遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第四十八話 其ノ者、修羅ヲ背負イテ軍神トナル

 

 

 日本プロデュエリストにとって憧れであると同時に絶対でもある、五つの称号――『日本五大タイトル』。背負うだけで〝最強〟の一角となるその名は、歴代の保持者たちの功績により世界にも轟いている。

 順に、

〝壱龍〟

〝弐武〟

〝参魔〟

〝伍天〟

〝祿王〟

 ――この五つは称号であると同時に、しかし、これだけでは意味を持たないモノでもある。

 称号はあくまで称号だ。問題は、それを背負う者。

 現在、この五つを背負う人間は僅か三人。しかしその三人は、絶対の畏怖を以て尊敬と共に語られる存在でもある。

 日本プロ史上最高峰との呼び声高き、〝壱龍〟、〝参魔〟、〝伍天〟の名を持つデュエリスト――DD。

 日本史上最年少でタイトルを手にした〝幻の王〟にして、〝祿王〟の名を持つ絶対にして孤高の王――烏丸澪。

 そして、黎明期より最初に〝弐武〟の称号を背負い、ただの一度も他者へその称号を譲らなかった〝日本DM界原初の大物〟――皇清心。

 ……かつて、現日本ランキング3位にして今年のIリーグ優勝チームである『東京アロウズ』の主将が語ったことがある。

 

『皇清心を倒せないということは即ち、過去を超えることを我々ができていないということだ』

 

 多くの伝説が紡がれた黎明期。その全てをその身で体験し、そして、生き残ってきた男。

 未だ挑戦者の全てを捻じ伏せるその力は、正しく怪物。

 ――彼は語る。何がために力を求めるかを。

 

〝男が頂点を獲ることに、理由がいるのか?〟

 

 ――彼は語る。己が強さの真髄を。

 

〝全てを捻じ伏せるんだ。妥協はいらねぇ。よくやった、なんて言葉はいりやしねぇんだよ〟

 

 ――彼は語る。背負い続けるその訳を。

 

〝俺が、この俺自身が〝最強〟であると証明し続けるためだ。それ以外の理由はねぇし、必要もねぇ〟

 

 そして、現代。

 未だ、新たに〝弐武〟を背負う者は現れていない。

 

 皇〝弐武〟清心。

 ――その強さを称え、人は彼を〝軍神〟と呼ぶ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエルが始まる前の空気は、プロになる前から一度も変わらない。肌が泡立ち、心臓が一度大きく撥ね、そして静かに落ち着いていく。

 そんな、不可思議で……心地良い感覚。

 

「くっ……、〝弐武〟だと? 何故そんな大物がこんなところに……」

「おいおい、どうした? オメェさんは〝最強〟になったんだろう? だったら相手が誰だろうと関係ねぇじゃねぇか」

 

 確か、神楽坂……だっただろうか。何やらやらかしたそうだが、それについては正直どうでもいい。面白い戦いと、自分自身の証明。それができれば清心はどうでもいいのだ。

 

「先行は譲ってやる。来い、小僧。――ぶち殺してやる」

 

 たとえ、勝負の最中にこの熱が冷めてしまうことがわかっていても。

 それでも、期待はしてしまう。

 

「いいだろう! その余裕、後悔させてやる! いくぞ!」

 

 互いにデュエルディスクを構え、向かい合う。

 戦いが――始まった。

 

「決闘!!」

 

 戦いが始まる。先行は――神楽坂だ。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は手札より魔法カード『融合』を発動! 手札の『幻獣王ガゼル』と『バフォメット』を融合し、『有翼幻獣キマイラ』を融合召喚!」

 

 有翼幻獣キマイラ☆6風ATK/DEF2100/1800

 

 現れたのは、空想上の生物『キメラ』のような姿をしたモンスターだ。成程、大した引きである。

 先程の少年とのデュエルはまぐれかと思ったが、実力だったらしい。〝決闘王〟のデッキをこうも回すことができるとは。

 

 

「おおっ、キマイラだぜ!」

「サーチカードなしで出せるんだ……」

「『コピー』ゆーんは伊達やないからなぁ。あの引きは十分才能なんやけど、何か惜しいんよ」

「やっぱり〝決闘王〟のデッキは強いッスよ」

「うーん、でも神楽坂はその、成績は良くないんだな」

「あと一歩の詰めの部分が足りないイメージねぇ、あのボウヤは」

「……確かに大したもんだよ。けどあれだ。相手が悪過ぎる」

 

 

 聞こえてくる観客たちの声。成程、『コピー』。それで『最強のデッキ』などと言っていたのか。

 悩める学生らしい結論だ。普通なら、ここで先人として何かしらの教えを与えるモノなのだろう。

 ――だが、そうはしない。

 皇清心は、そんな言葉は持ち合わせていないのだ。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」

「俺のターンだな。ドロー」

 

 ただただ、力を求めた。

 ただただ、栄光へと手を伸ばし続けた。

 

「俺は手札より、永続魔法『炎舞―「玉衝」』を発動。相手フィールド上にセットされた魔法・罠を対象として発動し、このカードの発動に対して相手は選択されたカードを発動できない。このカードが存在する限り相手は選択されたカードを発動できず、また、このカードが表側表示で存在する限り獣戦士族モンスターの攻撃力が100ポイント上昇する。そして更に、『速炎星―タイヒョウ』を召喚」

 

 速炎星―タイヒョウ☆3炎ATK/DEF0/200→100/200

 

 現れたのは、炎を纏う武人だ。三国志などに出てくるような、どこか古めかしい鎧を身に纏っている。

 

「タイヒョウの効果を発動。このモンスターを生贄に捧げることで、デッキから『炎舞』を1枚セットできる。俺は永続魔法『炎舞―「天璣」』をセットし、発動。デッキからレベル4以下の獣戦士族モンスターを手札に加える。『炎星師―チョウテン』を手札に」

 

 今のところ、決して派手な動きはない。だが、確実に場にカードが並んでいく。

 

「そして『炎舞―「天枢」』を発動。このカードは獣戦士族モンスターの召喚権を増やすことができ、また、表側表示である限り獣戦士族の攻撃力を100ポイントアップさせる。そして天枢の効果によって『炎星師―チョウテン』を召喚。召喚成功時、墓地からレベル3の守備力200以下の炎属性モンスターを守備表示で特殊召喚する。『速炎星―タイヒョウ』を特殊召喚」

 

 炎星師―チョウテン☆3炎・チューナーATK/DEF500/200→800/200

 速炎星―タイヒョウ☆3炎ATK/DEF0/200→300/200

 

 炎を纏う魔術師が現れ、墓地より先程の戦士が蘇る。並び立つ2体のモンスター。それが示す答えは一つ。

 

「さあ、いくぜ。――レベル3速炎星―タイヒョウに、レベル3炎星師―チョウテンをチューニング。シンクロ召喚! 炎を纏いて駆け抜けろ、『炎星候―ホウシン』!!」

 

 炎星候―ホウシン☆6炎ATK/DEF2200/2200→2500/2200

 

 現れるのは、炎の馬に跨る一人の将軍。敵を見下ろすその姿に、歴戦の武人としての気配が漂う。

 

「そしてホウシンの効果だ。シンクロ召喚に成功した時、デッキから炎属性・レベル3モンスターを一体特殊召喚できる。『立炎星―トウケイ』を特殊召喚。そしてトウケイの効果だ。炎星の効果によって特殊召喚された時、デッキから炎星を一体手札に加えることができる。二枚目の『炎星師―チョウテン』を手札に加える」

 

 立炎星―トウケイ☆3炎ATK/DEF1500/100→1800/100

 

 次いで現れる、新たなる炎を纏う戦士。バトルだ、と清心は宣言した。

 

「ホウシンでキマイラを攻撃!」

「ッ、キマイラの効果を発動! このカードが破壊された時、墓地のガゼルかバフォメットを蘇生できる! バフォメットを守備表示で蘇生だ!」

 

 神楽坂LP4000→3600

 バフォメット☆5闇ATK/DEF1400/1800

 

 吹き飛んだキマイラ。だが、合成獣はその片割れを戦場へと遺していく。

 ほぉ、と面白そうに笑う清心。そのまま彼は更に、と言葉を紡いだ。

 

「トウケイの効果だ。一ターンに一度、炎舞を墓地に送ることで炎舞をセットできる。天枢を墓地へ送り、デッキから『炎舞―「天権」』をセット。更にカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 長い長いターンが終わる。その結果として現れたのは、圧倒的なまでのフィールドの差。

 それを見て、神楽坂はどう思うのか。

 

「くっ……俺のターン、ドロー!」

 

 戦いは、未だ始まったばかり。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……凄い」

 

 一連の動きを見、夢神祇園は感嘆の言葉を漏らした。清心の場には5枚のカード、そして手札は4枚。アドバンテージという概念から考えても、圧倒的なモノが展開されている。

 

「これがあのクソジジイの強さだよ」

 

 チッ、という舌打ちを零しつつ、そんなことを言ったのは如月宗達だ。彼はどこか睨み付けるような視線を清心に向けつつ言葉を紡ぐ。

 

「そもそもの概念がおかしいんだあのクソジジイは。何もかもを――それこそ、敵さえも捻じ伏せちまう。あれが本物のバケモンだよ」

「捻じ伏せる?」

「簡単に言っちまえば十代の逆ってとこだな」

 

 そう言われるが、よくわからない。振り返ってみると、他のメンバーも似たような反応だった。ただ一人、美咲だけがため息を吐いていることからどういうことかわかっているみたいだが。

 

「しっかし、神楽坂の奴はどうするつもりかね? あのクソジジイ相手じゃ一矢報いることすらできねぇ可能性があるぞ」

「さて、それはどやろか」

「あん?」

「確かにこの状況は辛いけど……あのデッキ、展示されてたんをそのまま持ち出してきてるはずや。ウチの予想が正しければ、かなり面倒やで」

 

 険しい表情で美咲がそんなことを言う。どういうこと、と祇園が問うと、美咲が頷いて言葉を紡いだ。

 

「あのデッキはバトルシティからその少し後までのデッキや。確かに最新のカードは入ってへん。せやけど、それを補うようなカードがあるやろ?」

「補うようなカード?」

 

 どういうことだろうか。首を傾げる自分たちに、なぁ祇園、と美咲は言葉を紡ぐ。

 

「今はなくて、昔はあったモノ。これ、なんやと思う?」

「今はなくて、昔はあったモノ?」

 

 首を傾げる。今と昔。DMにおける違い。

 シンクロ? いや違う。それは昔なくて今あるモノだ。ならば――

 

「……まさか」

 

 ふと、思いつく。その可能性に。

 あれが文字通り、当時の〝決闘王〟のデッキならば――

 

「そうやで、祇園。それが答えや」

「――禁止カード」

 

 祇園が、そう呟くと同時に。

 神楽坂が、一枚のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「俺は手札より魔法カード『強欲な壺』を発動! カードを二枚ドローする!」

 

 予想していたことだが、やはり禁止カードが入っていた。当時のデッキならば当然だろう。『強欲な壺』は当時、ありとあらゆるデッキに入っていた。

 

「まあ、当時のデッキってんなら当然だわなぁ」

 

 卑怯などと言うつもりはない。これは正式なデュエルではないのだから。

 それに、これぐらいの方が張り合いがある。

 

「いくぞ、俺は手札より魔法カード『融合回収』を発動! 『融合』と『幻獣王ガゼル』を回収する! そして『融合』を発動! 手札の『バスター・ブレイダー』と『ブラック・マジシャン』を融合!――来い、『超魔導剣士―ブラック・パラディン』ッ!!」

 

 超魔導剣士―ブラック・パラディン☆8闇ATK/DEF2900/2400

 

 現れるのは、竜殺しの力を持つ魔導剣士。かつて〝決闘王〟も用いた、竜を狩るためのモンスター。

 

「更に魔法カード『天使の施し』を発動! カードを三枚ドローし、二枚捨てる!――魔法カード『大嵐』!! フィールド上の魔法・罠を全て破壊するぜ!」

「罠カード発動、『炎舞―「天璇」』。獣戦士族モンスターの攻撃力をエンドフェイズまで700ポイントアップさせる。俺はホウシンの攻撃力を上昇させる」

 

 炎星候―ホウシン☆6炎ATK/DEF2200/2200→2900/2200

 

 フィールド上の魔法・罠カードが根こそぎ吹き飛ばされる。これで、往く手を遮るものは何もない。

 

「甘いぜ! 魔法カード『拡散する波動』! 1000ポイントLPを支払い、レベル7以上の魔法使いを選択して発動する! このターン選択した魔法使いモンスターしか攻撃できない代わりに、全てのモンスターへ攻撃できる!」

「け、けど今のホウシンとブラック・パラディンの攻撃力は一緒なんじゃ……」

 

 恐る恐るといった調子で眼鏡をかけた小柄な少年がそう言葉を紡ぐ。その少年に対し、清心がいいや、と言葉を紡いだ。

 

「『天使の施し』だな?」

「その通り。俺が捨てた二枚は、『幻獣王ガゼル』と『カース・オブ・ドラゴン』の二枚。ブラック・パラディンはフィールド上及び墓地のドラゴン一体につき攻撃力が500ポイント上がる!」

 

 神楽坂LP3600→2600

 超魔導剣士―ブラック・パラディン☆8闇ATK/DEF2900/2400→3400/2400

 

 攻撃力が上昇するブラック・パラディン。バトルだ、と神楽坂が宣言した。

 

「ホウシンとトウケイに攻撃! 超・魔・導・烈・破・斬!!」

「――へぇ」

 

 清心LP4000→3500→1600

 

 清心の場が完全に空となる。神楽坂はターンエンド、と宣言した。

 

「これは最強のデッキ……! そうだ、このデッキならば〝弐武〟にすらも俺は勝てる!」

 

 高々と宣言する神楽坂。清心はカードをドローすると、ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「物真似するんなら徹底的にやりゃあいいものを。期待外れだな」

「……何だと?」

「本物なら、今の攻勢で俺を殺してる。当たり前だ。〝決闘王〟は俺にターンを渡すことがどういうことかよォくわかってるからな」

 

 だが、そうしなかった。否、できなかった。

〝決闘王〟のデッキをここまで使いこなすことは評価に値する。しかし、足りない。

 ――本物は、ここより遥か高みにある。

 

「手札には無限の可能性がある。手札0でこっちにターン渡した時点で、オメェさんの終わりは決まってたんだよ」

「減らず口を!」

「――なら、試してみるか? 俺は手札より『炎星師―チョウテン』を召喚。効果により墓地の『立炎星―トウケイ』を蘇生。トウケイの効果により、デッキから二枚目の『速炎星―タイヒョウ』を手札に加える」

 

 炎星師―チョウテン☆3炎・チューナーATK/DEF500/200

 立炎星―トウケイ☆3炎ATK/DEF1500/100

 

 再びの組み合わせ。それに対し、ふん、と神楽坂が鼻を鳴らす。

 

「もう一度ホウシンを出したところでブラック・パラディンは超えられん!」

「ホウシン? 誰がそんなことを言った? そもそも、愚直に殴り合いをする必要もねぇ。――永続魔法、『炎舞―「揺光」』を発動。発動時に相手フィールド上の表側表示のカードを選択でき、その場合手札から獣戦士族モンスターを捨てることでそのカードを破壊できる。俺はタイヒョウを捨て、ブラック・パラディンを破壊」

「なっ……!?」

 

 ブラック・パラディンが吹き飛ばされ、驚愕の表情を浮かべる神楽坂。本来ならブラック・パラディンは手札を捨てることで魔法を無効にする効果を持つが、手札0ではどうしようもない。

 

「そしてトウケイの効果だ。揺光を墓地に送り、『炎舞―「天璣」』をセットし、発動。『炎星師―チョウテン』を手札に。――待たせたな、レベル3立炎星―トウケイに、レベル3炎星師―チョウテンをチューニング。シンクロ召喚。――『獣神ヴァルカン』」

 

 獣神ヴァルカン☆6炎ATK/DEF2000/1600

 

 現れるのは、一体の獣人。炎を身に纏うその存在が、咆哮を上げて清心の背後へと控えるようにして降臨する。

 

「ヴァルカンの効果を発動。シンクロ召喚成功時にお互いの表側表示のカードを一枚ずつ、手札に戻す。オメェさんのバフォメットと俺の天璣を手札に戻すぜ」

「そんな、まさか……」

「おっと、まだ終わっちゃいねぇ。これが最後だ。――魔法カード『真炎の爆発』!! 墓地より守備力200の炎属性モンスターを可能な限り特殊召喚する! チョウテンとタイヒョウを二体ずつ特殊召喚だ!」

 

 炎星師―チョウテン☆3炎・チューナーATK/DEF500/200

 炎星師―チョウテン☆3炎・チューナーATK/DEF500/200

 速炎星―タイヒョウ☆3炎ATK/DEF0/200

 速炎星―タイヒョウ☆3炎ATK/DEF0/200

 

 並ぶ四体のモンスター。神楽坂が一歩、後ろへと退いた。

 その目に浮かぶのは、恐怖。

 

「――逃げんなよ」

 

 シンクロ召喚。その言葉と共に、二体のシンクロモンスターが降臨する。

 

 天狼王ブルーセイリオス☆6闇ATK/DEF2400/1500

 天狼王ブルーセイリオス☆6闇ATK/DEF2400/1500

 

 轟音と共に大地を踏みしめるのは、三つ首の獣。

 王の名を持つ、天狼。

 

「天狼星、だったか? まァどうでもいい。さて、そろそろ俺も酒を飲みたくなってきた。終わりにするぜ?」

「う、あ、ああっ……!?」

「――これが〝最強〟だ。覚えとけ、小僧」

 

 三体の獣が、一斉に神楽坂へと襲い掛かる。

 耐えられる道理は……ない。

 

 神楽坂LP2600→―4200

 

 勝者が決まり、敗北者が決まる。神楽坂が、力なく地面に膝をついた。

 

「何故だ……これは、最強のデッキのはず……」

「さァな。オメェさん自身でその答えは考えろ。興味も失せた。俺ァ帰る」

 

 肩を竦め、立ち去ろうとする。そんな時だった。

 

 

「――いいデュエルだった」

 

 

 聞こえてきたのは、一人の青年の声。そちらの方へ視線をやると、そこにいたのは女生徒を連れた一人の青年。

 ――丸藤亮。

 清心もその名と顔は知っている。現世代の高校生では最高峰のデュエリストだ。

 

「〝弐武〟を相手にあれほどのデュエル……不謹慎なのかもしれないが、楽しませてもらったぞ」

「カイザー……」

「そうだぜ神楽坂! 最高のデュエルだった!」

「ああ、面白いものを見せてもらったぜ!」

 

 そして次々と現れる学生たち。先程から気配は感じていたが、成程、ずっと見ていたのか。

 若いねぇ、と呟く清心。集まってきた生徒たちに囲まれ、神楽坂はあっという間に見えなくなる。興味はないが、あの様子なら悪いことにはならないだろう。

 

「清心さん」

「ん? おー、嬢ちゃん」

 

 騒がれる前に退散しようと足を進めると、美咲が前に立っていた。はい、と美咲が軽く会釈をしてくる。

 

「今日はありがとうございます」

「礼を言われるようなことをした覚えはねぇが」

「彼を指導して下さった礼です。ありがとうございます」

 

 そう言って美咲が頭を下げてくる。そこでようやく合点がいった。

 

「そういや嬢ちゃんは教師なんだったな」

「似合わないことは自覚しています」

「いやいや、俺よりは遥かに向いてるじゃねぇか。くっく、だが実際、俺は何もしてねぇよ」

 

 歩き出す。ここにいても仕方がない。そもそも今日は友と飲み明かすつもりだったのだ。

 

「選ぶのも、気付くのも。結局全てが自分自身なんだよ」

 

 そして、視線の先。

 こちらをの睨み付けるようにして見据える男がいる。

 

(……良い目だな。俺のデュエルの意味を理解してるみてぇだ)

 

 こんなものは茶番だ。本当に欲しいのは、殺し合いと呼ぶに相応しいギリギリの戦い。

 皇清心には、もうそれしか残っていないのだから。

 こんなぬるま湯ではなく、殺し合いの戦場を。それだけを、彼は求める。

 ――そしてそれは、こちら側へ来た子の男もまた同じ。

 

「テメェ、クソジジイ。手加減しやがったな?」

「何の話だ?」

「とぼけんな。一ターンで殺せたはずだ、テメェなら」

「くっく、さァて、な。それはオメェさんの買い被りかもしれねぇぞ?」

 

 肩を竦め、その場を立ち去ろうとする。そうして背を向けてからその背にかかってきた言葉に、清心は足を止めた。

 

「あんたはさ、何で戦い続ける? もう、手にできるモノは手にしたはずだろ?」

 

 背中合わせの問いかけ。これから己が歩んできた道を歩もうとする者と、既にその道を歩み終えた者。

 近くて遠い、敵同士の一つの問答。

 

「――力が欲しかった。ただ、全てを捻じ伏せる力が」

 

 才能も、金も、帰る場所もなかった自分にとって。

 力こそが――全てだった。

 

「そのために走り続けてきた。愛した女は、いつの間にか死んでいた。家族なんて呼べる相手は、もう一人しか残っちゃいねぇ」

「なら、どうしてだ? あんたの歩く先に、何がある?」

「不安にでもなったか? オメェの目指す道の末路がこうだと知って」

「はっ、ほざけ」

「理由は一つだよ、クソガキ。――嘘にしたくねぇ」

 

 残った理由は、たったそれだけ。

 本当に……それだけなのだ。

 

「あの日の俺は、こうなることに全てを懸けた。何もかもを投げ捨てようとした。それを嘘にはできねぇんだよ」

「過去にしがみつく生き方が、あんたの強さか」

「なら何故、オメェはそこに立っている? 俺と同じ側へと踏み込んだ?――オメェも一緒なんだよ」

 

 未来を目指して生きていけるのは、強い者だけ。

 強くなれない者は、過去にしがみつくしことでしか生きていけない。

 

「〝ヒト〟ってのは過去の上にしか生きられない。オメェも、俺も、桐生の嬢ちゃんも。どんな奴も逃げることはできねぇ。それだけだ」

 

 過去から逃れることができないからこそ。

 人は、過去に縛られ続ける。

 明日も、未来も、今日さえも。

 過ぎ去ったモノ――『過去』の先にしか、ないのだから。

 

「……酔いが冷めたな。飲み直すか」

 

 酒は、探せばどこかにあるだろう。

 今日は、呑みたい気分だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 神楽坂に下された処分は、一週間の停学だった。公開が無事に行えたことや自分に責任が行くことを避けようとしたクロノス必死の弁護、生徒たちの声が聞き入れられたことによる処分だ。

 決まった時は随分甘いと思ったが、鮫島校長は多くを語らなかった。署名を持っていった自分たちに対してその処分の決定を口にした時、一瞬こちらを見たような気がしたのは……きっと、気のせいだと思う。

 そして今。祇園は美咲の手伝いとして段ボール箱を持ってラーイエローの寮を歩いていた。

 

「えっと、ここだね」

「ん、了解や。神楽坂くん、おるかー?」

 

 祇園は手がふさがっているので、美咲がドアをノックする。少しして、驚いた表情の神楽坂が出てきた。

 

「桐生先生? と、夢神……か?」

「うん。ちょっと時間ないから手短に話すよ? 祇園が持っとるのは、今年の入学試験で使われた試験用デッキのリストなんよ。教材として使っとるもんやし、デッキ造るんやったらこれ使いや」

 

 美咲の言葉に神楽坂は驚きを深くする。祇園は少し体を揺らした。

 

「えっと、とりあえず置いてもいいかな?」

「あ、ああ。だが、これは一体……?」

「試験用デッキにはそれぞれ全部意図がある。どういう風に入学者を試すかが込められてるんや。……神楽坂くんのコピー能力は才能や。けど、才能ってゆーんは磨かな意味があらへん。これはそのための教材や」

「教材……?」

 

 神楽坂が呆然と呟く。美咲は頷くと、ほな、と軽く手を挙げた。

 

「ウチは本土に戻らなアカンから、これで。祇園、また。連絡するしな~」

「うん。わかった」

「ほな、失礼」

 

 美咲が慌ただしく立ち去っていく。それを見送った後、祇園は神楽坂へと言葉を紡いだ。

 

「……神楽坂くんは、凄いと思うよ」

「凄い、だと?」

「コピーデッキ、っていうけどさ。人のデッキを使いこなすのってやっぱり難しいから。僕には無理だし、だから凄いと思う」

「だが、俺は勝てないんだ。それじゃ意味がない」

 

 神楽坂が俯く。祇園は、だったら、と言葉を紡いだ。

 

「勝とうよ。勝てるデッキを作ろう」

「……軽く言うな。それができないから、俺は」

「できるよ。ううん、やらなくちゃいけない。……十代くんはさ、凄く楽しそうにデュエルをしてて。凄いと思う。でも、僕は弱いから。だからあんな風になれない。楽しくデュエルをして、それができればそれだけでいいなんて思えない」

 

 楽しくデュエルをすることは大切で、それは祇園自身も望むこと。

 けれど、それだけで全てが上手くいくことはない。

 彼のようには、なることができない。

 ――何故ならば。

 

「僕にとって、デュエルは楽しいだけのものじゃなかったから」

 

 勝たなければならない戦いに敗北し。

 ただただ、心が折れそうになった。あの時も、勝てなかったあの頃も。

 本当に……辛くて。

 けれど、それもまた、夢神祇園の歩んだ道。

 

「強くなろう。できるよ、神楽坂くんなら」

「……そう、なのか? できるのか、俺に」

「できるよ。僕も協力する。丁度、デッキも弄ろうと思ってたから」

「そうか。……頼む」

「うん」

 

 目指す先は、力が全ての実力の世界。

 そこに辿り着くためには、無傷ではいられない。

 

「そういえば、十代くんたちも後で来るって言ってたよ」

「そうなのか?」

「仲間だからね、皆は」

 

 こうして出会えたのだから、それは仲間で。

 強くなるために、お互いを鍛え上げることができればいいと思う。

 ただ、一つだけ。

 ここに来る途中、宗達にデッキを作る上で一番優先することを聞いた時の答え。

 

〝相手を確実に殺す。それ以外の目的はいらねぇよ〟

 

 きっと否定しなければならなかったのに、否定できなかった自分。

 それがどうしてなのか……祇園は、考えないようにした。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、実際どうなんだ?」

「……復活は避けられん」

「おーおー、大変だねぇ」

「他人事だな?」

「他人事だしな。向かってくるなら俺が潰す。……まあ、ここに着いた瞬間〝邪神〟が疼きやがったから薄々感付いちゃいたが」

「危険な賭けだが、やはり例のあれしか方法はない」

「ガキに賭けるってのか?」

「彼には可能性がある。私はその可能性に賭けたいと思う」

「それならそれでいいだろうがな。……まあ、困ったら言え。手ェ貸してやる」

「ああ、礼を言う」

「なァに、大したことじゃねぇ」

 

 グラスを机の上に置き。

 相手に背を向け、男は言った。

 

「命、懸けるんだろ? 見送ってやるよ」

「……礼を言う」

 

 薄暗いその空間に。

 静かに、そんな声が響いていた――……。










とりあえずあれです、オジサマパネェ。





そんなこんなでようやく実力の片鱗を見せたオジサマです。神楽坂くんも頑張った……でも、足りなかった。
色んな意味で凄まじいお人です。



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