遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第三話 運命の力、帝王の想い

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒板にチョークで文字を書く音が響き渡る。同時に一人の少女の言葉が紡がれており、ノートにペンを走らせる音があちこちから聞こえていた。

 

「――というわけで、まず大事なんは自分に出来得ることの確認や。最初に手札のカードを確認。ここで重要なのはその手札のカードがどこへ干渉するか。相手のモンスターなのか魔法・罠なのか手札なのか墓地なのかLPなのか、あるいは自分に作用するのか。その上で墓地のカード、そして山札に眠っているカードをしっかり確認すること。状況次第ではデッキからカードを引っ張ってくることも必要になるから、何が何枚残っているかはちゃんと把握せなアカンよ」

 

 教壇に立つのは今年で十六になる年若き少女――桐生美咲。アイドルとしても活躍するだけのことはあり、その声はよく通る。

 しかし本来ならアイドルたる彼女が教壇に立っているとなれば浮足立ちそうなものなのだが、この場にいる者たちはほぼ全員が真剣な表情で彼女の言葉に耳を傾けている。昨年多くの寮の移動があった彼女の授業を経験している以上、手を抜くことなどできるはずがないのだ。

 

「デッキ関連やったら『自爆特攻』が有効になることも多いよ。リクルーター――有名どころで『キラー・トマト』、『シャイン・エンジェル』、『巨大ネズミ』、『グリズリー・マザー』、『UFOタートル』、『ドラゴンフライ』の6属性リクルーターなんかは相手によっては自分から攻撃を仕掛けんとアカン場合も多い。100%悪手とは言わへんけど、相手の場にリクルーターが見えていて戦闘破壊は可能やけどLPを削り切れへん時は敢えて攻撃せんのも一つの手や。去年のノース校との対抗戦で万丈目くんと〝侍大将〟のデュエルがそうやったね。万丈目くんはまだ攻撃権を残してる相手に対して出したいモンスターを先に出すことで、リクルーターが残る状況を避けた」

 

 同時、スクリーンに映像が流れる。

 

 

『まだ攻撃が残ってるのに妙だと思ったが、守る手段があったわけか』

『貴様のことだ。ここで仮面竜を出したところで攻撃を止めるだけだろう?』

『よくおわかりで。……俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ』

 

 

 如月宗達の攻撃に対し、万丈目が『和睦の使者』を発動した際のワンシーンだ。映像が止まり、美咲は更に言葉を続ける。

 

「この時万丈目くんは割られこそしたけど『デモンズ・チェーン』も伏せてた。リクルーターゆーんはセット状態で一回攻撃を受けるだけやったら問題ない場合が多いけど、相手が複数回攻撃権を持ってる場合はちょっと辛くなるで。その辺は駆け引きやけどな。ただ、『バーサーク・デッド・ドラゴン』には注意すること。リクルーター全部潰せるからな」

 

 大ダメージになるで――そう言いつつ、美咲はモニターの画面を切り替える。そこには二枚のカードが映っていた。

 

「リクルーターを使う場合は、その条件をちゃんと把握するんも大事やで。例えば『巨大ネズミ』は地属性なら種族もレベル問わへんけど、攻撃力1500以下っていう縛りがある。逆に隣の『ピラミッド・タートル』は『アンデット族』っていう属性縛りで、参照するンも守備力2000以下って違いがある。これを利用して『茫漠の死者』を出したら攻撃力2000のモンスターが立つよ。日本やとタイトル戦はLP8000のマッチ制やからその場合攻撃力4000で出てくるなぁ」

 

 4000、という数字に僅かに教室がざわめく。だが美咲は特に気にする風もなく言葉を続けた。

 

「というわけで、今日はテストの代わりにリクルーターの運用についてレポートを書くこと。時間もええ時間やしなぁ」

 

 そういうと、美咲は資料を束ねてモニターの映像を操作し始めた。教室の空気が和らぎ、話し声が広がっていく。

 

「今日の試合って誰が最初だったっけ?」

「二条紅里と神崎アヤメだろ。で、第二試合が丸藤先輩とエド・フェニックス」

「新人の推薦枠に選ばれるとか、やっぱカイザーは凄ぇなぁ……」

「第三試合が新井智紀と……天城プロか」

 

 口々に言葉を紡ぐ生徒たち。今日は今年度からプロデビューをした者が公開デュエルを行う日だ。毎年その年にプロデビューした者の中からDM協会が選び、現役のプロデュエリストとデュエルを行うのだ。基本的に前年度で活躍した者が推薦で選ばれ、主にお披露目の名目で行われる。

 

「他の教室では一年生と三年生も見とるはずやし、皆もちゃんと見ること。――プロデュエリストの実力をしっかりと見とくんやで」

 

 部屋の照明を落とし、同時、東京ドームが映し出される。

 試合開始まで後十分ほど。

 

(さて、エド・フェニックスと丸藤くんか。……なんか、不穏やなぁ)

 

 ただの勘だが、なんとなく嫌な予感がする。

 マネージャーの城井にも最近違和感を覚えるし、どうにも調子が出ない。

 

(……考え過ぎかもしれへんけど)

 

 いつも通り仕事モードに入ると超真面目になり、プライベートでは雑になる人だ。何も変わってはいないはず。

 

(そういえばもうすぐ城井さん誕生日やん。確か赤と黒が好き言うてたし、黒の鞄でも――)

 

 そこで、違和感の正体に気付いた。

 あまり好きではないと言っていた白。だが、確か。

 あの人が最近使っている鞄の色は――

 

「…………白…………?」

 

 芽生えてきた、その疑問は。

 モニターより響く歓声に、押し流された。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 控室。丸藤亮、新井智紀、二条紅里の三人は思い思いにその場所で過ごしていた。ただ、既に試合を終えた二条紅里は机に突っ伏しているが。

 

「……強いよ~……」

 

 ポツリと、机に突っ伏しながら紅里が呟いた。目を閉じて精神を集中させていた亮が薄く目を開け、携帯端末を弄っていた新井も顔を上げる。

 

「だが、絶望的なほどの差はないように見えたぞ」

「……ん~……それは、そうかもしれないです。……悔しいなぁ……」

 

 顔を上げぬままにそう言葉を紡ぐ紅里。そんな彼女に対し、新井が苦笑と共に言葉を紡いだ。

 

「負けてもいい、とか言うつもりはないけどな。次の目処が立った、ってことにしとけばいいんじゃないか?」

「……うー……」

「かなり堪えてんなぁ……。まあ、しゃーねぇか。それよか丸藤、そろそろ出番だろ」

「はい。行ってきます」

 

 頷くと共に亮は立ち上がり、デュエルディスクを腕にセットする。そのまま部屋を出ようとすると、その背に新井が言葉を紡いだ。

 

「気を付けろよ。エド・フェニックスは強いぞ」

「はい。今持てる全ての力を込めて、挑みます」

 

 部屋を出、ステージへと向かう。

 エド・フェニックス。現在も公式戦の連勝記録を更新し続ける新進気鋭のプロデュエリスト。まだプロになってから日が浅いためランキングが高くなく、そのせいでランクの高い世界レベルの大会には出場していないが、世界各地で行われている大会で優勝を続けている。

 日本における最年少プロ勝利記録の保持者は桐生美咲だが、エド・フェニックスはその連勝数において彼女を大きく上回る。

 ――若き天才。

 年下でこそあるが、そう呼ばれる実力者と戦えることに自然と頬が緩む。

 

(エド・フェニックスのデッキはHEROだ。……卒業デュエルを思い出す)

 

 遊城十代との卒業デュエル。最終的にとんでもない攻撃力のぶつかり合いとなったあのデュエルを思い出す。

 楽しいデュエルだった。また、あんなデュエルができればいい。

 

(……楽しい?)

 

 ふと、足を止めた。

 楽しいデュエル。勝利の果て、敗北の果て、決着の先に見えたモノ。

 あの時、自分は何を感じただろうか――……?

 

「ああ、そうか」

 

 ずっと、悩み続けていた。

 ずっと、答えを求めていた。

 リスペクトとは何なのか。

 サイバー流とは何なのか。

 ずっと、ずっと。

 

「きっと――」

 

 ようやく、届く気がする。

 求め続けた、その場所へ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 二人のデュエリストが、正面から向かい合う。

 丸藤亮。

 エド・フェニックス。

 若き才能が、激突する。

 

「アカデミアでは入れ替わりになってしまったな。お前とは一度戦ってみたかった」

「お手柔らかにお願いしますよ、先輩」

 

 その言葉の端に侮りを滲ませ、エドは言う。亮は眉を僅かに反応させると、いくぞ、と宣言した。

 

 

「「決闘!!」」

 

 二人の宣言により、歓声が上がる。黄色い声援が多いところから、二人の人気が伺えた。

 

「先行は俺だ。『サイバー・ラーバァ』を召喚。カードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 サイバー・ラーバァ☆1光ATK/DEF400/600

 

 現れたモンスターを見て、エドが笑う。

 

「いきなり守りかい、先輩?」

「…………」

「やれやれ、だんまりとはね。――僕のターン、ドロー。魔法カード『融合』を発動。手札の『E・HEROフェザーマン』と『E・HEROバーストレディ』を融合。カモン、『E・HEROフェニックスガイ』!」

 

 E・HEROフェニックスガイ☆6炎ATK/DEF2100/1200

 

 現れたのは、一体の融合ヒーロー。フェザーマンとバーストレディ――遊城十代が最も信頼するヒーローと同じ素材から紡がれながら、姿は大きく違う。

 

「フェニックスガイは戦闘では破壊されない。――バトルだ、フェニックスガイでサイバー・ラーバァへ攻撃!」

「サイバー・ラーバァが攻撃対象に選択された時、このターン俺が受ける戦闘ダメージを全て0にできる! 更に戦闘で破壊されたことにより、デッキから二体目のサイバー・ラーバァを特殊召喚!」

「へぇ、面倒なモンスターだ。僕はカードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 余裕の表情を崩さぬままにエンドを宣言するエド。ドロー、と亮はカードをドローした。

 

「俺は手札より『サイバー・ドラゴン・コア』を召喚。召喚成功時、デッキからサイバーと名の付く魔法・罠を一枚手札に加えることができる。『サイバー・リペア・プラント』を手札に加える」

 

 手札を確認する。上手くいけば大きくダメージを与えられるが……。

 

(気になるのはあの伏せカードだ)

 

 こちらを煽るような言い回しからも、おそらくこちらを誘っている。ならば――

 

「俺はサイバー・ラーバァを守備表示にし、魔法カード『融合』を発動! 場のサイバー・ドラゴンとなっているコアと手札の『サイバー・ドラゴン』で融合! 来い、『サイバー・ツイン・ドラゴン』ッ!!」

 

 サイバー・ツイン・ドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2100

 

 現れるのは、亮のエースモンスター。二頭の首を持つ機械竜だ。

 

 

『出ました! リスペクト・デュエルの要! カイザー亮のエースモンスターです!』

『攻撃力2800の二回攻撃。強力ですよ』

 

 

 実況の声に合わせるように大歓声が響く。バトルだ、と亮は宣言した。

 

「サイバー・ツインでフェニックスガイを攻撃! 二連打ァ!」

「無駄だ! フェニックスガイは戦闘では破壊されない!」

「――ならば破壊できるようにすればいい。速攻魔法『禁じられた聖杯』を発動! モンスター一体の攻撃力を400ポイントアップする代わりに、その効果を無効にする!」

「なにっ!?」

 

 攻撃力こそ上昇したが、耐性を失ったフェニックスガイ。サイバー・ツインの牙が迫りくる。

 

「フェニックスガイ、撃破! ダイレクトアタックだ!」

「それはどうかな?」

 

 笑み。それと共に伏せカードが発動する。

 

「罠発動、『ヒーロー・シグナル』! 場のモンスターが戦闘で破壊された時、デッキからレベル4以下の『E・HERO』を特殊召喚する! 『E・HEROバブルマン』を特殊召喚! 更に効果により、カードを二枚ドロー!」

 

 E・HEROバブルマン☆4水ATK/DEF800/1200

 エドLP4000→3700

 

 エドの場に現れるバブルマン。くっ、と亮は呻いた。

 

「読んでいたのか……」

「戦闘で破壊されない。ならば効果で破壊するというのが定石だ。けれど、キミたち『サイバー流』は絶対にそんな手段は選ばない――いや、選べない」

 

 こちらを小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言うエド。そのまま彼は肩を竦めて言葉を紡いだ。

 

「読んだ、というほどのことじゃあない。このぐらい、誰だってわかるさ」

「……俺はターンエンドだ」

 

 ぐっ、と強く拳を握りながら言う亮。僕のターン、とエドは宣言した。

 

「先輩、あなたの運命は既に決まっている。僕は手札より『死者蘇生』を発動。バブルマンを蘇生し、カードを二枚ドロー。――魔法カード『ミラクル・フュージョン』。場のバブルマンと墓地のフェザーマンで融合! 来い、『E・HEROアブソルートZero』!!」

 

 E・HEROアブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000

 

 現れるは、絶対零度の力を持つ最強のHERO。更に、とエドがカードを発動させる。

 

「フィールド魔法『摩天楼―スカイスクレイパー―』発動! 効果の説明は……必要なさそうだ」

 

 E・HERO専用のフィールド魔法。戦場を得、英雄たちは輝きを増す。

 

「バトルだ、Zeroでサイバー・ツインを攻撃!」

 

 スカイスクレイパーの効果を受け、攻撃力の上昇した最強のHEROの一撃が迫る。

 

「――リバースカード、オープン」

「無駄だ! Zeroがフィールドを離れた時、相手モンスターは全て破壊される! 何をしようと――」

 

 HEROの拳がサイバー・ツインを討ち抜こうと振り抜かれる。

 だが、二頭の首を持つ機械竜はそれを避けると、その首でHEROを引き裂いた。

 

「何――!?」

「速攻魔法『決闘融合―バトル・フュージョン』! 自分フィールド上の融合モンスターが戦闘を行う攻撃宣言時に発動できる! この効果により、サイバー・ツインの攻撃力はZeroの攻撃力分アップする!!」

 

 E・HEROアブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000→3500/2000

 サイバー・ツイン・ドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2100→5300/2100

 エドLP3700→1900

 

 再びエドのLPが大きく削り取られる。同時、二人のモンスターが吹き飛び、場が空いた。

 

「……どうした? 薄ら笑いが消えているぞ」

「――――」

 

 相手を睨み付けながらの言葉に、エドが歯軋りを零した。そのまま一度俯くと、へぇ、と肩を竦めながら言葉を紡ぐ。

 

「やるじゃないか先輩。まさかこんな手を打たれるなんてね」

「まだお前のターンは終了していない。ターンエンドを宣言するなら、次のターンでこのデュエルは終わるが」

「はは、冗談が上手いね先輩は」

 

 肩を震わせて笑うエド。思わず亮は眉をひそめた。

 

(ハッタリか? いや、違う……あの目はそうじゃない)

 

 相手の一手を受け止め、更なる力で返す。基本にして奥義たるその一手で亮はエドの手を打ち破って見せた。

 少なからずショックは受けているはずだ。だが、違う。あの目は。

 

(見覚えのある目だ。軽薄な態度と相手を挑発する言動はあくまで仮面。いや、全てが偽りというわけではないだろう。だがその本質は表面のモノとは大きく違う)

 

 あの目は何度も見た。結局、あれから一度も戦うことはなかったけれど。

 救ってくれた礼さえも、満足に受け取っては貰えなかったけれど。

 

(在り方は違う。だが、その目は同じだ)

 

 表面の態度からは微塵も感じられない、瞳の奥底に秘められた感情。

 ――憎悪。

 自分とは違う、別の何かに向けられたその昏い意志は。

 

「――しょうがない。見せる気はなかったけれど、僕の本気を見せようか」

「なんだと?」

「僕は手札より『D-HEROダイヤモンドガイ』を召喚!」

 

 ダイヤモンドガイ☆4闇ATK/DEF1400/1600

 

 現れたのは、黒い外装を纏ったHEROだ。見覚えのないそのモンスターの登場に亮は思わず眉を顰め、会場にもざわめきが広がる。

 

「デスティニー……ヒーロー……?」

「デスティニー――即ち〝運命〟だ。残念だったね、先輩。これであなたの勝利は万が一にも――いや、億が一にもなくなった」

「……ほう」

 

 自分でも声に怒気がこもったのがわかった。エドは変わらず笑みを浮かべたまま、更なる言葉を紡ぐ。

 

「信じられない? だが、運命はもう決まっているんだよ。――ダイヤモンドガイのエフェクト発動。デッキトップのカードを確認し、通常魔法カードだった場合セメタリーに置く。その場合次の僕のターンのメインフェイズ時にこの効果で墓地に送った魔法カードを発動することができる」

「…………」

「違った場合が知りたそうな顔だね? 安心するといい。外れることなどありえない。――デッキトップは、『終わりの始まり』だ」

 

 墓地の闇属性モンスターを五体除外する代わりに三枚のドローを可能とする魔法カード。通常ならその条件故に発動が難しいカードだが――……

 

「更に魔法カード『デスティニー・ドロー』を発動。手札のD-HEROを捨て、カードを二枚ドローする。『D-HEROディアボリックガイ』を捨て、二枚ドロー。更に魔法カード『オーバー・デスティニー』を発動。セメタリーのD-HERO一体を選択し、そのレベルの半分以下のD-HEROを特殊召喚する。カモン、『D-HEROダガーガイ』! 更にディアボリックガイのエフェクト発動! セメタリーのこのモンスターを除外することで、デッキから同名モンスターを特殊召喚する! カモン、ディアボリックガイ!」

 

 場に並ぶ三体のモンスター。見せてあげるよ、とエドは言葉を紡いだ。

 

「三体のモンスターを生贄に捧げ――カモン、『D-HEROドグマガイ』!」

 

 天井に、それが現れた。

 Dのシグナル。同時、景色が変わる。夜――星無き夜空に、それが舞い降りた。

 

 D-HEROドグマガイ☆8闇ATK/DEF3400/2400

 

 そのHEROは大きく翼を広げ、咆哮を挙げた。

 まるでその咆哮は、深き悲しみを背負うかのようで――……

 

「攻撃力……3400だと……!?」

「ドグマガイの恐ろしさは――いや、『D-HERO』の恐ろしさはここからだ。僕は更にフィールド魔法、『幽獄の時計塔』を発動! ターンエンドだ!」

 

 エドの背後に巨大な時計塔が現れる。エドはその瞳を亮へと向けた。

 

「誰もヒーローの本当の姿を理解していない。まずはあなたからだ。英雄と呼ばれ、時にあがめられる英雄の存在。その本当の姿を――苦悩を教えてやる」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 運命の名を持つ新たなHERO。そもそもからHEROは人気の高いカテゴリであり、一番有名な『E・HERO』を筆頭に『M・HERO』、『V・HERO』など多くの姿がある。エアーマンやアドレイションなどが影響を及ぼすのがHERO全体であるように、HERO全てを把握している者はそう多くないだろう。

 だが、D-HERO。その表記からして今までのHEROとは違うモンスターを、祇園は知らない。

 

「……見たことがないモンスターですね」

 

 デュエルアカデミア・ウエスト校。その校長室でデュエルを観戦していた祇園がポツリと零した。ああ、と応じるのは澪だ。彼女にしては珍しく、考え込むような仕草をしている。

 

「全てのカードを把握しているなどと言うつもりはないが、D-HEROなど聞いたことがない」

「今出てきたドグマガイはともかく、モンスターのステータスは全体的に低いようですが……」

「妙な効果を持っている。デッキからの特殊召喚、そして次のターンに運の要素はあるがノーコストで魔法を発動できるようにする効果。こんなカテゴリがあったとして、どうして今まで埋もれていた?」

 

 あの口振りからするに、エド・フェニックスの真のデッキはこのD-HEROなのだろう。今まで隠してきた理由は不明だが、今日までその姿が確認できなかったのはあまりに妙だ。

 

「……もしかしたら、彼の父親が理由なのかもしれませんね」

 

 ポツリと呟いたのは龍剛寺校長だ。彼はどこか痛ましげな表情を浮かべながらエドの姿を見つめている。

 

「父、ですか?」

「ええ、そうです。……かつてカードデザイナーとしてペガサス・J・クロフォードからも高く評価されていた人物。それが彼の父親です」

「……聞き覚えがありませんね」

 

 澪が怪訝な表情を浮かべる。彼女は仕事に積極的な方ではないが、流石に有名な仕事相手のことは覚えている。ペガサス会長の覚えが良い人物となれば、知っているはずなのだが。

 

「ええ、それは当然でしょう。……彼の父親は、既に亡くなっています」

 

 表情一つ変えずに言い切る龍剛寺。彼は更に続けた。

 

「桐生美咲、響紅葉――二人が持つ〝プラネット・シリーズ〟をデザインしたのも元々は彼です」

「プラネットを……!?」

「ええ、本当に優秀な人物でした。あんな悲劇さえなければ、今頃数多くのカードを世に送り出していたでしょう」

「悲劇?」

「ええ。もう十年近く前になりますか。……何者かに殺されたのですよ、彼は」

 

 ふう、と息を吐く龍剛寺。エドから視線を外さぬまま、彼は言葉を続ける。

 

「犯人は愚か、その手がかりさえ現在に至るまで見つかっていません。きっと彼は、今でも探しているのでしょう。あの目は、そういうモノです」

「ああ、成程。道理で見覚えがあると思えば」

 

 息を吐き、澪が足を組み直す。その表情はつまらなさそうだ。

 

「アレは、毎朝鏡で見る目だ」

 

 平坦な声音で、当たり前のように呟く澪。祇園も龍剛寺も、何も言わない。

 

「そしてそうならば……強いぞ。年月を経てなお色褪せることなき憎悪。人の強さの源泉において、これ以上のモノはそうそうない」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デスティニー――〝運命〟。

 その名を持つHEROを亮は初めて見る。

 

(やはりその性質が不明な相手は戦い難い)

 

 DMはカードの組み合わせによって戦うゲームだ。個別の効果を把握したところで、そこから何に繋がるかを把握できなければ最悪墓穴を掘ることさえあり得る。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引く。その瞬間、エドが笑みを浮かべた。

 

「ドグマガイのエフェクト発動! 特殊召喚に成功した次の相手ターンスタンバイフェイズ、相手のLPを半分にする!」

「何!?」

 

 亮LP4000→2000

 

 一気にLPを削り取られる亮。ただの大型モンスターではなかったらしい。

 

「言ったはずだ。運命は決まっていると。――幽獄の時計塔の効果を発動。相手のスタンバイフェイズに時計カウンターを置く」

 

 幽獄の時計塔0→1

 

 時計塔の針が進む。本能が警鐘を鳴らした。アレを放置してはマズい。

 

(……だが、今のこの手札では……)

 

 打てる手がない。故に――

 

「魔法カード『サイバー・リペア・プラント』を発動。デッキから『サイバー・ヴァリー』を手札に加え、召喚。カードを伏せ、ターンエンドだ」

「ふん。時間稼ぎのつもりか? 僕のターン、ドロー! ダイヤモンドガイのエフェクトにより、『終わりの始まり』の効果を発動! カードを三枚ドローする! そして手札より『D-HEROドレッドサーヴァント』を召喚! エフェクト発動! 召喚時、幽獄の時計塔にカウンターが乗る!」

 

 D-HERO☆3闇ATK/DEF400/700

 幽獄の時計塔1→2

 

 新たなHEROの登場により、時計塔のカウンターが進む。12時まで――後、二つ。

 

「そして魔法カード『地砕き』を発動! サイバー・ヴァリーを破壊!」

「…………ッ!」

「残念だったね、先輩。もう少し骨があると思ったけれど、これで終わりだ。ドグマガイでダイレクトアタック!!」

 

 歓声と悲鳴が交錯する。その最中、亮は一切の怯えも怯みも見せずに伏せカードを発動した。

 

「罠カード『和睦の使者』このターンの戦闘ダメージを全て0にする!」

「へぇ、二段構えの防御策って事か。〝帝王〟なんて呼ばれてる割に、随分と逃げの戦略ばかり取るんだね。僕はカードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

 亮の手札は0。場にもカードはない。

 状況はほとんど詰みだ。それがわかっているためだろう、観客の亮を応援する声も勢いを失くしている。

 

「そもそも、〝帝王〟なんてあんな小さな島で随分と大仰な名前を名乗ったものだね」

「自分で名乗ったわけではない。だが――」

 

 デッキトップに指をかける。

 

(成程、十代はいつもこんな気持ちで)

 

 絶望的な状況であっても、笑みを浮かべてデュエルをする後輩の姿が浮かぶ。

 彼はいつも、こんな気持ちでデュエルをしていたのか。

 これは、確かに笑みが浮かぶ。

 自分のデッキを心から信じ、カードを引く。これで心躍らぬのは嘘だ。

 

「俺をそう呼んでくれたライバルたちに、後輩たちに。無様な姿は見せられない。――ドローッ!」

「その瞬間、スタンバイフェイズに再びカウンターが乗る!」

 

 幽獄の時計塔2→3

 

 十二時に迫る時計の針。だが、それよりも。

 

(このカードは)

 

 もしも、デッキに想いが宿るというのなら。

 これが一つの分岐点だろう。

 

「俺はカードを伏せ、ターンエンドだ」

 

 信じ抜いて見せる。自分を。このデッキを。

 

「悪あがきもここまで来ると見苦しいね。僕のターン、ドロー。ドレッドサーヴァントを生贄に捧げ、『D-HEROダッシュガイ』を召喚!」

 

 D-HEROダッシュガイ☆6闇ATK/DEF2100/1000

 

 爆音と共にローラーの脚を持つHEROが現れる。そもそも、とエドは言葉を紡いだ。

 

「先輩と僕じゃ背負っているモノが違う。光の道だけを歩き続けてきたあなたに、僕が負ける道理はない。――バトルだ!」

「そうはさせない! リバースカード、オープン! 罠カード『裁きの天秤』!」

「何!?」

「このカードの発動時、自分の手札・場のカードが相手の場のカードより少ない場合、その差分だけカードをドロー出来る! お前の場にカードは五枚! よって四枚ドロー!」

「何をしようが今更! 手札を増やしたところで何ができる! ドグマガイでダイレクトアタック!」

「『速攻のかかし』! バトルを無効にし、バトルフェイズを強制終了させる!」

 

 現れたかかしにより攻撃が防がれる。くっ、とエドが呻いた。

 

「往生際の悪い……! ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

「スタンバイフェイズ、時計の針が進む!」

 

 幽獄の時計塔3→4

 

 時計の針が12時を示し、鐘の音が鳴り響く。その音はまるで、不吉な調べのようだった。

 

「随分と凌いでくれる。けれどそれももう終わりだ。最早あなたの敗北はここに決まった」

「それはどうかな。墓地のサイバー・ドラゴン・コアの効果を発動! 相手の場にのみモンスターが存在する時、このカードを除外することでデッキから『サイバー・ドラゴン』を特殊召喚する! 魔法カード『サイバー・リペア・プラント』を発動! サイバー・ドラゴンを手札に加え、更に『融合回収』! 墓地のサイバー・ドラゴンと『融合』を手札に!――いくぞ、『パワー・ボンド』発動!! 三体のサイバー・ドラゴンで融合!!」

 

 リスペクト・デュエルの奥義にして最後の切り札。最強のサイバーが、降臨する。

 

「『サイバー・エンド・ドラゴン』!!」

 

 サイバー・エンド・ドラゴン☆10光ATK/DEF4000/3800→8000/3800

 

 轟音と共に、三つ首の機械竜が現れた。

 その咆哮が会場を揺らし、大歓声がそれを後押しする。

 

「サイバー・エンド・ドラゴンでドグマガイに攻撃!! エターナル・エヴォリューション・バーストッ!!」

「罠発動! 『D-シールド』! D-HEROが攻撃対象となった時、モンスターを守備表示とすることで戦闘破壊を防ぐことができる!」

「無駄だ! サイバー・エンド・ドラゴンは貫通効果を持つ!!」

 

 サイバー・エンド・ドラゴンの一撃が叩き込まれた。決着――誰もがそう確信した瞬間。

 

「――一ターン遅かったね、先輩」

 

 不敵な笑み。ダメージは――0。

 

「幽獄の時計塔に四つのカウンターが乗っている時、僕への戦闘ダメージは全て0となる」

「なんだと……くっ、俺は『サイバー・ジラフ』を召喚。効果発動。このモンスターを生贄に捧げることでこのターンの俺への効果ダメージは全て0となる」

「安心したよ先輩。こんな形で自爆なんて何も面白く無い。――僕のターン、ドロー! 魔法カード『サイクロン』発動! 破壊するのは幽獄の時計塔だ!」

「自分で自分のカードを……?」

「時計塔が破壊されたことにより、時計塔に封じられていたHEROが姿を現す。――カモン、『D-HEROドレッドガイ』!!」

 

 崩れ落ちていく時計塔。その内部より、獣じみた咆哮が響き渡る。

 そして現れたのは、引き千切った鎖を両腕に纏うHEROだ。

 

「ドレッドガイは時計塔の崩壊と共に現れるHERO。そしてその咆哮は、墓地に眠るHEROを呼び覚ます。カモン、ダイヤモンドガイ、ディアボリックガイ!!」

 

 D-HEROドレッドガイ☆8闇ATK/DEF?/?→7700/5800

 D-HEROダイヤモンドガイ☆4闇ATK/DEF1400/1600

 D-HEROディアボリックガイ☆6闇ATK/DEF800/800

 

 エドの場がモンスターで埋まる。会場が大きく湧いた。

 

「さあ、フィナーレだ。フィールド魔法『ダーク・シティ』発動! D-HEROが攻撃する時、相手のモンスターの方が攻撃力が高い場合、ダメージステップ時に攻撃力が1000ポイントアップする! いけ、ドレッドガイ!! その拳で奴の理想を打ち砕け!!」

「――――ッ!?」

 

 亮LP2000→1300

 

 攻撃力8000――帝王最強の切り札さえ、エド・フェニックスは超えてくる。

 

「トドメだ、ドグマガイでダイレクトアタック!!」

 

 亮LP1300→-2100

 

 決着。会場が一瞬静まり返り、次いで爆発的な歓声が響き渡った。

 

 

『勝者――エド・フェニックス!! 正体不明の新HEROの力を見せつけました!!』

 

 

 響き渡る歓声の中、握手のために歩み寄ろうとした亮だったが、その前にエドが立ち去って行った。それを見送り、亮も反対方向へと歩き出す。

 何かが掴めそうなデュエルだった。だが結果として、その何かは掴めないまま。

 

「……悔しい、な」

 

 ただ、一言。

 自身にしか聞こえない声で、そう呟いた。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「エド・フェニックスが勝ったようだな」

『ええ、計画通りです』

 

 電話の相手はよどみなく応じた。ならば、とそんな相手に言葉を続ける。

 

「次はあの二人か」

『はい』

 

 そして、通話が切れる。くっく、と男は笑みを零した。

 

「計画通り? 〝帝王〟の心は折れず、本来見せる必要のなかったD-HEROまで表に出た」

 

 笑いが零れて止まらない。まさかこんなにも早く綻びが見えるとは。

 

「相手は神と悪魔だ。出し抜くにはもう一手」

 

 ただ、笑う。

 この世の悪意を詰め込んだような声が、響き渡る。







というわけで、色々楽しいエドさんです。
初登場からインパクト抜群でしたね。




仕事が忙しくて中々時間が取れず遅くなりました。
時間は出来るだけ早く登校したいので、頑張ります。


では次回予告。


かつて、手に入らぬモノと諦めたことがある。
ただ、彼を見て、少しだけ手を伸ばそうと思った。
そこにあったのは、一人の〝最強〟が生まれた理由。
彼女が語る、敗北の物語。

次回、第四話〝日本三強〟 前後篇
デュエル、スタンバイ

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