遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々― 作:masamune
きっと、これが一番なのだろうと思った。
流されるまま、心地良いこの場所に居続けることはきっとできる。むしろそれが最善の選択で、多くの人はそれを選ばなかった自分に疑問を覚えるだろう。
だがそれでも、この選択をした。
後悔するだろうとは、思う。
――でも、僕は。
選んだこの道を最善の道とすると――そう、決めたのだ。
「決意は、変わりませんか?」
「……はい。お世話になりました」
頭を下げ、そして、部屋を出ようと背を向ける。その背に、相手は静かに言葉を紡いだ。
「たとえここを去ろうと、キミは生徒です。……至らぬ教師でしたが、もし次があるならば、私は必ず君の助けとなりましょう」
その言葉に頷きだけを返し、部屋を出て行く。
扉の締まる音が、別れの言葉のように聞こえた。
◇ ◇ ◇
決闘場で行われていたのは、クロノスと前田隼人によるデュエルだ。
デザインコンテストにて入賞し、I²社からスカウトを受けた隼人。社会へ出ようとする教え子を試すためと、クロノスがデュエルを持ちかけたのだ。
「バトル! マスター・オブOZで攻撃!」
「リバースカード、オープン! 速攻魔法『リミッター解除』! 『古代の機械巨人』の攻撃力は倍にななるノーネ!」
「う、うあああああああっっっ!?」
決闘場に着くと、丁度勝負が着いたタイミングだった。崩れ落ちるように膝を折る隼人。それを眺めながら言葉を紡いだのは宗達だ。
「……不用意に突っ込んだのが敗因だな」
「あと少しだったのに……」
その言葉を受け、悔しそうに言うのは翔だ。デュエルの流れがわからないので何とも言えないが、きっと隼人は逃げることなく戦い抜いたのだろう。
「顔を上げるノーネ、シニョール前田」
「クロノス先生……」
「結果こそ私の勝利ですが、内容自体は素晴らしいものだったノーネ」
故に、と彼は言った。称えるように、その手を差し出して。
「アカデミア本校技術指導最高責任者、クロノス・デ・メディチとして、I²社に推薦するノーネ」
「ほ、本当に……?」
呆然とした顔で隼人が呟く。勿論なノーネ、とクロノスが頷いた。同時、なだれ込むように十代と翔が隼人に飛びつく。
「やったな隼人!」
「良かったッスね!」
「ああ、ああ、良かったんだな……!」
涙を流して喜ぶ隼人。その光景をしばらく入り口で見守っていたのだが、クロノスがこちらに気付いた。そのまま、クロノスがこちらの名を呼ぶ。
「シニョール夢神」
「……はい」
「私はシニョールの選択を尊重するノーネ。……後悔は、ありませンーノ?」
「きっと、後悔はすると思います。……だけど」
決闘場へと歩み寄り、言葉を紡ぐ。
「きっと、選んだ道を正しくしていくことが大切なんだと……そう、思います」
最初から正しい道などないのだろう。だから大切なのは、正しい道へと変えていくという心。
「……迷っているようならデュエルで見極めようと考えておりましたが、必要ないみたいでスーノ」
「はい、ありがとうございます」
「たとえ本校の生徒でなくなったとしても、シニョールは私の生徒なノーネ。もし助けが必要になれば、このクロノス・デ・メディチ全力でシニョールを助けまスーノ」
「……ありがとう、ございます」
深々と頭を下げる。この人にはこちらに戻る時も、ルーキーズ杯の時も、セブンスターズの時も世話になった。
色々と変わったところの多い人だが、尊敬できる先生だ。
「祇園、どうしたんだ? 選択、とか、見極める、とか」
「……えっと」
「シニョール夢神は、正式にアカデミア・ウエスト校の生徒になると決断したノーネ」
言い難そうにしている自分を見かねてか、クロノスがそう言葉を紡いだ。驚愕が周囲を支配する。
「どういうことだよ祇園!?」
「転校しちゃうッスか!?」
「そんな、祇園まで……!?」
十代、翔、隼人の言葉である。続くように、同じくこの場にいる宗達が言葉を紡いだ。
「……本気なんだな?」
「うん。……元々僕は本校を退学になって、色んな事情が重なって戻ってきたんだ。でもやっぱり、それは自然じゃないんだと思う」
どんな理由があり、どんな事情があったとしても、夢神祇園は一度ここを立ち去った人間なのだ。
かつて残れるチャンスを与えられていながら、それを棒に振った者がいつまでもいていいわけがない。
「そんな、祇園……」
「別に永遠の別れっていうわけじゃないよ。〝ルーキーズ杯〟の前に戻るだけ。……それに多分、僕はここに居たら甘えちゃうから」
苦笑する。人を頼る難しさと、そのありがたさを教えてくれたのがこの場所だ。アレは心地良く、だからこそ浸ることは許されない。
「一からやり直したいんだ。もっと、強くなるために」
この場所で経験したいくつもの戦い。そこで、力不足を痛感した。
強くならねばならない。今度こそ、今目の前にいる友と、最後まで肩を並べて戦えるように。
――何より。
今も約束の場所で待っていてくれる彼女に、報いるために。
「……寂しくなるッスね」
「けど、祇園が決めたなら……」
「ああ、応援するぜ」
三人の言葉。本当に優しい友人たちだ。
ありがとう、と言葉を紡ぐ。そんな自分に、宗達が思い出したように言葉を紡いだ。
「そういや、荷物とかはどうしてんだ?」
「送ってあるよ。一応、今日から向こうの寮に入れる予定だから」
「そうなのか。ルームメイトがいなくなると、寂しいもんだな」
「いや宗達くんほとんど帰って来てなかったでしょ」
基本的に女子寮に忍び込んで雪乃の部屋で寝泊まりしているのが宗達である。今の台詞は説得力皆無だ。
「まあ、何でもいいけど。……アイツにはもう伝えてんのか?」
「……今から行くつもりだよ」
「そうか。ま、頑張れ」
そう言うと、宗達は背を向けて立ち去っていく。彼らしい別れ方だ。まあ実際、これで縁が切れるわけではない。会うことはあるだろうし、デュエルすることも何度もあるだろう。
「ありがとう、宗達くん」
「……そりゃこっちの台詞だ、阿呆」
そして、彼は立ち去っていった。
それを見送り、隼人たちと共に校舎の屋上へと向かう。
多くの事があった、アカデミア本校での生活。
これで終わりだと思うと、少し……寂しかった。
◇ ◇ ◇
セブンスターズとの戦いと、その裏で暗躍していたアカデミア本校理事長影丸が操る〝三幻魔〟が残した爪痕は凄惨なモノだった。
あの戦いの後に遊城十代と夢神祇園は無理が祟り丸二日眠り続け、また、先に〝三幻魔〟へ挑み、倒れた桐生美咲は一週間が経った今も入院中である。
表面上の傷は回復したが、〝三幻魔〟とたった一人で向かい合い、更には彼女自身が無理を承知で敢行した数々の力あるカード。ただでさえ激務で疲労が溜まっていたところにこれが追い打ちとなり、彼女もまた数日間眠り続け、目を覚ました今もドクターストップがかかっている状態だ。
プロデュエリストとしてもアイドルとしても抜群の人気を誇る彼女の入院騒ぎはかなり話題となったが、現在はどうにか沈静化している。ちなみに噂では彼女が所属する事務所の経理担当が急遽キャンセルしたイベントやテレビ出演について発生する損失で頭を抱えているらしい。
まあ、それはともかく。
「あー、暇や」
様々な噂が流れ、メディアが無責任な憶測を流す中心で、桐生美咲はのんびりとそんなことを呟いた。ある意味では実に彼女らしいコメントである。
そんな幼馴染の言葉に苦笑しつつ、祇園は椅子に座った。今でこそ元気だが、一時は意識が戻るかどうかギリギリの状態だったのだ。快復したのは本当に良かった。
そう言う祇園自身、十代と共に数日入院させられたという経緯があるのだが。
「丁度いい機会だと思うよ。美咲はちょっと、働き過ぎ」
「む、祇園に言われたないなぁ。祇園はちょっと頑張り過ぎや」
「そんなことないと思うけど……」
「一人で立ち向かわんかっただけマシやけど、〝三幻魔〟に正面から挑むなんて阿呆のすることやで」
「それは美咲もだよ。……相談、してくれても良かったのに」
「…………う」
美咲が目を逸らした。若干冷や汗をかいている当たり、アレは無茶だったと自分でも思っているのだろう。
ただ、アレは美咲だけの責任で起こったことではない。色んなところに原因があり、責任があった。
「気付けなかった僕も悪かったんだと思うけど……、ごめんね」
「謝るよーなことやないし、逆にウチが謝らなアカンことや。事情があったとはいえ、皆を囮にしてもうたわけやし」
「それはもう解決したことだよ。皆自分で選んで、この決着に納得してる。本当に良かった」
傷つくことはあっても、失われることはなかった。
それが一番の救いだ。
「……事情はホンマに色々あったんよ。気付かれるわけにいかんかったこと、全体の状況を俯瞰的に把握できる人間がほとんどおらんかったこと、役目があったこと……。色々な事情が重なって、こんな形になってしもた」
「責めてるわけじゃないよ。責められるわけがない。美咲は僕たちを守ろうとしてくれたんだから」
そこに偽りがないのなら、それでいいと思うのだ。
「……ありがとう」
呟くようなその言葉に頷きを返し、そして二人は口を閉ざす。
静かな空間。互いに何も言わず、ただ黙っているだけの時間。
居心地は悪くない。ただ、穏やかな時間が流れる中で。
「――ウエスト校に、行くことにしたよ」
夢神祇園は、桐生美咲へそう告げた。
美咲は、そっか、と微笑を浮かべる。
「何となく……そんな気はしてたよ」
「お見通し、だったかな?」
「何年、一緒にいると思ってるん?」
小さく笑いを零す少女。そうだね、と祇園は頷いた。
出会ってから、色々なことがあった。決して良いことばかりではなかったし、思い出したくないことも多くある。ただ、心の奥底、根本においていつも支えてくれたのはこの少女の存在だ。
たった一人でいい。
自分を見てくれる人がいるだけで、人は生きていけるのだ。
「……本校が嫌とかじゃないんだ。友達だってできた。尊敬できる人もたくさんいる。でも、それに甘えることはできない」
助けてという、自分の言葉に彼は応えてくれた。
ならば――自分は?
彼が助けを求めた時、助けになれる力はあるのだろうか。
答えは――否。
「助けてもらうなら、助けなくちゃいけないから。そうじゃないと、対等じゃない。対等でいたいんだ。十代くんたちと、皆と。――美咲と」
救われてばかりで、助けられてばかりだった。
そんな関係は、もう、嫌だから。
「祇園は、ウチを助けてくれたやんか」
首を左右に振り、美咲は言った。右手を前に翳し、どこか眩しそうにその手を見つめる。
「暗闇の、凍えそうな闇の中……祇園の声が聞こえたよ。だから、戻って来れた」
「アレも結局、十代くんの助けがあったからだよ。僕一人じゃ、無駄な犠牲が増えただけだったから」
親友だと、彼は自分のことをそう呼んでくれた。
ならば、それに恥じない自分になりたい。憧れた彼らに、笑われないために。
「だから、一からやり直すよ。もっと、強くなるために」
それが、夢神祇園の誓い。
彼が戦う、大きな理由。
「……そっか」
そんな彼の誓いを、彼女は微笑んで受け入れた。
少しだけ――寂し気に。
「祇園が決めたなら、ウチは反対せんよ」
「うん。ありがとう」
立ち上がる。これからウエスト校に向かわなければならない。今日中にやってしまわなければならないことは多いのだ。
「また来るね」
「うん。待ってる」
ひらひらと手を振る美咲。扉に手を掛けると、祇園はそれと、と言葉を紡いだ。
「今の僕には、美咲の隣に立つ資格はない」
振り返らぬままに、祇園は言った。
「絶対に追いつくから。だから、もう少しだけ……待ってて」
そして、部屋を出た。
――同時。
何かが倒れたような音と、慌てるような声が聞こえたが。
敢えて何も聞いていない、フリをした。
◇ ◇ ◇
約束通り、その人はそこで待っていた。
こちらを見つけると、ベンチに座ったままにこちらへと視線を向けてくる。
「――キミに、言葉を贈ろう」
まるで、民に言葉を放つ王のように。
まるで、生徒に教えを授ける教師のように。
その人は、言葉を紡ぐ。
「〝人生に最良の選択など存在しない〟」
選択とは、選ぶことが大事なのではない。
選んだ先で、かつての選択を正しかったモノにすることが大切なのだ。
「キミの選択が、キミにとって最高のモノとなることを祈ろう」
そして、その人は諸手を広げて。
「――ようこそ、アカデミアウエスト校へ。
おかえり、少年」
夢神祇園の選択は、彼が出した大切な答え。
ならばもう、後は進むだけ。
物語は、新たなステージへ。
一つの答えを出した祇園くん。
大切な選択であり、大事な答えでした。