遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第五十七話 試合でも、ゲームでもない決闘

 

 

 早朝。定期便が出港する港に、複数の人影があった。普段ならば食料を中心とした物資の搬入や来賓が訪れるぐらいしかなく、人影は少ないのだが……今日はその港に多数の人影があった。

 

「ありがとう、妖花さん」

「いえ、祇園さんにはお世話になりましたから……。また何かあれば、言ってくださいね?」

「うん。本当にありがとう」

 

 船に乗り込むのは、〝ミラクル・ガール〟と呼ばれる一人の少女――防人妖花。その対面で礼を言うのは夢神祇園だ。

 祇園の体調もすっかり良くなった。これも妖花のおかげだろう。

 

「妖花、またデュエルしような!」

「はいっ、次は勝ちます!」

「俺も負けないぜ!」

 

 十代が妖花に声をかける。それに続くように、レッド生たちからも次々と声が上がった。

 

「帰っちゃうんスか、妖花ちゃん……」

「寂しいんだな」

「夕食ありがとな、美味かったよ」

「なあ、もう一日くらい大丈夫だろ?」

「帰らないでくれよ~」

 

 十二歳の少女を引き留めようとする男子生徒たち。立派な犯罪者集団である。

 

「……ロリコンばっかだな」

 

 離れた場所でその光景を見守る如月宗達がポツリとつぶやいた言葉は、残念ながら届かない。

 

「あはは……えっと、でも帰らないと澪さんが心配するので……」

「そっかぁ。残念」

「すみません」

 

 流石の迫力に押されて苦笑を浮かべる妖花。その妖花に、祇園がそれじゃあ、と言葉を紡いだ。

 

「澪さんにもよろしくってお願いしてもいいかな?」

「はいっ。あ、そういえば伝言を忘れていました」

「伝言?」

「えっと、『たまには帰ってくるといい』、だそうです」

 

 メモを取り出しながら言う妖花に、思わず苦笑してしまう。『帰る』――その言葉は、どうにも自分には似つかわしくない。

 

「うん。ありがとうございます、って伝えておいてくれるかな?」

「はいっ」

 

 船の汽笛が鳴り響く。妖花は少しの荷物を携え、船に乗り込んだ。

 

「みなさん、ありがとうございました!」

 

 出発する船の甲板から、大きく手を振りながら妖花が叫ぶ。それに対し、レッド寮の全員で手を振り返す。

 ――そして。

 

「で? これから学校行こうとしても間に合わんぞ」

 

 ポツリと宗達が呟いた言葉によって。

 全員が、全力でその場から駆け出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 どうにか遅刻ギリギリで教室に入り――何故か最初の授業は緊急職員会議とやらで自習だった――午前中の授業を終えた。授業中、教職員全員が浮かない顔をしていたのがどうにも気にかかる。

 生徒たちもなんとなくではあるがその雰囲気を感じ取っており、どうにもキナ臭い雰囲気が流れていた。

 

「よっしゃー、昼飯だ! 今日は用かと祇園の二人で作ってくれたんだもんな、楽しみだぜ!」

「アニキー、寝てたッスか?」

 

 わざわざお面まで着けて居眠りしていた十代に、翔が非難の視線を向ける。どうやらこの妙な空気も、十代には関係がないようだ。

 

「祇園、病み上がりなのにいいんだな?」

「手伝ってもらったから大丈夫だよ。調子もいいし」

「皿洗いぐらいなら手伝うんだな」

「うん。ありがとう」

 

 隼人の言葉に頷く。実は今日の朝、男子生徒のほとんどが朝早くから台所に来て手伝いたいと申し出てくれた。とはいっても料理の基礎もわかっていないので、皿洗いなどの雑用だが。

 それでも助かったのは事実。本当にありがたい話である。

 

「――ああ、昼食はちょっと待ってほしいにゃー」

 

 祇園も弁当を取り出そうとしていると、不意にそんな声が聞こえてきた。見れば、大徳寺がいつもの笑顔を浮かべながらこちらを見ている。

 

「十代くん、僕と一緒に校長室へ行って欲しいんだにゃ」

「え、校長室?」

「アニキ、何かしたッスか? まさか、退学?」

「心当たりはねぇんだけどな……」

 

 悲壮な表情を浮かべる翔と、首を傾げる十代。不意に笑い声が聞こえてきた。万丈目だ。

 

「はっはっは。短い付き合いだったな、十代」

「万条目くんもだにゃー」

「へ?」

「短い付き合いだったな、万丈目」

 

 やれやれと首を振りながら万丈目の肩を叩く宗達。だが。

 

「如月くんにも来て欲しいんだにゃー」

「あん?」

 

 その宗達もまた、大徳寺に呼び出しを受ける。教室内が俄にざわめいた。

 

「問題児三人か……マジで退学かもな」

「十代、元気でな」

「サンダー、お前何したんだよ」

「宗達、今度は何だ?」

「諦めんの早いだろ!?」

「誰が問題児だ!」

「心当たりあり過ぎてわかんねーよ最早」

 

 一気に話が退学の方へと傾いていく。しかしそれも、続く大徳寺の言葉で掻き消された。

 

「三沢くん、天上院さん、藤原さん、夢神くんも来て欲しいんだにゃ」

「僕たちも?」

 

 首を傾げつつ、祇園たちも立ち上がる。最初の三人はともかく、後に呼ばれたメンバーを考えると退学の線は薄いように感じられるが……逆にこれで益々わからなくなった。

 何だろうか――そう思いつつ、大徳寺の先導についていく。

 

「何だろうな?」

「とりあえず俺は眠いんだよ……。午後はサボる。決めた」

「貴様は相変わらずだな」

「宗達くん、寝不足?」

「最近疲れが取れねーんだよ……」

「あら、じゃあ私が癒してあげるわよ? 一緒に寝るなんてどう?」

「オマエそれ結局疲れるだけだろうが」

「あなたたち、昼間から何の話をしてるのよ……」

「宗達、キミはもう少し節度というモノを持つべき――」

「あん? ピケ――」

「――いやなんでもない。忘れてくれ」

 

 ワイワイと適当なことを話しながら進んでいく一行。すると、校長室の前で二つの人影を見つけた。

 技術指導最高責任者であるクロノス・デ・メディチと、アカデミア最強の帝王、丸藤亮だ。

 

「む、来たノーネ」

「はい、呼んできました」

 

 いつもより若干厳しい表情を浮かべているクロノスに対し、頷きを返す大徳寺。十代が声を上げた。

 

「なぁ、何があるんだ?」

「……それは見てもらった方が早いノーネ」

 

 いつもの軽口は叩かず、厳しい表情のままのクロノス。そのままあ、諸君、とクロノスは言葉を紡いだ。

 

「この中で話すこと、見たことは他言無用なノーネ。それで良ければ――」

「前置きが長ぇ」

 

 クロノスの言葉を遮り、宗達が校長室の扉を開ける。

 全員がその背を追い、室内を見る。

 

 

 ――そこにあったのは、想像を絶する光景だった。

 

 

 なぎ倒され、荒らされたいくつもの家具。無事なものなど見当たらない。

 窓ガラスはそのほとんどが砕かれ、床にもいくつも亀裂が入っている。部屋の中央にある黒い染みの正体を、祇園は本能で察してしまった。

 全員が息を呑む。そんな中、宗達が一歩室内へと踏み込み、おい、と言葉を紡いだ。

 

「どういうことだよ、これは」

「――セブンスターズ」

 

 問いかけに応じたのは、大徳寺。

 いつになく真剣な声色で、彼は言葉を紡いだ。

 

「鮫島校長はそう呼ばれる者の襲撃を受け、現在意識不明の重体です」

 

 驚愕が空気を支配する。宗達を追うように、全員がほとんど同時に室内へと足を踏み入れた。

 そして、目にしたものは。

 

 

〝クビハ ナナツ〟

 

 

 まるで血のように紅い色で描かれた、その文字と。

 その下に打ちつけられた、七つの藁人形。

 

「…………ッ」

 

 誰も、何も言えない。

 ――趣味が悪い。誰かが、そんなことを呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエルアカデミア本島の奥深くに、ソレは眠っている。

 ――曰く、〝三幻魔〟。

 かつて世界に放たれた〝三幻神〟や〝三邪神〟にも匹敵する力を持ち、解き放たれれば世界を闇に閉ざすと伝えられる破格の存在。

 普通ならば、信じることは難しい。だが、この話を語る人物と。

 何より、〝三幻魔〟を狙って現れた『セブンスターズ』という集団の存在が鮫島校長を重体にまで追い込んだという事実が、否定の言葉を容易くは紡がせない。

 

『以上が、アカデミア本校が抱える秘密デース』

 

 モニターの向こう。I²社会長という雲の上の人物が重々しく話をそう締め括る。それを引き継ぐように、ペガサスの隣に移っている桐生美咲が言葉を紡いだ。

 

『信じる、信じひんはこの際どうでもええんや。ただ現実として鮫島校長が重体に追い込まれた。もし〝三幻魔〟が現実に存在しなかったとしても、それを狙っている集団がおることは事実。それをまず理解して欲しいんよ』

 

 こちらの理解など、敵にとってはどうでもいい。

 ただ、セブンスターズという集団は〝三幻魔〟が確かにあるとして考え、動いている。そして話し合いの余地はない。

 敵はもう、こちらの人間を傷つけたのだ。

 

『本来なら、教職員で事に当たるべき事例や。せやけどウチは週に一度しかそっちには行けへんし、緑さんも海外出張でしばらく戻らへん。選びたくはなかったけど、こんな手段しかあらへんのよ』

 

 画面の中で美咲が唇を噛み締める。彼女もまた教師の一人。思うところがあるのだろう。

 

『勘違いしないでくだサイ。これは強制ではありまセン。あくまであなたたち自身の意志で戦うかどうかを選んでくだサーイ』

 

 ペガサスの視線がモニターの前に置かれた一つの箱へと向けられる。『七星門の鍵』。〝三幻魔〟を封じる門の鍵だ。

 これを決闘にて奪い合う――それが、古代より伝わるルールらしい。

 

「力ずくで奪いに来る可能性はないのですか?」

 

 手を挙げてそんなことを聞いてくるのは三沢だ。彼の質問に対し、それは有り得まセン、とペガサスは首を左右に振る。

 

『これは一種の儀式。正統なる手順を踏まなければ、〝三幻魔〟は復活しないのデース』

『ある意味専門家の妖花ちゃんにも確認取ったよ。正当な手順を踏む、ゆーんは力を制御する上でも重要らしいわ。おかしな方法を使ったらそれこそ力が暴走して世界が吹き飛びかねへん。向こうもそれは望んでないやろから、正攻法で来るはずや』

「その鍵をぶっ壊すってのは?」

 

 次いで質問を飛ばしたのは宗達だ。その質問に対しても、二人が首を左右に振る。

 

『それこそその場で封印が解けかねへん。最悪の一手やな』

「……結局、その鍵を守るしかないって事か」

 

 鍵を見つめ、十代が呟く。イエス、とペガサスが頷いた。

 

『アナタたちはアカデミア屈指のデュエリストと聞いていマース。覚悟があるのなら、その鍵を取り戦ってくだサイ』

 

 戦う――そう、これは戦いだ。それも、一筋縄でいくものではない。

 精霊界で戦った時のように。

 きっと、命さえ懸ける場面も出てくる。そんな、気がする。

 沈黙が流れる。その口火を切ったのは、宗達だった。

 

「悪いが、俺はパスだ。〝三幻魔〟とやらには興味があるが、リスクが大き過ぎる」

 

 そう言い捨てると、部屋を出て行こうとする宗達。待て、と万丈目がその背に言葉を紡いだ。

 

「逃げるのか、如月」

「逃げるべき時ってのは確かにあるんだよ。オマエにはわかんねぇかもしれねぇが、生きるためにはどんなことだってしなきゃならねぇ。この戦いに参加して、得られるモノは何だ? 逆に失うかもしれないモノは?……天秤が釣り合ってねぇんだよ。鮫島の敵討ちなんてする義理もねぇしな」

 

 そう言い捨てると、宗達は部屋を出て行く。その背を見送り、仕方がないわ、と雪乃が呟いた。

 

「申し訳ないけれど、私もパスね」

「……雪乃」

「仕方がないのよ、明日香。私も宗達も、弱点があまりにも明確過ぎる。それこそ互いが人質にとられでもすればその時点でアウト……」

 

 人質。当然のように紡がれたその言葉に、その場の全員が息を呑む。あら、と雪乃が小首を傾げた。

 

「まさか想定していなかったのかしら? 相手は正体不明の傭兵集団……なら、そういうことも想定しておくべきでしょう?」

 

 これは試合じゃないのよ――雪乃の言葉が重く響く。

 誰もが二の足を踏んでしまう空気が流れる。それを打ち破ったのは、意外にもクロノスだった。

 

「ふん、要は道場破りなノーネ。諸君らは何も不安に思う必要はありませンーノ。このクロノス・デ・メディチがセブンスターズなどという集団は全て倒すノーネ」

 

 そのまま鍵を首から下げるクロノス。へへっ、と十代が笑みを浮かべた。

 

「俺もやるぜ。逃げたくないからな」

「ふん。俺もだ」

「ああ。宗達の言うことも一理あるが……ここで退くことはできない」

「ええ。私は戦うわ」

「師範があんな目にあった中で、俺が退くわけにはいかん」

 

 五人が手を伸ばし、それぞれ鍵を手に取る。残ったのは、一つだけ。

 

「夢神くん、どうしますか?」

 

 問いかけてくるのは、自分と同じでこちらへと呼ばれた大徳寺だ。祇園、とモニターの中から美咲の声が届く。

 

『正直、〝侍大将〟や藤原さんが言うようにリスクはあるよ。だから、無理はせんでええ』

 

 素直に心配してくれている言葉だ。祇園は、大丈夫、と首を左右に振る。

 

「戦うよ」

 

 鍵を取る。リスクは大きい。精霊界で経験した時のように、大きな傷を負うことになるかもしれない。

 けれど……退くことは、もっとできない。

 ここで退いてしまえば、置いて行かれる。それだけは――嫌だから。

 

『皆さんの勇気に賛辞を送りマース。……武運を』

『ウチもできるだけそっちに行くようにするから、無理だけはしたらアカンよ』

 

 その言葉と共に、モニターが切れる。祇園は、自身の掌の中にある鍵を見つめた。

 小さな鍵だ。重みだってない。

 しかし、これを奪いに来る者がいる。

 

(足を引っ張らないようにしないと)

 

 その小さな鍵を握り締め。

 夢神祇園は、心の中で呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「結局、オマエも参加すんのか」

 

 夜。夕食も終わり、レッド寮の生徒たちに皿洗いを手伝ってもらった後。祇園は食堂で宗達と向かい合ってコーヒーを啜っていた。ちなみに机の上にはデッキがある。先程まで宗達の助言を受けつつデッキ構築をしていたのだ。

 その宗達は特に非難するわけでもなく、ただ感想を述べたような口調で先程の台詞を口にした。祇園は苦笑しつつ、うん、と頷く。

 

「僕じゃ役者不足だと思うけど……」

「その辺は相性もあるからどうも言えないけどな。……でもよ、いいのか?」

「うん。多分、ここで退いたら追いつけなくなるから」

 

 ただでさえ、全力で走り続けなければ追いつけないのだ。

 こんなところで退いていたら、本当に置いて行かれてしまう。それは……嫌だ。

 

「怖いのは間違いないよ。でも、上手く言えないけど……、その、なんていうのかな……」

「……まあ、オマエが納得してんならいいよ。俺は友人として、『やめとけ』って忠告するだけだ。その先はオマエの選択。俺がどうこう言うべきことじゃねぇ」

「うん。ありがとう」

 

 忠告は彼の優しさからくるものだ。純粋にこちらの身を案じてくれているのだろう。だからこそ、正面からお礼が言える。

 宗達は、阿呆、と言葉を紡ぐ。

 

「礼を言う暇があるんなら、しっかり勝つ方法を考えろ。これは試合じゃねぇし、ゲームでもねぇ。俺個人としちゃあ〝三幻魔〟なんざ眉唾だが、それを信じてる阿呆がいる以上そこに理屈は存在しねぇんだからな」

「信じてないの? 精霊界のこともあるから、僕は有り得るかなって思ったけど……」

「〝三幻魔〟がいるってのは本当だろうさ。けど、それを制御できるかどうかは別の話だ。世界に影響与えるような馬鹿げた力が本当にあるとして、それを制御できるかどうかはわかんねーしな」

 

 立ち上がり、コップを水洗いし始める宗達。それを終えると、じゃあな、と宗達が言葉を紡いだ。

 

「頑張れよ。無理しない程度にな」

「うん」

「よし。……って、雨かよ。こりゃ女子寮行くの面倒臭いな……」

「え、雨?」

 

 窓から外の様子を見、眉をしかめる宗達と雨という言葉に反応する祇園。どうしよう、と祇園は呟いた。

 

「雨だと洗濯物が干せないな……。室内だとスペースがないし……」

「乾燥機でいいんじゃねーの?」

「ここの乾燥機はあまり質が良くないから、着心地が悪くなるんだよね」

「……オマエ、本当に母親みたいだよな」

 

 まあいいや――そう言葉を残し、立ち去っていく宗達。それを見送り、祇園もまたコップを洗うために厨房へ向かった瞬間。

 

「え――――」

 

 突如、七星門の鍵が強烈な光を放った。あまりの光量に、目を開けていられなくなる。

 ガチャン、というコップの音が割れる音が響いた時。

 

 ――そこに、夢神祇園の姿はなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 暑い。最初に浮かんだのは、酷くシンプルなその感想だった。

 

「…………ッ」

 

 吹き抜ける熱気に思わず顔をしかめる。ここはどこだろうか。先程まで寮にいたはずだ。実際、エプロンを身に着けたままでいる。

 

「祇園!?」

 

 不意に聞こえてきた声。見れば、そこにいたのは二つの見覚えのある人影。

 十代と明日香だ。

 

「十代くん、明日香さん」

「祇園、あなたもここへ?」

「あの、状況がわからないんだけど……」

 

 明日香の言葉に頷きつつ、周囲に視線を送る。下に見えるのは溶岩で、自分たちは何やら見えない足場に立っているようだ。

 正直、冷静に考えると夢と思うような状況だ。しかし、肌を焼くような暑さがそれを否定する。

 

(それに、こういう不可解な状況は体験した)

 

 遺跡の向こうで見た、精霊たちの世界。

 そこで突きつけられた、〝神〟の力。

 あんなモノを見た後である今なら、これも現実と受け入れることができる。

 

「とりあえず、ここはどこかを確認しないと」

「――その必要はない」

 

 全身に、悪寒が奔る。まるで、逃げろと本能が告げているように感じた。

 弾かれたように声がした方を見る。そこにいるのは、二つの人影。

 

 

「ここはアカデミア本当に存在する火山。そして私はセブンスターズが一角、ダークネス」

「右に同じく。セブンスターズが一角、カムル」

 

 

 共に仮面を着けているが、間桐雰囲気は全く違う。ダークネス――そう名乗った男は仮面で顔を隠した長身の青年だ。どことなく威圧感があり、闇という名に相応しい雰囲気を身に纏っている。

 対し、もう一人の方は鬼の面を被った異様な顔に対し、その全身をローブで隠しているため身体的な特徴さえも確認できない。だが、仮面の奥に光る眼の冷たさだけは伝わってくる。

 

「お前らがセブンスターズか!」

「如何にも。……七星門の鍵は持っているな?」

 

 ダークネスの言葉に対し、三人は無言で視線だけを返す。成程、とダークネスが頷いた。

 

「ならばこれ以上の問答は不要だ。遊城十代。何の因果かは知らないが、私はこの場所へと導かれた。よって、この場で貴様を倒す。最初の相手は貴様だ!」

「いいぜ、やってやる!」

 

 デュエルディスクを取り出し、ダークネスの言うままに構えようとする十代。だが、その十代の肩を祇園が掴んだ。

 

「待って、十代くん」

「何だよ祇園」

「落ち着いて。この状況は普通じゃない。相手が誘い込んできた場所で戦うのは得策じゃないよ。せめてここを出ないと」

「そうよ十代。焦っては駄目。相手は鮫島校長を意識不明に追い込んだような集団よ。用心はするべきだわ」

 

 祇園の言葉に明日香も頷く。そう、これは試合ではなく、更に言えばゲームですらない。ここに誘い込んだのはセブンスターズだ。ならば、ここで戦うのは得策ではないだろう。

 逃げる――時にはその行為が必要なこともある。

 だが、祇園の提案はカムルの言葉によって遮られる。

 

「成程、十五、六の若造とは思えない冷静さですね。足が震えているのが愛嬌ですが」

「…………」

「ご安心を。正体不明の相手を前にすれば、恐怖を覚えるのは道理です。ですが、一つ忠告です。逃げることはオススメしません」

「……どういう意味?」

「〝百聞は一見に如かず〟――いい言葉ですね。本当に。大好きな言葉ですよ」

 

 カムルの言葉と共に、彼の背後に大きな火柱が上がる。

 ――そして、現れた光景に祇園は息を呑んだ。

 

 

「アニキ! 祇園くん!」

「助けて欲しいんだな!」

 

 

 そこにいたのは、球体の様なモノに閉じ込められた二人の友人。

 悲痛な叫びが、耳を刺す。

 

「翔! 隼人!?」

「どうして二人が!?」

「有体に言えば、人質ですね」

 

 狼狽する二人に対し、カムルが肩を竦めて応じた。明日香があなた、と叫ぶ。

 

「人質なんて卑怯よ!」

「それを咎める者、罰する者がどこにいるというのです?」

 

 真理と言えば真理。そう、これは試合ではないのだ。

 ルール無用の奪い合い。その現実を、喉元に突きつけられる。

 

「ふん。あの二人を助けたくばこの私を倒してみろ、遊城十代」

「いいぜ、やってやる。いくぞ、ダークネス!」

「いいだろう! これは闇のゲーム! 敗れた者はその魂をこのカードに封印される!」

 

 ダークネスが取り出したのは、絵柄の書かれていない一枚のカード。闇のゲーム――その言葉に、十代と祇園が息を呑む。

 

「互いの魂と命を懸けた戦い……! さあ、始めるぞ!」

「上等だ! 翔、隼人! 待ってろ! 今すぐ助ける!」

 

 二人の熱を受けたように、轟音とともに火柱が上がる。

 その姿は、まるで焔を纏った竜のようだった。

 

「「決闘!!」」

 

 そして、デュエルが始まる。

 正体不明の敵、セブンスターズとの……戦いが。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「先行は私だ! ドロー!――モンスターをセットし、カードを二枚伏せる! ターンエンド!」

「俺のターン、ドロー! 最初から全開だ! 手札より『沼地の魔神王』を捨て、『融合』を手札に! そして魔法カード『融合』を発動! 手札の『E・HEROフェザーマン』と『E・HEROバーストレディ』を融合!! 来い、マイフェイバリットヒーロー!! 『E・HEROフレイム・ウイングマン』!!」

 

 E・HEROフレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200

 

 現れるのは、十代が最も信頼を置くHERO。龍頭の腕を持つ英雄だ。

 この英雄と共に、十代はいくつもの死線を越えてきた。

 

「バトル! フレイム・ウイングマンでセットモンスターを攻撃!!」

「セットモンスターは『仮面竜』だ! このカードが戦闘で破壊された時、デッキから攻撃力1500以下のドラゴンを一体特殊召喚する! デッキよりチューナーモンスター、『炎龍』を特殊召喚!」

 

 仮面竜☆3炎ATK/DEF1400/1100

 炎龍☆2炎・チューナーATK/DEF1400/600

 

 リクルーターによってフィールド上に姿を現す炎の龍。まだだ、と十代は叫んだ。

 

「フレイム・ウイングマンは相手モンスターを戦闘で破壊した時、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与えることができる! フレイム・シュート!!」

 

 戦闘破壊したモンスターの攻撃力をそのまま相手に叩き込むという超が付くほどに強力なモンスター効果。決まればそれだけで一気に相手を追い込める。

 ――だが、十代の信じるヒーローは彼の呼びかけに応じない。

 

「フレイム・ウイングマン?」

 

 不審に思い、相棒へと声をかける十代。それに応えるように、ダークネスが笑った。

 

「ダメージステップ時、私はこのカードを発動させてもらった。速攻魔法『禁じられた聖杯』。モンスターの効果を無効にし、攻撃力を400ポイントアップする」

 

 E・HEROフレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200→2500/1200

 

 あらゆる奇跡を起こすとされる聖遺物によって得られる力の代償として、己の力を一時的にせよ失ったフレイム・ウイングマン。くっ、と十代は呻いた。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」

「私のターン、ドロー!――往くぞ、私は手札より『聖刻龍―アセトドラゴン』を召喚! このモンスターは攻撃力が1000となる代わりに妥協召喚できる!」

 

 聖刻龍――アセトドラゴン☆5光ATK/DEF1900/1200→1000/1200

 

 現れるのは、闇を名乗る男には似つかわしくない聖なる刻印を持つ龍。聖刻龍、と十代が眉をひそめた。

 

「見たことないモンスターだな……」

「安心しろ。すぐにわかる。――アセトドラゴンを生贄に、『聖刻龍―シユウドラゴン』を特殊召喚! シユウドラゴンは自分フィールド上の聖刻龍を生贄に捧げることで特殊召喚できる! そして生贄に捧げたアセトドラゴンの効果を発動! デッキより攻守を0にし、ドラゴン族の通常モンスターを一体特殊召喚する! 来い――『真紅眼の黒竜』!!」

「れ、レッドアイズだって!?」

 

 驚愕の声。それと共に、竜の嘶きが響き渡る。

 

 聖刻龍―シユウドラゴン☆6光ATK/DEF2200/1000

 真紅眼の黒竜☆7闇ATK/DEF2400/2000→0/0

 

 勝利をもたらす蒼き竜の対極。

 可能性を持つ、赤き眼を持つ黒竜が降臨する。

 

「……ッ、けどレッドアイズの攻撃力は0! 大したことはできないはずだ!」

「ふっ、甘いな。戦いが竜の血を滾らせ、レッドアイズの可能性を更なる領域へと誘う。――レッドアイズを生贄に捧げ、『真紅眼の闇竜』を特殊召喚!!」

 

 真紅眼の闇竜☆9闇ATK/DEF2400/2000→3000/2000

 

 現れるのは、黒き竜が闇の力を纏った姿。

 その身より放たれるどす黒い闇が、周囲の空間を支配する。

 

「ダークネスドラゴンは、墓地のドラゴン族モンスター一体につき攻撃力が300ポイントアップする。更に行くぞ、レベル6シユウドラゴンにレベル2、炎龍をチューニング! シンクロ召喚! 来い、『ライトエンド・ドラゴン』!」

 

 ライトエンド・ドラゴン☆8光ATK/DEF2600/2100

 

 神々しいまでの光を放ち、純白のドラゴンが顕現する。闇の中においても、その光に陰りはない。

 本来ならば闇に対抗するべきなのであろうその光はしかし、この場においては敵。

 光と闇。相反する力が並び立つ。

 

「そして最後の手札だ。魔法カード『竜の霊廟』。デッキからドラゴン族モンスターを墓地に送り、それが通常モンスターならば続けてモンスターを墓地に送ることができる。デッキから『真紅眼の黒竜』を墓地へ送り、更に『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を墓地へ。そして永続罠『リビングデッドの呼び声』を発動! 墓地よりレッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを蘇生! そして効果により、レッドアイズを蘇生する!!」

 

 ライトエンド・ドラゴン☆8光ATK/DEF2600/2100

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 真紅眼の闇竜☆9闇ATK/DEF2400/2000→3600/2000

 真紅眼の黒竜☆7ATK/DEF2400/2000

 

 僅か、一ターン。

 その一瞬で、圧倒的な力を持つドラゴンたちが降臨する。

 

「つ、強ぇ……!」

「遊びではないのだ。――いけ、ダークネスドラゴン! フレイム・ウイングマンに攻撃!!」

「ぐっ、う、うああああああああっっっ!?」

「十代!?」

 

 直撃を貰った瞬間、全身を激痛が駆け抜けた。あまりの痛みに、思わず膝をついてしまう。

 背後から聞こえてくる明日香の悲痛な声が、嫌に響いた。

 

 十代LP4000→2500

 

 この痛みは幻ではない。現実だ。

 

「闇のゲームがただのゲームと思ったか? 相応のダメージは負ってもらうぞ。――追撃だ!」

「ぐっ、罠カード発動! 『ヒーロー・シグナル』! モンスターが破壊された時、デッキからレベル4以下のE・HEROを特殊召喚する! 来い、『E・HEROバブルマン』! そしてフィールド上に何もカードがない時にバブルマンの特殊召喚に成功したため、カードを二枚ドロー!」

「それがどうした! レッドアイズでバブルマンを攻撃!」

「ぐっ……! バブルマン!」

 

 竜の力には敵わず、バブルマンが吹き飛ばされる。終わりだ、とダークネスが宣言した。

 

「所詮はこの程度か。――ダークネスドラゴンでダイレクトアタック!」

「――手札より『速攻のかかし』の効果を発動! その攻撃を無効にし、バトルフィズを強制終了する!」

 

 一体のかかしがダークネスドラゴンの眼前に現れ、その攻撃を逸らす。ふん、とダークネスは鼻を鳴らした。

 

「所詮はこの程度か。ターンエンドだ!」

「ぐっ……、ドロー!」

 

 手札は、四枚。普通なら多いように思えるこの手札も、今は心もとない。

 並び立つ四体のドラゴン。その力は圧倒的で、強大だ。

 

(けど、諦めねぇ……諦めてたまるか!)

 

 息を吸う。視線の先にいるのは、囚われた二人の友。

 あの二人を救うため。何より、勝ってちゃんと帰るために。

 

 遊城十代は、前を見る。

 その目に、焔を宿しながら。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 眼前で始まったのは、闇を纏うゲーム。

 いや、これは最早ゲームではない。一種の、殺し合いだ。

 

「十代くん……」

 

 見守ることしかできない自分が歯痒い。逃げる手段を探そうにも、翔と隼人の二人を人質にとられた現状では迂闊に動くこともできない。

 どうするか――祇園がそんな思考を巡らせていると。

 

「――敵はもう一人いるというのに、実に呑気ですね」

 

 不意に、背後から声が聞こえてきた。振り返ると、そこにいたのは鬼の面を被ったモノ。

 男なのか、女なのか。人工音声のせいでそれさえもわからない。

 

「…………ッ」

「さて、それでは私も私の役目を果たしましょう。――夢神祇園、でしたか? あなたが持つ鍵を渡して頂きたい」

 

 漆黒の手袋をした右手を差しだし、カムルがそう提案してくる。祇園は一つ息を吸うと、どうして、と言葉を紡いだ。

 

「どうして、僕の名前を?」

「攻め入る場所の要人ぐらい調べるモノです。そして、その力関係も。……大方、私たちを道場破りか何かだと勘違いしていたのでしょう? 甘い話です。これはそこまで単純な話ではありません。我々は掠奪者であり、あなた達はそれを守ろうとしている。そこに相互理解は有り得ない」

 

 選びなさい。

 鬼の面は、静かに告げた。

 

「素直にその鍵を渡し、己が甘さを悔いて引き籠るか。

 それとも覚悟もなく、迷いを抱えたその状態で私と戦い――敗北するか」

 

 迷い。その言葉が、胸に突き刺さる。

 そうだ、自分は迷っている。いや、違う。――恐れているのだ。

 命を懸けた……戦いを。

 

「待って! 戦いなら私がやるわ!」

 

 祇園の背後からそんな声が飛ぶ。明日香だ。デュエルディスクを取り出す彼女にしかし、カムルは首を左右に振ることで応じる。

 

「私の敵は彼です。貴女ではありません」

「どうして?」

「敵というのは、弱い方から倒すのが定石でしょう?」

 

 チリッ、と。

 まるで火に炙られたかのような感覚を……覚えた。

 

「目を見ればわかります。迷いのある瞳。そんな目をした者が、強いはずがありません」

 

 ……別に、強さを誇っているわけではない。

 むしろ、自分は弱いとそんなことばかりを実感する。

 けれど。

 それでも。

 ――見知らぬ者に〝弱い〟と言い捨てられ、黙っている道理はない。

 

「……少しは、マシな顔つきになったようですね」

 

 答える言葉はない。あるのは、目の前の現実だけ。

 

「「決闘!!」」

 

 そして、戦いが始まる。

 

「先行は私です。――私は手札より、『ダーク・グレファー』を召喚」

 

 ダーク・グレファー☆4闇ATK/DEF1700/1600

 

 現れたのは、漆黒の体躯をした闇の戦士だ。かつては光の戦士であった男が堕ちた姿である。

 

「そしてダーク・グレファーの効果を発動。手札から闇属性モンスターを捨てることで、デッキから闇属性モンスターを一体、墓地に送ります。手札より『インフェルニティ・ネクロマンサー』を捨て、デッキから『インフェルニティ・デーモン』を墓地へ」

 

 インフェルニティ――聞き慣れないカテゴリーに祇園は眉をひそめる。カムルはさらに二枚のカードを伏せると、ターンエンド、と宣言した。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 カードをドローする。手札はあまり良くはない。だが、相手のデッキの形が不明である以上多少無理してでも状況をこちらへ引き寄せなければならない。

 

「相手フィールド上のモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターがいないため手札から『TGストライカー』を特殊召喚! 更に手札より『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を召喚!!」

 

 TGストライカー☆2地・チューナーATK/DEF800/0

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1100

 

 並び立つ二体のモンスター。祇園のデッキはまずモンスターを並べなければ何もできない。

 

『マスター、ご無事ですか?』

 

 現れると共にそう言葉を紡ぐドラゴン・ウイッチ。祇園はウイッチ、と驚きの声を上げた。

 

「どうして……」

『ここには闇の力が満ちています。通常、起こり得ないことが起こってしまうほどに歪んだ空間。……お気をつけて』

「うん。ありがとう」

 

 本来なら見ることも声を聞くこともできないはずの精霊が見え、声が聞こえるという現実。成程、確かに異常な空間だ。

 いっそ夢ならば――そんな、どうでもいいことが頭を過ぎる。それを感じ取ったわけでもないだろうが、カムルが言葉を紡いだ。

 

「精霊……いえ、少々特異な精神体のようですね。成程、精霊のカードを持つ者でしたか。――とはいえ」

 

 仮面の奥。あまりにも冷たい瞳が、こちらを射抜く。

 

「精霊の加護はないようですね。選ばれなかった者――凡夫ですか」

『それ以上のマスターに対する侮辱は控えろ、下郎。人質をとるなど……』

「ほう?」

 

 

 ――闇が、吹き荒れる。

 底のない、絶対的な闇が……世界を支配する。

 

 

「……う……」

 

 視界が歪み、頭痛が響く。

 あまりにも濃い闇が、体の力を奪っていく。

 

『マスター!! 気を確かに!!』

 

 同時、周囲に光が溢れた。ごほっ、と祇園は血を吐くように前を見る。

 

『一時的にですが、闇を払いました。腹に力を入れてください。決して呑まれてはなりません』

「……ッ、ありがとう、ウイッチ」

 

 ウイッチに礼を言う。周囲が闇に閉ざされ、十代と明日香の姿はもう見えなくなっていた。

 

『いえ……、それよりも、問題は』

 

 ウイッチが前を見る。そこにいるのは、闇を纏う鬼の仮面を着けたモノ。

 まるで従えるようにして闇と共にあるその姿は、物の怪のように見えた。

 

「耐えましたか。これで倒れてもらえるならば手間がかからずよかったのですが」

「……倒れて、たまるか」

 

 まだ、一度も向って行っていない。

 この闇に、抗ってさえいないのに。

 

「更に手札から『レベル・スティーラー』を捨て、『クイック・シンクロン』を特殊召喚! クイック・シンクロンのレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚!!」

 

 クイック・シンクロン☆5→4・チューナー風ATK/DEF700/1400

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 更に増える、二体のモンスター。いくぞ、と祇園は宣言した。

 

「レベル4、ドラゴン・ウイッチに、レベル4、クイック・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 来い、『ジャンク・デストロイヤー』!!」

 

 ジャンク・デストロイヤー☆8地ATK/DEF2600/2500

 

 巨大なロボットが出現し、その振動で大地が揺れる。効果発動、と祇園叫んだ。

 

「ジャンク・デストロイヤーのシンクロ召喚成功時、チューナー以外に素材にしたモンスターの数までフィールド上のカードを破壊できる! 右の伏せカードを破壊!」

「『禁じられた聖杯』ですね。発動するだけ無駄である以上、破壊されます」

 

 破壊したのは効果向こうのカード。残る相手の伏せカードは一枚だが――

 

「ここは、踏み込む……! レベル8、ジャンク・デストロイヤーとレベル1、レベル・スティーラーにレベル2、TGストライカーをチューニング!! 星々を喰らう絶対なる竜!! その煌めきを今ここに!! シンクロ召喚!!――『星態龍』!!」

 

 その強大さ故に、フィールドに現れるのは頭部のみ。

 世界さえも喰らう絶対なる龍が、降臨する。

 

 星態龍☆11光ATK/DEF3200/2800

 

 咆哮が、大気を震わせ。

 闇さえも――打ち払う。

 

「バトル!! ダーク・グレファーに攻撃!!」

「――――」

 

 カムルLP4000→2500

 

 光がカムルを呑み込み、轟音が響き渡る。

 宙を舞うのは……鮮血。

 

「……血……?」

「これは闇のゲームです。私はダークネスのように魂をカードに封じろなどとは言いませんが……代償を肉体へのダメージによって求めます。よくて大怪我、最悪死。苦痛の果ての戦いこそ、闇のゲーム」

 

 その身に纏ったローブより滴る血を周囲に撒き散らし、カムルが宣言する。狂ってる、と祇園は呟いた。

 

「必要のない痛みを求めることに、何の意味があるんだ」

「苦痛もないままに手にしたモノに、意味などありません。良くも悪くも」

 

 雑じり合うことのない論理。カムルがドロー、と宣言した。

 

「――私は手札より『インフェルニティ・リベンジャー』を墓地に送り、魔法カード『ワン・フォー・ワン』を発動。デッキより、『インフェルニティ・ミラージュ』を特殊召喚」

 

 インフェルニティ・ミラージュ☆1闇ATK/DEF0/0

 

 現れるのは、奇妙な格好をした悪魔だ。更に、とカムルは言葉を紡ぐ。

 

「永続魔法『インフェルニティ・ガン』を発動。……これで、私の手札は0となりました」

 

 両手を広げ、まるで誇るようにそんなことを言うカムル。通常、とカムルは言葉を続けた。

 

「通常、手札を失うということはそれだけ敗北に近付くということです。しかし、たった一つだけ例外がある。ハンドレス・コンボ――手札が0の時にこそ、インフェルニティは輝く。インフェルニティ・ミラージュの効果を発動。手札が0枚の時、このカードを生贄に捧げることで、墓地からインフェルニティ二体を特殊召喚する。墓地よりデーモンとネクロマンサーを蘇生」

 

 インフェルニティ・デーモン☆4闇ATK/DEF1800/1200

 インフェルニティ・ネクロマンサー☆3闇ATK/DEF0/2000

 

 二体のモンスターが並ぶ。効果発動、とカムルは告げた。

 

「インフェルニティ・デーモンは手札が0枚の時に特殊召喚に成功すると、デッキから『インフェルニティ』と名の付いたカードを手札に加えることができます。『インフェルニティ・バリア』を手札に加え、セット。そしてネクロマンサーは手札が0枚の時、一ターンに一度墓地からインフェルニティを蘇生できる。インフェルニティ・リベンジャーを蘇生」

 

 インフェルニティ・リベンジャー☆1闇・チューナーATK/DEF0/0

 

 これでチューナーを含む三体のモンスターが並んだ。

 レベルは――8。

 

「レベル4、インフェルニティ・デーモンとレベル3、インフェルニティ・ネクロマンサーにレベル1、インフェルニティ・リベンジャーをチューニング。シンクロ召喚。降臨せよ――インフェルニティ・デス・ドラゴン」

 

 雷鳴が轟き、溶岩の底より一体の竜が現れる。

 いくつもの目を持つその姿は、正しく……異様。

 

 インフェルニティ・デス・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/2400

 

 咆哮が、周囲に響き渡る。マスター、とウイッチが祇園の側へ姿を現した。

 

『これは、危険です。闇が、強過ぎる』

「インフェルニティ・デス・ドラゴンの効果を発動。一ターンに一度、攻撃出来なくなる代わりに相手モンスター一体を破壊し、その攻撃力の半分のダメージを相手に与える。狙うのは、無論……星態龍」

「――――ッ!?」

 

 咆哮が響き、星態龍が吹き飛ばされる。

 レベル11――その破格のモンスターでさえ、一瞬の時間稼ぎにもならない。

 

 祇園LP4000→2400

 

 LPが大きく削られ、衝撃が駆け抜ける。

 そして。

 

 ――バツン。

 

 何かが弾けるような音と共に、鮮血が周囲に撒き散らされた。祇園の右の額が割れ、そこから血が噴き出したのだ。

 

「ッ、……あ、う……!?」

『マスター!?』

 

 思わず膝をつく祇園。右の視界が朱に染まり、視界が奪われた。

 ウイッチの悲痛な叫びが響き渡り、闇が更にその濃度を増す。やはり、とカムルが告げた。

 

「精霊の加護もなき身では、闇のゲームは荷が重い。……いたぶるのは趣味ではありません。ここで終わらせて差し上げましょう。永続魔法、インフェルニティ・ガンの効果を発動。このカードを墓地に送ることで、墓地からインフェルニティを二体、特殊召喚。蘇生するのはデーモンとネクロマンサー。そしてデーモンの効果により『インフェルニティ・ブレイク』を手札に加え、セット。そしてネクロマンサーの効果により、リベンジャーを蘇生」

 

 インフェルニティ・デーモン☆4闇ATK/DEF1800/1200

 インフェルニティ・ネクロマンサー☆3闇ATK/DEF0/2000

 インフェルニティ・リベンジャー☆1闇・チューナーATK/DEF0/0

 

 再び並ぶ三体のモンスター。シンクロ召喚、とカムルは告げた。

 

「降臨せよ――『煉獄龍オーガ・ドラグーン』」

 

 轟音と共に、巨大な門が再び溶岩の底より湧き上がる。

 重々しい音と共に現れたのは、血のように紅き――龍。

 

 煉獄龍オーガ・ドラグーン☆8闇ATK/DEF3000/3000

 

 並び立つ二体の龍。祇園には、その威容が絶望としか映らなかった。

 

「バトルです。オーガ・ドラグーンでダイレクトアタック」

「『速攻のかかし』! 直接攻撃を無効に!」

「……愚かなことです。苦痛が続くだけだというのに」

 

 ターンエンド。カムルがそう宣言する。祇園の手札は一枚。このドローで、どうにか――

 

「僕のターン、ドロー! 手札より『ジャンク・シンクロン』を召喚! 効果で――」

「カウンタートラップ、『インフェルニティ・バリア』。インフェルニティが表側攻撃表示で存在する時、相手の発動した魔法・罠・モンスター効果を無効にする」

 

 その時、脳裏を過ぎったのは。

 

「か、カードを、セット。ターンを――」

「罠カード、『インフェルニティ・ブレイク』。墓地のインフェルニティと名の付いたカードを除外し、相手フィールド上のカードを一枚破壊します。インフェルニティ・バリアを除外し、セットカードを破壊」

 

 たった、二文字の。

 

「……最早、ハンドレスにする意味さえありません。これが、終焉です」

 

〝絶望〟という、言葉――……

 

『マスター、逃げて!!』

「逃がすとでも? これが愚かな選択の代償です。二体のモンスターでダイレクトアタック」

「――――――――」

 

 凄まじい衝撃が全身を駆け抜け。

 朱の色が、視界を染め上げた。

 

 祇園LP2400→-3600

 

 その体が、前のめりに倒れる前に。

 その意識が、闇へと消えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 伝説に語られる竜たち。その姿は、確かに美しい。

 

 ライトエンド・ドラゴン☆8光ATK/DEF2600/2100

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 真紅眼の闇竜☆9闇ATK/DEF2400/2000→3600/2000

 真紅眼の黒竜☆7ATK/DEF2400/2000

 

 しかし、敵として考えるならば、その姿はまさしく絶望。

 だが、思い出して欲しい。

 強大な闇。どうしようもない絶望。

 それらに立ち向かい、人々を救う者を――世界は、何と呼んだのか。

 

「手札より魔法カード『融合』を発動!! 手札の『E・HEROスパークマン』と『E・HEROアイスエッジ』を融合する! HEROと水属性モンスターの融合により、極寒のHEROが姿を現す! 来い、『E・HEROアブソルートZero』!!」

 

 一部では『最強』とまで謳われるHERO。その力は、たった一枚で状況をひっくり返すことさえ可能とする。

 

 E・HEROアブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000

 

 火山の火口に居ながらも、氷を纏って降臨するHERO。バトルだ、と十代は宣言した。

 

「アブソルートZeroでレッドアイズを攻撃!」

「ぐうっ……!」

 

 ダークネスLP4000→3900

 

 呻き声を上げるダークネス。十代は眉をひそめた。

 

「お前も傷を……」

「そうだ、これが闇のゲーム……! 私のターン、ドロー! 魔法カード『龍の霊廟』を発動! デッキから『ガード・オブ・フレムベル』と『真紅眼の飛竜』を墓地へ送る! そして墓地のドラゴンが増えたことにより、ダークネス・ドラゴンの力が上昇!!」

 

 真紅眼の闇竜☆9闇ATK/DEF2400/2000→4200/2000

 

 更に力を増す闇の竜。バトルだ、とダークネスは言葉を紡いだ。

 

「ダークネス・ドラゴンでアブソルートZeroを攻撃!!」

「ぐっ、うああああああああっっっ!?」

「十代!?」

 

 十代の悲鳴と、明日香の叫びが重なる。

 その体が、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。

 

 十代LP2500→800

 

 しかし、十代の身体は倒れてもHEROの矜持はそこにある。フィールドを離れたことにより、Zeroの効果が発動。ダークネスの場にいたモンスターを全て粉砕した。

 だが……それでも、レッドアイズは死なない。

 

「エンドフェイズ、墓地の『真紅眼の飛竜』の効果だ。通常召喚を行っていないターンのエンドフェイズ時、このモンスターを除外することでレッドアイズと名の付いたモンスターを一体蘇生する。来い――『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』ッ!!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 

 甦る最強のレッドアイズ。十代の手札はたった一枚。それを見、もうやめて、と明日香が告げた。

 

「鍵なら私のモノを渡すわ。だから――」

「――待てよ、明日香」

 

 鍵を取り出し、差し出そうとする明日香。その手を、十代が掴み取る。

 

「まだ、何も終わってない」

「十代、でも」

「大丈夫だ。俺は、負けねぇ。――ドローッ!!」

 

 カードを引く。これで手札は二枚。今、できることは――

 

「魔法カード『戦士の生還』を発動!! 墓地からバブルマンを回収! そしてバブルマンを召喚! フィールド上に何もモンスターがいない時に召喚に成功したため、カードを二枚ドロー! 魔法カード、『融合回収』を発動! 墓地からスパークマンと融合を回収!」

 

 流れるような手札増強。アニキ、という叫び声が聞こえた。

 視線を送る。翔と隼人を包む球体はもう限界だ。ここで決めなければならない。

 

「魔法カード『ホープ・オブ・フィフス』!! 墓地の『E・HERO』五体をデッキに戻し、カードを二枚ドローする! 俺はフレイム・ウイングマン、アブソルートZero、フェザーマン、エッジマン、バーストレディの五体を戻し、二枚ドロー!」

 

 これで手札は五枚。望んだカードは――手に入った!!

 

「魔法カード『E―エマージェンシーコール』を発動! デッキから、『E・HEROフェザーマン』を手札に!! いくぞ、魔法カード『融合』を発動!!」

 

 周囲に満ち溢れる闇の中。

 光を取り戻すためにHEROが、降臨する。

 

(力を貸してくれ――紅葉さん!!)

 

 守るために。

 救うために。

 HEROとは――英雄とは、そのためにいるはずだから。

 

「バブルマン、フェザーマン、スパークマンの三体で融合!! 来い、『V・HEROトリニティー』!!」

 

 V・HEROトリニティー☆8闇ATK/DEF2500/2000→5000/2500

 

 現れるのは、〝ヒーロー・マスター〟より託されたカード。

 その姿を見、ダークネスが狼狽する。

 

「攻撃力5000――だと!?」

「まだだ!! 魔法カード『ミラクル・フュージョン』!! 墓地のフェザーマン、スパークマン、バブルマンを除外!!  融合召喚!! 来い、『E・HEROテンペスター』!!」

 

 風が吹き荒れ、竜巻より一体の英雄が現れる。

 

 E・HEROテンペスター☆8風2800/2800

 

 こちらもまた、三人の英雄の力が合わさって生み出された英雄。

 その力は、正しく強力。

 

「いくぞ、バトルだ! トリニティーでレッドアイズを攻撃!!」

「ぐっ、うおおおおおおっっっ!?」

 

 ダークネスの咆哮と共に、闇が少しずつ消えていく。

 押し切る――十代はあらんかぎりの力を込め、宣言した。

 

「いけっ、テンペスター!! 闇を打ち払え!!」

 

 ダークネスへと向かっていくテンペスター。その背に、相棒たるハネクリボーがその姿を重ねる。

 

「ぐっ、う、うおおおおおおおおっっっ!?」

 

 そして、叩き込まれた一撃は。

 長い長い戦いを、ようやく終わらせた。

 

 ダークネスLP3900→1700→-1100

 

 ダークネスがその場に倒れる。十代もまた、その場に膝をつき。

 

「十代!!」

 

 明日香のその叫びを最後に、その意識を手放した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 弾かれてきた七星門の鍵をキャッチする。鍵を濡らす真紅の滴は、あの少年の血液か。

 

「学生である以上、覚悟にも限度があります」

 

 鍵を握り締めたカムル。その視線の先にいるのは、膝をつき、ボロボロの姿でこちらを睨む魔術師。

 そして、その背後で倒れ伏し、血溜りを作る一人の少年だ。

 

「手出しはさせない、とでも言いたげな様子ですが。鍵を手に入れた以上、もう興味はありません」

 

 魔術師は応じない。目の焦点が合っていないことから、意識も朦朧としているのだろうと推測できる。

 

「どの道、あなたも限界でしょう?……それでは、さようなら。ダークネスが敗れたようですが……まあ、鍵を一つ手に入れたこちらの勝ちというところでしょうか」

 

 魔術師の姿が、徐々に消えていき。

 闇もまた、薄れていく。

 

 雨が、鬼の面を打つ。

 どうやら、空も随分機嫌が悪いらしい。

 

「はてさて、どうなるやら――」

 

 立ち去ろうとするカムル。その足が、不意に止まった。

 振り返ることはない。そんなことはせずとも、わかる。

 

(立った、のか)

 

 あの状態で。

 あれだけの絶望を前にして。

 

(欠片でも意識があることさえ、奇跡なのに)

 

 立っているなど、ありえない。

 それどころか、心が折れていて然るべき。

 

 ――けれど、立っている。

 意識のほとんどを失いながら。

 ――それでも、こちらを見つめている。

 最早、目に映るモノの一つも認識できないのであろうに。

 

「……拾った命ならば、大事にするべきです」

 

 言い捨て、その場を立ち去っていく。

 

 ――しばらくして、人が倒れる音が響いた時。

 その場に、鬼はいなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「アニキ!!」

「十代!!」

 

 解放された二人が十代の元へ駆け寄る。いつの間にか場所は火山の外へと移動していた。

 

「一体、何があったというんだ……」

 

 呆然と呟く声は、三沢の発したもの。十代が傷だらけで倒れ、その傍には見知らぬ青年とその青年を泣きながら抱きかかえる明日香。

 

「明日香、何があった」

「別の、魂が。別の魂が入ってたの。でも、それが消えて。帰って来たの。兄さんが、帰って」

 

 要領を得ない明日香の言葉に困惑しつつ、亮はその視線を明日香が抱きかかえる青年に向ける。

 そしてそこにあった顔に、亮もまた、呆然とした声を漏らした。

 

「……吹雪……」

 

 そこにいたのは、消えてしまった友。

 天上院、吹雪。

 

 ――そして。

 

「おい、夢神!! 目を覚ませ!! くっ、血が止まらん!?」

「この出血はマズいわね……。人は呼んだけれど、早く運んだ方がいいわ」

「俺が運ぶ。手伝え万丈目」

「あ、ああわかった。お前たちも十代を早く運べ!」

 

 血溜りの中心に倒れる、一人の少年。

 

 セブンスターズによる、最初の襲撃は。

 あまりにも大きな爪痕を、残していった。

 

 

 

 

 

 












というわけで、ようやくスタートセブンスターズ。
多分、レッドアイズには無限の可能性があると思うのです。





さてさて、いきなりボロ雑巾にされた祇園くん。仕様ですね最早。
次回ですが、人気投票で意外と上に入った新井さんの短いお話と、ちょっとしたおまけを予定してます。

比較的早いはずなんで、どうぞよろしくお願いします。


どもども、ありがとうございました。

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