遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第三十九話 白銀の伝説、煌めく星に捧げた想い

 

 第一デュエルルーム。KC社にあるデュエルルームの中では最も広い部屋であり、社長であり自身も〝伝説〟と語られる海馬瀬人が主に使用する場所だ。

 普段は桐生美咲を相手にすることが多い海馬だが、今回はいつもと違う相手と向き合っている。

 ――夢神祇園。

 特別秀でている何かがあるわけではない。優秀ではあるが、それはあくまで努力によって成された『優秀』だ。世にいう『天才』とは大きく違う。

 その数奇な人生において、海馬瀬人は幾人もの『怪物』を直接目にしてきた。永遠のライバルたる『決闘王』などがその頂点だし、かつてのペガサス会長なども確かに『怪物』だった。

 それに比べれば、今目の前にいる夢神祇園という少年は本来なら見向きもしない相手だ。出会うことも、言葉を交わすことさえも普通ならあり得なかっただろう。

 だが、いくつもの数奇な偶然がそうさせなかった。

 

(くだらんな。〝運命〟などというモノは存在せん)

 

 全ては人の営みだ。決められた物語などこの世にない。

 だが、海馬は今まで〝運命〟と呼ばれるモノに多く関わってきた。全てが必然のような偶然の果てに、こうしてここに立っているのだ。

 故に、見極める。

 目の前にいる少年には、〝運命〟があるのかどうかを。

 

「特別なルールはない。だが、シンクロの使用は可能だ。貴様はすでにマシンや社員を相手に何度かデュエルをしているから問題ないだろうがな」

「はい」

 

 祇園が頷く。その表情は硬く、緊張しているのが見て取れた。

 本当に、探せば見つかるようなレベルの少年だ。しかし、『窮鼠猫を噛む』という言葉もある。あの『凡骨』もそうしてバトルシティを這い上がってきた。

 

「一つだけ言っておく。――貴様はこのデュエルにおいて、この俺を殺すつもりでかかって来い」

「……え……」

「貴様がデュエルに勝てば、アカデミアの選択権をくれてやる。だが、負ければ貴様は本校に戻ってもらう」

 

 いいな、と問いかける。祇園は何かを言おうと口を開いたが、すぐに閉じてしまった。言葉を呑み込んだらしい。正しい判断だ。

 

(見せてもらうぞ。貴様が選択を他人に容易く譲り渡す程度の男なのか、それとも違うのかを)

 

 選択、とは人にとって何よりも大切なモノだ。それを他人に譲り渡すような者に用はない。

 海馬瀬人が認めるのは、自らの道を自らの手で切り開いていける者のみ。

 

「ゆくぞ!!」

 

 宣言する。祇園の目には未だ戸惑いがあるが、それでもこちらをしっかりと見つめてきた。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 二人のデュエルが始まる。観戦室からそれを眺めながら、桐生美咲は首を傾げた。

 

「社長が唐突なんはいつものことやけど、いくらなんでもいきなり過ぎる気がするなぁ。どないしたんやろ?」

「確かに海馬社長らしくはない気がするな。美咲くんとデュエルをするならともかく」

「どうして祇園さんなんでしょう……?」

 

 澪と妖花も意図が掴めず二人のデュエルを眺めている。海馬の行動が突然なのはいつものことだが、それは説明が足りないだけだ。いつだって何かしらの意図がある。

 だが、今回はそれがわからない。祇園の新デッキは完成していないことはわかっているはずだ。

 なのに、何故?

 

「……それについては私が説明しましょう」

 

 不意にそんなことを言いながら入って来たのは、一人の老人だ。龍剛寺――デュエルアカデミア・ウエスト校の校長である。

 校長、と澪が驚いた様子を見せた。はい、と龍剛寺は頷く。

 

「実は先日、彼について少々厄介なことが判明しました」

「厄介?」

 

 眉をひそめる。そんなこちらの内診を汲み取ってか、龍剛寺は首を左右に振った。

 

「彼自身に問題はありません。あろうはずがない。ですが、ご存じの通り彼は少々他とは違う道筋を歩いて来ています」

「不当な退学で本校を放逐され、ウエスト校に中途入学。そして一般参加枠からの〝ルーキーズ杯〟出場。確かに経歴は変わっているな」

「改めて聞くと凄いです……」

「せんでええ苦労をするのが祇園らしさやな。……で、それがどないしたんです?」

「はい。その道が特殊であったが故に気付くのに遅れました。そのことを話すと、海馬社長はすぐに『彼とデュエルをする』と仰られたのです」

 

 チラリと龍剛寺はデュエルルームへ視線を送る。そして、その言葉を口にした。

 

「――夢神祇園。彼は、このままでは留年します」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエルが始まる時の緊張感はいいものだ。この場所こそが己の居場所なのだと認識させてくれる。

 

「先行は俺だ。ドロー!」

 

 カードを引く。そのまま、迷いなく海馬はデュエルディスクへとカードを差し込んだ。

 

「俺は魔法カード『竜の霊廟』を発動! 一ターンに一度しか発動できず、デッキからドラゴン族モンスターを一体墓地に送る! そしてそれが通常モンスターだった時、もう一体ドラゴン族モンスターを墓地に送ることができる! 俺は『青眼の白龍』を墓地へ送り、更に『伝説の白石』を墓地へ送る!」

 

 条件さえ合えば二体ものモンスターを墓地に送れる強力なカードだ。ドラゴン族には強力な代わりに重いモンスターが多い。手札からよりもデッキからの方が出しやすいのである。

 

「そして墓地に送られた『伝説の白石』の効果を発動! このカードが墓地に送られた時、デッキから『青眼の白龍』を手札に加える!」

 

 これで手札消費は0。相性は抜群だ。

 

「ふぅん、伝説を見せてやる。――俺は魔法カード『古のルール』を発動! 手札からレベル5以上の通常モンスターを特殊召喚する! 来い、我が魂!! 『青眼の白龍』!!」

 

 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 世界に響き渡るような咆哮と共に、白龍が降臨する。

 世界に三枚しか現存しない、海馬瀬人のみが使用を許された〝伝説〟のカード。

 

「我がブルーアイズは、戦いの中でこそ輝く。――俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー!」

 

 祇園がカードをドローする。アカデミアで戦った時は怯えさえ見受けられたが、今はそれを克服しようとしているのが感じ取れた。

 

(さあ、見せてみろ)

 

 人生というモノは、困難と絶望の連続だ。畳み掛けるような現実を前に、準備ができることなどほとんどない。常に己が持つ手札だけで戦っていくしかないのだ。

 例えば、ここで勝たなければ夢神祇園が殺されるとして、それを救える者は夢神祇園本人以外に存在しない。

 己の道を、己の選択で進みたいのならば。

 勝つしか、道はないのだ。

 

「僕は魔法カード『竜の霊廟』を発動します。デッキから『真紅眼の黒竜』を墓地に送り、更に『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を墓地へ」

 

 流石に互いにドラゴン使いということはあり、動きが似ている。まあ、向こうは形が大きく違うが。

 

「そして手札から『召喚僧サモンプリースト』を召喚。召喚時、このカードは守備表示になります」

 

 召喚僧サモンプリースト☆4闇ATK/DEF800/1600

 

 現れたのは、長い髭を生やした老師だ。祇園は更に手を進める。

 

「サモンプリーストの効果発動! 手札から魔法カードを捨てることで、デッキからレベル4モンスターを特殊召喚する! 二枚目の『竜の霊廟』を捨て、デッキからチューナーモンスター『ヴァイロン・プリズム』を特殊召喚!」

 

 ヴァイロン・プリズム☆4光・チューナーATK/DEF1500/1500

 

 現れたのは、純白の装甲を持つ機械のようなモンスターだ。そのモンスターの登場を見、ほう、と海馬は声を漏らす。

 

「モンスターを揃えたか」

「はい」

「来い。見せてみろ、貴様の覚悟を」

「いきます。――レベル4、召喚僧サモンプリーストにレベル4、ヴァイロン・プリズムをチューニング! シンクロ召喚!!」

 

 デュエルの常識を変えるとペガサスが断言した〝シンクロ召喚〟。美咲とのデュエルで何度も見ているが、相手にすると面倒だ。

 ――まあ、それでも負けるとは思わないが。

 

「――『ダークエンド・ドラゴン』!!」

 

 ダークエンド・ドラゴン☆8闇ATK/DEF2600/2100

 

 現れたのは、漆黒の闇を纏う竜だ。その威圧感に、ほう、と思わず吐息が漏れる。

 

「そして墓地に送られた『ヴァイロン・プリズム』の効果です。このカードがフィールド上から墓地へ送られた場合、LPを500ポイント支払うことでこのカードを装備します。そして装備されたモンスターは、ダメージステップ時に攻撃力が1000ポイントアップ」

 

 祇園LP4000→3500

 

 ダークエンド・ドラゴンにヴァイロン・プリズムの鎧が装備される。これでダークエンドの戦闘能力は格段に上がった。

 しかも、あの黒い竜には更なる能力がある。

 

「ダークエンド・ドラゴンの効果。一ターンに一度、攻撃力・守備力を500ポイントずつ下げることで相手モンスターを一体、墓地に送ります! ブルーアイズを墓地へ!」

「ぐっ……! おのれぇ、我がブルーアイズを……!」

 

 ダークエンド・ドラゴン☆8闇ATK/DEF2600/2100→2100/1600→3100/1600(ダメージステップ時)

 

 大抵のデュエリストが目にするだけで防戦一方となる伝説の存在。それがブルーアイズだ。だが、夢神祇園は臆することなく向かってくる。

 成程、凡骨程度の力はあると判断したのは間違っていなかったようだ。

 

「ダークエンド・ドラゴンでダイレクトアタックです!」

「甘いな。罠カード『ガード・ブロック』。戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドローする」

「……僕はカードを一枚伏せ、ターンエンドです」

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引く。まずは、やるべきことをやらなければ。

 

「速攻魔法『サイクロン』を発動! その鬱陶しい鎧を破壊させてもらう!」

「うっ……!」

「更に俺はチューナーモンスター、『青き眼の乙女』を召喚!」

 

 青き眼の乙女☆1光ATK/DEF0/0

 

 現れたのは、蒼い目をした銀髪の女性だ。海馬は更に一枚のカードをデュエルディスクに差し込む。

 

「そして装備魔法、『ワンダー・ワンド』を乙女に装備! その瞬間、青き眼の乙女の効果を発動! このカードがカードの効果の対象となった時、手札・デッキ・墓地よりブルーアイズを一体特殊召喚する! デッキより現れろ、我が魂!! ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴンッ!!」

 

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 再び現れるブルーアイズ。この圧倒的なパワーこそが力であり、強さ。

 

「そしてワンダー・ワンドの効果を発動! このカードは魔法使い族モンスターにのみ装備でき、装備モンスターを墓地に送ることでカードを二枚ドローする!」

 

 これにより、手札消費は0のままブルーアイズが召喚できることとなる。

 

「ゆくぞ!! ブルーアイズで攻撃!! 滅びのバーストストリーム!!」

「つううううっ……!!」

 

 祇園LP3500→2600

 

 漆黒の竜が破壊され、祇園のLPが削られる。

 そう、これこそが正しい姿。圧倒的な力こそ、己が誇り。

 

「強靭にして無敵!! さあ来るがいい!! その全てを粉砕してくれる!!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 その言葉の意味が解らず、一瞬呆けた空気が流れた。最初に我に返った澪が、校長、と言葉を紡ぐ。

 

「それはどういう意味ですか? 少年が留年とは。僭越ながら、彼が留年する理由など微塵もないように思われますが」

「うんうん」

 

 美咲と妖花も全力で頷く。龍剛寺はゆっくりと首を振った。

 

「彼に問題はありません。短い間とはいえ我が校の生徒として見守ってきた中で理解しております。問題を起こすような生徒ではないと」

「な、なら何でなんですか?」

「彼自身に問題はなくとも、彼の立場に問題があるのです。……彼は退学になり、ウエスト校に編入しました。ここが問題なのです」

「……成程。盲点だった。次から次へと、少年が何をしたという?」

 

 どこか呆れた調子で澪が言う。その表情は苦々しい。

 どういうことですか、と妖花が問いかけると、澪が頷いて言葉を紡いだ。

 

「『転校』というのは世間で考えられているよりも面倒な手順を踏まなければならない。特に義務教育を終えた高等教育ならば尚更だ。求められる学力レベル、授業の進度、内申書など引き継ぐモノが多くなる。とはいえ、普通なら問題にならない。だが……少年は、退学者だ。アカデミア本校で手にしたモノは、全て破棄されているんだよ」

 

 美咲と妖花の表情が変わった。美咲が苦々しげに舌打ちする。

 

「ああ、そういうこと……。なんで、なんでなんよ……、祇園が何を……!」

「気持ちはわかるが、落ち着け美咲くん」

「落ち着けるわけないやろ!? つまり祇園は本校の成績を受け継がせて貰えへんから進級できひん! そういうことやんか!」

「落ち着け、と言っている」

 

 鋭い視線で睨まれた。だが、退くつもりはない。こちらも睨み返す。

 しかし、気付く。澪は腕を組みながら、しかし、強く自身の腕を握り締めていることに。

 

「ここで騒いでも、何も変わらんよ」

「……そう、ですね」

「それに、その辺りの解決策もあるのでしょう?」

 

 澪は龍剛寺へ視線を送る。龍剛寺は頷いた。

 

「彼の退学は不当であったことは校長である鮫島さんが認めています。しかし、ここで問題が起こりました」

「問題、ですか?」

「ええ。――倫理委員会が、それを認めないのです」

 

 澪の眉が跳ね、美咲が舌打ちを零した。妖花はどんどん厳しくなっていく雰囲気にオロオロしている。

 

「どういうことなんです? 倫理員会は海馬社長が解散を決定したはずやないですか」

「その件について揉めているのです。解雇は不当だ、として。その争点が彼――『夢神祇園の退学は不当であるか否か』なのです」

「…………ッ、クソッタレやな」

「ナメた話であることは事実だが、美咲くん。アイドルらしからぬ言葉だぞ。気を付けた方がいい」

「そういう澪さんこそギリギリやないですか」

「面白いことを言う。私は冷静だよ。キミと違って。だから落ち着けと言っている」

「へぇ、祇園の人生かかってんのに冷静ですか」

「……言葉を選べ、美咲くん」

 

 二人の視線が急激に冷えていく。妖花が慌てて割って入った。

 

「お、落ち着いてください~! お二人が喧嘩しても祇園さんは喜びません!」

「……ごめんな、妖花ちゃん。その通りやわ。すみません、澪さん。ちょっと八つ当たりしてしまいました」

「いや、私の方こそすまない。無意味にキミを挑発した」

 

 空気が僅かに和らぐ。龍剛寺は一つ咳払いをすると、言葉を続けた。

 

「話を戻しましょう。……下手をすれば、雇用に関する裁判沙汰になりかねない状況です。無論、倫理員会側の勝ち目は薄い。何せ鮫島さんが認めていますからね。しかし、倫理委員会はその立場が少々厄介なのです」

「確か、鮫島校長やら教員やらを第三者の視点から管理する、でしたっけ?」

「ええ。つまりは独立してしまっているのです。実際は二人三脚でしたが、立場上は違う。そして退学については倫理委員会の賛成も必要となります。ここが問題なのですよ」

「……大方、『間違った情報を与えられていた』か『夢神祇園の退学は正当だった』とでも主張しているのでしょう?」

 

 どこか苛立たしげに言う澪。龍剛寺は頷いた。

 

「今回の場合は後者ですね。校則違反などを理由に挙げています。レッド寮の生徒、ということも理由には挙がっているようです。校則違反をした落第生の退学――倫理委員会はこれを正当なものとして主張しているようです。それにどうも、彼とは違う生徒の校則違反についても彼に濡れ衣として被せようとしているようで」

「濡れ衣?」

「ええ。主張によれば『女子寮への侵入』、『授業の無断欠席』、『ブルー生との日常的なトラブル』など、いくつか。これについては他の教員から事実無根と聞きましたが、ならばこの話の元は誰なのかというと口を閉ざしているので更に面倒なことになっています」

「…………ああ、成程。まあ、わかるけど……、わかるけどもや……」

 

 美咲は思わず頭を抱えてしまう。それらの違反行為の主といえば一人しかいない。あの男だ。だが、確かにそうなると名前は出し辛いだろう。特に鮫島は彼に対して――今更だとは思うが――罪悪感を感じている。他の教員に関しても、不必要に問題を大きくしたくないだろう。

 個人としてどう思っていても、彼らは『デュエル・アカデミア本校の教師』であり。

 夢神祇園は、『アカデミア本校の生徒ではない』のだから。

 

「……裁判までもつれ込めば、決着がつくまで相当な時間がかかります。日本の司法などそんなものです。そして決着がつく頃には、彼の留年は決定しています」

「何とかならないのですか? 要は退学になった分の出席と成績が無いという状態でしょう? ならば、ウエスト校で独自に」

「それが不可能なのです。彼が編入してきたのは間の悪いことに一学期の試験後。つまり、一学期の成績が全く存在しません。補習や追試も、そもそも授業を受けていないのであれば実施できないのです」

「な、なんでなんですか? どうして祇園さんがそんな……」

「頭の固い法律ということだ。くだらんが、ルールである以上従うしかない。不正を誅するための法が、まさかこうして少年を苦しめるとはな」

 

 面倒な話だ、と澪が呟く。妖花はまだよくわかっていないらしく、困惑の表情を浮かべた。そんな妖花に、美咲が呟くように言葉を紡ぐ。

 

「学校を卒業したり、進級するには出席日数と単位が必要なんよ。それは教育の法律で定められてて、そのための指導要領もある。せやけど祇園は、本校を退学になったせいでその一部が全部抜け落ちてしまってるんよ。それは書類上で『欠損』になって、そのまま卒業できひんことに繋がる」

「でもでも、祇園さんは凄い人です! だって、でも、そんな」

「確かに優秀です。努力家でもある。優秀な生徒には奨学金など、特別な措置はいくつもあります。烏丸さんなどはそれによって授業の自由出席が認められています」

「そ、それなら祇園さんも……」

「防人さん。彼は優秀ですが、それは『中の上』という意味なのです」

 

 中の上――その言葉に、美咲と澪は唇を噛み締めた。

 そう、夢神祇園は優秀だ。だが、『天才』ではない。

 努力で人が辿り着ける場所に、必死になって辿り着いて。ようやく人並みの場所で走っているだけなのだ。

 

「教育機関である以上、贔屓はできません。それは彼に対する侮辱となります」

「……あう、でも……」

「校長は正論を言っている。これは覆せない」

 

 澪が固い声色で言葉を紡ぐ。妖花は泣きそうな顔で俯いた。

 静寂が流れる。ポツリと、解決策は、と美咲が呟いた。

 

「何か、方法があるんでしょう?」

「……あるには、あります。一つは仮進級。補習を受けてもらい、そして今後一定以上の成績を残してもらうことを条件に。一番現実的です。彼以外の生徒であったなら」

「どういうこと、ですか……?」

「形はどうあれ、『仮進級』ということは奨学金を受けることができなくなります。そして彼は、奨学金なしに学費を払うことはできません」

「金、というのはいつだって一番残酷な現実だ。……反吐が出る」

 

 普通なら、方法はあったのかもしれない。だが、今の祇園には保証人の一人もいないのだ。

 祇園が奨学金を借り、バイトでためたお金で学費を払えていたのは努力の結果による成績があったからだ。『仮進級』という落第生の烙印を押されたら、その唯一の後ろ盾さえ失うことになる。

 

「今でもギリギリや言うてたからな、祇園。……親も後見人も保証人もおらん人間は、あまりにもこの社会じゃ弱過ぎるんや」

 

 奨学金とは一種の借金だ。当然ながら返せる相手に貸すものであり、難しいと判断される相手には貸してくれない。

 夢神祇園はその成績でどうにか認められていただけで、それを失えば何もかもが消えてしまう。

 

「それらの要素により、これは悪手です。最悪、彼は自主退学を迫られかねません」

「……私や美咲くんが金を出すと言っても、絶対に受け取らんだろうからな」

「それは間違いあらへんやろうな」

「じゃ、じゃあ、もう一つは……?」

 

 縋るような目で妖花は龍剛寺を見る。龍剛寺は頷いた。

 

「――もう一つは、アカデミア本校への復学です」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 やはり、凄い。素直にそんな感想しか出て来ない。

 

「カードを更に一枚伏せ、ターンエンドだ!」

「僕のターン、ドロー!」

 

 気迫に負けないよう、声を張り上げる。

 相手は〝伝説〟。容易く勝てる相手ではないし、百回戦えば間違いなく百回負ける相手だ。今の自分には、あまりにもこの壁は厚い。

 だが、一万回に一度でも勝てる可能性があるのなら。

 そこに、全てを懸ける意義がある。

 

「僕は墓地の闇属性モンスター、『召喚僧サモンプリースト』を除外し、『輝白竜ワイバースター』を特殊召喚!」

 

 輝白竜ワイバースター☆4光ATK/DEF1700/1800

 

 純白の竜が現れる。一ターンに一度しか出せないが、優秀な効果を持つモンスターだ。

 

「そして、これにより墓地の闇属性モンスターは『真紅眼の黒竜』、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』、『ダークエンド・ドラゴン』の三体! 墓地の闇属性モンスターが三体のみの時、このモンスターを特殊召喚できる! 『ダーク・アームド・ドラゴン』を特殊召喚!!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴン☆7ATK/DEF2800/1000

 

 迅雷を纏い、漆黒の竜が姿を現す。祇園は効果発動、と言葉を紡いだ。

 

「墓地の『ダークエンド・ドラゴン』を除外し、伏せカードを破壊!」

「そんな反撃は読めているわ! 永続罠『デモンズ・チェーン』! モンスター一体の効果を無効とし、攻撃宣言を不可能とする!」

「…………ッ!!」

 

 無数の鎖に縛られ、漆黒の竜が動きを止める。祇園はぐっ、と言葉に詰まった。

 

(何かあるとは思ってたけど。……いや、まだだ。まだ――やれる!!)

 

 ギリギリの手段。しかし、最早手はこれしかない。

 通らなければ――敗北だ。

 

「僕は手札より、チューナー・モンスター『黒薔薇の魔女』を召喚!」

 

 黒薔薇の魔女☆4闇・チューナーATK/DEF1700/1200

 

 現れる、黒い装束を着た幼き魔女。召喚時に効果を持っているが、この場面では発動しない。

 

「いきます! レベル4『輝白竜ワイバースター』に、レベル4『黒薔薇の魔女』をチューニング! シンクロ召喚!!」

 

 光が渦巻き、一体の竜が姿を現す。

 

「――『ライトエンド・ドラゴン』ッ!!」

 

 ライトエンド・ドラゴン☆8光ATK/DEF2600/2100

 

 現れたのは、先程のダークエンド・ドラゴンとは対を成すモンスターだ。純白の光が、周囲を照らす。

 

「そしてフィールドから墓地に送られた『輝白竜ワイバースター』の効果により、『暗黒竜コラプサーペント』を手札に。そして『輝白竜ワイバースター』を除外し、『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚!」

 

 暗黒竜コラプサーペント☆4闇ATK/DEF1800/1700

 

 白と黒の竜が祇園のフィールドに並び立つ。片方は鎖に縛られているが。

 

「バトル! ライトエンド・ドラゴンでブルーアイズに攻撃!」

「ほう」

「効果発動! このカードが戦闘を行う攻撃宣言時に発動できる! このモンスターの攻守を500ポイントダウンさせ、相手モンスターの攻守を1500ポイントずつダウンさせる!」

 

 ライトエンド・ドラゴン☆8光ATK/DEF2600/2100→2100/1600

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500→1500/1000

 

 純白の竜が放った輝きにより、ブルーアイズが弱体化する。倒せる――そう思った瞬間。

 

「永続罠『竜魂の城』を発動! 墓地とフィールド上のドラゴン族モンスターを選択して発動! 墓地のドラゴン族モンスターを除外し、フィールド上のドラゴン族モンスターの攻撃力をエンドフェイズまで700ポイントアップさせる! 俺は『伝説の白石』を除外し、ブルーアイズの攻撃力をアップだ!」

 

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500→1500/1000→2200/1000

 

 その差分、僅かに100。

 しかし、その数字が絶対的な差となってしまう。

 

 祇園LP2600→2500

 

 吹き飛ぶ白竜。しかし、まだ終わってはいない。

 

「永続罠『リビングデットの呼び声』を発動! 甦れ、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』!!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10ATK/DEF2800/2400

 

 現れる、最強のレッドアイズ。バトル、と祇園は宣言した。

 

「レッドアイズでブルーアイズを攻撃!」

「ぐうっ、おのれぇ……! 一度ならず二度までも……!」

 

 海馬LP4000→3400

 

 初めてダメージが通る。そして、祇園の場にはもう一匹、戦えるモンスターがいる。

 

「コラプサーペントでダイレクトアタック!!」

「…………ッ!!」

 

 海馬LP3400→1600

 

 LPが逆転する。祇園はメインフェイズ2、と宣言した。

 

「レッドアイズの効果により、墓地からライトエンド・ドラゴンを蘇生。ターンエンドです」

 

 祇園の場に並び立つ四体の竜。海馬は俺のターン、と言葉を紡いだ。

 

「……ふぅん、少しは力を付けたようだ。だが、貴様がこの俺を超えることはできん! 手札より魔法カード『大嵐』を発動! フィールド上の魔法・罠を全て破壊する!」

「レッドアイズが……!」

 

 永続罠である『リビングデッドの呼び声』が破壊され、レッドアイズが吹き飛ぶ。その代わりにダーク・アームド・ドラゴンが解放されたが――

 

「『竜魂の城』の効果だ。このカードが破壊された時、除外されているドラゴンを一体特殊召喚する。『伝説の白石』を特殊召喚だ」

 

 伝説の白石☆1光・チューナーATK/DEF300/250

 

 現れる白銀の宝石。海馬は更なるカードを差し込んだ。

 

「速攻魔法、『銀竜の咆哮』を発動! 墓地から通常ドラゴンを蘇生する! 甦れ、ブルーアイズ!!」

 

 青眼の白竜☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 何度目かもわからない、ブルーアイズの登場。その威圧感は、やはり凄まじい。

 

「バトルだ。――ブルーアイズでダーク・アームド・ドラゴンを攻撃!! 滅びのバーストストリーム!!」

「うっ……!!」

 

 祇園LP2500→2300

 

 最強の竜の前では、流石にどうにもならない。破壊される。

 そして。

 

「メインフェイズ2だ。貴様に見せてやろう。我がブルーアイズの更なる姿を。――ブルーアイズに伝説の白石をチューニング!! シンクロ召喚!!」

 

 大地が揺れたと、そう思った。

 それほどまでに、凄まじかった。

 

「強靭にして無敵!! 我が魂!! 降臨せよ!! 『蒼眼の銀龍』!!」

 

 荘厳な響きが、世界を叩いた。

 天より、一体の銀龍が降臨する。

 

 蒼眼の銀龍☆9光ATK/DEF2500/3000

 

 その体に更なる輝きを纏い。

 銀色の龍が、威嚇するような叫びを上げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「復学……?」

「ええ。もう一度改めて本校に戻れば、書類については都合がつきます。鮫島さんも非を認めている以上、それは難しくありません」

「でも、倫理委員会は納得するんですか?」

「納得はしないでしょう。ただ、このままではどうしようもないのも事実です。……とはいえ、完全に復学する必要はありません。三ヶ月、正確には80日間。丁度春休みに入るぐらいまで本校に在籍すれば復学の規定を満たせます」

 

 面倒な手続きはありますが、と龍剛寺は言う。美咲がホッとした息を漏らした瞬間、つまり、と澪が言葉を紡いだ。

 

「少年はウエスト校を去ることになると、そういうことか?」

「そうなります」

「……喜ぶべきなのだろうな、これは」

 

 ふう、と息を吐く澪。美咲も妖花も、表情は優れない。

 祇園の進級についてどうにかなることは喜ばしいことだ。だが、そうじゃない。そんなことじゃない。

 だって、これは。こんなのは。

 

「だが、これでいいのか? 大人の都合で振り回されて……そんなことばかりで。それを私は、喜んでもいいのか? 良かったな、と……そんな戯言を少年に向かって吐けばいいのか?」

 

 誰も、何も言わない。

 言えずに、いる。

 

「そうだ。復学すれば進級できる。元に戻る。不当な退学がなかったことになり、遊城くんや〝侍大将〟たちと学校生活を送れる。それで元通りだ。彼が望み、幸せを得ていたはずの世界だ」

 

 本来なら、そんな風に彼は三年の時を過ごすはずだった。

 多くの困難も、乗り越えていくはずだった。

 

「会いたいなら会える。それぐらいの距離だ。会いに行けばいい。別に問題はない。彼が幸いなら、それでいい。彼の人生で、彼の幸福だ。私に口を出す権利はない」

 

 夢神祇園という少年が、それで幸いになれるなら。

 現実が、どんなものであっても――

 

 

「――――ふざけるなッッッ!!」

 

 

 叫びと共に、鈍い音が響き渡った。機材を叩いた手の皮が裂け、血が滲む。

 龍剛寺は、ただ黙してそれを見守り。

 妖花は、唇を噛み締めて。

 美咲は、怒りから血が滲むほどに拳を握り締めていた。

 

「すまないが、校長。私は大人にはなれない。ここで少年に『良かったな』などと笑いかけるのが大人だというのなら、私はそんなものになる気はない」

「ウチも同意です。ふざけるんやない。人の人生を散々踏み躙っといて、それを忘れろやと? 龍剛寺校長。あなたが悪いんやないとはわかってる。これが八つ当たりだとも理解してます。せやけど、受け入れられへんのです。こんなん、受け入れられるわけがない」

 

 首を振る。そうだ、認められない。認めてたまるか。

 こんな残酷な現実――認めてはいけない。

 

「……私は、よくわからないです」

 

 ポツリと、妖花が呟いた。そのまま妖花は、デュエルルームへと視線を向ける。

 

「でも、祇園さんは。祇園さんは、きっと笑います。笑って、しまいます」

 

 優しさに触れた妖花だからこそわかり、彼を見てきたからこそわかること。

 夢神祇園は、残酷な現実を前に笑ってしまう。

 憤りも、悲しみも、叫びもせずに。

 全てを受け入れ、その心を誰にも見せない。

 

「それは、寂しいです」

 

 言葉を、紡げない。

 龍剛寺が、静かに告げた。

 

「それを見極めたいと、海馬社長は仰っておられました」

 

 必死に戦う少年を見つめながら。

 

「彼自身がどんな道を選びたいのかを見極めると」

 

 そして、再び沈黙が舞い降りる。

 竜の咆哮が、静かに響いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 銀色の龍は、あまりにも美しかった。

 荘厳で、絶対的な存在感。その美しさに、目を奪われる。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「……僕のターン、ドロー」

 

 手札を引き、もう一度フィールドを見る。『蒼眼の銀龍』――ライトエンド・ドラゴンも、このモンスターには通用しない。

 

「僕はコラプサーペントを守備表示にして、ターンエンドです」

「ふぅん、消極的だな。俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、銀龍の効果によりブルーアイズを蘇生する!!」

 

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 現れる伝説の龍。やはりこうして何度も現れると精神的にも辛い。

 

「その鬱陶しいドラゴンも、ここで破壊させてもらう。永続罠『デモンズ・チェーン』! ライトエンドの効果を無効にし、攻撃不可とする!」

「…………ッ、そんな……!」

「銀龍を攻撃表示にし、ゆけ、ブルーアイズ!! ライトエンドに攻撃!! 滅びのバーストストリーム!!」

「……っ!」

「更に銀龍でその鬱陶しい小竜にも攻撃だ!」

「つうっ……!」

 

 祇園LP2300→1900

 

 吹き飛ばされる祇園の竜たち。祇園は効果発動、と言葉を紡いだ。

 

「コラプサーペントが墓地に送られたことにより、ワイバースターを手札に……!」

「いいだろう。俺はターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー!」

 

 手札を見る。動くことはまだできるが――

 

「小僧。貴様に聞きたいことがある」

「…………?」

 

 不意に海馬がそんなことを言い出した。思わず首を傾げてしまう。海馬は更に言葉を続ける。

 

「詳しい話は龍剛寺にでも聞け。俺が知りたいのは、貴様の覚悟だ」

「覚悟、ですか……?」

「困難とは時を選ぶほど殊勝な存在ではない。貴様は今、選択を迫られている。だが、どちらを選ぼうと険しき道であることは間違いない」

 

 何のことかはわからない。だが、海馬の言葉には有無を言わせぬ迫力がある。

 

「選べぬのであれば、初めから選択肢があったことなど知らなければいい」

「…………」

「だが、貴様に欠片でも『意地』というものがあるのなら抗って見せるがいい。己の道を己の手で切り開く覚悟があるのならな。その覚悟がないのなら、ここで沈むがいい。本校へ戻り、そこで生活をすればいいだけの話だ。もう一つの選択肢など知らなくとも構わん」

 

 己の、道。

 歩んできた、人生。

 その言葉が、嫌に胸に突き刺さる。

 

(自分の道を、自分で……)

 

 今までは、どうだっただろうか。

 夢神祇園は、自分の道を……歩めていただろうか。

 

「愚問だったようだな」

 

 それは、どういう意味だったのか。

 この問いを口にするまでもないという意味なのか。

 それとも、問いを口にしたことが意味のないことということなのか。

 

(……僕は)

 

 手札を、見る。

 可能性は、まだ――

 

「――僕は墓地にワイバースターを除外し、『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚! 更にチューナーモンスター『ヴァイロン・プリズム』を召喚します!」

 

 暗黒竜コラプサーペント☆4闇ATK/DEF1800/1700

 ヴァイロン・プリズム☆4光・チューナーATK/DEF1500/1500

 

 並び立つ二体のモンスター。おそらく、これが最後のシンクロだ。

 だから、この可能性に――懸ける。

 

「レベル4暗黒竜コラプサーペントに、レベル4ヴァイロン・プリズムをチューニング!!」

 

 竜の咆哮が、聞こえた気がした。

 暖かな感触が、周囲の空気を包み込む。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる! 光さす道となれ! シンクロ召喚!!」

 

 一筋の星が、瞬いた。

 星屑の煌めきを纏い、一体の竜が降臨する。

 

「――飛翔せよ、『スターダスト・ドラゴン』ッ!!」

 

 現れたのは、美しき輝きを纏う竜。

 星の煌めきを宿すその姿は、あまりにも美しい。

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000→3500/2000(ダメージステップ時)

 

 光の力を纏い、神々しささえ感じさせるスターダスト・ドラゴン。海馬が鼻を鳴らした。

 

「……ふぅん、それが貴様がペガサスより受け取ったモンスターか」

「はい。――バトルです! スターダストで銀龍に攻撃! シューティング・ソニック!!」

「ぬうっ……!」

 

 如何に伝説の力を持つ銀龍であっても、今のスターダストの攻撃は耐えられない。

 

 海馬LP1600→600

 

 海馬のLPが危険域に突入する。祇園はターンエンド、と宣言した。

 

「俺のターン、ドロー!……ふぅん。成程、あの時よりは幾分強くなったようだ。だが、貴様がこの俺に勝つことは有り得ん。魔法カード『竜の鏡』を発動! フィールド、墓地から融合素材となるモンスターを除外しドラゴン族の融合モンスターを特殊召喚する!! 三体のブルーアイズを除外し、来い!! 『青眼の究極竜』!!」

 

 青眼の究極竜☆12光ATK/DEF4500/3800

 

 かつて対峙した、絶望が。

 今日もまた、絶対的な絶望として目の前に立つ。

 

「更に罠カード、『異次元からの帰還』!! LPを半分支払い、除外されているモンスターを可能な限り特殊召喚する!! 帰還せよ、三体のブルーアイズ!!」

 

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 同じだ。あの時と。

 敗北してはならなかった、あのデュエルの時と――

 

「よく耐えた。だが、これで終わりだ。――吹き飛べ。アルティメットで攻撃!! アルティメット・バーストッ!!」

「…………ッ!!」

「更に三体のブルーアイズでダイレクトアタックだ!! 滅びのバーストストリーム!!」

 

 祇園LP2300→1800(ヴァイロン・プリズムのコスト)→800→-8200

 

 最強にして絶対たる、白龍の一撃を受け。

 夢神祇園は、敗北した。

 

「――ふぅん。今度は膝をつくようなこともないか」

 

 海馬が小さな笑みを浮かべる。そう、今回の祇園は前回のように膝をつくことはなかった。

 あの日と同じ敗北を、その身に刻みながらも。

 ただただ黙して、海馬を見つめている。

 

「あの時よりは強くなったようだな。だが、この俺に勝つには貴様如きではまだ足りん。……デュエルの開始前に言ったように、貴様は一時本校へと戻ってもらう」

 

 海馬がこちらへ背を向ける。それについては拒否する理由はない。ウエスト校を出ることについては少し納得できない部分もあるが、仕方ないことでもある。

 それにきっと……決められなかったから。

 どちらかを『選ぶ』ということが、きっと自分にはできなかったから。

 

「だが、〝禊ぎ〟が終われば好きにしろ。……小僧、否、夢神」

 

 デュエルルームから出る前に一度、海馬は立ち止まり。

 振り返らぬまま、言葉を紡いだ。

 

「己の道は、己で定めろ。貴様はまだ終わっていないのだからな」

 

 そして、海馬が部屋を出て行く。その背を見送り、祇園はその場へゆっくりと座り込んだ。

 

「祇園!」

「少年!」

「夢神さん!」

 

 海馬と入れ替わるように、別室から見ていた三人が入って来る。祇園はその三人へ、いつものように笑顔を向けた。

 ただ、その笑顔がいつも通りになっているかどうか。

 少し……自信がなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 仮眠室にある窓から、夜空を見つめる。星は見えず、雲に隠れて月も見えない。

 まるで自分の心のようだと……そんなことを、ふと思う。

 

(……自分の道、か)

 

 海馬の言う通り、龍剛寺から詳しい話は聞かされた。留年のこと、立場のこと。自分が置かれている状況について、しっかりと把握できた。

 むしろ自分の甘さに情けないと思ったくらいだ。退学になって編入して、周囲の人たちがあまりにも優し過ぎたせいで忘れていた。

 夢神祇園は、常に崖っぷちに立っているということに。

 

(今までの僕は、自分で選んで歩いてきたのかな……?)

 

 あの日、美咲に手を引かれて。

 縋るように、約束のためにアカデミアへと入学して。

 退学になって、美咲と宗達の手を借りながらウエスト校に入学して。

 澪に助けられながら、どうにか生活して。

 そして――今度は、運よくKC社で生活させてもらっている。

 

(そっか。今までの僕は全部、流されるだけで。……『選択』なんて、してこなかったんだ)

 

 歩んできた道に分岐点はあった。だが、そのほとんどが選択の余地のないものだったのだ。

 成程、海馬社長の言う通りだ。

 ――ここが、選択の場所。

 

(本校に戻るのはもう既定路線だ。アカデミアとしても、僕を不当退学にしたことに対する禊として一度僕を戻したいだろうし)

 

 これについては澪の見解だ。実際、そういうパフォーマンスも必要だと思う。逆らう気もない。世話になっているのだから当然だ。

 問題はこの後のことだ。本校に戻るのか、復学の条件を満たしてからウエスト校に戻るのか。

 

(……今更、戻れるのかな?)

 

 一度、退学になっておきながら。

 戻っていいのか、と思ってしまう。

 ――それに。

 

(僕は、戻りたいのかな?)

 

 本校には友達がいる。それだけではなく、憧れた場所で、夢に最も近付ける場所でもある。

 だが、ウエスト校はこんな自分を拾ってくれた場所だ。大切な人たちがいて、恩のある人たちもいる。

 

(……重いなぁ)

 

 きっと、どちらを選んでも後悔する。これはそういう選択だ。

 答えは出ない。まだ、出せそうにない。

 

(ただ……)

 

 立ち上がり、机の上に置かれたデッキの側へと歩み寄る。

 ずっと共に戦ってきた、そのデッキを。

 

「……今まで、ありがとう」

 

 美咲に貰ったカードと、いくつかの拾ったカードたちによって構築されたデッキ。

 これは夢神祇園のデッキであり、夢神祇園のデッキではない。

 そしてだからこそ、一つの答えを出す必要がある。

 

「これも、選択。まだ、どんなデッキを作るかはわからないけれど。でも、これからは一から作ったデッキで僕は戦わなくちゃいけない」

 

 考えたのは自分でも、美咲と共に作ったデッキだから。

 その役目は、〝ルーキーズ杯〟の決勝で終えてしまった。

 

「ありがとう。本当に」

 

 頭を下げる。ゆっくりと。多くの想いを、そこに込めて。

 

 ――こちらこそ、と。

 そんな声が、聞こえた気がした。










選択とは、どちらかを捨てること。
その答えには、必ず後悔が付き纏う。







というわけで、社長パネェの回です。ブルーアイズは強い。
そしてまあ、祇園くんの立場についてはある意味当然です。高校の規定はかなり面倒で、今回の祇園くんのような形で留年するケースは少ないですが実際にあるようです。
留年回避自体は補習などでどうにかする学校が多いのですが、それだと成績に影響が出、内申書の関係から祇園くんの場合奨学金が減ります。そうなると学費が払えなくなるわけですね。アカデミア系列は割と金がかかるという設定(専門私立学校ですしね)。
そんなわけで、選択を迫られる祇園くん。はてさてどうなることやら。
彼の道行き、見守って頂けると幸いです。


…………基本的に『流される』のが祇園くん。大変ですね、色々と。
大人に振り回される子供というのは、いつの時代もなくならないものです。

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