遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第五十二話 激突、賭ける想いと抱く願い

 

 

 

 

「ふむ。男子三日会わざれば括目して見よ、とはいうが。成程、たくましくなったようだな」

 

 口元に笑みを浮かべながら、その人――烏丸〝祿王〟澪はそう言った。その言葉を受け、夢神祇園は困惑しながらも頷く。

 

「あ、ありがとうございます」

「私が何故ここにいるのか――そんな顔だな? 特に深い理由じゃあない。単純に暇で、ここでキミたちがデュエルをするというから見に来ただけだ」

 

 缶コーヒーを開けつつ、微笑みと共に澪は言う。祇園としてはそうなんですか、と頷くしかない。

 そんな祇園の反応をどう思ったのか、ふう、と澪は息を吐いた。

 

「……何だ、つまらん。久し振りに会ったというのに。もっと喜ぶなどのリアクションはないのか?」

「確かに直接会うのは久し振りですけど……メールや電話はしていましたから。何というか、あまり久し振りな感覚が無くて」

「リアクションに困ることを言うな、キミは」

 

 澪が苦笑を零す。そのまま彼女は近くの壁に背を預けた。

 近くにある画面には試合の様子が映し出されている。見たところ、十代が劣勢だ。

 

「まあ、上手くやれているようで安心したよ。不当なものとはいえ、キミは一度ここから追放された身だ。下手に気負っていないか不安だったが、杞憂だったか」

「皆、優しいですから」

「他人とは己を映す鏡だよ、少年。〝情けは人のためならず〟――善行は己に返ってくるのが世の常だ。悪行もまた然り。キミが助けられていると感じるのであれば、きっと君も誰かを助けたのさ」

 

 どこか悟ったように語る澪。彼女は小さく、だからこそ、と呟いた。

 

「私を助けようとする者は、誰もいない」

 

 その時の澪の表情は酷く平坦で、何の感情もこもっていなかった。ただ、事実をそのまま口にしたような……そんな印象を受ける。

 

「それは……」

 

 祇園は何かを言おうとして、しかし、言えない。

 紡げる言葉は、何もなかった。

 そんな祇園を見て、澪は優しい笑みを浮かべる。

 

「優しいな、キミは。……安心するといい。家事方面はともかく、DMにおいて私が他人に頼ることはないよ。頼られ、助けることはあってもな。むしろ私はこうでなくてはならないんだ。一人で戦い続けなければな。それが私の枷であり、選択の結末なんだよ」

 

 それは、どういう意味なのか。

 踏み込むべきなのかもしれないと思って、けれど、祇園にはできない。

 夢神祇園は、人の心へ踏み込めない。

 ――それはきっと、己自身が踏み込んで欲しくないからなのだろうと……そう思う。

 

「まあ、私の過去などどうでもいい。正直に言えば後悔しかないが、それを言い出すと生まれてしまったことにまで遡る。全て受け入れるしかない。その果てにどうなろうとな」

 

 烏丸澪という女性は、強い女性だ。

 悩み、挫け、這い蹲ってばかりの自分とは違い、いつだって凛としてそこに立っている。

 だから、憧れる。

 そして、知るのだ。

 こんな風には……なれないと。

 

「だがな、少年。一つ困ったことがある」

「はい?」

 

 不意に、澪の雰囲気が変わった。先程までのどこか張りつめたモノから、一緒に暮らしていた時のどこか柔らかく、同時に何かを企んでいるような雰囲気に。

 

「結論から言うと、キミがいなくなってから私の毎日の生活レベルは大きく落ちた」

「…………えっ?」

「キミがいなくなってから家事は妖花くんが担当してくれているのだが……やはり料理はキミの方が美味い。妖花くん自身も気にしているらしく、どうも調子が出ていないようでな。妖花くんも頑張り過ぎる癖があるから、色々と心配だ」

 

 うむ、と頷く澪。そのまま、無論、と人差し指を立てながら言葉を紡いだ。

 

「妖花くんが家事をしてくれている現状に文句などないよ。ありがたい話だ。しかし、やはりキミの料理が恋しいのも事実。その中でも特に重要なのは弁当だな。妖花くんも弁当ばかりは無理なようでな……最近はコンビニ弁当ばかりだ。キミと出会うまでは普通だったというのに、何というか。どうもあれを食べていると侘しい気持ちになる」

 

 うんうんと頷く澪。祇園としては苦笑するしかない。

 世話になっていることに対して少しでも恩返しができればと思ってしていたことが、これほど喜ばれていたことは素直に嬉しい。とはいえ、祇園がしたことなど当たり前のことだけである。特別なことはしていない。

 それにそもそも、澪の立場ならいくらでもやりようはあるはずだ。

 

「でも、澪さんなら美味しいご飯ぐらい食べれるんじゃないですか?」

「食事一つで店に出向き、更にそこで一時間も待つのか? それなら寝ている方がマシだよ。いやむしろそうしたい」

「いや、それぐらい我慢してくださいよ」

「それは却下だ。そもそも高い金を出して食べたところで特に得られるようなモノは私にはない。料理に詳しいわけでもないし、そもそも食事の味で感動できるほど感情が発達しているわけでもないのだからな」

 

 澪は肩を竦める。何というか、相変わらず感性が独特な人だ。

 ただ、祇園にもなんとなく澪の言わんとすることはわかる。祇園の場合は食べないのではなく食べられないのだが、所謂高級料理というモノには祇園も興味がない。

 食事というモノは、祇園にとって栄養補給以外の意味はないのだ。

 

「まあ、そういうわけでだ。――戻って来る気はないか、少年?」

 

 微笑と共に言われた言葉に。

 ドクンと、心臓が高鳴った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 フィールド魔法、『魔法族の里』。このカードが存在し、相手の場に魔法使いモンスターが存在する限り遊城十代は魔法カードを使用することができない。

 また、永続罠『王宮のお触れ』もある。このカードが存在する限り、ありとあらゆる罠カードは無効となる。

 魔法と罠を封じられた状態。この状況で、十代にできることは――

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を引く。現状の手札は八枚。手札の数とはそれだけで可能性だ。だが、今の十代に打てる手は少ない。

 とにかくこの状況を突破する上での最良の手は、相手の魔法使いモンスターを倒すことが第一だ。

 

「俺は手札より『カードガンナー』を召喚するぜ! そして効果を発動! デッキトップからカードを三枚墓地に送り、攻撃力を1500ポイントアップ!」

 

 カードガンナー☆3地ATK/DEF400/400→1900/400

 落ちたカード→ダンディ・ライオン、E・HEROネクロダークマン、スキル・サクセサー

 

 玩具のような姿をした機械のモンスターが出現する。おおっ、と会場が湧いた。

 

「更に墓地に送られた『ダンディ・ライオン』の効果だ! このカードが墓地に送られた時、綿毛トークンを二体特殊召喚する!」

 

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 

 二体のトークンが出現する。バトルだ、と十代は宣言した。

 

「カードガンナーでアウスを攻撃!」

「リバースカード、オープン! 速攻魔法『ディメンション・マジック』! 自分フィールド上に魔法使い族モンスターがいる時、魔法使い族モンスターを一体選択して発動! そのモンスターを生贄に捧げ、手札より魔法使い族モンスターを特殊召喚できる! アウスを生贄に捧げ、『コスモクイーン』を特殊召喚!」

 

 コスモクイーン☆8闇ATK/DEF2900/2450

 

 現れるのは、宇宙の星々を統べるとされる女王。所謂『バニラ』の魔法使い族モンスターの中では最強のカードだ。

 その圧倒的な攻撃力を従え、更に、と千里は言葉を続ける。

 

「ディメンション・マジックの効果でカードガンナーを破壊!」

「くっ……! 破壊されたことにより、カードを一枚ドロー!」

 

 突破できると思ったが、早々上手くは行かないらしい。

 引いたカードを確認する。十代は、これは、と小さく呟いた。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ。エンドフェイズ、手札調節として『E・HEROフェザーマン』を捨てるぜ」

 

 ざわめきが広がる。対戦相手である千里も怪訝そうな表情を浮かべたが、特に何も言ってこなかった。まあ、わざわざサーチしたカードを捨てるのだから当然だろうが。

 

「私のターン、ドロー」

 

 刻一刻と、十代が追い詰められていく。

 その光景を見守る者たちは、総じてそんなことを思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「戻る、ですか」

 

 その言葉に、酷く違和感を覚えた。覚えて……しまった。

 ――『戻る』とは、元いた場所に帰ること。

 多くの人にとってそれは家であるだろうし、暖かい寝床のある場所なのだろう。

 夢神祇園にとって、それはどこなのか。

 答えは……出ない。

 

「……やはり、未だ迷っているようだな」

 

 苦笑を零し、澪は言う。彼女は画面に視線を送ると、そのままコーヒーを一口啜った。

 

「流石の遊城くんも攻めあぐねているか。黙ってやられるような性質でもないはずだが。さて、ここからが期待だな」

「……僕は……」

「――なぁ、少年。家に帰った時に一番辛いことは何だと思う?」

 

 こちらの言葉を遮るように、澪は問いかけてくる。祇園は一瞬の逡巡の後、その答えを口にした。

 

「居場所が、ないことだと思います」

 

 帰りたくなどなかったあの家に帰ること。それがきっと、一番辛かった。

 その答えをどう思ったのか。成程な、と澪は呟くように言う。

 

「居場所の有無は大事だ。だがな、少年。居場所のない家はもう〝家〟じゃあない。それはホームじゃないんだ。きっと」

 

 澪の言うことは、おそらく正しい。祇園にとってあの場所は、〝家〟ではなかった。

 ――夢神祇園にとってのホームは、両親が死んだあの日に消えたのだ。

 そしてその時から、彼の〝ホーム〟はどこにも存在しなくなった。

 

「それなら……一番辛いことって、何ですか?」

「『おかえり』と言ってくれる者が、言える相手がいないことだよ」

 

 その時の澪の表情は、どこか寂しげなものに見えた。苦笑を浮かべたその表情は、何も変わっていないはずなのに。

 

「かつては気にもならなかった。私にとってあのマンションは寝に帰るためだけの場所であり、それ以上の意味はなかったからな。だが、キミが来て……一度キミが遅くなった時、キミは私に言っただろう? ただいま、と。あの時、私はすぐに言葉が出なかった。忘れていたんだ、そんな言葉」

 

 ただいま、という言葉と。

 お帰り、という言葉を。

 あまりにも当たり前の言葉を、烏丸澪は忘れていた。

 そしてそれは、夢神祇園もまた同じ。

 

「妖花くんもまた、『ただいま』と『おかえり』の言葉をくれる。それが本当に大事なことだとようやく知ったよ。そして一度知ると――知ってしまうと、どうにも忘れることは難しい。どうだ、少年? 帰って来る気はないか? 妖花くんは今、ペガサス会長と共にアメリカに行っていていないが……まあ、すぐに帰ってくる。キミがこちらに戻れる頃には間違いなく帰ってきているだろう」

 

 澪が、その手をゆっくりと差し伸べる。

 退学になり、どうしようもなかった自分に手を差し伸べてくれた、あの日のように。

 

「三人で暮らした日々は本当に僅かだった。キミと私で過ごした時間も短いものだ。だが、それでも私は楽しかったよ。どうだ、少年?」

 

 この誘いに打算はない。直感で、祇園はそう感じた。

 いや、打算はある。けれど、純粋に。

 純粋に自分を必要としてくれているのだと……そう、感じた。

 

「どうして、ですか?」

 

 でも、だからこそ祇園はその手を取ることはできない。

 誰もが望み、祇園自身もまた狂おしい程に望む〝ソレ〟を手にすることが――できない。

 心が、拒否をする。

 ――失うことを、恐れてしまう。

 

「どうして、僕なんかに。こんな僕なんかに、そんなことを言ってくれるんですか?」

 

 愚かだとわかっていても。

 どうしようもないと言われても。

 それでも、夢神祇園はこんな風にしか生きられない。

 

「僕には何もないです。本当に、何もなくて。何も掴めなかった。掴むことなんてできなかった。それなのに、どうして。どうして、澪さんはこんなに優しくしてくれるんですか?」

 

 ――〝キミは歪んでいる〟と、かつて誰かに言われたことがある。

 あれを言ったのは、誰だったのか。そして、どういう意味で言ったのか。

 自分には、わからない。

 だけど、わかることが一つだけ。

 

 夢神祇園は、本当にどうしようもない存在で。

 どうにも、できないのだ。

 

「キミは、私とはあまりにも違い過ぎる」

 

 こちらへと差し出していた手を降ろし、澪は言った。

 その目は、どこか濁り……淀んでいるようだった。

 

「まだ十八年しか生きていない若輩だが、これでもそれなりに多くの人間と出会ってきたつもりだ。その中で名前を憶えている人間は少数だが、その中でもキミは特に異端なんだよ」

「異端、ですか? でも僕は何もしてないですよ? 何も、できていないんですよ? そんなの」

「それは結果の話だ。いや、むしろだからこそ興味がある。――何故、折れない? 何故、朽ちない? 私はあの日、キミが折れてもいいとさえ思って叩き潰したはずだ。多くの者はそれで心折れたし、キミの友である〝侍大将〟もまた折れた人間の一人だ。だが、キミは折れなかった。何も変わらなかった」

 

 それが理解できないと、澪は言う。

 

「非礼、そして無礼を承知で敢えて言おう。何故、挑める? 理解しているはずだ。届かない領域も、現実も。どれだけ挑もうと必ず打ちのめされ、地を這うことになるだけだとキミなら理解できているはずだ。どうにもならない才能と現実がそこにはあるのだとわかっているはずだ。――なのに、何故だ?」

 

 その問いかけに、なんだ、と祇園は思った。ただ、それだけかと。

 彼女の疑問に対する答えは、ずっと前に出てしまっている。

 

「僕にはもう、これしかないんです」

 

 だからです、と祇園は言う。

 

「約束しか、残っていないですから。諦めることは、できません」

 

 ただ、それだけのことで。

 そしてそれが、唯一の曲げられないこと。

 

「そうか。……すまなかった。不愉快な思いをさせただろう?」

「いえ……大丈夫です」

「そう言ってくれると嬉しいよ。だが、そうか。成程。キミにより一層の興味が湧いたよ。やはり、面白いな」

 

 ふふっ、と澪が微笑み。

 一瞬、ドキリとすると同時に。

 ――背筋に、悪寒が奔った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「私のターン、ドロー」

 

 紫水千里のデュエルは、確実に相手を追い詰めていくデュエルだ。そしてそれも、相手の動きを一つずつ潰すのではなく『制圧』という形式によって行うものである。

 ノース校に入った当初は、このスタイルのことを認めてくれる者はいなかった。どれほど強さを証明しようと、その全てを否定されてきた。

 ――ずっと、一人だった。どうしようも、なかった。

 自分を見て欲しい。そんな想いと共に、ずっと戦ってきて。

 

「私は手札より、『憑依装着―エリア』を召喚」

 

 憑依装着―エリア☆4水ATK/DEF1850/1500

 

 現れる、蒼い髪の魔法使い。水の魔物を引き連れ、その魔法使いが戦場に立つ。

 

「バトルフェイズです。――コスモクイーンでバブルマンを、エリアでトークンを破壊」

「…………ッ!」

 

 勝つ度に、一人ぼっちになっていった。

 気が付けば、周りには敵しかいなかった。

 私が選んだ戦い方を、多くの人が否定した。

 

「私はターンエンドです」

 

 けれど、それを否定してくれた人がいた。

 その現実を、変えてくれた人が。

 

〝お前の強さは誇るべきものだ。この俺には及ばんがな〟

 

 たった一人でノース校に流れ着き、文字通りのどん底から頂点にまで這い上がった人。

 彼に敗北し、嘲笑と侮蔑の視線と言葉を浴びせられた自分を、救ってくれた人。

 

(万丈目さんは、本校との戦いに特別な想いを持っているようでした)

 

 見ていればわかる。一人で背負い、考え込み、弱音を一度も吐かずにあの人はここに立とうとしている。

 ならば、そんな自分にできることは?

 ――報いること。

 自分を救ってくれたあの人に。肯定してくれたあの人に、僅かでも報いること。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 遊城十代。

〝ミラクル・ドロー〟と呼ばれるこの男を、叩き潰すこと。

 それが、唯一の報いる手段。

 

「へへっ、やっぱ面白いな! デュエルは楽しいぜ!」

「……何もできないこんな状態でも?」

 

 思わず眉をひそめてしまう。ノース校の生徒のほとんどは、自分とのデュエルを『楽しい』などとは言わなかった。

 ただただ、無言で敵意をぶつけてくるだけだったのに。

 だというのに――

 

「ああ、楽しいぜ! 確かにキツいけど、だからなんだっていうんだ。どうやってこれを突破するのかとか、無茶苦茶わくわくするじゃんか!」

「無駄ですよ。突破なんてさせません」

「――それはどうかな?」

 

 否定の言葉にも、嫌な顔一つ見せずに。

 遊城十代が、その手札を使用する。

 

「墓地にネクロダークマンがいる時、一度だけ『E・HERO』を生贄なしで召喚できる! 来い、『E・HEROエッジマン』!!」

 

 E・HEROエッジマン☆7ATK/DEF2600/1800

 

 現れたのは、融合HEROを除けば最強の上級HERO。わっ、と本校側の観客席が湧く。

 ――だが、エッジマンではコスモクイーンには届かない。

 

「お見事ですが、それでは届きませんよ」

「ああ。だから届かせる。――墓地の『スキル・サクセサー』の効果を発動! このカードを除外することで、エンドフェイズまでモンスター一体の攻撃力を800ポイントアップさせる! エッジマンを強化だ! いくぜ、バトル! エッジマンでコスモクイーンを攻撃!」

「――――ッ!?」

 

 千里LP4000→3500

 

 コスモクイーンが破壊される。十代はターンエンド、と宣言した。

 

「私のターン、ドロー」

 

 手札を見る。……正直、エッジマンでコスモクイーンを突破されるのは予想外だった。早急になんとかする必要がある。

 だが、現状の手札では足りない。ならば、不確定だが――

 

「私は手札より装備魔法『ワンダー・ワンド』を発動。エリアに装備。このカードは魔法使い族モンスターにのみ装備でき、攻撃力を500ポイントアップ。更にこのカードを装備したモンスターを墓地に送ることでカードを二枚ドローします」

 

 エリアを墓地に送り、カードを二枚引く。

 ……成程、これならまだどうにかなる。

 

「私は手札より、永続魔法『一族の結束』を発動します。墓地のモンスターの種族が一種類のみの時、私のフィールド上の同種族モンスターの攻撃力は800ポイントアップします。そして私は、『憑依装着―ヒータ』を召喚」

 

 憑依装着―ヒータ☆4炎ATK/DEF1850/1500→2650/1500

 

 現れたのは、赤髪の焔を纏う魔法使いだ。

 本来なら、エッジマンには届かない攻撃力しかないモンスター。だが、今なら届く。

 

「バトルです。ヒータでエッジマンを攻撃」

「ぐっ、エッジマン!」

「更に魔法カード『サイクロン』を発動。伏せカードを破壊し、ターンエンドです」

 

 破壊したカードは何のことはない。『融合』だ。まあ、この状況では使えないだろう。

 ……楽しいと、先程彼はそう言った。

 本当に、そう思えるのか? そんな風に考えられるのか?

 疑問を浮かべる千里の前で、へへっ、と十代は笑みを零す。

 

「楽しいな……! 楽しいぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 笑みを浮かべる十代。それに対し、千里は困惑の表情を浮かべる。

 会場に、大歓声が響き渡る。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「流石の十代くんも苦しいか。それにしても、エグい状況だ」

 

 くっく、と笑みを零す澪。先程感じた悪寒の様なものはもう感じない。目の前にいるのは、いつもの澪だ。

 

「少年ならばどう突破する?」

「僕は元々モンスター効果が主体ですから……色々手段があります」

「成程、確かにそれもそうか。さて、遊城くんはどうするのかな?」

 

 本当に楽しそうな笑みを浮かべる澪。そんな中、ふと澪は思い出したように言葉を紡いだ。

 

「そういえば、彼はシンクロは使うのかな?」

「あ、いえ使わないはずです。持ってない……じゃない、持ってはいるんですけど、使うためのカードがないとか」

「ほう、引き当てたのか。あのパックで」

「しかも凄いレアカードだったんです。勿体ないとは思うんですけど……」

「成程。まあ、その辺は確かに難しい。――さて、どうするつもりかな?」

 

 期待はしているんだが――烏丸澪は、薄く笑みを浮かべてそう呟く。

 テレビの中の十代は、いつものように笑みを浮かべていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 世の中には、本当に色々なデュエリストがいる。

 魔法・罠を封じる戦略。成程、これは厄介だ。

 正直、打てる手は少ない。故に――

 

「俺はモンスターをセットし、カードを五枚伏せる。そして手札がこのカード一枚の時、バブルマンは特殊召喚できる! 守備表示で特殊召喚!」

 

 E・HEROバブルマン☆4水ATK/DEF800/1200

 

 これで十代の場にはトークンも合わせて三体のモンスター。千里は眉をひそめつつ、ドロー、と宣言した。

 

「私は手札より、『憑依装着―ウィン』を召喚」

 

 憑依装着―ウィン☆4風ATK/DEF1850/1500→2650/1500

 

 現れるのは、風を纏う緑髪の魔法使いだ。バトル、と千里は告げる。

 

「ヒータでバブルマンを、ウィンでトークンを攻撃。破壊します」

 

 これで十代の場にはセットモンスターが一体と、伏せカードが五枚。

 正直、手詰まりにも思える状況だ。だが――

 

「へへっ、いくぜ! これが全力だ!」

「…………」

「ドロー!――よし、俺が引いたのは三枚目のバブルマンだ! 特殊召喚! そしてセットモンスターを反転召喚! 『フレンドッグ』 だ!」

 

 E・HEROバブルマン☆4水ATK/DEF800/1200

 フレンドッグ☆3地/800ATK/DEF800/1200

 

 現れるのは、機械仕掛けの犬だ。バトル、と十代が宣言した。

 

「フレンドッグでウィンに攻撃!」

「自爆特攻……?」

 

 十代LP3950→2100

 

 千里が怪訝そうな表情を浮かべる。十代が効果発動、と言葉を紡いだ。

 

「フレンドッグが戦闘で破壊された時、墓地から『E・HERO』を一体と『融合』を手札に加えることができる! 俺はエアーマンを手札に回収し、召喚! そして第二の効果だ!」

 

 E・HEROエアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 風を纏いて現れるは、風の力を宿すHERO。

 マズい、と千里が呟くと同時に。

 

「エアーマンの召喚・特殊召喚成功時、エアーマン以外のE・HEROの数だけ相手フィールド上の魔法・罠を破壊できる! 魔法族の里を破壊!」

「……ッ、まさか……!?」

 

 エアーマンの力により、十代を縛り続けていたロックが崩れ去る。

 攻め込むなら――今!!

 

「魔法カード『融合』を発動! バブルマンとエアーマンを融合! HEROと水属性モンスターの融合により、極寒のHEROが姿を現す! 『E・HEROアブソルートZero』!!」

 

 E・HEROアブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000

 

 現れるのは、最強のHEROと名高き極寒のHERO。

 その威容に、会場から歓声が上がる。

 

「更にリバースカード、オープン!! 速攻魔法『サイクロン』!! これにより、『王宮のお触れ』を破壊!」

 

 これでロックは完全に崩れ去った。千里が息を呑む。

 

「だが、Zeroじゃその二体は倒せない。ターンエンド」

「私のターン、ドロー。……バトル、ウィンでZeroを攻撃!」

 

 Zeroの効果は強力だ。破壊すればこちらも吹き飛ぶが、この状況では致し方ない。

 ――しかし十代は、待ってました、と言わんばかりに笑みを浮かべる。

 

「リバースカード、オープン! 罠カード『亜空間物質転送装置』! 自分フィールド上のモンスター一体をエンドフェイズまで除外する! 除外するのはアブソルートZeroだ! そしてアブソルートZeroの効果発動! このカードがフィールドを離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!」

「―――――――ッ!?」

 

 千里の場ががら空きになる。最強のHEROの名は伊達ではない。

 千里は一度唇を引き結ぶと、カードを一枚デュエルディスクに置いた。

 

「私は『憑依装着―ダルク』を召喚。……ターンエンド」

 

 憑依装着―ダルク☆4闇ATK/DEF1850/1500→2650/1500

 

 現れるのは、闇の力を纏う黒髪の魔法使い。

 これが、紫水千里最後の砦。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は手札より『融合回収』を発動! エアーマンと融合を回収! そしてエアーマンを召喚し、『E・HEROスパークマン』を手札に! そしてエアーマンとスパークマンで『融合』! HEROと風属性のモンスターの融合により、暴風纏いしHEROが降臨する! 『E・HERO Great TORNADO』!」

 

 E・HERO Great TORNADO☆8風Atk/DEF2800/2200

 

 暴風が吹き荒れ、その中心から一体のHEROが姿を現す。効果発動、と十代は宣言した。

 

「トルネードの融合召喚成功時、相手モンスターの攻守は半分になる!」

「…………ッ!」

 

 憑依装着―ダルク☆8闇ATK/DEF2650/1500→1325/750

 

 トルネードは、強化された攻撃力さえも吹き飛ばす。

 残ったのは、一つの現実のみ。

 

「そして最後! 伏せておいた魔法カード、『ミラクル・フュージョン』を発動! 墓地のフェザーマン、バブルマン、スパークマンを除外し! 来い、『E・HEROテンペスター』!!」

 

 E・HEROテンペスター☆8風ATK/DEF2800/2800

 

 三体のHERO融合によって現れる、一体のHERO。

 場に並ぶ三体のHEROが、等しく十代を守るように並び立つ。

 

「バトルだ! 三体のモンスターで攻撃!」

 

 千里LP3500→-3275

 

 三人の英雄による一撃は、容易く相手のLPを削り切る。

 

『勝者は、アカデミア本校代表遊城十代選手です!』

 

 司会である宝生の言葉と共に、ソリッドヴィジョンが消え、会場から拍手が降り注ぐ。十代は千里に向かって拳を突き出した。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

「……あの場面でバブルマンを引かれてはどうしようもありません。ありがとうございました」

 

 ぺこりと頭を下げてくる千里。彼女は、ポツリと十代へ問いかけた。

 

「私とのデュエルは、楽しかったですか?」

「ああ、勿論!」

 

 何の躊躇もなく頷く。大変だったが、楽しいデュエルだった。

 千里は小さくそうですか、と呟くと、もう一度頭を下げてくる。

 

「――ありがとうございました」

 

 万雷の拍手が響き渡り、二人の健闘を称える。

 一試合目は、こうして終わりを迎えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「申し訳ありませんでした」

 

 

 席に戻ると同時に、万丈目に向かって頭を下げた。勝つことを目指し、勝てなかった。代表として出た以上、その責任は感じている。

 叱責も覚悟の上。だが、万丈目はこちらを責めてこなかった。

 

「いや、よくやった。相手が相手だ。惜しかったが、仕方ない」

 

 ふう、と息を吐く万丈目。その姿を見て、申し訳ない気持ちが更に湧いてきた。

 どんな言葉で飾ろうと、勝てなかったという事実が重くのしかかってくる。

 

「良いデュエルだったぞ」

 

 自己嫌悪に陥りそうになっていた千里。その彼女に、そんな言葉が掛けられる。

 どことなく優しい、その言葉に。

 

「――はい」

 

 千里は、小さく頷いた。

 

「万丈目サンダー、俺が取り返しますんでご安心を」

 

 そして前に出てきたのは、一人の男子生徒だ。ふん、と万丈目が鼻を鳴らす。

 

「勝てるのか?」

「当然です。それに、夢神祇園――アイツにはこっちも少し因縁がありますから」

 

 画面に映し出された、どことなく頼りない雰囲気の少年の顔写真を見ながら男子生徒がそう告げる。成程、と万丈目は頷いた。

 

「期待しているぞ」

「へへっ、期待しておいてください。……紫水、お前の負け分は取り返してきてやる。安心しろ」

「……はい」

 

 かつての自分は、こんな声をかけて貰えることなどありえなかった。

 けれど、今は。

 万丈目のおかげで、自分もまたノース校の一員として戦える。

 

「頑張ってください。お願いします」

「おう!」

 

 でも、だからこそ。

 もう、一人じゃなくなったからこそ。

 

「……勝ちたかった、な」

 

 ポツリと呟いた、彼女へ。

 万丈目が視線を向けていたことに、彼女は気付かない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 次のデュエル――即ち祇園がデュエルするまでの休憩時間。祇園は、そろそろ行きます、と目の前に立つ女性に告げた。女性、烏丸澪はああ、と頷く。

 

「応援しているよ。頑張ってくるといい」

「はい。……どこまでできるかは、わかりませんが」

「キミは本当に、肝心なところで弱気だな」

 

 祇園の言葉を聞き、澪は苦笑を浮かべる。祇園も苦笑し、軽く頬を掻いた。

 だが、これは仕方がない。夢神祇園が自信を持つには――自身を誇れるようになるには、彼はあまりにも多くの敗北に晒されてきてしまっている。

 

「でも、やるしかないですから」

 

 苦笑と共に、祇園は言う。

 彼を動かす、根源的な部分を言葉にする。

 

「言い訳は、出来ません」

 

 どんな時でもそうだった。夢神祇園は前に向かって踏み出す以外の選択肢は与えられず、ただただ進んだ道の先で戦い続けてきたのだ。

 そこに言い訳はなく、そして、そういう人生はこの先も変わらない。

 

「いいな、それはいい。とてもいい言葉だ」

 

 澪が笑みを浮かべる。正直なことを言えば、彼女にとって祇園は偶然興味を抱いただけの存在に過ぎないだろう。本来の祇園は、澪と出会うことすらなかったはずの存在だから。

 

「やはりキミは、面白い」

 

 だが、それでも期待をかけてもらえるならば。

 裏切りたくはないと……そう、思う。

 

 

 

 アカデミア本校ノース校代表戦、第二試合。

 本校代表、夢神祇園VSノース校代表、大八木啓次郎。

 ――間もなく、開始。

 










まあ、封じられようがチートドローは健在ということで。






十代くんはこの先も、よっぽどでない限りシンクロは使わないでしょう。
それにしても、ロック系は決まると色々厳しい……。もしくはガン伏せのデッキは相手にすると辛いですよね。
まあ、基本的にそういうデッキもジリ貧なところとかがあるのでその駆け引きが楽しいんですが。
……ただとりあえず、エヴォル。貴様らジャンドだと相性悪過ぎだ。勝てん。


さてさて、次回は祇園くんの出番。
……なんか久し振り。


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