遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々― 作:masamune
深夜。レッド寮の食堂で、小さな明かりが灯っていた。
静かな夜。時計の針が動く音が嫌に響く中、静かな語り声が部屋の中に響き渡る。
「……その人は、幼いころから一つのぬいぐるみを大事にしていたんだって。もうボロボロになっていて、微妙に綿がはみ出している部分があったりもしたんだけど……それでも、枕元にずっと置いていたんだ。でも、ある日から急に悪夢を見るようになってしまった」
語り部の言葉を聞くのは四人。誰もが真剣な表情をしており、一人に至っては本気で震えている。
「気味が悪くなったその人は、友達の家に逃げ込んだんだ。そしたら、ぴたりと悪夢は見なくなった。
それからしばらくは、何もない日々が続いたんだ。けれど、ある日。偶然目にしたテレビで、こんなことを言ってたんだ。
『子供の頃に枕元に置かれた人形は、子供の夢を食べる守り神。しかし、大人になると悪夢を食べきれなくなって、今までずっと溜め込んできた悪夢が外に出てしまう。だから、そうなる前に捨てなければいけないんだ』って。
それは心霊番組の話だから、半信半疑だったんだけど……思い出したんだ。所々ほつれていた人形を。ずっと見続けていた悪夢は、そこから零れ出たモノなんじゃないかって思ってしまった。
一度疑えば、もう忘れることはできない。その人は裁縫セットを持って自分の家に走った。久し振りに自分の家は、変わっていないようで……明らかに、何かが変わっていた。
重い空気の中、逃げ込むように寝室へと入って――そして、人形を見る。
今にも弾けだしそうな人形は、けれどまだ裂けてはいなかった。その人は息を切らしながら人形に手を伸ばして――
ぶちっ
手を触れるその瞬間に、人形は裂けた。
……後日、その人のことが気になって友人が訪ねてみると、鍵は開けっ放しで……寝室には、中身がなくなった人形だけが落ちていたそうだよ」
これで終わりだよ――語り部であった夢神祇園がそう締めて視線を上げると、話を聞いていたメンバーが一様に渋い顔をしていた。楽しそうな表情をしているのは遊戯十代だけである。
「うわー! 怖ぇー!」
「怖いってのはそんな楽しそうに言うもんじゃないと思うんだがな」
呆れた調子で十代に冷静な言葉を投げかけるのは如月宗達だ。いつもはどうやって忍びこんでいるのか女子寮の藤原雪乃の部屋で過ごす彼だが、今日はレッド寮にいる。その宗達は今のところ怖がっている様子はない。
「うう、僕の家の人形は大丈夫ッスかね……?」
「怖いんだな、怖いんだな……」
そんな二人とは対照的に、本気で震えているのは丸藤翔と前田隼人の二人だ。そんな二人に対し、祇園が苦笑を浮かべる。
「まあ、あくまでお話だし。それに五つ星の話だしね」
祇園は自身が山札からとったカード、『雷帝ザボルグ』を示しながら苦笑する。この遊びは山札からカードを一枚ずつ引いていき、引いたカードの星の数に応じた話をするという企画だ。
「五つ星でそれなら期待できるな。もっと上のを聞いてみたい」
「そういやさ、宗達。『帝』シリーズってかなりのレアカードだろ? 何で持ってるんだ?」
「パックで当てた。つっても持ってんのはこのザボルグだけだけどな。……何でこいつだけ他の帝と違う五つ星なんだろうな?」
ザボルグのカードを見ながらそんなことを呟く宗達。『帝』シリーズはそのモンスター全てが生贄召喚の際に効果を発動し、また、攻撃力2400という共通点を持つことで有名なモンスターたちだ。しかし、強力かつ単純であるが故に重宝され、数も少ないために大変高価なカード群である。
その中でザボルグは唯一☆5のモンスターだったりする。理由があるらしいが……まあ、それは正直どうでもいいことだ。
「ま、いいや。次は俺だな。……『バニーラ』かよ。☆1とか」
「前から思ってたけど、宗達ってドロー運あんまりないよな」
「黙れチートドロー。オマエみたいなのがおかしいんだよ」
「あはは……」
宗達と十代のやり取りには苦笑するしかない。十代のチートドローもそうだが、宗達のドロー力の低さにも思い当たる部分が多いからだ。それについては本人も理解しているようなので、今更なのだが。
「んー? 何してるんだにゃー?」
宗達が話を始めようとした瞬間、背後から声が聞こえてきて全員で体を震わせる。見ると、猫のファラオを抱いたレッド寮の寮長である大徳寺先生が立っていた。細身の教師で、『錬金術』なる授業を担当する教師だ。
「だ、大徳寺先生かよ……。驚かせないでくれよ、先生」
「びっくりした……本当に出たのかと思っちゃった」
息を吐く。気配がなかったせいで本当に驚いた。大徳寺はそんな祇園たちを見ると、全く、と口を開いた。
「消灯時間はとっくに過ぎてるんだにゃー。五人とも、早く寝るんだにゃ」
「すみません……」
「それと如月くん。響先生から罪状は聞いてるにゃ。しばらくは大人しくしておいた方がいいと思うにゃー」
「ういッス。まあ、大徳寺さんには逆らいませんよ」
「先生、だにゃ」
「うーい」
机に突っ伏しながら、だらりとした口調で言う宗達。態度はこんなだが、宗達は大徳寺に対して祇園から見て大分敬意を持っているように思える。校長である鮫島や、技術指導最高責任者であるクロノスには真っ向から対立するようなことも多いのだが、大徳寺を始め響など宗達に対して普通に接してくる教師には一定以上の敬意を表している。
その大徳寺は机を見ると、何をしていたのかを問いかけてきた。十代が怪談のことを説明すると、大徳寺はおもむろにカードを一枚引く。
『F・G・D』――☆12の、基本攻撃力においては神すらも上回るカード。
「ふむ、じゃあこの話をしようかにゃ――」
そうして大徳寺が語り出したのは、この島にある『廃寮』についてだった。
元々は特待生のために作られた寮なのだが、そこでは何度も何度も生徒が行方不明になるという事件が起こったらしい。その原因も結局は不明で、最終的に廃寮となったとのことだ。
……それ、本当ならかなり危ない事件なんじゃ……。
世間に公表されていない事件――下手をすればアカデミアの是非を問われるような問題だ。後で彼女に聞いてみよう、と祇園は内心で頷く。
そしてそのことを語り終えると、大徳寺は「早く寝るように」という言葉を残して立ち去って行った。
夜も遅い。本来ならここで解散すべきなのだが――
「廃寮かぁ……」
声色に好奇心を一杯に滲ませた声が聞こえる。ああ、と祇園が思った瞬間。
「よっし! その廃寮に探検に行こうぜ!」
予想通りの台詞を、十代が口にした。
……やっぱり。
◇ ◇ ◇
十代の好奇心に連れ回される形で廃寮に出向くのは、祇園、十代、宗達、翔、隼人の四人だ。島の外れにあるという情報を頼りに、薄暗い森の中を進んでいく。
昼間は情緒のある森も、夜となれば一気にその様相を変える。隼人や翔などは、物音がする度に悲鳴を上げている始末だ。
「つーか、行方不明とか普通に大事件だろ。色々と暗い部分が見えるのは気のせいかねぇ……」
「あ、宗達くんもやっぱりそう思う?」
懐中電灯を持って先頭を進む十代の後を追いながら宗達が呟いた言葉に、祇園がそう言葉を紡ぐ。十代たちは疑問に思っていなかったようだが、やはりあの話はおかしい。
「義務教育が終わってるっていっても、学生だ。それが行方不明って……妙だよなぁ」
「うーん。校長先生は知ってるのかな?」
「さぁな。あのクソジジイなんざどうでもいい」
吐き捨てるように宗達が言う。祇園は思わず問いかけていた。
「宗達くんって、校長先生が嫌いなの?」
「嫌いだよ。口ばっかの奴なんて好きになれるはずがない。そもそもサイバー流自体が嫌いだしな、俺」
宗達が視線を僅かに翔の方に向けるが、翔はこちらに気を向ける余裕はないらしい。隼人と共におっかなびっくりついて来ている。
「ま、俺の身の上話なんてどうでもいい。……大徳寺さんのほら話ならいいんだけどな」
「その可能性の方が高いと思うけどね」
「まーな」
宗達が頷く。そんな風に二人で会話をしていると、前方から十代が声を張り上げてきた。
「おーい! 着いたぜー!」
その声のする方へと歩を進め、森を出る。視界に入ったのは、ある意味想像通りの建物だった。
古ぼけたレンガ造りの門。その奥にある洋館の周囲には雑草が覆い茂り、建物も壁は剥がれ、窓は割れ、これ以上ないくらいに酷い様相を呈していた。
「何でこれを撤去しないんだろう……?」
「果てしなく同感だ。どんだけ怠慢なんだ」
祇園の言葉に、呆れた調子で宗達が言葉を紡ぐ。その隣では、翔と隼人がそれぞれの感想を漏らしていた。
「うわー……いかにもって感じッス……」
「ああ、面白そうなんだな」
「……オマエさん、怖がりのくせにホラー好きとか妙な嗜好してんな」
「ワクワクするなぁ。早速入ってみようぜ!」
十代がそう促し、全員で一度目線を合わせてから一歩を踏み出す。『立ち入り禁止』と書かれたテープをくぐり、中と――
「――そこにいるのは誰ッ!?」
いきなり聞こえてきた声に、その場にいた全員が身を竦ませた。翔と隼人は勢い余って転倒しており、祇園が「大丈夫!?」と声を上げる。
「誰だ!?」
そんな中、十代が声のした方へと懐中電灯を向けた。草むらが揺れる音が響き、その奥から人の姿が浮かび上がる。
そして、現れた人物に全員が安堵の息を吐いた。現れたのはこちらが良く知る人物だったからだ。
「あなたたち……どうしてここに?」
「それはこっちの台詞だぜ、明日香」
「というよりは両方の台詞だな」
驚きで目を丸くしているのは――天上院明日香だ。その彼女に対する十代の台詞に、宗達が冷静な言葉を紡ぐ。
とりあえず知り合いで良かった……そんな風に祇園がホッとするのもつかの間、明日香は必死の様子で声を上げる。
「ここは危険よ! この廃寮で過去に何人も生徒が行方不明になっているのを知らないの!?」
その言葉の調子を見るに、嘘ではないのだろう。祇園は思わず宗達へ視線を送るが、宗達は何かを考え込んでいるのか腕を組んでいるだけだ。
「へへっ、そんな迷信信じないね」
明日香の言葉に応じる十代。確かに十代の言う通り、普通は迷信だと思うものだ。しかし、明日香の様子は――
「迷信なんかじゃないわ! 本当にここは危険なのよ!」
「ど、どうしたんだよ明日香。らしくないぜ?」
十代の問いかけ。それに対する明日香の答えは、あまりにも重いものだった。
「――私の兄が……ここで行方不明になったのよ」
◇ ◇ ◇
明日香からもたらされた忠告――本来なら受け入れるべきなのだとは思うし、実際祇園は帰ることも選択肢に入れた。しかし、明日香が中に入っていくのを見、その考えを改める。
……何か、手がかりでもあれば。
本当にここで行方不明者が出ていて、それが公になっていないのであれば大問題だ。出来ることは多くないだろうが、それでも動くだけの価値はあるように思う。
「埃っぽいなぁ……仕方ないんだろうけど……」
「薄暗いねぇ……それにしても。よくわからんもんが書かれてるし」
「『千年アイテム』って何だ?」
「オカルトチックな感じッスね……」
「うう、この目の紋様が怖いんだな……」
廃寮の中を、五者五用の感想を口にしながら進んでいく。周囲には怪しげなものがいくつも転がっており、本当にここが学生寮だったのかを疑いたくなるような状態だった。
「七つの千年アイテム?……って何だろう。ん? これ……ねぇ、十代くん。これって」
「ん? どうした――って、何だこれ。写真か?」
「『10JOIN』ってなんだろうね?」
「んー、でもこの写真に写ってる人、明日香に――」
――――――――ッ!!
響き渡ったのは、女性の悲鳴だった。その場の全員は視線を合わせると、一世に走り出す。
「明日香さんの声だ……!」
「明日香!!」
声のした方へと走っていくと、随分と広いホールへ出た。その床には、ボロボロになったカード群が散らばっている。見覚えのあるカードたち――『サイバー・ガール』のシリーズは、明日香が好んで使うカードだ。
カードを拾い始める。祇園たち。その途中で、祇園の視界に『それ』が映った。
――人影……!?
咄嗟に走り出す。そして、曲がり角に入った瞬間。
視界が、黒に染まった。
◇ ◇ ◇
「待っていたぞぉ、遊城十代、如月宗達ぅ……!」
「何者だ! 祇園と明日香を離しやがれ!」
「……部外者か。セキュリティがなってないねー、アカデミアも」
タイタン、と名乗った男の背後で気を失った状態の明日香と共に、祇園は二人のそんな言葉を聞いていた。
先程、人影を追って行った祇園はタイタンに待ち伏せされ、捕まってしまった。情けない話だが、自力ではどうにもならない。
「お前たち二人を叩き潰すのが私の目的……さぁ、デュエルだぁ……!」
「二人に何もしていないだろうな!?」
「安心しろぉ……眠っているだけだぁ……」
「そりゃ安心だ」
タイタンの言葉に宗達が頷く。余裕そうに見えるが、地面を何度も足で叩いているところを見ると相当苛ついていることが見て取れた。
「で、俺たちが標的ってのは?」
「それは話せん」
「さいでっか。……何となく裏が見えるが、どうでもいいか。十代、俺が行きたいがどうする?」
「俺が明日香と祇園を取り戻す!」
「ならじゃんけんだな。じゃんけん、ホイッ! ホイッ! あいこで……よっし俺の勝ちー!」
「ちぇっ……じゃあ宗達、任せたぜ!」
「あいよ」
友人が二人も捕まっているのに何と呑気なことか。二人はじゃんけんでどちらがデュエルするかを決めると、宗達がタイタンと向き合う位置でデュエルディスクを構えた。
「私は闇のデュエリストだぁ……! 降参するのなら今の内だぞ……!」
「やかましい。勝ったら吐いてもらうぜ、あんたの雇い主が誰かを」
「いいだろぉ……! 闇のゲーム……!」
二人のデュエルディスクが展開され、宣言が行われる。
「「決闘(デュエル)!!」」
二人が五枚のカードを引く。先行は――タイタン。
「先行は私だぁ……ドローぉ。私は手札より、『インフェルノ・クインデーモン』を召喚するぅ……!」
インフェルノクインデーモン☆4炎ATK/DEF900/1500
クイン、というだけはあって豪奢な居住まいをした悪魔が現れる。まあ、骸骨のようなその容姿はどちらかというとアンデットに近いのだが。
「ひっ、何スかあの強そうなモンスター!?」
「が、ガイコツ……」
「『デーモン』のカテゴリに入るモンスターだ。維持コストが必要な代わりに面白い効果を持ってる。珍しいっちゃ珍しいな」
翔と隼人の言葉に宗達がそう解説を加える。それを聞いた十代が、へぇ、と言葉を紡いだ。
「ならタイタン! お前のライフは勝手に減っていくって事だな!」
「……そう上手くいけば苦労しないんだよ、十代」
「その通り、甘いなぁ遊城十代。――私は手札よりフィールド魔法カード『万魔殿パンディモニウム―悪魔の巣窟―』を発動ぉ! このカードの効果によって、デーモンたちはライフを払わずに済む。加えて、デーモンが破壊された時に、そのデーモンよりレベルが低い「デーモン」と名のつくモンスターを手札に加えることができるのだぁ。……私はカードを一枚伏せ、ターンエンドぉ」
周囲が黒魔術のミサ会場のような様相になり果てる。立ち位置を考えると、まるで宗達が生贄のようにもめるのだから不気味だ。
「ライフだけじゃなくリカバリーもする。優秀っちゃ優秀なカードだな。――ドロー」
言いながら、宗達がカードをドローした。その表情は渋い。相変わらず手札が噛み合っていないのだろう。
宗達は本人も言うようにどうもドロー運が悪い傾向がある。それをリカバリーするためにサーチカードとドローソースが多いとあるテーマを使っているのだが……表情から察するに、やはり初手は酷いようだ。
「これでもマシな方ってのが泣けるな……タイタン、スタンバイフェイズだ。効果発動だろう?」
「なにぃ、知っているのかぁ? インフェルノクインデーモンの効果発動! デーモンと名のつくモンスター一体の攻撃力を1000ポイントアップさせるぅ!」
インフェルノクインデーモンATK900→1900
一気に攻撃力が下級アタッカーの中でもかなり優秀な部類にまで跳ね上がるインフェルノクインデーモン。翔が驚きの声を上げるが、宗達は気にした様子もない。
「デーモンシリーズの特徴はその攻撃力の高さ。……面倒臭いな。モンスターをセット、カードを2枚伏せてターンエンドだ」
本来、宗達が使うデッキは凄まじい展開力と即効性を併せ持つデッキだ。祇園も一度、何もできずにやられたことがある。
しかし、彼の持つ天性の運の悪さがそんなことを滅多に起こさせない。
「消極的だなぁ、ドローぉ。スタンバイフェイズ、インフェルノクインデーモンの効果発動ぉ。更に手札から『インターセプト・デーモン』を召喚!」
インターセプト・デーモン☆4闇ATK/DEF1400/1600
新たに姿を見せるのは、6本腕のアメフト選手のような姿をした悪魔だ。……腕が二本ならば、まともな悪魔にも見えるのだが。
「バトルぅ! インフェルノクインデーモンでセットモンスターに攻撃ぃ!」
「無駄だろうがやっとくか……リバースカードオープン、『次元幽閉』。攻撃してきたモンスター一体を除外する」
「無駄だぁ! インフェルノクインデーモンの効果発動ぅ! このカードが相手のコントロールするカードの効果の対象になった時、ダイスを振るぅ! 2・5が出た場合、その効果を無効にして破壊だぁ!」
六つの珠に火が灯り、回転していく。現れた数字は――5.
「次元幽閉の効果を無効にし、破壊するぅ!」
「むっ……」
次元幽閉が破壊され、衝撃が宗達の身体を薙ぐ。だが、攻撃は終わらない。セットモンスターへとインフェルノクインデーモンの攻撃が襲い掛かる。
――果たして現れたのは、蒼い鎧で身を包んだ武士だった。二つの棍棒を持つその武士はしかし、悪魔の攻撃に耐えられず爆散する。
真六武衆-シナイ☆3水ATK/DEF1500/1500
「更にインターセプトデーモンで攻撃ぃ!」
「うおっ……!」
宗達LP4000→2600
追撃を喰らい、宗達のLPが削られる。そしてその瞬間、タイタンが何やら黄金の三角錐を取り抱いた。
「これは闇のゲームだぁ……! 敗北した時、その命を失うぞぉ……!」
「そ、宗達! お前身体が!」
「わーお、凄いなコレ」
宗達の右脚と右腕の型から肘にかけてが消滅していた。
闇のゲーム――タイタンの言葉が本当ならば、宗達のLPが〇になった時……宗達の身体が消滅する。
「…………手品もここまで来ると尊敬するねぇ」
ボソリと宗達が何かを呟く。祇園が心配した声を上げると、軽く手を振って応じてきた。どうやら痛みなどはないらしい。
「まあいいや、ドロー。――一気にいくぜ? 手札から魔法カード『増援』を発動する! この効果により、デッキから『真六武衆―キザン』を手札に! そして召喚! 更にこのカードは場に『六武衆』と名のついたモンスターが存在する時、手札から特殊召喚できる!――『六武衆の師範』を特殊召喚!」
真六武衆―キザン☆4地ATK/DEF1800/500
六武衆の師範☆5地ATK/DEF2100/800
現れたのは、黒い鎧を纏う長髪の侍と袴を纏う白髪の老人だ。共に武人と呼ぶのにふさわしい覇気を纏っており、見る者を圧倒する。
「上級モンスターをこうも容易く特殊召喚するだとぉ!?」
「その代わり六武衆の師範はフィールド上に一枚しか存在できないなんて制約があるがな。――行くぞ、キザンでインターセプト・デーモンに攻撃!」
「くっ、この瞬間インターセプトデーモンの効果発動! このカードが攻撃表示で存在する限り、相手の攻撃宣言ごとに相手は500ポイントのダメージを受ける!」
「地味に面倒だな」
宗達LP2600→2100
タイタンLP4000→3600
二人のライフポイントが削られる。それを見て、翔と隼人が声を上げた。
「ああっ! 宗達くんの右腕とお腹がが完全に消えちゃった!」
「何言ってるんだな。消えているのは両足なんだな」
「…………え?」
「…………え?」
「……何それ?」
消えている本人から、二人に対して冷静なツッコミが入る。それを聞き、そうか、と祇園が言葉を紡いだ。
「催眠術だ! 体が消えているのはインチキなんだ!」
「……ふん、何を言っているぅ?」
タイタンが振り返ってくる。祇園は縛られた状態で、真っ直ぐにタイタンを見据えた。
「あなたの言っていることは嘘だ。あなたはおそらくマジシャンか何かで、体が消えていると錯覚させる催眠術を僕たちにかけていた。だから僕たちはそれぞれ消えて見えた部分が違う」
「なにをぉ、私は正真正銘の闇のデュエリストだぁ!」
「なら千年アイテムがいくつあるか言ってみろ!」
十代が怒鳴るように問う。タイタンはその言葉をぶつけられると、一瞬呻いた。
「ぬ、うぅ……」
「――答えられないのなら、ペテン師ってこと……だなっ!」
どもるタイタンに向かって宗達がそう言葉を紡ぎ、足元の意志を蹴り飛ばした。それは見事に偽物の千年パズルに直撃し、甲高い音を立てて粉砕する。
「ふん……バレた以上、貴様とデュエルする意味もなぁい!」
そう叫ぶと、タイタンはすぐさま懐から煙幕弾を地面に叩き付けた。そのまま踵を返して逃げようとする。
「待て!!」
十代が追おうとする声が響く。宗達はこちらへと走り寄ってくると、取り出したナイフで縄を外してくれた。
「ありがとう」
「礼はいい。とにかく――」
追うぞ、宗達がそう言おうとした瞬間、異変が訪れた。
――巨大な一つ目。
部屋の中央に突如それが現れ、光を放ち始めた。ここに来る途中に何度か見たものと同じ紋様――ウジャト眼、と記載されていたのを思い出す。
「タイタン! お前また性懲りもなくこんなことを!」
「ち、違う! 私ではなぁい!」
直後、景色が一変した。
四方上下全てが闇に閉ざされる。しかし、漆黒の闇の中にありながら互いの姿は確認できた。
「十代! 下がれ!」
宗達が叫ぶ。瞬間、祇園と十代、タイタンの視界にもそれが映った。
――黒い魔物。
まさしくそう表現するに相応しい。大きさは決して巨大ではないが、漆黒の牙を持つ生物が何体も湧いて来ていた。
「な、なんだこれは!?」
『クリクリ~!』
驚くと同時、こちらへと飛びかかってくる魔物たち。しかし、突如十代のデッキから姿を見せた眩く輝く一体のモンスターがそれを振り払った。
――ハネクリボー。
天使の翼を持つクリボーが、魔物を打ち払っていく。
「助かったぜ相棒!」
『クリクリ~!』
いきなりのことに理解の追いつかない祇園と宗達の前で、当然のようにハネクリボーへと声をかける十代。どういうことか問いかけようとしたが、別の叫び声がそれを遮った。
「く、来るなぁ!」
タイタンへと迫る無数の魔物。その姿を見、思わず祇園は叫ぶ。
「こっちへ逃げて!」
「く、くぅ……!」
必死の形相でタイタンがこちらへと逃げてくる。魔物たちはどんどんどん増えていき、ハネクリボーだけでは追いつかない数になっていく。
思考を回転させる。だが、この特異な状況ではどうしたらいいかがわからない。
「ぬ、う、ぶるあああああああああっ!?」
タイタンの叫び声が響き、そして、その体が完全に呑み込まれた。
光り輝く朱の瞳。デュエルディスクを身に着けたその姿はまさしく……闇のデュエリスト。
「何が起こってるんだ?」
「……何が起こっているかは、見ればわかるよ」
十代の言葉に対し、厳しい声色で祇園は応じながら前を見据える。異常な空間。異常な状況。その中で、相手はデュエルディスクを構えている。
導き出される答えは――一つ。
「精霊にわけのわからん空間に不思議生物に……挙句の果てにはデュエルね。成程、闇のゲームってのはマジで存在したらしい」
苦笑しながら言う宗達。そして、それを合図とするようにソリッドヴィジョンが展開された。
デュエルが、再開されたのだ。
「続きをやろうってのか?」
『……そうだぁ、如月宗達ぅ』
宗達の問いかけに対し、相手はそう応じた。どこか生気がないその姿は、まるで操り人形のようだ。その宗達に対し、十代が不安げに声をかけた。
「大丈夫なのか、宗達?」
「馬鹿野郎。俺に勝てるようになってからそういうことは言え。――師範でインフェルノクインデーモンに攻撃!」
十代の言葉にそう応じると、宗達はすぐさま動いた。インフェルノクインデーモンが破壊され、相手のLPが削られる。更に、相手は二枚のカードをデッキから手札に加えた。フィールド魔法のサーチ効果だろう。
タイタン?LP3600→3400
「ま、こんなもんだろ。ターンエンド」
『……私のターン、ドローぉ』
相手はカードをドローすると、そのまま伏せカードを発動させた。『リビングデッドの呼び声』――これにより、墓地のインフェルノクインデーモンが攻撃表示で復活する。
更に相手は手札のカードを手に取ると、それをデュエルディスクに置いた。
『……私はインフェルノクインデーモンを生贄に捧げ、『迅雷の魔王―スカル・デーモン』を召喚するぅ』
インフェルノクインデーモンが生贄に捧げられ、迅雷と共に魔王が降臨する。
迅雷の魔王―スカル・デーモン☆6闇ATK/DEF2500/1200
かの『キング・オブ・デュエリスト』武藤遊戯も使用したカード、『デーモンの召喚』のリメイクカードだ。ガイコツの悪魔――そう呼ぶに相応しい外見をした魔王は、そのまま六武衆の師範へと攻撃を仕掛ける。
『……六武衆の師範へと攻撃ぃ』
「むっ……」
宗達LP2100→1700
宗達のLPが削られる。十代と祇園が心配した声を上げるが、宗達は軽く手を振るだけだ。
そして相手は更に伏せカードを一枚セットすると、ターンを寄越してきた。宗達は、静かにデッキトップのカードを引く。
「ドロー。……状況はよくわからんけど、そろそろ俺も眠いんでな。終わらせるぜ、バケモン。――永続魔法『六武の門』を発動! このカードは『六武衆』と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度にカウンターが二つずつ乗り、カウンターを取り除くことで効果を発動する! 見せてやるよ、侍の力をな!」
巨大な門が出現し、宗達の背後に聳え立つ。宗達は更に言葉を続ける。
「リバースカードオープン! 『六武衆推参』! 墓地の六武衆一体を特殊召喚し、エンドフェイズに破壊! 俺は真六武衆―シナイを特殊召喚! カウンターが乗る!」
真六武衆-シナイ☆3水ATK/DEF1500/1500
六武の門0→2
「更にシナイがいる時、このカードは手札から特殊召喚できる! 『真六武衆―ミズホ』を特殊召喚! カウンターが乗る!」
真六武衆―ミズホ☆3炎ATK/DEF1600/1000
六武の門2→4
「更にミズホの効果発動! 一ターンに一度、『六武衆』と名のついたモンスターをリリースすることでフィールド上に存在するカードを一枚破壊する! 伏せカードを破壊! 更にリリースされたシナイの効果発動! このカードがリリースされた時、墓地の『六武衆』と名のついたカードを一枚手札に加える! 師範を手札に加え、そのまま特殊召喚!」
伏せカードは『聖なるバリア―ミラーフォース―』だった。これで宗達の行く手を阻むものはない。
六武衆の師範☆5地ATK/DEF2100/800
六武の門4→6
「更に、自分フィールド上に『六武衆』と名のつくモンスターが二体以上いる時、このカードは特殊召喚できる! 見せてやるよ、人の身で魔王にまで上り詰めた究極の侍の姿を!――『大将軍 紫炎』を特殊召喚!」
大将軍 紫炎☆7炎ATK/DEF2500/2400
現れたのは、紅蓮の甲冑を身に纏う一人の侍。しかし、その身に纏う覇気は他の侍たちとは一線を画している。
宗達の切り札であり、十代と祇園が何度となく苦汁を味わわされているモンスターだ。
「けど、宗達。そいつじゃ相討ちだぜ?」
「安心しろよ。――六武の門の一つ目の効果を発動! カウンターを二つ取り除くことで、『六武衆』または『紫炎』と名のつくモンスターの攻撃力をエンドフェイズまで500ポイント上げることができる! 六つ取り除き、1500ポイントアップ!」
大将軍 紫炎☆7炎ATK2500→4000
「終わりだ!――出陣!」
その号令と共に、モンスターたちが一斉に進軍を開始する。大将軍が迅雷の魔王を切り裂き、それに続く形で三人の侍が敵へと迫る。
疾風が通り過ぎた時、敵の命は尽きていた。
――しかし。
「なっ!?」
相手はそれで終わらなかった。突如震えたかと思うと、いきなりその口から大量のバケモノを吐き出したのだ。
迫り来るバケモノたち。
危ない――そう思った瞬間、祇園たちの前に一つの人影が訪れる。
黄色い髪をポニーテールにし、魔術師の姿をした一人の女性。
その姿と背中は、祇園にとって酷く見覚えがあるもので――
『ご安心を、マスター』
その声が聞こえると共に。
――閃光が、周囲を支配した。
◇ ◇ ◇
「……終わった、のか……?」
十代が警戒した調子で言葉を紡ぐ。周囲を見ると、廃寮の景色に戻っていた。宗達は周囲を見回すと、倒れているタイタンを見つける。
「終わったみたいだぜ。……起きろオラ!」
割と容赦のない一撃が叩き込まれ、がふっ、という掠れた音が響いた。呻き声を上げ、タイタンがゆっくりと目を開ける。
「う、ここはぁ……?」
タイタンがゆっくりと体を起こす。宗達は、目ェ覚めたか、と言葉を紡いだ。
「お前、よくわからんバケモンに体を乗っ取られてたけど……大丈夫か?」
「む、少し頭がぼやけているが……大丈夫だぁ」
「ならいい。さて、きっちり落とし前を――と言いたいとこだけど、もう今日は面倒臭い。帰っていいぞ、おっさん」
立ち上がり、追い払うような仕草をする宗達。タイタンは状況が呑み込めず、首を傾げた。
「祇園もそれでいいか? あ、でもお前捕まってたしな……」
「ううん、いいよ。怪我もないし……明日香さんも無事みたいだし」
十代が運んできている棺桶の方を見ながら言う祇園。タイタンは、いいのか、と立ち上がりながら言葉を紡いだ。祇園は苦笑し、頷きを返す。
「結果論だけど……何も起こらなかったから」
「……そうかぁ」
「おっ、目が覚めたのか?」
十代がこちらへと駆け寄ってくる。タイタンは、すまん、と三人に向けて頭を下げた。
「詳しくは覚えていないがぁ……私は、深い闇の中にいた気がするぅ……。それも、二度と出れないくらいに深い闇だぁ……そこから救い出してくれたことに、礼を言うぅ……」
「結果論結果論。……ただ、悪いと思ってるんなら一つだけ。あんたにその依頼をした奴の名前教えてくれねーかな?」
宗達にそう言われ、タイタンは宗達へと雇い主の名を耳打ちする。宗達は、サンキュ、とタイタンに礼を言った。
「それじゃ、あんたはさっさと消えた方がいいぞ。ぶっちゃけ不審者だしな」
「……そうさせてもらおうぅ。さらばだぁ」
タイタンが立ち去っていく。十代が、その背に声を張り上げた。
「じゃあなー! 今度は俺ともデュエルしてくれよなー!」
インチキ催眠術を使っていたというのに、十代の中にはそんな考えは欠片もないらしい。そのことに苦笑しながら、祇園は後ろを振り返る。
――すると。
「アニキー!」
「皆、無事なんだな!?」
翔と隼人の二人がこちらへと駆け寄ってきた。翔が周囲を見回し、こちらへと問いかけてくる。
「あれ、あのインチキデュエリストはどうしたッスか?」
「どこかへ逃げちゃった。……さ、とりあえず場所を移動しよう。あんまり長居したくないし……」
そう二人へ言葉を紡ぎ、祇園は一度廃寮を振り返った。
……朝日の中に見る廃寮は、夜とはまた別の不気味さを演出していた。
◇ ◇ ◇
そして、本来なら祇園たちが急いで寮に戻らなければならないのだが、森の中で適当に時間を潰していた。明日香がまだ目を覚まさないためだ。
そんな中、祇園に対して翔が疑問の声を上げる。
「でも、本当に良かったッスか? 祇園くん、あんな目に遭ったのに……」
「うーん、でも怪我もなかったし……気にするほどの事じゃないと思うんだけど」
「いや、普通は気にするッスよ。ねぇ、アニキ?」
「ん、そうか? 俺は怪我もねぇんだったら気にしないぜ。隼人と宗達はどうだ?」
「まあ、祇園が良いって言ってるんなら……」
「拉致られることぐらいデュエリストなら普通だぞ」
「普通じゃないッスよ!」
翔が反論するが、宗達は意外と真面目な調子でいやいや、と言葉を紡いだ。
「アメリカの時なんて一年も行ってないのに二回拉致られたぞ。両方どうにかしたけど。崖からも落ちたりしたし、グランドキャニオンでも遭難したし」
「……どんな生活してたッスか……?」
「楽しかったのは楽しかったけどな。知り合いいっぱいできたし」
楽しそうに言う宗達。本当にどんな生活をしていたのだろうか。……そんなことを思った時。
「……う……ここは――」
明日香が目を覚ましたらしい。その顔を覗き込むように、十代が近付いていく。
「起きたか。お前を襲った奴なら追っ払っておいたぜ、明日香」
「十代……?」
「あと、これを拾ったんだけど……」
正確にはタイタンは自発的に帰っていったのだが、その辺りをいちいち説明すると面倒なだけなので十代はその辺をはぐらかす。この辺りについては話し合っていたので、特に疑問はない。
明日香自身もその辺りに疑問はないらしく、十代が差し出した写真を受け取った。そして、それを見た瞬間表情を変える。
「――――ッ!? これ間違いない! 兄さんの写真!」
「あの廃寮で見つけたんだ」
驚いて十代を見る明日香へ、十代が頷きながらそう応じる。それを見ながら、祇園はやっぱり、と内心で頷いた。
やはり明日香の兄はあの廃寮で行方不明になったのだろう。……どこまで力になれるかはわからないが、できることがあれば協力しようと思う。
肉親のいない自分には、その気持ちを想像することしかできないけれど――……
「それにしても、吹雪さんは相変わらずみたいだな。俺が知ってんのは三年前のあの人だけだけど」
「ええ、兄さんの癖だったのよ。天上院をふざけて『10JOIN』って書くのはね」
宗達の言葉に、苦笑しながら明日香が頷く。だが、その笑顔は慈愛に満ちたものだった。本当に大切に想っていることが伺える。
「げ、もう夜が明けるぜ」
ふと十代が空を見上げて声を上げる。見れば、僅かに空が白んできているところだった。
……そろそろ時間が本格的に拙くなってきたらしい。
「早く帰るぞ皆! おっと、明日香! またなー!」
「待ってよアニキー!」
「待ってほしいんだな十代!」
言うか早いか駆け出していく十代と、それを追って行く翔と隼人の二人。その三人に苦笑し、それじゃあ、と祇園は明日香へと視線を向ける。
「僕も協力できることがあればいくらでも協力するよ」
「右に同じ。まあ、十代の奴は勝手に手を貸してくるんだろうが」
「本当に……お節介な奴」
明日香が呟く。その相手が誰なのかはなんとなくわかった。故に、祇園は頷きながら言葉を紡ぐ。
「でも、それが良いところだよ」
「……ええ」
微笑む明日香。その明日香に背を向け、祇園は寮に向かって歩いていく。その途中で。
「さて、俺も帰るか」
「……何で私と同じ方向なのかしら?」
「理由聞く?」
明日香の盛大なため息が聞こえた気がしたが、無視した。
――ただ、一つだけ。
「……ちょっと一つ、気になることがあるんでな」
宗達が呟いた言葉だけは、聞き取れなかった。