遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第六十五話 忍び寄る闇、解なき問い

 

 きっと、誰かに聞いて欲しかったのだと思う。

 普段なら抱え込んで、黙り込んで、心の奥にしまいこんでいたはずのこと。

 でも、それはできなかった。

 それほどまでに、心は弱ってしまっていた。

 

「……正直、事故のことは覚えていないんです」

 

 アカデミア本島より本土に戻り、祇園の目的地へと向かう途中の電車内。彼ら以外にほとんど人がいないその場所で、ポツリと祇園は言葉を紡いだ。

 彼と向かい合う形で座っているのは防人妖花と新井智紀だ。片方はどこか不安げに、もう片方は真剣な表情で祇園の言葉を聞いている。

 

「気が付いた時には、僕は一人でベッドで寝ていて。その後、両親が亡くなったと聞かされました」

 

 あの時のことは今でも覚えている。自分一人だけが生き残ったというその事実が理解できず、帰る場所もなくなったのだということも理解できなかった。

 

「それからのことも、断片的に思い出せるだけです。ただ気が付いたら、僕の居場所はどこにもなかった」

 

 温かなモノは、何一つなくて。

 ただただ絶望の日々が、そこにはあった。

 

「……………」

 

 それ以上のことを、祇園は口にしない。否、できないのだ。

 よく口にするだけで楽になるという論理があるが、アレは半分が正解で半分が間違いだ。そもそも口にするという行為が労力を必要とするモノであり、そこで得られる楽というのは問題の先送りによるものでしかないためである。

 そして今回のことは、祇園にとってずっと抱え続けて来たことであり話すことのできなかったこと。そう容易く口にできるモノではない。

 

「……なあ、一つだけいいか?」

 

 新井が、真剣な表情で祇園を見据える。はい、と祇園が頷くと、新井はゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「両親はお前を愛してくれていたのか?」

「……わかり、ません」

 

 愛してくれていた、と思う。けれど、昨日聞いたこと、知ったこと。それを考えると自信はない。

 もしかしたら、両親は――……

 

「他人の家族の問題だ。深入りする気はねぇが。お前だけが生き残ったってのは、お前の両親がオマエを守ったからじゃないのか?」

「…………ッ」

「死人に口なし。だから真実はわからん。お前にわからないことが俺にわかるはずもない。けど、お前が生きてるってのはそういうことだろうと思うぞ。生き残ったのには理由があるんだ。遺されたのには理由があるんだ。そうじゃなくちゃ、いけないんだよ」

 

 後半はまるで誰かに言い聞かせるように言葉を紡ぐ新井。祇園は何も言葉を返せない。返すことのできるだけのモノを、持っていないのだ。

 電車の音だけが、嫌に響く。

 今の祇園には多くの大切なモノができた。しかし、かつての彼は桐生美咲と両親以外に大切なモノ、縋れるモノを持っていなかったのだ。その根底が崩れようとしている今、どうしてもその心には迷いが宿る。

 

 空は、嫌になるほどに蒼い。

 その蒼さがまるで空が自分を責めたてているかのように祇園は思えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 文化祭は初日以上の盛り上がりを見せている。各寮の出し物に始まり、KC社が用意した露店やイベントなど、例年に比べて明らかな違いがある。

 その光景を窓からぼんやりと眺めるのは、〝祿王〟の名を持つ女性――烏丸澪。その視線は現在、ステージ上で熱唱する一人の少女へと向けられている。

 

(プロの鏡だな、美咲くんは)

 

 仕事である、と言ってしまえばそれまで。だが、実際にそれができる者は多くない。人間である以上感情があり、感情がある以上割り切ることは難しい。

 だがそれでも、今の彼女はステージにおいて〝アイドル〟となっている。きっと誰よりも見て欲しいかったであろう相手がそこにいなくとも、それで手を抜くことはない。

 

(ならば、私も負けてはいられんな)

 

 少年のことは気がかりだ。あの男――祇園の叔父はあの後連行されたと聞いたが、そう容易く決着がつくような話ではない。ああいう手合いと縁を切るのは何よりも難しいのだ。

 だが、現状彼のために出来ることがないのも事実。ならば、今は己の務めを果たすだけだ。

 

「――お待たせして申し訳ない」

 

 扉が開く音と共に、そんな声が聞こえてきた。振り返ると、そこにいるのはスーツを着た二人の男性。

 万丈目長作。

 万丈目正司。

 現在急成長中の万丈目グループを仕切る兄弟だ。聞けば現在オシリスレッド寮に所属する万丈目準は彼らの弟らしい。澪としてはどうでもいいが。

 

「お待ちしておりましたノーネ」

 

 それを迎え入れたのは、アカデミア本校技術指導最高責任者クロノス・デ・メディチ。先のセブンスターズが一角、カミューラとの戦いで傷つきながら、教師としての責務を果たしている。

 

「〝祿王〟殿、お会いできて光栄です」

 

 クロノスと握手を交わした長作がそう言って澪に手を差し出してくる。だが澪はその手を一瞥すると、小さく微笑を浮かべた。

 

「その手を取るのは、この会談がまとまってからとしましょう」

「……成程、わかりました」

「そちらもお忙しい身と存じます。不要な前置きは抜きに、本題に入りましょうか」

 

 そう言うと、澪は先にソファーへと腰かける。クロノスが続き、向かい合うように万丈目兄弟もソファーへと腰かけた。

 

「それではビジネスの話といきましょう。要件は既に聞き及んでおられますか?」

「影丸理事長より委任を受け、また、療養中の鮫島校長の代理としてこのクロノス・デ・メディチ、既に話は承っているノーネ」

「海馬オーナーの依頼により、その代理として今回の件について全権を預かっている」

「ならば話は早い」

 

 そう言ったのは正司だ。澪はそんな彼に、結論から言おう、と言葉を紡いだ。

 

「『アカデミア本校の買収』――海馬社長は条件次第でそれに合意すると仰っています」

「条件、とは?」

「ここはデュエルの学び舎。ならばその管理者にも相応の実力が必要となる、というのが海馬社長の言です。――よって、デュエルでの決着をつけたいと考えています」

 

 澪が言うと同時に、クロノスが大きな茶封筒を机の上に置く。そこに納められているのは買収における契約書だ。

 

「金額や引き継ぎなどの話は既に行われている点より変更はありません」

「成程。その条件呑みましょう」

「話が早くて助かります」

 

 一礼する。さて、何も言われなければこのまま自分が相手になるという面倒な話となるのだが――

 

「しかし、デュエルというのであれば一つこちらからも条件を出させて貰いたい」

「条件?」

「デュエル自体に異存はありません。しかし、私も弟である正司もデュエルの素人。よってハンデを頂きたい」

「ハンデとは?」

 

 クロノスが問う。すると、長作は頷いて一枚の写真を取り出した。そこに写っているのは、見覚えのある一人の少年。

 

「私のデュエルの相手は弟であるこの万丈目準。そしてメインデッキのモンスターたちの攻撃力は全て500以下で統一してもらう」

「なっ、何を無茶な――」

 

 声を上げるクロノスを手で制する。澪は長作を見据え、良いのですか、と問いかけた。

 

「彼は家族なのでしょう?」

「万丈目に役立たずは必要ありません。ここで私に負けるようなら、アカデミアに入った意味もなかったというだけのこと」

「おや、彼が負けた方があなた方にとって都合が良いのでは?」

「だからこそ準を指名するのです。まあ、準にその覚悟があればですが」

 

 ふっ、と笑みを零す長作。わかりました、と澪は頷いた。

 

「もし彼がこの話を断った場合、私が同条件で相手を致します。ただその場合、契約面でいくつかそちらに有利な条件を加えさせていただくこととなるでしょうが」

「ありがとうございます」

 

 そう言うと立ち上がる長作と正司。その二人へ、澪は一つだけ、と言葉を紡いだ。

 

「あなた方にとって、〝家族〟とは何ですか?」

「……万丈目グループは、今や万を超える社員を抱えています。我々はその社員全員に対し重い責任がある。彼らの人生を我々は背負わなければならない。なればこそ、万丈目に役立たずは必要ないのです」

 

 そして、万丈目兄弟が部屋を出て行く。澪は一度息を吐くと、クロノス教諭、と言葉を紡いだ。

 

「社長への連絡をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「む、任されたノーネ。シニョーラ烏丸は……」

「私は万丈目くんのところへ行ってきます。彼がどういう決断をするか、この目で判断したい」

 

 そして、澪もまた部屋を出る。

 ――〝家族〟。

 考えもしなかったその言葉が、嫌に重くのしかかる。

 

「……〝家族〟とは、どういうものなのだろうな」

 

 答えは、出ない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 久し振りに訪れたその場所は、何も変わっていなかった。

 申し訳程度の小さな墓。そこに、祇園の両親は眠っている。

 

「…………」

 

 両手を合わせ、目を閉じている祇園。それを遠目に見守りながら、妖花と新井の二人は待っている。

 彼が何を想ってずっとああしているのか。それはわからない。わかろうとしてはいけない。それは彼だけの想いであり、他人が立ち入ってもいい話ではないはずだからだ。

 だから口を出すつもりはない。ただ見守るだけだ。

 

(……おかしい)

 

 だが、今彼女の目に映る光景は疑問を抱かせるのに十分だった。

 防人妖花は当代において最高とまで謳われる力を持つ巫女である。本人に自覚はないが、本来知覚は出来ても触れることはできないはずの精霊と難なく触れ合い、言葉を持たぬ精霊たちとさえ意志を通じ合わせるその力は最早異常である。

 だからこそ、その光景が異質に映る。

 

(何も……ない?)

 

 彼女たちがいるのは墓地ではなく、事故があったという場所だ。彼女たちが来た時には山中に関わらずすでに花が供えてあった。おそらく事故にあった者の遺族が供えたのだろう。

 故に、おかしい。

 ここには何の気配もない。事故である以上、それは理不尽なモノだったはずだ。ならばここには相応の怨念が残っていなければならない。

 なのに、ない。

 ここには、何も――……

 

(祇園さんのご両親は……)

 

 子供を遺していくのだ。無念があったはず。心残りがあったはず。

 ならば、その残滓が無ければならない。何もないなどということはありえないのだ。

 そう、それこそ電車内で祇園が言っていた懸念が的中でもしていない限り――

 

 

「……すみません、お待たせしました」

 

 

 考え込んでいたためか、祇園が戻ってきたことに気付かなかった。慌てて頷くと、いいのか、と隣で新井が問いかけてくる。

 

「納得、できたのか?」

「いえ……」

 

 力なく首を振る祇園。だろうな、と新井は頷いた。

 

「答えなんて早々出るもんでもないだろ。……抱えて進めよ。しんどいだろうけど、多分、それが大人になるって事だ」

「……はい」

「辛くなったら言えばいい。大したことはできねぇが、手ェ貸すくらいならしてやれる」

 

 軽く祇園の肩を叩く新井。祇園ははい、と小さく頷いた。

 その姿からは、いつものような雰囲気は感じられない。それが妖花を更に不安にさせる。

 

「妖花さんも、ありがとう」

 

 そう言った、彼の笑顔は。

 今にも壊れそうなほど、弱々しかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目当ての人物は、レッド寮で片付けを行っていた。悪態を吐きつつも片付けをしている姿はどことなく楽しそうにも見える。

 だからこそ、面倒だ。

 今から自分がすることは、そこに水を差すことなのだから。

 

「少しいいかな、万丈目くん」

「……む?」

 

 声をかけると、万丈目は怪訝そうな表情を浮かべた。当たり前だ。彼にこんな風に声をかけるのは初めてのことだし、そもそも二人で会話をすることさえない。

 

「あれ、澪さん? どうしたんだ?」

「十代くんか。大したことではないよ。何ならキミも聞けばいい。この学校の生徒である以上、キミも無関係ではないのだから」

 

 こちらに近付いてくる十代へとそう言葉を紡ぐ。すると、周囲にいたレッド寮の生徒たちもこちらへと注意を向け始めた。

 澪は一度息を吐くと、真っ直ぐに万丈目へと視線を向けた。そのまま、静かに告げる。

 

「万丈目準。アカデミア本校オーナー、海馬瀬人の代理としてキミに依頼がある。一週間後、アカデミア本校の買収を賭けてキミにデュエルをしてもらうこととなった」

「なっ……!?」

「ば、買収!?」

 

 二人が驚きの声を上げ、同時に周囲がざわめく。澪はそれを制止することはせず、更に言葉を続けた。

 

「相手は万丈目グループ取締役、万丈目長作。このデュエルでキミが負ければ、アカデミア本校のオーナー件は万丈目グループに移ることとなる」

「兄さんが……」

「また、相手が素人ということもあり、ハンデとしてキミのメインデッキは全てのモンスターを攻撃力500以下で構成することになっている」

 

 先程の会談で結んだ条件を告げる。ざわめきが更に酷くなった。

 唇を噛み締める万丈目。そんな中、ちょっと待てよ、と周囲から声が上がった。

 

「万丈目グループってことは、万丈目の家族だろ? アカデミアの権利賭けて家族でデュエルするなんておかしくないか?」

「そういえばそうだな……。どうしてわざわざ万丈目に?」

「まさか、万丈目の奴――」

 

 ――わざと負ける気なんじゃないか?

 

 誰かがそう言ったわけではない。だが、周囲にそんな空気が流れる。

 万丈目は言い返さない。俯き、拳を握りしめている。

 

「万丈目……」

 

 十代がその名を呼ぶが、万丈目は応じない。澪はただ、と言葉を紡いだ。

 

「キミが断るというのであれば、私が代わりに出ることとなっている。交渉が少々難航するだろうが……まあ、その程度ならば問題はない。問題はキミ自身の気持ちだ」

 

 俯くままの少年に、澪は言う。

〝家族〟――それは幾多の形があるからこそ、時として何よりも重い鎖となる。

 

「相手は兄弟であり家族だ。キミはこの戦いに挑むだけで、多くのモノを賭けることとなる。敗北すればキミは兄弟と内通し、わざと負けたのだと蔑まれるだろう。勝利したとしても、キミはキミの兄弟との間に何かしらの疵を残すこととなる」

 

 おそらく、あの兄弟はそこまで考えて万丈目を指名したのだろう。成程確かに優秀だ。身内相手でも容赦なく弱みを抉るその在り方は、経営者として実に正しい。

 彼は一度、兄弟から見限られている。その失ったモノを取り戻したいと考えるなら、どうしても迷ってしまう。勝とうが負けようが彼にとっての旨みは少ない。

 

(とはいえ、あの口振りからするにわざと負けでもすれば完全に見限るだろうが)

 

 人格は興味もないし知らないが、経営者としてのあの男は大した器だ。ここで万丈目が兄弟のためと無様を晒せば、あの男は容赦なく万丈目を切り捨てるだろう。

 

(後は、彼自身が〝家族〟をどう思っているかだ)

 

 縋りたいと、寄りかかりたいと思っているのか。

 いつかは巣立つ場所と、そう考えているのか。

 

「私にも準備がある。本来なら数日置いてから返事を、といきたいところだが、今日この場で答えを聞かせて欲しい」

「……俺は」

「無理だと言うなら断ってくれても構わないさ。それもまた選択だ。逃げることは恥ではない」

 

 リスクとリターンを天秤に掛ければ、正直ここは断るのが最もクレバーな選択だ。大人の対応とはそう言うことである。

 ――しかし。

 それで納得できるなら、彼はそもそもこの場所にはいないはずだ。

 

「――やらせて、ください」

 

 万丈目は、そう言葉を紡いだ。

 未だ迷いは消えぬ中。それでも、その選択をした。

 

「……キミの勇気と誇りに、敬意を表する」

 

 彼が戦うと決めたなら、自分の役目はここで終わりだ。澪は万丈目に背を向け、言葉を紡ぐ。

 

「――キミにとって、〝家族〟とは何だ?」

「……認めさせたい、相手です」

 

 成程、と思った。それが彼の答えか。

 ありがとう、という言葉を残し、澪は立ち去る。

 

 ――家族。

 切り捨てて来たモノの意味を今更考える自分に、澪は苦笑した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 真っ暗な闇の中。何故かこれが夢だとわかった。現実味がない世界に、一人佇んでいる。

 ――光が、あった。

 それは温かな光。けれど、触れることのできない光。

 

 そこに映っているのは、幼き日々の記憶。

 暖かな両親と共に在る、もう過ぎ去ったモノ。

 

 その世界の自分は、笑っていた。

 両親もまた、笑っている。

 

 けれど、その記憶が自分にはない。

 覚えはある。しかし、はっきりとは思い出せない。

 ならばこれは、己にとって都合のいい夢なのではないだろうか。

 

「ごめんなさい」

 

 不意に、声が聞こえた。

 聞き覚えのある声。けれど、声の主の姿は見えない。

 

「ごめんなさい」

 

 その声は、ただひたすらに繰り返す。

 己自身を責めたてるように、呪詛のように繰り返す。

 

「ごめんなさい」

 

 声の主が泣いていることがわかった。けれど、今の自分にはどうすることもできない。

 世界が、再び闇に閉ざされる。

 意識もまた、闇に染まって――……

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 目を覚ますと、滝のような汗が全身を濡らしていた。周囲に人の気配はない。深夜三時。流石のKC社もこの時間は眠っているようだ。

 

「…………ッ」

 

 膝を抱え、俯く。誰もいないというのは当たり前のことで、いつものこと。

 なのに、どうしてか。

 今日だけは、心が砕けそうだった。

 

「どうしたらいいんだろう……?」

 

 今までは、理不尽であろうと不条理であろうと道が見えた。

 どうにかこうにか、前に進めた。

 けれど、今は。

 ――どこが前かさえ、わからない。

 

「……僕は……」

 

 

 少年は、気付かない。

 たった一人でも、今にも折れそうな心でも。

 それでも、〝助けて〟とは言わない己自身に。

 彼は……気付かない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 祇園の墓参りの時から、違和感があった。

 防人妖花――当代最高峰の力を持つ巫女。彼女は最早その存在の半分が精霊と同化していると謳われるほどであり、だからこそ神降ろしさえも可能とする。

 その彼女の感覚と、彼女を守る精霊たちが告げている。

 ――敵意。

 ここに、こちらに害成す敵がいると。

 

「…………」

 

 澪から選んでもらった服を着、妖花はKC社の屋上に佇んでいた。本来なら今日中に大阪へ戻る予定だったのだが、時間の関係でKC社の仮眠室を借りることとなったのだ。

 とはいえ、これは表向きの話。妖花と祇園は知らないが、例の祇園の親族がウエスト校に訪れたという話がある。今の状況で接触させるのはよくないとしてKC社に泊まる判断が下されたのだ。最悪二人が大阪で暮らしていた澪のマンションも見つけ出されている可能性がある。

 だが、今の妖花にはそんなこと関係ない。今の彼女は祇園の後輩であり同居人としての防人妖花ではなく、〝巫女〟としての防人妖花としてここに立っている。

 

 キィ、と扉が軋む音が響いた。

 振り返る。そこにいたのは一人の女性だ。見覚えがある。KC社の職員だったはず。

 

「――忌々しい〝防人〟の血め。まだ我の邪魔をするか」

「あなたのような存在を封じ、滅する。それが私の役目です」

 

 雨の音が響く。――いつしか、雨が降り出していた。

 だが、妖花の身体が濡れることはない。いつの間にか周囲に現れた無数の精霊たち。その加護が、彼女の身体をあらゆる外界の脅威から拒絶する。

 

「あなたが何者かは知りません。しかし、祇園さんに悪意を向けるのであれば。人に害成す怨霊であるならば。防人妖花の名において、見過ごすわけにはいきません」

 

 12歳の少女はそこにはいない。在るのはただ、人が紡ぎ上げた一つの奇跡。

 

「――ほざくな、虫けら」

「―――――ッ」

 

 闇が溢れ、精霊たちが怯む。ここにいるのは一体一体は力の弱い精霊たちだ。だが、妖花を守る意志を見せる彼らはかなりの数がいる。

 それを、たった一人で。

 この〝悪意〟の源泉は、一体なんだというのか。

 

「あなたが何者であろうと、私のやるべきことと役目は変わりません」

 

 息を吸い、デュエルディスクを取り出す。あちらもすでに準備は終えている。

 そもそも言葉でどうにかできるレベルの相手ではない。ならば、力で封じる。

 だが、相手はこちらの言葉を聞くと手を顔に当てて笑い始めた。雨音が強くなる中、女性の哄笑が響き渡る。

 

「くっ、ははっ!! はははははッ!! そうか知らぬのか!! 何と滑稽な!! 何と愚かな!! 己が対峙するモノが何なのかを知らぬとは!! それも依りによって貴様が知らぬとは!!」

 

 醜悪に笑う、眼前の女性――否、怨霊。

 声が、姿がただの女性であっても。

 その身に纏う暴力的な悪意と闇は、敵と断ずるに十分なモノ。

 

「どういう意味ですか?」

「それをわざわざ説明する義理があると思うか、虫けら?」

 

 こちらを嘲笑う怨霊。わかりました、と妖花は頷いた。

 

「私は自身の役目を果たします」

「いいだろう。来るがいい」

 

 敵は怨霊であり、こちらに悪意と敵意を向けるモノ。ならば、防人妖花の役目は一つ。

 

「「決闘!!」」

 

 在るべき魂を、在るべき場所へ。

 御霊封神。いざ参らん。

 

「私の先行、ドロー! 『魔導書士バテル』を召喚! 効果発動! デッキより魔導書を一枚手札に加えます! 『グリモの魔導書』を手札に加え、更に永続魔法『魔導書廊エトワール』を発動! エトワールは魔導書が発動するごとにカウンターが乗り、また、破壊された時に乗っているカウンター以下のレベルを持つ魔法使いを手札に加えます! そしてグリモの魔導書を発動し、フィールド魔法『魔導書院ラメイソン』を手札に加え、発動!」

 

 魔導書士バテル☆2水ATK/DEF500/400→700/400

 魔導書廊エトワール0→2

 

 圧倒的な蔵書量を誇る書廊と魔導書の力の中心である塔が出現する。妖花は更に、と言葉を紡いだ。

 

「装備魔法『ワンダー・ワンド』をバテルに装備! ワンダー・ワンドの効果により、バテルを墓地に送って二枚ドロー!」

 

 フィールドががら空きとなるが、この場合は仕方がない。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンドです」

「くっく、がら空きとは。殴ってくれということか? ドロー!」

 

 相手がカードを引く。正体不明の敵――その力は、如何程のモノか。

 

「手札より、『ヴェルズ・サンダーバード』を召喚!」

 

 ヴェルズ・サンダーバード☆4闇ATK/DEF1650/1050

 

 現れるのは、闇に浸食された一羽の怪鳥。バトルだ、と怨霊が宣言した。

 

「サンダーバードでダイレクトアタック!」

「させません! 罠カード『聖なるバリア―ミラーフォース―』を発動します!」

「無駄だ! サンダーバードの効果を発動! 魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した際、このモンスターを除外することができる!」

 

 聖なる輝きが怪鳥を討ち抜こうとした瞬間、怪鳥が姿を消した。ミラーフォースは不発となる。

 

「サンダーバードはこの効果で除外された時、次のスタンバイフェイズに帰還し、攻撃力が300ポイントアップする」

 

 事実上破壊不可の1950アタッカー。強力であり、凡庸性も高い。

 

「カードを二枚伏せ、ターンエンド」

「私のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、ラメイソンの効果によりグリモの魔導書をデッキの一番下へ戻し、一枚ドローします!」

「同時にサンダーバードが戻ってくる」

 

 ヴェルズ・サンダーバード☆4闇ATK/DEF1650/1050→1950/1050

 

 事実上の耐性持ちアタッカー。成程、強力だ。

 ――だが。

 

「私は手札より『魔導書庫エトワール』、『セフェルの魔導書』、『ヒュグロの魔導書』の三枚を見せ、『魔導法士』を特殊召喚!」

 

 魔導法士ジュノン☆7光ATK/DEF2500/2100→2700/2100

 

 高位の魔導師が降臨する。その瞬間、相手の伏せカードが発動した。

 

「罠カード発動! 『強制脱出装置』!」

 

 問答無用で相手モンスター一体を手札に戻す強力なカード。だが――

 

「させません! 速攻魔法『トーラの魔導書』! このターンジュノンは罠カードの効果を受けません!」

 

 魔導書庫エトワール2→4

 魔法・罠のいずれか一つから魔法使い族モンスターを守る効果を持つ速攻魔法。その効果により、ジュノンが守られる。

 

「ならばチェーン発動だ。ヴェルズ・サンダーバードを除外する」

 

 姿を消す怪鳥。バトル、と妖花は言葉を紡いだ。

 

「ジュノンでダイレクトアタック!」

「ふん――」

 

 ???LP4000→1200

 

 相手のLPが大きく削り取られる。成程、と相手は言葉を紡いだ。

 

「中々やるようだ」

「エトワールを発動し、私はターンエンドです」

「ドロー。スタンバイフェイズ、サンダーバードが戻ってくる。『闇の誘惑』を発動。チェーンによりサンダーバードを除外。カードを二枚ドローし、『召喚僧サモンプリースト』を除外する。そして場にモンスターが存在しないため、『インヴェルズの魔細胞』を特殊召喚。更に魔細胞を生贄に捧げ、インヴェルズ・ギラファを召喚!」

 

 インヴェルズの魔細胞☆1闇ATK/DEF0/0

 インヴェルズ・ギラファ☆7闇ATK/DEF2600/0

 

 現れるのは、異形の姿をした悪魔。向き合うだけで根源的な恐怖を感じさせる『ソレ』が、牙を剥く。

 

「ギラファの効果だ。召喚時、相手フィールド上のカードを一枚墓地へ送り、LPを1000回復する。ジュノンを墓地へ送る」

「ジュノン!」

「――さあ、滅びろ」

 

 ジュノンの姿が消え、ギラファの一撃が妖花へ迫る。闇の力が、巫女へと襲い掛かる。

 

 ???LP1200→2200

 妖花LP4000→1400

 

 LPが逆転する。更にこれは闇のゲームだ。今の一撃は、常人であれば容易く意識を奪うことさえ可能なモノ。

 ――だが、ここにいるのは常人ではない。

 

「……貴様」

 

 人が闇に立ち向かうため、光を使うために脈々と受け継ぎ、磨き上げてきた存在。

 当代に並ぶ者なき、最高峰の才能だ。

 

「――――」

 

 無傷。

 傷一つ追わず、その巫女は立っている。

 

「ふん。何も知らぬ身とはいえ、巫女は巫女か――」

「――私のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、ラメイソンの効果でトーラの魔導書をデッキの一番下へ戻して一枚ドロー」

「スタンバイフェイズ、サンダーバードが帰還する」

 

 手札を見る。今、自分にできることは。

 

「手札より魔法カード『名推理』を発動します! 相手はレベルを一つ宣言し、デッキをめくっていき宣言されたレベル以外の通常召喚可能なモンスターが出た時特殊召喚できます!」

「宣言するのは――7だ」

 

 レベル7。魔導に対しては切り札のジュノンのレベルということもあり妥当な選択だ。

 妖花はデッキトップに手をかける。果たして――

 

 捲られたカード→グリモの魔導書、アルマの魔導書、魔導書院ラメイソン、ネクロの魔導書、――そして、ブラック・マジシャンガール!!

 

「ブラック・マジシャン・ガールを特殊召喚!!」

 

 ブラック・マジシャン・ガール☆6闇ATK/DEF2000/1700→2400/1700

 

 魔法使いの弟子が降臨する。更に、と妖花は言葉を紡いだ。

 

「『セフェルの魔導書』をヒュグロの魔導書を見せ、発動! 墓地のグリモの魔導書の効果をコピーし、『魔導書庫エトワール』を手札に加え、発動! 更にヒュグロの魔導書を発動!」

「チェーン発動だ! サンダーバードを除外する!」

 

 ブラック・マジシャン・ガール☆6闇ATK/DEF2000/1700→3800/1700

 魔導書庫エトワール3→5

 魔導書庫エトワール0→2

 魔導書庫エトワール0→1

 

 これでギラファを上回った。バトル、と妖花は宣言する。

 

「ブラック・マジシャン・ガールでギラファを攻撃! ヒュグロの魔導書の効果により、デッキからネクロの魔導書を手札に! ターンエンドです!」

 

 ???LP2200→1000

 

 手札には『速攻のかかし』がある。万一の場合でもどうにかなるだろう。

 

「くっく、やはり貴様は天敵だ。だが――貴様では俺には勝てない。俺のターン、ドロー! 魔法カード『悪夢再び』! 墓地のギラファと魔細胞を手札に加え、更に『モンスターゲート』を発動! サンダーバードを生贄に捧げ、デッキをめくり――『インヴェルズの万能態』を特殊召喚!」

 

 インヴェルズの万能態☆2闇ATK/DEF1000/0

 

 二体分の生贄素材となる効果を持つモンスター。更に、と敵は続ける。

 

「『手札断殺』だ。互いに手札を二枚捨て、二枚ドロー」

 

 マズい、と思った。これでは、このままでは――

 

「手札より『死者蘇生』を発動。インヴェルズの魔細胞を蘇生。――随分と待たせたな。これで終わりだ。万能態を二体分の生贄とし、合計三体の生贄を捧げ――『インヴェルズ・グレズ』を召喚!!」

 

 インヴェルズ・グレズ☆10闇ATK/DEF3200/0

 

 現れたのは、圧倒的な力を持つ存在。

 破壊と絶望の、根源。

 

「グレズの効果を発動!! LPを半分支払い、このカードを除く全てのカードを破壊する!!」

 

 ありとあらゆる全てを粉砕する力。決着が見えた。これで終わりと、敵は思った。

 ――だが、ここにいるのは闇を打ち払う使命を帯びた一人の〝巫女〟。

 

「――破壊されたエトワール三枚の効果を発動」

 

 相手がどれほど強大であろうとも。

 闇がどれほど深くとも。

 その全てを鎮め、浄化し、或いは滅するために。

 

「乗っていたカウンター以下のレベルを持つ魔法使い族モンスターを手札に加えます」

 

 彼女が背負った加護という名の〝業〟は、ここで潰える程に軽くはない。

 

「手札に加えるのは、『封印されし者エクゾディア』、『封印されし者の右腕』、『封印されし者の左足』」

 

 当代、最高峰。

 並ぶ者なき無双の才覚。

 そして、その彼女に加護を与えるのは。

 

「勝利の条件は――決着の条件は、ここに揃いました」

 

 

 封印されし者エクゾディア☆?闇Atk/DEF???/???

 

 

 最強にして絶対の存在。

 故に、彼女は〝巫女〟と呼ばれる。

 

「き、貴様ァァァァッッッ!!」

 

 絶叫を掻き消すように。

 巫女の言葉が空を裂く。

 

 

「エクゾード・フレイム!!」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 残っているのは、気を失って倒れている一人の女性だけ。後は澪に連絡を入れて手を回してもらう方がいいだろう。自分ではこういったことの事後処理はできない。

 

『…………』

 

 三つの目を持つ毛玉の悪魔が、心配そうにこちらを見つめている。彼だけではない。無数の精霊が、自分を取り囲むようにしてこちらを見ていた。

 普段なら彼らを心配させないようにと笑って見せるのが防人妖花という少女だ。だが、今の彼女には敵の最期の言葉のことだけしか浮かばない。

 

〝己が何者かも知らず、何者に守られているのかも知らず、何がために生きているかも知らず。

 滑稽だ――これを喜劇と呼ばず何という!? 最大の懸念が、よもやこんな形で払拭されるとは!!〟

 

 アレは断片だ。本体ではない。故に、今回の勝利で得られるモノは多くなかった。

 

〝絶望は近いぞ、巫女よ。今や貴様らの希望の一つは潰えた。我が潰した。世界は闇に包まれる〟

 

 足掻け、と奴は言った。

 嘲笑うように、ただ、奴は。

 

〝――世界は終わる。我が終わらせる〟

 

 そして、奴は哄笑と共に消えていった。遺されたのは倒れている女性だけだが、彼女に何かを聞いても得られる情報はないだろう。

 

「皆は、何か知っているんですか……?」

 

 問いかける。だが、返答はない。

 言葉を紡げる精霊もいるし、言葉を紡げずとも直接脳に語りかける力を持つ精霊もいる。そもそも妖花は精霊に触れることができ、更に人の言葉を持たぬ精霊とさえ心を通じ合わせることができるのだ。

 しかし、今は何の言葉も聞くことはできない。

 ――沈黙。

 それが、精霊たちの答え。

 

「聞かないように、してきました。お父さんのことも……お母さんのことも」

 

 物心ついた時、彼らはすでにいなかった。僅かに覚えているのは、自分の面倒を見てくれた男女。

 彼らが両親なのかもしれない。だが、妖花の中に両親との思い出はないのだ。

 知りたいとは思っていた。けれど、誰も教えてはくれなくて。

 聞いてはいけないのだと……そう、思うようになった。

 

「教えてください」

 

 精霊たちに、呼びかける。

 だが、返答は……沈黙。

 彼らはただ真摯に、申し訳なさそうにこちらを見つめているだけ。

 

「…………」

 

 そして、折れたのは妖花だった。ごめんなさい、と一言呟き、精霊たちに背を向ける。

 バタン、という扉が閉まり切る音が響き渡るまで、精霊たちはずっとその少女の背中を見つめていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 PDAを机の上に置き、〝祿王〟と呼ばれる女性は息を吐いた。本当に、厄介だ。

 力持つ者の責務。それは確かにあるだろう。だがそれは、生まれついてのモノなのか、後天的に手に入れたモノなのかで大きく形が変わる。

 あの少女は前者だ。生まれそのものに背負った〝業〟があり、因果がある。

 

「……全く、次から次へと」

 

 再び息を吐く。彼女がいるのはアカデミア本島にある廃寮だ。厄介そうな気配を感じたため、面倒と思いつつも訪れた。

 そして――遭遇した。

 おそらく、向こうで彼女が遭遇したのであろう存在と同種のモノと。

 

「説明はしてくれるのかな、美咲くん?」

「……後悔しますよ?」

 

 そこにいるのは、眠るようにして床に横たわる女生徒に自身の上着を着せた少女――桐生美咲だ。彼女の表情は、どこか諦めを含んでいる。

 

「大方、精霊絡みの厄介事だろう? 私とてできれば関わりたくはないが、妖花くんが絡んでいるなら無視はできん。一応、私は彼女の保護者だ。それに、私は藤堂姉弟とも縁がある。……最近まで、その縁の意味は知らなかったがな」

 

 苦笑する。世間は狭い。本当にそう思う。

 だが逆に、だからこそ目の前の少女は特異だ。彼女を中心とするいくつもの縁。それはどうにも不自然で、曖昧なものに見えてしまう。

 桐生美咲。この少女は、己の存在の根底にあるモノを他者に見せない。

 

「〝悲劇〟と、そう呼ばれる存在がいました」

 

 彼女は、語る。

 

「絶望の存在、破滅の未来を紡ぐ、終焉そのもの。……私は、何としても〝三幻魔〟の完全復活を阻止しなけれならないんです」

 

 ――未来のために。

 彼女は、凛とした声で言い切った。

 

「……全く、誰も彼も本当に」

 

 呆れと嘆きを言葉に載せて。

 烏丸澪は、言葉を紡いだ。

 

「どうして、自身の身を切ろうとする?」

「それは、澪さんならわかるでしょう?」

 

 その言葉に、どうだろうなと首を振り。

 厄介なことになってきたと、呟いた。











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