遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第四十七話 帰ってきた場所

 

 

 

 

 日数にすれば決して長いわけではなく、しかし、体感としては異常に長かった日々。

 永遠に続けばいいと思うけれど、そんなことはありえなくて。

 日々は移ろっていく。

 変わっていく。

 ――人の心を、置き去りにしたままに。

 

 

 

「また、よろしくお願いします」

「ええ、歓迎しますよ」

 

 始業式を終え、夢神祇園は校長室にいた。彼の他にいるのは校長である鮫島と、技術最高責任者であるクロノス教諭だ。

 出席日数などの問題から、アカデミア本校へと戻ってきた祇園。その置かれている状況が少々特殊であるため、こうして手続きに来ているのだ。

 

「シニョール夢神はオシリス・レッドに所属することになるノーネ。部屋は以前と同じなので、確認しておくとよろしいでスーノ」

「はい。ありがとうございます」

「購買部の方にも話は通してあります。この後に伺ってください」

 

 アルバイトの件は少々不安だったが、問題ないらしい。はい、と祇園は頷く。

 戻ってきたのだ――懐かしいような、そうでないような。どこかむず痒い感覚を覚えてしまう。

 

「では、失礼します」

「ええ。何かあれば申し出てください。……ああ、それと」

 

 頭を下げ、部屋を出て行こうとする祇園。その彼へ、鮫島が思い出したように言葉を紡ぐ。

 

「どうするかは……決まりましたか?」

「……すみません」

 

 力なく頭を振る祇園。構いませんよ、と鮫島は言葉を紡いだ。

 

「ゆっくりと考えてください、と私個人はそう思います。しかし、期限はありますから」

「……はい」

「良き学園生活を」

 

 その言葉に祇園はもう一度頭を下げ、部屋を出て行く。それを見送ってから、鮫島はふう、と小さく息を吐いた。

 

「恨み言の一つ……いえ、それこそ罵詈雑言を浴びることは覚悟していたのですが」

「シニョール夢神は、何も言ってこなかったでスーノ」

「恨みはあるのでしょう。それは間違いありません。ですが、それをぶつけることに意味がないとわかっている――いえ、〝諦めている〟のでしょうね。あの若さで、怖いものです」

 

 息を吐く。鮫島が外へと視線を向けると、その視界にあるモノが映った。

 ――ヘリコプター。それも、普段この島に来るものとは違う型だ。

 

「おや、来客でしょうか」

「生徒は一名を除き全員揃っていまスーノ」

「ふむ。来客は聞いていませんが……確認のためにも出迎えに行きましょうか」

 

 鮫島が立ち上がり、部屋を出て行く。それを見送ってからクロノスはリモコンを取ると、室内のテレビをつけた。

 映るのはニュース番組。そこに、見覚えのある少年が一人映っている。

 

『ニュースです。日本人では史上最年少、如月宗達さん(16)がフロリダに本拠地を持つDMプロチーム『フロリダ・ブロッケンス』のプロテストに合格しました。如月さんはデュエル・アカデミア本校の一年生で、今後その動向に注目が集まります』

 

 現在のアカデミアにおける一年生では文句なしの№1、全校生徒の中でも1、2を争う一種の〝天才〟。

 アメリカへ渡っているという話はクロノスも聞いていたが、まさかこんなことになっているとは。

 

「……彼にとっては、どちらが一番なノーネ……」

 

 今日、唯一始業式に姿を現さなかった生徒のことを思い浮かべ。

 クロノスは、ため息を零した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ヘリから降り、長旅で固まってしまった体をほぐすために如月宗達は思い切り伸びをした。その背後から、初老の男性――皇〝弐武〟清心も降りてくる。

 

「あー、くそ、疲れた。ヘリはやっぱ慣れねー」

「なんだ、この程度で音を上げてるのか小僧? 軟弱なこってな」

「テメェと違ってデリケートなんだよクソジジイ。……つーか、何でテメェも付いて来てんだよ」

 

 振り返りつつ問いかける。清心は煙草をくわえつつ、そうだな、と言葉を紡いだ。

 

「昔の知り合いに会いに来た……ってのはどうだ?」

「どうだもクソも知るかそんなもん」

「興味がねぇなら聞くもんじゃねぇ。……まあ、実際昔の知り合いがここにゃあいるからな」

 

 肩を竦める清心に、あっそ、と宗達は言葉を紡ぐ。実際、興味はそこまでないのだ。清心がどうしようが宗達には関係ないのだから当然だが。

 ヘリのパイロットに礼を言い、二人は室内へ入ろうと歩き出す。だが、彼らが扉を開ける前に別の人物が屋上へと姿を現した。

 ――鮫島校長。

 アカデミア本校の校長にして、サイバー流師範。同時に、如月宗達にとっては〝敵〟とも認識する相手だ。

 

「来客かと思えば……キミでしたか。始業式には遅刻ですよ」

「レッド生に出席は関係ねぇだろ」

 

 そう言い切ると、宗達は鮫島の隣を通り過ぎて室内へ入って行こうとする。その背に対し、鮫島は静かに言葉を投げかけた。

 

「夢神くんが戻ってきていますよ」

「…………」

 

 宗達は何も言わず、一瞬だけ手を止めただけだった。それを見送り、やれやれと清心が言葉を紡ぐ。

 

「若ぇなぁ、小僧も」

「仕方がありません。彼にとって私は敵ですから」

「何があったかなんてのは知らねぇし、知る気もねぇやな。どうでもいい。……懐かしい顔だが、思い出話をするような間柄でもねぇだろう。じゃあな」

 

 清心はそれだけを言い切ると、軽く手を振って室内へと入っていく。鮫島はそれを見送り、肩を竦めた。

 

「相変わらずのようですね。……妙な組み合わせかと思えば、そうでもない。似ています、確かに」

 

 昔のあなたと、と鮫島は言う。

 

「私がかつて否定したあなたの在り方と……彼は、非常によく似ている」

 

 厄介なことにならなければいい――鮫島は、疲れたようにため息を漏らした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 離れていた間に、どうやら色々と変わった部分があるらしい。一番は女子寮だろう。女生徒は例外なくブルー生となるはずだったのだが、方針が変わったらしい。

 まあ、とはいえ祇園にはあまり関係がないのだが。

 

「お世話になります」

「それはこっちの台詞だよ、祇園ちゃん。人手があると本当に助かるから」

 

 購買部の責任者であるトメさんに頭を下げると、トメさんはそう返事を返してくれた。それに改めて礼を言いつつ、購買部のエプロンで身を包む。そのまま、それで、と食堂――購買部と食堂は同じ場所にある――の方を振り返りつつ言葉を紡いだ。

 

「これはどういう状況なんですか?」

 

 そこでは無数のアカデミア生が入り混じり、一つの円を形作っている。中央では丸藤翔がラーイエローの生徒と向かい合い、デュエルを行っていた。

 別にデュエル自体は普通のことであるし日常だが、雰囲気がどこか殺気立っているのだ。

 

「ああ、それはこれやで祇園」

「美咲?」

 

 背後から肩を叩かれ、振り返るとそこにいたのは幼馴染であり約束の相手――桐生美咲だ。彼女は微笑ながら近くに張ってあるポスターを指さしている。

 

「えっと……『武藤遊戯のデッキ展示』?」

「そ、遊戯さんのデッキ公開や。ゆーても神のカードはあらへんし、バトルシティ当時のそれやから今のデッキゆーわけやないんやけどな」

「え、でもそれは凄いよ。興味あるな」

 

 思わずポスターの方を凝視してしまう。〝決闘王〟武藤遊戯。〝最強〟とは誰か、という論議が起こった際に必ず最初に名前が挙がり、同時にそれを否定させないだけの実績を残してきた生きる伝説。

 そんな人のデッキが見られるというのは、かなりのことだ。正直かなり興味がある。

 

「ま、そら当然や。でも、やからこそこんなことが起こるわけで」

「こんなこと?」

「整理券を配ってるのよ。それで、残りが一枚になっちゃったからああしてデュエルで決めてるわけね」

「……成程」

 

 合点がいった。確かにアカデミアの生徒は例外なく訪れるだろうし、そうなると整理券でも配らなければ混乱するのは間違いない。

 

「それで翔くんがデュエルしてるんだ。……えっと、相手の人は……」

「神楽坂くんやな。制服を見ての通り、ラーイエローの子やね。座学は優秀なんやけど、ちょっと実技に問題がある子でなー……」

「あ、そっか。美咲は非常勤講師だもんね」

「うん。まあ、見てたらわかる――」

「――『古代の機械巨人』を召喚するノーネ!!」

 

 美咲の声を遮るように、神楽坂の宣言が響き渡る。見れば、そこにいたのはアカデミア本校が誇る技術指導最高責任者の切り札だ。

 

「あれってクロノス先生の……」

「そ、神楽坂くんが使っとるんはクロノス教諭のコピーデッキや。なんや本人の性質か知らんけど、コピーデッキを使っとる時にその人になりきるみたいでなぁ」

「へぇ、そうなんだ」

「まあ、コピーが悪なんて思わんしそれはそれで貴重な才能や。せやけど、ちょっとな」

 

 美咲が渋い顔をする。その理由はすぐに現れた。

 

「『サンダー・ブレイク』を発動し、古代の機械巨人を破壊! 更にモンスターでダイレクトアタック!」

 

 至極単純な、『モンスターを除去して攻撃する』という方法によって翔に軍配が上がる。それを見たトメが翔に整理券を渡した。

 

「はい。整理券だよ」

「やったッスー!」

 

 喜びの感情を見せる翔。決着がついたことにより二人のデュエルを見守っていた人だかりが散って行くのだが、その過程で祇園の耳にいくつかの声が入り込んでくる。

 

「なんだよ神楽坂の奴、コピーデッキで負けてやがる」

「猿真似は所詮猿真似か」

「アイツ、レッドに落とされるんじゃねーの?」

 

 聞こえてくる嘲笑の言葉。思わず眉が歪み、神楽坂の方へと祇園は視線を向ける。俯いている彼に何か声をかけようかと思ったが、彼を知らない身で何を言えばいいかわからなかった。

 そんな祇園とは違い、デュエルを見守っていたらしい三沢が神楽坂の傍まで歩み寄ると、その肩を軽く叩きつつ言葉を紡ぐ。

 

「ドンマイだ。こういう時もあるさ」

「…………ッ、お前に何がわかるッ!?」

 

 三沢の言葉は当たり障りのないもので、特におかしなところは見られなかった。

 だが、何かが神楽坂の傷口に触れたのだろう。弾き飛ばすように三沢の手を振り払い、神楽坂は三沢を睨み付ける。

 

「学年主席のお前に何が! 俺の何がわかるっていうんだ!」

 

 そのまま、神楽坂は荒々しくこの場を立ち去っていった。どうしていいかわからず呆然としていると、まいったな、と三沢が苦笑しながらこちらへと振り返る。

 

「失敗してしまったらしい」

「ミスゆーほどでもないと思うけどなぁ。三沢くんは何も間違っとらんよ。神楽坂くんも」

「……うん。気にしなくていいと思うよ」

「わかっているさ。だが、部屋が隣ということもあってやはり気にはなる」

 

 苦笑しながら言う三沢。彼の面倒見の良さについては祇園も知っている。そんな彼にとっては、神楽坂を放ってはおけないのだろう。

 

「三沢くんの気持ちもわかるけど、どうしようもあらへんよ。ウチもアドバイスはしたけど、アレは本人が気付かん限りどうしようもあらへん」

「でも、コピーデッキを作れるのは才能だと思うんだけどな」

「才能やで? けど、それだけやとアカンのも事実や。殻を破ることができたら化けるんやけどなぁ」

「そうなんだ……」

 

 立ち去っていった時の神楽坂の姿を思い出す。追い詰められた、悲壮な表情。あの表情には見覚えがある。

鏡の前で、何度も何度も目にした顔だ。

 

「……ま、考えてもしゃーないよ。翔くんも行ってしもたみたいやし、祇園も仕事やろ?」

「あ、うん」

「そうか。頑張れよ祇園」

「ありがとう」

 

 礼を言うと、気にするなと言いつつ三沢は立ち去っていった。美咲が、うーん、と伸びをする。

 

「ウチも書類仕事があるし、ここでやっていこかな。授業の準備もせなアカンし」

「明日からのだよね?」

「ビシビシいくから覚悟しとかなアカンよー?」

「あはは……お手柔らかに」

 

 苦笑を返し、トメから指示を聞く祇園。美咲も机の上にノートパソコンを広げ、何やら打ち込み始めた。あれが仕事なのだろう。

 とはいえ、今日は始業式の日である。何か大きなイベントがあるわけではない。故に掃除とレジ打ち、在庫のチェックが主になるのだが――

 

「いらっしゃいませ。……って、藤原さん?」

 

 早速来た相手に、祇園は首を傾げる。藤原雪乃――購買部に来ること自体はおかしいことではないが、こんな時間に彼女が一人で来るのは非常に珍しい。

 

「あら、ボウヤ。購買部にも戻れたのね?」

「はい。お陰様で」

「フフッ、ボウヤの人徳よ」

「何か買いに来たの?」

「申し訳ないけれど、今回は違うわ。宗達、ここに来てないかしら?」

「宗達くん?」

「侍大将なら来てへんよー?」

 

 始業式に姿を現さなかった友人の名に美咲と共に首を傾げる。雪乃は美咲の言葉に、そう、とため息を零した。

 

「今日帰って来るって聞いていたんだけれど……寮にもいなかったから」

「なんや、結局始業式サボってたん?」

「どうかしら。いつも通りならそうかもしれないけれど……」

「侍大将の事やし、どっかで昼寝でもしとるんちゃうかな?」

「確かにそんな気はする」

 

 美咲の言葉に頷きを返す。そもそもから真面目に授業に出ない人間だ。その間何をしているのかは知らないが。

 ……正直、授業に出ないでそれなりの成績を出す宗達の能力をちょっと羨ましいと思う自分がいる。

 

「ふぅ……じゃあ、やっぱりあそこかしらねぇ……」

 

 呟き、雪乃が立ち去っていく。それを見送り、そっか、と祇園は呟いた。

 一度は別れたはずの友人たちと言葉を交わし。

 それが当たり前として、ここにある事実を前に。

 ようやく……理解する。

 

「……戻って来たんだ」

 

 一年も二年も離れていたわけではないのに。

 ――随分と久し振りのような気がした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「くそっ、くそっ、くそっ……!」

 

 何故、という言葉が何度も頭の中を駆け巡る。強いデッキを使えば強くなれるはずだ。クロノスのデッキなどその典型ではないか。技術指導最高責任者。入学試験でこそケチがついたが、その実力を疑う者はいない。

 多くのデッキを使ってきた。その度に人格もコピーしようとした。

 しかし――勝てない。

 勝つことが、できない。

 

「何故、どうして、どうして俺は……!」

 

 コピーデッキ――そう言われ、蔑まれていることはわかっている。だが、どうしようもないのだ。

 デッキを作れば、いつも誰かのデッキを真似たモノになってしまう。そして、負ける。

 どうにかしたくても、どうにもできない。

 ただ、ただ、敗北が積み重なっていく。

 

「……人の声がすると思えば、何してんだ?」

 

 不意にそんな声が聞こえてきた。見れば、そこにいるのは制服を着ていない一人の男子生徒。

 ――如月宗達。

 プロテストにも合格した、おそらくアカデミア生においてはカイザー以外に彼に勝てる者がいないほどの力を持つデュエリスト。

 多くの敵意に囲まれながら、それでもなお力を示し続ける人物。

 

「……如月……」

 

 思わず名前を呼ぶ。だが、宗達はそれに対して眉をひそめた。

 

「……あー、悪い。誰だ?」

「…………ッ」

「面と名前覚えんの苦手なんだよ。つーか、静かにしててくれ。眠れねーから」

 

 欠伸をしつつそんなことを言う宗達。そのまま彼は近くにあった大きな岩の上で横になった。本当に眠ってしまうつもりらしい。

 こちらへ背を向ける宗達。その態度が、酷く癇に障り。

 神楽坂は、ふざけるな、と地を這うように低い声で言葉を紡いだ。

 

「お前も、お前も俺を馬鹿にするのか!?」

「……何いきなりキレてんだよ、面倒臭ぇな」

 

 身を起こし、言葉通り心底面倒臭そうにこちらへと体を向ける宗達。大きな岩に座る形になっているためか、こちらを見下ろすような状態になっていた。

 見上げ、見下ろされる形。それだけなら気にはならなかっただろう。だが、宗達の目が。こちらへ全く興味を示していない目が、どうしようもなく――苛立った。

 

「俺はオマエのことなんざ知らねーよ。知りもしねぇ相手を馬鹿にするもクソもねぇだろ」

「ぐっ……!」

「わかったら失せろ」

 

 まるでこちらを動物か何かと思っているかのように手で追い払う仕草をする宗達。神楽坂はその姿を見、反射的にデュエルディスクを取り出した。

 

「デュエルしろ如月!」

「断る」

 

 怒りを込めた言葉は、しかし、即座に否定される。

 宗達の瞳には、『面倒』以外の感情は映っていなかった。

 

「そんな気分じゃねーんだよ。気が乗ったら相手してやるから今日は出直せ」

「戦うまでもないというつもりか!?」

「眠いっつってんのにうるせぇなぁ……」

 

 はぁ、とため息を吐く宗達。瞬間。

 

 ――ゾクリと、全身に悪寒が奔った。

 

 冷たい目線。こちらをまるでゴミか何かとでも思っているかのような、鋭い瞳。

 それは本当に一瞬のことで。

 しかし、だからこそ……何も言葉が出なかった。

 

「――殺すぞオマエ」

 

 ごくりと、無意識のうちに唾を呑み込み。

 気が付いた時には、背を向けて逃げ出していた。

 

 ……逃げてしまった、自分が。

 どうしようもなく……情けなかった。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「……酷いヒトね、相変わらず」

「見てたのかよ。仕方ねぇだろ、眠いんだしよ」

「まあ、あのコと宗達じゃ勝負にならないと思うけれど」

「知ってんのか?」

「一応は同じ学年よ?」

「ああ、見覚えはあったのはそれでか。どうでもいいけど」

「相変わらずねぇ」

 

 クスクスと笑う雪乃。宗達は、まあな、と言葉を紡いだ。

 

「敵意向けてくる奴に笑いかけるなんざ、俺にはできねぇからな」

「本当、敵ばかり作るヒトねぇ……」

「今更だよ。……まあ、そんなことはどうでもいいだろ?」

 

 岩から飛び降り。

 少年が、少女の前に立つ。

 

「ただいま」

「――お帰りなさい」

 

 それは、必要な儀式で。

 当たり前のように、唇が重なった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。レッド寮の厨房で洗い物をしていた祇園の下に、十代たちがどこか興奮した様子で走り寄ってきた。首を傾げると、十代がどこか楽しそうに言葉を紡ぐ。

 

「なあ祇園、遊戯さんのデッキを見に行こうぜ!」

「……えっと、どういうこと? 公開は明日だよね?」

 

 世界最強のデュエリスト、〝決闘王〟武藤遊戯。彼のデッキ公開は明日だ。祇園もアルバイトとしてその公開には参加する。だがそれは明日の事であり、今はまだ公開はされていないはずなのだ。

 

「それに十代くんの分の整理券は翔くんが手に入れてたよね?」

「はいッス。けど、アニキが我慢できないって……」

「明日までなんて待てねぇって! 行こうぜ祇園!」

 

 興奮した様子で言う十代。以前、こうして夜中に抜け出したことが問題になったというのに懲りていないらしい。

 

「こうなったら十代は止まらないんだな」

 

 苦笑しつつそんなことを言うのは隼人だ。それには頷くしかない。思い立ったら即行動は十代の性質であり長所である。

 とはいえ、祇園も〝決闘王〟のデッキには興味がある。最強――その名に憧れるのは当然だ。

 

(……〝最強〟)

 

 祇園にとって最強とはイコールで〝祿王〟のことだ。美咲を始め、今の祇園には勝つことのできない相手はいくらでもいる。だが、烏丸澪――彼女はその中でも次元が違う。

 勝てないを通り越した、〝どうにもならない〟絶望感。あれが、あれこそが……最強。

 目指すと決めたその領域。少しでもその切っ掛けを掴みたい。

 

「じゃあ、いこっか。丁度食器も洗い終えたしね」

「おっ、流石だな祇園! って、そういえば宗達はどこだ? 飯の時にはいたのにいつの間にかいなくなってるんだけどさ」

「部屋にいないの?」

「呼びに行ったんスけど、いなかったッス」

「……女子寮に行ってるのかな?」

 

 元々、宗達はレッド寮で寝ることは少ない。祇園と同室だったのだが、あまり宗達が戻ってくることはなかったのを覚えている。

 夕食の時は隅の方にちゃんといたので、来ていないわけではないはずだが。

 

「まあ、仕方ないか。あんまり話せなかったから話したいんだけどな」

「アメリカに行ってたんだっけ?」

「はいッス。プロテストに合格は流石に驚いたッスけど……」

「アレは流石に驚いたんだな……」

 

 寮を出ながら、隼人の言葉に頷きを返す。ニュースで流れてきた話――宗達がアメリカのプロチームの入団テストに合格し、プロライセンスを取得したという。夕食時に寮の食堂で見たそのニュースにその場にいた全員が宗達の方を見たのだが、その時既に彼の姿はなかった。

 その辺りのことも聞いてみたいが……まあ、それは次の機会だろう。

 

「でも、戻って来たってことはプロにならねぇのかな?」

「それはないと思うけど……」

「どうしてッスか?」

「前に聞いたことがあるんだ」

 

 月明かりの中。

 思い出すのは、一つの問答。

 

 

〝オマエ、何でプロを目指すんだ?〟

〝約束があるんだ。僕を救ってくれた人との、大事な約束が〟

〝そのために目指すのか? 相手もちゃんと覚えてるんだよな?〟

〝それは……わからないよ。多分、覚えてないと思う。僕にとって大切でも、相手にとってどうかはわからないから〟

〝それでも、目指すんだな?〟

〝うん〟

〝いいな。やっぱオマエ、凄いよ〟

〝宗達くんは? どうして、プロに?〟

 

 

 退学が決まったあの日に、交わした言葉。

 月明かりの下で、〝侍大将〟と呼ばれる少年は。

 

「――『自分自身を証明する』。宗達くんはそう言ってたよ」

「証明?」

「うん。強くないと生きられない。生きていけないから、って」

 

 その言葉の意味と重みは、祇園にもわかる。祇園自身がそうだ。強くならなければ、強くあらなければ生きていけない。

 ――だから。

 

「プロになる道を蹴ることは、多分しないと思う」

 

 力の証明。それこそが如月宗達の目的のはずだから。

 

「そっかぁ。じゃあどうしてなんだろうな?」

「やっぱり本人に聞かないとわからないよね」

「だよなぁ」

「――何を聞くって?」

「「「「――――ッ!?」」」」

 

 背後から聞こえてきた声に対し、思わず四人は反射的に底を飛び退いた。振り返ると、そこにいたのは一人の少女。

 ――桐生美咲。

 この場所では、『先生』にあたる人物だ。

 

「レッド寮に行ってみたら祇園がおらんし、まさかと思って探してみたら案の定や」

「……えーっと、怒ってる?」

「当たり前や。祇園、自分何で退学になったか忘れたんか?」

 

 詰め寄られ、至近距離から睨まれる。祇園は思わずうっ、と呻き声を漏らした。考えなかったわけではない。だが、やはり軽率だった。

 普段の自分なら止めただろうに、こうして一緒に行動しているのはやはり浮かれていたからか。

 この場所に、こうして戻って来れたことに。

 

「……ごめん。軽率だった」

「ホンマにもう……」

 

 はあ、と美咲がため息を吐く。後ろから、あのさ、と十代が躊躇いがちに言葉を紡いだ。

 

「祇園は悪くないんだよ、美咲先生。その、俺が誘ったんだ」

「共犯者っていうんは誰が最初とか関係あらへんよ。罪の重さが違うだけ。……まあ、大方予想はつくけど。遊戯さんのデッキ、見に来たんやろ?」

「どうしてわかったんスか?」

 

 美咲の言葉に翔が疑問の声を上げる。美咲は苦笑しつつ、そらな、と言葉を紡いだ。

 

「わざわざ夜中に抜け出すなんてそんなことでもあらへんかったらせーへんやろ。仕方あらへん、ついて来たらええよ。一目見るくらいなら大丈夫やろうし」

「え、いいのか!?」

「帰れゆーても帰らへんやろ自分らは。せやったら見せてさっさと戻ってもろた方がええ」

「マジかよ! サンキュー美咲先生!」

「ありがとうなんだな」

「ありがとうッス」

 

 嬉しそうな十代に続き、翔と隼人が言葉を紡ぐ。ええよ、と美咲は苦笑した。

 

「ガチガチに考えても仕方あらへんしなぁ」

「いいの、美咲?」

「ええよええよ。無理矢理帰らせるより効率がええし」

 

 美咲が肩を竦める。祇園はゴメン、と言葉を紡いだ。

 

「本当に、ごめんね」

「……ウチが何で怒っとるか、わかっとらんようやな」

 

 急ぎ足で歩き出した十代たちの背を追いながら、美咲は真剣な目で祇園を見る。

 

「祇園、自分のことをもっと考えなアカンよ。後悔してからでは遅いんやから」

「……ごめん」

「心配させんといて。退学になった時みたいな……あんな時みたいなん、もう嫌やろ」

 

 祇園の右手を、美咲がその両手で握り締める。ごめん、と祇園はもう一度呟いた。

 本当に、何をしているのか。軽率すぎる。また、心配をかけてしまった。

 

「……ちょっと遅れてしもてる。急ごか」

「うん。ねぇ、美咲」

 

 謝るだけでは駄目だ。それでは、何も伝わらない。

 だから、この言葉を。

 

「ありがとう」

 

 少女は、一瞬呆気にとられた表情を浮かべ。

 どういたしましてと、微笑んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……これって……」

 

 目の前に広がっていたのは、予想外の光景だった。叩き割られ、中身が奪われたガラスケース。その傍で呆然と座り込むクロノス教諭。

 いきなり聞こえてきた『マンマミーア!?』という叫び声に急いでここまで来てみると、そんな光景が広がっていたのだ。

 

「このショーケースって、デッキ公開のものだよね?」

「うん。祇園は設置について手伝ってたやんな? 同じモノで間違いあらへん?」

「場所が同じだから間違ってないと思う。中に入れるところは流石に見てないからわからないけど……」

 

 昼間、仕事の一環として手伝ったショーケースの設置場所は間違いなくここだった。ものがものであるために中身を入れる時は外に出たが、おそらく間違いない。

 一応、他にもショーケースはあるが中身が空か別のモノが入っているだけだ。詳しく見たわけではないが、おそらくもうここにはないのだろう。

 世界最強のデュエリストが持つ、至高のデッキは。

 

「ってことはまさか、クロノス先生が盗んだッスか……?」

「ペペロンチーノ!? そんなことはないでスーノ! 私が盗むことは有り得ませンーノ!」

「ひ、必死なのが逆に怪しいんだな……」

「お願いなノーネ! 信じてくださイーノ!」

「クロノス教諭。自首やったらまだ罪は軽くなりますよ?」

「シニョーラ桐生!? お願いなノーネこの歳で無職は嫌でスーノ!」

 

 見ていて可哀想なくらい必死に縋り付くクロノス。思わず一歩引いてしまうが、この状況は少々不可解だ。そもそも、クロノスは公開における責任者と聞いている。ならば、ショーケースを割る必要などない。何故なら――

 

「いや、クロノス先生は犯人じゃないと思うぜ」

「え、どういうことッスかアニキ?」

「シニョール遊城!? 信じてくれるノーネ!?」

「だってさ、クロノス先生なら鍵を持ってるだろ? わざわざ割って開ける必要なんてないし、それにこんなところで見つかるまでぼうっとしてるなんておかしいだろ」

「そ、そうでスーノ! 私は鍵を持っているノーネ!」

 

 懐から鍵を取り出し、証拠だと言わんばかりに見せつけるクロノス。確かに十代の言うことはもっともだ。鍵を持っているならばガラスケースを割る必要はない。

 しかし、十代の論理にも穴はある。

 

「十代くん。『偽造』って知っとるか?」

「ぎぞ……えっと……?」

 

 首を傾げる十代。その彼に対し、苦笑しながら祇園が言葉を紡ぐ。

 

「偽って造る、って書くんだよ?」

「へー。けど、それがどうかしたのか、美咲先生?」

「……とりあえず帰ったら漢字の書き取りやな、十代くんは。まあええ。確かにクロノス教諭は鍵を持っとる。せやけど、それはイコールで『必ず鍵を使う』ゆーことにはならへんのよ」

「え、何でだよ」

「だって鍵持ってるんはクロノス教諭だけやで? それやのに鍵開けて中身持っていったら犯人確定やんか。けど、ガラス叩き割って盗んだんやったら該当者は減るやろ?」

「成程! そういうことか!」

「違うノーネ!?」

 

 何というか、色々と収拾がつかなくなってきている。美咲の表情を見るに、楽しんでいることが容易に理解できた。

 

「や、やっぱりクロノス先生が犯人なんスね!?」

「せ、先生が泥棒をするなんて……」

「違うノーネ!? そんな目で見るのは止めて欲しいでスーノ!?」

 

 逃げる翔と隼人に、その誤解を解こうと追いかけるクロノス。本当にややこしくなってきた。

 祇園は一度息を吐くと、美咲、と言葉を紡ぐ。

 

「とりあえず、犯人を捜しに行こうと思うんだけど」

「ん? 心当たりあるん?」

「ううん。ないよ。でも、ここは島だから。そう遠くには逃げてないはずでしょ?」

「お、流石やなぁ。頭はしっかり回っとるみたいやね」

 

 クスクスと微笑む美咲。そのまま彼女は一度伸びをすると、手を叩いた。その音は嫌に響き渡り、全員の視線がこちらを向く。

 

「さて、遊びはここまでや。面倒やけどこのイベントはKC社の企画。世話になっとる身としては、成功させなと思っとる」

「え、でも犯人はクロノス先生なんじゃないんスか?」

「だから違うノーネ!?」

「犯人やったらこんなバレやすいやり方するわけあらへんやろ。とっくに逃げとるよ、普通は。……まあ、それでも疑うんやったらボディチェックでもすればええ。第一、メリットもあらへんしな」

 

 クロノス教諭が犯人だとすると、妙な部分が多過ぎる。犯人は別にいると考えるべきだ。

 

「とりあえず、犯人を捜そう。まだ島の中にいるはずだから」

「モノがモノやからなぁ。下手すれば億単位のお金が動くレアカードの束やし、見つからんかったらクロノス教諭の首は確実に飛ぶやろね」

「それは困るノーネ!?」

「ほな探しましょう。クロノス教諭は警備に連絡を。ウチらは足で探すよ」

「おう!」

「はいッス!」

「わかったんだんだな!」

「了解」

 

 頷き合うと共に走り出す。とりあえず二手に分かれ、祇園は美咲と共に小走りで島を駆けていた。

 

「でも、当てがない以上どうしたらいいのかな?」

「んー、人海戦術でも使えば見つかるやろうけど……」

「あんまり大事にはしたくない、だよね?」

「……わかるん?」

「うん。凄く苛ついてるみたいだから、そうじゃないかな、って」

 

 立ち止まり、美咲の顔を見つつそう言葉を紡ぐ。美咲は一瞬呆気にとられた表情を浮かべた後、敵わへんなぁ、と苦笑した。

 

「ここが学校である以上、十中八九犯人は生徒や。しかも逃げ場はあらへん。そんなところでの盗みなんて、成功するはずがあらへんやんか」

 

 そう、成功の可能性はない。これは、あまりにも無謀な行為なのだ。

 そして、如何なる理由があろうと窃盗は犯罪である。その行き着く先は――

 

「退学なんて、僕だけで十分なのにね」

 

 ――退学。そんな最悪の結末が、待ち受けている。

 

「特殊な事情があるとはいえ、ウチも教師やからなー。そんなんはちょっと……嫌やな」

「……そうだね」

「だから、表沙汰になる前に止めるよ。絶対に」

 

 その言葉と共に、美咲は前を見る。幼馴染のそんな姿は、酷く頼もしくて。

 自分には、あまりにも……眩し過ぎるように見えた。

 

「とりあえず、森の方に行ってみる? 隠れるなら一番だよね?」

「んー、でも危ないなぁ。懐中電灯も一つしか――誰やッ!?」

 

 言葉を切り、森の方へと声を張り上げる美咲。流石に歌手というだけのことはあり、凛として響き渡る声だった。

 思わずその声に体を震わせてしまうが、すぐに意識を切り替える。一瞬だが祇園にも見えた。森の中に、誰かいる。

 犯人か――そう思ったところで、聞き覚えのある声がこちらへと届いた。

 

「うるせぇなぁ……こんな時間に何してんだよ。良い子は歯ァ磨いて寝とけ」

「あら、それをアナタが言うのかしら?」

「俺は良いんだよ。悪い人間なんだから」

「確かにそうねぇ」

 

 声と共に現れたのは、二人の男女だ。その姿を見、祇園は驚きの表情を、美咲は呆れた表情を浮かべる。

 

「何してるの、こんなところで?」

「そりゃこっちの台詞だ。夜に出歩くなんざ、反省が足りてねーんじゃねぇか?」

「うっ、ごめん……」

「宗達、アナタは人のことを言えないでしょうに。まあ、確かにボウヤの行動は軽率だと思うけれど。特にあんなことがあったのだから余計に……ね」

「その辺はすでに説教済みや。で、二人は何しとったん?」

「んー……何て言ったらいいんだろうな?」

「逢瀬、なんてロマンチックじゃないかしら?」

「字面だけや。不純異性交遊も程々にしときや」

「あはは……」

 

 そのやり取りに祇園は苦笑する。宗達は肩を竦めた後、それで、と言葉を紡いだ。

 

「何があった? 面倒臭ぇことでも起こったか?」

「鋭いなぁ。ほな質問や。〝決闘王〟のデッキには興味ある、二人共?」

「そりゃあるだろ。つっても明日、人が引けてから行くつもりだったけどな」

「世界最強……ふふっ、興味はあるわ」

 

 二人の返答は至極まともなものであり、当然のモノだ。デュエリストが〝決闘王〟のデッキに興味を持たない理由がない。

 

「ふーん。欲しい?」

「いらん」

「いらないわねぇ」

 

 即答だった。その速さに少し驚いたが、美咲はそうではなかったらしい。そやろな、と腕を組んだ状態で頷いている。

 

「安心したわ。犯人やないんやね」

「あん? 何だ、盗まれたのか?」

「あら、犯人は誰?」

「それがわからなくて。今探してるんだよ」

 

 二人に事情を簡潔に説明する。雪乃は面白そうにへぇ、と頷きながら微笑んでいたが、宗達は露骨に面倒臭そうな表情を浮かべた。

 

「そいつド阿呆だろ。逃げられるわけねぇってのに」

「ふふっ、追い詰められた獣は何をするかわからないモノよ?」

「まあ、そういうわけで探しとるんやけど、見てへんか?」

「見てねぇな。森にいたけど、人影はお前らぐらいだ」

「そっか……。じゃあ、別のところかな?」

 

 十代たちの方はどうだろうか、とそんなことを思う。いずれにせよ、早く見つけなければ。

 

「ほな、ウチらは行くよ。二人もあんま遅くなったらアカンで?」

「ええ」

「あいよ。……って、何だ? 電話?」

 

 立ち去ろうとすると、宗達の携帯端末に電話がかかってきた。宗達は表示された相手の名前に怪訝そうな表情を浮かべ、電話に出る。

 

「……何だよクソジジイ、こんな夜中に。……あァ? それマジか?……ああ、わかった。場所は?……了解だ」

 

 何となくその場に残ってしまった祇園と美咲。二人して首を傾げていると、宗達が面倒臭そうに頭を掻きながら言葉を紡ぐ。

 

「見つかったっぽいぞ」

「え、ホント?」

「ああ。何かデュエルしてる奴がいるってさ」

「場所は?」

 

 美咲の問いかけ。それに対し、宗達が肩を竦めて応じる。

 

「――海岸だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 辿り着くと、そこには確かに二人のデュエリストがいた。途中で合流した十代たちと共に祇園が見た光景は、翔が敗北する姿。

 

「うわあああああっ!?」

「翔!? 大丈夫か!?」

 

 敗北し、膝をつく翔の下へ走り寄る十代。祇園はその翔と向き合っていた人物へと視線を向けた。

 ラー・イエローの制服を着た男子生徒。暗がりで良く見えないが、その顔には見覚えがある。

 

「あれって……神楽坂くん?」

「……みたいやな」

 

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら頷く美咲。そうだ、アレは昼間翔とデュエルをしていた彼に間違いない。

 だが、何故――その疑問は、本人がすぐに答えを口にする。

 

「この力……! そうだ、俺が最強だ! 俺は遂に最強のデッキを手にした! もう誰にも負けない!」

 

 ――〝最強〟。神楽坂が紡いだ言葉に、何も思わないわけではない。

 祇園にとってもそれは目指すべき領域であり、そこに立たなければ果たせない〝約束〟もある。

 遥か遠くにある、絶対的な背中に追いつくために。

 

「……最強」

「面白ぇ坊主だぜ、あの小僧。少なくともオメェさんよりは遥かに可愛げがある。なぁ、宗達?」

 

 突然聞こえてきた声に、その場の全員が驚いて側にあった岩の上へと視線を向ける。そこにいたのは初老の男性だ。白髪の混じった髪をしているが、溢れ出る生気が若々しさを感じさせる。

 

「うるせぇんだよクソジジイ。で、あの野郎はどんなデッキを使ってた?」

 

 その老人に対し、宗達が遠慮もなく面倒臭そうに言葉を紡いだ。老人は携帯灰皿へと煙草を捨てると、ああ、と頷いて言葉を紡ぐ。

 

「ありゃあ〝決闘王〟のデッキだな。随分型が古いが。似てるだけかと思ったが、〝決闘王〟しか使わねぇようなカードが入ってやがる」

「……やっぱりか」

「どういう状況だ? とりあえず面白ぇ見世物だったから見てたが」

「明日公開のデッキが盗まれたんだよ。で、アイツが使ってるってのはそういうことだろ?」

「ほぉ」

 

 宗達の言葉を聞き、心底面白そうに男性は口元を緩める。背後から、まさか、という声が聞こえてきた。

 

「清心さん?」

「ん? おー、桐生の嬢ちゃんか。何してんだこんなとこで。夜は危ねぇぞ?」

「それはこっちの台詞です。私はここの臨時講師をしていて、その関係で。清心さんはどうしてここに? 来週からヨーロッパ大会のはずでは?」

「古い知り合いに会いに来ただけだ。明日には帰る。徘徊してんのは酒を探してだな。コンビニ一つねぇのかこの島は」

「あるわけねーだろ馬鹿かよ」

 

 呆れた調子でつっこみを入れる宗達。だが、祇園は美咲が紡いだ言葉に驚きを隠せないでいた。

 ――清心。

 そんな名前を持ち、美咲が敬意を表している相手などそういない。

 

「まさか、皇〝弐武〟清心……?」

「本物……?」

 

 隣で雪乃も呆然としている。するとこちらに気付いた清心が、お、と声を上げた。

 

「そこの色っぽい嬢ちゃんは……もしかしてあれか? オメェさんのコレか?」

「雪乃に近付くんじゃねぇよクソジジイ」

「そうキレんなよ小僧。……で、そっちのは」

「あ、ゆ、夢神です。夢神祇園」

 

 こちらへ歩いて来ようとした清心を宗達が押し留め、清心が肩を竦める。そうしながらこちらへ視線を向けてきた清心に、祇園は反射的にそう言って頭を下げた。

 

「――へぇ」

 

 ゾクリ、と。

 瞬間、全身を悪寒が駆け抜けた。

 

「成程成程成程……オメェさんがか。桐生の嬢ちゃんが連れてるからまさかとおもったが。くっく、成程ねぇ」

 

 清心は笑みを浮かべている。だがその瞳は冷たく、一欠片も笑っていない。

 

「…………ッ」

 

 知らず、一歩身を引いていた。清心の笑みが深くなる。

 

「わかんのか? へぇ、そうか、わかんのか。本能か? いや、ただの防衛本能か? 小僧オメェ、どんな悪意に晒されてきた?」

 

 言っている意味がわからず、答える言葉は持ち合わせていない。それをどう思ったのか、まあいい、と清心は言葉を紡いだ。

 

「あのバケモンのお気に入りだっていうからどんなもんかと思えば。平凡だな。平凡すぎる。成程、だからこそ気に入ったか。――やっぱり面白ぇな、この巷は」

 

 くっく、と笑い声を漏らす清心。その姿を、ただ見ていることしかできない。

 ただ、本能で理解した。この人だ。この人が、そうなのだ。

 ――皇〝弐武〟清心。

 世界に誇る〝日本三強〟の一角にして、全日本ランキング二位。世界ランキングでも常に10位以内に入る、黎明期より活躍する伝説。

 

「なぁ小僧、オメェ――」

 

 再び振り返った清心が、こちらへ言葉を紡ごうとする。だが、それを第三者の声が打ち払った。

 

 

「これで俺は最強になった! もう誰にも負けはせん!」

 

 

 聞こえてきた声は神楽坂のモノ。十代との言い争いをしているらしい。

 

「…………」

 

 無言のまま、美咲が前に出ようとした。デュエルディスクを取り出し、十代たちのところへ行こうとする。しかし。

 

「面白そうだ。ここは俺に譲ってくれよ」

 

 その美咲を押し留め、美咲が何かを言う前に清心が前に出る。そのまま清心はデュエルを始めようとする十代のところへ行き、声をかけた。

 

 

「よぉ小僧、俺に譲ってくれねぇか?」

「え? 誰だアンタ?」

「通りすがりの〝弐武〟だ」

「あ、アニキ、この人……!」

「じゅ、十代……」

「拗ねたガキの相手は大人の方が向いてる。だろ?」

「うーん、わかった。なぁ、どっかで会ったことあるか?」

「さァなぁ」

 

 

 驚く翔と隼人の二人とは違い、マイペースに清心と言葉を交わす十代。そのまま結局十代は引きさがり、清心が神楽坂の前に立った。

 

「よぉ、小僧。俺が相手してやる。〝最強〟って言葉を軽々しく使ったこと、後悔させてやろうじゃねぇか」

「何だと?」

「あァ、自己紹介をしてねぇか」

 

 背中越しに感じる、こちらを圧倒するような気配。

 これが――タイトルホルダー。

 

「祇園、よく見とき」

 

 こちらへ十代たちが走り寄ってくる中で。

 美咲が、清心の背から目を離さずに言葉を紡ぐ。

 

「澪さんは、生まれながらの王者や。全てがあの人に従うようにできとる。そういうルールがある。あの人はそういう人や。せやけど、清心さんは違う。あの人は、力で全てを捻じ伏せる」

 

 祇園の知る〝最強〟――海馬瀬人や烏丸澪とは大きく違う、その在り方。

 

「あれもまた、〝最強〟の姿や」

 

 そして、彼は語る。

 己の名と、その力を。

 

「――皇〝弐武〟清心。悪いが、手加減なんて器用な真似はできねぇぞ」

 

 いくぞ、と男は語る。

 その顔に、獰猛な笑みを張り付けながら。

 

「逃げんなよ?」

 

 観衆無き、戦場に。

 ――軍神が、降臨する。

 











その男もまた、〝最強〟。
滾る力は、何がために。








というわけで本編スタート。なのに相変わらず大変な祇園くんたちです。
まあ、今回は語ることも多くなく。
宗達くんが目指す〝最強〟の到達点の力が次回、紡がれます。








本編を補完する裏設定。(適当に流してください)

結論から言うと、姐御のスタイルは宗達くんや翁のそれとは形が違います。二人は己の意志でねじ伏せ、従えていますが、姐御はそもそも『従える必要すらない』のです。彼女は王であり、絶対者。生まれながらにしてそう決まっている。
故の異端であり異常。精霊たちが彼女を敬遠するのは、己の意志が通用しないから。ただそれだけです。宗達くんだけでなく、誰も目指せない形ですね。故の生まれついての存在です。
……こんなん同種見つけるとか無理ですよ姐御。

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