遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第四十九話 女王の飛翔、駆け抜ける疾風

 

 

 

 

 誤解を受けることもあるが、デュエルアカデミアは高等学校である。故に指導要領に沿った授業は行われるし、生徒たちも日々それに頭を悩ませる。

 テスト前になれば学校がなくなればいいと思ったことのある者は非常に多いだろう。

 だが、そんな彼らでも楽しみにする授業がある。

 

「祇園ー! こっちに打たせろー!」

「俺たちが止めてやるからなー!」

「……サードとか何でこんな危険なポジションに俺はいるんだよ」

 

 ――体育である。

 無論、体育が苦手な生徒も少なからず存在する。だが、楽しみにしている者も多いのも事実だ。そうでなければ、こんな風に盛り上がることはない。

 

「一アウト1、3塁。得点は一点差……一打で同点、長打で逆転だ。悪いが祇園、打たせてもらうぞ」

「あはは、お手柔らかに」

「いけ三沢ー! かっ飛ばせー!」

「如月に打たれた分を取り返せー!」

 

 ヘルメットを被り、打席に入る三沢。祇園は投手をやらされているのだが、その理由は単純にコントロールが良いから――ストライクに入る――だけである。そのため、バッターを抑える方法は打たせて取るしかない。

 ちなみにサードを守っている宗達は四打数四安打一本塁打五打点と運動神経の抜群さを発揮しており、黄色い声援が飛んでいた。ますます宗達の男子人気が下がった瞬間である。女生徒にとっては危害を加えないので意外と嫌われてはいないらしい。

 とりあえず構える。次のバッターは十代だ。出来れば連打はされたくない。

 ボールをしっかりと握り、投げる。その瞬間。

 

「――ふっ!」

 

 完璧なタイミングで、三沢がバットを全力で振り抜き、鋭い打球が放たれる。

 向かう先は――サード!

 

「うおっ!?」

「アウトー」

 

 まるで吸い込まれるように宗達の顔面へと向かっていた球を、彼はその反射神経で捕球した。そのままこちらへボールを投げ渡しつつ、三沢の方へと視線を向ける。

 

「殺す気かテメェ!?」

「むぅ、飛んだところが悪かったか。当たれば一点入っていたが」

「いや、野球はそういう競技じゃないから」

「そうだぞ如月ー! どうせなら当たっとけー!」

「よし上等だ表出ろテメェら全員ぶち殺してやるから」

 

 外野の者たちと共に騒ぎ始める宗達。宗達がああして誰かとぶつかるのはいつものことだが、最近は少しその形も変わってきた。何となくだが、彼も受け入れられてきたのだと思う。

 まあ、元々素行が悪いこと以外には手を出さない限り向こうも何もしてこない人物であるし、実力もカイザーに次ぐ学内二番手と認識されているのだから当然かもしれないが。

 要するに怒らせなければいいのだ。普通のじゃれ合いなら問題ない。

 

「へへっ、ドンマイだぜ三沢」

「ああ、十代。任せた」

「おう! いくぜ祇園、かっ飛ばしてやる!」

 

 宗達が五人ほど一方的に砂にした後、遊城十代がバッターボックスに入って来る。普段から元気に動き回っているだけのことはあり、十代の運動神経は抜群だ。

 十代がバットを構え、祇園も応じるようにして投球のモーションに入る。

 ――そして。

 

「うっ……!?」

「ライト!」

 

 十代の球がライト方向へと打ち上げられ、キャッチャーの前田隼人が声を上げる。だが十代も打ち損じたらしく、ボールはファールゾーンへと向かっていく。

 

「あー、ちくしょう」

 

 良かった、と祇園が安心したその瞬間。

 

「ナノーネ!?」

 

 聞き覚えのある悲鳴と共に、鈍い音が響き渡った。

 うわぁ、とその場の全員が表情を引き攣らせる。

 

「……運がねぇな、十代」

 

 ポツリと、宗達が呟いた一言と共に。

 クロノス教諭が、犯人を探して絶叫した。

 

 ……今日も平和だと、そんなことをふと思う。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 十代に与えられた罰は、何故かテニス部への一日体験入部だった。アカデミアのテニス部は名門らしく、かなり厳しいトレーニングを積んでいるとのこと。そこでしごかれてこいとのことらしい。

 少々心配だったので購買部の仕事の傍ら寄ってみたのだが、中々に凄い光景が広がっていた。

 

「諦めるな! 追いつけると思ったら追いつける! さあいくぞもう十本追加だ!」

「いやいやいや無理だって!? あんなん物理的に追いつけるわけねぇだろ!?」

「遊城十代くん! キミに物理的と言う言葉は似合わないぞ! もう一球だ!」

「うおっ!? くっ、うおおおおおおおっ!?」

「確かに十代に物理的ー、なんて言葉は似合わんな」

 

 何やらバックに焔が視えそうなほどにエキサイトしているテニス部の部長と、コートを駆け回る十代。そしてそれを遠巻きから楽しそうに見ている宗達。

 ……どういう状況なのだろうか。

 

「えっと、宗達くん? 何してるの?」

「ん? 祇園か。オマエこそ何してるんだ?」

「僕は購買部の仕事で、運動部の備品発注の確認。テニス部で終わりなんだけど……」

「大変だなオマエも。俺はあれだ。暇だから十代をからかいに来たんだが、予想以上に面白いことになっててな」

 

 くっく、と笑う宗達。その視線の先では、コートの上で仰向け倒れている十代がいる。

 

「十代くん、大丈夫かな?」

「流石の体力バカも厳しいかねぇ。まあ、それはともかく休憩っぽいぞ。仕事だろ?」

「あ、うん。ちょっと行ってくるね」

 

 バインダーとファイルを取り出し、ついでに持ってきた水の入ったペットボトルを手にコートの方へ行く。失礼します、と告げてコートに入ると、先程まで十代を熱血指導していた部長がこちらへと歩み寄ってきた。

 

「む、キミは? 部外者は悪いが立ち入り禁止になっているぞ」

「あ、購買部から来ました。えっと、備品の発注で確認をお願いしたくて。判子を頂きたいんですが……」

「おお、成程。そういえばキミは購買分で働いているのだったか。少し待っていてくれ」

 

 笑顔を浮かべてそう言うと、急いで部室の方へと向かう部長。とりあえず見えた白い歯が印象的だった。

 爽やか……なのだと思う。だが、どことなく違和感を覚えるのは何故だろうか。

 

「あ、そうだ。十代くん、はい。お水だよ」

「祇園~……、助かるぜ~……」

 

 倒れ込んでいる十代へペットボトルを差し出すと、上体を起こして十代はペットボトルを受け取った。そのまま一気に飲み干し始める。

 

「災難だったね」

「ホントだぜ……ったく、クロノス先生も酷いよな。ちゃんと謝ったのに」

「でも、もうすぐ終わりなんだよね?」

「おう! けどやっぱりしんどいぜ。テニスなんて授業以外でやったことないからなー……」

「あはは……」

 

 相当疲れた様子を見せる十代に、祇園は苦笑を零すしかない、確かに見ている分にもハードなトレーニングだったので、妥当といえば妥当だろうか。

 そういえば、と宗達の方へと視線を向ける。すると、いつの間に来たのか雪乃、明日香、ジュンコ、ももえといった四人が集まっていた。何やら宗達と話しながらこちらを指差している所から察するに、十代の事だろうか。

 

「待たせてしまったな。リストは問題ない。これでいいかな?」

「あ、はい。ありがとうございます。えっと、これが控えなので保管しておいてください」

「わかった。さて、遊城十代くん! 練習再開――」

 

 げっ、と声まで上げる十代へと爽やかな笑顔を向ける部長。だが、その言葉が途中で止まった。

 何だろうか、と思い部長の視線を追ってみる。すると、その視線の先にいたのは宗達たちだ。

 

「――そこにいるのは天上院明日香くんではないかね!?」

 

 そして全力でそちらの方へと走っていく部長。本当、色んな意味で真っ直ぐな人らしい。

 

「はい、そうですが……」

「何だ、知り合いか?」

 

 戸惑った様子を見せる明日香と、その隣で問いかける宗達。部長は宗達の方へ視線を向けると、むっ、と露骨に眉をひそめた。

 

「キミは天上院くんとどういう関係だい?」

「俺らってどういう関係なんだ?」

「私が知るわけないでしょ」

 

 肩を竦めてそんな風にとぼける宗達と、面倒臭そうに応じる明日香。そんな二人を見てどう思ったのか、部長が突然宗達へと人差し指を突きつけた。

 

「キミのことは知っているぞ、如月宗達くん! 藤原くんだけでは飽き足らず、天上院くんにまで手を出すか!」

「いや意味がわかんねーよ」

「あら、フフッ」

「手を出すって……」

「そんな不純な真似はこの僕が許さない! さあ、天上院くんのフィアンセの座をかけてデュエルだ!」

「おいコラ話飛び過ぎだろ」

 

 宗達が呆れた調子で言うが、部長に退く気配はない。祇園がどうしたものかと思いながら見守っていると、なあ、と十代が立ち上がりながら問いかけてきた。

 

「フィアンセって何だ? 食えんのか?」

「……説明するのは難しいけど、そうだね……。一言で云うなら婚約者、かな?」

 

 言いつつ、十代と共に宗達たちの方へと向かう。

 平和だなぁ、と改めてそう思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「つーか、フィアンセってなぁ……。何? 明日香オマエ、俺と結婚すんの?」

「あなたと結婚するくらいなら十代とした方が遥かにマシね」

「あーあ、フラれた」

「あらあら、明日香も見る目がないわねぇ? でも、十代のボウヤならそうでもないのかしら?」

「雪乃、私はあなたほど寛容になれないわ」

「なぁ、俺フラれたぞ雪乃?」

「いいのよ宗達。私はあなたを愛してるから」

「おう、俺も愛してるぞ」

「……あんたたち、もうちょっと人目ってもんを考えなさいよ」

「羨ましいですわ~」

「ええい、話を聞きたまえ!?」

 

 完全に置いてきぼりにされた部長が声を荒げる。宗達のああいった態度は慣れていないと相当癇に障るだろう。実際、ああいう態度が原因で主にブルー生と宗達はしょっちゅう衝突している。

 まあ、大抵宗達が物理的にかデュエルで一方的に沈めているので本人は全く気にしていないようだが。

 

「とにかくだ、如月宗達くん! 天上院くんにキミは相応しくない!」

「いや別にそれでいいけど。明日香もそうだろ?」

「珍しく意見が合うようね、宗達」

「なんか滅茶苦茶辛辣だなオイ。いくら俺の心が防弾ガラスだっつっても、あまり叩くと砕けるぞ?」

「慰めてあげるわ。こっちにいらっしゃい」

「もう少し真面目にやりたまえ……!」

 

 芝生の上に座る雪乃と、その膝の上に寝転がる――所謂『膝枕』の体勢――宗達。正直、喧嘩を売っているようにしか見えない。

 

「真面目ねぇ……。あんた、さっきからありえないほど力入れてるけど疲れねぇの?」

「今日という日は今日しかないんだ! それを全力で生きるのは当たり前だろう!? 後悔先に立たず、わかったらデュエルしたまえ!」

「暑苦しいことこの上ねぇ……。祇園、何とかしてくれ」

「とりあえずその体勢をどうにかすることから始めるべきだと思うよ」

 

 いきなり水を向けられるが、流石に呆れしか出て来ない。最近、宗達の性質についても大分理解できてきた。如月宗達という人物は、その外面に対してその行動が酷く合理的なのだ。

 強くなる――その目的のためならば努力は惜しまないし、だからこそDMの授業は余程のことが無ければ欠席することもなく出てきている。十代や自分とのデュエルも用が無ければ必ず受けるし、宗達自身が認めた相手ならば彼の方から声をかけてデュエルすることも珍しくない。

 だが、その反面自身の利益にならないことに関しては見ていてこちらが冷や汗を流してしまいそうになるほどにドライだ。それこそ宗達の中で『弱い』と判断した相手とのデュエルは『時間の無駄』と言い切ってしまうほどに。

 

(……多分これ、本気で面倒臭がってるんだろうな)

 

 普段ならこの時点でデュエルか物理的手段で相手を黙らせているはずだ。それをしていないということは、宗達が動くことそのものを面倒臭がっているということだろう。

 雪乃によれば宗達は大分昔に比べて大人しくなったという。これもその影響なのだろうか?

 ……まあ、とにかくだ。

 騒ぎ過ぎてしまったためか、人が集まってきた。テニス部員や他の運動部の者たちも集まってきている。これでは部長も引けないだろう。

 

「大体、女にモテるってんなら祇園はどうなるんだよ?」

 

 しかし、そんなことはお構いなしに雪乃に膝枕された状態でこちらを指差しながらそんなことを言う宗達。祇園はため息を零した。

 

「いやいや、僕は関係ないよね?」

「どの口が言うか。なぁ、雪乃?」

「ボウヤ、その鈍さは時として残酷よ?」

「藤原さんまで……。モテたことなんてないんだけどな」

「桐生がこっち来てる日はほとんど一緒にいるくせに何言ってんだオマエは」

「美咲とは幼馴染だし、友達だし……何かおかしいかな?」

 

 首を傾げる。おかしなことはない。そもそも、子供の頃はずっと一緒だったのだ。

 だが、そんな自分を見て明日香たちはため息を零す。

 

「……美咲先生も苦労するわね」

「同感です、明日香さん」

「青春ですわ~」

「如月宗達くん、キミは人の話を聞く気がないようだね……!」

 

 後ろに何やら妙なオーラが視えそうなくらいに怒りを蓄積させている部長。その姿を見てか、流石の宗達も面倒臭そうにではあるが上体を起こした。

 

「で、結局あんたの目的は? どうすりゃ納得して消えてくれるんだよ?」

「言っただろう! 天上院くんのフィアンセの座を賭けて勝負だ、と!」

「……これ、ループしてね?」

 

 心底面倒臭そうに呟く宗達。そのまま、なぁ、と明日香へ視線を向けた。

 

「オマエ、俺と結婚する気あんの?」

「さっき言った通りよ」

「冷たいねぇ……。まあ、答えなんざ出てるわけだが。それじゃあ向こうさんも納得しないみたいだぞ?」

「――なら、私が行くわ」

 

 ふう、と息を吐き、明日香が一歩前に出る。そのまま、鋭い視線を部長へと向けた。

 

「私がお相手いたします」

「む……、成程、了解した。ではテニスコートを使おう。デュエルディスクはあるかね?」

「これを使いなさい、明日香」

 

 明日香に対し、雪乃がデュエルディスクを投げ渡す。明日香は雪乃に礼を言うと、部長と向かい合った。

 ギャラリーたちが自然と円を作り、二人を取り囲む形になる。祇園たちはそこから少し離れた芝生からデュエルを見守る形をとる。

 

「よし、デュエル回避。雪乃、膝枕してくれ」

「フフッ、いらっしゃい?」

「……何というかもう、いつも通りだね」

 

 宗達の行動に対しては呆れしか出て来ない。十代は二人のデュエルを近くで見ようとギャラリーの方へと紛れ込んでしまった。ジュンコとももえもだ。

 祇園としても二人の邪魔をするつもりはないので少し離れようと思ったが、宗達が紡いだ言葉によってそれを止めることとなる。

 

「……正直、あの野郎はちょっと面倒臭い相手だったしな」

「えっ?」

「綾小路ミツル。オベリスク・ブルーの生徒で、勝率だけならカイザーと同格だ」

「カイザーと?」

 

 その言葉に、素直な驚きを覚える。こう言っては何だが、そこまで凄いデュエリストとは思えなかったのだ。

 宗達はそんな祇園に対し、まあ、と言葉を紡ぐ。

 

「倒そうと思えば倒せるさ。面倒臭いだけで」

「宗達くんがそれほど警戒する相手なんだ……」

「……警戒はしてねぇよ。ただ、あんまり戦いたくねぇ。あの類のデッキは苦手だからな」

 

 欠伸を漏らしながら言う宗達。どういうことか――それを聞く前に、声が聞こえてきた。

 

「「――決闘!!」」

 

 そんな、二人の声が。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 綾小路ミツル。基本的に他人に対してそこまで興味を抱かない宗達が知っている相手だ。当然、明日香もその実力は知っている。

 アカデミアにおけるデュエルの勝率はかの〝カイザー〟と同格。決して侮っていい相手ではない。

 

(けれど、このデッキの試運転には丁度いいわ)

 

 あの日、寒空の下で迷いを抱いていた自分。

 確実に強くなっていく友人たちを前に、ただ黙って見ているだけだった事が悔しくて……情けなくて。

 けれど、どうにもできなくて。

 

「先行は僕だ、ドロー!」

 

 綾小路がその白い歯を光らせながらカードをドローする。黄色い声援が上がるが、明日香はそれを努めて無視した。

 

「僕は魔法カード『サービス・エース』を発動! 僕が手札を一枚選び、相手はこのカードの種類を当てる! 当たった場合は選んだこのカードを破壊し、外れた場合はこのカードを除外し相手に1500ポイントのダメージを与える! さあ、天上院くん! 選びたまえ!」

 

 確実に通ることが決まっているわけではないとはいえ、強力なバーン効果を持つカードだ。明日香は数瞬迷った後、選択する。

 

「……魔法カードよ」

「正解は『メガ・サンダーボール』、モンスターカードだ! このカードを除外し、1500ポイントのダメージを与える!」

「…………ッ!」

 

 明日香LP4000→2500

 

 テニスボールが飛来し、その一撃によってLPが大きく削られる。綾小路は更に、と言葉を紡いだ。

 

「モンスターをセットし、カードを一枚伏せてターンエンドだ!」

 

 バーンデッキ。モンスターよりも魔法・罠を中心として相手のLPを削り取るデッキだ。

 一部では忌避されることも多いが、それはつまりそれだけ理不尽で、そして勝率が高いことを意味している。

 

「さあ、天上院くん! 僕が勝ったらキミにはフィアンセになってもらうよ!」

 

 白い歯を見せながらそう宣言する綾小路。心の底から溢れるような自身が、その笑顔に映っていた。

 

(強いわね。けれど、このぐらいで苦戦してるようじゃ私は追いつけない)

 

 一人は、己が歩んできた道に迷いを持ちながらも誇りを胸に戦った。

 一人は、最後まで笑顔のままに、諦めることなく戦い抜いた。

 一人は、強くなるためにたった一人で世界へと挑み、結果を示した。

 一人は、たった一つの約束のためにどん底から表舞台へと這い上がった。

 ――けれど、私は?

 何も、しなかった。何も、できやしなかった。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 見ているだけは、もう嫌だ。

 私もまた――決闘者なのだから!

 

 紡がれた、魔法に。

 周囲から、歓声が迸った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「バーンカード……」

「勝率が高いのも頷けるだろ? 別に悪いとは言わねぇけどな」

「勝てる確率は上がる。けれど、一定以上には通用しない……でしょ?」

「組み方次第だけどな」

 

 欠伸を噛み殺しながら宗達が雪乃の言葉に返事を返す。祇園は、でも、と言葉を紡いだ。

 

「確かに辛いかもしれない……。火力で責められると、僕も辛いよ」

「そりゃそうだ。でもま、大丈夫だろ。なんせ明日香だ。雪乃の〝女帝〟と並び立つ〝女王〟だぞ? そう容易く負けるわけねぇだろ」

「中等部の頃は、数少ない宗達とまともなデュエルができる相手だったものねぇ」

「そもそも俺とデュエルしようなんて物好きがあんまりいなかったけどな」

 

 くっく、と笑いながら言う宗達。……膝枕された状態でなければ少しは格好がつくというのに。

 

「大丈夫よ、ボウヤ。明日香は強いから」

「そう、ですよね」

「悩んでたみたいだけどな。まあ、ありゃ折れるような女じゃねぇ。――見てみろ。あれが〝女王〟の新しい翼だ」

 

 歓声の中心に。

 漆黒の翼が、吹き荒れていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「私は手札より、永続魔法『黒い旋風』を発動! 自分フィールド上に『BF』と名の付いたモンスターが召喚に成功した時、自分のデッキからそのモンスターの攻撃力より低い攻撃力の『BF』を手札に加えることができる! 私は『BF―暁のシロッコ』を召喚!」

 

 BF-暁のシロッコ☆5闇ATK/DEF2000/900

 

 現れるは、漆黒の翼を持つ戦士。明日香は更に、と言葉を紡いだ。

 

「シロッコは相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターがいない時生贄なしで召喚できるわ。更に『黒い旋風』の効果により、デッキから『BF-疾風のゲイル』を手札に加え、特殊召喚。ゲイルはゲイル以外の『BF』が自分フィールド上にいる時、特殊召喚できる」

 

 BF-疾風のゲイル☆3闇・チューナーATK/DEF1300/400

 

 二体目のBF。明日香はバトル、と言葉を紡いだ。

 

「シロッコでセットモンスターを攻撃!」

「メガ・サンダーボールだ。破壊される」

「ゲイルでダイレクトアタック!」

「おっと、それはさせない! リバースカード、オープン! 罠カード『レシーブエース』! 相手の直接攻撃を無効にし、1500ポイントのダメージを与える!」

「――――ッ!」

 

 明日香LP2500→1000

 

 LPが一気に削り取られる。何かしらのバーンカード一枚で終わってしまう状態だ。

 ――だが。

 

「天上院くん、キミのLPはもう風前の灯だ」

「――メインフェイズ2。レベル5暁のシロッコに、レベル3疾風のゲイルをチューニング」

 

 相手の言葉を遮るように、明日香はその言葉を口にする。

 あの日、遥か天上の高み立つ人物より託されたこのカード。どういう意味を持つのか、どうして自分だったのか。答えは未だわからない。

 だが、それでもいい。

 ――強くなるためならば、そこに迷いは抱かない。

 

「黒き疾風よ! 秘めたる想いをその翼に現出せよ! シンクロ召喚! 舞い上がれ――『ブラックフェザー・ドラゴン』ッ!」

 

 ブラックフェザー・ドラゴン☆8ATK/DEF2800/1600

 

 現れるは、漆黒の翼を持つ翼竜。その翼を広げ、竜は咆哮する。

 

「カードを二枚伏せ、ターンエンド」

「……シンクロ召喚か。けれど、僕には通用しないぞ。僕のターン、ドロー! 手札より『伝説のビッグサーバー』を召喚!」

 

 伝説のビッグサーバー☆3地ATK/DEF300/1000

 

 現れるモンスター。その姿に明日香が眉をひそめると、綾小路は得意げに言葉を紡いだ。

 

「ビッグサーバーは相手にダイレクトアタックでき、また、相手に戦闘ダメージを与えるとデッキから『サービスエース』を手札に加えることができる」

 

 サービスエース――それは、強力な効果を持つバーンカード。

 この場面で決められると、明日香の敗北が決定する。

 

「ただその後、相手プレイヤーはカードを一枚ドローすることになるが。――いくぞ、ビッグサーバーでダイレクトアタック! そして僕は『サービスエース』を手札に!」

「一枚ドローよ」

 

 明日香LP1000→700

 

 カードを引く。綾小路が笑みを浮かべた。

 

「さあいくぞ、天上院くん! 魔法カード『サービスエース』! さあ、選びたまえ!」

 

 示されたカード。今度の明日香は迷うことなく、その答えを口にした。

 

「魔法カードよ」

「残念だな、『レシーブエース』。罠カードだ! 1500ダメージを受けてもらうよ!」

 

 放たれる一撃。爆音と共に、明日香が煙に包まれる。

 

「僕の勝利だ!」

 

 高々と宣言する綾小路。しかし。

 

「いいえ、まだ終わりじゃないわ」

 

 鋭い眼光を携えて。

 アカデミアの女王は、今だ死さず立っていた。

 

 ブラックフェザー・ドラゴン☆8ATK/DEF2800/1600→2100/1600

 黒羽カウンター×1

 

「な、何故だ!?」

「ブラックフェザー・ドラゴンの効果は、効果ダメージを受ける場合代わりに黒羽カウンターを置くというもの。一つに付き攻撃力が700ポイント下がるというデメリットがあるけれど、その代わりありとあらゆる効果ダメージが通じないわ」

 

 それに応じるように、ブラックフェザー・ドラゴンが咆哮する。くっ、と綾小路が唇を噛んだ。

 

「僕はカードを伏せ、ターンエンドだ!」

「私のターン、ドロー。黒羽カウンターを取り除き、ビッグサーバーの攻撃力を一つ分――700ポイントダウン。そしてダウン分のダメージを与える」

 

 ビッグサーバー☆3地ATK/DEF300/1000→0/1000

 綾小路LP4000→3700

 

 流の咆哮と共に漆黒の羽が撒き散らされる。明日香は更に、と言葉を紡いだ。

 

「手札より『BF-極北のブリザード』を召喚! 効果発動! 墓地よりレベル4以下のBFを一体、表側守備表示で特殊召喚できる! ゲイルを蘇生! 更に場にBFがいるため、『BF-黒槍のブラスト』を特殊召喚!」

 

 BF-極北のブリザード☆2闇・チューナーATK/DEF1300/0

 BF-疾風のゲイル☆3闇・チューナーATK/DEF1300/400

 BF-黒槍のブラスト☆4闇ATK/DEF1700/800

 

 三体のモンスターが場に展開される。そして無論、それだけでは終わらない。

 

「レベル4黒槍のブラストに、レベル3疾風のゲイルをチューニング! シンクロ召喚! 『BF-アーマード・ウイング』!!」

 

 BF-アーマード・ウイング☆7闇ATK/DEF2500/1500

 

 強固な漆黒の鎧に身を包む、黒き翼の戦士が降臨する。明日香はこれで最後、と言葉を紡いだ。

 

「罠カード『ゴッドバード・アタック』! 自分フィールド上の鳥獣族モンスターを生贄に捧げ、フィールド上のカードを二枚破壊する! 伏せカードとビッグサーバーを破壊!」

「なっ、僕のミラーフォースが……!」

 

 これで場はがら空き。そして、手札は0。

 防ぐ手立ては――ない。

 

「二体のモンスターでダイレクトアタック!」

「うわあああああああっ!?」

 

 綾小路LP3700→1200→-1600

 

 決着の音が鳴り響く。ソリッドヴィジョンが消えたのを確認すると、明日香は綾小路の方へと歩み寄った。

 

「ありがとうございました」

 

 そう言って手を差し出す明日香。だが、綾小路は顔を上げると、その瞳から突如大粒の涙をいくつも流し始める。

 ――そして。

 

「うっ、うわああああああああああっっっ!!」

 

 そのまま、涙を流して走り去ってしまった。周囲のギャラリーも、彼のそんな姿に呆然とする。

 

「……幻滅ですわ」

 

 ポツリと呟いたももえのそんな台詞が、嫌に印象に残った。

 ギャラリーたちが散っていく。その途中で、十代が笑顔を浮かべて走り寄ってきた。

 

「なあ明日香、それ新デッキか?」

「ええ。冬休みから構築してたんだけど、中々上手くいかなくて。今日が初デュエルよ。むしろ、そのためにあなたたちを探してたんだけど」

「そうなのか? じゃあ明日香、デュエルしようぜ!」

「いいわよ。けれど、ここだと邪魔になるから別の場所でね」

「おう! ちょっと待っててくれ、着替えてくる!」

 

 快活な笑顔を浮かべ、十代が走り去っていく。それを見送りながら、明日香はポツリと呟いた。

 

「負けないわよ、十代」

 

 かつてのデュエルの時のようには。

 もう、負けはしない。

 ――そしてそれは。

 中学時代、一度も勝てなかった男に対してもだ。

 

「ねぇ、宗達」

 

 立ち上がり、伸びをしていた男へと声をかける。

 その背に負いつこうとして、結局、追いつけなかった中学時代。

 今もまた、依然差はあるけれど。

 

「デュエルよ」

 

 その言葉を、どう思ったのか。

 先程までの面倒臭そうな表情とは違い、宗達は笑顔を浮かべる。

 

「おお、良いぜ」

「祇園、あなたともデュエルしたいわ。いいかしら?」

「えっ、あ、うん。とりあえずちょっとだけ仕事が残ってるから、それが終わったらいくらでも」

「ええ、お願い」

 

 頷きを返す。夢神祇園――彼もまた、強力なライバルだ。強くなるためには、多くの者とデュエルをしなければならない。

 

「迷いは消えたの、明日香?」

「ええ。どうにかね」

「そう。なら……楽しませて頂戴?」

 

 フフッ、と怪しげに笑う親友。彼女ともきっと、これから何度も戦うだろう。

 

「祇園! デュエルだデュエル!」

「いや、僕ちょっと仕事残ってるからその後でね?」

「えー、いいじゃんそんなの」

「僕の生活費がなくなっちゃうから……ごめんね?」

「十代、相手なら俺がしてやる。とりあえずあれだ、女子寮行くぞ女子寮。あそこなら使う奴いない決闘場あるだろ。俺が普段サボって寝てる場所」

「残念ながら宗達、あなたしばらく女子寮入りは禁止よ?」

「えっ。マジで?」

 

 楽しげな会話。それを見ながら。

 

「……楽しいわね」

 

 ポツリと、天上院明日香は呟いた。

 こんな日々が、続けばいいのにと。

 

 ――遠くで、竜が嘶く声が聞こえた気がした。

 

 

 

 










誰であろうと、強くはなれる。
必要なのは、変わろうとする意志。








というわけで、あの日姐御が物凄く適当にカードを渡した相手は明日香さんでした。
まあ、これはこれで正しいという気がしないでもない。



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