遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々― 作:masamune
皆様ご存じ、あの〝魔王〟陛下がご降臨です。
ドナルド先生が執筆中の『宍戸丈の奇天烈遊戯王』とのコラボ、恐れながら書かせていただきます。
ドナルド先生、本当にありがとうございます。
東京に日本支部の本社を構えるI²社。そのビル内にある無数の会議室の中の一室に、二人の女性の姿があった。
「全く、大阪に戻れたと思えばいきなり呼び出しとは……。ペガサス会長も人使いが荒い」
「でも澪さん、そう言いつつも来るんですね。気に入らへんかったら断るでしょ?」
「流石にペガサス会長の依頼は断れんよ。立場云々ではなく、単純に大きな恩がある。……だからこそ、面倒ながらも足を運んできているわけだ」
そう言いつつ肩を竦めるのは、黒髪の美しいという表現がぴったりな女性だ。スーツ姿が異様に様になっており、凛とした空気を纏っている。
烏丸〝祿王〟澪。
日本が誇るタイトルホルダーにして、公式戦ではDDとのタイトルマッチにおける8勝7敗を除きたったの一度さえ敗北を記録していない猛者だ。あまり表に姿を見せず、〝幻の王〟と呼ばれているほどということもあるが、現状出る大会全てで勝利している怪物である。
「ウチとしてはこの後年末の打ち合わせあるからあんま余裕ないんやけど……」
「そういえば、年末は出るのだったか?」
「今年で二回目です。二年連続ですねー」
「おめでとう、と言っておこうか。まあ、キミは未成年だから後半は出れないわけだが」
「お休み貰えるんやったら何でも。あの局も視聴率獲るために必死ですから、ギャラもええですし」
そう言って笑うのは、前髪に何房か白い髪の混じった少女だ。澪とは違い、それこそファッション雑誌に載っているような服装をしている。完璧に着こなしているところから、少女の性質が伺える。
桐生美咲。
今年リーグ三位の座に就いた『横浜スプラッシャーズ』で先鋒を務め、エースと呼ばれる少女だ。〝アイドルプロ〟と呼ばれる彼女は芸能活動も行っており、レギュラーを務める『デュエル講座』という番組は通勤時間の放送でありながら高い視聴率を維持している。
共に日本が誇る女性プロだ。そのふたりをわざわざ呼び寄せたペガサス会長の真意とは一体何なのか。
「……まさかとは思うが、海外でイベントをやれとでも言うつもりではないだろうな」
「ああ、シンクロですか」
「日本とは同時発表だったはずだが、そこまで大規模なイベントはまだ行われていないからな。あるかもしれん」
「そうなったらメンバーは誰やろ? ウチと澪さんとDDさんと……」
「清心氏は乗って来るかわからないから微妙なところか。海外となれば……確か、城之内氏と孔雀氏がアメリカで研修中ではなかったか?」
伝説のバトル・シティで名を馳せた二人のデュエリスト。プロライセンスを持ちつつ、この二人はKC社の社員としても働いている。現在はアメリカに行っているはずだ。
澪も何度となく顔を合わせたことがある。〝伝説〟といえど人間。そして自分とは違う人種であると理解した思い出がある。
「そういえばそやったか。城之内さんがウチのボディーガード外れたんもそれが理由やし」
「そうか。そうだったな」
「社長に『貴様にもできる仕事を与えてやろう』とか言われてましたからねー。……けど、それやったら妙やないですか? 現地のプロ使った方がええやろし」
「確かにそうだ。ならば……何故私たちを呼んだのだろうな?」
「うーん、何でやろ?」
二人で会話していても結論は出ない。時計を見ると、そろそろ約束の時間になりそうだった。
澪は一度目を閉じる。そして数分後、会議室の扉がゆっくりと開いた。
「二人共、待たせてすみまセーン」
入って来たのは、I²社会長のペガサスだ。相変わらず腹の底が読めない笑顔を浮かべている。
「今日はどいったご用件で?」
片目を開け、問いかける。ペガサスはYES、と頷いた。
「実は二人に是非あって欲しい人物がいるのデース」
「会って欲しい人物?」
はて、と美咲が首を傾げる。ペガサスは頷くと、入ってきてくだサーイ、と部屋の外へと声をかけた。
はい、という返事が聞こえ、一人の青年が入って来る。
整った顔立ちの、穏やかな雰囲気を持った青年だ。だが、その身に纏う雰囲気に澪は思わず眉をひそめる。
(……強いな)
勘だが、あながち間違ってはいないように思える。底の知れない雰囲気は、強者に共通するものだ。
「初めまして。――宍戸丈です」
よろしくお願いします、とその青年は頭を下げる。その名に、澪と美咲は表情を変えた。
――宍戸丈。
アメリカで活躍し、数々の記録を打ち立てるデュエリスト。〝カイザー〟の盟友としても知られる彼だが、そのデュエルを表現する言葉はたった一言で事足りる。
〝魔王〟
その圧倒的な力ゆえにそう呼ばれる人物が、そこに立っていた。
◇ ◇ ◇
基本的に他人に興味を持たない澪は、日本のプロデュエリストでさえも把握していない人物が多い。正直なことを言えば、自分の学校の同級生ですら興味が無ければ名前さえ覚えていないのが現状だ。
そういう部分をして澪は自分の『欠陥』だと考えているが、その彼女でさえ宍戸丈の名は知っている。
アメリカデュエル界に名を轟かせる〝魔王〟。
その力は、〝天才〟と呼ばれるレベッカ・ホプキンスをも凌駕する。
「確か、アメリカには留学中なんやんな?」
「ああ。席は一応アカデミアになってる」
「ほな、戻ってきたらウチの教え子やね」
デュエルルームへの道すがら、美咲と丈が言葉を交わしている。互いに有名人同士として名前を知っていたとはいえ、初対面の相手とここまで言葉を交わせるのは美咲の長所だろう。
「戻りたいとは思ってるんだけどな……。〝ルーキーズ杯〟にも出てみたかった」
「あはは、そら無理やろ。契約と彼のこともあるし、そのためだけに戻ってくるんもなぁ」
「他のアカデミアの奴らも活躍してたっていうからさ。あー、惜しいことした」
「次や次。機会はいくらでもあるよ」
「だといいけどな」
肩を竦める丈。美咲の方が年下で、丈は澪とは同い年になる。それ故に一気にフランクになったのだが、その光景を見守りながら澪は自身の顎に手を当てる。
(雰囲気はそこらの学生とそう変わらないが……。さて、どれほどのものか)
実を言うと今日は大阪で行われるU-15の大会にデュエル教室の教え子たちや妖花が出るので祇園と共にその保護者をする予定だった。それ故に呼び出されたことはかなり不満だったが、こういうことならばまだ許せる。
かの〝天才〟を直接この目で見れるのならば。
こちら側では決してないだろう。だが、〝魔王〟と呼ばれる力には興味がある。
「さて、デュエルルームに到着や。ほな会長、澪さん、デュエルしてきますんで」
「頑張ってくだサーイ」
「はい」
二人がデュエルルームに入っていく。それを見届けると、ペガサスが澪へと言葉を紡いだ。
「澪ガール、機嫌は直りましたか?」
「……まあ、呼ばれた当初に比べれば。とりあえず、観戦室へ行きましょう」
不満は残るが、こちらに興味があるのも事実。故に、二人のデュエルを見るために観戦室へと向かう。
土産は何が良いか……ふと、そんなことを思った。
◇ ◇ ◇
デュエルルームで互いに向かい合う。共に海外の大会ではしっかりと結果を出す者同士。
(流石に一流やなぁ。目つきが変わっとる)
学生の身分とはいえ、アメリカの大会で確実に結果を残しているだけのことはある。向かい合い、デュエルディスクを構えた瞬間に纏う空気が変わった。
先程までは本当にただの青年、それも穏やかな雰囲気を纏っているだけだったのに。
今ここにいるのは――正真正銘の〝デュエリスト〟だ。
(雰囲気あるわ。伊達やギャクで〝魔王〟と呼ばれとるわけやあらへんゆーことやな)
本人は不本意な呼ばれ方と聞いたことがあるが、そんなことは割とどうでもいい。問題は、どれほどの強さを持っているかだけ。
雰囲気からはとても〝魔王〟と呼ばれるような何かは感じなかった。それはつまり、デュエルにその真髄があるということ。
「さあ、いくで」
「ああ。いくぞ」
互いに笑みを零す。そして。
「「決闘!!」」
〝魔王〟と〝アイドル〟のデュエルが、始まった。
「先行は俺だ! ドロー! 俺は手札より、速攻魔法『終焉の焔』を発動。二体のトークンを特殊召喚する。このカードを使用するターン、俺は召喚・反転召喚・特殊召喚ができず、また、このトークンは闇属性モンスター以外の召喚以外で生贄にはできない」
黒焔トークン☆1闇ATK/DEF0/0
黒焔トークン☆1闇ATK/DEF0/0
現れるのは、小さな二つの黒き炎。その効果を考えるとデメリットが多く、使い辛いように思われる。だが、このデメリットには抜け道があるのだ。
「更に永続魔法『冥界の宝札』を発動。二体以上の生贄を必要とするモンスターの生贄召喚に成功した時、カードを二枚ドローする。俺はトークン二体を生贄に捧げ、モンスターをセット。効果により、カードを二枚ドローする。……カードを二枚伏せ、ターンエンドだ」
召喚・反転召喚・特殊召喚。これらを封じられても、セットはできる。
噂に違わぬタクティクスだ。手札消費は結局一枚だけ。伏せカードもある。面倒なことだ。
「ウチのターン、ドローッ☆」
祇園のカオスドラゴンとはまた違う、上級モンスターが主体のデッキ。だが違うのは、祇園のアレはパターンがあったが丈のデッキはパターンが定まっていないというところ。
次々と上級モンスターが現れるデッキ。『冥界の宝札』からしても間違いないだろう。長期戦にはならない――そんなことを頭の隅で思った。
「ウチは手札から『ヘカテリス』を捨て、『神の居城―ヴァルハラ―』を手札に。そして発動や!」
「それは通さない! カウンター罠『魔宮の賄賂』! 相手の発動した魔法・罠を無効にし、相手はカードを一枚ドローする!」
「む、ドロー」
「上級天使を出されると、色々と厳しいからな」
「成程なぁ。……せやけど、甘いで。大甘や。相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、このモンスターを特殊召喚できる。『TGストライカー』!」
「なっ!?」
TGストライカー☆2地・チューナーATK/DEF800/0
現れたのは、青い装甲を纏う戦士だ。レベル2のチューナーモンスター。かの『サイバー・ドラゴン』と同じ条件で特殊召喚できるこのカードは強力だ。
「更に『創造の代行者ヴィーナス』を召喚! 効果により、1500ポイントのLPを払うことで『神聖なる球体』を三体特殊召喚や!」
美咲LP4000→2500
創造の代行者ヴィーナス☆3光ATK/DEF1600/0
神聖なる球体☆2光ATK/DEF500/500
神聖なる球体☆2光ATK/DEF500/500
神聖なる球体☆2光ATK/DEF500/500
一気に場が埋まる。あのセットモンスターは十中八九強力なモンスターだ。だが、美咲にはどれほど強固な力であろうと打ち破ることのできる〝力〟を持つモンスターがいる。
「さあいくよ。――レベル2神聖なる球体三体にレベル2、TGストライカーをチューニング! 王者の鼓動、今ここに列をなす! 天地鳴動の力をここに! シンクロ召喚!! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』ッ!!」
レッド・デーモンズ・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/2000
紅蓮の悪魔が嘶く。戦う意志無きモンスターを敵味方関係なく焼き尽くすモンスターだ。その力の強さは折り紙つきである。
「バトルや! レッド・デーモンズで攻撃! アブソリュート・パワーフォース!」
「くっ……!」
堕天使アスモディウス☆8闇ATK/DEF3000/2500
セットモンスターは美咲も愛用する堕天使だ。最上級モンスターであるその堕天使も、紅蓮の悪魔の力の前には屈服させられる。
「だが、アスモディウスの効果を発動! このカードが破壊された時、二体のトークンを特殊召喚する! アスモトークンを攻撃表示、ディウストークンを守備表示で特殊召喚!」
アスモトークン☆5闇ATK/DEF1800/1200(カード効果では破壊されない)
ディウストークン☆3闇ATK/DEF1200/1200(戦闘では破壊されない)
堕天使が遺していった二体のトークン。自分で使うとありがたいが、敵に回すと本当に面倒だ。
「……ヴィーナスでディウストークンを攻撃し、カードを一枚伏せてターンエンド」
攻撃しても倒すことはできないが、レッド・デーモンの効果のためには仕方がない。
「俺のターン、ドロー!」
ドローする丈を見ながら、面倒なことになったと美咲は思った。冥界の宝札に加え、場にはトークンという格好の餌が残っている。
このままでは、一瞬で引っ繰り返される。
「俺は手札より、魔法カード『愚かな埋葬』を発動。デッキからモンスターを一体、墓地に送る。俺は『レベル・スティーラー』を墓地に送り、アスモトークンのレベルを一つ下げて特殊召喚」
アスモトークン☆5→4闇ATK/DEF1800/1200(カード効果では破壊されない)
レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0
いよいよもって準備が整ってきた。完全に丈のペースである。
「そして俺はレベル・スティーラーとディウストークンを生贄に捧げ、『The supremacy SUN』を召喚!!」
The supremacy SUN☆10闇ATK/DEF3000/3000
現れたのは、『太陽』の名を持つプラネットシリーズのカード。レベル10という破格のレベルに加え、攻撃力3000という数字を誇るモンスターだ。
美咲の持つ『The splendid VENUS』もそうだが、プラネットシリーズは基本的に一枚ずつしか存在していない。だが、何故かこのSUNだけは複数存在し、出回っている。
プラネットについてはペガサスが多くを語らない部分があるため美咲も多くは知らない。ただわかるのは、厄介この上ないカードであるということだけだ。
「バトルフェイズだ。――レッド・デーモンズへSUNで攻撃!」
「迎え撃つんや、レッド・デーモンズ!」
二体のモンスターが激突し、衝撃が周囲へと撒き散らされる。
相討ち――だが、そう容易い相手ではない。痛み分けとは程遠い結果に、美咲の表情が曇る。
「アスモトークンでヴィーナスを攻撃!」
「…………ッ!」
美咲LP2500→2300
美咲のフィールドからモンスターが消える。丈は更にカードを一枚伏せ、ターンエンドを宣言した。
「ウチのターン、ドローッ☆」
「そのスタンバイフェイズ、SUNの効果を発動! 表側表示で存在するこのカードが破壊された次のターン、手札を一枚捨てることでこのカードを蘇生する! 二枚目の『レベル・スティーラー』を捨て、特殊召喚!」
The supremacy SUN☆10闇ATK/DEF3000/3000
これである。最上級モンスターであることや自身の効果でしか特殊召喚できないという制約こそあるが、一度出してしまえば圧倒的な力を発揮する。
「面倒やなぁ。――まあ、抜くけどな。手札より『堕天使スペルピア』を捨て、魔法カード『トレード・イン』を発動や! 二枚ドロー!」
良い手札だ。美咲は更にカードを差し込む。
「そして魔法カード『死者蘇生』を発動! 甦れ、『堕天使スペルピア』!! そして効果を――」
「させるか! 罠カード『デモンズ・チェーン』を発動! スペルピアの効果を無効にし、攻撃を不可とする!」
堕天使スペルピア☆8闇ATK/DEF2900/2400
墓地より蘇生された際に天使モンスターを特殊召喚する効果を持つ堕天使。だが、その効果は封じ込められてしまう。
無数の鎖に縛られ、動きを止めるスペルピア。美咲は微笑を浮かべた。
「ええなぁ、こういう駆け引き。大好きや」
「スペルピアは危険だからな」
「まあ、確かに。――せやけど、まだまだ甘い」
こちらを止めてくるのは予想できていた。故に――
「ウチはスペルピアを生贄に、『堕天使ディザイア』を召喚!!」
堕天使ディザイア☆10闇ATK/DEF3000/2000
現れたのは、新たな闇を纏う堕天使。その姿を見た丈の表情が変わる。
「説明は必要かな? 単純やけど強力な効果やで。攻撃力を1000ポイント下げて相手モンスターを一体、墓地に送れる。普通なら攻撃してから効果使うんやけど、安全策でいこか。――SUNには退場してもらうよ」
「くっ……!」
強力な自己蘇生にも穴がある。ディザイアのそれは『破壊』ではなく、『墓地に送る』。これでは効果は発動しない。
「んー、とは言いつつもあれやな。初手からずっと伏せてあるゆーことは、こっちを妨害するカードやないんかな?」
首を傾げてみるが、丈は肩を竦めるだけ。流石にそれをばらしはしないだろう。
だがまあ、関係ないと言えばそれまでだ。
「さあ、いくで。――墓地の『創造の代行者ヴィーナス』を除外し、『マスター・ヒュペリオン』を特殊召喚!!」
マスター・ヒュペリオン☆8光ATK/DEF2700/2100
降臨するのは、代行者たちを束ねる絶対の天使。その威圧感に、世界が震えた。
「ヒュペリオンの効果を発動! 一ターンに一度、墓地の光属性・天使族モンスターを除外することでフィールド上のカードを一枚破壊できる! 墓地の『神聖なる球体』を除外し、伏せカードを破壊!」
「『リビングデットの呼び声』が……!」
死者蘇生には劣るものの、十二分に強力な力を有する蘇生カードだ。だが、確かにあれならば発動しなかったのも頷ける。現在丈の墓地で蘇生できるのはレベル・スティーラーだけだ。
「バトルや。――ヒュペリオンでアスモトークンに攻撃し、ディザイアでダイレクトアタック!!」
「ぐううっ……!」
丈LP4000→3100→1100
丈のLPが大きく減る。美咲はターンエンド、と宣言した。
「俺のターン、ドロー!」
丈の手札は四枚。だが、状況は圧倒的に不利だ。
デッキの性質上、どうしても大型モンスターが多くなる丈のデッキ。その生贄を確保するためのレベル・スティーラーも、場にモンスターがいなければ使えない。
「俺は魔法カード『トレード・イン』を発動。レベル8モンスター、『虚無の統括者』を捨てて二枚ドロー」
手札交換。丈は引いたカードを見、僅かに眉を寄せる。
「どないしたん?」
「……いや」
問いかけるが、返答は素っ気ない。まあ当たり前だ。自分たちは戦っているのだから。
丈の視線がこちらの伏せカードへと向けられる。警戒しているのだろう。
(……まあ、『和睦の使者』なんやけどな)
一瞬で巻き返すだけのポテンシャルとパワーがあるデッキが美咲のデッキだ。そのためのカードなのだが……。
(さて、どうするつもりかな?)
DMの本場、アメリカで名を馳せる〝魔王〟がここで容易く終わるはずがない。
「マスター・ヒュペリオンがいる以上、下手な時間稼ぎはできない」
「…………」
「このターンで巻き返すには、危険な賭けだが……」
丈の雰囲気が変わる。覚悟が定まったか。
知らず、笑みが零れた。こういうギリギリの攻防はいつだって楽しい。こちらのモンスターを戦闘で破壊させる気はない。どうやって潰すつもりか?
「魔法カード発動、『死者蘇生』! 墓地のレベル・スティーラーを蘇生!」
レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0
現れる一体の昆虫。ふむ、と美咲が怪訝な表情を浮かべた瞬間、丈は更なる一手を叩き込んできた。
「そして速攻魔法、『地獄の暴走召喚』! 相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在する時、攻撃力1500以下のモンスターの特殊召喚に成功した時に発動! 同盟モンスターをデッキ・手札・墓地から全て表側攻撃表示で特殊召喚する!」
レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0
レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0
更に二体、生贄の駒が出そろう。『地獄の暴走召喚』――強力な魔法カードだが、強力なカードには得てしてデメリットが存在する。
「地獄の暴走召喚の効果は、ウチのデッキにも及ぶ。――来て、『マスター・ヒュペリオン』!!」
マスター・ヒュペリオン☆8光ATK/DEF2700/2100
マスター・ヒュペリオン☆8光ATK/DEF2700/2100
相手もまた、モンスターを揃えてしまうというデメリットだ。ディザイアを合わせて、三対もの大天使が並び立つ。
「壮観やなぁ。さて、これをどうする?」
「――三体のモンスターを生贄に捧げ、『神獣王バルバロス』を召喚!! 冥界の宝札の効果で二枚ドロー!!」
――ゴアアアアアァァァッッッ!!!!!!
神に最も近しい存在とされる神獣が、高々と咆哮を上げる。
神獣王バルバロス☆8地ATK/DEF3000/1200
そして、ゆっくりとその瞳をこちらへと定めた。
まるで、得物を見定める肉食獣のように。
「バルバロスは妥協召喚もできるが、もう一つ効果がある。――三体のモンスターを生贄にして召喚した時、相手フィールド上のカードを全て破壊できる!!」
神の息吹が吹き荒れる。まるでそれは、神判の一撃。
――だが、その最中。
鐘の音と共に、武器を持たぬ集団が荒れ果てた世界の中に屹立していた。
「罠カード『和睦の使者』。効果破壊やから天使たちは守れへんけど、十分や。このターンウチにダメージはない」
「……俺はカードを伏せ、ターンエンドだ」
ぐっ、と悔しそうに唇を引き結びながら言う丈。本当に危ないところだった。まさかこんな方法で返してくるとは。
(楽しいなぁ)
本当に楽しいとそう思う。ギリギリの攻防。やはりデュエルの醍醐味はこれだ。
読み合い、打ち合い。そこに全てが込められている。
「ウチのターン、ドローッ☆」
カードを引く。そして引いたカードに僅かな苦笑を零した。
これを出すということは、来るということは。
――デュエルも、終わりに近付いているということだ。
「さあ、クライマックスや。墓地のレッド・デーモンズとマスター・ヒュペリオンをゲームから除外し、降臨せよ!――『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』!!」
カオス・ソルジャー―開闢の使者―☆8光ATK/DEF3000/2500
現れたのは、最強の混沌。
世界にたったの四枚しかその現存を確認されない、最強のカード。
これ一枚でデュエルが終わるとまで囁かれたことさえある、伝説のモンスターだ。
「――バトルや。バルバロスに攻撃!」
混沌の戦士が地を蹴り、神獣へと突進していく。だが、互いの攻撃力は同等。このままでは相討ちになる。
怪訝な表情を浮かべる丈。だが、美咲の口元の笑みを見、表情が変わる。
「ダメージステップ、『オネスト』の効果を発動」
相手モンスターの攻撃力分、こちらの攻撃力を上げる光属性モンスター専用のバンプアップカード。
現在は制限カードだが、無制限だった頃は目を覆いたくなるほどに大暴れしていたこともあるカードだ。
混沌の戦士の攻撃により、破壊される神獣。神に近しき存在も、今の混沌の戦士には敵わない。
そして同時に、丈のLPも――
『クリ~ッ!』
聞こえてきたのは、一体の毛玉の鳴き声。
主を守るように、その幻影が宙に浮かぶ。
「クリボーを捨て、ダメージを0にさせてもらった……!」
丈の言葉。ふむ、と美咲は頷いた。紙一重――完全に決まったと思ったのに。
「せやけど、まだ終わってへん。開闢の使者はモンスターを戦闘破壊した時、続けてもう一度攻撃できる。――トドメや! ダイレクトアタック!!」
唸る混沌の刃が丈に迫る。丈はまだだ、と声を張り上げた。
「手札より『速攻のかかし』を捨てて効果を発動! 相手の直接攻撃を無効にし、バトルを終了させる」
最後の一枚によって、紙一重で丈が終焉を避ける。むー、と美咲は頬を膨らませた。
「クリボーとかかしのコンビネーションとか、流石に考慮しとらんよそんなん。……ターンエンドやな」
肩を竦める。とはいえ、こちらが圧倒的に有利なのは変わらない。丈の手札はこれからドローする一枚のみであり、伏せカードは一枚だけ。こちらも手札はないが、カオス・ソルジャーがいる。
これをひっくり返すことはそうそうできないはずだが……。
「…………」
丈が一度目を閉じ、デッキトップに指をかける。
――そして。
「俺のターン、ドローッ! 俺は墓地の堕天使アスモディウスと虚無の統括者をゲームから除外し!!――『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』を特殊召喚!!」
カオス・ソルジャー―開闢の使者―☆8光ATK/DEF3000/2500
向かい合うは、二体の混沌を纏いし最強の戦士。
世界に四枚しか存在しないレアカードが、正面から向かい合う。
「……開闢、かぁ……」
「バトルだ。――カオス・ソルジャーで攻撃!!」
二体の戦士が同時に駆け出し、互いの得物をぶつけ合う。轟音が響き、大気が揺れる。
互角の勝負。このままなら互いが吹き飛ぶだけだ。
――しかし。
「――リバースカード、オープン! 速攻魔法『禁じられた聖槍』!! モンスター一体の攻撃力を800ポイント下げ、このカード以外の魔法・罠を受け付けなくさせる!」
本来ならば攻撃力を下げるというデメリットを受け入れつつ、魔法・罠から逃げるための魔法カード。しかし、使うタイミングによってはこういった使い方もできる。
「貫け、カオス・ソルジャー!!」
轟音が響き、美咲のカオス・ソルジャーが吹き飛ばされる。最強の戦士同士の激突は、〝魔王〟にその軍配が上がった。
「そして、ダイレクトアタック!!」
撃ち抜かれる一撃をその身に受け。
美咲は、微笑を浮かべた。
美咲LP2300→1500→-1500
「……うーん、紙一重やな」
こちらに斬撃をくわえてきたカオス・ソルジャーが、礼儀正しく頭を下げてくる。美咲は微笑み、ええよ、と呟いた。
「楽しかったから」
◇ ◇ ◇
「でも、なんで『速攻のかかし』なん? 『バトル・フェーダー』の方がよくあらへんか? 生贄素材にもできるし」
「それも考えたんだけどな。亮とデュエルをしてると、平気でサイバー・エンドで貫通攻撃をしてくるんだよ……。バトル・フェーダーが致命傷になりかねない。クリボーもそのためだしな」
「丸藤くんの攻撃力は凄まじいからなぁ。……で、日本のプロチームに戻る気は?」
「今のとこはわからないな」
「ふーん。まあええか。その気になったら横浜に連絡頂戴や。はいこれ、チーム事務所の電話番号」
「事務所のか」
「ウチの電話番号は流石にやれへんよー」
クスクスと微笑む美咲。それを受け丈は肩を竦めた。手慣れているな、と思う。
そんな風に会話をしていると、こちらをぼんやりと眺めている澪に丈は気付いた。〝祿王〟、と澪へ声をかける。
「できればあなたともデュエルがしたかった」
「それは申し訳ないな。私は今日デッキを持ってきていない。即席で良ければ用意するが?」
「どうせなら全力で勝負したいから、今回はパスで」
「そう言うと思ったよ」
くっく、と笑みを零す澪。そのまま、まあ、と澪は言葉を紡いだ。
「今のお互いの立場からして、気軽にデュエルはできないのも事実だ。どうせならチャンピオンカーニバルにでも出場すると良い。私と戦えるぞ」
「その前にこっちの上位陣に食い込む必要があるからな……」
「くっく、まァ何でも構わんさ。……ではな」
身を翻し、澪は立ち去って行く。その背を見送りながら、丈はいずれ、と呟いた。
「いずれ、俺もそこに立つ」
日本の頂点、五つのタイトル。
その中でも唯一〝王〟の名を持つ称号の持ち主。
その背は、決して遠くはないはずだから。
余談だが、この後宍戸丈の一時的な帰国は日本のプロチーム関係者に伝わり、連日のようにチームへの誘いを受けることとなる。
結局、彼がどんな選択をしたのかはわからないが。
彼が日本の頂点に立つ日は、決して遠くないように思えた。
混沌の戦士を従える二人のデュエリスト。
軍配は、〝魔王〟に――……
本当にありがとうございます、ドナルド先生。未熟者なりに書き上げさせていただきました。
丈さん強いです。冥界の宝札は本当に何というか、手札が減らない。後バルバロさん、マジパネェす。
開闢対決は楽しかった……。できるなら、もう少しスタイリッシュに書きたかったところ。精進します。
いやはや、それにしてもコラボというのは難しいです。丈さんのキャラが崩れないようにしたつもりですが……大丈夫だったでしょうか?
ミサッキーは惜しくも敗北。更に言うと祇園くんなら瞬殺されていたかもしれない。致し方なし。
それでは、また次回。お会いできることを祈って。
ドナルド先生、重ね重ねありがとうございました。