遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

91 / 104
第二話 〝本物〟

 

 

 

 

 入学式。それは一年の始まりとなるイベントであり、去年まで最下級生だった者が上級生となったことを自覚する日だ。

 新入生たちは新たな学校生活に心を躍らせ、参加する上級生たちはそんな彼らを向かい入れながら先輩として気持ちを引き締める。

 そして、ここにも一人。今日から『先輩』と呼ばれる立場になった少年がいる。

 

「相変わらず、雑用ばかり任されているようだな」

「奨学金を頂いて、学費まで免除していただいているんです。これぐらいしないとむしろ申し訳ないですよ」

 

 どこか呆れた調子で言う女性――烏丸澪の言葉に応じるのは、どこか気弱な印象を他に与える少年、夢神祇園だ。彼は教師陣に任された雑用をこなしており、澪はそれを見守っている。

 

「それより、澪さんは良いんですか? 服装もジャージですし、眼鏡をかけてニット帽まで被って……」

「これは変装だ。まさか〝祿王〟がこんな恰好をしているとは誰も思わないだろう?」

「まあそれは確かに」

 

 対外的には〝幻の王〟とまで呼ばれる彼女だが、その印象は『スーツを着た美人』というのが多くを占める。元々表にあまり出ないということもあり、スーツを着ている姿ならば一発でバレるのだが、それ以外の服装だと髪形を変えて眼鏡でもかければまずわからなかったりする。

 

「でも、仕事とかは大丈夫なんですか? 最近ずっと家にいるみたいですけど」

「結局進学はしなかったせいもあって、正直暇を持て余しているのが現状だ。とはいえ、仕事をしようとは思わんが」

「いや働きましょうよ」

「そうは言うが、少年。貯蓄という意味では働かずとも充分なくらいのモノがあるし、働くというのはどうにも肌に合わん。しばらくはこのままだよ」

「澪さんらしいですね」

 

 普通なら不愉快に聞こえてもおかしくない物言いだが、澪が言うなら妙に納得できてしまう。……納得するべきではないのだろうが。

 

「しかし、少年。何故寮に移動したんだ? 別に私のところにいても良かったというのに」

「いつまでもお世話になるわけには……流石に、色々と」

「別に私は構わんが。妖花くんもアカデミア本校に入学したことだしな」

「いやその、やっぱり冷静に考えると……ちょっと」

「……ふむ?」

 

 言い難そうにしている祇園を見、澪は何やら思案する。そして合点がいったのか、楽しげに笑った。

 

「ふふっ、キミならば構わんよ」

「いや駄目ですよ」

「なんだ、つまらん。――む?」

 

 即座に否定する祇園に微笑を返していると、チャイムが鳴った。同時、備品の準備を終えた祇園が立ち上がる。

 

「あ、急がないとですね。えっと、第一体育館でしたっけ」

「まあ、頑張れ少年。先輩の威厳を見せれるように、な」

 

 楽しげに笑いながら澪は言う。祇園は苦笑し、そうですね、と頷いた。

 

「菅原さんにも、二条さんにも、山崎さんにも。……任せる、って、言われましたから」

 

 プロの世界へ飛び込んだ、二人の先達を想い。

 夢神祇園は、微笑んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ウエスト校の入学式では、催し物としてエキシビジョンマッチが行われる。新入生のトップ二人が在校生を指名し、決闘場でそれぞれデュエルをするのだ。大体が昨年のIH団体戦に出場した二年生二人――現在は三年生――が指名され、上級生の格を見せつけるのだが。

 

「『サイバー・オーガ』の効果を発動。手札のこのカードを捨て、戦闘を無効に。更に攻撃力が2000ポイント上昇します」

「え、なんでわざわざ――」

「――速攻魔法、『ダブル・アップ・チャンス』。戦闘が無効となった時、攻撃力を倍にして再度攻撃を可能とします」

「攻撃力、7800!?」

「……これはおまけです。ダメージステップ、速攻魔法『リミッター解除』。攻撃力を更に倍」

「15600!?」

 

 最早飛んでもな攻撃力となった鬼の一撃が、対戦相手が召喚したマグネット・バルキリオンを文字通り粉々に粉砕した。

 普段のデュエルならばまず見ない攻撃力だが、亜流とはいえサイバー流の一角にその原点を持つのが最上真奈美というデュエリストだ。IHでは一度も姿を見せなかったサイバー・オーガだが、先の東西対抗戦で姿を見せて以来、事ある毎に力技で色んなデュエリストを捻じ伏せている。

 

「ありがとうございました」

「あ、ありがとう、ございました……」

 

 真奈美の言葉に対し、呆然とした調子で応じる新入生。確か今年度ジュニア選手権五位入賞のデュエリストだったはずだ。それなりの自負はあったはずだが、それを粉々に打ち砕かれたらしい。

 

「……『機関連結』があれば、もう更に倍に持っていけましたが」

「サラッと恐ろしいことを言うなキミは」

 

 ステージから降りる途中で真奈美が呟いた言葉に、呆れた調子で澪が言う。真奈美は澪たちに気付くと、おや、と声を上げた。

 

「お疲れ様です、烏丸さん。夢神くん」

「うむ、お疲れ様だ。どうだった、新入生は?」

「面白い相手でした。『岩投げエリア』で磁石の戦士を墓地に送りつつ、『闇の量産工場』で回収。バルキリオンを出し、三体の生贄を用意してからの『ギルフォード・ザ・ライトニング』は驚きました」

「凄い動きですね……」

「ロマンの塊だな」

 

 それでも十分回せているのだから凄まじいだろう。新入生としてはかなり期待できるはずだ。

 

「さて、次は少年の出番だな」

「そうなんですが……いいんでしょうか? 沢村先輩がいるのに……」

「『カウントダウン』と好んで戦いたがる人はいませんので、おそらく大丈夫かと」

 

 きっぱりと言い切る真奈美。そのまま彼女はこの場を離れ、観客席へと向かっていった。

 一度深呼吸をすると、祇園はステージへ上がっていく。澪はその背に声をかけることはしない。今の彼に、案ずるような言葉は不要なのだから。

 

「おい、夢神先輩だぜ……」

「〝ルーキーズ杯〟見たけど、凄かったよな」

「IHも凄かったぞ。滅茶苦茶強い」

 

 祇園の登場に、周囲の新入生たちの間にざわめきが広がる。〝ルーキーズ杯〟に彗星の如く現れ、その後に行われたノース校と本校の対抗戦やIH、そして東西対抗戦で結果を残した彼は〝シンデレラ・ボーイ〟と呼ばれ、今や全国区のプレイヤーの一人である。

 その祇園を指名した新入生。今年度の首席合格者という話だが――

 

「――あんたが夢神祇園か?」

 

 現れたのは、鮮やかな長い金髪をした少女だった。だが、その服装はとても新入生のそれとは思えない。

 肩口で乱雑に切り落とされた袖に、学校指定の色とは違うスカーフ。腰に巻かれたチェーンが音を鳴らし、鋭角的なデザインのデュエルディスクがその雰囲気を更に威圧的なモノとしている。

 

「はい。初めまして」

 

 対し、礼儀正しく一礼する祇園。その態度に恐れのようなモノは欠片もなく、相手は驚いた表情を浮かべた。

 だがすぐに消し去ると、アタシは、と言葉を紡ぐ。

 

「一ノ宮美鈴。兄貴からあんたのことを聞いて、興味が湧いた」

「お兄さん?」

「まあそれはいいだろ。――やろうぜ。捻じ伏せてやる」

 

 デュエルディスクを突き出し、まるで喧嘩の構えのような体勢を取る少女。その姿を見て、祇園は唐突に思い出した。

 

(あの構え――……)

 

〝ルーキーズ杯〟を終え、披露会に向けてデッキ構築をしていた時。大会に参加したいと言い出した防人妖花を応援しに行った場所で見た人物。

 堂々と、正面から。あの防人妖花を捻じ伏せたデュエリスト。

 

「……手前勝手な理由だけど」

 

 デュエルディスクを構え、祇園は呟く。

 思い出すのは、あの大会の後。「負けちゃいました」と、そう笑いながら。しかし、悔しそうに拳を握り締めていた少女の姿。そして、誰も視たいない場所で一人、『戦う』ためのデッキを組み上げていた小さな背中。

 

「負けられない理由が、増えたよ」

 

 そして、決闘が始まる。

 会場の者たちは、誰一人の例外なく少年の真価を見定めようと目を向ける。

〝シンデレラ・ボーイ〟。

 誰もが憧れる舞台に立った少年の力は本物か、否か。

 

 その価値が、ここで決まる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 赤い制服に身を包んだ防人妖花は、上機嫌でアカデミア本校の校舎を歩いていた。入学式も終わり、決闘場では新入生と在校生による入学デュエルが行われている。

 先程まで万丈目準がデュエルをしており、流石の実力を見せつけていた。セブンスターズの時にも見たが、彼は精霊に随分と慕われている。精霊に慕われている者に悪い人はいない。そんな人が先輩だということが、妖花は嬉しい。

 

「やっぱり、ここに来て良かったです」

『…………』

 

 上機嫌に呟くと、前を歩く三つ目の毛玉が振り返りながら撥ねた。その表情もどこか嬉しそうである。

 

「でも、遊城さんたちはどこにいるんでしょう? さっきまで会場にいたはずなんですけど……」

『…………』

 

 同じ寮の先輩のことを問うと、毛玉は体をふるふると震わせた。入学デュエルに夢中になっている間に、十代たちを見失ってしまったのだ。入学式のすぐ後にデュエルをしようと誘われたので、合流したいのだが。

 

「えっ? 探してくれているんですか? ありがとうございます!」

『『『…………』』』

 

 いきなり周囲が精霊で満ちる。視えない者たちからすれば少女が一人虚空に話しかけている珍妙な絵が繰り広げられている状態だが、視える者たちからしても無数の精霊に囲まれて笑顔でいる少女という異常な光景に言葉を失うだろう。

 ……まあ要するに異様な絵面なわけだが、幸いというべきか周辺に人気はない。故に妖花は精霊たちを引き連れて歩いていたのだが――

 

「おー、改めて見ると凄い絵やなぁ」

「美咲さん!」

 

 クスクスと笑いながら現れた人物に、妖花は満面の笑みを浮かべて走り寄った。尻尾でもあれば全力で振ってそうな勢いである。

 

「入学おめでとう、妖花ちゃん。制服、似合ってるで?」

「えへへ、ありがとうございます!」

「うんうん、元気なんはええことや。……せやけど、ホンマに良かったん? レッド寮、世間的には落第生と呼ばれる寮で」

 

 そう言って、美咲は妖花を見た。妖花の制服は、青でも黄でもない赤の色を宿している。オシリス・レッド――史上二人目の飛び級入学を果たした少女は、最下層の寮へと入学していた。

 

「正直、職員会議じゃ揉めに揉めたんやで? 昨年度から女子も実力で寮分けが決定されて、実際妖花ちゃん以外にレッド寮に入学した子も何人もおる。せやけど、妖花ちゃんの実力は満場一致でオベリスク・ブルーやったんや。なのに、蓋を開けてみれば本人の希望はレッド寮。今年は妖花ちゃんだけやで? レッド寮に入るの希望した子なんて」

「ご迷惑をお掛けしてすみませんでした……」

「いや、怒っとるわけやないんやで? クロノス教諭は本気で迷ってたし、ギリギリまで決まらへんかったしな。せやけど、その方が良かったんやろ?」

 

 微笑と共に告げられる問いかけ。その問いに対し、妖花ははい、と迷いなく頷く。

 

「祇園さんは、この場所にいたからあんな風に格好良かったんだと思うんです。……どんな人が相手でも、絶対に目を逸らさない。絶対に屈しない。絶対に諦めない。あの姿に、憧れたんです」

 

 戦うことを知らぬままに立った、あの場所で。

 あの人は、誰よりも輝いていた。

 

「なんというか、ホンマに。罪作りやなぁ」

 

 苦笑を零し、彼女は言う。だが、わかっているはずだ。誰よりもその姿と格好よさを知っているのは、目の前の彼女のはずだから。

 

「まあ、その祇園も今頃大変みたいやけどな。入学デュエルしとるみたいやし」

「そうなんですか?」

「ウチのはメインが終わったら後は好き放題やるお祭やしあれやけど、ウエスト校は二戦しかせん伝統的な催しや。在校生はその実力を示さなアカン」

 

 新入生に負けることは許されない。特に夢神祇園という少年は、既に全国にその名を響かせているのだ。

 

「ま、祇園なら大丈夫やろ。〝シンデレラ・ボーイ〟なんて呼ばれてるけど、あれセンスあると思うし」

「そうなんですか? 〝みんな〟は似合わない、って言ってたんですけど……」

「ふふ、そう思う? でもな、妖花ちゃん。シンデレラは努力の人やったんやで? 不遇な身の上で、意地悪な肉親の下でこき使われて。隠れて泣くことはあっても、人前では絶対に泣かなかった。そして、魔法使いに与えられたのはかぼちゃの馬車と綺麗なドレスだけ。舞踏会に行く権利だけやったんや」

 

 そして、シンデレラは手に入れた。

 誰よりも臨んだ、栄光を。

 

「才能っていうんは、ある日突然目覚めるもんでも覚醒するもんでもない。そんな風に現れるもんは、ただのご都合主義や。

 才能とは、磨くモノ。ただただひたすらに、磨いていくもの。

 その果てにどんな輝きが見えるかもわからない。それでも、ただただ一心に磨き続けるモノ。

 祇園は不器用やから、その磨き方が下手糞やった。ただでさえ見てくれが良い原石でもなかったから、余計に大変やった。それこそ皆が専用の歯で削って、カットして、そうやって磨いてる中で……一人だけ、布で磨き続けてたんや。そら馬鹿にされるし成果も上がらんよ。けど、あまりにも直向き過ぎて……いつの間にか、変わっていった」

 

 だから、その姿は格好良いと。

 桐生美咲は、微笑みながらそう言った。

 

「だから私は、大好きになったんよ?」

 

 誇るように言うその姿は。

 あまりにも――格好良くて。

 

「美咲さんも、格好良いです」

 

 その言葉に、美咲は微笑を零し。

 妖花と共に、歩き出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 一ノ宮美鈴。先行はそう名乗った少女だ。暗黙のルールとして、先行は挑戦者である新入生のモノと決まっている。

 

「アタシの先行」

 

 先行ドローのルールは今年度より廃止されている。果たして、相手のデッキは。

 

「モンスターをセット。カードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

 相手はただモンスターを伏せただけ。デッキは依然不明だ。前と同じであるならば、目星はついているが……。

 

(僕のデッキは割れていると考えた方がいい。ならここは動くよりも……)

 

 今は相手の動きを見た方がいい。

 

「僕のターン、ドロー。……モンスターをセット、カードを二枚伏せてターンエンド」

「あん? 攻撃してこねぇのか?」

「今はまだできない、かな」

「はっ。何だ、折角伏せカードも無しだってのに」

 

 カードをドローしつつ、美鈴が鋭い視線を祇園に向ける。

 

「――ナメてんのか知らねぇが、後悔すんなよ? 手札より『E・HEROエアーマン』を召喚! 効果により、デッキから『E・HEROシャドーミスト』を手札に加える!」

(『HERO』……!)

 

 E・HEROエアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 親友である遊城十代も用いる、人気テーマの一つだ。ただその戦術は多岐に渡り、無数とも言える程の融合体の存在故に様々な型がある。

 

(やっぱりHEROだった。妖花さんと戦った時と同じ型なら……)

 

 エアーマンやシャドーミストなど、HEROには強力な効果を持つ下級モンスターが多い。だが、上級モンスターはそのほとんどが融合体だ。故に十代や響紅葉のように融合を主戦術とするHERO使いは多い。

 

「更に『E・HEROフェザーマン』を反転召喚!――いくぜ、バトルだ! エアーマンでセットモンスターを攻撃!」

「セットモンスターは『チューニング・サポーター』です。破壊されます」

 

 E・HEROフェザーマン☆3風ATK/DEF1000/1000

 チューニング・サポーター☆1光ATK/DEF100/300

 

 HEROの一撃により潰される、小さなモンスター。そこへ追撃が迫ってくる。

 

「フェザーマンでダイレクトアタックだ!」

「リバースカード、オープン! 罠カード『ピンポイント・ガード』! 相手の直接攻撃時に発動でき、墓地からモンスターを一体守備表示で特殊召喚する! この効果により特殊召喚されたモンスターは戦闘では破壊されない!」

 

 条件さえ整えば壁になる上に自身の場にモンスターを用意できるという強力な罠カードだ。これが通れば次のターンへ繋げられるが――

 

「甘ぇ! カウンター罠『フェザー・ウインド』! フェザーマンが存在する時、相手の魔法・罠カードを無効にして破壊する!」

「…………ッ!」

 

 祇園LP4000→3000

 

 フェザーマン専用のカウンター罠により、祇園の手が封じられた。

 

(フェザー・パーミッションのギミックを積んでいるのか……!)

 

 カウンター罠は総じて強力である代償としてそれなりのコストを要求することが多い。それに対し、フェザー・ウインドはフェザーマンが場にいなければならないという条件こそあるモノのコストの要求がない。更には通常モンスターの戦士族下級HEROということもあり、フェザーマンのサーチ手段は豊富だ。それを利用したギミックがフェザー・パーミッションなのだが……。

 

(ただの殴り合いじゃない分、少しやりにくいかな?)

 

 だが、脅威とは感じない。本当の意味での脅威とは遊城十代のような戦術をするデュエリストだ。フェザーマンもウインドもピン差しで何故ああも都合よく揃えられるのか。全く以て謎である。

 

(ただ、これはちょっとマズいかも)

 

 誰もがバトルフェイズの終了を確信しているだろう。だが、あの日のデュエルを見ていた祇園にはこの次に何が起こるかを知っている。

 

「これで終わった、なんて思ってんじゃねぇだろうな?――速攻魔法『マスク・チェンジ』!! 自分フィールド上のHEROを墓地へ送り、同じ属性の『M・HERO』を特殊召喚する! 来い、『M・HEROカミカゼ』!! ダイレクトアタックだ!!」

 

 M・HEROカミカゼATK/DEF2700/1900

 祇園LP3000→300

 

 一気にLPを削られる祇園。バトルフェイズ中の特殊召喚――妖花もこれにやられたのだ。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンド。この程度じゃないんだろ? 見せてくれよ」

「僕のターン、ドロー。手札より『アンノウン・シンクロン』を特殊召喚。相手フィールド上にのみモンスターが存在する時、特殊召喚できる。更に『ジャンク・シンクロン』を召喚。墓地からチューニング・サポーターを――」

「その効果にチェーン発動! 『増殖するG』! 相手が特殊召喚に成功する度、カードを一枚ドロー出来る! ドロー!」

 

 アンノウン・シンクロン☆1闇ATK/DEF0/0

 ジャンク・シンクロン☆3闇ATK/DEF1300/800

 チューニング・サポーター☆1光ATK/DEF100/300

 美鈴・手札2→1→2

 祇園・手札2

 

 美鈴が発動したカードにより、会場にざわめきが広がる。祇園の用いるデッキは一ターンの連続召喚が戦術の要だ。ここから連続シンクロを行えば、それだけ祇園が不利となっていく。

 だが、ここで動かないことはイコールで敗北だ。

 

(大丈夫。IHでも似たようなことは何度もあった)

 

 祇園のデッキはその回転力が強さの根拠だ。故に弱点もはっきりしている。特殊召喚を封じてきた者もいたし、似たように展開を阻害しようとしてきた者もいた。

 その全てに勝利できたわけではないけれど。夢神祇園は、『答え』をちゃんと持っている。

 

「魔法カード『機械複製術』発動! チューニング・サポーターを二体、デッキから特殊召喚する!」

「なっ!? 更に展開!?」

「チューニング・サポーターはシンクロ素材とする時、レベルを2に変更できる! 呼び出した二体のレベルを2とし、チューニング・サポーター三体にジャンク・シンクロンをチューニング!! シンクロ召喚、『ジャンク・デストロイヤー』!!」

 

 ジャンク・デストロイヤー☆8地ATK/DEF2600/2500

 

 現れるのは、四本腕の機械戦士だ。ある種巨大ロボにも見えるそのモンスターの登場に、会場から歓声が上がる。

 

「デストロイヤーは素材にしたチューナー以外のモンスターの数までフィールド上のカードを破壊できる! 三枚のカードを破壊!」

「チッ、だがデストロイヤーのシンクロ成功時にカードをドローだ!」

「チューニング・サポーターがシンクロ素材となった時、カードをドローできる! 三体が素材となったため、三枚ドロー!」

「なっ……!?」

 

 祇園・手札1→4

 美鈴・手札2→4

 

 互いの手札の枚数が同じになる。バトル、と祇園が宣言した。

 

「ジャンク・デストロイヤーでダイレクトアタック!」

「くうっ……!?」

 

 美鈴LP4000→1400

 

 巨大ロボの一撃が叩き込まれる。祇園は三枚のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「僕はカードを三枚伏せ、ターンエンドです」

 

 LPは崖っぷち。更に、相手の妨害もあった。

 しかし、祇園はそれを掻い潜り、こうも見事に。

 

 美鈴の表情が苛立たしげに歪む。そのまま彼女は、舌打ちと共にドローした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目の前で繰り広げられた攻防。それを眺め、澪は一つ息を吐いた。どこか落胆が混じっている。

 

「無名でありながらジュニア入賞者を押しのけての主席入学。期待していたが……この程度か」

「キミにかかればどんな生徒も役者不足ですからねぇ」

 

 ステージへ向かう入場口。そこの壁に背を預けながら呟いた澪の言葉にそう応じたのは年老いた老人だった。龍剛寺校長。このウエスト校の校長である。

 

「観覧席ではなく、こんな場所へわざわざ来られるとは。どういう風の吹き回しです?」

「キミを誘いに来たのですよ。どうも今の三年生は付き合いが悪くて……。先程沢村くんに断られてしまいました。二条くんや菅原くんなどは喜んで来てくれたのですが」

「そもそもその二人が珍しいということを理解された方がよろしいかと。……ただ、そうですね。お茶はこの試合の後、少年を交えてなら是非ともお受けしたく存じます」

「ふむ。成程、見逃したくはないと?」

「どちらが勝つかの結果はほとんど視えていますし、その過程も読めていますが。それでも見たいのですよ」

 

 一時も目を離さず、その背に視線を向けながら澪は言う。わかりました、と龍剛寺は微笑んだ。

 

「なら、私もここで観戦しましょう。優秀な生徒の才能が磨かれていく様は、いくつになっても心が躍ります」

「ええ、本当に。……追い詰めているとでも思ったか、挑戦者? そこにいるのは誰よりも愚直に栄光へと手を伸ばし続け、戦い続けた男だ。今更足踏みするほど愚鈍ではなく――弱くもない」

 

 凛と立つ背中は、かつて見たモノに比べて随分と大きくなった。

 それを嬉しく思うのは、どんな感情から来たモノか。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 くそっ、と美鈴は内心で舌打ちを零した。戦術は間違っていなかったはずだ。実際、後一手で相手の歩を削り切れるところまで来ている。

 

(増殖するGで完全に詰みにいけたはずだったんだ。なのに、どういうことだよ。もし、あの時Gが手札になかったら)

 

 追い詰めるための一手は、自分を救うための一手だった。その事実に美鈴は苛立ちを募らせる。

 

「けど、たった300が削り切れないわけがねぇ! アタシは手札から『E・HEROオーシャン』を召喚!! そして速攻魔法、『マスク・チェンジ』!! 来い、『M・HEROアシッド』!!」

 

 E・HEROオーシャン☆4水ATK/DEF1500/1200

 M・HEROアシッド☆8水ATK/DEF2600/2100

 

 現れる、水のマスクHERO。その効果は『最強のHERO』と名高きアブソルートZeroと似て協力である。

 

「アシッドの特殊召喚成功時、相手の魔法・罠を全て破壊し、モンスターの攻撃力を300下げる!!」

 

 相手の場を結果的に焼き尽くす『Zeroアシッド』と呼ばれるコンボが成立する所以だ。

 これが通れば勝負は決したも同然。しかし。

 

「罠カード『スターライト・ロード』!! 二枚以上のカードが破壊される効果が発動した時、その効果を無効にしてエクストラデッキから『スターダスト・ドラゴン』を特殊召喚できる!! 飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン!!」

 

 現れたのは、星屑の竜だ。その咆哮が大気を揺らし、会場が歓声を上げる。

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 世界に一枚しか存在しないカード。それは夢神祇園というデュエリストが刻んだ結果そのものだ。彼は自身の強さによって、このカードを手に入れた。

 

「アシッドは破壊させてもらいます」

「ぐ、クソがっ! 魔法カード『ヒーロー・アライブ』発動! LPを半分支払い、E・HEROシャドー・ミストを特殊召喚!! 効果発動! 最後の『マスク・チェンジ』を手札に加え、発動! 来い『M・HERO闇鬼』!!」

 

 美鈴LP1400→700

 E・HEROシャドー・ミスト☆4闇ATK/DEF1000/1500

 M・HERO闇鬼☆8闇ATK/DEF2800/1200

 

 現れるのは、闇の仮面HEROだ。美鈴は効果発動、と宣言する。

 

「闇鬼は直接攻撃を行うことができる! ただしその場合、ダメージが半分になるが、十分だ!! 後たった300ポイント! 削り切ってやる!!」

「罠カード、『くず鉄のかかし』! 攻撃を無効に!」

「――――ッ!!」

 

 届かない。あとたった300のLPが、削り切れない。

 

「……ターン、エンド、だ」

 

 拳を握り締め、そう宣言する。ドロー、と相手はカードを静かにドローした。

 

「僕はまだまだ未熟者で、色んな人に助けられてばかりだけど」

 

 呟くように言う対戦相手。その表情は、頼りないはずなのに。

 

「そう簡単には、負けられない。任せるって、そう……言われたから」

 

 勝てない、と。

 そんな風に、思ってしまった。

 

「だから、これで決着だ。リバースカード、オープン。『バスター・モード』。スターダストを生贄に捧げ、デッキから『スターダスト・ドラゴン/バスター』を特殊召喚」

 

 スターダスト・ドラゴン/バスター☆10風ATK/DEF3000/2500

 

 現れるのは、スターダストの真の姿。バトル、と祇園が宣言する。

 

「スターダストで闇鬼へ攻撃! そしてデストロイヤーでダイレクトアタック!!」

「――――」

 

 美鈴LP700→500→-2100

 

 美鈴のLPが削り切られ、終焉の音が響く。畜生、と美鈴は呟きを漏らした。

 

「ありがとうございました」

 

 礼儀正しく頭を下げてくる祇園。反射的に頭を下げると、美鈴はすぐに背を向けた。これ以上、無様な姿を晒したくない。

 ――敗北。

 その事実だけが、ただただのしかかる。

 

「――――ッ」

 

 鈍い音が響く。誰もいない廊下。そこで、拳を打ち付けた音だ。

 負けた。完全に。言い訳の余地もなく。

 こんな無様を晒して、自分は。

 

『アレを直接見たのは一度だけだが。強いぞ』

 

 自身がアニキと呼ぶ人物の言葉を思い出す。その通りだ。強い。あんな強さもあるのかと、そう思わされた。

 

「……夢神、祇園」

 

 当面のターゲットは決まった。更にランキングを見る限り、上はまだいる。

 やりがいがある。美鈴はもう一度拳を握り締めると、再び歩き出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「新入生は皆元気やなぁ」

「喧嘩売られる方は面倒臭ぇだけだがな」

 

 アカデミア本校決闘場。中等部時代のお礼参りも含めた30人抜きを果たした如月宗達は美咲の言葉に肩を竦めてそう応じた。

 

「いや、〝侍大将〟のは自業自得やん」

「だから相手してんだろうが。あー疲れた。俺帰るけど、オマエら何しに来たんだ?」

「いや、十代くんたち探しとるんやけどな」

 

 そういう美咲の陰で頷いているのは妖花だ。あん、と宗達は肩を竦める。

 

「十代ならエド・フェニックスとデュエルしに行ったぞ。十代の奴はエドって気付いてなかったみたいだけどな」

「それいつもの十代くんやな。せやけどエド・フェニックスときたか。入学すんのは知ってたけど……」

「エド・フェニックスが入学するんですか!?」

 

 いきなり声を張り上げたのは妖花だ。おおう、と二人は驚くが、そういえばこの少女は割とミーハーであったことを思い出す。

 

「まあ、一応やな。ほとんど授業には出ぇへんやろ」

「そうなんですか?」

「そういう約束やしな。まあウチはあんま知らんけど……」

 

 うーん、と美咲が首をひねる。どうした、と宗達が問いかけた。

 

「何か気になることでもあんのか?」

「いやエド・フェニックス自体は実力もあるし、ちょっと不用意に敵作り過ぎな感はあるけどそれだけなんよ。せやけど、マネージャーがなー、なんか胡散臭いねんな」

「へぇ」

 

 興味なさそうに頷く宗達。まあ、と美咲も笑った。

 

「どうでもええ話や。ほななー」

 

 行こう、と妖花の手を引きこの場を離れる美咲。宗達はそれを見送ると、遠巻きに自分を見ている視線を無視し、歩き出す。

 相変わらずの奇異と侮蔑、そして畏怖の視線に晒されながら歩いていく。そして森へ差し掛かったところで、奇妙な男を見つけた。

 

「……こんなとこで占いなんざしてても、誰も来ないぞ」

「あなたが来たではありませんか」

 

 なんか胡散臭い、と宗達は思った。ただの勘だが。

 

「――迷いを、抱えておられますね?」

「…………あァ?」

 

 不意に紡がれた言葉に、宗達は眉をひそめた。

 

 風が、流れる。

 物語が、動き出す――……










才能は磨くモノ。ならば、烏丸澪という例外はどういう存在なのでしょう。

とりあえず強くなりました祇園くん。何か安定感ありますね。
不穏な空気が流れていますが、割といつも通りということでここはひとつ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。