遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第六十九話 キミを友と呼ぶために

 

 

 

 

 風の音が止む。先程まで聞こえていた精霊たちのざわめきももう聞こえない。

 

「…………」

 

 窓から窺える月から視線を外し、烏丸澪は保健室のベッドで眠る少女を見た。防人妖花。当代最高峰とも謳われるほどの才を持つ巫女であり、山奥に秘されるようにして暮らしていた少女。

 彼女はこの島で行われている戦いの詳細を知らない。教えていない。教えたところで何かが変わるわけではない以上、無用な負担を他者に押し付けるのは澪の流儀ではないのだ。

 だが、それでも巫女である彼女は気付いた。

 地の底に秘されたモノ。彼の〝三幻神〟にすら匹敵する悪意。世界をも砕く絶望に。

 人はあまりにも強大な存在からは無意識に目を逸らしてしまう。今まで〝祿王〟が出会ってきた人間の多くが彼女に対してそうしてきたように、己の器を超えた存在を人は受け入れることができないのだ。

 だが、防人妖花は〝三幻魔〟という存在を実感として知覚してしまった。

 澪は専門ではないが、精霊を視ることのできる存在である。その才も強大なモノであるが、〝三幻魔〟については現時点では認識し切れないというのが実情だ。故に放置してきたが、防人妖花は違う。どれほどの脅威であり、どれだけの危険があるかを理解してしまう。

 故に彼女は自分と美咲に相談した。だが、事態はもう止まらないところへ来てしまっている。

 それでも彼女はどうにかしようとした。しかし、如何に防人妖花の才があったとしても限界があった。

 

「……どうして私の周りには、己を犠牲にする者ばかりが集まるのだろうな」

 

 他者のために己を傷つける――そんな、者たちばかりが。

 

〝不甲斐ないなぁ……。何もできひん自分が、不甲斐ないよ〟

 

 先程まで妖花の隣で眠る彼女の頭を撫でていた人物の言葉だ。彼女の何を以て何もできないと自身を定義したのかは知らないが、彼女また、そちら側の人間だ。

 他人のために、自身を傷つけ。

 そして、彼女自身はその傷を覆い隠す。

 

「さて、私は最後まで傍観者でいようか。それが、私の役目だ」

 

 きっと、最初から最後まで自分が身を粉にすればある程度の落としどころはコントロールできる。それだけの力は有している自覚があるし、その手順も理解していた。

 だが、それはしなかった。そうするだけの理由がなかったし、意味もない。自分一人が動かないだけでどうにかなる世界など、どうせいつか壊れる。いつだってそうだ。烏丸澪は、傍観者として物事の中心から離れている。

 あの日、敗北した自分。それを否定も肯定もしないために。

 傍観者であると、そう決めたのだ。

 

「……今頃は、大徳寺教授が最後の授業をしているところかな」

 

 教授、と澪は彼のことをそう呼んだ。きっと、これが最後だから。

 悲壮な決意と覚悟。彼は彼自身の願いのために、そして何より、彼が想った生徒のために戦った。

 彼だけではない。一人の少年は己が大切に想う場所を守るため、彼が何より大切に想う者たちを裏切った。また、一人の少女は全てを理解し、見つめ、全ての責務と結果を背負うとそう決めた。

 難儀なものだと思う。他人のためにそこまでできる心理が理解できない。

 だが、だからこそ。

 だからこそ、羨ましいとも思うのだ。

 

「さて、できれば穏便に済んで欲しいモノだが」

 

 叶わぬ願いを口にする。

 らしくないなと、自嘲した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 友達の定義は何だろうか。

 改めて問うと、答えが出ない。どこからが友達で、どこまでがそうではないのか。それがわからない。

 ただ、わかるのは。

 如月宗達は、覚悟を以てここにいるということ。

 

「宗達くん、どうして?」

 

 自身の足下に転がる鬼の面にもう一度視線を向け、祇園は問う。さあな、と宗達は肩を竦めた。

 

「それを口で説明したとして、オマエに納得できるのか?」

「話してくれなきゃ、納得も何もない」

 

 宗達はすでにこちらと戦う気だ。繋がらない十代たちとの電話、鬼の面、人の気配が消えたこの場所。

 答えは出ている。事実は目の前にある。だが、真実は。彼の持つ真実には、まだ届いていない。

 

「話せ、か。それは俺の台詞だよ。俺は――俺たちは、そんなにも頼りにならないか?」

 

 叩き付けられる言葉。互いに向けあうその意志は、平行線。

 当たり前だ。互いが互いに隠し事をし、抱え込み、その結果としてこうなっているのだから。

 

「何故一人で戦った? 勝ったから良かったものの、負ければどうなっていた? 誰も知らないまま、理解されないままに消えるつもりだったのか?」

「違う! 僕はそんなつもりじゃ!」

 

 あの時はアカデミア買収のこともあった。だから、できるだけ周囲に迷惑をかけない方法を選んだだけ。

 最善策だったとは思わない。けれど、あの時はそれがきっと最上だった。

 敵が迫り、時間がない中で最大の結果を出すためには。

 

「それを言うなら宗達くんだって!」

「……言ったはずだ。俺はただ、今を守りたかったって」

 

 ガシャン、という駆動音と共にデュエルディスクが展開される。

 

「言い訳をするつもりはねぇよ。どうしても聞きたいなら、力で示せ」

「……いいよ。わかった」

「物分りが良いことで」

 

 肩を竦める宗達。これ以上問答しても意味がないだろう。宗達は絶対に話さない。

 ならば、力ずくで聞くしかないのだ。

 

「いくよ」

「オマエとのデュエルは何度もしたが……本気で殺し合うのは、初めてか」

 

 そして。

 二人は、己の意志をぶつけ合う。

 

「「決闘!!」」

 

 友だと信じた相手。

 日常の中にいた相手。

 しかし、もう、あの日々には戻れない。

 

 二人が、刃をぶつけ合う。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 天へと伸びる光の柱。まるで血のように紅いその柱は、現在五つ。

 つまり、五人の守護者がすでに敗北したということだ。

 

「…………」

 

 セブンスターズとの戦いも、これで最後だ。あの人はこの戦いの果てにある可能性を信じた。生徒たちを信じ、彼らならば己を乗り越えてくれるとそう信じたのだ。

 だが、五人はそこまで至れなかったという現実が目の前に示されている。

 信じたいと思う。彼らを、彼女たちを。全員が一級品の才能と、それを開花させるだけの意志を宿している。それに懸けるという判断は間違っていない。

 しかし、自分にはできなかった。

 全てを欺き、己が傷つくことも理解して。

 それでも、こんな選択しかできなかったのだ。

 

「…………」

 

 雨が体を叩き、体を濡らす。

 空はまるで己の心を映すように、闇に染まっていた。

 

 頬を伝う、その滴は。

 雨か、それとも。

 心より、溢れ出たモノだったのか。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「僕の先行、ドロー! 魔法カード『竜の霊廟』を発動! デッキから『ガード・オブ・フレムベル』を墓地に送り、墓地に送ったモンスターが通常モンスターだったため『エクリプス・ワイバーン』を墓地へ送る! そしてエクリプス・ワイバーンの効果で『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』をゲームから除外!」

 

 降り出した雨が窓を叩く。一気に強くなった雨音は、二人しかいない食堂へ嫌に響き渡った。

 

「そして手札より、『ローンファイア・ブロッサム』を召喚! 効果発動! 植物族モンスターを生贄に捧げることで、デッキから植物族モンスターを特殊召喚する! スポーアを特殊召喚!」

 

 ローンファイア・ブロッサム☆3炎ATK/DEF500/1400

 スポーア☆1風・チューナーATK/DEF0/0

 

 宗達相手に出し惜しみなどしていられない。今打てる最善の手を撃ち続けなければ、すぐに持っていかれる。

 如月宗達という存在は、夢神祇園にとっては間違いなく、一つの『憧れ』だから。

 

「墓地のエクリプス・ワイバーンを除外し、『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚。レッドアイズを手札に。――そしてレベル4、コラプサーペントにレベル1、スポーアをチューニング。シンクロ召喚。『TGハイパー・ライブラリアン』! コラプサーペントの効果により、『輝白竜ワイバースター』を手札に加え、コラプサーペントを除外して特殊召喚。更にローンファイア・ブロッサムを除外し、スポーアを蘇生」

 

 暗黒竜コラプサーペント☆4闇ATK/DEF1800/1700

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 輝白竜ワイバースター☆4光ATK/DEF1700/1800

 スポーア☆1→4風・チューナーATK/DEF0/0

 

 今の自分の力、その全てを懸けて。

 ただひたすらに――紡ぎ上げる。

 

「レベル4、ワイバースターにレベル4、スポーアをチューニング。――集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ。シンクロ召喚、『スターダスト・ドラゴン』!!」

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 願いの果て、約束の果てに託された力。

 間違えたとは思う。後悔も、数多い。

 けれど、全てを否定はしたくない。

 

「ワイバースターの効果でコラプサーペントを手札に加え、ライブラリアンの効果でドロー。……カードを一枚伏せてターンエンド」

 

 決して平坦な道ではなかったけれど。

 それでも、どうにか歩んできた道だから。

 

「……鈍い光だな。淡く、今にも崩れそうな星屑の光」

 

 ポツリと、スターダストを見上げて呟く宗達。彼は静かにカードをドローすると、だが、と言葉を紡いだ。

 

「だからこそ、オマエにはよく似合ってる。だが、それじゃあ駄目だ。駄目なんだよ。――手札より、『六武衆の結束』を発動。そして相手の場にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、『六武衆のご隠居』を特殊召喚できる。更に速攻魔法『六武衆の荒行』を発動。場の六武衆一体を選択し、同じ攻撃力でカード名の異なる六武衆をデッキから特殊召喚し、エンドフェイズに破壊する。俺は『六武衆の影武者』を特殊召喚」

 

 六武衆のご隠居☆3地ATK/DEF400/0

 六武衆の影武者☆2地・チューナーATK/DEF400/1800

 六武衆の結束0→2

 

 通常召喚なしでのこの展開。流石、という言葉が漏れる。

 

「結束を墓地に送り、二枚ドロー。――場に二体以上の六武がいるため、『大将軍紫炎』を特殊召喚する!」

 

 大将軍紫炎☆7炎ATK/DEF2500/2400

 

 現れるのは、六武衆を束ねる『魔王』とまで畏れられた武将。

 人に非ざる魔人とまで謳われた彼の者は、自身と相対する竜と魔法使いをじろりと睨む。

 

「バトルだ。紫炎でライブラリアンを攻撃!」

「――――ッ!」

 

 祇園LP4000→3900

 

 ライブラリアンは相手のシンクロ召喚成功時にもドロー出来る効果をもつ。あわよくばと思っていたが、宗達が相手ではそう容易くは行かないらしい。

 

「メインフェイズ2。レベル3、六武衆のご隠居にレベル2、六武衆の影武者をチューニング。――悲しき乱世が、世界を変える魔王を生んだ。シンクロ召喚、『真六武衆―シエン』!!」

 

 現れるのは、宗達が最も信頼する最強の六武衆。

 若かりし頃の、己が鎧を返り血で朱に染め上げた伝説を持つ武将だ。

 

「カードを三枚伏せ、ターンエンド。――さあ、来いよ祇園。オマエの在り方が本当に正しいかどうか、俺を倒して証明してみせろ」

 

 その言葉には、どこか自嘲が込められている。

 だが、祇園はそれに気付いていて、気付かない振りをして――

 

「――僕のターン、ドロー! 手札より『レベル・スティーラー』を墓地に送り、『クイック・シンクロン』を特殊召喚! 更にクイック・シンクロンのレベルを一つ下げ、レベルスティーラーを特殊召喚!」

 

 クイック・シンクロン☆5→4風・チューナーATK/DEF700/1400

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 夢神祇園という存在の根底にある矛盾。

 気付いていながら、気付いていない振りをしてきたこと。

 普段なら考えないことを、どうしても考えてしまう。

 

「レベル1、レベル・スティーラーにレベル4、クイックシンクロンをチューニング! シンクロ召喚!『ジェット・ウォリアー』!!」

 

 ジェット・ウォリアー☆5炎ATK/DEF2100/1200

 

 何故ならば。

 夢神祇園は心のどこかで思っていたからだ。

 

「ジェット・ウォリアーはシンクロ召喚に成功した時、相手フィールド上のカードを一枚手札に戻すことができる!」

「カウンター罠『神の警告』。悪いが、その特殊召喚は無効だ」

 

 宗達LP4000→2000

 

 如月宗達は、〝同じ〟なのだと。

 身勝手にも、そんなことを。

 

「墓地のワイバースターを除外し、輝白竜ワイバースターを特殊召喚。そのワイバースターを除外し、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを特殊召喚! 更に効果により、『ガード・オブ・フレムベル』を蘇生!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 ガード・オブ・フレムベル☆1炎・チューナーATK/DEF100/2000

 

 ドラゴン族における最強の一角。その効果は単純であるが故に強力無比。

 ――しかし。

 

「手札より『幽鬼うさぎ』の効果を発動。フィールド上のモンスター効果、または表側表示の魔法・罠カードが発動した時、このカードを手札・フィールドから墓地に送ることで破壊する。レッドアイズを破壊」

「ッ、スターダストの効果を発動! 生贄に捧げることで効果破壊を無効にする!」

 

 スターダストの効果で守られるレッドアイズ。その効果により、ガード・オブ・フレムベルが蘇生される。

 このままシンクロまで行ってもいいのだが、手札が辛い。故に。

 

「レッドアイズのレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚」

「――罠発動、『激流葬』。フィールド上のモンスターを全て破壊する」

 

 吹き飛ぶモンスターたち。スターダストがいない今、防ぐ術はない。

 

「どうした、終わりか?」

「……エンドフェイズ、スターダストが帰還するよ」

 

 通常召喚権が残っていたが、この手札ではどうにもできない。

 だが、スターダストが残った。まだどうにか均衡は保てている。

 

「俺のターン、ドロー。――手札より『クレーンクレーン』を召喚。効果により、墓地からレベル3モンスターを効果を無効にして特殊召喚する。幽鬼うさぎを特殊召喚」

 

 クレーンクレーン☆3地ATK/DEF300/900

 幽鬼うさぎ☆3光・チューナーATK/DEF0/1800

 

 二体のモンスターが並ぶ。レベル6――そこから紡ぎ出されるモンスターは。

 

「レベル3、クレーンクレーンにレベル3、幽鬼うさぎをチューニング。――シンクロ召喚、『BF-星影のノートゥング』」

 

 現れたのは、BFの名を持つモンスター。見覚えのないその姿に眉をひそめる祇園。だが、その表情はすぐに驚愕へと変わる。

 

「ノートゥングの特殊召喚成功時、相手LPに800のダメージを与え、また、相手モンスター一体の攻撃力と守備力を800ポイント下げる」

「――――ッ」

 

 星影のノートゥング☆6闇ATK/DEF2400/1600

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000→1700/1200

 祇園LP3900→3100

 

 バーンダメージに加え、モンスターの弱体化。事実上攻撃力3200までのモンスターを破壊できるその効果は、正しく強力。

 

「バトルだ、スターダスト・ドラゴンにノートゥングで攻撃!」

 

 祇園LP3100→2400

 

 効果破壊に絶対の耐性を持っていても、戦闘破壊は避けられない。

 だが、まだだ。戦闘で超えられてしまうなら、超えさせなければいい。

 

「――リバースカード、オープン! 罠カード『シャドー・インパルス』! シンクロモンスターが破壊された時、そのモンスターと同じ種族、同じレベルのシンクロモンスターをエクストラデッキから特殊召喚する!」

 

 パチッ、という何かが弾けたような音が小さく響いた。

 額に走る僅かな痛み。それを無視し、祇園は白紙のカードを取り出す。

 

 答えはある。

 手段はある。

 想いだけが、定まらない。

 

「闇を切り裂け――『閃光竜スターダスト』!」

 

 閃光竜スターダスト☆8光ATK/DEF2500/2000

 

 現れるのは、光の竜。

 星屑の光が、一人の少年を優しく包む。

 

「そう簡単には、とらせてくれねぇか。――メインフェイズ2、永続魔法『六武衆の結束』発動。更に罠カード『諸刃の活人剣術』。墓地より二体の六武衆を蘇生する。カゲキ、影武者を蘇生。――シンクロ召喚、真六武衆―シエン」

 

 真六武衆―シエン☆5闇ATK/DEF2500/1400

 

 現れるのは、二体目の魔王。

 倒したと思っていた。だが、そう容易くはいかないらしい。

 

「結束を墓地に送り、二枚ドロー。カードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 流石、という言葉しか出て来ない。

 強い、という想いしか出て来ない。

 

 かつて多くのデュエリストを完膚なきまでに叩き潰し、再起不能としてきたが故に〝デュエリスト・キラー〟と忌み嫌われ。

 単身でアメリカに渡り、その実力を以て〝侍大将〟という名を響かせ。

 祇園にとって――否、多くの学生デュエリストにとってただ漠然と目指すだけの世界である〝プロ〟という世界へ、その実力を以て足を踏み入れた者。

 

 遠い。遥かに。どうしようもなく。

 これが、目指すと決めた領域なのか。

 

「そもそもオマエは、何を間違えた?」

 

 新たな問い。

 それは、まるで断罪のようで。

 

「どうして、己を誇らない?」

 

 戦乱の世に恐怖と武力を以て天下布武を示した魔王。

 それは、たった一人で最強足らんとする侍の姿と重なった。

 

「オマエが選んだんだろ。オマエが決めたんだろ。戦うことを。万丈目に――アイツらに余計な心配をかけさせないために。そのために戦ったんだろうが」

 

 そうだ。そのために戦った。

 勝利も得た。望んだ以上の結果を得た。

 だが……後悔が、残っている。

 

「賭けだったし、危ない橋だった。最悪、オマエがカミューラの時みたいに人質に取られる可能性さえあったんだ。けどよ、そのリスクの全てを踏み越えてでもオマエは勝った。結果を見れば誰も傷つかない最高の結果だ」

 

 そうだ、結果自体は最高だった。誰かに迷惑をかけることもなく、勝利を得たのだから。

 

「なのに、どうして誇れない? オマエは皆を想って戦って、ちゃんと勝っただろうが。誇れよ。誇ってもいいだろうが。オマエはオマエ自身の選択で、ちゃんとオマエにしかできないことをやり切ったんだ。別の場所で戦っている万丈目を助けたんだよ」

 

 自己満足だったかもしれない。浅慮だったかもしれない。

 けれど、それは本当に間違いだったのか。

 

「誰かを想ってしたことに、間違いなんてないだろうが」

 

 たとえそこに下心があっても、あわよくばという思いがあったとしても。

 それでも、それは悪いことじゃない。

 それはきっと、胸を張っていいことだ。

 

「だから、胸を張れ。それに、オマエは俺の友達だ。――俯いてんじゃねぇよ」

 

 最後はどこか照れくさそうに言う宗達。祇園は一度目を閉じ、大きく深呼吸をする。

 

「宗達くん」

「…………」

 

 何だ、とその視線が問いかけえてくる。

 祇園はカードをドローすると共に、呟いた。

 

「――ありがとう」

 

 彼が伝えてくれたこと。

 そして、自分に足りないモノ。

 答えはきっと、このデュエルの果てにある。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……げっ」

 

 お互いの第一声がそれであり、嫌な顔をしたのも同時だった。鬱陶しい雨が降る中、二人はどこか嫌そうな表情で言葉を交わす。

 

「何でここにおんねん」

「俺の台詞だ。……そろそろ国大の決勝だろ。何してんだよ」

「準決勝で負けたんや。言わせんな」

 

 ふん、と鼻を鳴らして応じるのはウエスト校デュエルランキング二位、菅原雄太だ。対し、その対面に立つ新井智紀はそうか、と短く応じる。

 別に二人は仲が悪いわけではない。波長が合うという意味ではむしろ良い方だろう。先輩後輩というよりは少し年が離れた悪友同士といったところか。

 だが、往々にして人に会いたくない時というのは存在する。今回はまさしくそれだ。

 国民決闘大会。春季に行われる全国大会だ。団体戦のみが行われ、全国の高校生が頂点を目指して鎬を削る。

 ウエスト校は今年も全国大会に出場し、順調に勝ち進んでいた。だが惜しくも準決勝で敗北し、ベスト4で終わることとなる。

 

「見てたよ。惜しかったな」

「……俺が勝てばそれで良かった。俺の責任や」

「大将の立ち位置はそこが辛いな」

 

 新井は苦笑する。国民決闘大会もIHも団体戦は五対五の点取り試合だ。結果、先鋒と大将の負担はどうしても大きくなる。ウエスト校は先鋒に二条紅里を置き、大将に菅原を置く形をとっている。結果、菅原の敗北がイコールでウエスト校の敗北となっているのだ。

 

「皆よーやってくれた。二条には申し訳ないわ。結局、先鋒戦で一度も負けへんかったし」

「二条紅里か。アレは最早バケモンだろ」

 

 先鋒戦は基本的にエース対決となりやすい。大将が負ければ敗北ではあるが、その前に決着が着いては意味がないのだ。故にほとんどの高校が先鋒にエースを置く戦法を取っている。

 二条紅里は有名なデュエリストだ。ウエスト校で二年時よりエースに君臨し続け、今年のIHでは個人総合優勝の最有力候補と謳われている。

 天才と、彼女はそう呼ばれる。

 怪物と、彼女はそう呼ばれる。

 だが、彼女自身はいつもそれを否定する。何故ならば――

 

「目指す領域が違うんや。二条はずっと、姐さんの――〝祿王〟の背中だけを見てるから」

 

〝最強〟と呼ばれ、事実それを否定させない力を持つ天才――否、天災。

 二条紅里は、常に彼女の背中を追い続けている。

 

「その意味、ようやく理解したわ。……キツいなぁ、ホンマに」

 

 呟くような言葉に込められた感情は、あまりにも多く。

 そこに余人が入り込むことは、許されない。

 

「遠いわ、ホンマ……」

「……諦めないんだろ、それでも」

「諦める理由には足りんからな」

 

 苦笑する菅原。新井はそうか、と肩を竦めた。

 これでこの話は終わりだ。新井智紀という人間は必要以上に他者の心へ踏み込むことをしない。求められなければ動かない。それが彼という人間だ。

 

「そういや、菅原。あの後何か変わったことはあったか?」

「あの後?」

 

 ふと思い出したように問う新井に、眉をひそめる菅原。新井は言葉を続けた。

 

「文化祭の後だよ。夢神の」

「ああ。……そもそも大丈夫なんか、夢神は?」

「本人は大丈夫って言うだろうよ。それならそれでいい。本人がそう言うならそこで終わりだ」

 

 ちとお節介はしたが、と肩を竦めて言う新井。おい、と菅原は睨むように新井を見た。

 

「任せろゆーから任せたのに、何やそれは」

「俺にできる最低限のことはしたさ。確認もあったしな。……なんつーか、あの手のタイプは下手に手ェ貸すと余計ドツボに嵌るんだよ。今は待った方がいい」

 

 真剣な表情で言う新井。どういう意味や、と菅原が問うと、単純だ、と新井は言った。

 

「アレは他人を頼る手段を知らん。たまにいるんだよ、ああいうのが。『助けて』の一言が言えない奴がな」

「…………」

「まああんなのが親族に居りゃそうなるのもしゃーねぇだろうが……。あのおっさんの胸元見たか? あれ弁護士だぞ」

「はぁ!? 嘘やろ!?」

「こんなことで嘘吐くか馬鹿。……あの時はとりあえず夢神とあのおっさんを引き離すことを優先した理由がそれだ。下手な手を打てばかなり面倒臭くなってただろうな」

 

 だから新井はあの場で動きが鈍ったのだ。だが、あの状況ではああするのが最善だったとも思っている。

 

「〝ルーキーズ杯〟の時はもっと強く見えたがな。やっぱりまだまだ未熟だ。進んだはずが、後戻りしてやがる。しかもアイツの世界はアイツだけで完結してるのが余計性質悪い。あのままだと遠からず破綻するぞ」

「そこまでわかってて放置するんか?」

「俺の言葉は届かんさ。お前の言葉でも一緒だ、菅原。……大丈夫だよ。見たところ、良い友達が何人もいるみたいだしな」

 

 肩を竦め、踵を返す。そもそも少し一人になりたい気分だったのだ。

 その背中へ、菅原が言葉を紡ぐ。

 

「そういえば、こんなとこで何してたんや?」

「……さあ、な」

 

 肩を竦め、歩き出す。菅原は追いかけて来なかった。

 助けて、と言えない少年。その辛さと意味は、祖父という理解者がいた新井には理解できない。

 だが、あの頃。どれだけ努力しても結果が出せなかったあの頃、もし祖父がいなければ。あるいは、自身の傷を晒せなかったなら。

 どうなっていたか……想像も、したくない。

 

 良い結果が訪れれば、良いと思う。

 けれど、自身にできることはない。

 ただそれだけのことで、だからこそもう終わっているのだ。

 

 想いを告げられ、それに向き合うことのできない自分には。

 きっと、できることはない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 真六武衆―シエン。破壊される時に他の六武衆を身代りにする効果を持ち、また、一ターンに一度相手の魔法・罠カードの発動を無効にする効果を持つモンスター。

 その圧倒的な制圧力に宗達得意のカウンター戦術が加わると、この上なく厄介な存在となる。

 

(さっきはどうにか倒せた。けど、今の状況は……)

 

 伏せカードが一枚と、手札が一枚の宗達。あの伏せカードは無視していいモノじゃない。手札もだ。最悪先程の幽鬼うさぎや『エフェクト・ヴェーラー』を持っている可能性もある。

 スターダストは破壊からモンスターを守る効果を持っている。最悪スターダストさえ残れば敗北は免れることもできそうだが――

 

「手札より『ダンディ・ライオン』を墓地に送り、魔法カード『ワン・フォー・ワン』発動!」

「……手札は三、か。シエンの効果でワン・フォー・ワンを無効にする!」

「ダンディ・ライオンの効果で綿毛トークンを二体特殊召喚」

 

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 

 手札はこれで残り一枚。おそらく宗達はそこを見越しての効果発動だったのだろう。

 だが、これでいい。これで――打ち抜ける。

 

「手札より、魔法カード『調律』発動。デッキから『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、デッキトップを墓地へ」

 

 落ちたカード→大嵐

 

 ピンポイントで辛いカードが落ちてしまった。だが、まだ大丈夫。

 

「ジャンク・シンクロンを召喚! 効果発動!」

「流石に通せねぇな。永続罠発動、『デモンズ・チェーン』! ジャンク・シンクロンの効果は無効だ!」

「ッ、なら――レベル1、綿毛トークンにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 『アームズ・エイド』!」

 

 アームズ・エイド☆4光ATK/DEF1800/1200

 

 自身を装備カードとしてモンスターに装備する効果を持つモンスター。ジャンク・シンクロンからフォーミュラ・シンクロンを経由して倒しにいく手は潰されたが、これでも十分一手は通せる。

 だがそれも、侍には届かない。

 

「手札より、『エフェクト・ヴェーラー』の効果を発動。相手フィールド上の表側表示モンスターの効果を無効にする」

 

 どこまでも高く、硬い壁。これが――如月宗達。

 

「バトル、スターダストでシエンを攻撃! 同時に効果を発動! 一ターンに一度、スターダストは破壊から表側表示のカードを守ることができる! スターダストを指定!」

「チッ……! シエンが破壊される……!」

 

 本来ならば相討ちだが、スターダストの効果により事実上の戦闘破壊となる。

 盤面は覆した。だが、手札は0。宗達も同じ条件だが、油断はできない。

 

「俺のターン、ドロー。やっぱり強いな、オマエは。だが――俺も、負けたくねぇ」

 

 真剣な目で、真っ直ぐに。

 如月宗達は、そう告げる。

 

「俺は、オマエにも、十代にも、誰にも負けたくない。勝つ。勝って――俺自身を証明する」

 

 そして、宗達はそのカードを発動する。

 

「魔法カード『精神操作』発動!」

「なっ、そんな――」

「指定するのは『アームズ・エイド』だ! 精神操作はエンドフェイズまで相手モンスターのコントロールを得るが、その代わり攻撃にも生贄にもできない!」

 

 それを聞くとかなり扱い難そうなカードだが、シンクロ素材にすればその制約はない。故にシンクロデッキには間接的な除去カードとして投入されることも多いカードだ。

 今回の状況では宗達はアームズ・エイドをシンクロ素材にはできない。しかし、アームズ・エイドの効果を使えば話は別。

 

「アームズ・エイドをノートゥングに装備!――バトルだ、ノートゥングでスターダストを攻撃!」

「スターダストの効果発動! スターダストを戦闘破壊から守る!」

 

 祇園LP3100→2200

 

 アームズ・エイドの効果が発動しなかったのが幸いだったが……正直マズい。

 

「ターンエンドだ」

「ドロー!」

 

 攻撃力3400のノートゥング――戦闘で超えることは難しい。

 引いたカードを確認する。届く。これなら。

 如月宗達を――超えられる!

 

「――『ジェット・シンクロン』を召喚! そしてレベル1、綿毛トークンにレベル1、ジェット・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! フォーミュラ・シンクロン! 効果で一枚ドロー!」

 

 ジェット・シンクロン☆1地・チューナーATK/DEF500/0

 フォーミュラ・シンクロン☆2光・チューナーATK/DEF200/1500

 

 ジェット・シンクロンの効果は使わない。使うべきはこちらの方ではないという判断だ。

 ドローカードを確認する。本来ならコストとして捨てる予定だったカード。だが、このカードは。

 

「――魔法カード、『死者蘇生』発動! 甦れ――TGハイパー・ライブラリアン!」

 

 逆転の一手は、ここに成る。

 

「スターダストのレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚!」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 答えは出た。最後に紡ぎ上げるのは、この一手。

 

「レベル5、TGハイパー・ライブラリアンとレベル1、レベル・スティーラーにレベル2、フォーミュラ・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚!――『ダークエンド・ドラゴン』!!」

 

 ダークエンド・ドラゴン☆8闇ATK/DEF2600/2100

 

 闇の底より竜が咆哮し、世界が闇に包まれる。

 伝説の中でのみ生き、その伝説故に多くの憧れを受ける存在。

 

「……やっぱ、ドラゴン使ってんのが一番似合ってるなオマエは」

 

 苦笑を零す宗達。彼の手札は0。伏せカードもなし。

 ならば、もう防ぐ術はない。

 

「ダークエンドの効果発動! 攻守を500ポイントずつ下げ、相手モンスター一体を墓地へ送る!」

「――――」

「スターダストでダイレクトアタック!!」

 

 宗達LP2000→-500

 

 決着と共に、ソリッドヴィジョンが消えていく。宗達はデュエルディスクを外すと、大きく伸びをした。

 

「あー、疲れた。まさか負けるとはなぁ。割と真剣だったんだが」

「…………」

「んな怖い顔すんなよ。ちゃんと事情は話すから」

 

 肩を竦める宗達。そのまま彼は窓の外へと視線を向けた。

 雨は未だ止まず、外を覆うように降り続いている。しばらく宗達は無言でいたが、不意にポツリと言葉を零した。

 

「……なんだ、ちゃんと十代は勝ったのか」

「えっ?」

「こっちの話だよ。……今回俺がカムルなんて名前でセブンスターズについたのは、ある人に頼まれたからだ。オマエらは確かに強い。だが、万一ってこともある。実際クロノスとカイザーがああなったように、全員が文字通りの意味で再起不能になることもあり得た」

 

 結果として全員無事であったというだけで、祇園や十代を始め、この戦いで傷を負った者は多い。戦いそのものは、本当にギリギリだった。

 

「カミューラの時は本気で焦った。あの人も動かねぇし、カイザーがカミューラ潰してクロノス一人の犠牲ならどうにかできると思ったがそうはなんねぇし。……仕方ねぇから俺が出たがな。本気で賭けだったよアレは」

「宗達くんは、つまり、僕たちを……」

「意図としてはそうだ。だが、デュエル自体は本気だったよ。実際初戦はオマエをかなり傷付けたし」

 

 肩を竦める宗達。謝るような素振りはない。当たり前だ。彼はおそらく、その結果として訪れる事柄についてちゃんと覚悟をしていたのだろうから。

 

「アレは警告の意味もあった。オマエに限らず、全員に散々忠告はしてきたんだがな。どいつもこいつも頑固だよホントに。まあ、腹括ってやるってんなら止める気はなかった。二回目のお前とのデュエルで負けた時点で、裏方に回る大義名分は出来たしな。正直、あの負けはかなり予想外だったが」

 

 最悪の場合、俺が全員倒して決着を着けるつもりだった――宗達は苦笑と共にそう言った。

 それはある種傲慢な台詞だが、同時に彼が抱いた覚悟の表れでもある。

 

「俺にセブンスターズのことを頼んだ人はな、俺にとっては恩人なんだよ。それに、こんな馬鹿げた戦いでオマエらが壊されんのも納得いかなかった。……バレた時に糾弾される覚悟はしてたさ。それだけのことをしたって自覚はある。けど、それでも、俺は……」

 

 そこで宗達は口を閉じた。そのまま、じゃあな、とこちらへと背を向ける。

 

「セブンスターズとの戦いは、これで終わりだ。俺の守りたいもんも、きっちり守った。だから、俺はここで退場だ」

 

 その言葉は、どこか寂しげで。

 

「待って、宗達くん」

 

 気付けば、その背を呼び止めていた。

 

「守りたかったものって、何だったの?」

「……俺は俺自身の選択だけで生きてきた。後悔もあるし、悩んだこともあるが、それを否定するつもりはない。そんな中で、ようやく……ようやく、出会えたんだよ」

 

 そう言って振り返った彼が浮かべた笑顔は、どこか寂しげで。

 

「俺の世界は俺だけで完結していた。そのはずだった。だが、いつの間にかそうじゃなくなってたんだ。ただそれだけだよ」

 

 そして、今度こそ彼は立ち去っていく。

 響き渡る靴の音。それが聞こえなくなるまで、祇園はずっとその場に立ち尽くしていた。

 

 どれぐらいそうしていたのか。不意に、足音が聞こえた。

 振り返る。そこにいたのは――

 

「……十代くん」

 

 遊城十代。いつも明るく、笑顔を浮かべている彼の表情はしかし、暗い。

 

「……なあ、祇園。俺たち、友達だよな……?」

「……うん」

 

 いきなりの問いに、頷くことしかできなかった。十代は、そっか、とどこか無理した笑みを浮かべる。

 

「ちょっと、色々あってさ。……疲れちまった」

「……うん。僕もだよ」

 

 十代が椅子に座るのに合わせて、祇園も椅子に座る。知らず、互いの口からため息が漏れた。

 視線が合い、二人は苦笑を漏らす。

 

「なあ、祇園」

 

 雨の音だけが響く沈黙の中、不意に十代が呟いた。視線を向けると、十代が真剣な表情でこちらを見ている。

 

「もし、俺が助けを求めたら……助けて、くれるか?」

「……当たり前だよ」

 

 即答、できたと思う。

 何ができるかはわからない。それでも、力になりたいとそう思った。

 

「じゃあさ、祇園が大変な時は――俺が力になる」

 

 当たり前のように彼が言ったその言葉に。

 一瞬、体が動きを止めた。

 知っているのかもしれないし、知らないのかもしれない。夢神祇園が置かれている状況について、何かわかっているのかもしれない。

 けれど、きっと遊城十代という少年にとってそんなことは些細なことなのだ。

 

「友達だもんな」

 

 そう言って笑う彼の姿は、あまりにも眩しい。

 友達だから。

 きっと彼は、その理由だけで立ち上がってくれる。

 遠い昔に憧れた、〝ヒーロー〟のように。

 

「ありがとう」

 

 呟くように、そう言って。

 もう一人の友が立ち去っていった方を見る。

 

 彼を友だと、呼んでいいのなら。

 夢神祇園は、彼を助けることができるだろうか。

 

 そして。

 

 己を救い出してくれたあの少女を、助けることは……できるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「そうか。逝ったか」

 

 電話越しに簡潔な言葉を聞き、そうか、ともう一度呟く。

 永く生きていると、別れは自然遠くなる。また一人、酒を飲み交わした男がこの世を去った。

 

「なあ、アイツは満足して逝ったか?」

 

 わからない、と相手は答えた。

 ただ、答えは得たのだろうとも彼は言った。

 

「なら、いいさ」

 

 そして、通話を切る。

 暗闇の中に、それ以上の言葉は響かない。

 













はてさて、進んでるようです済んでいない彼はどうなることやら。

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