遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々― 作:masamune
夏も近付き、気温も上がってきた時期。遊城十代は普段の彼からすれば珍しく、一人で構内を歩いていた。
「ったく、どうして休みの日にわざわざ」
ぶつぶつと愚痴を零しながら歩く姿もまた珍しい。今日は本来休日のはずなのだが、十代はこの間の筆記試験の結果が悪く、課題を受け取りに来るようにクロノスに言われたのだ。
普段なら付いて来てくれる翔も今日はいない。しかも、先程技術資料室――事実上クロノスの部屋であるそこに行ってもクロノスがおらず、探す羽目となってしまっていた。
「どこ行ったんだよ、クロノス先生」
呼び出しておいて――そんなことを呟く十代だが、そもそも彼が呼び出しを受けた時間は朝九時であり、自身の勘違いで昼になってから来たことが原因である。それはクロノスもいないはずだ。
「あら、十代?」
歩いていると、不意に呼び止められた。視線を向けると、そこにいたのは天上院明日香だ。
「おっ、明日香。何してるんだ?」
「私は美咲先生にちょっと用があったのよ。十代は? 休みの日に決闘場に来るならともかく、後者にいるなんて随分と珍しいわね」
「それがさ、クロノス先生に呼び出されたんだけど部屋にいなかったんだよ」
肩を竦める十代。あら、と明日香が首を傾げた。
「クロノス先生ならさっき中庭で見たわよ?」
「ホントか!?」
「ええ、こっちよ」
明日香が十代に方向を示し、二人で並んで歩き出す。その途中で、そういえば、と明日香は言葉を紡いだ。
「宗達から連絡はあった?」
「いや、何もないぜ。いつものことだけど」
「そう……。雪乃に聞いても『気にしなくても大丈夫よ』としか言わないから、気になってるんだけど」
顎に手を当ててそう呟く明日香。現在如月宗達は学校を休み、アメリカへ飛んでいる。普段がああなので忘れがちだが、彼はアメリカに本拠地を置くプロチームに所属する身である。現在はそちらでリーグ戦に参加しているはずだ。
「まあ、宗達なら大丈夫だろ。負けるとこなんて想像できないしな!」
「……宗達の場合、勝ち負けじゃなくて問題を起こしてないかどうかが重要なのよ」
ため息を零す明日香。そう言うが、雪乃が大丈夫と言っているなら大丈夫なんじゃないかと十代は思う。何しろ宗達のことを一番理解しているのは彼女だ。その雪乃が放置しているなら、少なくとも悪いことにはなっていないはずである。
ちなみにこの予測は半分正解で半分間違いである。宗達はチームに合流して一時間後に1Aの監督に挑発され、そのままリアルファイト勃発。元々嫌われていた人物らしく最初は日本人と宗達を侮っていたチームメイトたちも参加しての大乱闘となった。とりあえず監督を病院送りにしたのだが、その騒ぎが上層部に伝わりチーム全員に謹慎が言い渡され、時間ができたからと敵の敵は友理論でチームメイトたちと大会に参加し、荒らし廻っている。まあ確かに気にするだけ無駄っちゃ無駄である。……ちなみに参加したとある大会で皇〝弐武〟清心と遭遇し、思いっ切り嫌そうな顔で堂々と会話している姿から嫌な注目を浴び始めていたりするが、どの道何かしら問題を起こして注目を浴びていたはずなので問題ない。
「まあ、気にしても仕方ないわね。こっちを巻き込みさえしなければ」
「そういえば宗達ってアメリカ・アカデミアのデュエリストと友達なんだよな? 海外のデュエリストってどんな奴ら何だろうなー」
「あなたのその能天気さが羨ましいわ、十代」
明日香が肩を竦める。正直海外で宗達が問題を起こすとアカデミア生である自分たちにも飛び火してくる可能性があるのだが……まあ、気にしない方がいいのだろう。
「あ、いた! クロノス先生!」
「ム……? シニョール遊城、何をしていたノーネ!」
「それはこっちの台詞だぜ先生。部屋に行ったのにさ」
「シニョールが来る予定だったのは朝9時ナノーネ!」
「えっ」
「……十代……」
明日香がため息を零す。十代はバツが悪そうに苦笑した後、クロノスが何かを持っているのに気付いた。
「あれ、クロノス先生。それなんだ?」
「む……フフン、よく聞いてくれたノーネ! これはここの卒業生であるプロデュエリスト、シニョーラ神崎からの手紙でスーノ!」
「えっ!? マジかよ!?」
胸を張りながらのクロノスの言葉に十代は驚きの声を上げる。明日香も驚いた表情を浮かべていた。
神崎アヤメ――名門チーム、東京アロウズで副将として活躍するプロデュエリストだ。〝ルーキーズ杯〟でも交流がある相手だが、まさか手紙まで送っていたとは。
「どんな内容なんだ?」
「近況報告と、今度のドラフトについて、そして……今や我が校の生徒ではなくなってしまいましたが、シニョール夢神のことについてでスーノ」
「へぇ……」
「彼女だけでなく、時々卒業生からは手紙が届きまスーノ。皆、誰一人の例外なく私の誇りなノーネ」
嬉しそうに手紙を握り締めるクロノス。そのまま、よければ、と彼は言葉を紡いだ。
「シニョーラ天上院も技術史資料室に来ると良いノーネ。あそこには歴代の卒業生の写真が残っているでスーノ」
そう語った時のクロノスの表情は、とても誇らしげで。
二人は、はい、と頷いた。
◇ ◇ ◇
「いつ来てもやっぱ凄ぇなここは」
部屋に入ると共に周囲を見回し、十代がそう言葉を紡ぐ。部屋は広く、いくつもの本棚とそこに納められた無数の資料は図書室と言っても通用しそうだった。違うところと言えば、図書室ならある長机がなく、小さな机が一つあることぐらいだろうか。
「美咲先生も褒めてらしたもの」
明日香が頷く。美咲曰く、KC社の資料室と同クラスどのことだ。世界最高峰の企業と同クラス――それがどれだけ凄まじいか。
「ふふん、当然なノーネ。ここは私たちが世界中から――」
「あっ、写真ってこれかクロノス先生!」
「ボーイ! 話が途中なノーネ!」
いつも通りと言えばいつも通りのやり取り。壁に掛けられた写真を指差して言う十代に吠えた後、クロノスはそちらへと歩み寄った。その写真には今より少し若い自分と、初々しさの残る響緑、そしてそれぞれラー・イエローとオシリス・レッドの制服を着た女生徒が映っていた。
「それは卒業前に撮ったモノなノーネ。シニョーラ神崎はシニョーラ響にとって最初の生徒で、凄く優秀な生徒だったノーネ。……ただ、融通が利かず、それが元でトラブルとなり……一緒に映っている生徒と共に退学になりかけたこともあったでスーノ」
「そうなのですか?」
「どうにも真面目過ぎた部分があったノーネ。まあ、今や第一線で活躍するプロデュエリスト。私の誇りでスーノ」
嬉しそうに語るクロノス。こういう姿を見ていると、いつもの嫌味な先生の印象はないのだが……。
「じゃあ、この隣の人は?」
「彼女は城井樹里。卒業後にKC社に就職し、今はシニョーラ桐生のマネージャーをしているノーネ」
「あの人卒業生だったのか!」
臨時講師としてアカデミアに美咲が来ているということもあり、そのマネージャーの姿は十代たちも何度も見かけている。スーツの似合う、真面目そうな女性だった。まさか卒業生だったとは。
「彼女のデュエルの腕は確かだったのでスーガ……卒業の際、プロの道は諦めると告げてKC社に就職したノーネ。彼女の力ならば、十分プロは目指せたはずでしたのでスーガ……」
「そんなに強かったのか……」
「シニョーラも受けた制裁デュエル。それをこの二人はLPに一ポイントのダメージも受けず相手を完封したノーネ。まあ、シニョーラ神崎はともかくシニョーラ城井は色々問題行動が多かったのでスーガ」
肩を竦めるクロノス。へぇ、と十代が頷きつつ周囲に視線を巡らせると、新たな写真が視界に入った。
「この写真に写ってる人、見覚えがある気が……」
「その生徒は天城京一郎なノーネ。私の最初の生徒でスーノ」
「全日本五位の天城プロですか!?」
「そうなノーネ。ああ、その写真に映っているのは柊恭弥、今はスターナイト福岡に所属していまスーノ。……ああ、今ボーイが見ているのは昔あったサウス校との交流戦の写真なノーネ。中心に映っているのが当時の本郷イリア、その隣は今実業団で活躍している加賀美弘毅でスーノ」
スラスラと語られる名前に、十代も明日香もただ聞き入る。
「この写真は東京で行われた大会に全校生徒で参加した時の写真なノーネ。中心の和田聡は昨年引退しましたが、来年度からサウス校の技術指導として勤務することが決まっているノーネ。覚えの悪い生徒でしたが、その分、人に教えるのは向いていると私は思っていまスーノ」
淀みなく、十代や明日香が視線を向ける度に写真に写る者たちについて語るクロノス。その表情は楽しそうで、誇らしげで、しかし、どこか寂しさを称えていた。
そして、その姿を見て……二人は理解する。
ああ、そうか、と。
この人は、本当に――
「クロノス先生ってさ」
へへっ、と十代は笑みを浮かべる。
「やっぱ、良い先生だよな」
「ええ、そうね」
クスクスと笑みを零す明日香。卒業した生徒たちのことをこうも鮮明に覚え、そして誇らしげに語るとは。
「……と、当然なノーネ! それよりもシニョールには課題がありまスーノ! これを明日までに提出するノーネ!」
「げっ!? マジかよ~!」
渡されたレポートの課題を眺め、肩を落とす十代。そのまま彼は部屋を出て行き、明日香も一礼と共に部屋を出て行った。
その二人を見送ると、クロノスは机の上に置いてあった一枚の写真を手に取った。
「……いつか、この写真について後の生徒に語る日がくるといいでスーノ」
そこに映っているのは、複数人の男女だ。所属する寮もバラバラ、年齢も一人は最上級生。映っている教師は自分と鮫島校長、桐生美咲、響緑、そして本来部外者であるはずの烏丸〝祿王〟澪と防人妖花が写っている。
これはセブンスターズとの戦いに関わった全員で撮った写真だ。今更ながら、誰も失われなかった事実を嬉しく思うと同時、誇りにも思う。彼らは最後まで必死に、命を懸けてやり遂げた。
一人、失われた――クロノスにとっては同僚と呼べる相手がいるが、彼の最期については十代から聞いている。きっと満足して逝ったのだろう。そう信じたいと思う。
「私の誇りは、年を追うごとに増えていく」
誰もが良い生徒ではないし、特にレッド寮の生徒たちのやる気のなさについては頭が痛いを通り越して怒りさえ覚えるが、それでも生徒だ。
彼らがどんな道を歩もうが、その道を進む手助けになれたなら……それが、クロノスの誇りとなる。
「とても、嬉しいことなノーネ」
誇らしげに、彼は笑い。
新しい写真を、壁に張り付けた。
◇ ◇ ◇
「ええ。そっちもちゃんとやりなさいよ。私たちの代ではあんたが一番の出世頭なんだから」
時間はすでに夜十時を過ぎている。先程自分の担当である桐生美咲をホテルに送り届けたところだ。自分以上に多忙なはずだというのに車の中でさえ書類仕事をするその姿には頭が下がる。まあ、だからこそこっちも必死で仕事をしていけるのだが。
「ああ、私? 明日も朝が早いのよ。今日は泊まり込み。今駐車場に着いたところね。シャワーがあるのは嬉しいけど、たまには湯船につかりたいわ」
城井樹里。高卒でKC社に入社し、現在は桐生美咲のマネージャーを務める女性だ。分刻みのスケジュールを過ごす彼女のマネージャーということもあり、城井自身もかなり多忙だ。だが、今の彼女はそんな日々を充実していると捉えている。
「ええ、アヤメ。あんたも――って、私が? 無理よ、今更。私はどうも表に出ると碌なことにならないみたいだから。裏方だけど、今の自分には結構満足してるし」
車の扉を閉め、地下駐車場を歩いていく。流石に朝方よりは少ないが、それでもそれなりの数の車が停められている。一番奥にある一際高級そうな車から察するに、社長も未だ勤務中なのだろう。
流石は世界に名立たるKC社社長である。割と無茶振りの多い人だが、誰よりも率先して動くその姿には敬意を覚えるし、ついていこうと感じられる。
「大体、ドラフトも近いでしょ? 私にそんな冗談言ってる暇あるの? え、明日も会議? 大変ね、あんたも。選手以外にスカウトも――って、美咲を? あはは、横浜のオーナーが手放すわけないじゃない」
ケラケラと笑い声を上げながら相手の冗談にそう返す。人目があるところでは礼儀正しく、真面目な言葉遣いをする城井だが、それは実は親友の物真似であったりする。美咲とも二人きりの時は砕けた調子で話すし、だからこそそれなりの信頼はあるはずだ。
「まあ、お互い頑張りましょ。適度に、適度にね。……大丈夫よ、昔じゃないんだし。退学になりかけた時みたいな無茶はしないわ」
じゃあね――そう言葉を残し、電話を切る城井。その彼女の視界に、一人の男性が映った。
白い服を着た青年だ。城井はその人物の顔を見、眉をひそめる。その青年は見覚えのある人物であり、そしてここにいるはずではない人物だったからだ。
「お久し振りです」
相手はこちらに気付くと、そう言って微笑を浮かべてきた。城井は眉をひそめつつ、ええ、と頷く。
「少し前にウチの桐生の番組にエドさんが出演して下さった時以来ですね。あの時はありがとうございました」
「それはこちらの台詞です。……実は、城井さんに一つ用がありまして。失礼とは思いましたが、お待ちさせていただきました」
「……? それならば、ロビーでお待ちいただければ……」
「いえいえ、それでは少し都合が悪く」
青年が微笑む。同時。
「――何故、プロを目指さなかったのです?」
いきなりの言葉に。
体が、動きを止めた。
「思い知ったのですか? 理解したのですか? あなたの親友――神崎アヤメとの絶対的な差を?」
「……何を」
「悔しくはありませんか?」
一歩、こちらへと歩み寄ってくる青年。思わず城井は後ずさった。
「――勝ちたくは、ありませんか?」
非常識だと、跳ね除けることはできた。こんな時間に現れて、いきなりこんなことを口にして。
だが、どうしてか。それが、今の城井にはできなかった。
青年がこちらへ背を向け、数歩だけ歩みを進める。見れば、クロスの掛けられた机が置かれていた。
椅子に腰かけ、こちらを見据える青年。彼は薄い笑みを浮かべたまま言葉を紡いだ。
「持っているのでしょう? 一日も欠かさず調整し、しかし、一度も使っていない――魂を」
「…………ッ」
思わず鞄に手をやった。そこには確かに、彼女が一日と欠かさず調整し、持ち続けるデッキがある。
ある夏の日。親友とのデュエルに敗れ、以来一度も使わなかったデッキが。
「どうぞ、席へ」
諸手を挙げて紡がれる、その言葉。
異様な状況、異様な空気。逃げ出すべきだ。背を向け、ここから離れるべきだ。
「――――ッ」
だが、彼女はそうしなかった。
この異様な状況を前に、踏み込んでしまった。踏み込めるだけの意志を、持ってしまっていた。
白き光が、迫りくる。
日常は、少しずつ……崩壊していく。
アカデミア本校は本当の名門です。
そしてクロノス先生はとてもいい先生なのです。