遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第三十七話 奇跡の巫女、堕天の王

 

 運がない日だ、と烏丸澪は思った。東北にある有力会社で行われた一つの契約。次の〝タイトルカーニバル〟のスポンサーになってくれるという企業に契約のために訪れたのだが、そこで問題が起こってしまった。

 シーズン戦を終えてから少しして行われる、日本にある五つのタイトルを懸けた戦い――〝タイトルカーニバル〟。日本ランキング26位以上の者のみが参戦できる5つの大会で優勝した者のみがそれぞれのタイトルホルダーへと挑める、日本中が注目する大会だ。

 タイトルホルダーたちは基本的に年中挑戦を受け付けており、タイトルホルダーが挑戦を受諾すればいつでも日程は組める。もっとも、挑む権利を持つのは日本ランキング8位以上のデュエリストのみだが。

 そして現在タイトルを保有する三人は『来る者拒まず』のスタンスなのだが、あまり挑戦する者はいない。シーズンが忙しいということもあるし、何より風潮として『〝タイトルカーニバル〟でタイトルを奪還することこそが正当である』というものが広がっているためだ。

 それ故にカーニバルの注目度は高く、一ヶ月もかけて行われるにもかかわらず全試合が全国に放映される。毎年、放映権はテレビ局同士の奪い合いだ。

 これだけ注目を浴びる〝タイトルカーニバル〟だが、だからといって無料でやれるわけではない。KC社とI²社という二大会社が筆頭としてスポンサーに名を連ねているとはいえ、無限に資金があるわけではないのだ。他にもスポンサーは必要になる。

 普段ならカーニバルのスポンサーへの挨拶は海馬社長かペガサス会長、そしてタイトルホルダーの代表としてDDが参加するのが常だ。言い方は悪いが、三人のタイトルホルダーの中ではDDが一番『まとも』であるためである。

 ……まあ、一人はメディアに滅多に顔を出さない〝幻の王〟であり、一人は自分の興味がないことには一切関わろうとしない〝偏屈〟であるなら、消去法でそうするしかないのだが。

 

「これは参りましたね、会長」

 

 現状を確認するように呟きを漏らす。契約自体は意外と手早く終わった。個人契約としてインタビューする際に自社製品を使って欲しいというものを結ぶことになったのは余計だったが、それ自体は特に問題ない。アパレル関係の大手企業なので、サンプル品はむしろ楽しみといえる。

 とはいえ、あまりメディアに出ない自分でいいのかという疑問はあったが……その辺りはむしろ、だからこそ良いらしい。あまり出ないからこそ、稀に出た時に人目を引くのだとか。

 その辺についてはマネージャーに任せているので放置している。必要とあればそうするだけだ。

 だから、契約は問題なかった。むしろ一瞬で決まり、時間を持て余したくらいだ。

 ……しかし。

 

「イエス、まさか土砂崩れで道がふさがれてしまうとハ……」

 

 叩き付けるような雨の音が聞こえる車内で、隣に座る人物――ペガサス・J・クロフォードがそう言って頷いた。現在、運転席や後部座席に二人を警護する者の姿はない。運転手を合わせて四人いたのだが、誰もいなくなっている。全員、この先の様子を見に行っているのだ。

 

「元々雲行きは怪しかったですから、妥当といえば妥当なのかもしれません。しかし、まさかこんな場所で足止めをくうことになるとは思いませんでした」

「それは言っても仕方ありまセン。デスが、問題なのは近辺に一夜を過ごせる場所があるかどうかデース」

「……来る途中に小さな村があった気がします」

「そこでお世話になるしかないでショウ」

 

 うんうんとペガサスが頷く。全く、面倒なものだ。まあ、帰ったところで何かがあるわけでもないが。

 どうせ学校で退屈な時間を送るだけ。まあ、家の方が気が楽なのでできるならその方がいいが。

 

「ペガサス様、烏丸様。やはりこの先は土砂崩れで通行止めです」

 

 黒服の一人が窓を叩き、そんなことを言ってきた。やはり帰ることはできないらしい。

 

「仕方ありまセン。アナタたちも戻ってくだサーイ。来る途中にあった村に身を寄せマース」

 

 ペガサスの指示。実際、そうする以外の選択肢はないのだ。

 

「はい。了解しました」

 

 周囲の確認に出ていた黒服たちも戻ってくる。窓を叩く雨は勢いを増し、最早前を見ることさえできなくなっている。

 

「…………」

 

 息を吐く。本当に面倒だ。自身の〝同種〟を探すことを諦めてどれだけ経つか。本当に、日々が退屈で、無意味にしか思えない。

 村へ向かって走り出す車。妙なことになったな、と内心で呟いた。

 

 後に、思う。この時はただ、面倒だと思っただけだった。

 だが、これは偶然でもなんでもない。〝呼ばれた〟のだと。

 

 ――その日の夜に、私はそれを本能的に理解した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 立ち寄った村には宿泊施設がなく、村長の家に泊まることとなった。立派な家屋で、特に問題はないように思われる。

 

「この雨では大変でしたでしょう」

「ありがとうございマース。やはり日本人は優しいデース」

 

 村長の言葉に笑顔で対応しているペガサスの声が聞こえてくる。自分たちの身分を明かすと、最初はやはりというべきかかなり驚かれた。だが逆に、そのおかげで話もスムーズに纏まっている。

 交通網の発達により、日本という小さな国なら大抵の場所に半日と拘らずどこからでも辿り着けるようになった現代。しかし、それでもこういった過疎化した地域は存在している。

 

(やはりというべきか、歓迎されてはいないようだな)

 

 激しい雨が伺える縁側に座りながら、内心でそう呟く。気付かれないようにしているつもりらしいが、一人でこうしている自分をずっと見つめている視線をいくつも感じる。

 悪意は感じないし、害意も感じない。この視線に込められている感情はその一歩手前のものだ。まあ、それでも微かな『敵意』は感じるが。

 

(閉鎖的な村にはありがちではあるが……それにしても、少し度が過ぎているように感じるな。こちらを探っている様子なのはわかるが)

 

 こちらを監視するような粘り気のある視線。それがどうも気になる。何か、触れられたくないものでもあるのだろうか?

 

「澪ガール、部屋へ案内して頂けるようデース。行きまショウ」

 

 そんな、ある意味どうでもいい思考に耽っている時だった。ペガサスが部屋から出てくると共にそんなことを言ったのだ。時間を見ると、結構な時間になっているのがわかる。

 

「ありがとうございます」

 

 そう言って立ち上がる。周囲から、安堵したような僅かな空気の緩みを感じた。

 ペガサスは気付いているのだろうか――にこにこと笑顔を浮かべているその横顔へ視線を向ける。この人はどうも心が読み難い。

 気付いているとは思う。だが、言うべきではないと判断したのだろう。実際、世話になっている状況だ。余計なことに首を突っ込むべきではない。

 

「何かありましたらお呼びください」

 

 客室に通されると、その言葉を残して案内してくれた女性は立ち去って行った。室内には特に変わったところはない。視線も感じないし、問題はないだろう。

 

(……寝よう)

 

 とりあえず今日は疲れた。こういう時はさっさと眠ってしまうに限る。

 用意されていた布団に潜り込み、目を閉じる。外から響いてくる雨の音が、酷く耳に響いていた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 ふと、目が覚めた。周囲は暗く、まだ深夜だということが伺える。

 雨の音は随分と弱くなっている。それでも止んではいないようだが。

 

「…………」

 

 普段なら夜中に目が覚めるということは有り得ない。そもそも、朝に起きることができるかどうかさえもわからない体質だ。学校へも昼から出ることも多い。

 しかし、目が完全に覚めてしまっている。少し夜風に当たろう――そう思い、部屋を仕切っていた襖を開けて廊下に出た。

 妙に静かな夜だった。雨の音だけが、耳に響く。

 

(静かだな。流石に、人の気配はないか)

 

 音を立てぬように廊下を歩き、外を眺める。雨の勢いは随分と弱くなっている。まあ、それでもその下に出て行こうとは思わないが。

 ふと、外を見る。そして、目に入った光景に思わず足を止めた。

 

 

 ――――それは、幻想的な光景だった。

 

 

 一人の少女が、雨の中にいる。

 その体に薄い光を纏っているように見えるのは、目の錯覚か。雨の中、その少女は静かに、そして神秘的に……舞っていた。

 周囲に人影はない。彼女は一人で踊っている。

 ――いや、〝一人〟というのは間違いか。

 彼女の周囲には、無数の〝人に非ざる者〟がいる。

 

「……精霊か」

 

 精霊――宗教によっては〝神〟とも同一化される存在。DMの知識については相当なものあると辞任していたが、そんな自分でも知らない姿をした者もいる。

 いや、彼らは〝まだ存在していない〟のかもしれない。

 精霊としての姿はある。しかし、DMとしての姿はない。きっと、そういうことで。

 

「――――――――」

 

 少女の唇から、吐息のような声が漏れる。酷く静かで、同時に神聖さを纏った言葉。

 気が付けば、見惚れるようにその光景を眺めていた。

 

「――こんばんは」

 

 不意に、その少女がこちらへ向かって微笑んだ。言葉に詰まる。普段なら決してそんなことはないのに、この時ばかりは即座に返答が返せなかった。

 

「良い、夜ですね」

 

 少女は黙っているこちらをどう思ったのか、そのままゆっくりと頭を下げると無数の精霊たちを引き連れ、立ち去って行った。雨の音だけが、嫌に響く。

 そして、その少女が立ち去った後になってようやく気付く。

 ――この雨の中、少女の身体は僅かも濡れていなかったということに。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目を覚ますと、布団の中だった。外は明るい。

 ……意識がはっきりしない。とはいえ、これはいつものことだ。後一時間もすれば目も冴えてくるだろう。

 

(昨日の夜のアレは……夢か?)

 

 頭を揺らしつつ、昨日の夜にあったことを思い出す。夢だった可能性は捨てきれない。そもそも、自分が夜中に起き出すことなど普通ならあり得ない。

 ならば、一体何だったのだろうか。あの時見た、幻想的な光景は――

 

「烏丸様、朝食の準備ができたようです」

 

 襖越しに、そんな声が投げかけられてきた。その言葉に、ああ、と返事を返す。

 外の天気は良さそうだが、土砂崩れの復旧は一日で済むものでもないだろう。おそらく、帰れるのは明日以降になるはずだ。

 一日。それだけあれば、自身の中にある疑問を解消するには十分過ぎる。

 

(……まあ、とりあえずは)

 

 立ち上がり、服を着替える。思わず欠伸が漏れてしまった。

 

「朝食の途中で寝ないようにしなければな」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 やはりというべきか、土砂崩れの復旧は今日中には終わらないようだった。明日中には終わるということなので、今日一日はここで過ごすしかないだろう。

 別のルートから出る方法もあるが、昨日の大雨のせいで安全とは言い難い部分がある。今日は仕方ないだろう。

 ペガサスなどは方々に連絡を取っていたが、足止めを喰らっても特に問題のない自分などは気楽なものだ。……まあ、学校には連絡を入れてあるが。

 

「特に娯楽のない場所ですみませんねぇ」

 

 縁側に座っていると、不意にそんな声をかけられた。振り返ると、そこにいたのは年配の女性だ。にこやかな笑顔を浮かべているその人物は、村長の奥さんである。

 

「いえ、普段自然に触れる機会のない身としては新鮮ですよ」

「そう言ってもらえると嬉しいけど、やっぱり都会の人には退屈でしょう?」

「そうでもありません。そもそも、都会での生活など一日中どこかの部屋に篭っているのが常ですから」

 

 それが仕事先であるか、家であるか、はたまた学校であるかの違いはあるが、大抵の人間は一日の大半を同じ室内で過ごすのが常だ。しかもそれは連続するものであり、新鮮さも楽しさも自ら探しに行かなければ見つけることはできない。

 まあ、外に出るつもりも何かを見つけるつもりもない自分には関係ないが。

 

「……そういえば、この村に私よりも小さい子供はおられますか?」

 

 ふと、思い出したように聞いてみる。瞬間。

 

「――――」

 

 一瞬。本当に僅かな瞬間だけ、空気が変わった。取り繕うように、女性は小首を傾げる。

 

「どうしたのですか?」

「いえ、ふと気になっただけです。昨日はお見かけしませんでしたので。お子さんなどはいらっしゃらないのかと。気を悪くされたなら申し訳ありません」

 

 頭を下げる。安心したような雰囲気が伝わってきた。

 

「ああ、成程。そうですねぇ……やっぱり、少子化の影響が強くて。今年で十二歳になる子が一人いるだけで、若い人は皆出て行っちゃっているのよ」

「そうなのですか?」

「やっぱり、こんな村だと働き口もないからねぇ……」

 

 少子高齢化――その影響は地方に行くほど強い。成程、この村もその一つということか。

 しかし、十二歳の少女。一人しかいないというのなら、その子が昨日見た少女なのだろうか?

 

「まあ、私の母校である小学校も子供が減っていると聞きますから」

「ああ、都会でもそうなんですか?」

「公園で子供を見かけるのも少なくなりました」

 

 返事を返しつつ、立ち上がる。何もしないでいるのは好きだが、ずっとこうしているのも座りが悪い。

 

「どこかへお出かけですか?」

「少し、散歩でもと。どこか、入ってはいけない場所などはありますか?」

「……えっと、どういう意味でしょう?」

「いえ、昨日は凄い雨でしたから。その影響がありそうなところを教えていただければ、危ない場所に近付くかなくて済みますから」

「ああ、成程。それでしたら、あちらに見える神社の奥にはいかないでください。手入れのされていない山ですから、危ないと思うので」

 

 女性が指差した方を見る。遠目であるために見え辛いが、そこには鳥居の様なものが見えた。

 

「ありがとうございます。夕食までには戻りますので、会長にもそうお伝えください」

「いえいえ」

 

 女性が微笑み、こちらを送り出してくれる。それに頭を下げつつ、澪は外へ出た。

 

(……何かある、ということか。目が笑っていなかったな)

 

 取り繕っていたようだが、あの程度の嘘は容易く見破ることができる。そもそも、虚偽と欺瞞に溢れた世界で幼少期から過ごしてきたのだ。一番近しい味方であるべきはずの父親でさえもこちらを騙そうとする敵だったのだから、そうなるのも当然だ。

 女性だけではない。村長も何かを隠している。そしてその気配に普通は気付かない。慣れているのだ。嘘を吐き、隠蔽することに。

 それでも自分がわかったのは、彼らがそれ自身を『嘘』だと認識しているから。

 

(『究極の嘘』とは、『自分自身さえも騙す』こと。詐欺師は自分自身さえも一瞬ではあるが騙してしまう。これはそういう類ではない。だが、隠さなければならないことでもある、ということか)

 

 道を歩いていると、こちらへいくつも視線が向けられるのがわかる。余所者が珍しいということもあるだろうが、まるでこちらを探るような視線はそれ以外の理由も孕んでいる。

 

(辺境の村に偶然立ち寄った人間。それに対する嘘。……三文小説だな)

 

 駅前にあるコンビニエンスストアに置いてある雑誌でも取り扱わないような話だ。第一、こういった閉鎖的な世界には関わらないに限る。個人の領分を守っているだけの人間であれば付け入る隙があるが、こういう何かで縛られた集団というのは手を出せば痛い目に合うことが多い。宗教組織の過激派などが良い例だ。ああいうものは遠目から見るだけにするべきで、近寄るべきではない。

 普段ならこういうことに首を突っ込むことはない。プロリーグにも後ろ暗い部分があるが、面倒だから一切その手の会合などには出席していないのだ。その件に関しては向こうもこちらを持て余しているのを感じるし、だからこそ〝幻の王〟としてメディア露出を控えるという方法で妥協している。

 まあ、この辺の事情についてはいずれきっちりと決着を着けるつもりではあるが。

 

(村の事情などどうでもいい。気になるのは、昨日の夜のことだ)

 

 あれが現実であったという確信はない。どうやって布団に戻ったのかの記憶もないのだから当然だろう。そもそも、夜中に自分が起き出すことの方があり得ない。

 

「……ここか」

 

 ここに来る途中に視線はいくつも感じたが、目的の場所に着くとそれもなくなった。まあ当然だろう。背後に山を背負う形で建てられた小さな神社だが、周囲には田畑が広がるだけで人の姿はない。

 神社仏閣に溢れる京都などは神社や寺院の隣に平然と一軒家が立っていたりするのだが、流石にそういうことはないらしい。地域の者たちが信仰している神社は、やはり聖域なのだ。

 

「…………」

 

 特に変わったところはない。多少くたびれているようだが、そんなものだろう。雨の影響で汚れているが、手入れは行き届いているように見える。

 澪は無言のまま歩を進める。確か、神社の裏にある山には近付くなという話だったが――

 

「……手入れが行き届いていない、か」

 

 思わず笑ってしまう。何をふざけたことを。

 入口こそ隠されているが、手入れのされた道があるではないか。

 

「さて……鬼が出るか、蛇が出るか」

 

 苦笑を零し。

 烏丸澪は、雨上がりで濡れた山道へと足を踏み入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 辿り着いた先にあったのは、小さな社だった。閉ざされた扉。酷く寒々しく、そして、どこか嫌な空気が漂う空間。

 

「警戒されるのはわかるが――」

 

 おもむろに、澪はそう言葉を紡いだ。そのまま、両手を軽く上げる。

 

「――私は怪しい者じゃない。偶然でここに立ち寄っただけの、しがない女だ」

 

 風が吹き、周囲の木々がざわめいた。微かな、気配を感じる。

 

「……村長さんが言ってた人、ですか……?」

 

 社の裏から、一人の少女が恐る恐るといった様子で顔を見せた。小柄な少女だ。おそらく、『12歳の子供』とは彼女の事だろう。

 

「ああ。烏丸澪だ。キミは、下にある神社の子かな?」

「は、はいっ、えっと、防人妖花です。……あの、烏丸澪さんって……」

「〝祿王〟のことを言っているなら、私だよ」

「本当ですか!? 凄いです!」

 

 目を輝かせ、こちらへ近づいてくる少女。その全身が視界に入ったことで、澪はようやく確信する。

 

(……やはり、昨日の少女か)

 

 雰囲気はまるで違うが、間違いない。昨日の夜に現れた少女は、この子だ。

 

「一つ、聞かせて欲しい」

「はい、何ですか?」

「何故、隠れていたんだ? いや、責めているわけではない。ここへこうして入ってきている私が言うのもどうかと思うが、昨日の雨のせいでここに来る道は安全とは言い難い状態だった。それなのに、どうしてここへ?」

「えっと、その……私、ここで暮らしてるんです」

 

 社を振り返り、妖花は言う。ふむ、と澪は頷いた。

 

「一人でかな?」

「はい……。あ、でも、明日で終わりなんです。えっと、神様のお世話を任されていて、一年に一度だけ一週間、社で私が神様のお世話をするんです」

 

 神様のお世話――神社の娘だというのであれば、それもおかしい話ではないのかもしれない。『お供え物』や『生贄』という考え方の源泉はそういうものだ。

 だが、それならばどうしてそれを自分に隠すような真似をしたのだろうか? いや、神事であるならば神聖なこととして余所者に関わらせたくなかったのかもしれないが――

 

「それは毎年やっているのかな?」

「はい。でも、毎日ご飯をお供えして、お掃除して、一緒に寝るだけなので……」

「成程」

 

 土着信仰の一種かもしれない。少し妙な部分はあるが、まあ、大きな問題でもないのだろう。

 ふむ、と頷く澪。考え過ぎだったか――そんなことを思う。すると。

 

「……ただ、村長さんたちに『余所者とは関わるな』って言われていたので……」

「まあ、大事な神事の途中だろう? 当然かもしれんな」

「はい……。あ、でもでも、これが終わったら東京に連れて行ってくれるって言われてるんです!」

「ほう、東京にか?」

「はいっ! 私、楽しみで!」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべる妖花。澪は微笑を零し、ならば、と言葉を紡いだ。

 

「東京に来たなら私に連絡をくれ。これは名刺だ。案内するよ」

「そ、そんな、いいんですか?」

「構わんよ。……さて、神事の最中にあまりこうしているのも良くはなかろう。今日は退散するよ。ここで会ったことは秘密にしておこう。キミのためにもな?」

 

 唇の前で人差し指を立て、軽くウインクしてみせる。妖花はい、と元気良く頷いた。

 

「ありがとうございます、烏丸プロ!」

 

 その言葉に応じながら立ち上がり、手を振ってから山を下りていく。妖花の見えるところまでは普通に下山していたが、途中で足を止めた。

 

「……『こっちに来い』、ということか?」

 

 視線の先。木々が多い茂るところに、『ソレ』はいた。

 三つ目を持った、毛むくじゃらの怪物。ソイツを中心に、何体もの小型のモンスターがこちらを見ている。

 ――デュエルモンスターズの精霊。

 存在すると言われながら、その証明がされてこなかった者たちだ。選ばれた者のみがその姿と声を聴くことができ、中には彼らと心を通わせる〝伝説〟とまで呼ばれる存在もいるという。

 澪は見ることも声を聴くこともできるが、彼女が持つカードに宿る精霊はいない。その理由には薄々気付いているが、今はどうでもいい。

 

「…………」

 

 その精霊たちの導きに従い、森の中へと足を踏み入れる。少し進むと、先頭の――『ミスティック・パイパー』の精霊がしゃがむようにとジェスチャーしてきた。

 それに従い、身を屈める。その直後。

 

 

「どこに行ったんだ?」

「まさか社に行ったんじゃないだろうな」

「余所者に見られたら……」

 

 

 三人の男が、それぞれ手に何やら棒状のものを持って上がってきた。思わず眉をひそめる。見られていたことは感じていたが、追ってきたというのだろうか?

 

 

「だが、これ以上は踏み込めねぇぞ」

「ああ、儀式の最中に踏み込んじゃあいかん。神様の怒りに触れる」

「もう一度下を探すぞ。見られてなけりゃそれでいい」

 

 

 そして、男たちは来た道を戻っていく。それを見送ると、三つ目の毛玉が軽く体に触れた。

 

「……礼を言うべきなのだろうな」

 

 呟くように言うと、ふるふると体を震わせる毛玉。怪物たちの先導に従い、神社から離れた場所に下山する。

 体についた葉を払いながら振り返る。改めて礼を言うと、怪物たちは一斉に山の方を見た。

 どこか寂しげで、助けを求めるような視線。その視線の先にいるのは――

 

「おやあんた、こんなところで何を?」

 

 不意に声をかけられた。振り返ると、先程山で見た男たちがこちらへと歩み寄ってくる。手には棒状の武器はない。

 

「いえ、神社にお参りをしてから散策していたのですが……少し迷ってしまいまして。道を思い出そうと、とりあえず山の方へと神社を目指して歩いてきたんです」

「ああ、そうなのかい。ならこっちにきな。村長さんの家まで送ってやるよ」

「いいのですか?」

「お嬢ちゃんみたいな別嬪さんなら大歓迎だ。ちょっと待ってな。車を回してくる」

 

 男の一人がそう言うと、足早に立ち去って行った。それを見送りつつ、それにしても、と別の男が言葉を紡ぐ。

 

「若いのに感心だねぇ。お参りなんて」

「この偶然に感謝を、と思いまして。無論、村の皆様にも感謝しておりますが」

「いやぁ、立派なもんだ。……そういえば、山には入らなかったよな、お嬢ちゃん?」

「ええ。昨日の雨もあって危険だと聞いておりましたので」

 

 淀みなく答える。こういう嘘の吐き合いは女性の領分だ。

 

「すぐに神社を出たのかい?」

「ええ。……ああいや、少し歩き疲れたので隅の方で少し休憩をしていました。その後すぐに出たのですが、適当に歩いたせいで道に迷いまして」

「はっはっは。やっぱり田舎道は歩き慣れんか?」

 

 男たちが笑い声を漏らす。それに微笑を漏らしながら、澪は静かに男たちの様子と周囲を観察していた。

 声をかけて来た時、僅かにではあるが敵意のようなものを感じた。今は薄れているが、それでも微かにこちらを探るような感覚を受ける。

 そして、怪物たちは姿を消していない。様子を見るに、男たちに彼らの姿は見えていない。

 ――そして、何より。

 

(……憎悪の瞳か)

 

 男たちを見る怪物たちの瞳が、どうしようもなく歪んでいる。それは真っ直ぐな歪みで、自分とは全く違うモノ。

 何に対してそんな感情を向けるのか、どんな理由があるのか。そんなことはわからない。

 ただ、一つだけ。

 そういう〝感情〟を羨ましいとさえ思う自分は何なのだろうかと……ふと、思った。

 

「お、来たな」

 

 一台の車がこちらへと向かってくる。その助手席へと乗り込むと、澪は改めて山を見た。

 変わらず、怪物たちはこちらを睨み据えている。

 

「じゃあ、村長さんとこ向かうか」

 

 車が走り出す。怪物たちの姿は、それでもう見えなくなった。

 ただ、彼らがこちらをまだ見つめていることは……何となくわかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。夕食も終え、澪は再び自分の部屋にいた。下手に外に出て警戒される必要はない。

 

「澪ガール」

 

 不意に、声が聞こえた。襖越しにペガサスがこちらへ声をかけているのだ。

 

「はい。何ですか、会長」

「アナタが何をしているかはわかりまセン。しかし、世の中には触れてはならないことというのは確かに存在するのデース」

「…………」

「私は踏み越えてはならないラインを越えようとしまシタ。その代償は酷く重いものだったのデース。……澪ガール。決して、そんなことにはならないでくだサーイ」

「ご忠告、感謝します」

 

 返事を返す。ペガサス会長が一時期行方不明になっていたことも、左目のことも澪は知っている。彼の言葉は、彼自身の体験による忠告だ。

 普段なら首を突っ込むようなことはしない。利にならないことはしない主義だ。

 だが、今はもう――巻き込まれてしまっている。

 

「……たまには、大人も頼ってくだサイ」

 

 ペガサスの気配が消える。時計の音が、嫌に大きく聞こえてきた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 一体、どれほどの時間そうしていたのだろうか。不思議と眠くなることはなかった。

 何を考えていたのかは思い出せない。あるいは、何も考えていなかったのか。

 

「…………」

 

 立ち上がり、廊下へ出る。服はスーツだ。あまり好きな服装ではないが、まともなのがこれくらいしかないのだから仕方がない。

 外に出る。周囲に人の気配はない。あるのは――

 

「――お前たちが、私を呼んだのか?」

 

 そこにいたのは、三つ目の毛玉。その三つの目が、こちらを見つめている。

 言葉はない。声を発してくれればそれを聞き取ることもできるが、向こうはこちらに言葉を紡ぐつもりはないらしい。

 

「……付いて来い、ということか」

 

 奇妙なものだ、と思いながら飛び跳ねるようにして進んでいく毛玉の後をついていく。日常生活において精霊を見かけること自体は何度かある。世界クラスの大会ともなると、精霊を視ることのできる者も何人かいるのだ。

 そんな人間を見つける度、自分の同種かと期待したこともあったが……今のところ、見つけることはできていない。半分以上諦めが先行している状態だ。

 そして、そんなことをしていれば精霊たちもこちらへと関わって来ないようになる。こちらも関わるつもりはないから問題なかったが、こうなってしまっては無視はできない。

 

(さて、鬼が出るか蛇が出るか。……皇さんが持っているような〝邪神〟が出ることはないだろうが)

 

 できればそうであると信じたい。皇〝弐武〟清心――彼が持つ〝邪神〟の一角は力を失っているため本来の力を発揮できないが、そうであっても絶望的なまでの力を持っている。それこそ国単位で人を滅ぼしかねないレベルだ。

 大抵の事ならば逃げるという選択肢も含めてどうにかする自信はあるが、〝邪神〟が出てくると厳しいものがある。

 

(まあ、たまにはこういうのもありだろう。未知の領域に踏み込むこの感覚は、いつ以来だろうな)

 

 灯りは月明かりだけ。飛び跳ねるようにして進む毛玉が目指す先にあるのは、昼に訪れた神社だ。いや、神社が目的地ではない。おそらく、その奥にあるあの社が目的地だ。

 神社を通り過ぎ、山道を歩いていく。夜の山は危険だというが、成程その通りだ。そう大きな山ではないというのに、周囲の風景がほとんど見えない。案内人がいなければ迷ってしまうだろう。

 

 ――そうして辿り着いた場所は、昼とは雰囲気がまるで違った。

 

 燃え盛る二つの松明が周囲を照らしている。しかし、その灯りはどこか不気味で寒気を覚ええしまう。

 そして何より……空気が違う。

 息苦しい、という表現が一番だろう。体が薄い粘液のようなもので押さえつけられているような感覚。どうしようもない不快感が体を支配する。

 

「……案内はここまでということか」

 

 それらを振り払い、声を出すと体は少し楽になった。この、一見すると非日常的な光景に呑まれていたのだろう。

 三つ目の毛玉の姿はない。いつの間にか消えてしまった。いや、消えなければならなかったのか。

 まあ……どちらでもいいが。

 

「さて、少女が世話をしているというご神仏を拝もうか」

 

 社の扉へと手をかける。本来ならこういうことは罰が当たる行為なのだろうが、澪はそんなことを気にしない。

 精霊が見えるからこそ、己の手で掴める限界を知っているからこそ、全ては己の運命だと心得ているのだ。

 ゆっくりと扉を開け、目に入った光景に思わず眉をひそめた。そこには何もない。あるのは、畳の広がった小さな部屋だけ。

 

「…………?」

 

 足を踏み入れる。そして。

 

「……地下への入り口か」

 

 一ヶ所だけ、足音が違う場所があった。畳を外すと、そこには地下へと続く階段があった。

 

「〝キミが深淵を除く時、深淵もまたキミを見つめている〟――だったか、うろ覚えだが。面白い話だ。深淵とやらには、私の求めるモノはあるのかな?」

 

 踏み入れる。硬い石を叩くような足音だけが、暗闇に響き渡った。

 どれぐらい歩いたのだろうか。おそらくそんなに長くなかったはずだ。だが、闇というのは人の感覚を狂わせる。

 そして、ゴールにたどり着いた。そこに灯りはない。しかし、周囲は見える。

 ――牢獄。

 広い空間に、錆び付いて壊れた牢屋がいくつもあった。金属の臭いが鼻につく。一体、ここは何なのだろうか。

 

「…………」

 

 歩を進める。この光景も異様だが、そもそも『見えている』こと自体も異常だ。

 ここは、漆黒の世界のはずなのに。

 奥にある牢屋を見つめる。その牢屋だけが、厳重な封印を施されていた。

 歩を進める。それは興味か、それとも別の理由か。

 ――そして。

 

 

「――こんばんは」

 

 

 予想していたせいか、驚くことはなかった。ゆっくりと振り返る。

 そこにいたのは、朱と白の巫女服に身を包んだ――一人の少女。

 どこか幻想的で、しかし、薄ら寒い雰囲気を纏っている。

 

「良い夜ですね」

「月も見えない夜だがな」

「烏丸プロは月が嫌いですか?」

「好きでもないし、嫌いでもない。昔、路上で寝た時には酷くありがたみを感じたが……それだけだ。月日が経ち、適当に金が入るようになると忘れてしまう」

「悲しい人生ですね」

「空虚な人生というんだよ、私のような人生はな」

 

 互いの距離は遠い。手で触れあうことはできない距離だ。

 

「空虚ですか。ならば、この村の者たちも同じです。寄る辺なき者に寄る辺を与える――それが私の役目」

「宗教の原点だな。くだらん話だ。信じる者は救われる?――信じていない者の方がよほどいい人生を送っているよ」

「あなたは信じていないのですか? 見ることができるのに?」

「信じる、信じないの次元じゃないんだよ。私も神様とやらも忙しい。困ったことにな。そうなると、互いに意識を向けあう余裕もない。それだけだ。いようがいまいが関係ない」

 

 言い捨てるように言葉を紡ぐ。本当に神様とやらが全能で、絶対的であるならば。

 そもそも、〝烏丸澪〟という存在が許されない。

 

「さて、こんな茶番もいい加減にすべきだろう」

「茶番? 何の話ですか?」

「キミは防人妖花ではない。そうだろう? 彼女は、私のことを『烏丸プロ』とは呼ばない」

 

 少女が目を見開いた。そして、その口元が大きく歪む。

 

「完璧だと思ったんだがな」

「穴だらけだ。馬鹿にしているのかと思ったぐらいだよ。……昨日の夜も貴様か」

「そうだ。精霊たちが騒ぐのでな、どんなものかと思ったが……大したこともない。精霊が見えるだけの存在なら、気に掛けるほどでもなかったか」

「……人間に縛られているだけの存在がよくも言えたものだ」

 

 ふう、と息を吐く。ピクリと、その眉が大きく撥ねた。

 

「気付かないとでも思ったか? そこにある牢は貴様のためのものだろう? 神の世話――その言葉の矛盾だ。崇められ、奉られる神とやらが人に世話をされなければならないのか?」

 

 無論、そういう神もいるにはいる。ギブ・アンド・テイクというと少し違うが、そういう論理で人と関わる神もいるにはいるのだ。

 だが、この異様な空間ではそれはありえない。朽ちた牢屋――その中にある、『何か』を繋ぐための鎖。

 おそらく、そういう村なのだ。ここは。

 神を飼う――そんな、冒涜に塗れた場所。

 

「神を繋ぎ止めることで繁栄を願う。そして、繋ぎ止める代償として世話役を――生贄を差し出す。良くできた話だ。そして同時に愚かしくもある。繋ぎ止め、飼いならしていたはずの神という存在。それがまさか、自分たちを支配する存在になるとは想像もしなかった」

 

 言葉がスラスラと浮かんでくる。思考の前に出てくる感覚。

 精霊と心通わせる――あの三つ目の怪物が、自分に想いを残したのだろう。

 

「――精霊共。裏切ったか」

 

 ゾクリと、全身に悪寒が奔った。

 体を、重い空気が包み込む。

 

「逆らう者に用はない。だがその前に、貴様を捻り潰す」

「成程、わかりやすい話だ」

 

 周囲の景色が、闇に染まる。

 ――〝闇のゲーム〟。

 過去に一度だけ体験した、死と隣り合わせの戦い。

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 闇に包まれた世界で。

 二人のデュエルが、始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 息苦しさを感じる。空気が重い。

 この肌がひりつくような感覚は、いつ以来か。

 

「先行は私だな。ドロー」

 

 相手を見据えながら、澪は手札を引く。少女はその身に闇を纏い、薄ら笑いを浮かべていた。

 

(正直、相手の出方がわからないのが怖いな。だが、慎重に動くのも私らしくはない)

 

 常に威風堂々、正面より受けて立つ。

 それが、烏丸澪のデュエルだ。

 

「私は手札より、フィールド魔法『暗黒界の門』を発動。フィールド上の悪魔族モンスターの攻守は300ポイントずつ上昇し、また、一ターンに一度自分の墓地に存在する悪魔族モンスター一体をゲームから除外することで手札から悪魔族モンスターを一体選択して捨てる。その後、デッキからカードを一枚ドロー出来る」

 

 手札からカード効果によって捨てられることで効果を発揮するカテゴリー、『暗黒界』。そのエンジンとも呼べるフィールド魔法だ。

 周囲の景色が変わり、巨大な門が出現する。澪は更に二枚のカードを手札からデュエルディスクに指し込んだ。

 

「私はカードを一枚伏せ、手札より魔法カード『墓穴の道連れ』を発動。互いの手札を確認し、お互いにその中から一枚ずつカードを選択し、捨てる。その後一枚ずつカードをドローだ」

「ほう……」

「情報は何よりの武器だ。見せてもらうぞ」

 

 互いの前にそれぞれの手札が表示される。

 

 妖花?の手札→成金ゴブリン、成金ゴブリン、封印されし者エクゾディア、サイクロン、死者蘇生

 

 映し出された手札に、思わず息を呑む。『封印されしエクゾディア』――かの『決闘王』が揃え、世界でも両手の指で数えられるほどしか公式戦では見せていない伝説のカード。

 

「……エクゾディア、か。だが、捨てさせればどうということではない。エクゾディアを選択する」

「くくっ……。ならば俺は『暗黒界の狩人ブラウ』を選択する」

「互いに捨て、一枚ドロー。そしてブラウはカード効果で捨てられた時、一枚ドローできる。ドロー」

 

 エクゾディア――揃えるだけで勝利を確定させる、究極のカード。だが、そのカードも墓地にあるならば問題ない。

 回収手段がないわけではない。だが、相手の手札を見たところアレは墓地に送られることを考慮していない手札だった。確定ではないが、ドロー加速によって回すデッキだろう。

 ならば、これで八割方罪に持っていけている。

 

(ただ、『暗黒界の取引』は少々怖いな。仕方がない。やれることをやろう)

 

 相手にドロー機会を与えるのは出来るだけ避けたい。ならば、打てる手も限られてくる。

 

「『暗黒界の門』の効果を発動。墓地のブラウを除外し、手札より『暗黒界の術師スノウ』を捨て、一枚ドロー。更にスノウがカード効果によって捨てられたことにより、デッキから『暗黒界』と名のついたカードを手札に加える。私は二枚目の『暗黒界の門』を手札へ」

 

 とりあえずは、リカバリーの手段だ。これで大体が整った。

 

「そして手札より魔法カード『愚かな埋葬』を発動。デッキから『暗黒界の龍神グラファ』を墓地へ。そして手札より『暗黒界の尖兵ベージ』を召喚。このカードを手札に戻すことで、墓地より『暗黒界の龍神グラファ』を特殊召喚する」

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 

 現れるのは、『最強の暗黒界』。門の恩恵を受けている状態ならばかのブルーアイズにもならぶモンスターだ。

 

「私は更にカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 とりあえず、これで十分だろう。見れば、相手は相変わらずの薄ら笑いを浮かべていた。

 

「ほう、どうやらその辺りにいる木偶とは違うようだな」

「そうか。褒められてもなんとも思わないが……貴様の方こそジリ貧ではないのか? エクゾディアは墓地へと捨てられた。揃えることはもう困難なはずだ」

「くっく、成程。確かにそうかもしれんな。だが、貴様は勘違いをしている」

「……何?」

「今にわかる。――私のターン、ドロー! 手札より魔法カード『成金ゴブリン』を二枚発動! 相手のLPを2000回復し、二枚ドロー!」

 

 澪LP4000→6000

 

 ここまでは見えていた。これでわかっている相手の手札は二枚。

 

「俺は手札より、魔法カード『サイクロン』を発動。左の伏せカードを破壊する」

「……『奈落の落とし穴』だ」

「成程。――いくぞ、手札より儀式魔法『高等儀式術』を発動! 手札のモンスターを一体選択し、そのモンスターとレベルの合計が同じになるようにデッキから通常モンスターを墓地に送ることでそのモンスターを儀式召喚する! 選択するのは『神光の宣告者』だ!」

「なっ……!?」

 

 聞こえてきた声に、思わず目を見開く。

 扱いにくいとされる儀式モンスターの中でも、一際強力な能力を持つモンスター。

 

「墓地に送るのは、『封印されし者の右腕』、『封印されし者の左腕』、『封印されし者の右足』、『封印されし者の左足』、『キーメイス』、『ダンシング・エルフ』の六体。さあ、降臨せよ。絶対なる審判の天使。――『神光の宣告者』!!」

 

 神光の宣告者(パーフェクト・デクレアラー)☆6光ATK/DEF1800/2800

 

 降臨する、絶対的な力を持つ天使。その裁きの光は、全てを捻じ伏せる。

 

「『神光の宣告者』は、手札から天使族モンスターを捨てることで相手の魔法・罠・モンスター効果を無効にして破壊する。……俺は更に、魔法カード『儀式の準備』を発動。デッキからレベル7以下の儀式モンスターを手札に加え、その後墓地から儀式魔法を一枚手札に加えることができる。俺はデッキから『サクリファイス』を手札に加え、墓地から『高等儀式術』を手札に加える」

「サクリファイスだと……!?」

「さあ、恐怖の下に沈め! 『高等儀式術』発動! デッキから『キーメイス』を墓地に送り、サクリファイスを儀式召喚!」

 

 サクリファイス☆1闇ATK/DEF0/0

 

 異形の儀式モンスターが姿を現す。かつてはペガサスも使用した、レベル1という低レベルモンスターでありながらあまりにも強力な力を持つモンスター。

 その効果は相手のモンスターを取り込み、その上で装備するという凶悪極まりないものだ。

 

「サクリファイスの効果を発動! 一ターンに一度、相手モンスターを装備できる!」

「リバースカード、オープン! 罠カード『魔のデッキ破壊ウイルス』! 自分フィールド上の攻撃力2000ポイント以上の闇属性モンスターを生贄に捧げることで発動! グラファを生贄に捧げ、相手フィールド上及び手札の攻撃力1500以下のモンスターを全て破壊する! 更に相手のターンで数えて三ターンの間、ドローしたカードを全て確認。その上で攻撃力1500以下のモンスターを破壊する!――サクリファイスには消えてもらう!」

 

 周囲にグラファを媒介にした闇のウイルスがばら撒かれ、サクリファイスが吹き飛ぶ。神光の宣告者は残念ながら効果の対象外だ。

 

「くっく、俺の手札にはモンスターはいない」

 

 映し出される相手の手札。『死者蘇生』は先程見た通りだ。だが、もう一枚のカードがよく見えない。魔法カードのようだが――……

 

「安心しろ。直にわかる」

「…………」

「それまで貴様が生きているかどうか、わからんがな。――魔法カード『死者蘇生』を発動! 貴様の墓地に眠る『暗黒界の龍神グラファ』を蘇生する!」

「くっ……!」

 

 相手の場に揃う、二体のモンスター。バトルだ、と相手は宣言した。

 

「グラファでダイレクトアタック!!」

「――――ッ!?」

 

 全身を凄まじい衝撃が駆け抜けた。口の中に鉄の味が広がり、思わず片膝をついてしまう。

 この痛みと、どうしようもないほどの苦しさこそが――〝闇のデュエル〟

 

 澪LP6000→3000

 

 命が削られていく錯覚を感じる。むろん、これは錯覚だ。だが、この空間ではそれが真実なのだろう。

 

(…………ッ、やはり厳しいな。前はこんなことはなかったから、余計に厳しい)

 

 口から血を吐き捨てる。ビチャリと、嫌な音が響いた。

 

「悲鳴一つ上げないとは、面白い」

「これで終わりか?」

「ああ。ターンエンドだ」

「私のターン、ドロー」

 

 痛みを堪えつつ、カードを引く。正直、状況はあまりよくない。グラファを奪われた以上、そう容易くこの状況をひっくり返すことはできないのだ。

 

「私は『暗黒界の門』の効果を発動。墓地のスノウを除外し、ブラウを捨てて一枚ドロー。更にブラウの効果でもう一枚ドローする」

 

 これで手札は五枚。ここでどうにかしなければ、ジリ貧だ。

 

「私は手札より、『トランス・デーモン』を召喚」

 

 トランス・デーモン☆4闇ATK/DEF1500/500→1800/500

 

 現れたのは、紫色の悪魔だ。今はこのモンスターの効果で巻き返す。

 

「トランス・デーモンの効果を発動。一ターンに一度、手札から悪魔族モンスターを捨てることで攻撃力をエンドフェイズまで500ポイントアップする。私は『暗黒界の尖兵ベージ』を捨て、ベージは効果で捨てられたことによって特殊召喚される」

 

 トランス・デーモン☆4闇ATK/DEF1500/500→1800/800→2300/800

 暗黒界の尖兵ベージ☆4闇ATK/DEF1600/1300→1900/1600

 

 並び立つ二体のモンスター。更に、と澪は言葉を紡いだ。

 

「手札より速攻魔法『月の書』を発動。――グラファを裏側守備表示にする」

「何っ!?」

「――バトルだ。トランス・デーモンでグラファを攻撃!」

 

 攻撃表示ならば問の恩恵も含めて攻撃力3000にまで迫るモンスターも、守備表示ならば突破はできる。

 

「メインフェイズ2だ。ベージを手札に戻し、グラファを蘇生する。カードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 神光の宣告者が残ってしまったのは問題だが、仕方がない。手札は『暗黒界の門』。これがあるなら、グラファでの戦闘破壊は可能だ。

 

「私のターン、ドロー。……くっく、素晴らしい力だ人間。この私とここまでやり合えるとはな」

「素性のわからない自称〝神〟とやらに褒められても何も感じないが」

「口の減らない女だ。だが、貴様は恐れ慄くことになる。――手札より、魔法カード『エクゾディアとの契約』を発動! 墓地にエクゾディアが揃っている時、手札からこのモンスターを特殊召喚できる! 現れろ、我が分身! 絶望せよ、世界!!」

 

 闇が力を増し、冥府の扉が軋む音を立てる。

 漆黒の闇より現れるのは、その闇の全てを纏いし存在。

 

「――『エクゾディア・ネクロス』を特殊召喚!!」

 

 エクゾディア・ネクロス☆4闇ATK/DEF1800/0

 

 現れたのは、エクゾディアの力を持つ存在。くっく、と相手は笑みを浮かべる。

 

「『エクゾディア・ネクロス』……?」

 

 だが、澪はこのカードを知らない。名前には引っ掛かりがあるから、聞いたことはあるのかもしれないが――。

 

「バトルだ、エクゾディア・ネクロスでトランス・デーモンに攻撃!」

「相討ちか……!? リバースカード、オープン! 罠カード『聖なるバリア―ミラーフォース―』! 相手モンスターの攻撃宣言時に発動でき、相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する!」

「無駄だ! エクゾディア・ネクロスは罠カードでは破壊できない!」

「なっ……!?」

 

 二体のモンスターがぶつかり合い、衝撃波が周囲を照らす。

 ダメージはない。ただ。

 

「トランス・デーモンが破壊されたことにより、除外された闇属性モンスターを一体手札に加える。私は『暗黒界の術師スノウ』を手札へ。……罠カードで破壊されないだけならば、モンスターで破壊すればいい。自殺とは愚かだな」

「くくっ、甘いな。――エクゾディア・ネクロスは戦闘では破壊されない。更に、戦闘を行うことで攻撃力が1000ポイントアップする」

 

 エクゾディア・ネクロス☆4闇ATK/DEF1800/0→2800/0

 

 一回り強大になるネクロス。その威圧感が、ビリビリと肌を揺らしてきた。

 

「力が漲る……! 貴様を倒した後、精霊共を吸収し本来の力を取り戻す!」

「……ッ、私のターン、ドロー!」

 

 痛みを誤魔化すように声を張り上げる。正直、状況は良くない。

 エクゾディア・ネクロス――罠カードで破壊できず、戦闘破壊もできない。そうなれば。

 

「魔法カード『ブラック・ホール』を発動! フィールド上のモンスターを全て破壊する!」

「無駄な努力だ。エクゾディア・ネクロスは魔法カードでは破壊できない」

「何!?」

 

 漆黒の、全てを喰らい尽くす闇が暴れた後にも悠然と佇むその巨躯。

 まさか、このモンスターは――

 

「更に言えば、効果モンスターの効果によっても破壊できない。さあ、絶望したか? 貴様に打てる手などないんだよ!」

「……私は『暗黒界の尖兵ベージ』を召喚。更に手札に戻し、『暗黒界の龍神グラファ』を蘇生する」

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 

 現れる『最強の暗黒界』。だが、その力をもってしても届かない。

 それほどまでに絶対的な力を、相手は持っている。

 

「打つ手がないか? ならば私のターンだ。ドロー! くっく、いいカードだ。速攻魔法『サイクロン』! 貴様の『暗黒界の門』を破壊! そしてバトルだ、グラファを粉砕する!」

「くううっ……!?」

 

 澪LP3000→2900

 

 エクゾディア・ネクロス☆4闇ATK/DEF2800→3800

 

 更に巨大になるネクロス。その攻撃力は最早、圧倒的だ。

 

「私の、ターン……ドロー!」

 

 打開策を考える。何か、何かないのか。

 

(あらゆる方法で破壊ができないモンスター。直接除外する? いや、私のデッキにその手段はない。『次元幽閉』が一枚だけ入っているが、引ける確率は低いだろう。それにあれは『待ち』のカード。そうなるとやはり不安がある)

 

 思考を巡らせる。長時間この密閉された地下にいるせいか、息苦しくなってきた。体の痛みも、思い出したように鈍く響く。

 

(普通はここまでの耐性を持つモンスターなど想定していないからな……。甘かったか。だが、だからといって諦めるというのも私らしくはない)

 

 そもそもこれはおそらくだが闇のゲームだ。かつて一度挑んできた、妙な白い服を着た男は敗北した後文字通り『消滅』してしまった。ああはなりたくない。

 だが、打てる手がない。一体どうすれば――

 

〝――五体だよ〟

 

 不意に、声が聞こえた。響くような声。思わず周囲に視線を送る。

 だが、何もいない。相手を見ると、薄ら笑いだけを浮かべていた。奴の声ではない。

 

〝囚われの躯。縛られた魂。冥府より解き放たれた時、その身に宿りし力は消える〟

 

 響く声。澪は一度起きく深呼吸をした。人の声ではない。心に直接語りかけてくるような、この声は。

 

〝助けて〟

 

 何故自分なのだ、と思った。自分は〝異端〟であり〝異常〟。道理から外れた、忌み嫌われる存在のはずなのに。

 

〝皆を、妖花を――助けて〟

 

 全く、と思った。別に義憤に駆られたわけではない。正直、今でも細かい事情はどうでもいいと思う部分はある。負けることも、むしろ負かしてくれるのであれば大歓迎だ。

 負けられるのなら、自分よりも優れた者がいると認識できる。

 それだけで、烏丸澪は救われる。

 ――けれど。

 ここで負ければ、死んでしまう。それは少し……つまらない。

 

「全く、私に頼るとは。どれだ切羽詰まっているのか。……まあ、だからどうということでもないが」

 

 そして、手札から一枚のカードを差し込む。

 ここからは、〝祿王〟の舞台だ。

 

「フィールド魔法、『暗黒界の門』を発動。墓地の『トランス・デーモン』を除外し、手札より『暗黒界の術師スノウ』を捨て、一枚ドロー。更にスノウの効果により、『暗黒界の狩人ブラウ』を手札に。そして魔法カード『暗黒界の取引』を発動。互いに一枚カードをドローし、一枚捨てる。私はブラウを捨て、一枚ドロー」

 

 あのカードは引かなければ手札には入らない。故のドロー加速。

 引いたカードを確認する。問題はない。

 

「私は『暗黒界の先兵ベージ』を召喚し、手札に戻すことでグラファを特殊召喚する。カードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「打つ手なしか? ならば楽にしてやろう。ドロー! バトルだ、エクゾディア・ネクロスでグラファを攻撃! エクゾディア・クラッシュ!!」

 

 迫りくるエクゾディア・ネクロス。このままではグラファは破壊され、再びネクロスの攻撃力は上昇する。

 だが――ここに立つのは、〝日本三強〟が一角烏丸〝祿王〟澪。容易くそれを通す道理はない。

 

「リバースカード、オープン。永続罠、『暗黒界の瘴気』」

「それがどうした! ネクロスは罠カードでは破壊できん!」

 

 二体のモンスターが戦闘を行う。果たして、フィールド上に展開されたのは――

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 エクゾディア・ネクロス☆4闇ATK/DEF1800/0

 妖花?LP4000→2800

 

 二体のモンスターは互いに消滅せず。

 同時に、相手のLPが減っていた。

 

「な、何だと……!? 貴様、何をした!?」

「『暗黒の瘴気』は、相手の墓地のカードを一枚選択して発動する。手札から悪魔族モンスターを捨てることで選択したカードを除外できる。私は『暗黒界の尖兵ベージ』を捨て、貴様の墓地の『封印されし者の右腕』を除外させてもらった」

「な、何……!?」

 

 呻き声を上げる相手。澪は笑みを浮かべ、叩き付けるように言葉を続けた。

 

「教えてくれたよ、彼らが。左足は魔法、右足は罠、左腕はモンスター効果、右腕は攻撃後の攻撃力上昇、エクゾディアには戦闘で破壊されない効果が備わっているとな」

「ぐっ……おのれぇ……! 裏切ったか精霊共ォ!!」

「――裏切ってなどいないさ」

 

 鋭い視線を携えて。

 おそらく彼らのものであろう、どこか悲しく、そして燃え上がるような熱さを感じながら言葉を紡ぐ。

 

「元々、貴様の味方ではなかったんだよ」

 

 それでも、その感情がどこか遠くのものに思える自分は。

 やはり、何かが欠けているのだろうと……そう思う。

 この状況でも、何も感じない。ただ、肉体的な痛みを感じるだけだ。

 

「ベージはカード効果で捨てられたことにより、特殊召喚される」

 

 暗黒界の尖兵ベージ☆4闇ATK/DEF1600/1300→1900/1600

 

 静かに、告げる。

 相手は、怒りのこもった眼をこちらに向けてきた。

 

「私のターン、ドロー。暗黒の瘴気の効果を使い、『トランス・デーモン』を捨て、『封印されしエクゾディア』を除外する」

 

 これで、戦闘の耐性は消えた。

 あとはもう、やることは決まっている。

 

「何故だッ……何故だ!」

「ベージでネクロスを攻撃」

「何故、私が繋がれねばならぬ!? 何故!? 貴様ら人間が! 人間の都合で! 何故だ!?」

「グラファでダイレクトアタックだ」

 

 全ての言葉を切り捨て、澪は宣言する。

 

 妖花?LP2800→2700→-300

 

 LPが0を刻む音が響き渡り。

 相手は、地面に膝をついた。

 

「認めるか……認めてたまるかッ!! 必ず!! 必ず復讐してやる!! この私を!! 貴様らの都合で縛り付けた恨みを!! 必ずッ!!」

「いいだろう。いつでも来い」

 

 崩れ落ちていく体を、興味なさげに見つめながら。

 

「貴様が私を殺せるならば、それはそれで構わんよ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 無数の札が張られ、厳重に封印された牢獄を強引に開ける。体が痛んだが、どこか別の世界の事のように感じられた。

 

「…………」

 

 感じるのは、どこか生臭い匂いと死臭。そして、無数の白骨。きっと、生贄の末路だ。

 奥にあるのは、何かを繋ぐためと思われる鎖だ。周辺にある染みが何なのかは、考えないようにした。

 

「……全く、私らしくもない」

 

 そこに落ちていた一枚のカードを手に取る。

 ――『エクゾディア・ネクロス』。

 ここに封印され、崇められ、奉られながら……しかし、その実縛られていただけの存在。

 だが、彼を利用しようと思っていた村の住民たちは逆に利用されていた。とはいっても、ここに封印されていては生贄を求めることぐらいしかしないのだろうが。

 

「一つだけ言っておこう。嘘が苦手なら初めから吐かない方がいい。防人妖花――彼女は確かに、私のことを〝烏丸プロ〟と呼んでいたよ」

 

 疲れた、と思った。らしくもなく、こんなことに手を出して。

 ふう、と息を吐く。ぼんやりと光る地下。見上げると、無数の精霊たちの姿があった。

 

〝ありがとう〟

 

 そんな言葉に、苦笑を返し。

 

「キミたちの守りたかったものは、彼女で良かったのかな?」

 

 小さな体躯を抱き上げ、安らかに寝息を立てるその姿に苦笑しながらそう言った。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「――その後のことはペガサス会長もご存じのはずです。妖花くんは私たちの見送りに来、私と会長にサインをせがんだ。夜に私が見た時のことも、社であったことも覚えていないようでしたが」

「成程……興味深い話デース。これがその時のカードデスか……」

「適当に封印しておいてください。私は使いませんので」

 

 コーヒーを啜りながらそう告げる。わかりまシタ、とペガサスは頷いた。

 

「これは預かっておきまショウ。……しかし、何故妖花ガールは覚えていなかったのでショウか?」

「これは仮説ですが、彼女は精霊をその体に『降ろす』ことのできる存在なのでしょう」

「降ろす、デスか?」

「はい。精霊とは時に神と同一視されることもあるほどの力を持つ存在です。あれだけの数の精霊に慕われ、想われるのはそれだけの才能があるということ。奇跡、というのは彼女のような存在のことを言うのでしょうね」

 

 そう、奇跡。

 圧倒的な力を受けながら、それでも壊れない――奇跡。

 

「――〝ミラクル・ガール〟」

「その本質はまだ読めませんが。おそらく、私が夜に見たのは精霊に体を預けた状態の彼女だったのではないでしょうか?」

「……成程」

「仮説ですし、これ以上は蛇足ですがね。本人もわからず、精霊たちも語ろうとしない真実。あの村が、どういう場所だったのか。村の方々も社の記憶は飛んでいたようですし、仕方ないかもしれませんがね」

 

 そう、あの後村の者たちからの敵意は消滅した。おそらく、彼らもまた洗脳されていたのだろう。

 精霊たちは、防人妖花という少女を救いたかった。だから助けを求めたのだ。本来なら目を逸らすべき相手である――烏丸澪という存在に。

 

「では、私は戻ります。午後からデュエル教室がありますので」

「頑張ってくだサーイ。……ああ、そうデス澪ガール」

「はい?」

「これは何でショウ? あなたがくれたカードが入っていた箱に、一緒に入っていたのデスが……」

 

 そう言ってペガサスが差し出してきたのは、真っ白なカードだった。裏面はDMだが、表には何も描かれていない。

 ただ、その白を見た瞬間、どうしようもなく胸がざわめいた。

 

「いえ、わかりませんね……」

「白、いえ、光……?」

「まあ、放っておいても問題ないでしょう。……それでは」

 

 部屋を出ると、そのまま出口に向かう。あれから一度、村にはお礼を兼ねて立ち寄った。目を盗んで社にも入ったが、そこはくたびれ、経過したのは僅かな時であったはずなのに朽ち果てていた。

 妖花に聞いても覚えはないと言っており、幻ではないかとさえ思ったが――

 

「…………」

 

 空を見上げる。あの村を再び訪れた日の夜。また目を覚ました時、庭先に無数の精霊たちがいた。彼らはこちらをじっと見つめ、そして静かに頭を下げた。

 それもまた夢だったのかもしれない。だが、それでもいい。

 もう、過ぎたことだ。笑い話で十分である。

 

「さて、行こうか」

 

 誰に言うでもなく、呟いて。

 烏丸澪は、歩き出した。

 











精霊に愛された少女と、人に縛られた神を名乗った存在。
その小さな物語は、一人の王によって終わりを迎えた――







ちょっと遊戯王っぽくないかもです。でもまあ、澪さん主人公ということで。
……あれ、妖花ちゃん……?
友人とオカルティックなの書こうという話で組み上げましたが、やはり難しい。村の人たちは神を縛り付け、村の繁栄を願った。その代償として世話役という生贄を差し出していたわけです。でも、神様は封じられながらも逆に村人たちを支配して、都合のいい世界を組み上げていた。
精霊たちは支配されながらも、防人妖花という〝奇跡〟を助けたかった――そんな、物語。
まあ、適当に流してください。


ネクロスはアニメ効果です。リアルだと瘴気で消滅しますしDDクロウで死にます。使い難いね。アニメ効果でもどうなんだという気もしますが。

ではでは、ありがとうございました。
次回は多分、祇園くんのデッキ制作の日常回になるかなぁ……。

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