遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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間章 東西対抗戦 中編

 

 

 

 

 

 大歓声が島中から聞こえてくる。アカデミア本校及びウエスト校の生徒たちや、このイベントを聞きつけてやってきた島外の者たち。これより始まる戦いに、誰もが胸を躍らせる。

 

「というわけで始まります、東西対抗戦! 夏らしく浴衣に着替えて、ウチも準備バッチシです☆」

 

 浴衣に着替えた桐生美咲が全てのデュエルを映す画面を背にマイクを持ってそう言葉を紡ぐ。野太い声援が響き渡り、美咲がウインクをすると更なる歓声が響き渡った。

 

「ではでは、偶然見つけたゲスト! 今期ドラフト最注目! 晴嵐大学主将、新井智紀さんです!」

「どうもー」

 

 美咲の紹介と共に壇上に上がるのは現アマチュア№1を謳われるデュエリスト、新井智紀だ。流石に人前に立つのには慣れているためか、緊張した様子はない。

 

「偶然見つけたから壇上に上げましたけど、今日はどうして来たんですか?」

「まあ両方に知り合いいっぱいいるし、誘われたし、暇だったしで特に大層な理由は。あ、サインどうも」

「いえいえ~」

 

 美咲のサインを取り出しながら言う新井に、美咲が微笑みながら首を振る。周囲からいいなー、という声が漏れた。

 

「……フッ」

 

 対し、ドヤ顔でそれを見せつける新井。ブーイングが巻き起こった。

 

「とりあえず、始まる前にぶっちゃけてしまいましょか。アマチュア№1の目から見て、本校とウエスト校どっちに分がある思います?」

「5-2でウエスト校。組み合わせ次第ッスけど」

 

 肩を竦め、きっぱりと言い切る新井。ありゃ、と美咲が首を傾げた。

 

「随分自信ありげに言い切らはりますねー?」

「地力が違うでしょう。本校の連中も面白いのが多いが、経験の差は大きいッスよ」

「ふむふむ。では逆に、2勝はどこが勝つと読みましたか?」

「〝帝王〟と〝プリンス〟、あとはワンチャンで十代ッスかねぇ。本校のメンバーが容易く負けるとも思えませんけど、それ以上にウエスト校側が負ける姿が想像しにくいですよ」

「ふむふむ、なるほど~。――おおっと、早速一組目ができたようです!」

 

 頷く美咲がモニターに映る一組を指し示す。同時、同じ大きさで六分割されて映し出されていた画面の一つが大きくなった。

 そこに映る二人は――

 

「――いいね、事実上の最強決定戦か」

「アカデミア本校全校生徒筆頭、丸藤亮選手とIH個人戦総合優勝及び団体戦MVP、二条紅里選手」

「……正直、どっちを有利に見ます?」

「……五分、かなぁ。一手打ち間違えた方が負ける気がする」

 

 真剣な表情で言う美咲。その表情は〝アイドル〟のものではなく、〝プロデュエリスト〟のものだ。

 

「ま、ええでしょ。徐々に組み合わせが決まっていっとるみたいやけど……はてさて、どうなるやら」

「まあ間違いなくまともに終わらないッスねー」

 

 のんびりと言った新井の言葉は、この場の全員が感じていることだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 灯台。かつて亮が行方不明となっていた吹雪を探していた際、明日香との情報交換で利用していた場所だ。

 潮風が体を撫でる。その風と共に現れた人物に、亮は笑みを浮かべた。

 ウエスト校の生徒はその全員が強者だ。故に誰とデュエルすることになろうとも文句はなかった。だが、敢えて戦いたい相手を挙げるとするならば一人だけ決まっていたのだ。

 

「今日はよろしくお願いします~」

 

 ぺこりと頭を下げるのは、〝最強の高校生〟と名高きデュエリスト――二条紅里。

 IHにおける彼女のデュエルを見て、亮は何度も思った。

 

 ――戦いたい。

 そして勝ちたい、と。

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 必要以上の言葉はいらない。語るのは、デュエルでだ。

 

「「決闘!!」」

 

 一応、他のエリアの状況もモニターで見ることはできる。だが、二人はそちらには一瞥さえくれない。

 気にならないわけではない。ただ、他へと意識を向ける余裕がないだけだ。共にこの相手は最大警戒の上で相対するしかないと理解しているが故に。

 

「先行は私です~。――ドロー」

 

 カードを引く紅里。そして、彼女は笑みを浮かべた。

 

「スポーアを召喚し、永続魔法『超栄養太陽』を発動~。自分フィールド上に植物族モンスターを生贄に捧げ、そのモンスターのレベルプラス3以下の植物族モンスターを一体、特殊召喚します~。――『ローンファイア・ブロッサム』を特殊召喚!」

 

 スポーア☆1風・チューナーATK/DEF400/800

 ローンファイア・ブロッサム☆3炎ATK/DEF500/1400

 

 モンスターを生贄に捧げ、現れるのは植物族のキーカード。来るか、と亮が呟くと同時、怒涛の展開が始まる。

 

「ローンファイア・ブロッサムの効果発動~! 一ターンに一度、植物族モンスターを生贄に捧げ、デッキから植物族モンスターを特殊召喚! ローンファイア・ブロッサムを連続で特殊召喚し、最後に『ギガプラント』を特殊召喚!」

 

 ギガプラント☆6地ATK/DEF2400/1200

 

 現れるのは、植物族において要となるモンスター。紅里の戦術は止まらない。

 

「装備魔法『スーペルヴィス』発動! デュアルモンスターにのみ装備でき、装備モンスターをデュアル状態にします~! ギガプラントに装備し、効果発動! 墓地からスポーアを蘇生!――レベル6、ギガプラントにレベル1、スポーアをチューニング! シンクロ召喚! 『パワー・ツール・ドラゴン』!」

 

 パワー・ツール・ドラゴン☆7地ATK/DEF2300/2500

 

 機械仕掛けの竜が現れる。効果発動、と紅里は宣言した。

 

「スーペルヴィスは墓地に送られた時、通常モンスターを一体蘇生できます。通常モンスター扱いとなっているギガプラントを蘇生。そしてパワー・ツールの効果発動。一ターンに一度、デッキから装備魔法を三枚選択し、ランダムに一枚手札に加えます。……『スーペルヴィス』を二枚、『薔薇の刻印』を一枚です」

「……一番右のカードだ」

「――選択されたカードは『スーペルヴィス』。ギガプラントに装備し、効果発動――」

 

 そして、二体目の竜が降臨する。

 

 パワー・ツール・ドラゴン☆7地ATK/DEF2300/2500

 

 並び立つ二体のモンスター。効果発動、と紅里は宣言した。

 

「デッキから『スーペルヴィス』を一枚、『薔薇の刻印』を二枚選択します」

「真ん中のカードだ」

「選択されたのは『スーペルヴィス』です」

 

 並ぶのは、機械仕掛けの竜が三体。

 少女の背に、その三体が並び立つ。

 

 パワー・ツール・ドラゴン☆7地ATK/DEF2300/2500

 パワー・ツール・ドラゴン☆7地ATK/DEF2300/2500

 パワー・ツール・ドラゴン☆7地ATK/DEF2300/2500

 

 圧倒的な展開力。レベル7の大型モンスターがこうも容易く並ぶ姿は、ある意味壮観だ。

 

「……見事な展開だ」

「ありがとうございます~。でも、『サイバー流』なら簡単に突破できますよね~?」

 

 にこにこと笑顔を浮かべながら言う紅里。そう、その通りだ。『キメラティック・フォートレスドラゴン』――サイバー流の『サイバー・ドラゴン』と相手を含めた機械族モンスターの融合で生まれるモンスターだ。サイバー流にはこのモンスター存在するが故に、機械族における最強を謳われる。

 

「だとしたら、どうする?」

「こうします。――永続魔法『禁止令』。指定するのは『サイバー・ドラゴン』です」

「――――」

 

 あまりにも効果的で、絶対的な宣言。

 禁止令――宣言したカードのプレイを封殺する永続魔法だ。これにより、亮は『サイバー・ドラゴン』の召喚、特殊召喚、攻撃、表示形式の変更が不可能となった。

 

「……勝つために、私たちはありとあらゆる努力をしました。卑怯だと、思いますか?」

 

 紅里の問いかけ。かつてのサイバー流なら間違いなく糾弾していただろう。だが、今は違う。

 これも一つのリスペクトだ。使われては敗北とはいかずとも苦戦は間違いない。故に封じる。ただそれだけの戦術。

 同時、それほどまでにこちらを警戒してくれているということでもある。

 

「いいや。微塵も思わない」

 

 その事実を喜びこそすれ、憤る理由などどこにもない。

 

「それだけこちらを警戒してくれているということだろう? 少なくとも、このデュエルが終わるまでキミが〝最強の高校生〟だ。そのキミから最大の警戒をされている事実を光栄に思いこそすれ、卑怯だと謗る理由は存在しない」

 

 その言葉に、紅里は一度目を瞬かせた。そして、笑みを浮かべる。

 

「……やっぱり、あなたとデュエルできて良かったです。パワー・ツールの効果発動。『薔薇の刻印』を二枚と、『団結の力』を一枚選択」

「真ん中のカードだ」

「装備魔法、『団結の力』を装備します。カードを一枚伏せて、ターンエンドです」

 

 パワー・ツール・ドラゴン☆7地ATK/DEF2300/2500→4700/4900

 

 攻撃力が4700にまで上昇する。最早普通のモンスターでは突破は不可能だ。

 だが、ここにいるのは〝帝王〟。突破の手段ぐらい、山と用意できる。

 

「俺のターン、ドロー! 今度は俺の全力を見せる番だ。――魔法カード『パワー・ボンド』発動! 手札の『サイバー・ドラゴン』二体を融合し、『キメラティック・ランページ・ドラゴン』を融合召喚する! 禁止令は融合素材にすることまで干渉しない!」

 

 紡がれたのは、二頭の頭を持つ機械の竜とは違うモンスター。

 文字通り、キメラの如き姿をした機械竜。

 

 キメラティック・ランページ・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2100/1600→4200/1600

 

「ランページ・ドラゴンは融合召喚時、素材にしたモンスターの数だけ相手の魔法・罠を破壊できる! 禁止令と団結の力を破壊だ!」

「――――ッ」

「更に一ターンに一度、デッキから光属性・機械族モンスターを二体まで墓地に送り、その分だけ追加攻撃が可能となる! 俺は『サイバー・ドラゴン・コア』と『サイバー・ドラゴン・ツヴァイ』を墓地へ送り、バトルだ! 三連打ァ!!」

 

 通ればそれだけでLPを持っていかれる一撃。だが――

 

「罠カード、発動! 『聖なるバリア―ミラーフォース―』!」

 

 発動される聖なる盾。しかし、〝帝王〟にとっては想定内だ。

 

「甘い! 速攻魔法『禁じられた聖槍』!! 攻撃力を800ポイントダウンさせる代わりにランページ・ドラゴンはこのターン魔法・罠の効果を受けない!」

 

 キメラティック・ランページ・ドラゴン☆5闇ATK/DEF4200→3400/1600

 

 聖なる槍の力により、己の身を削りつつも進撃を続ける混合の機械竜。亮はその手を突き出し、宣言を続ける。

 

「バトルは続行だ! 三連打ァ!」

「――――ッ!」

 

 伏せカードのないこの状況でその進撃を防ぐ術は紅里にはない。

 轟音と共に三体の竜が消し飛ばされる。亮は俺は、と言葉を続けた。

 

「カードを一枚伏せ、ターンエンドだ。――エンドフェイズ、パワー・ボンドの代償としてランページ・ドラゴンの元々の攻撃力分、即ち2100ポイントのダメージを受ける」

 

 紅里LP4000→700

 亮LP4000→1900

 

 互いのLPにダメージが入ったこのターンの攻防。それを受け、紅里が怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「……ダメージ軽減はしないんですね~?」

「この程度は必要経費だ。キミを相手に、無傷でダメージを通せるとは思っていない」

「成程~。私のターン、ドロー!」

 

 笑みを浮かべたままの紅里。彼女はデュエルをする時、余程のことが無ければその表情を崩すことはない。IHにおいても彼女が笑みを消した場面は数えるほどだ。

 その紅里の笑みが一瞬、曇った。来るか――そう亮が思うと同時、紅里が静かに告げる。

 

「……あまり使う気はなかったけど、仕方ないかな~。――魔法カード『死者蘇生』発動! パワー・ツール・ドラゴンを蘇生し、効果発動! 『継承の印』二枚と『薔薇の刻印』二枚を選択です~!」

「……右のカードだ」

 

 ぐっ、と唸りつつ亮は宣言する。三枚共に厄介なカードだ。そして紅里が加えたのは――

 

「装備魔法『継承の印』です! 墓地に同名モンスターが三体いる時のみ発動でき、その同名モンスターの内の一体を特殊召喚します! 先程のターンで三体揃えていた『ローンファイア・ブロッサム』を蘇生し、効果発動! チューナーモンスター『コピー・プラント』を特殊召喚!」

 

 パワー・ツール・ドラゴン☆7地ATK/DEF2300/2500

 コピー・プラント☆1風ATK/DEF0/0

 

 手札一枚から、この展開力。一瞬でここまで持ってくるとは。

 だが、亮の場にいるのは攻撃力4200の大型モンスターである。レベル8のシンクロモンスターが出ようと、容易く超えられるような壁ではないはずだが――

 

「使うかどうか、迷っていましたけど……でも、負けたくないですから。レベル7、パワー・ツール・ドラゴンにレベル1、コピー・プラントをチューニング。――進化して、パワー・ツール! シンクロ召喚、『ライフ・ストリーム・ドラゴン』!!」

 

 パワー・ツール・ドラゴンを包んでいた装甲が崩れ去り、中から一体の竜が現れる。

 

 ライフ・ストリーム・ドラゴン☆8・チューナー地ATK/DEF2900/2400

 

 生命力に満ち溢れた姿を晒す竜。同じウエスト校の生徒たちでさえ知らない存在であるのか、会場では大歓声と共に困惑の声が広がっている。

 その姿を眺め、ほう、と亮が言葉を漏らした。

 

「だが、そのモンスターでは俺のランページ・ドラゴンは倒せないぞ」

「はい。ですから守備表示です~。そして、同時に効果発動。――ライフ・ストリーム・ドラゴンのシンクロ召喚成功時、私は自身のLPを4000ポイントにできる!」

「何だと!?」

 

 紅里LP700→4000

 

 一気に初期LPにまで回復する紅里のLP。紅里は残る一枚をディスクに差し込むと、ターンエンド、と宣言した。

 

「まだまだ、これからですよ~」

「ああ、そのようだ」

 

 削り取ったLPを一瞬でなかったことにされた。その事実に内心驚愕しつつも、亮は自身の口元が緩むのを抑えられない。

 楽しい。本当に楽しい。

 そうだ、これがデュエルだ。未知の強大な相手と全力で戦い、共に最大限の敬意を持って最大戦力で向かい合う。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 いつもより熱のこもった〝帝王〟の宣言に、観客たちが更にヒートアップする。

 文字通りの頂上決戦は、容易く終わりそうにない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「というわけで続いてのゲストはアカデミア本校一年、オシリスレッド所属。フロリダ・ブロッケンス1A所属の如月宗達くんです~」

「はいどーも」

 

 壇上に招かれた人物は椅子に座りながら気怠そうに挨拶した。先程新井が壇上に上がった時よりも明らかに拍手の数が少ないが、本人が気にした様子は欠片もない。

 

「で、〝侍大将〟は今のデュエルどう思うん?」

「異次元だろ。どっちもかっとび過ぎて笑えん」

「ほな、自分は学校単位ならどっちが勝つ思う?」

「……ウエスト校だろうなぁ、正直。カイザーと吹雪さん辺りはともかく、他は経験値が足りねぇだろ。大体、今年のウエスト校は歴代最強なんて言われてるし」

 

 元々ウエスト校はDMに特化しているわけではないということもあって他の二校の後塵に配することも多かったのだが、理由はもう一つある。それは代表の選出方法だ。

 他の二校が単純な実力順で選ばれるのに対し、ウエスト校は三年生を二人、二年生を二人、一年生を一人、そして先の選出者以外での最上位の者を選出するという特殊な方法を取っている。これは学校の方針であり、変更されたことはない。

 故に下級生、特に一年生が穴となることが多く、苦戦を強いられることが多かったのだ。

 だが、今年は事情が違った。

 

「夢神祇園――いつもなら穴になるはずのその存在は、穴でも何でもなかった」

「全員が他校なら文句なしのエースを張れるであろう実力者集団やしなぁ」

「嬉しそうだな」

「そら、一応元生徒やし。知らん仲でもないしなぁ」

 

 宗達の言葉に対し、肩を竦めてそう返す美咲。ふーん、と宗達は興味なさげに肩を竦めた。

 

「ま、他も大概だしな。特に菅原雄太だ。二条紅里の陰に隠れてるが、アレ大概だろ」

「実は全国個人ベスト8は二条さんに負けたからやしな」

「何が恐ろしいって、二条紅里がIH無敗なのはよく言われてるが菅原雄太も他校の人間には一度も負けなかったってことだろ。あの二人は規格外すぎる」

「ライトロードの切り札、『裁きの龍』のリセット能力は割と理不尽やからな」

「全て壊すんだ」

「さてさて、デュエルも白熱してきました! 勝者は誰か、注目です!」

「おい無視すんな」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 鬱蒼と茂る森の中を、二人のウエスト校の生徒が歩いている。菅原雄太と夢神祇園だ。二人は同じ場所をしているカードを引いたため、こうして森の中を歩いている。

 

「あっつー。もうちょい薄着の方がよかったかもしれへんなぁ」

「確かに暑いですね」

「汗一つ掻いとらんくせによーいうわ」

 

 先輩後輩としての会話をしつつ二人は歩いていく。菅原も口で言っているだけで不機嫌さはなく、これは彼なりのこれからの戦いに向けて精神を落ち着けるための行動だ。

 

「二人で同じ場所ということはタッグデュエルの方がいいのでしょうか?」

「んー、それクロノス先生に聞いたらどっちでもええ言うてたで。まあIHの団体戦はタッグもあるし、それでもええとは思うけど……問題は俺と自分で組んだことがないって点やな」

「菅原先輩と二条先輩は大将と先鋒で固定でしたもんね」

「なんよなぁ。ま、相手次第で考えよか。――っと」

 

 何かに気付いたように、菅原が足を止める。視線の先。そこには二人の兄妹が待っていた。

 

「――アカデミアウエスト校三年、二番手。菅原雄太」

 

 視線が重なると同時、菅原が口を開く。応じるように、手に持ったギターを鳴らしながら〝プリンス〟と呼ばれる人物が言葉を紡いだ。

 

「〝ブリザード・プリンス〟、天上院吹雪だよ」

「いやそのギターなんやねん」

「いやぁ、最近はまっていてねぇ」

「ああ、さよか。相変わらずよーわからん奴やな」

「そういうキミは変わらないねぇ、菅原くん。挑発が下手なところか特に」

 

 楽しげに笑う吹雪。ふん、と菅原が鼻を鳴らした。

 

「やかましい、俺かてそれなりに色々あったんや。……つーか、見たで。相変わらず女子に囲まれてるみたいやんけ」

「いやぁ、それほどでも」

「くっ、この余裕が腹立つ……!」

 

 ぐぬぬ、と歯軋りしながら言う菅原。兄さん、と隣で呆れた表情を浮かべていた明日香が言葉を紡いだ。

 

「懐かしいのもわかるけど、その辺にしておいた方がいいわ」

「そうは言うけどね、アスリン。僕にとって菅原くんは旧知の中だ。この後に個人的にデュエルを挑もうとも思っていたけど、こういうことなら丁度いい」

「……ま、俺もあんたとやり合えるんやったら文句あらへんわ」

 

 そう言ってデュエルディスクを構える菅原。あの、と祇園が声を上げた。

 

「それじゃあ、シングル戦二つという形でいいんでしょうか?」

「悪いけどそうなるわ。すまんな夢神」

「うん。アスリンとの兄妹タッグも考えていたけど、キミが相手ならこの形の方がいい。確か、ジュニア時代は17勝12敗で僕の勝ち越しだったよね?」

「15勝14敗や! 二勝分勝手に書き換えるんやない!」

「おお、しっかり覚えていてくれたんだね。嬉しいよ」

「胡散臭い笑顔やな」

「昔からです」

 

 アカデミアの女生徒ならば間違いなく黄色い声援を上げる吹雪の笑顔だが、菅原と明日香には一切通じない。祇園も苦笑しているだけだ。

 

「まあええ。――やろか」

 

 一度深呼吸をし、そう告げる菅原。

 ――瞬間、空気が変わる。

 先程までの緩んだ空気は消え、菅原が纏う空気はまさしく戦士のそれとなった。IH団体戦優勝校大将。その重圧を背負い続けてきた男は、その実績に違わぬ気配をその身に纏う。

 

「いいね。今のキミが相手なら、僕の目的も果たせそうだ」

 

 対し、吹雪も笑みを浮かべる。それはいつもの爽やかな女子に向けられる笑顔ではなく、獰猛な決闘者としてのそれだった。

 そして二人が向かい合う隣で、夢神祇園と天上院明日香もまた、向かい合う。

 

「それじゃあ、私たちも始めましょう」

「よろしくお願いします」

 

 礼儀正しく頭を下げる祇園。そんな彼の姿に、明日香は少し違和感を覚えた。

 彼の実力に嘘はないことはとうに知っている。IHにおいてはタッグ、シングル共に十二分な活躍を見せていた。一部では毎年穴となってしまう一年生枠の彼が十二分な力を発揮したからこそウエスト校の優勝は成ったとまで言われているくらいだ。

 油断はできない。だが、それとは別。根本的な部分で、どこか以前の彼とは――

 

「「「「決闘!!」」」」

 

 森の中、四人の決闘が始まる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 アカデミア本校職員室。多くの教員は別の場所で生徒の誘導や監視など、今回のイベントについての雑務をこなしているため、職員室にはほとんど教師はいない。

 その職員室に一人の客人が訪れていた。神崎アヤメ。アカデミア本校の卒業生であり、東京アロウズのレギュラーでもあるプロデュエリストだ。その彼女の対面に座るのは、かつての彼女を教えていた響緑である。

 

「今日はスカウト?」

「個人的な趣味と仕事、両方です」

 

 出された茶を啜りつつ、緑の言葉にそう応じる。テレビではすでにほとんどのデュエルが開始されており、ここからそれなりに離れているはずのドームからの歓声がこちらまで響いていた。

 

「それで、あなたはどう思う?」

「順当に考えれば、6-1でウエスト校でしょう。もっとも、完封さえあり得る組み合わせとなりましたが」

 

 緑の問いかけにきっぱりと言い切るアヤメ。言われた緑も、そうね、と納得の表情を浮かべた。

 

「皆強いけど、流石に少し苦しいわ」

「はい。天上院吹雪――彼の実力が私には未知数ですが、聞けばブランクがあるとのこと。流石に辛いでしょう」

「成程ね……」

「ですが」

 

 湯呑を置き、アヤメは微笑を浮かべた。

 

「期待を込めて、4-3に私は賭けましょう」

「本校側が三勝もする、ってこと?」

「いいえ。本校側が四勝です」

 

 画面を見つめ、楽しげに言うアヤメ。そして、彼女は楽しそうに笑った。

 

「分の悪い賭けが好きなんですよ、私は」

「……知ってるわ。そのせいでオシリスレッドに落ちそうになったんだものね」

 

 緑の言葉に笑みを返し、アヤメはモニターを見る。

 そこでは、彼女が期待するデュエリストが本校の女生徒とデュエルを始めたところだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 火山フィールド。山の中腹に用意した場所に十代が辿り着くと、すでにウエスト校の生徒が待っていた。

 山崎壮士。以前、〝ルーキーズ杯〟の後の交流会でデュエルし、アドバイスをくれた相手だ。

 

「お、山崎さん!」

「……なんや、お前か。ふむ、お前が相手やったらやり易いか」

 

 言うと、デュエルディスクを構える山崎。へへっ、と十代も笑みを浮かべた。

 

「あの時みたいに勝たせてもらうぜ!」

「あの時?……ああ、あれか。もしかしてやけど自分、勘違いしとらへんか?」

 

 先行のカードドローをしつつ、山崎は言う。

 

「アレは偵察用のデッキや。俺の戦い方は、別にある。――手札より『忍者マスターHANZO』を召喚、効果発動。召喚成功時、デッキから『忍法』を一枚手札に加える。『忍法変化の術』を手札に加え、俺はカードを三枚伏せてターンエンドだ」

 

 忍者マスターHANZO☆4闇ATK/DEF1800/1000

 

 現れたのは忍者だ。おお、と十代が目を輝かせる。

 

「格好良いな! 山崎さんのデッキって忍者なのか!?」

「まあ、一番好きなデッキではあるけど。忍者、って言っていいかどうかは微妙なとこやな」

「そうなのか? まあいいや、ドロー!」

「その瞬間、永続罠『忍法変化の術』を発動。自分フィールド上の忍者を生贄に捧げ、レベルプラス3以下の鳥獣、昆虫、獣を特殊召喚する。――『ダーク・シムルグ』を特殊召喚」

 

 ダーク・シムルグ☆7闇ATK/DEF2700/1000

 

 現れたのは、漆黒の怪鳥。その雄叫びが、十代の鼓膜を揺らす。

 

「おお、いきなり凄いのが出て来たな!」

「その余裕も、ここまでや。――永続罠『魔封じの芳香』」

「えっ――」

 

 ダムルグの瞳が怪しく輝き、周囲に漆黒の羽が舞う。同時、怪しげな煙が周囲を包んだ。

 

「ダムルグは相手のカードのセットを封じる。魔封じの咆哮は、魔法カードの発動をセットしてからしか行えなくする」

「それって、まさか」

「お前は魔法・罠の発動を封じられたんや。……悪いけど、お前のドロー運は何度も視させてもらったわ。正直、その豪運とやり合ってまともに立ち回れるほどわいは強くあらへん。二条やら菅原ならどうにかするんやろうけど、わいには無理や」

 

 だから、と山崎は言った。

 どこか、悲壮感さえ漂わせながら。

 

「悪く思うなよ一年坊。お前には何もさせん。ただ黙って、何もできずに負けてくれ」

 

 鋭い視線。まるでこちらを殺そうとでもするかのような視線を前に。

 

「へへっ。そいつはどうかな、先輩?――ドローッ!」

 

 遊城十代は、笑みを浮かべて立ち向かう。

 いつも通りの、楽しそうな笑みを浮かべながら。

 

 

 アカデミア・ウエスト校のIH優勝の裏には、一つの噂がある。

 対戦相手の全てを見透かすような戦術をとることが多々あり、そこから生まれた噂だ。

 曰く、ウエスト校には全てを見透かす〝軍師〟がいる――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 海岸。そこにある岩に腰掛けて対戦相手を待っていた女性は、その来訪者を見て笑顔を浮かべた。

 誰が来ようと全力で相対するつもりだったし、正直誰が相手でもさほど変わりはない。〝祿王〟というのはそういう次元に立っているのだから。

 

「ほう。私の相手はキミか。中々どうして、面白い」

 

 立ち上がろうとして、手元の本を確かめる。残るページは僅かだ。その事実に、ふむ、と〝王〟は思案する。

 

「少し待ってくれ。後少しで――ああ、いや。残る一ページを残して戦いに挑むというのも詩的でいいかもしれんな」

 

 言うと、〝王〟は本を置いて立ち上がった。その動作一つ一つが優雅で、見る者を惹きつける。

 

「さて、名乗ろう。烏丸〝祿王〟澪だ」

「万丈目、準」

 

 目の前の少年は絞り出すようにそう言葉を紡ぐ。流石に気負っているのか、余裕がないように見えた。

 

「ああ、知っているよ。……さて、キミは以前、〝最強〟になると言っていたな。己が最強を証明すると。それが偽りでないならば、是非この場で証明して欲しい。私もそれを望んでいる」

 

 どうした、と〝王〟は問う。

 

「私を倒せばキミの目的は達成される。実にわかりやすく、単純な話だろう?」

「…………」

 

 相手は無言。〝王〟は笑った。

 

「先手は譲ろう。覚悟ができたらかかってくるといい。――さあ、決闘だ」

 

 対抗戦が加速する。

 果たして、勝者は。

 









というわけで中編です。
割と全員本気です。ガチです。

ちなみにマッチアップ全員分のデュエル描写はございますので、ご心配なく。

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