろう? やるのであれば徹底的に。それが私の信条だ。……正直な話、私個人としてはどこで手を引こうがさしたる問題ではない。ただ、私の下には部下がいるのでな。彼らの納得いく結末を用意するのが、倫理委員会議長としての最後の責務だ」

「協会と癒着しといてよーそんなこと言えますね」

 

 はっ、と吐き捨てるように言う美咲。対し、相手も笑みを浮かべず言葉を紡ぐ。

 

「何のことかはわからないが……噂という意味では、キミのチームについてもそっくりそのまま言葉を返そう」

 

 室内の空気が固まる。睨み合う二人。共に相手を完全に敵として睨み付けており、張りつめた雰囲気が漂う。

 どれぐらいそうしていたのか。その沈黙を打ち破ったのは議長の方だった。

 

「さて、こんなくだらない話をするために来たわけではないだろう?」

「わざわざ言わなわからへんか?」

 

 吐き捨てるような言葉に、相手は一瞬考え込むような仕草を見せる。そして、ゆっくりと立ち上がった。

 

「現実的なところで、個人的な報復といったところか。例の記事のせいで色々あったと聞いている。特にあの子供は不幸なことになっているとも、な」

「…………」

「全く、結局誰も得しない話だ。まあ、それもあの子供背景を聞いた今なら納得できるが」

 

 不意に議長がそんなことを言い出した。美咲が眉を跳ね上げると、まあいい、と議長は机からデュエルディスクを取り出した。

 

「もし貴様が来るようなことがあれば、とあの男から案を聞いている。貴様も最終的にはそのつもりで来たのだろう? ならば話は早い方がいい」

「……ウチとしては、聞きたいことが聞き出せればええだけや」

「ほう。何が聞きたい?」

「――祇園を、どこにやった」

 

 底冷えのする声だった。聴く者を思わず身震いさせるような冷えた声。

 だがそれを平然と受け止め、議長は笑う。

 

「くっく、まさかそんなことを聞かれるとは。成程、貴様のお陰で確信が持てたよ。――そうなれば、私も全力で戦うべきか」

 

 パチン、という乾いた音を立て、男が指を鳴らす。瞬間、世界が闇に閉ざされた。

 

『――〝戦乙女〟よ。どうやら『当たり』のようです』

「ああ、そうみたいやな」

 

 議長の背後に浮かぶ、闇を纏う悪魔の姿。

 探し続けた標的が、こんなところに。

 

「せやけど、最悪の展開や。いるかもしれないもう一つの『何か』――それがまさか、よりによって」

 

 記憶の奥底に眠る僅かな恐怖と、その他の全てを塗り潰すような憤怒が湧き上がる。

 そうだ、ここにいる自分は、このために。

 

「探し続けたで。〝悲劇〟――〝トラゴエディア〟!!」

 

 何かに誓いを立てるかのように。

 桐生美咲は、そう叫んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 自身のことを〝悲劇〟と呼んだ少女の言を受け、男は興味深そうに笑った。ただその瞳は漆黒に染まっており、尋常ではない状態であることは明白である。

 

「ほう、知っているのか。貴様と直接戦った記憶は無いが……。響紅葉か? 戦いの記憶は奪ったはずだが」

「……ウチの正体なんてどうでもええ。今からあんたを倒す。それだけや」

「成程、確かにその通りだ」

 

 醜悪な笑みを浮かべ、〝悲劇〟が笑う。

 

「貴様を倒した後で聞きたいことはじっくり聞くとしよう」

「はっ、できるとでも?」

「無論だ」

 

 そして、二人が戦いを始める。

 闇の中の――戦いを。

 

「「決闘!!」」

 

 宣言。先行は――相手だ。

 

「青い小型の天使――くっく、成程、覚えがある。それほどまでに我が恐ろしいか?」

『自惚れるな怨霊。貴様の存在は世界に罅を入れかねない。故に我らが――〝戦乙女〟が貴様を滅する』

「やってみるがいい。よもや十年前、『防人』でさえ我を滅するに至らなかったことを忘れたわけではなかろう?」

 

 貴様らの刃は届かない――その宣言と共に、男がデュエルディスクに叩きつけるようにカードを出した。

 

「手札より、『サイバー・ドラゴン・コア』を召喚! 効果発動、召喚時『サイバー』と名のつく魔法・罠カードを一枚手札に加える! 『サイバー・リペア・プラント』を手札に加え、フィールド魔法『煉獄の氾爛』を発動! 更にカードを一枚伏せてターンエンドだ!」

 

 サイバー・ドラゴン・コア☆2光ATK/DEF400/1500

 

 現れる小型のサイバー・ドラゴン。宿主の影響だろう、おそらくあのデッキはサイバー流。

 デュエル・アカデミア本校倫理委員会議長、中村源蔵。

 プロデュエリストとしても黎明期に活躍していたが、兄弟子とも言える〝マスター〟鮫島にはその実力で及ばず、また彼のような華が無かった。それを本人も自覚していたのだろう。引退後は後進の育成に力を注ぎ、幾人ものプロデュエリストを世に送り出した。

 その実績を評価され、アカデミア本校の教員指導役として赴任。そして倫理委員会の議長へとその肩書を変えた。

 これが桐生美咲が知る目の前の男の情報である。一見すればただ優秀な男の遍歴といったところだが、ここに〝悲劇〟が絡むならば前提条件が大きく変わってくる。

 

「ウチのターン、ドロー。……なあ、一つだけ聞いてもええ?」

「ほう? 言ってみるがいい」

『〝戦乙女〟……?』

 

 自分の中で、倫理員会は敵ではあるがそれだけだった。夢神祇園という、自身にとって最も大切な者の道を奪ったという意味での敵。

 だが――

 

「いつから、その体の中にいたんや?」

 

 ――もしも、ずっと昔からそうだったなら。

 その因果は、もっと根深いものとなる。

 

「その質問に答える意味が無い」

 

 笑みを浮かべたまま言い切る〝悲劇〟。ふん、と美咲は鼻を鳴らした。

 

「ならそれでもええ。どちらにせよ、理由が増えた。ウチがあんたをぶちのめす、大きな理由が! 手札より『ヘカテリス』を捨て、デッキから『神の居城―ヴァルハラ』を手札に加え、発動! この効果により、ウチは一ターンに一度自分の場にモンスターがいなければ手札から天使を一体特殊召喚できる! 『堕天使アスモディウス』を特殊召喚し、効果を発動! デッキから『The splendid VENUS』を墓地へ送り、更に『トレードイン』を発動! 手札の『堕天使スペルピア』を捨て、二枚ドロー!――魔法カード『死者蘇生』!! スペルピアを蘇生し、その効果によりVENUSを蘇生!!」

 

 堕天使アスモディウス☆8闇ATK/DEF3000/2500

 堕天使スペルピア☆8闇ATK/DEF2900/2400

 The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400

 

 並び立つ三体の大型天使。背後から青い天使が美咲へと声をかけた。

 

『〝戦乙女〟よ、慎重に――』

「――悪いけど、口出しはせんといて。そういう契約のはずや」

 

 振り返ることも無く言葉を封殺し、美咲は眼前を見る。そのまま、バトル、と静かに告げた。

 

「VENUSの効果により、コアの攻撃力は0となる! いくんやアスモディウス!」

「弱小モンスター如き、破壊されたところで何も問題は無いが……」

 

 〝悲劇〟LP4000→1000

 

 コアが破壊され、一気に3000ものLPが削られる。瞬間、〝悲劇〟の肉体が消えた。

 全てが消えたわけではない。だが、大部分が消えてしまっている。闇のゲーム――それも、3000年もの間その意識を保ち続けた大怨霊によって形作られるここは正しく闇の領域。

 

「悪いけど、容赦はせんよ。VENUSでダイレクトアタック!」

「手札より『SRメンコート』の効果を発動。相手の直接攻撃時、このモンスターを特殊召喚することで相手フィールド上のモンスターを全て守備表示にする」

 

 SRメンコート☆4風ATK/DEF100/2000

 

 現れたメンコの形をしたモンスター。そのモンスターの出現により、美咲の場のモンスターが全て守備表示となる。

 

「ッ、ウチはターンエンドや!」

「ドロー。そしてスタンバイフェイズ、煉獄の氾欄の効果により『インフェルノイドトークン』が出現する」

 

 インフェルノイドトークン☆1炎ATK/DEF0/0

 

 小さなランタンのようなトークンが出現する。〝悲劇〟は拳を握りめる美咲を見て尚も笑った。

 

「幾度繰り返そうと、人という愚かな命は何も変わらん。怒り、悲しみ、絶望――そんなもので簡単に自らその一手を誤る」

「…………」

「あの時もそうだった。世界の為、人の為と言いながら、〝防人〟は一時の感情で我を滅するに至らなかった。愚かな話だ。世界の為というならば、戦場に迷い込んだ命の一つや二つ、見捨てればよかったモノを」

 

 高々と笑う〝悲劇〟。美咲はそんな男を睨み付け、吐き捨てるように言った。

 

「その愚か者に惨めにも敗走したのは誰や」

「我だ。故にこうしてここにいる。そして貴様の敵として立っている。これを喜劇といわず何という? 凡百の作家でももう少しまともな結末を描くだろう」

「…………」

「まあ、その喜劇には我も巻き込まれていたわけだが。くっく、これもまたくだらぬ喜劇よ。灯台もと暗し――故にこそこの場所にいたというのに、我自身が気づかなかったとはな」

 

 愚かなのは我もだ、と〝悲劇〟は笑う。美咲は眉をひそめ、思わず問いかけた。

 

「……そもそも、あんたの目的は何や。自分を封印した者たちへの復讐かなんかか?」

「復讐。実に矮小な虫けららしい理由だ。確かにそれも面白そうではあるが、我を封印した神官共は最早その残滓さえもこの世界には残っていない。〝防人〟についても娘を殺すことは面白そうではあるが……それもまた、戯れに過ぎんな。わざわざ労力をかけることでもない」

「話が見えへんな。それなら何故ここにいるんや。3000年もの間、何を理由にこの世界に留まり続けた?」

「――退屈しのぎ」

 

 世界最大とも評される大怨霊は、笑みと共にそう告げた。

 

「思わず口を吐いて出たが。成程、そうか。それが理由だったか」

 

 得心がいったように頷く〝悲劇〟。ふざけるな、と美咲は声を絞り出した。

 

「そんなことのために、世界を滅ぼしたんか!?」

「ふむ。何のことか合点がいかないが……世界、か。成程、それも面白い。そういう意味ではやはり我の選択は間違っていなかった。くっく、だが、世界を滅ぼすではなく、世界を滅ぼした、か。ようやく貴様の正体が見えてきた。成程確かに、あの忌々しい主神ならばそのぐらいの芸当容易かろう」

 

 得心を得たかのように笑う〝悲劇〟。そのまま彼は諸手を広げて宣言した。

 

「ならば貴様の見た光景通り、我は世界を滅ぼそう。いい退屈しのぎだ。楽しませてくれるか、虫けら?」

 

 そのまま〝悲劇〟は迷いなく手札のカードをデュエルディスクに差し込む。

 

「手札より『ジェネクス・コントローラー』を召喚! そしてレベル4、SRメンコートとレベル1、インフェルノイドトークンにレベル3、ジェネクス・コントローラーをチューニング! シンクロ召喚、降臨せよ『魔王龍ベエルゼ』!!」

 

 ジェネクス・コントローラー☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 魔王龍ベエルゼ☆8闇ATK/DEF3000/3000→2500/3000

 

 現れたのは、魔王の名を持つ闇の龍。

〝蝿の王〟の名を冠するその龍が、静かにこちらを見下ろした。

 

「魔王龍、ベエルゼ……?」

「我が闇の顕現だ。さあベエルゼよ、VENUSを攻撃せよ」

「くっ――」

 

 攻撃力を下げるVENUSの効果も、守備表示となっている現状ではその力を完全には発揮できない。

 

「しかし、あの後散らばったプラネット・シリーズの一枚を貴様が有しているとはな。つくづく、あの主神は貴様を我とぶつけたかったらしい」

「……当たり前や。ウチはそのためにここにいるんやからな」

「くく、そのためにあの小僧に近付いたか。成程、ようやく合点がいった」

 

 その言葉に美咲は眉をひそめた。小僧――その言い方からするに、おそらく祇園のことだ。だが、倫理委員会と祇園に繋がりがあっても、〝悲劇〟と祇園には繋がりなど無いはずだが。

 

「ほう……当代〝防人〟の時もそうだったが。本当に知らぬのだな。くっく、業の深いことだ。己の存在の意味、人生、理由。その全てが精霊共の玩具となっているというのに、当人にその意識は欠片もないとは」

「……どういう意味や?」

「知りたいか? この真実はそこの天使が語ることを否としたこと。そうであると知った上で?」

 

 振り返る。青髪の天使は瞑目し、沈黙を貫いた。

 

「くくっ、沈黙とは。教えてやろう。先代〝防人〟との戦いにおいて、我は精神と心臓を分かつこととなった。そして心臓はとある精霊が取り込み、また、自壊の術式を己に刻むことで我が心臓ごと消滅しようとした。

 だがその精霊は消滅せず、十数年の時を経てその姿を現した」

 

 聞いてはならない気がした。

 それを聞いてしまえば、自分の中の大切なモノが――……

 

「その精霊の名は、『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』。主の名は――夢神祇園」

 

 祇園が大切にしていた、古びたカード。

 何があっても彼がデッキから抜くことの無かった、それが。

 

〝初めて拾ったカードなんだ。……何でだろうね。同じだ、って思って〟

 

 道端に、誰にも見向きもされずに落ちていたのだと彼は言っていた。

 

〝誰にも見向きもされず、踏み付けられるだけのカード……見つけたら、放っておけなかった〟

 

 故にこそ、彼はドラゴン族を選んだ。

 力への憧れを抱くと同時、そのカードの力を生かすにはその選択しかなかったが故に。

 

「……ちょっ、と、待って。ちょっと待ってや。ウチはあの日、偶然、祇園と」

「神の加護を受け、神の使いとして貴様が降り立った場所にあった我が心臓を持つ精霊のカード。そしてその所持者。これが偶然だと?」

 

 にやにやと、いやらしい笑みを浮かべる〝悲劇〟。

 思考が追いつかない。使命の為に生きてきた。復讐のために生きてきた。

 多くの秘密を背負い、そうして生きてきて。

 ――けれど。

 あの出会いだけは、それだけは、桐生美咲の――

 

『……保険のようなものです。本来ならば、かの精霊はあの術式を己に組み込んだ時点で何者にも認識されず、朽ち果てるだけのモノとなっていた。実際、かの精霊が姿を見せたことは一度たりともなかった。そう、ただの一度も無かったのです』

「神々にすら認識されないとなると、最早それは奇跡の類だ。とはいえ、我から隠れようとするならばそれぐらいのことはしなければならなかっただろうが」

 

 あの日、出会った少女と少年。

 けれど、その出会いは。

 いや、出会ったことが。

 

「あの凡愚の極みである小僧が所持していたという事もまた思惑通りなのだろう。関わることなど無く、我は見つけることも終ぞ出来なかったはずだ。だが、運命はそれを許さなかった」

 

 貴様のお陰だ、と〝悲劇〟は笑った。

 

「貴様が小僧と出会い、導き、表舞台へ引き上げたが故に――我らは見つけることができた」

 

 あの日交わした小さな約束。

 それが、始まりで。

 

「さあ、問答はここまでだ。賽は投げられた。守りたいなら守るがいい、神の使い――〝戦乙女〟よ。貴様を喰らい、我が心臓を取り戻し、貴様が視た未来を実現しよう」

 

 高々と笑う〝悲劇〟を前に。

 美咲は、己の足元が崩れていくような感覚を覚えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 闇が晴れ、会議室に一人の男が姿を現す。

 その左腕からは血が滴っており、男はそれを一瞥して息を吐いた。

 

「ふん。流石に〝戦乙女〟を名乗るだけはあるか。痛み分けということにしておいてやろう」

 

 呟くと、男は周囲を見回す。ほとんどの荷物は既に運び出している。ノートPCぐらいか。

 

「追手がかからないうちに撤収するとしよう。いずれにせよ、この場所に最早用は無い」

 

 目的は既に達成した。〝三幻魔〟の力、アカデミアの影響力、背後にあるKC社の情報。

 こうなることは予定の上だ。それが少し早くなっただけ。

 

「――いい退屈しのぎだ。あの小僧を探すのもまた一興」

 

 あの態度からするに、〝戦乙女〟は行方を知らないようだった。あの天使は知っているかもしれない――いや、おそらく知っているのだろうが、敢えて伝えていなかったのだろう。

 そうなれば、候補も自ずと絞られてくる。

 

「さあ、あの時のやり直しだ。精々楽しむとしよう」

 

〝白き結社〟――そして、〝破滅の光〟。

 精霊たちと、それらを従える決闘者たち。

 かつて自分を封印しようとした、〝防人〟を始めとする人間たち。

 

 その全てが、愛しい愛しい怨敵だ。

 

 笑い声が響き渡る。

 それを知る者は、ここにはいない。

 








捻じ曲げられたのは、誰の物語だったのか。
大切な思い出が、大切な誰かを傷つけるものであったなら。
一体、どんな選択をするのが正解だったのだろうか。










ずいぶん遅くなってしまいましたmasamuneです。すみません。
愛用のPCが壊れ、修理に11万円かかると言われと色々あって投稿できませんでした。

物語自体はどうにかこうにか続けていくつもりなので、お付き合いいただけると幸いです。







名前だけで出続けてきた倫理委員会。その議長。
サイバー流という流派にも根深く関わる彼。
……さてさて、サイバー流が歪んだのはいつだったのでしょうか。

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