遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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間章 かつて弱者と呼ばれた少年

 

 

 アカデミア・ウエスト校は大阪の商業地に存在している。かの有名な関西空港も近くにあることから交通の便が良く、それを利用する生徒も多い。

 夢神祇園がウエスト校に再度転入を果たしてから一ヶ月。久し振りの予定がない休日ということもあり、祇園は澪と妖花、更に澪が開いているデュエル教室の子供たちと共に最近オープンしたショッピングモールへと訪れていた。

 

「ふむ、流石に立派だな」

「凄いですね……。人も大勢いますし」

 

 眼鏡をかけ、髪を束ねて方に乗せることによって変装している烏丸澪の言葉に祇園は周囲を見回しながら頷く。デュエル教室に来ている子供の人数は合計で十五人なのだが、今日来れたのは五人だけだ。

 あまり多くない方が引率も安心と思っていたが、これだと気を抜けないだろう。

 

「わぁ……」

 

 そして、周囲を見ながら目を輝かせているのは防人妖花だ。基本的に好奇心旺盛な少女である。他の子供たちと共に、キョロキョロと周囲を見回していた。

 

「この人の多さはオープンしたてということと……これが理由だろうな」

 

 近くにあったパンフレットを手に取りつつ、澪がそんなことを口にする。どことなく表情が鬱陶しそうなのは、人ごみが苦手だからだろう。正直祇園もこの人の多さは勘弁して欲しかった。

 

「大会、ですか」

「オープン記念に人を呼ぶ目的でやっているためか、中々賞品は良いようだな。折角だ、出てきたらどうだ?」

 

 言いつつこちらへパンフレットを渡してくる澪。見ると、確かにこの後DMの大会が行われるようだった。優勝者と準優勝者には賞金まで出るらしい。

 

「あ、十二歳以下の部もあるみたいです!」

「え、ホンマに? 出たい出たい!」

「ししょー、俺らも出たい!」

 

 パンフレットを見て妖花が口にした言葉に反応し、子供たちが次々とそんな言葉を口にする。澪へと視線を送ると、仕方あるまい、と彼女は肩を竦めた。

 

「キミもここのところ、学内のランキング戦ばかりだったろう?」

「はい。IHも近いので最近多いですよね」

「息抜きの意味も兼ねて参加するといい。たまには気負う必要のないデュエルも必要だよ」

 

 微笑しながら言う澪に、はい、と頷く。セブンスターズとの戦いが終わり、ウエスト校に戻ってきてからも常にデュエルでは気を張っていた気がする。

 

「そう、ですね。……参加、してみます」

「それにまあ、何というか。――今のキミの力を確かめる、いい機会だ」

 

 靴の音を鳴らしながら歩を進め、澪は言う。

 

「キミは強いと、初めて出会った頃に比べて間違いなく強くなったと、そう私が言ったところで届かないのだろう」

 

 振り返ったその瞳は、楽しそうにこちらを見ていた。

 

「今日、一つの答えが出るだろう。――楽しめ、少年」

 

〝最強〟の名を持つ〝王〟は。

 そう言って――微笑んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大型ショッピングモールの開店セールと帰国が重なったのは偶然だったが幸運だった。東京アロウズ副将、神崎アヤメは眼鏡と帽子で申し訳程度の変装をしつつ、そんなことを思う。

 海外の大会に参加していたアヤメは今日の朝帰国した。予定では今日の夜にチームに合流するため、それまでは時間に余裕があるのだ。

 

(服……は、この間買いましたし、靴もスポンサーのモノを使っていますし……)

 

 何か必要な――というより、買いたいものがあったかと思案する。だが、今のところ特に必要なものはない。

 

(しかし、折角来たというのに何も買わないというのも……)

 

 基本的に合理的な思考を行い、行動するため度々年若い女性ではないと言われることもあるアヤメだが、買い物自体は好きである。浪費してしまうから自嘲しているだけで。

 さてどうしたものかと思いながら歩いていると、少し離れた場所から歓声が聞こえてきた。視線を向けると、どうやらDMの大会が行われているらしい。

 

「……ふむ」

 

 デュエル、と聞けば反応せずにはいられないのがデュエリストという生物だ。特にアヤメはプロデュエリストであると同時にスカウトとしての仕事もしている。

 会場の方へと歩いていくアヤメ。見れば決勝戦へと進んだ二人が決まったところのようだった。どうやら予選は全てテーブルデュエルで行い、決勝戦だけはステージ上です点ディングデュエルを行うらしい。

 ステージに上がる二人。片方は見覚えのない青年だ。見たところ大学生といったところか。そして、もう一人は――

 

(あれは――)

 

 自身も参加した〝ルーキーズ杯〟。そこで誰よりも強い意志と可能性を示したデュエリスト。

 ――夢神祇園。

 その少年が、その舞台に立っていた。

 

「おや、珍しい顔だ」

 

 声をかけられ、そちらを向く。そして再びアヤメは驚かさせられた。

 烏丸〝祿王〟澪。

 日本における〝最強〟の一角が、楽しげな笑みを浮かべてそこにいた。

 

「……〝祿王〟、ですか。どうしてこちらに?」

「理由は単純だ。あそこに立つ少年と、最前列の席で少年を応援する彼らが理由だよ」

 

 そう言って澪が示した先には、祇園を応援する子供たちの姿があった。そういえば以前、デュエル教室の手伝いをしていると言っていた気がする。防人妖花もいるということはそういうことなのだろう。

 

「成程、理解しました」

「キミは大会の帰りか?」

「はい。夜まで時間がありましたので」

「成程。……だが、キミならば丁度いい。流石に商業地のショッピングモール。シーズン開幕も近付いた状態ということもあり、それなりに面白い顔触れは揃っているが……少年と直接戦ったキミならば、より理解できるだろう」

 

 ステージではデュエルが始まろうとしている。見れば、祇園は酷く落ち着いた様子だった。かつて自分と戦った時のような危うさは感じられない。

 

「どういう意味ですか?」

「見ていればわかる」

 

 こちらを試すように笑う王。そして彼女はステージへと視線を向け、呟くように言葉を紡いだ。

 

「さあ、少年。――目覚めの時だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 一度深呼吸をし、改めて相手を見る。

 心は落ち着いている。周囲の景色もよく見えているし、妖花を始めとした最前列からの応援も聞こえている。

 良いことだ。だが、どうしてだろうか。

 

「「決闘!!」」

 

 心はこんなにも落ち着いているのに。

 どこか、戸惑っている――……?

 

「先行は俺だ! 俺は手札より魔法カード『名推理』を発動! 相手はレベルを一つ宣言し、俺はデッキをめくっていく! そして通常召喚可能なモンスターが捲られた時、相手の宣言したレベルと違うモンスターなら特殊召喚できる!」

「……宣言はレベル8でお願いします」

 

 とりあえず相手のデッキが不明な以上、大型モンスターを警戒してのレベル選択だ。レベル4でも良かったかもしれないと思ったが、今更仕方がない。

 

「いくぞ、一枚目『リビングデットの呼び声』、二枚目『死者転生』、三枚目――『ダークフレア・ドラゴン』!!」

 

 ダークフレア・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2400/1200

 

 現れたのは祇園も愛用していた闇のドラゴンだ。レベル5――正直ここは運だったのでこの結果は仕方がない。

 

「更にダークフレア・ドラゴンを除外し、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を特殊召喚! 効果発動! 手札より『タイラント・ドラゴン』を特殊召喚だ!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 タイラント・ドラゴン☆8炎ATK/DEF2900/2500

 

 現れるのはレッドアイズの最終形態の一つとも謳われる、最強のドラゴン。

 そしてもう一体は、〝暴君〟と謳われる竜の王。

 共に最強クラスの切り札モンスターだ。いきなりの大型モンスターに会場が湧き、大歓声が響く。対戦相手も満足そうな表情を浮かべており、堂々とターンエンドを宣言した。

 

(あれ……?)

 

 だが、祇園はそこに違和感を覚える。

 

(それだけ……?)

 

 まただ、と思った。ここ一ヶ月――IHの代表選考も兼ねたランキング戦が何度も行われており、祇園も幾度となくデュエルを繰り返している。その最中、今と同じような感覚を何度も覚えたのだ。

 二条紅里や菅原雄太といった者たちとのデュエルでは感じなかった。だが、確かに感じる。

 

(アカデミアの皆は、もっと……)

 

 その違和感の意味と理由に気付かぬまま。

 静かに、少年はカードをドローする。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「アカデミア本校は魔窟だ。〝帝王〟を始め、それこそ全国クラスの猛者が何人もいる。才能同士は惹かれ合うとでもいうのか……それこそわざわざ集めたのではないかと思うくらいに天才が集まっている」

「…………」

「そんな中で十二分に戦えている人間が〝弱者〟だと? それこそ性質の悪い冗談だ」

 

 肩を竦めながらの言葉に、相手は無言で応じる。そのまま、〝王〟と呼ばれる者は言葉を続けた。

 

「天才では決してない。だが、愚鈍などでも決してない。……命を懸けて戦い、誇りを懸けて戦い、そうして勝利して来た者が弱い理由などない」

 

 大歓声。成程、確かに対戦相手も中々やる。

 だが、それだけだ。

 

「昨日、IHの代表が決定した。ウエスト校は伝統として三年生から二人、二年生から二人、一年生から一人、そしてそれ以外で最もランキングが上位の者を一人選ぶことで代表とする。それぞれの学年のトップが代表となるわけだ」

 

 舞台の上で、少年がカードをドローした。

 見ないでも結果はわかっている。だが、見ていたい。

 

「少年は強い。他の代表にのみ負けたせいで自覚が薄い上に気付いていないようだが。――少年は、自身以外の代表に一度も負けなかった」

 

 それが、意味することは。

 

「アカデミア・ウエスト校一年筆頭。彼は、我が校の代表だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「手札より魔法カード『調律』を発動。デッキから『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、デッキトップからカードを一枚墓地へ。……『クイック・シンクロン』を墓地へ」

 

 まずは二体のモンスターをどかすことから始めなければならない。幸い伏せカードはなく、戦闘耐性も破壊耐性もない。

 

「手札より『シンクロン・キャリアー』を召喚。その効果により、『シンクロン・エクスプローラー』を召喚。効果により、クイック・シンクロンを蘇生」

 

 シンクロン・キャリアー☆2地ATK/DEF0/1000

 シンクロン・エクスプローラー☆2地ATK/DEF0/700

 クイック・シンクロン☆5風・チューナーATK/DEF700/1400

 

 これで一気に三体だ。祇園は更に手を進める。

 

「レベル2、シンクロン・エクスプローラーにレベル5、クイック・シンクロンをチューニング。シンクロ召喚。――『ジャンク・アーチャー』」

 

 ジャンク・アーチャー☆7地ATK/DEF2300/2000

 シンクロン・トークン☆2地ATK/DEF1000/0

 

 現れるのは弓を持つ機械の戦士だ。その効果は単純であり、強力である。

 

「キャリアーの効果により、トークンを生成。――ジャンク・アーチャーの効果を発動。一ターンに一度、相手モンスター一体をエンドフェイズまで除外する。レッドアイズを除外」

「何だと!?」

「――魔法カード『ワン・フォー・ワン』発動。手札の『ジャンク・シンクロン』を墓地に送り、デッキから『ジェット・シンクロン』を特殊召喚。レベル2のトークンとキャリアーに、レベル1のジェット・シンクロンをチューニング。――シンクロ召喚、『A・O・Jカタストル』」

 

 ジェット・シンクロン☆1炎ATK/DEF500/0

 A・O・Jカタストル☆5闇ATK/DEF2200/1200

 

 現れるのは、文字通りの兵器――カタストル。

 後は、一手だ。

 

「手札の『ダンディ・ライオン』を墓地に送り、ジェット・シンクロンを蘇生。ダンディ・ライオンが墓地に送られたため、トークンを二体生成。――レベル1、綿毛トークンにレベル1、ジェット・シンクロンをチューニング。シンクロ召喚、『フォーミュラ・シンクロン』。効果により、カードを一枚ドロー」

 

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 フォーミュラ・シンクロン☆2光・チューナーATK/DEF200/1500

 

 引いたカードを確認する。このカードなら、まだ動ける。

 

「墓地の『ジャンク・シンクロン』を除外し、『輝白竜ワイバースター』を特殊召喚」

 

 輝白竜ワイバースター☆4光ATK/DEF1700/1800

 

 相手へと視線を向ける。すると、まるで異質なモノでも見るような目でこちらを見ていた。

 

「レベル4、ワイバースターとレベル1、綿毛トークンにレベル2、フォーミュラシンクロンをチューニング。シンクロ召喚。――『クリアウイング・シンクロ・ドラゴン』」

 

 クリアウイング・シンクロ・ドラゴン☆7風ATK/DEF2500/2000

 

 現れるのは、輝く翼を持つ白き竜。

 その美しさに、会場から感嘆の吐息が漏れた。

 

「――バトル、カタストルでタイラント・ドラゴンへ攻撃。カタストルは相手モンスターが闇属性以外の時、効果破壊できる」

「タイラント・ドラゴンが……!」

 

 吹き飛ぶ暴君。罠カードの対象にならない効果を持つタイラント・ドラゴンも、モンスター効果の前には無力だ。

 

「ジャンク・アーチャーとクリアウイング・シンクロ・ドラゴンでダイレクトアタック」

 

 相手LPが0を刻む。後攻ワンターン・キル。祇園の使うデッキは大量展開を主眼に置いているため、こういった展開は多い。

 ただこう上手くいくことは珍しい。特にアカデミア本校にいた頃は必ずどこかで妨害が入っていたのだが……。

 

「……強い」

 

 誰が呟いた言葉だったのか。

 小さなその言葉が周囲に伝播し、大きな拍手となって広がっていく。

 

 歓声と拍手を受け、勝者である少年は。

 かつて〝最弱〟と呼ばれた少年は、静かに対戦相手に頭を下げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……成程、理解しました。少し見ぬ間に随分と強くなったようですね」

「本校を出たことが返ってプラスになったのかもしれんな。元々実力はあったが、自己評価が低すぎるのが問題だった。少しは改善されるといいのだが」

 

 そう言うと、澪はステージの方へと歩き出した。その背に、アヤメが問いかける。

 

「彼は、どこまで強くなれますか?」

「私を倒してくれるぐらいに――そう、願っている」

 

 そして、〝王〟はこの場を立ち去っていく。

 どこか、その背は寂しげだった。

 









実際、祇園くんは決して弱くはありません。
あれだけの修羅場と経験積んで弱いわけがないという。ただ。絶対的に強いわけではないから難しい。

さてさて、次は何を書こうか……。

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