遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々― 作:masamune
吸血鬼カミューラ。曰く、『最も残酷な七星』との戦いは終わった。
人形にされた三人は元に戻り、奪われた鍵も取り戻した。一度鍵を奪われた夢神祇園も鍵を取り戻し、現状三人の敵を討ったこととなる。
これらを聞けば守護者たちの勝利のように思える。だが、彼らの表情は優れない。
「ダメージステップのルールについてはちゃんと確認できてるやんな? 今までは『禁じられた聖杯』や『収縮』、『オネスト』に代表する攻撃力・守備力の増減するカードの発動ができたけど、新しいルールではこれが開始時に限定されるようになったよ」
教壇の上から新たに変更されたルールについて説明するのは桐生美咲だ。今朝方アカデミア本当に着いた彼女は祇園たちの安否を確認した後、こうして本来の職務を全うしている。どんな心境だろうと職務をこなさなければならないのは、未成年とはいえ社会人である以上仕方がない。
(欠席は祇園と侍大将の二人。祇園はともかく、侍大将は安否不明か……)
空席へと視線を送り、内心で呟く。祇園は傷のこともあって様子見だが、如月宗達は違う。彼は昨夜、崩壊する城と共にその姿を消した。
澪曰く、彼の側にいた精霊――ヤリザの姿も見えなくなっているとのこと。その精霊のことは知らないが、精霊が姿を消すというのは相当のことであるのだろう。
(殺しても死なへんタマやし、どこかで生きてるとは思うけど)
彼の執念と肝の据わり方は異常だ。それこそ美咲が知るあの場所で明日なき日々を生きていた彼らのように。
貪欲で、必死で。生きていくことに対して執着する。
だが、だからこそ姿を消しているのは妙だとも言える。
(後で相談してみよかな)
精霊たちは彼と関わることを嫌がるが、あんな問題児でも生徒だ。それに祇園の友人でもある。放置はしたくない。
「ダメージステップ開始時とダメージ計算時、それぞれどっちで発動できるかは確認しておいた方がいいよ。前者で有名なのが『オネスト』、後者で有名なのが全日本ランキング第三位、藤堂プロが使う『武神器―ハバキリ』やな」
とりあえず、今日の重要な部分はここで終わりだ。いつもならこの後テストを行うのだが、今日はやめておこうと思う。欠席者もいる上に、今回の戦いに関わっている者たちの表情がどうにも暗い。
特に遊城十代が深刻だ。どうにも思い詰めた表情をしているように思う。
(まあ、しんどいのは当たり前やな)
そもそも彼らはまだまだ若い。命のやり取りなど想像もしていなかったはずだ。それが立て続けにこのような目に遭えば辛いモノがあるだろう。
「とりあえず、今日はここまで。いつもやったらテストやけど、今日は予定変更や。――澪さん」
「む、どうした?」
美咲の言によってざわつく教室の中、文字通りの教室の隅で何やら本を読んでいた烏丸澪が顔を上げながらそう応じてきた。美咲は頷きつつ、折角なので、と言葉を紡ぐ。
「何かアドバイスでもお願いします」
「……アドバイス?」
澪が怪訝な表情をしつつも立ち上がり、教壇の方へと歩いてくる。教室の生徒たちはそんな彼女を静かに見つめていた。
「アドバイスとはまた難しいことを私に要求する。私が語れるようなことなど多くはないが……」
「んー、それやったら授業とかでも」
「授業、か。――ならば、こうしよう」
一瞬考えた後、澪は小型のデュエルディスクを取り出した。市販のモノと比べてかなり小さい、まだ試作段階の一品だ。
そこへデッキを差し込み、カードを引く澪。そのまま、さて、と彼女は言葉を紡いだ。
「全員、デッキは持っているな? 実際のデュエルと同じようにカードを引け。そして、レポート用紙に今の五枚とドローカード、合計六枚を書き写せ」
教室中にざわめきが広がるも、彼らは言われた通りに準備をする。澪はそして、と言葉を紡いだ。
「私はモンスターをセット、カードを二枚伏せる」
ソリッドヴィジョンにより、合計三枚のカードが出現する。それを確認し、それでは、と彼女は言葉を紡いだ。
「デュエル相手は私、そしてキミたちは後攻であるという仮定でそれぞれの手札からどう動くかを書いていくんだ。その際生じるリスクや私の伏せカードについても考え得ることを書いていくように」
そう言うと、澪は教壇にある椅子へと腰を下ろした。未だざわめく教室。澪は本を取り出しつつ、いいか、と静かに告げる。
「強くなるために必要なのは思考を停めないことだ。思考停止は死に直結する。考えろ。考え続けろ。何度も何度も思考を続け、それでようやく相手と対等になれる。思考停止と理解は違う。キミたちの中の何人がプロというモノを現実として考えているのかは知らんが、プロになるということは私とも戦うということだ。更に言えば、私を倒すということでもある」
考えてみろ、と澪は言った。
興味を失ったように再び本へと視線を落としながらも、声には聞く者を惹きつける重さを乗せて。
「それでも私に勝てないと思うなら、それはただの思考停止だ。考えて、足掻いて、這い蹲って。それでようやく何かが視えてくる。泣いていいのは、諦めていいのはそれでもどうしようもなかった時だけだぞ」
そこで澪は言葉を切る。生徒たちは再びざわめいた後、徐々に静かになっていった。
澪は興味を失ったようにデュエルディスクを置き、再び椅子に座って本を読み始めている。そんな彼女を見ながら、確かに、と美咲は内心で呟いた。
(格上を相手にすると、どうしても『敗北』がちらつく。それは仕方あらへんことや。危機回避は生物の本能やしな。せやけど、それで終わってたら何もできひん)
勝てないなら、何故勝てないのかを考える。
負けたなら、何故負けたのかを考える。
勝ったなら、何故勝てたかを考える。
DMだけではない。これは世界で生き残っていくためには必要なことなのだから。
『……美咲』
熱心にレポートと向き合っている生徒たちを眺めていると、不意に背後から声が聞こえてきた。視線を送る必要はない。精霊だ。それも、どんな時も側にいる蒼き髪を持つ幼き子供の精霊。
「……視える人もおるんよ?」
小声でそう言葉を紡ぐ。この精霊はその成り立ちが少々特殊だ。澪などはそもそも興味がないだろうからいいとして、わかっているだけでも十代や万丈目は〝視えて〟いる。しかもこの二人は精霊から愛された存在でもあるため、できれば接触したくないといったのは彼女自身のはずだが。
『すぐに消えます。ただ、例の少年の居場所が割れたので伝えに参りました』
「……侍大将の?」
『はい。少々厄介なことになっております。妖精竜殿より来て欲しいとの言伝が』
「ふぅん」
妖精竜――また面倒なモノまで出張って来たモノだ。本来、五竜はこの時代には存在していないのである。否、存在はしているが認識はされていないという方が正しいだろうか。
精霊は信仰によってその力を大きくする。人がいるから精霊がいるのか、精霊がいるから人がいるのか。卵が先か鶏が先かという答えの出ない話になるが、いずれにせよ双方はどちらも存在するからこそ存在していられるのだ。
そういう意味で認識されていない彼らは存在しないようなものなのだが……その辺りは少し事情がややこしい。
いずれにせよ、宗達を放っておくことはできない。少々面倒だが行くしかないだろう。
「……時間やな。皆、レポート提出してやー!」
チャイムが鳴ったのを確認し、美咲は手を叩きながらそう言葉を紡ぐ。一度視線を送ると、精霊はいつの間にか消えていた。
レポートを提出し、次々に教室を出て行く生徒たち。それを見送っていると、澪が変わらず本へ視線を落とした状態で言葉を紡いだ。
「行くのか、美咲くん?」
「……まあ、そのつもりです」
頷いて応じる。澪はそうか、と頷くと本を閉じて立ち上がった。その表情はどこか面倒臭そうである。
「ならば、私も付き合おう。どうも妖精竜は私にも用があるらしい」
「そうなんですか?」
「ああ。それに、侍大将のことも気になる。丁度いい機会だ。私も専門ではないから詳しくはないが、彼については妖花くんからどういう存在かを聞いている」
立ち上がる澪。そして、彼女はこちらへと鋭い視線を向けた。
「わかっているとは思うが、覚悟はしておいた方がいい」
「何を今更。覚悟なんていつでもできてますよ」
肩を竦める。そうだな、と澪は微笑んだ。
「そうでなければ、キミはここにいないのだからな」
その言葉の意味を、聞き出すことはしなかった。
◇ ◇ ◇
正直、夢神祇園は目の前の状況に呆然とするしかなかった。
放課後に検査の結果が出、寮に戻る許可をもらった。まだ体は痛むが、それは仕方のない部分もある。
そんなことを思っていたら、十代と翔、隼人の三人が温泉に行こうと誘ってきた。流石に怪我も完治していないため断ろうとしたのだが、強引に連れて来られてしまう。
だがまあ、それなら別にいい。さっぱりしたいというのもあったし、そもそもこの島に温泉などというモノがあること自体驚いた。……万丈目がいたことにも驚いたが。
とにかく、温泉自体は問題なかった。問題はその後。
「このカードが、貴様と戦いたいと言っている!!」
そこにいるのは、『正義の味方カイバーマン』。向かい合うのは、遊城十代。
「精霊の世界……?」
周囲にいる精霊たちの姿を見、祇園は呟く。一度ネクロバレーに行ったことがあるが、この洞窟のような場所は一体どこなのだろうか。
「ど、どういうことなんだな?」
「さっきまで温泉にいたのに……」
翔と隼人も呆然と周囲を見回している。十代はというと、カイバーマンと向かい合いながら言葉を紡いでいた。
「ブルーアイズ……? どういうことだ?」
「貴様は戦いにいちいち理由を求めるのか? 貴様がデュエリストであり、この俺が戦いを挑んだ。理由などそれで充分だろう」
ふん、と鼻を鳴らして言い切るカイバーマン。そのままデュエルディスクを準備する。十代が待てよ、と言葉を紡いだ。
「いきなり戦えなんて……」
「……つまらん男だな。それとも何だ? 俺に勝てなければ貴様たちは帰れない、とでも言えば戦うのか?」
「…………ッ」
「くだらん。闘争とは常に突然起こるモノだ。敵は待ってなどくれん。……だが、闘争心なき者と戦う意味もない。そこの貴様」
カイバーマンの視線がこちらを射抜く。ビクリと祇園が体を震わせると、カイバーマンは変わらぬ尊大な口調で言葉を続けた。
「貴様にもブルーアイズは興味があるらしい。遊城十代が戦わないというのならば、貴様が戦え」
「……僕は」
一歩、踏み出そうとする。青眼の白龍――二度向き合い、そしてその圧倒的な力によって敗北した相手。
ステータスとは全く別次元の、向き合っただけで感じるあの存在感。思い出すだけで足が震える。
――けれど。
「わかりました」
ここで退くことはできない。ここで退いてしまえば、逃げてしまえば。
もう二度と、立ち向かえなくなる。
「それでいい。ゆくぞ――」
「――待ってくれ、祇園」
向かい合おうとする祇園。それを十代が呼び止めた。そのまま、デュエルディスクを構えて前に立つ。
「俺が戦う」
「十代くん?」
「悪い、祇園。けど、ここで退いちゃ駄目な気がするんだ」
カイバーマンを睨み付けながらそう呟く十代。祇園は一瞬考え込むが、わかった、と頷きを返した。
「気を付けて」
「ああ、サンキュ」
『クリクリ~』
十代の礼に合わせ、彼の側に浮かんでいるハネクリボーがウインクを返してくる。それに頷きを返すと、ほう、とカイバーマンが微かに笑った。
「少しはマシな目をするようになったか。――ゆくぞ」
「ああ、行くぜ!」
何かを吹っ切ったように、十代が応じ。
「「決闘!!」」
二人のデュエルが、始まった。
◇ ◇ ◇
深い森。戦いを許さぬその場所に、その竜は存在する。
――妖精竜エンシェント。
古の森に住まう、古代より精霊界に存在し続けるという精霊だ。
『久し振りですね、〝王〟よ』
「できれば会うことなどない方が良かったがな。精霊界の事情など私には関係もないし興味もない」
『力持つ者は相応の責務があるモノです。あなたは力持つ者。それはおわかりでしょう?』
「意志もなく、理由もなく。ただ力があるというだけで首を突っ込まれてもそちらも迷惑だろうに」
ふう、と息を吐く澪。その仕草は本当に面倒臭そうだ。エンシェントはそんな澪を見て何を思っているのか。特にそれについては何も言わず、こちらへとその視線を向けてきた。
『そして、あなたが戦乙女ですね』
「お初にお目にかかります」
頭を下げる。エンシェントは相当な力を持つ精霊だ。事を荒立てることはしたくない。
『あなたの目的と存在理由については聞いています。……決して、無理はせぬように』
「……はい」
『一度あなたとも話をしたいところですが、それよりも今はこの奥にいるモノについてです』
エンシェントが軽く首を曲げ、森の奥を指し示す。元々が薄暗い森だ。故にわかり辛いが、確かに視える。
森の奥。底に蠢く闇が、確かに。
『あなた達の求めるモノは、その奥にいます』
「それも予言か、妖精竜?」
『はい。そして、それが将来災厄を招くこともまた』
澪の眉が跳ね上がり、森の奥へと視線を向ける。美咲はあの、と言葉を紡いだ。
「それはどういう……?」
『……私の予言は万能ではありません。しかし、永き歴史の中であのようなモノがいくつもの災厄を招いてきたのも事実。あの存在は、必ず世界に罅を入れるでしょう』
「どうでもいい話だ。いくぞ、美咲くん」
エンシェントの話を打ち切るように澪が言い、森の奥へと歩き出す。美咲はエンシェントに一度頭を下げると、早足でその後を追いかけた。
薄暗く、陰気で、それでいてどことなく神聖さも漂わせる森。そこを二人で歩きながら、美咲は澪に話しかける。
「なんか、妙な雰囲気でしたね」
「元来人と精霊はその在り方が大きく違う。それだけのことだ。とはいえ、今回はこの先にいる坊やのことも絡んでいるから少々陰気だったのだろうがな」
くだらん――肩を竦める澪。どういうことですか、と美咲が問いかけると、森の奥から視線を外さないまま澪が言葉を紡いだ。
「〝管憑き〟――そう呼ばれる存在がいるのだそうだ。詳しくは知らんが、坊やはその可能性が高いらしい」
「クダツキ、ですか?」
「定義は多くあるから一概には言えんが……この場合、『呪われている』という表現が正しいだろう。〝管憑き〟は家系に憑く。坊やが原因か、それともその先祖が原因かはわからない。だが、妖花くんによればただそれだけで多くの業を背負うことになるということらしい」
それ以上、澪は何も言わなかった。突飛な話だが、そうであるならば説明ができる部分がいくつもある。
彼の性格が影響している部分は多々あるが、そうであったとしても如月宗達はいくらなんでも無用な厄介事を抱え過ぎている。巡り合わせの悪さと運の悪さ。それは彼が背負ったモノだというのか。
「〝邪神〟に魅入られたのも、それが理由かもしれんな。――どうだ?」
『…………』
ガチャリと、重い金属の音が響き渡った。眼前、立ち塞がるように立つのは――蒼き鎧の侍。
そして、その侍を従えるようにして立つ一人の少年。
「侍大将……!」
その姿を認め、美咲が身構える。薄暗いせいかその表情は二人とも伺うことができない。だが、わかる。あの二人の状態は普通ではない。
「何か言ったらどうだ? 貴様が糸を引いているのだろう、〝邪神〟?」
『くく……虫けらが良く吠える』
「人に寄生しなければ己を保つことすらできない貴様に言われたくはないな。虫はそちらだろうに」
息を吐く澪。くっく、と〝邪神〟が笑った。
『随分と囀るな、虫けら』
闇が溢れ、世界が閉ざされる。
息苦しく、周囲から視えない力がかけられていく感覚。美咲は腹に力を込めると、一度大きく深呼吸をした。
(大丈夫。落ち着いたらこんなん何でもあらへん)
そもそも自分はこういう存在と戦うことを想定しているのだ。こんなことで怖気づいているわけにはいかない。
一歩、前に出る。想定からは外れているが、こういう状況ならば仕方がない。戦うだけだ。
「――まあ待て、美咲くん」
だが、それを澪が手を差し出して止めてきた。そのまま彼女はデュエルディスクを取り出し、〝邪神〟の前に立つ。
「ここは私がやろう」
「澪さん? でも、侍大将は……」
「確かにキミは教師であり、坊やはその生徒だ。故にそういう意味での責任も義務もある。だが、それでもキミはまだ十六にも満たない子供だ。そして坊やも子供だよ。そしてそんな子供の尻拭いをするのは大人の仕事でもある」
どことなく楽しげに語る澪。その雰囲気はいつもと変わらない。
常に圧倒的で、王道を往く存在。故に〝祿王〟の名を冠する。
「それに、だ。――〝邪神〟なら、まさか殺してしまうこともなかろう?」
『……吠えるなよ、虫けら』
「こちらの台詞だよ、寄生虫」
二人の間に剣呑な空気が流れる。いいだろう、と〝邪神〟が吠えた。
『身の程を知れ――虫けら』
闇が溢れ、周囲が完全に闇に包まれる。
その中心で、二人が笑う。
「楽しませてくれるのだろう、〝邪神〟?」
『貴様は絶望が楽しいというのか? 面白いことを言う』
そして、二人が激突する。美咲はため息を一つ零すと、さて、とこちらを睨む侍へと視線を向けた。
「ウチの相手はあんたやな? さあ、やるで」
『…………』
戦闘、開始。