遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第五十四話 逃げること、立ち向かうこと

 

 

 

 

 頭の中が、何も整理できない。

 グチャグチャな思考と、揺れる視線。心が形を成していなかった。

 

(……どうしようもない……)

 

 それは、この状況に対する言葉なのか。

 それとも、自身に対する言葉なのか。

 もう、自分でもわからなかった。

 

「大丈夫?」

 

 聞こえてくるのは、優しい言葉。

 幾度となく自分を救ってくれた、助けてくれた人の声。

 目を閉じているから、顔は見えない。

 ……でも、わかる。

 この声だけは、間違えない。

 

「……ごめん」

 

 温かさをくれる人に、呟くようにそう言った。

 自分を包む彼女の腕が、僅かに震える。

 

「……どうして、謝るん?」

 

 帰ってきた返答は、そんなもの。

 ……なんだろう、と自問する。

 僕は、何に謝っているのだろうか?

 

「ちょっとだけ、待って。すぐに、戻るから。いつも通り、笑うから。笑っていられるようにするから」

 

 疑問の答えは出ないままに。

 ただ、そう言葉を返す。

 

 ――駄目だ、こんなんじゃ。

 

 自信を叱責する。何をやっているのだ、と。

 夢神祇園は折れてはいけない。いつだって、どんな時だって。

 ただただ、前を見ていなければならない。

 ……だって、そうだろう?

 そうしなければ、意味がない。

 そうでなければ、理由を失ってしまう。

 

「いいよ、祇園。そんな風に、無理をせんでもええんや」

 

 必死に繋ぎ止めようと、折れないようにと保ってきた心。

 今にも折れてしまいそうな心が……砕けようとする。

 

「……いいって、何が」

「無理して笑っても、辛いだけ。痛いだけやんか。そんな笑顔、嬉しくないよ」

 

 それはきっと、こちらを気遣っての言葉。

 けれど、だからこそ……心が軋む。

 

「それなら……、それならどうしろっていうの?」

 

 たとえ嘘であったとしても、笑顔を浮かべる。

 前を向いて、踏ん張って、歯を食い縛ってでも。

 そんな風に――そうやっていくことぐらいしか、夢神祇園にはできないのに。

 

「泣く時には、ちゃんと泣く。しんどいなら、しんどいって言う。……簡単、やろ?」

「…………ッ、僕は」

 

 立ち上がる。

 言いかけた言葉が何だったのか、もう思い出せなかった。

 ――温もりが、離れていく。

 

「ごめん、美咲。心配、させちゃったよね? 大丈夫だから。……宗達くんの応援に行こっか?」

 

 軋む心。いつもは無視できるそれを、嫌に感じる。

 ……笑えて、いるのだろうか。

 もう、自分の表情にさえも自信がなかった。

 

「行こう」

 

 背を向ける。美咲の……幼馴染の表情は、見ることができなかった。

 ――だって、もしも。

 もしも、彼女に嫌われてしまったら――

 

「待って、祇園」

 

 柔らかく、華奢で。

 しかし、どうしようもないくらいに強い力で……腕を掴まれる。

 

「行ったら、アカン」

「……どうして?」

「そんな状態の祇園、放っておけるわけないやんか。……抱え込んでばかりでも、良いことなんてあらへんよ。ちゃんと吐き出さんと壊れてまう」

 

 心に、罅が入る音がした。

 何かが、頭の奥で弾け。

 

「それが……ッ」

 

 気付いた時には、もう遅い。

 

「それが、できないから!」

 

 彼女の腕を、強く握り返し。

 その目を、真っ直ぐに見据えてしまう。

 

「……祇園……」

 

 ――そんな目を、しないで。

 ――僕は大丈夫だから。だから、いつもみたいに。

 

「もう嫌なんだ、失うのは。一人ぼっちはもう嫌なんだ」

 

 制止を掛ける心を、嘲笑うようにして。

 言葉が、激流のように溢れ出す。

 

「泣けるわけなんてない、できるわけがない。泣いたって誰も助けてくれやしないんだ。だったら前を向くしかないじゃないか。何があったって、どんな時だって」

 

 夢神祇園の過去において、彼が頼れる人間はいなかった。

 一人ぼっちの学校と、帰りたいと思えなかった家。

 彼を無償で愛してくれる両親はおらず。

 ――友と呼べる相手は、彼のたった一つの居場所にしかない。

 

「僕には何もないんだ。美咲との約束以外、何もないんだよ」

 

 一人ぼっちだった自分に手を差し伸べてくれた、一人の少女。

 そして、彼女が導いてくれたカードショップという居場所。

 夢神祇園が存在してもいいのは、そんな小さな世界だけだった。

 

「それさえ失ってしまったら、僕は本当に何もなくなってしまう」

 

 嫌われたく、なかった。

 たった一人の、大切な友達に。

 

 ――だから、その背を追い続けた。

 ――たとえ、その背が見えなくなっても。

 

 夢神祇園には、それしかなかったから。

 そんなことしか、できなかったから。

 ……そして。

 

「アカデミアに入って、友達ができて。皆はどう思ってくれてるのかわからないけど、皆凄く大切な友達で。けど、僕が弱かったから……失いかけた」

 

 あの日、〝伝説〟に敗北し。

 夢神祇園は、また一人ぼっちになってしまった。

 

「もう、あんなのは嫌なんだ。でも、できることなんて前を向くことくらいしかなくて。そうするしかなくて。弱音なんて吐いたら、吐いてしまったら……嫌われてしまうから」

 

 何も、ないから。

 夢神祇園には何もないから……だから、こんな風にしかできない。

 こんな形でしか、生きられないのだ。

 

「……忘れたかった。一人ぼっちの時のことなんて。忘れてるつもりだった」

 

 美咲から手を離し、壁に背を預ける。

 ひやりとした感触が、体を貫いた。

 

「でも、それはできなくて。僕はずっと、引きずっているモノを見ないようにしていただけで」

 

 重い足かせを、見ようとしなかっただけ。

 突きつけられた現実に何も言えなかったのは、そういうこと。

 

「――ねぇ、美咲」

 

 手で顔を覆い、呟くように言う。

 現れた、過去という現実を前にして。

 夢神祇園という、存在は。

 

「僕は、どうすれば良かったのかな?」

 

 顔を見ることはできない。そんな勇気は祇園にはない。

 嫌われたかもしれない。いや、間違いなくそうだろう。

 ただでさえ、夢神祇園には何もないのに。

 こんな無様な姿を見られて、嫌われないはずがない。

 

「僕にとって、美咲との約束が〝全て〟だった。それ以外に持ってるモノは何もないんだ。何もないんだよ、本当に」

 

 何故折れないと、彼女は――〝最強〟はそう語った。

 その答えは、酷く単純なこと。

 ――折れることは、夢神祇園の〝死〟に他ならない。

 

「だから、だから……」

 

 言葉が出て来ない。ただ、心が軋む。

 嗚呼、と思った。

 想いを口にするのは、こんなにも辛くて。

 こんなにも……痛かったのか。

 

「……何もないなんて、嘘や」

 

 不意に、暖かいものが体に触れた。

 顔を上げる。

 ――わかったのは、彼女が自分を抱き締めてくれているということ。

 

「だって、祇園はここにおるやんか」

「……そんなの」

「祇園の過去に何があったかはわからへん。だって、話してくれへんのやもん」

 

 その小さな体が、僅かに震える。

 

「嫌いになんてならへんよ。絶対に」

「……でも」

「むしろ、そうやって何も言わんほうが嫌や。だってそうやろ? 祇園はここにおるのに、何も言ってくれんかったら側にいる意味があらへん」

 

 こちらを抱き締める力が、強くなる。

 ゆっくりと、その小さな体を抱き締めた。

 

「……ごめん」

「どうして謝るん?」

「……どうして、かな?」

 

 わからない。何も。

 何も、わからないのだ。

 

「大丈夫や、祇園。ウチは絶対に、祇園を嫌いにならへんよ」

 

 身を離し、真剣な表情で美咲は言う。

 

「だってウチは…………、親友、やから。ウチらは、親友やから」

 

 僅かに見えた、寂しげな表情。

 夢神祇園はそれに気付かないままに、彼女に頷きを返す。

 

「ありがとう」

 

 その、言葉に。

 うんっ、と彼女は微笑んだ。

 

 それは、大切な人の笑顔で。

 あの日、約束を交わした人の笑顔だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 如月宗達にとって、万丈目準という存在は少々特別な存在だ。

 忘れることは生涯ないであろう中学時代。全てが敵であったあの頃において、万丈目もまた例外なく如月宗達の敵だったことは間違いない。

 ――だが、その在り方は他の者とは大きく違う。

 

〝貴様が如月宗達か。随分と図に乗っているようだな〟

〝あァ?〟

 

 正直、あの頃はこういう手合いは珍しくなかった。今も昔も売られた喧嘩は買う主義である。倒せば倒すだけ敵が増えていき、万丈目もまたそういう敵の一人だと思っていた。

 

〝ぐっ……くそっ、待っていろ如月! 必ず貴様を倒してやる!〟

 

 こういう捨て台詞をぶつけられるのもいつものこと。大抵の奴は言うだけ言うか、それこそ罵詈雑言を浴びせかけてくるだけで結局リベンジしてくることはない。

 ――そして、直接ではない手段でこちらへと向かってくる。

 鬱陶しい毎日だった。だが、そんな日々の中で万丈目だけは違ったのだ。

 

〝さあ、勝負だ如月!〟

 

 この男だけは、常に真正面から挑んできた。

 いつも、いつも。

 何度倒しても、正面から。

 悪態を吐きながら。

 それでも、何度も――……

 

(嗚呼、楽しみだな)

 

 楽しいデュエルなど、いつ振りか。

 期待に満ちた気分で、宗達はステージへと向かう。

 

「…………」

 

 そして、だからこそ。

 こうして水を差してくる者が、鬱陶しくて仕方ない。

 

「如月宗達くんだね?」

 

 そこにいたのは、スーツを着た小奇麗な男だ。

 一見すると妙なところはない。だが、一つ。

 

(……目が腐ってるな)

 

 こういう手合いは何度も見てきた。そしてその都度壊してきた。

 本当に――面倒だ。

 

「んだよ、おっさん。こちとらこれからデュエルなんだ。後にしてくれ」

「ああ、すまないね。けれど、そのデュエルについてなんだ」

「あァ?」

「キミに頼みごとがあるんだよ。実は――」

「――万丈目に負けろ、ってか?」

 

 男の動きが、止まる。

 

「あの阿呆の差し金じゃなさそうだな。となると、兄弟のどっちか……いや、違うか。大方、スポンサーのために放映側が勝手に動いてるってとこか?」

 

 面倒臭ぇ、と呟きながら宗達は言う。ふっ、と男が笑みを浮かべた。

 

「そこまでわかっているなら話は早い。謝礼は用意する。どうだい?」

「頷くと思ってんのか?」

 

 アホらしい。そう言って立ち去ろうとする宗達。その宗達へ、いいのか、と男が言葉を紡いだ。

 

「メディアを敵に回さない方がいいよ?」

「知るかボケ。つーかよ、おっさん。俺ァ今、凄ぇ楽しいんだ」

 

 振り返る。同時、デッキケースから〝闇〟が溢れた。

 底なしの、どす黒い闇が。

 

「――邪魔するんなら、殺すぞ?」

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「――来たか」

 

 相手は既にフィールドに立っていた。おう、と軽く手を挙げてその言葉に応じる。

 

「今日は遅刻しなかったぜ」

「貴様にしては珍しいな、如月」

「まーな」

 

 ステージに進み出ると、歓声が沸き上がった。本校側から聞こえてくる声はレッド生が中心だ。

 

「行け宗達! 三連勝だ!」

「頑張るんだな宗達!」

「一年最強の力、見せてくれよ!」

 

 昔のことを考えても仕方がないが、あの頃に比べて随分変わったとそう思う。

 自分自身は何も変わっていないというのに、妙な話だ。

 ……ただ、悪い気分ではない。

 

(応援されるってのも、いいもんだな)

 

 無縁の事であったからこそ。

 ふと、そう思う。

 

「――お前たち」

 

 当たり前だが、こちらよりも遥かに多く、強く、そして必死さのこもった歓声を受ける男が静かに告げる。

 背後の、己が背負う者たちへと。

 

「俺たちノース校は現時点で負け越しが決定した。だが、俺はここで俺たちの意地を見せることを約束しよう」

 

 歓声が爆発する。万丈目がこちらへ人差し指を向けた。

 

「如月! 俺は地獄を見たぞ……! どん底を味わった! だが! その全てが貴様を倒すための道! 俺はここで貴様を倒す! アカデミアの者たちよ! 俺の名をその胸に刻め!!――一!!」

「「「十、百、千!!」」」

「万丈目サンダー!!」

「「「サンダー!!」」」

 

 鳴り響く大合唱。それを心地よさそうに耳に受け、宗達は笑みを浮かべる。

 

「いいぜ、来い。来いよ。――テメェの全てを捻じ伏せてやる!!」

「やってみろ!! 俺は今日ここで貴様を超える!!」

 

 二人の視線が激突し。

 戦いが、始まる。

 

「「――決闘!!」」

 

 大歓声の中。

 代表戦最後のデュエルが、始まる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 テレビの中から響いてくる歓声。そちらへ一度視線を送りつつ、烏丸澪は眼前に立つ少女を見据えた。

 確か、藤原雪乃といったか。どこか聞き覚えのある名前だが、思い出せないということはそういうことだろう。

 

「……御嬢サン、自分はどこか行った方が……?」

 

 こちらに気を遣い、様子を見守っていた烏丸銀次郎がそう問いかけてくる。ふむ、と澪は頷きを零した。

 

「私は特に構わんよ。キミはどうだ?」

「私も気にしません」

 

 雪乃は頷きと共にそう告げる。その時もこちらから目は離さない。

 その瞳に篭っているのは、警戒心と敵意。成程、と澪は思った。正直、自分と正面から睨み合いができる者はそう多くない。多くの者は自然と自分から目を逸らす。

 認めたくない話だが、『見たくない』のだそうだ。

 こんな……バケモノは。

 

(……面白い。ただの学生が私と向かい合うか)

 

 だが、この少女は自分と向かい合っている。

 こちらのことは知っているはずだ。それでも向かってくる意志は素直に面白いとそう思う。

 

「だ、そうだぞギンジ」

「……では、邪魔にならないようにしておきます……」

「すまないな」

 

 気遣いのできるよくできた弟だ――そんなことを思いつつ、前を見る。

 今の相手は、この少女だ。

 

「さて、キミの質問だが。先に言っておこう。私と〝侍大将〟の関係は少なくともキミが思うようなモノでは決してない。少なくとも坊やに男としての興味はない上に、現時点では敵として――つまりはデュエリストとしての興味も薄いのが真実だ」

 

 つい最近まで忘れていたが、彼は一度叩き潰している。強くなっているのは間違いないが、それでも今の彼では自分には届かない。

 わかってしまうのだ。完成系を知っているからこそ。

 あんな中途半端な力では、自分には届かないと。

 

「キミは、坊やの恋人か?」

「……はい」

 

 問いかけには、素直な返答が返ってきた。ほう、と澪は吐息を漏らす。

 

「それは羨ましいことだ。私にはそういう相手がいたことがないのでな」

 

 肩を竦める。興味がないわけではないし、愛する相手――それこそ『愛する』という感情を知りたいと思う気持ちはある。だが、どうしてもできない。

 そもそも烏丸澪と正面から向き合える相手がほとんどいない以上、仕方ないのかもしれないが。

 

「……一つだけ言っておこう。坊やの隣に立つというのならば、相応の覚悟をしておくべきだ」

「覚悟ならあります。私はどんなことがあろうと宗達の味方ですから」

 

 澪の言葉に対し、即答する雪乃。その姿をどこか眩しげに見つめた後、違うんだよ、と澪は呟いた。

 

「私には人を好きになるということがどういうことかわからない。だが、だからこそ覚悟の意味はわかる。誰かを愛するということは、同時に傷つくことも意味しているのだからな。しかし、違うんだよ。そういう話じゃないんだ、これは」

 

 想いだけでは、感情だけでは、心だけではどうにもならないこと。

 人はそれを、〝現実〟と呼ぶのではなかったか。

 

「どういう、意味ですか?」

「キミは、〝侍大将〟を――坊やを、正しく理解しているか?」

「……少なくとも、あなたよりはしているつもりです」

 

 返ってきた返答には棘が含まれていた。澪は苦笑し、そうだな、と呟く。

 

「当たり前の話だ。キミは坊やの側に居続けたのだから。……だからこそ、この話はあくまで参考にする程度にして欲しい」

 

 お節介なことだ、と澪は思った。本来の自分なら適当にあしらってそれで終わりにするはずなのに。

 実際、澪は宗達に対してそこまで興味を有していない。だというのに、こんな風にらしくないことをしている理由は一つ。

 

(……彼らは、少年にとっての『世界』だ)

 

 澪が今一番興味を持つ人物――夢神祇園。彼にとって宗達や雪乃は日常であり、彼の世界を構成する一員に他ならない。

 彼にとってかけがえのないであろう世界。誰よりも失うことを恐れ、逃げ続ける彼にとっての拠り所。

 その世界を守る手助けぐらいはしたいと……そう、思う。

 

「如月宗達。――彼は、現実が生んだ怪物だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「先行は俺だ! ドローッ!」

 

 先行は万丈目だ。彼は手札を引き、一度深呼吸をしてその一手を紡ぎ上げる。

 

「俺はモンスターをセット、カードを二枚伏せてターンエンドだ!」

「静かな立ち上がりじゃねぇか」

「ふん、貴様相手にいきなり手の内など見せるわけがなかろう」

 

 万丈目が鼻を鳴らす。その言葉に成程、と頷きつつ、宗達もカードを引いた。

 

「俺のターン、ドロー。……俺は速攻魔法、『サイクロン』を発動する。右の伏せカードを破壊だ」

「チッ、『デモンズ・チェーン』だ……!」

 

 万丈目が舌打ちを零す。『デモンズ・チェーン』とは厄介なカードを伏せてくれる。

 だが、それも破壊してしまえば問題ない。

 

「性質の悪いカードを伏せるな、オイ。――まあいい、俺は手札から永続魔法、『六武衆の結束』を発動。『六武衆』の召喚、特殊召喚成功時にカウンターが乗り、墓地に送ることで乗ったカウンターの数だけドローできる。俺はチューナーモンスター、『六武衆の影武者』を守備表示で召喚!」

 

 六武衆の影武者☆2地・チューナーATK/DEF400/1800

 武士道カウンター0→1(最大2)

 

 現れるのは、鎧を着た一人の武士だ。だがどこか存在感が薄く、荒々しさがない。

 

「そして場に『六武衆』がいるため、『六武衆の師範』を特殊召喚!」

 

 六武衆の師範☆5地ATK/DEF2100/800

 武士道カウンター1→2

 

 現れるのは、道着を着た一人の老人だ。だが、その身に纏う覇気は圧倒的である。

 

「そして『六武衆の結束』を墓地に送り、二枚ドロー。――場に二体の六武衆がいるため、俺は手札より『大将軍紫炎』を特殊召喚!」

 

 大将軍紫炎☆7炎ATK/DEF2500/2400

 

 現れる、闇の焔を纏う種の甲冑を纏う武者。おおっ、と会場が湧いた。

 

「いくぜ、バトルだ。――師範でセットモンスターを攻撃!」

「セットモンスターは『仮面竜』だ! 戦闘で破壊されたことにより、デッキから攻撃力1500以下のドラゴンを一体、特殊召喚する! 来い――『アームド・ドラゴンLV3』!」

 

 アームド・ドラゴンLV3☆3風ATK/DEF1200/900

 

 現れるのは、小型のドラゴンだ。一見特に変わったところのないモンスターに見えるが、その体に秘めた力は計り知れない。

 レベルモンスター――成程、これが万丈目の手にした新たな力。

 

「レベルモンスター!?」

「まさか、あんな珍しいカードを……」

「これが万丈目の切り札か……」

 

 本校側の生徒たちがざわめきを零す。宗達は、ふう、と息を吐くと、それを黙らせるように言葉を紡いだ。

 

「大将軍紫炎でアームド・ドラゴンを攻撃!」

「罠カード発動、『和睦の使者』! このターン、俺のモンスターは戦闘では破壊されず、ダメージも受けない!」

 

 武器を持たぬ集団が現れ、それによって紫炎の攻撃が阻まれる。成程、と宗達は呟いた。

 

「まだ攻撃が残ってるのに妙だと思ったが、守る手段があったわけか」

「貴様のことだ。ここで仮面竜を出したところで攻撃を止めるだけだろう?」

「よくおわかりで。……俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 手札が良くない――そんなことを思いつつ、宗達はターンエンドを宣言する。万丈目はデッキトップに指をかけつつ、当たり前だ、と言葉を紡いだ。

 

「このデュエル・アカデミアで――否、世界において貴様に最も敗北したのはこの俺だ。貴様の強さと厄介さは認めたくないが誰よりも理解している」

「……へぇ」

 

 万丈目の言葉に、意外だ、という感想が浮かぶ。悪態を吐くことはあっても、こうして誰かを認めるような言葉は決して紡ぐことはなかったのに。

 ましてや、如月宗達を認めることなど……。

 

「勘違いをするな、如月。俺は今日ここで貴様を超える。そのためにはまず、これまでの現実を認めなければならなかっただけに過ぎん。――俺のターン、ドロー! 俺は速攻魔法『サイクロン』を発動! 左の伏せカードを破壊だ!」

「ッ、『六尺瓊勾玉』が破壊される」

 

 六武衆がいる時、コストなしでありとあらゆる破壊効果を無効にできるという強力なカウンタートラップが破壊される。やはりな、と万丈目は告げた。

 

「その手はもう通用せん。貴様には何度も辛酸を舐めさせられた。だが、それもここで終わりだ。――スタンバイフェイズ、アームド・ドラゴンLV3を墓地に送ることでデッキ・手札から『アームド・ドラゴンLV5』を特殊召喚する!!」

 

 アームド・ドラゴンLV5☆5風ATK/DEF2400/1700

 

 先程のドラゴンが成長した姿。そう表現するに相応しい姿の竜が現れる。

 会場が湧く。万丈目はいくぞ、と宣言した。

 

「アームド・ドラゴンで師範を攻撃!」

「ちっ……!」

 

 宗達LP4000→3700

 

 吹き飛ばされる師範。宗達のLPが削られ、ノース校たちの生徒が大いに沸いた。

 

「そしてメインフェイズ2に入る! アームド・ドラゴンの効果を発動! 手札から『闇より出でし絶望』を捨て、このカードの攻撃力以下のモンスターを一体、破壊する! 紫炎を破壊!」

「紫炎の効果だ! このカードが破壊される時、六武衆を身代りにすることができる! 俺は六武衆の影武者を身代りに!」

 

 大将を守るため、影武者が散っていく。ふん、と万丈目は鼻を鳴らした。

 

「エースは残したか……だが、その程度で俺は止まらん! モンスターを戦闘で破壊したターンのエンドフェイズ時、アームド・ドラゴンは更なる進化を遂げる! 来い――『アームド・ドラゴンLV7』!!」

 

 ――――オオオオオオオオオオォォォッッッ!!

 

 アームド・ドラゴンLV7☆7風ATK/DEF2800/1000

 

 凄まじい咆哮を撒き散らし、現れるのは風を纏う暴風の竜。

 

「貴様を超えるために――ここへ来た!!」

 

 繰り返し、何かに訴えかけるように紡ぐ万丈目の言葉。

 きっとそれは、己に向けた言葉なのだろう。

 ――ならば。

 

「面白ぇ、面白ぇぞ万丈目! だが俺もそう簡単には負けられねぇんだよ! ドローッ!!」

 

 会場の熱気が、増していく。

 誰もが、二人のデュエルに魅入っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……楽しそうにデュエルをするな、彼は。成程、この場所は彼にとっても良い場所らしい」

 

 画面に映し出された宗達の表情。それを見つめ、澪はどこか眩しそうな目をしてそう言った。どういう意味ですか、と雪乃が問いかける。

 

「デュエルとは、本来楽しいものであるはずでは?」

「学生の頃ならそれでいいし、ゲームとしてならばその認識で正しいのだがな。何かしらの目標を持ち、そしてそれを目指し始めると辛さが先に立つようになる。心当たりはないかな?」

 

 それはスポーツの事であり、現実の事である。

 何かを目指すなら、それ以外のモノを捨て去るしかない。

 

「夢を貫くならば、失うのは〝今〟だよ。……彼は己を通そうとした。己自身を貫こうとし続けた。人は何かを貫こうとした時、何かを一緒に抱えていられるほどに器用なイキモノではない。己を貫くならば、命を捨てる結末に至るはむしろ必然だ」

「…………ッ」

「思い当たる節があるようだ。これは私の見解だが、少年と坊やはその本質が酷く似ている。いや、違うな。本質よりはその背景か。――ただ、その在り方はあまりにも違うようだが」

 

 夢神祇園と、如月宗達。

 この二人はどうしようもなく似ておらず――同一だ。

 

「少年は己の過去に背を向け、逃げ続ける選択をした。過去の中に光る小さな約束、たったそれだけを寄る辺にして世界から向けられる悪意に耐える道を選んだのだろう。

 対し、坊やは逆。彼は全ての過去に真っ向から向かい合い、戦い続ける道を選んだ。目を逸らすことなく、どれだけボロボロになろうとも。己を証明し続けるために。

 ……雪乃くん、といったか。きっと彼がああなったきっかけは私だよ。あの日――あの雨の日に彼を完膚なきまでに叩き潰し、その心を叩き壊した私が原因だ」

 

 雪乃の眉が跳ね上がった。それでも手を出してくることがないのは、彼女の強さか。

 

「だがな、たとえ私が潰さずともいずれ彼はああなっていた。その全ては彼を取り巻く現実が原因だろう」

「……どういうことですか」

「彼は清心氏のお気に入りのようでな。あの翁から色々と聞かされた。……清心氏も言っていたが、結局のところ如月宗達という存在は一人でしか戦えないんだよ。一人きりでしか戦えないんだ」

 

 私と同じだ、と自嘲するように澪は微笑む。その彼女に対し、違う、と雪乃は言葉を紡いだ。

 

「宗達には私がいます。私は、何があっても彼の味方です」

「美しい言葉だ。羨ましく、眩しく思えるほどに。だが、人の本質はそう容易く変えられんよ。彼は結局、一人でアメリカに渡っていたのだろう? 残酷なようだが、それが現実だ」

「それは、宗達は私のために! 私は、私たちはそのために……!」

「ならば何故、彼は〝邪神〟を従えている?」

 

 えっ、と雪乃が呆けた声を漏らした。やはりか、と澪は息を吐く。

 

「知らないのだな。彼がDMを憎む、その意志もまた」

「どういう、ことですか」

「見たくもないが、〝視えてしまう〟んだ。坊やの身体を渦巻く闇がな。アレは一度見たことがある。心が揺らげば、それだけで坊やは食い殺されるぞ」

 

 弱体化しているとはいえ、それでも〝邪神〟という存在は決して軽視できるようなものではない。それこそ澪でさえできれば触れたくないと思うほどに。

 

「詳しいことは彼に聞くといい。色々言ったが、私は彼に対して興味はない。ただ、キミが彼の側に立ち続けようと思うならば知っておくべきだと思っただけだ」

 

 この場所は少年にとっての居場所。それを壊すことは、澪も望んでいない。

 故に、小さなお節介だ。ここから先に、興味はない。

 

「……一つだけ、教えてください」

 

 ポツリと、雪乃がそう告げた。なんだ、と澪は静かに問う。

 

「私に答えられることなら答えるが」

「……どうして、宗達とデュエルを?」

「――同種をな、探しているんだよ」

 

 笑えるだろう――自嘲しつつ、澪は言う。

 

「私と同じ景色を見れる者。そういう者を探しているんだ。私よりも上位の生物、といったところか」

「それが、宗達……?」

「もしかしたら、とは思ったのだがな。全く違ったよ。それだけのことで、それ以上のことはない。彼との関係は、だからこそそこまでなんだ」

 

 どうしようもない話。どうにもできない物語。

 ただ、それだけ。

 

「……一人というのは、寂しいものだ」

 

 呟く。昔はそんなこと、思うことはなかったのに。

 どうにも変わってしまったと――そう、思う。

 

「キミは最後まで彼の側にいてやれ。何があってもだ」

「言われずとも、そのつもりです」

「その言葉、違えないようにな。〝邪神〟を従える〝最強〟は、独りきりだからこそああなったのだから」

 

 あらゆる全てから孤立して。

 己の存在を証明し。

 一人きりになった、軍神。

 あんな風にはなるべきではないと、そう思う。

 

「ままならないな、世界というのは」

 

 本当に……ままならない。

 烏丸澪は、小さくそう呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 勝てる、と万丈目は思った。

 幾度となく負け続けた相手――如月宗達に、今度こそ。

 

「レベルモンスター……大したもんだよ、万丈目。だが、負けてやれるほどこっちも安くはねぇ! リバースカード、オープン! 罠カード『諸刃の活人剣術』! 墓地より二体の六武衆を蘇生し、エンドフェイズに破壊! そして破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを受ける! 俺は師範と影武者を蘇生!」

 

 六武衆の師範☆5地ATK/DEF2100/800

 六武衆の影武者☆2地・チューナーATK/DEF400/1800

 

 二体の侍が蘇る。いくぞ、と宗達は言葉を紡いだ。

 

「レベル5、六武衆の師範にレベル2、六武衆の影武者をチューニング!! シンクロ召喚!! 来い、『不退の荒武者』!!

 

 不退の荒武者☆7地ATK/DEF2400/2100

 

 現れるのは、浪人のような姿をした一人の武者だ。更に、と宗達が言葉を紡ぐ。

 

「永続魔法、『一族の結束』!! 墓地の種族が一種類のみの時、その種族の陣フィールド上のモンスターの攻撃力を800ポイントアップする!!」

 

 不退の荒武者☆7地ATK/DEF2400/2100→3200/2100

 大将軍紫炎☆7炎ATK/DEF2500/2400→3300/2400

 

 並び立つ二体の鎧武者。バトルだ、と宗達が告げた。

 

「荒武者でアームド・ドラゴンを攻撃!」

「ぐうっ……!?」

 

 万丈目LP4000→3600

 

 あっさりと切り札が突破される。

 それも、純然たる力で。

 

「紫炎でダイレクトアタック!!」

「ぐあああああっ!?」

 

 万丈目LP3600→300

 

 大幅に削られるLP。宗達は更に最後の一枚を場に伏せた。

 

「更にカードを伏せ、ターンエンドだ」

 

 ――何故だ!?

 

 眼前に屹立する男を見据え、万丈目は内心で吠える。

 如月宗達は強い。そんなことはわかっていた。それぐらいのことは、誰よりも理解していたつもりだ。

 だが……どうだ?

 今の自分は、この男に一矢報いることすらできていない。

 どうして、こんな。

 

(俺は、地獄を見た! どん底を味わった!)

 

 プライドの全てを放り捨て、カードを拾い集め、どん底から這い上がってここに立っている。

 ――足りないというのか。

 あれほどの地獄でも、この男を超えるには足りないと。

 

「どうした、万丈目」

 

 聞こえてくるのは、常に己の前を歩き続けてきた男。

 ただの一度も、万丈目が勝てなかった男。

 

「これで終わりか?」

 

 どこか失望するような響きが混じった、その言葉に。

 万丈目の中の感情が――沸騰する。

 

「ふざけるな……ふざけるなッ!! 俺はまだ終わっていない!! 貴様を超える!! 超えてみせる!!」

 

 万丈目準は、アカデミア中等部を首席で卒業した。だが、彼は常に陰で言われ続けたのだ。

 ――『おこぼれのナンバーワン』。

 如月宗達という、誰もが毛嫌いしながらもその強さを認めざるを得なかった存在が不在の中でのトップという称号。

 万丈目自身、理解していた。自分はナンバーワンではないと。

 結局、ただの一度も彼には勝てなかったのだから。

 

「俺のターン、ドローッ!!」

 

 だが、№1にならなければならない。

 ならなければ、万丈目準は自身の存在を証明できない。

『万丈目』に、二番手は必要ないのだ。

 

「そう、俺は貴様を超える……!! 今日、ここで!!――魔法カード『レベル調整』を発動!! 相手はカードを二枚ドローし、俺は墓地より召喚条件を無視してLVモンスターを一体特殊召喚する!! この効果で特殊召喚されたモンスターは攻撃できず、効果も使用できない!! 蘇れ――アームド・ドラゴンLV7!!」

 

 アームド・ドラゴンLV7☆7風ATK/DEF2800/1000

 

 甦る、鎧を纏う風の竜。これだけならば突破はできない。

 だが、まだ手はある。

 

「そして、このモンスターはアームド・ドラゴンLV7を生贄に捧げた時のみ特殊召喚できる!! 『アームド・ドラゴンLV10』!!」

 

 アームド・ドラゴンLV10☆10風ATK/DEF3000/2000

 

 降臨するのは、闇さえ纏う最強の竜。

 これが、今の万丈目の出せる全力。

 

「更に俺は手札を一枚捨て、アームド・ドラゴンの効果を発動する! 相手フィールド上のモンスターを全て破壊だ!」

 

 あの伏せカードが勾玉であればここで敗北。だが、万丈目には自信があった。

 

(如月のドロー力ならば、この場面でそれはない……!)

 

 一度も勝てなかったとはいえ、繰り返したデュエルの数は膨大だ。彼の性質も理解している。

 如月宗達は、絶望的なほどにドローの運がない。

 ――そして、案の定。

 

「…………ッ」

 

 宗達の場が、空く。

 ようやく――一手が届いた。

 

「アームド・ドラゴンでダイレクトアタック!!」

「…………ッッ!?」

 

 宗達LP3700→700

 

 宗達のLPが大きく削り取られる。歓声が会場を包み込んだ。

 

「どうだ、如月。これが俺の力だ。――俺はターンエンド!!」

 

 ここを凌げば勝利は目前だ。

 そう、後僅か。本当に……僅かだったのに。

 

「……やるじゃねぇか、万丈目」

 

 ドロー、という静かな声と共に。

〝侍大将〟が、その刃を抜く。

 

「だが、それもここまでだ。――手札より『真六武衆―カゲキ』を召喚! 効果により、手札から『六武衆の影武者』を特殊召喚する!」

 

 未来が、視えた気がした。

 

 真六武衆―カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000→1700/2000→2500/2000

 六武衆の影武者☆2地チューナーATK/DEF400/1800→1200/1800

 

 何故だ、と呟く。

 何故、いつもこの男に――

 

「何故、俺は……ッ!」

「――レベル3、カゲキにレベル2、影武者をチューニング」

 

 言葉を遮るようにして。

 その男が、宣言する。

 

「悲しき乱世が、世界を壊す魔王を生んだ。――シンクロ召喚!! 『真六武衆―シエン』!!」

 

 現れるのは、血染めの甲冑を身に纏う侍。

 侍を従える、闇の王。

 

 真六武衆―シエン☆5闇ATK/DEF2500/1400→3300/1400

 

 その姿を、見た瞬間。

 心が、折れそうになった。

 

「シエンでアームド・ドラゴンを攻撃!!」

 

 万丈目LP300→0

 

 LPが、0を刻む音がして。

 思わず、膝をついた。

 

「……何故だ……」

 

 努力はしてきた。勝てる戦術を組み上げた。

 なのに、どうして。

 どうして、届かない――?

 

「俺と貴様で何が違うというんだ、如月ッ!!」

 

 吐き出した想いは、心からのモノ。

 この言葉に対しては、さァな、という気のない返事だけが返って来た。

 

「俺はオマエの保護者じゃねぇ。知るか、んなこと」

「……ッ、俺は……」

「でも、楽しかったぞ。強いな、やっぱり」

 

 くっく、と楽しげに笑う宗達。顔を上げると、なあ、と宗達は微笑を浮かべて言葉を紡いだ。

 

「オマエは――」

「――準!! 何をしている!!」

 

 宗達の言葉を遮るようにして現れたのは、二人の兄。

 その表情には、怒気がみなぎっている。

 

「に、兄さんたち……」

「やはりお前は落ちこぼれだな。万丈目の恥さらしが!」

 

 その言葉に、思わず俯いてしまう。何を言われても仕方がない。勝たねばならぬと望んだデュエルで、万丈目は敗北したのだから。

 こちらへと詰め寄ってくる二人。そこへ、一つの人影が割って入った。

 

「そこまでにしろよ、おっさん」

「なんだ貴様?」

「……如月?」

 

 立ちはだかったのは、宗達だった。こちらからは背中越しにしか見えないせいで表情が伺えない。

 

「貴様には関係ない。これは家族の話だ」

「ああ、関係ない。けどな、〝友達〟を目の前で罵倒されて黙ってられるほどお人好しじゃねぇんだよ俺は」

 

 帰れよ、と。

 信じられない言葉を吐いたその口から、宗達は告げる。

 

「折角いい気分だったのに台無しだ。……帰れ」

「――そうだ帰れ!」

「帰れ帰れ!」

「万丈目、よくやったぞ!」

「良いデュエルだった!」

「サンダー、良いデュエルでしたよ!」

「万丈目さん、ありがとうございました!」

 

 宗達の言葉を皮きりに、次々と飛んでくる言葉。ぐっ、と二人は一度唇を引き結ぶと、状況の不利を悟ったのか退散していった。

 

「悪いな、万丈目」

「……何がだ」

「オマエの兄弟だってのに」

「……ふん」

 

 鼻を鳴らし、万丈目は立ち上がる。

 これ以上情けない姿を晒すのは、プライドが許さない。

 

「俺は、この程度で折れはしない!!――一!!」

「「「十、百、千!!」」」

「万丈目サンダー!!」

「「「サンダー!!」」」

 

 拳を突き上げ、口にした言葉に。

 両校の生徒が、例外なく応じてくれた。

 ……嗚呼、と思う。

 悪くないと、そんなことを。

 

「おい、如月」

「んー?」

 

 この場から立ち去ろうとする背に、万丈目は声をかけた。

 先程の言葉、その真意を探るために。

 

「あの言葉、どういう意味だ?」

「よく知らねーけど、世間じゃ対等な相手をああ呼ぶんだと。……少なくとも、俺にとってのオマエはそういう存在だったよ」

 

 じゃあな――振り返らずに、そんな言葉だけを残して立ち去っていく宗達。

 その背にため息を一つ零し、振り返った瞬間。

 

「なぁなぁ万丈目! オマエ凄ぇな! デュエルしようぜ!」

「……いいだろう。貴様にも借りがあったな。――叩き潰してやる!」

 

 借りを返すべきもう一人と向かい合い、視線をぶつけ合う。

 代表戦は、そんな騒がしさの中で終わりを迎えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 両校の生徒が入り混じっての宴会が終わり、祇園は後片付けを終えて自身の部屋へと帰ってきていた。

 騒がしい宴会だった。救われる程に。

 考えたくないことを考える暇がない程に……騒がしくて。

 

「…………駄目だな、僕は」

 

 だから、独りきりになると考えてしまう。

 忘れたいと思った過去、忘れ去ったと思った現実を。

 どうしようもなく――思い出す。

 

(これ以上、心配はかけられない)

 

 美咲にあんな姿を見せてしまったが、あんなことはあれで最後にしなければならない。

 いつだって前を向いて、笑って、歯を食いしばって踏ん張って。

 夢神祇園は、そうしなければ何処にも手が届かないのだから。

 

「ただいま」

 

 部屋の扉を開けると、案の定真っ暗だった。ルームメイトである宗達は先に会場を出ているはずだが、彼のことだ。どうせ女子寮にいつものように忍び込んでいるのだろう。

 だから、これは虚空への挨拶。

 あの頃のような、返答が返って来ない挨拶。

 

「おかえり、少年」

 

 ――その、はずだったのに。

 月明かりに照らされた窓の側。そこに、その人は微笑ながら座っていた。

 

「澪、さん? どうしてここに?」

「鍵は坊やから借りた。後で返しておいてくれ。まあ、代わりに女子寮侵入の手助けをしたから貸し借りはなしだがな」

 

 澪がこちらへと投げ渡してきたものを受け止める。それは宗達が持っているはずの部屋の鍵だった。

 それをポケットに入れ、でも、と祇園は言葉を紡ぐ。

 

「澪さんはブルー寮に部屋を用意してもらっていたはずでは……?」

「うむ、ありがたいことにな。だが、どうも落ち着かん。そもそも私があのマンションを買った理由は丁度いい広さだったからだ。用意された部屋は一人で使うには少々広すぎる」

 

 言いつつ、肩を竦める澪。……あの部屋を丁度いい広さというところに、祇園との価値観の違いを感じた。

 

「でも、この部屋だと狭いでしょう?」

「確かにな。だが、悪くないよ。キミの匂いがする」

 

 その微笑に、思わずドキリとしてしまう。あの、と祇園は言葉を紡いだ。

 

「どうしてここに?」

「キミに会いに来た。少々気になってな。……大丈夫か、少年?」

 

 ずっと月を見上げていた視線を外し、澪がこちらを見る。

 窓の縁に腰掛け、月の光を背負うその姿は……幻想的だった。

 

「大丈夫、ですよ? 今日のデュエルだって、どうにか勝てましたし……」

「良いデュエルだったよ。本当に、良いデュエルだった」

「あ、ありがとうございます」

 

 まるでこちらの奥底を見透かすような目にしり込みしながら、祇園は頷きを返す。その祇園に、少年、と澪は静かに告げた。

 

「キミは本当に……弱音を吐かないのだな」

 

 びくりと。

 体が、震えた。

 

「……どういう、意味ですか」

「キミがそれでいいならそれで構わんよ。無理矢理に扉をこじ開けるのは道理に反する。キミは今までそうしてきたのだろうし、これからもそうなのだろう。だから私は聞こうとは思わない。誰かを癒すなどという器用なことができる自信はないのでな」

 

 そして、澪は再び月を見上げる。

 雲が、その月を覆い隠そうとしていた。

 

「だがな、少年。私はいつでもキミを受け入れる。あの場所で、あの家で。私はキミを待っているよ」

 

 差し出された手は、あまりに魅力的。

 けれど、だからこそ掴めない。

 手を伸ばすことは……できない。

 

「私はな、少年。進むことをやめた人間だ。逃げることも、立ち向かうことも、進むことも、戻ることも選択しなかったんだよ。だからこうしている。こうなっている。こんな姿になり果てている」

 

 澪が立ち上がる。彼女の背は、自分よりも少し低い。

 ――けれど、どうしてだろうか。

 彼女の瞳は、自分の目線よりも高い場所にある気がした。

 

「キミがどんな選択をするつもりなのかはわからない。だが、一つだけアドバイスだ。二つに一つの選択とは、大抵がどちらを選んでも〝過ち〟なんだよ」

 

 こちらへと歩み寄ってくる澪。その瞳が、真っ直ぐにこちらを射抜いた。

 

「どんな選択だろうと後悔はするさ。選択など総じてそんなものだ。結局はな」

 

 微笑する澪。そのまま、彼女は隣を通り過ぎていく。

 

「あの」

 

 その背に、祇園は言葉を紡ぐ。

 何を言うべきかも、わからないままに。

 

「どうした、少年?」

 

 振り返らぬままに問いかけてくる澪。その背に向けて、ゆっくりと頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

 ふっ、と。

 僅かに澪が微笑を零す声が、聞こえてくる。

 

「気にしなくていいよ、少年。……ソレが人生における〝全て〟だと思えるようなことは、私にもある。ソレを失うことは死よりも辛く、それ以外に自分には何もないような感覚はな」

 

 祇園にとっての〝約束〟がそうであるように。

 烏丸澪にも、そんなものが。

 

「だが、たまに思うんだよ。いっそ失えば……失ってしまえれば、私はどうなるのだろうかと」

 

 失った自分。

 この、最後の拠り所を失った夢神祇園は。

 果たして、どうなるのだろうか。

 

「まあ、こんなことは考えるだけ無駄なことだ。キミも、私も。どうしようもなく手遅れなのだから」

 

 そして、澪は部屋を出て行く。

 その背を、黙して見送りながら。

 

「……僕は……」

 

 どうしたら、いいのだろう?

 どうすれば、良かったのだろう?

 そんなことを、祇園はずっと考えていた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「くそっ、くそっ、くそっ……!」

 

 荒々しく地面の小石を蹴り飛ばしながら、大八木は一人夜の島内を歩いていた。ずっと見下していた相手――夢神祇園に負け、万丈目に叱責され。

 どうにもならないほどに、居場所がなくなっていた。

 

「なんでだよ、ちくしょう、ちくしょう……!」

 

 弱かったではないか。いつも一人ぼっちで、誰からも空気のように扱われて。

 そのくせ、誰にも感謝されないとわかっていながら雑用を受け持って。そんな、偽善者で。

 負ける理由など、なかったはずなのに。

 

「ふざけんなよ、くそっ……!」

 

 悪態を吐く。腹の虫はおさまらない。

 ――そんな、時だった。

 その男が……目に入ったのは。

 

「――くっく、丁度いい悪意を持った虫けらがいるようだ」

 

 どこかうすら寒い笑みを浮かべているのは、見覚えのある一人の男子生徒。

 万丈目を倒したデュエリスト――如月宗達。

 

「テメェは……!」

 

 ただでさえ苛ついていたところに、万丈目に恥をかかせた男の出現。大八木の感情が一気に昂る。

 だが、彼の表情はすぐに凍りついた。

 

「いい悪意だ」

 

 全身を、悪寒が駆け巡る。

 逃げろ、と本能が警鐘を鳴らした。

 

「これだから面白いのだ、あの男は。どうしてこれほどまでに悪意を引き寄せる?」

 

 闇が、世界を覆っていく。

 それは夜の闇ではない。純然たる、全てを呑み込む漆黒の闇。

 動けない。動くことができない。

 

「――ひっ」

 

 喉から、声が漏れる。

 だが……それだけだった。

 

「その悪意、我が糧とする。喜べ――虫けら」

 

 意識があったのは、そこまで。

 闇が、全てを支配した。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「俺のアカデミア本校への復帰を認めてもらいたい」

 

 翌朝。開口一番に万丈目はそう告げた。周囲が驚愕に包まれ、ノース校からは悲鳴が上がる。万丈目は彼らの方を振り返ると、お前たち、と声を張り上げた。

 

「俺は強くなる。必ずだ。お前たちもまた強くなれ。絶対にだ!」

「サンダー……」

「万丈目さん……」

 

 おいおいと泣き続けるノース校の生徒たち。その中から、一人の少女が歩み出る。

 ――紫水千里。

 ノース校において、万丈目に次ぐ実力を持つ少女だ。

 

「ま、万丈目さん……、私……」

 

 何かを言おうとするが、中々言葉が出て来ない様子の千里。その彼女に、千里、と万丈目は彼女の名を呼んだ。

 

「俺が本校に戻る以上、お前がノース校のトップだ。お前が今の――いや、今以上の実力を手にするならばこれから先、何度でも戦うことになるだろう」

 

 また会おう――その言葉に、多くのノース校の生徒たちが涙し。

 はいっ、と少女は笑った。

 

 

 ……と、青春する二人の背景で大量の男子生徒が男泣きをする光景が展開されている中。

 

 

(成長したなぁ。環境は人を変えるってホントやね)

 

 その光景を見守りながら、美咲は内心でそう呟いた。あれだけの生徒にこの短い期間でここまで慕われるとは……万丈目は、もしかしたらそういう方面の才能があるのかもしれない。

 

「……それでは夢神サン、お元気で……」

「はい。あの、一軍昇格おめでとうございますギンジさん」

「……いえ、まだ春季キャンプがありますンで……。ただ、残れたら……」

「はい、絶対見に行きます」

「……ありがとうございます……」

 

 澪と銀次郎も同時刻出発のフェリーに乗って帰るため、祇園が銀次郎に挨拶をしている。やはり銀次郎が怖いのか、多くのモノが遠巻きにその光景を見守っていた。

 

「美咲くん」

 

 不意に肩を叩かれた。振り返ると、そこにいたのは〝最強〟。

 

「気を付けろ。どうにもこの島は面倒なものを抱えている」

 

 流石、というべきなのか。

 たった一日で、地の底に眠るモノの気配を感じ取ったらしい。

 

「大丈夫ですよ。何があっても、大丈夫です」

「……キミが言うなら信じよう。それではな」

 

 頼んだぞ――その言葉と共に祇園たちに一言別れの挨拶だけを残し、澪がフェリーへと乗り込んでいく。

 思い出すのは、彼女が話してくれた本土の話。

 

 

 

〝その日は仕事でな。本社の方にいたんだ。偶然にも――というより、珍しく清心氏も来ていてな。海馬社長の依頼もあって翁とデータを取るためのデュエルをした。まあ、といっても普通にやるのはつまらないので遊びを加えたが〟

〝ん? ああ、遊びというのはサイコロを振って出た目の棚、バインダーのカードを使うというルールだよ。それだけだ……だがまあ、そんなことはどうでもいい。問題はその後だ〟

〝清心氏のお気に入りとやらの話を聞いていた時だ。――いきなり、現れた〟

〝「少年の親族だ、話をさせろ」――要約するとこんな主張でな。とりあえず黒服の手でお帰りを願ったが、調べると少年の親戚にあたる者たちだとわかった。それだけなら別にいいが、どうにも私の勘があまり良いことではないとうるさくてな。社長も同意見だったらしいが〟

〝とはいえ、親族であることには変わりない。そこで確かめに来た。会わせていいのかどうかを〟

〝……正直、私としては会わせない方がいいと考えている。アレは少年にとって害悪にしかならん。性質の悪いところから借金もしているようだからな〟

〝だが、結局は部外者である我々が判断するのもおかしな話だ。法律においても、彼らが少年に会おうとすれば我々に止める術はない。それこそ少年自身が拒絶しない限りはな〟

〝だから、見極めて欲しい。キミの目で、伝えるべきか否かを〟

〝厄介なことを依頼していることは自覚している。本当にすまない。だが、頼まれて欲しい〟

 

 

 

 あの時、桐生美咲は頷きを返した。

 そして、未だ言い出せずにいる。

 彼が見せた傷の断片。それを想うからこそ、言い出せない。

 

「……ままならへんなぁ……」

 

 出港するフェリーを見送りながら、美咲は呟く。

 どうしてこんなにも、世界は――……

 

「どうしたの?」

 

 問いかけに対し、何でもないよ、と首を振り。

 

「今日も授業や。頑張るよー!」

 

 生徒たちの悲鳴の中で。

 そう、微笑んだ。

 

 

 ふと見上げた、青空は。

 太陽が隠れて、見え辛かった。

 










まあ、シリアス。
選択次第で人生は変わるものです。







……もっとふざけた感じになるかと思いきや、二人とも真面目だホント。
あと姐御、もっと他人に興味を持ちましょう。



とりあえず、祇園くんが弱音を吐かないのは嫌われないためです。彼にとって、居場所を失うことはあまりにも辛すぎることなのです。
しかし、ホント本人の知らんところでややこしくなるな……祇園くんに限らず。

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