遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第六十六話 そして、少年たちは牙を剥く

 

 

 本来ならば祇園は今日の内にアカデミア本島に戻る予定だった。だが、今の祇園はセブンスターズの戦いの関係上、出席において便宜を図られている。まあそもそも出席日数があまり関係ないレッド生なのでその便宜がどこまで意味があるのかは微妙なところだが。

 まあともかく、今日一日の分ぐらいは問題ないという判断が下されたわけである。

 

「ありがとうございます」

 

 晴嵐大学。今年度大学リーグ総合優勝を果たした、アマチュア№1と名高き新井智紀を有する強豪校だ。その決闘場の扉の前で、自分を誘ってくれた人物へと祇園は頭を下げる。

 新井は振り返ると、気にすんな、と微笑んだ。

 

「お前レベルの奴なら大歓迎だ。〝ルーキーズ杯〟のことで興味持ってる奴も多いしよ。……それに、あんまり重い考えは続けるべきじゃねぇんだ」

 

 祇園の隣にいる妖花の方へも視線を向けつつ、新井は言う。その瞳には、弟や妹に向けるような心配と優しさの色が映っていた。

 

「こういうのを逃げと言う奴もいるだろう。問題にはずっと向き合えと言う奴もいるだろうさ。けど、たまには逃げてもいいんじゃないかと思う。特にすぐ答えが出ないようなことなら尚更だ」

 

 苦笑を零し、新井は扉へと手をかける。ゆっくりと扉を開けながら、新井は言葉を続けた。

 

「大人になるとな、そういうことに折り合いがつけられるようになっていく。それが良いことかどうかは知らんが……ずっと戦い続ける必要はないんじゃないか、って俺は思うんだよ」

 

 扉が開く。同時、いくつもの声が熱気と共に駆け抜けた。

 

 日本一の大学、その名に恥じることなく。

 威風堂々と、数多の決闘者が言葉を交わし、己の実力をぶつけ合っている。

 

「…………凄い…………」

 

 ポツリと呟いたのは、隣にいる妖花だ。祇園は目の前の光景に飲まれ、何も言えずにいる。

 あちこちで一目でわかるほど高度なデュエルが行われ、また、一つの例外もなくデュエルをしている者たちの側で何人かの集団が集まり議論をしている。おそらく現在進行形で行われているデュエルについての分析を行っているのだろう。

 部員数は500を超え、六軍まであるという晴嵐大学。日本最高峰の日常が、そこにはあった。

 

「さて、と。――おーい、原ァ! ちょっと来てくれ!」

「……遅刻ですよ主将」

 

 そんな二人に気付いているのかいないのか、新井が近くにいた眼鏡をかけた女性へと声をかける。生真面目そうな印象をこちらに与える原と呼ばれたその女性はどこか不機嫌そうにこちらへと歩み寄ってくると、祇園と妖花に気付き眉をひそめた。

 

「あら、あなたたちは……」

「あ、えっと……」

「初めまして! 防人妖花です!」

 

 祇園が言い淀む間に、妖花がそう言って頭を下げた。それに続き、祇園も頭を下げる。

 

「ゆ、夢神祇園です」

「……防人妖花さんに、夢神祇園さん……? 主将、まさか」

「そのまさかだ。多分お前が思ってる通りの二人だぞ」

 

 原の言葉に、新井がどこか自慢げに言う。原は呆れたように息を吐いた。

 

「主将、せめて事前連絡ぐらいはお願いしたかったのですが」

「そう言うなよ。急遽決まったことだったんだから仕方ないんだって。それに、この二人なら飛び込みだろうと大歓迎だろ?」

「……監督とコーチへ確認を取ってきます」

 

 そう言うと、原はこちらへ一度頭を下げてから立ち去っていった。その背を見送り、真面目だねぇ、と新井は呟く。

 

「まあその方が俺も楽だし良いんだけど。……さて、朝も言ったが二人にはゲストとしてここで練習に参加して欲しい。今の時期は代替わりの時期だから、張り詰めてるわけでもない。そう緊張する必要もないぞ」

 

 あっさりと新井は言うが、これはとんでもないことである。晴嵐大学――日本一の大学の練習に参加するなど。

 朝にこの提案を受け入れた時もそうだったが、こうして目の前にするとやはり気後れしてしまう。ただでさえ自分の中で整理がついていない問題が多く、精神的に余裕がないというのに。

 それを見透かしてなのか、大丈夫だよ、と新井は言った。

 

「気負う必要はない。こう言っちゃなんだが、そこまで期待してるわけでもないしな。プロに比べりゃそりゃ劣るが、それでもうちは日本最高峰の大学だ。正直、俺たちは強いぞ?」

 

 冗談めかして言っているが、その目は本気だ。

 

「二人共に背負ってるもんがあるだろうし、考えたいこともあるんだろうよ。俺の方からそれを聞くつもりもない。ただの好奇心だけで聞くなんて無責任なことはできないからな。……だが、考え過ぎても良くないだろうしな。とりあえず、頭空っぽになるまでここでやってみろ」

 

 そう言うと、新井は原が遠くから手でOKのサインを出すのを確認し、こちらへと両手を広げた。

 

「ようこそ、晴嵐大学へ。――歓迎するぞ?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 メインデッキのモンスターの攻撃力を全て500以下に。突きつけられたその条件は、万丈目を悩ませるのに十分だった。そもそもの彼の主戦術はモンスター除去からのビートダウンである。アームド・ドラゴンがそうであるし、XYZなども強化によるビートダウンが基本だ。

 故にと言うべきか、低ステータスのモンスターに関する知識が圧倒的に足りない。そして更に問題なのが、万丈目が有している攻撃力500以下のカードというのは一種類しかないという点だ。

 

「……で、それが『おジャマイエロー』なのか」

『いやんアニキ~、この人怖い~』

「……………………この上なく不本意だがな」

 

 ぐぬぬ、と歯ぎしりでもしそうな勢いで呟く万丈目。対し、その対面に座る宗達は欠伸を噛み殺しながら言葉を紡いだ。

 

「で、実際どうすんだよ? カード一から揃えるにしても方向性決めなきゃどうにもならんだろ」

「ぐっ、だからこうして貴様に相談しているんだ。認めたくはないが、貴様の実力と知識は相当なものだからな」

「へぇ」

 

 万丈目の言葉に、意外だ、という表情を浮かべる宗達。万丈目とて理解している。この男に協力を頼むなど正直一番嫌な選択肢だが、今回は時間もない。それに人間性はともかく実力は確かだ。故に選択自体は間違っていないように思う。

 だが宗達は彼にしては珍しく、んー、と悩ましげな表情を浮かべた。

 

「攻撃力500以下か……」

「まさか貴様、この俺が頭を下げているというのに協力しないつもりか?」

「いやいつ頭下げたよ。……なあ、これってそれ以外に縛りないのか?」

「ああ。〝祿王〟からはそう聞いている」

「ふむ」

 

 こちらの言葉に頷く宗達。そのまま、じゃあ、と彼は言葉を紡いだ。

 

「チェンバでいいんじゃね?」

「……貴様、真面目に考える気があるのか?」

「真面目も真面目、大真面目だよ」

 

 睨み付けると、宗達は肩を竦めた。だがその目は真剣だ。

 

「そもそも、オマエはこのデュエルをどういうモノと定義してるんだ? わかってんのか万丈目? これはもうオマエ個人の問題じゃねぇんだぞ?」

「ッ、わかっている」

「いいやわかってないね。オマエが負けて万丈目グループに買収されたら、おそらく教師陣やシステムは一新される。それが良いか悪いかはともかく、変革に犠牲はつきものだ。この変化から零れ落ちる奴は、教師生徒問わず必ず出る。その数が多いか少ないかは別にしてな」

 

 それは考えないようにしていたことだった。自身が背負ったモノ――それを、改めて突き付けられた感覚。

 正直、今でも思う。あの時、〝祿王〟に任せるべきではなかったのかと。

 兄と戦う必要は、なかったのではないかと――……

 

「そういう意味で、チェンバは選択肢としては最高だ。相手が素人ってんなら確実に先手で焼き殺せる」

「だが、それで得た勝利を認められるか?」

「逆にこの状況でチェンバ使って勝ったことを批判する奴の言葉なんざ聞く必要あんのか? オマエ勘違いし過ぎ。これは勝たなきゃなんねぇ戦いだ。それこそ多少外道な手ェ使おうがな。違うか?」

 

 睨み付けるようにしてこちらを見ながら宗達は言う。宗達の言うことはわかる。だが、万丈目は納得できない。

 勝つためならば宗達は手段を選ばない。それは彼のデュエルスタイルからも見て取れる。それが彼の選んだ戦い方であり、気に入らないが万丈目はそれを否定するつもりはない。ルールに則った戦い方である以上、勝てないままに彼を批判するのはただの卑怯者だ。

 だが、万丈目にそれは選べない。

 自身の戦いに多くのモノが懸かっていることは理解している。だが、それだけではないのだ。この戦いは、万丈目にとってもっと別の意味がある。

 

「……たとえ、不利な条件であろうと」

 

 絞り出すように、言葉を紡ぐ。

 これは〝誇り〟であり〝矜持〟。万丈目準という人間が、決して譲ってはならないモノ。

 

「それでも俺は、正面から戦い、勝たねばならん」

 

 相手にただ勝つだけでいいなら、それこそ宗達の方法もありだろう。

 だが、今回はそうではない。アカデミアで地を這い、ノース校で這い上がり、再びこの地で戦う万丈目準という存在の証明をしなければならないのだから。

 

「そうでなければ、俺は前に進めんのだ」

 

 いつの間にかおかしくなってしまった、〝家族〟という絆。

 それに、どんな形であれ決着を着けるために。

 

「……プライドなんてしょーもねぇもんを根底に置いてんならやめとけよ。後悔するだけだぞ」

「貴様に言われたくはないが……、そうだな。確かにその通りだ。だが、これは譲れん」

「ならいい」

 

 意外にも宗達の納得はあっさりしたものだった。思わず彼を見ると、どこか楽しげに笑いながら言葉を紡ぐ。

 

「腹括って負けた後の覚悟もした上でそう決めたんなら別にいいだろ。その代わり負けたらボロカス言ってやるがな」

「誰が負けるか!」

「その意気その意気。ま、実際オマエが負けてオーナー変わったら俺は学校辞めてアメリカ行くだろうしな」

 

 肩を竦め、立ち上がる宗達。待て、と万丈目が言葉を紡いだ。

 

「どういう意味だ」

「言葉通りだよ。元々夏からしばらくあっちに行くことになるし。俺が進学したのはあくまでKC社がオーナーであり、I²社が関係してるからってだけだ。そこの縁が切れたら消えるのも道理だろ」

 

 普段の態度や振る舞いからは忘れがちだが、如月宗達はすでにプロライセンスを取得し、アメリカのプロチームに籍を置いている。下部リーグとはいえ、彼の年齢でのそれは破格として一部では有名だ。

 

「んじゃ、行くか。おジャマイエロー持ってんならそれでデッキ組む方がいいだろ」

「……貴様は何を言っているんだ?」

 

 首を傾げる。すると、宗達の方が不思議そうな顔をした。

 

「は? だっているんだろ、カード。集めに行こうぜ」

「貴様は何を言っているんだ?」

「あん? 知らねぇのか? 今のオマエが欲しがってるカードなら、いくらでも井戸の底にある」

 

 聞き覚えのない情報に眉をひそめる。宗達は、ついて来いよ、と言葉を紡いだ。

 

「相談を受けた以上、それなりの手助けはしてやるよ」

 

 果てしなく似合わない言葉を吐く宗達。万丈目は一言、呟くように言った。

 

「……感謝する」

「おう」

 

 友達では、きっとない。

 ――けれど。

 こういう在り方も、良いとは思うのだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 晴嵐大学のデュエリストに、偽物は一人もいない。

 たった一日のことだが、祇園はそれを心の底から理解させられた。通用しなかったわけではない。烏丸澪――かの〝祿王〟と相対した時のような絶望感は感じなかった。

 実際、勝ちを拾うことは何度かあった。だがそれは所詮『拾う』である。

 

(納得した勝ちは一度もなし、か……)

 

 手渡されたスポーツドリンクを口にしつつ、決闘場の隅に座り込みながら祇園は内心で呟いた。記録上の勝利と、心情的な勝利は違う。自身の中でしっかりと形になった確実な『勝利』というものが、一度もなかった。

 

(忘れてたな……こんな気持ち……)

 

 どうしようもないほどに敗北ばかりが続き、自分自身でもどうにもならなくなっていく感覚。こんなものは、久しく忘れていた。

 それを喜ぶべきなのか、それともそうすべきではないのか。それはわからない。

 ただ、一つだけ。

 

(……自惚れてた、なぁ……)

 

 知らず、自分の中に驕りがあった。

〝ルーキーズ杯〟で準優勝し、ノース校との代表戦に選ばれ、セブンスターズとの戦いでは鍵の守護者に選ばれた。

 きっと、自分が強くなったと……勘違いしていた。

 

(……けれど……)

 

 それでも、今の自分の力でどうにかするしかない。

 問題は待ってくれない。ならば、この手にある力だけでそれに立ち向かうしかないのだ。

 

「……凄い……」

 

 不意に、隣から呟くようにな声が聞こえた。自分と同じように座り込んでいる妖花が発した声だ。彼女また、自分と同じように何度も何度も負け、同時に勝利も得ている。

 その彼女の表情は真剣で、その表情には明らかな憧れが宿っていた。

 

「……皆、楽しそう……ううん、違う、充実……? とてもいい空間……そっか、ここはそういう……、中心にいるのは……」

 

 何事かを途切れ途切れに呟いているが、その瞳は中心を捉えて離さない。決闘場の中心――そこにいるのは、アマチュア№1のデュエリスト。

 ――新井智紀。こうして改めて見ると、彼の凄さがよくわかる。

 常に誰かとデュエルし、誰かに話しかけられ、或いは話しかける。主将――きっと、真の意味でそうなのだ。彼はこのチームの中心で、最も重要な存在なのだろう。

 これが、〝強さ〟。

 ならば――自分は?

 

「…………」

 

 自分には、あんな風に人の輪の中心に立つことはできない。

 いつだって必死に、ギリギリで、どうにか立っているだけで。

 輪に加わることさえ、満足にはできない。

 

 両親のこと、セブンスターズのこと、約束のこと。

 少し前まではもっとシンプルで、単純だったことが。

 いつの間にか、自身を絡め取るように複雑となっていた。

 

「――――」

 

 吐息のように零れた言葉は。

 宙に溶け、自分自身にさえも届かない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『い、イエロ~!』

『無事だったのか~!』

『兄ちゃ~ん!』

「おお、感動の再会」

 

 井戸の底で感動――かどうかはわからないが、とにかく再会を果たしたおジャマ三兄弟。その姿を見てどうでも良さそうに拍手をする宗達を横目で見つつ、万丈目は周囲に散らばるカードを一枚ずつ拾い集めていた。

 

(……成程、確かに雑魚カードばかりだ)

 

 森の奥にあったこの枯れ井戸。ここは昔からアカデミア生が使えないカードを棄ててきた場所らしい。そのせいか大量にカードこそ落ちているが、全体的にカードパワーが低い。

 

「で、オマエらいつ振りの再会なんだ?」

『な、なんだお前!』

『なんかざわざわする……』

「失礼だなオイ」

『で、でもこの人私たちを出してくれる人よ~?』

『ホントか!?』

『良い人だ!!』

「物凄ぇ掌返しだな。てかオマエら、俺を見て何とも思わねぇの?」

『別に~?』

「……ふむ、こんなとこに長くいたせいで変に卑屈になってんのか」

 

 聞こえてくるどうでもいい会話を無視しつつ、万丈目は周囲を見る。やはりいいカードはない。

 

「……おい、如月。帰るぞ」

「いいのか?」

「仕方ないだろう。使えないカードしかないんだ」

 

 肩を竦めて言う万丈目。それを聞き、おジャマイエローが焦ったように言葉を紡いだ。

 

『兄さんたち! あの人が私たちを連れ出してくれる人よん!』

『ホントか!? なら頼む! 俺たちを出してくれ!』

『他の奴はどうでもいいから!』

「おお、素晴らしい程に腐った性根」

 

 宗達のコメントが的確過ぎる。同時、周囲からも無数の声が響いてきた。その全てがここから出せという声である。

 ええい、と万丈目が言葉を紡いだ。

 

「鬱陶しい! 全員俺がまとめて面倒を見てやる!」

『万丈目ー!』

「サンダーだ!」

『『『万丈目サンダー!!』』』

 

 大合唱を始める精霊たち。その姿を眺め、宗達は微笑を零す。

 

「……やっぱ、カリスマあるよなぁ」

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 井戸から出ると、十代がこちらへと走り寄ってきた。どうした、と問いかけると十代はカードの束を万丈目へと手渡す。

 

「何だこれは?」

「皆に聞いて回って、カードを分けてもらったんだよ。使ってくれ、万丈目」

 

 そう言って快活に笑う十代。万丈目は一瞬言葉に詰まり、フン、と鼻を鳴らした。

 

「礼は言わんぞ」

 

 そして、万丈目は立ち去っていく。それを見送り、さて、と宗達は呟いた。

 

「……どうなることやら」

 

 その呟きには、どこか楽しげな響きがある。

 ――戦いの時は、近い。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 そして、遂にその日がやってきた。

 アカデミア本校の買収を懸けたデュエル。開始は夕方六時からであり、日も落ち切った時間に行われる。

 

「ほう。目を覚ましたのか?」

『ええ、そうなんです。今医者先生が看てくれてます。面談可能になり次第、ウチか社長か緑さんが面談に行く手筈なんですけど』

「響教諭は戻って来るのか」

『今週中には戻ってきますよ。とりあえず、一段落着けそうですねー。クロノス先生も疲れ溜まってるみたいでしたし』

「それは重畳。……さて、こちらも万丈目兄弟によるデュエルが始まるな」

『そこはあんまり心配してへんのですけどね。とにかく、そちらはお願いします』

「うむ。キミも無理はしないようにな」

『はーい』

 

 電話を切る。そういえば、今日に祇園も戻ってくる予定だったはずだ。定期便の時間からするに、そろそろ着くはずだが。

 

(とはいえ、何と声をかければいいモノか)

 

 声をかけないのが正解だとも思うが、何となく納得できない。まあ、こういう人の機微には自分は強くないので仕方がないとも思うのだが。

 

「――考え事をしている時に限って来客というのは訪れる」

 

 足を止め、振り返る。そこにいたのは、全身を黒で固めた不気味な男。

 この状況でこの威容。まずまともな相手ではない。

 

「名乗りはなしか? ないならば、敵として処理するが」

「――セブンスターズが一角、アムナエル」

「ほう」

 

 セブンスターズ。その名に口角を吊り上げる。正直関わるつもりはなかったが、向かってくるというなら相手をするだけだ。

 

「私は鍵の所有者ではないが……何用かな?」

「貴様に話がある」

「ふむ。私にはキミたちに対する興味はないが……まあ、良かろう」

 

 応じると同時、闇が周囲を包み込んだ。

 ――そして。

 

 後には、誰も残らない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 一人で、歩き出していた。

 定期便でアカデミア本島まで戻りたいと言った妖花と共に戻り、自身の部屋に荷物を置き、万丈目のデュエルを見に行く。

 ただそれだけだった。晴嵐大学の練習に飛び入りで参加したせいで遅くなったが、間に合うはずだった。

 ――けれど。

〝ソレ〟を、見てしまった。

 

「祇園さん?」

「ごめん。先に行っててくれるかな?」

 

 妖花の言葉にそう応じ、祇園は微笑む。妖花は首を傾げつつも、先に行ってくれた。

 

 無力であることを、痛感した。

 己が弱いことを、思い出した。

 ――けれど。

 

 夢神祇園は、こんな風にしか生きられない。

 

 一人、闇の中へと足を踏み出す。

 誰に告げるわけでもなく、少年は一人、戦場へと向かっていく。


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