遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第四十話 奇跡が起きると、云われる日

 

 

 日本人は宗教に対する感覚が薄いと言われる。法事などが行われ、幼少期から退屈に思いながらも参加しても自分の家の宗教が何なのかを知らない者も多い。親族の葬式になって初めて知ることになるという者も珍しくないくらいだ。

 別にそれが悪というわけではない。信教の自由というのがあるのだし、宗教に関心がなくとも生きてはいける。そもそも『神頼み』という宗教でありながら宗教と認識されていない概念がある時点でやはり日本人は少々特殊なのだろう。

 そして、そんな日本人にとって『クリスマス』というものは普通とは違う意味を持つ。

 生誕祭であるはずのその日は『聖夜』とも呼ばれる神聖な日。だが、日本人にとっては一種のお祭だ。

 特に――〝恋人〟という特別な関係を持つ相手がいる者にとっては。

 

 

「――なんでクリスマス・イヴに仕事なん!?」

 

 先日行われた〝ルーキーズ杯〟より一週間。今日は12月24日。世間では『クリスマス』の文字と共に恋人たちが思い思いに過ごしている。

 だが、〝アイドルプロ〟と呼ばれる少女――桐生美咲は自身のマネージャーたちと共に仕事の打ち合わせをしていた。

 

「クリスマスやで!? 年に一度やで!? もう嫌や!!」

「そう言いつつも打ち合わせにしっかり出てくれて感謝しております。では、1時から海馬ドームのステージにて発表会がございますので」

「やったらそれまでに海馬ランドのお祭行ってもええ!?」

「勘弁してください。あなたが一般人に囲まれるだけで混乱が起こります。ご自身の人気について、しっかりとご自覚を」

「うう~……」

 

 マネージャーに言われ、ぐったりと美咲は机に突っ伏す。海馬が用意している美咲のSPたちも苦笑していた。

 いつもなら仕事に文句を言うことはないが、今日は特別だ。折角のクリスマス。だというのに仕事とは。

 

「はぁ……仕方あらへん。それで、この後のお仕事は?」

「明日のクリスマスライブの最終チェックですね。それを終えたら会場入りです」

「じゃあ、ここでご飯食べとこかな」

 

 鞄から弁当箱を取り出す。それは、とマネージャーが問いかけてきた。美咲は笑みを浮かべ、頷く。

 

「祇園が作ってくれたんよ。祇園のご飯美味しいから嬉しいわ~」

「例の少年ですか。わかっておられると思いますが、くれぐれもスキャンダルには……」

「わかってますー。固いなぁ。そんなんやから彼氏できひんのやで、城井さん」

「なっ……!? 関係ないでしょう!?」

 

 先程まで冷静だったのに、一気に顔を赤くするマネージャー。美咲は意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「えー、だって城井さんのそういう話あんま聞いたことあらへんし」

「……今は仕事が忙しいですから」

「恋愛は楽しいですよー? まあ、ヤキモキさせられたり自分で自分を叩きたくなったり、こう、色々ありますけど。……アカン、言っててブルーになってきた……」

 

 落ち込んでしまう。自分も悪いのは自覚しているが、こうも進展しないと辛いものがある。

 ……進んだら進んだで怖いと思うのは、やはり自分が情けないからか。

 

「ま、まあとにかくや。やっぱり恋愛自体はええもんですよ?」

 

 笑いながら言う。楽しいことだけではないし、辛いことももちろん多い。だが、それでも恋をするのは大切なことだと思う。

 人と人の繋がりは、何よりも大切なモノだから。

 

「……まあ、一考します」

「お、それならウチもお祭に――」

「それは却下」

「鬼! 外道! 悪魔!」

「何とでも言ってください。では、スケジュールの確認ですが」

 

 美咲の言葉を華麗に受け流しつつ、マネージャーが言葉を続けていく。いつもの日常的な光景なので、SPたちも苦笑するだけだ。

 まあ、仕事自体に不満はない。やるべきことをやるだけだ。

 だがまぁ、やはり特別な日に仕事というのはどうにもやる気は出ない。

 

(……抜け出せるかなぁ)

 

 ふと、そんなことを考えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 DMというものは、社会おいて最早切り離せないモノとなっている。

 世界大会を開催できればそれだけでその国の経済が潤うし、プロとなって活躍できればこの世の全てを手にできるとも言われるほどだ。

 そして逆に、敗北によって何もかもを失う者もいる。

 だからこそ今回の発表は慎重に行われなければならない。下手を打てば経済が混乱してしまうからだ。

 故にI²社とKC社を中心としたプロジェクトチームは細心の注意を払い、今日の発表にこぎつけた。約三年以上をかけたプロジェクト。スタッフたちも、今日を成功させるために走り回っている。

 

(少年と美咲くんの実演の後、私ともう一人で解説か。人にものを教えるのは得意ではないんだがな)

 

 ふう、と息を吐きながら女性――烏丸澪は窓から会場の様子を眺めていた。彼女がいるのは海馬ドームの特別観覧席。普段ならVIPルームとして使用される場所である。海馬ドームは現在、ステージの準備で大忙しだ。

 今日のイベントは至極単純で、〝ルーキーズ杯〟の優勝者と準優勝者である二人による実演、その後にシンクロについての説明。そして新パックの販売である。

 とはいえ、浸透するにはまだまだ時間がかかる。今日のことが終われば世界各地でもイベントは行われることになるので、スタッフたちも気が休まることはないだろう。

 

(まあ、とはいえ新しい風が吹くことは良いことだ。人も世界も、常に変わらなければならない)

 

 変わらないままではいられないし、ならば変わっていくしかない。置いていかれた者に残されるのは、惨めな気持ちだけ。

 ならば、その変化していく現場に立てる自分はきっと幸福なのだろう。

 ……実感など、微塵もわかないが。

 

「……お久し振りですね」

「うん。久し振りだね」

 

 窓に映った人物へ、振り返らないままに挨拶を紡ぐ。相手は不快に思った様子もなく、少し離れた場所に座った。

 眼鏡をかけた、背の高い男性――全日本ランキング十年連続一位という、日本デュエル界の生きる伝説。

 ――DD。

 日本五大タイトルのうち、三つを預かる怪物だ。

 

「もう一人、というのはあなたでしたか?」

「皇さんも来る予定だったんだけど、『ラスベガスで面白いものを見つけた』って言って断ったみたいだよ」

「タイトルホルダー三人が揃うかと思っていましたが、中々難しいですね」

「それを一番難しくしているのはキミだろうに」

 

 笑いながらDDは言う。澪はこの人物がなんとなく苦手だ。何というか、覇気がない。日本のプロデュエリストの頂点に立つほどの存在であるはずだというのに、それを感じさせないのだ。

 能ある鷹は爪を隠す――要はそういうことなのだろうが、底が見えない。

 何か、その内に隠し持っているようで。それが、どうも受け入れられない。

 

「とりあえず、私たちの出番はしばらく先ですね」

「うん、それまでは休ませてもらおうかな。オーストラリアから帰って来たばかりだから疲れててね」

 

 受け入れられないのは、おそらく、わかっているからだろうと思う。

 DD――もしかしたら、『同じ』かもしれないと思っていたのに。

 真実は、全く違った。

 自分とは全く違う人種だと、本能でわかってしまっているからだろう。

 だから……歩み寄れない。

 歩み寄る、必要もない。

 

「……くだらないな」

 

 ポツリと呟き、窓の下へと澪は視線を送り続ける。

 ――祭の時間は、刻一刻と近付いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 海馬ランドは喧騒に包まれていた。普段なら通りにはないはずの屋台も多数出店しており、非常に賑わっている。

 海馬ランドはテーマパークであるため、普通なら入場料が必要になる。だが、今日に限ってはそれもなく、入場は無料になっている。

 

「わぁ、わぁ、凄いです! 祇園さん、行きましょう!」

「ちょ、ちょっと待って。はぐれないようにね」

 

 興奮した状態の少女――防人妖花へと夢神祇園は苦笑と共にそう言葉を紡ぐ。美咲も澪も忙しいそうで時間まで二人で海馬ランドを回っているのだが、妖花にとっては目に映るモノ全てが珍しいらしくずっとこの調子だ。

 とはいえ、気持ちはわかる。祭りの雰囲気はとてもいいものであるし、祇園自身もこういったお祭りの雰囲気は好きだ。……この後のことを考えると気が重いだけで。

 

(今更だけど、怖いなぁ……)

 

 キリキリと胃が痛む感触を覚える。人前に立つのは正直、好きではない。慣れないことだ。プロで活躍しているあの二人は本当に凄いと思う。

 偶然と、幸運でここまで来れた自分は。

 こういうところでメッキが剥がれるのだと、そう思う。

 

「祇園さんが出るイベントは何時からですか?」

「いつの間にリンゴ飴を……。えっと、1時からだね。30分前には控室に来るようにって。リハーサルは昨日終わってるから、多分、大丈夫だとは思う」

「昨日美咲さんとデュエルしたんですか?」

「それは今日のぶっつけ本番。……だからちょっと気が重くて」

 

 新たな概念である〝シンクロ〟については幾度となくテストをしたし、問題はない。だが、人前でやるとなると緊張が先に立つ。

 それに相手は美咲だ。余計に気が重い。

 格上とは何度も戦ってきたし、何度も敗北してきた。特に美咲はプロになる以前に数えきれないほどデュエルをした相手だ。そういう意味での緊張はないが……人前というのは、どうしても緊張する。

 大会中は必死になっていたから気にならなかった部分があるが、今回は『魅せる』ことが目的だ。そう、見せるではなく魅せる――素人には、本当に気が重い。

 

「うーん、でも私も神社で神事をする時は緊張しますから、気持ちはわかります。人に見られるのって怖いですよね……」

「そういえば、妖花さんは神社の子なんだったっけ?」

「両親はもういないですから、村の人たちに助けられてどうにかやってます」

 

 苦笑しつつ妖花は言う。詳しく聞いたわけではないが、妖花の育ちについては聞いている。その時に覚えて親近感は、きっとこれだ。

 親の愛情を知っていながら、しかし、失った辛さを知っている者同士。

 だから、こうして隣を歩ける。同じ痛みでも傷でもないが、錯覚でも〝同じ〟と思い込むことは一つの繋がりになる。

 痛みを知る者は、誰しもその怖さの分、人に優しくできるのだから。

 

「神事って毎年やってるの?」

「はい。神様を降ろして、感謝して……っていうお祭です。でも、始まってしまったらそんなには怖くないんです。気が付いたら終わってますから」

「集中してるって事かな?」

「多分、そうだと思います。必死ですから。だから祇園さんも大丈夫ですよ!」

 

 満面の笑みでそんなことを言う妖花。励まされている――その事実に、思わず苦笑してしまう。

 

「ありがとう」

 

 こんな小さい子にまで心配させていたのかと思うと情けないが、それはこれから取り戻すしかない。妖花ははい、と元気よく頷いた。

 そして二人がのんびりと歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。視線を送ると、そこは何かのステージらしく人だかりができている。

 

「何だろう、あれ」

「何でしょう?」

 

 いつの間にかリンゴ飴からわたあめへと食べ物を変えている妖花も首を傾げる。近くに行ってみると、何やらイベントが行われているらしかった。

 ステージの方へと寄っていく。見ると、特設ステージの上に用意された机と椅子に人が大勢座っている。看板を見ると、『わんこそば大食い選手権』と書かれている。

 ……この寒い中、何故わんこそばなのだろうか。

 

 

「アニキー! 隼人くん、頑張るッスよー!」

「おう、任せろ!」

「頑張るんだな」

「参加する以上は優勝を狙え!」

 

 

 聞き覚えのある声が聞こえてくる。視線を向けると、ステージ上にいる遊城十代と前田隼人に声援を送っている丸藤翔と三沢大地の姿がある。どうやらあの二人が参加するらしい。

 

「あ、遊城さんたちです!」

「来てるとは思ってたけど、こんなところで何をしてるんだろ……」

「楽しいことには参加しないと損だからね~」

 

 思わず呟いた瞬間、肩を叩きながらそんなことを言われた。振り返ると、そこにいたのは一人の女性。

 二条紅里。アカデミア・ウエスト校デュエルランキング1位を誇る人物であり、澪の親友とも呼べる相手だ。祇園にとっては大切な先輩である。

 

「あ、紅里さん! おはようございます!」

「うん、おはよ~。えへへ、今日も可愛いね~」

 

 妖花の頭を撫でながら微笑みかける紅里。ぽやぽやした、と澪が評する彼女だが、祇園にはそれだけには思えない。この性格も振る舞いも全て一つのポーズなのだろうと思う。

 まあ、勘だが。時々感じる鋭さは嘘ではないはずだ。

 

「紅里さんも来ておられたんですね」

「ぎんちゃんも出るし、みーちゃんも解説するからね~。本当はギリギリに遠目から見るぐらいでいいかな~、って思ってたんだけど、ゆーちゃんに誘われたの」

「ゆー……?」

「あそこで騒いでる人だよ~?」

 

 クスクスと笑いながら紅里がステージの方を指差す。見れば、賑やかなステージの上でも一際騒いでいる二人がいた。

 

 

「よっしゃ、どっちが多く食えるか勝負やな」

「敗けた方が明日の会費奢りだな。いやー、今月厳しいから助かるわ」

「もう勝ったつもりかい。デュエルじゃ負けたけど、こっちは負けへんでぇ?」

「かかって来い菅原」

「上等や!」

「え、なんだ新井さんと菅原さん、勝負するのか?」

「ん? おー、十代か。お前も出てたんだな」

「賞品目当てか、自分?」

「んー、というより楽しそうだったからかな。でさ、勝負するのか?」

「おう。ほれ、明日の会費賭けてな」

「あ、クリスマス会か」

「忘れとったんかい。明日は遅れたらアカンで? せっかくアカデミア合同のイベントなんやし」

「俺は部外者だけどな」

「細かいことは言いっこなしや。てか企画はKC社と校長連中やしな」

 

 

 十代が加わわり、更に会話を加速させているのはウエスト校の三年、菅原雄太と〝アマチュア最強〟とまで言われる新井智紀の二人だ。ゆーちゃん、というのはどうやら菅原の事らしい。

 

「楽しそうですね、皆さん」

「お祭は楽しまなくちゃいけないからね~。……んー、抱き心地良い~♪」

 

 妖花を背後から抱き締めながら、紅里が妖花の言葉にそう応じる。祇園はふと思ったことを口にした。

 

「菅原先輩とは仲が良いんですね。〝ルーキーズ杯〟でも一緒におられましたよね?」

「あ、見てたんだ~? えっとね~、ゆーちゃんとは昔からの知り合いなんだ。付き合いの長い友達、かなぁ? みーちゃんよりも時間については長いからね~」

「そうなんですか」

「そうなんだよ~。……あ、そろそろ参加締め切るみたい。二人は参加しない~?」

「僕はあまり量は食べないので……」

「私も量はあまり……」

「そっか~」

 

 にこにこと微笑みながら紅里は言う。視線の先で、開始が宣言された。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大食い選手権はかなり白熱した勝負になった。流石に若い男性参加者が多いこともあり、一人一人の食事量がかなり多かったのだ。

 だがその勝負も終わり、祇園は何故か救護室にいた。

 

「……何となく、こうなる予想はしてたけど」

 

 救護室のベッドの上には、苦しそうに腹部を押さえながら呻いている十代の姿がある。はぁ、というため息が隣から聞こえた。

 

「相変わらずね、十代。後先考えないんだから」

「ボウヤらしいといえばらしいけれど、ね」

 

 ため息を零す天上院明日香の隣で、クスクスと上品に藤原雪乃が微笑を零す。偶然合流した二人は、救護室へ担ぎ込まれた十代を見にここに来たのだ。

 当初は明日香もかなり心配していたが、ある意味元気そうにベットの上を転がっている十代を見て呆れしか出てこないらしい。

 

「ぐうう……、は、腹が痛ぇ……!」

「ふん、弱いなぁ一年坊。鍛えとったらこの俺みたいに――はうっ!?」

「お約束は良いから、寝てようねゆーちゃん」

「てめ、菅原ぁ……! 女に介護されるとか羨ま――うごおっ!?」

「お二人も辛そうです……」

「自業自得だよ~。相変わらずなんだから~……」

 

 十代と同じように悶絶する菅原を見て、はぁ、とため息を零す紅里。祇園としては苦笑するしかない。

 

「全く。考えなしに食うとこうなるといういい例だな、十代」

「アニキ~、しっかりするッス。……そういえば、隼人くんは平気なんスか?」

「俺は丁度いいところで諦めたから大丈夫なんだな」

「本当ならそれが一番正しいんだけどね~」

 

 隼人の言葉に苦笑を零す紅里。十代たち以外にも運ばれた者はいるが、深刻度――あくまで本人たちの様子を見たところ――ではこの三人が一番危険だ。まあ、それこそベルトが千切れそうになるくらいにまで詰め込んだらそうなるのも当たり前だが。

 

「く、クリスマス・イヴに何しとんのや俺らは……!」

「くうう、腹が痛ぇ……!」

「ちくしょう……!」

 

 呻き声を上げる三人。これはしばらく放っておくしかないだろう。しかし、折角のお祭だというのに何をしているのか。

 時計を見る。……そろそろ、行かなければならない時間だ。

 

「じゃあ、僕は行ってきます」

「あ、行ってらっしゃい~」

「頑張ってください!」

「もうそんな時間なの? 席を取りに行かなくちゃいけないわね」

「ふふっ、楽しみにしてるわよボウヤ」

「参考にさせてもらうよ、今日のデモンストレーションを」

「頑張るッスよ祇園くん!」

「しっかり見てるんだな!」

 

 それぞれの言葉で送り出してくれる。それに頷くと、祇園は医務室を出た。十代たちはこちらに声を送る様子はないらしい。

 外に出る。冷たい外気が肌を貫き、思わず身震いしてしまった。

 

「……頑張ろう」

 

 決意するように呟いて。

 夢神祇園は、一歩を踏み出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大きく深呼吸をする。息を吸い、吐く。緊張をほぐすにはこれが一番だと言われたが、ほぐれた気がしない。

 

「祇園、大丈夫?」

「な、なんとか……」

 

 隣に立つ美咲の声にどうにか返事を返す。だが、声が震えているのが自分でも自覚できた。

 怖い、と思う。いつだってそうだ。土壇場で、こんなにも自分は弱い。

 

「大丈夫や、祇園」

 

 不意に、手に温かいものが触れた。見れば、そこにあるのは小さな手。

 だがその手は、憧れ、目指し続けた掌でもある。

 

「これは勝負やない。ただ、ウチと祇園で楽しくデュエルしたらええだけのお話や。昔みたいにな」

「……でも、あの頃とは違うよ。あんな、大勢の人の前なんて」

 

 小さなデュエルショップで、たった二人でデュエルしていたあの頃にはもう戻れない。

 あの時に比べて、互いの立場はあまりにも違ってしまった。

 

「それはそうやよ。ウチも祇園も大きく変わった。変わってしもた。だってそうしなかったら潰されてしまうから。潰れてしまうから。消えてしまうから。だから変わったんや。そしてそれは、誇るべきことでもあるんよ」

 

 美咲は言う。変わったこと。変わってしまったこと。

 それは正しいことで、だからこそ今があるのだと。

 

「人生は選択の連続や。ウチはまだ十五年しか生きてへんけど、それでもわかるよ。後悔ばっかりや。ああしていれば、こうしていれば……そんなことばっかり考えてまう。でも、選んだ道やから。祇園を待つ――そのために、選んだ道やから」

 

 だから、と美咲は言う。

 全てを背負い、笑うのだと。

 

「だから、嘘でも『後悔なんかない』ってウチは言う。だってそうやないと否定することになってまうから。あの日、祇園とした約束が嘘になってまう。それは嫌や」

 

 桐生美咲は、だからこうして笑っている。

 己の原点を嘘にしないために。そのために、後悔の中でも笑い続ける。

 

「……美咲は強いね」

「祇園にそう言ってもらえるなら、強がってきた意味もあるかな?」

 

 あはは、と美咲は笑う。自分は――夢神祇園はどうなのだろうか。

 後悔は数えるほどしてきた。流されるままに生きていながら、それでも多くの後悔と絶望を抱え続けてきたのだ。

 選択の機会などなかった。だけど、あの約束だけは。

 あの日交わした約束だけは、自分で決めて――定めたモノ。

 

「頑張るよ。……頑張る」

「うん、頑張ろ。それに今夜はクリスマス・イヴやんか」

 

 空を見上げる。空は僅かに曇り、今にも何かが振り出しそうだった。

 

「聖なる夜なら、奇跡は起きるよ」

 

 二人で、歩き出す。この手はもう、繋がっていない。

 けれど、それでいい。

 たとえこの瞬間だけでも、一瞬だけでも隣を歩けるなら。

 ――それは、夢神祇園がずっと願い続けて来たこと。

 

 人々が祈りを捧げる、聖なる日。

 一人の少年の願いが、幻想という形で紡がれる。

 

 隣に立つこと。隣を歩くこと。

 憧れ続けた〝ヒーロー〟に追いつくことが、少年の願ったことだから。










流されるまま、選択の余地もないままに生きてきた一人の少年。
しかし、その根底に流れる〝約束〟は……それだけは、彼自身が叶えると決めたモノ。








というわけで、発表会前半パートです。デュエルまで行こうと思ったんですが、キリが良いのでここまでで。
今までの人生で『選ぶ』ことがほとんどできなかった祇園くんですが、『約束』という一番大切なモノだけは彼自身が決めたものなのですね。


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