遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第三十二話 〝ヒーロー〟

 

 初めてその姿を見つけた時、私はただの興味から声をかけた。

 

「なぁ、一人なん?」

 

 近くにある大型カードショップではなく、こんな小さなお店で一人ファイルと睨めっこしているその姿。

 正直、良い印象を抱いたとは言い切れない。

 

「……え、あ、えっ……?」

 

 声をかけたその子は、周囲を見回しながら驚きの声を上げていた。まるで、話しかけられることが『初めて』であるかのように。

 

「デュエル、するん?」

 

 そう問いかけると、相手は遠慮がちに頷いた。だがすぐに、でも、と言葉を紡いでくる。

 

「……僕、その……弱いよ……?」

「ええよ、そんなん。気にせんで。まずはやってみんと」

 

 正直、ハズレだと思った。怯えるような瞳と、不安げな表情。全てに恐怖しているかのような雰囲気。

 自分とはあまりに違う、〝弱者〟だと。

 

「ウチは桐生美咲。趣味は歌と美味しいものの食べ歩き。特技はDM。好きなことは歌うことと人と話すこと。よろしゅう」

「え、あ……ゆ、夢神、祇園……です」

 

 いつも通りの軽い自己紹介をすると、相手は消え入るような声でそう言葉を紡いだ。それに頷き、じゃあ、とデッキを取り出しながらいつものように振る舞った。

 

「――決闘や」

 

 

 

 あの日のことは、気まぐれだったけど。

 でも、今はあの日の自分の気まぐれに感謝したいとさえ思う。

 

 全ては、あの場所から始まったのだから――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。昼間の熱気も消え去った海馬ドーム。

 誰もいないその場所の中心で、一人の少女が天を見上げる。

 

「…………」

 

 準決勝が終わると同時に、取材攻めにあった。別に隠していたわけではないが祇園とのことについては本当に色々と聞かれたし、色々なことを話したと思う。

 初めて出会った時は、こんなにも大きな存在になるとは思わなかった。

 一人になろうと思った場所で、独りきりだった少年。その少年と、多くの時間を過ごして。

 その存在に……救われて。

 

「〝――Amazing Grace, how sweet the sound

  That saved a wretch like me〟」

 

 歌を歌うこと。それを始めたのは、いつだったのか。

 もう思い出せないことで、同時に思い出す必要のないことなのだとも思う。

 

「〝I once was lost but now am found

  Was blind but now I see〟」

 

 ただ確かなのは、最初は〝逃げ〟の手段であったということ。

 どうしようもない現実から〝逃げる〟ために、私は歌い続けていた。

 

「〝'Twas Grace that taught my heart to fear

  And Grace, My fears relieved〟」

 

 多くの嘘を吐き続けた。歌が好きだと語り、歌を歌った。

 本当に歌が好きだったから……尚更、嫌いになっていった。

 

「〝How precious did that Grace appear

  The hour I first believed〟」

 

 どうしようもない、現実の中で。

 どうにもならない、限界を前に。

 

「〝Through many dangers, toils and snares

  We have already come〟」

 

 ただ歌い続け。

 逃げ続けた、あの日々。

 

「〝'Twas Grace that brought us safe thus far

  And Grace will lead us home〟」

 

 変えてくれたのは、一人の少年の、たった一つの言葉。

 それはきっと、ありふれた言葉で。

 

「〝When we've been here ten thousand years

  Bright shining as the sun〟」

 

 小さな拍手と、笑顔と。

 ――〝良かったよ〟という、言葉。

 

「〝We've no less days to sing God's praise

  Than when we've first begun〟」

 

 救いは、ある。 

 どうしようもない現実の中でも。

 

「〝Than when we've first begun〟」

 

 だから、私は――

 

 

 拍手の音が、響く。

 控え目で、でも、だからこそ温かい拍手。

 何度も聞いた、その音の主は。

 

「……美咲は、やっぱり歌が上手いね」

「えへへ、そうやろー?」

 

 冗談めかして、笑顔で応じる。

 胸に秘めた想いは、口にしない。

 ――〝あなたのおかげ〟とは、言わない。

 言って、あげない。

 

「どないしたん? こんな時間に。早く寝んと明日辛いよ?」

「その台詞はそのままお返しするよ。……十代くんが控室にPDAを忘れたらしくて。取りに来たんだ」

「あはは、十代くんはおっちょこちょいやなぁ」

 

 思わず笑ってしまう。デュエルではあれだけ素晴らしい冴えを見せるのに、こういうところはやはり十五歳の少年なのだろう。

 

「それに……ちょっと、今日は眠れそうになかったから」

 

 次いで、苦笑を浮かべながら相手はそんな言葉を紡いだ。その言葉に、思わず頷いてしまう。

 

「ウチもや。普段の試合ならこんなことはないんやけど……。気が付いたら、ここに来てた」

 

 理由など、考える必要もない。明日はそれだけ特別な日なのだ。

 ずっと待っていた、待ち続けていた約束が……叶う日。

 

「……明日のデュエルが終わったら、ウチ、祇園に謝らなアカンことがあるんよ」

 

 気が付いた時には、そんな台詞を口にしていた。相手は首を傾げている。

 

「謝ること?」

「うん。黙っててもええんやけど、それやと不誠実やから」

「よくわからないけど……、それは今じゃ駄目なの?」

「んー、ちょっとタイミングが悪いかなー?」

「そっか。じゃあ、待ってる」

「うん、待ってて」

 

 こういう時、無理に聞き出そうとしないのが彼のいいところだと思う。……物足りないところでもあるが。

 

(まあ、祇園やしなぁ……)

 

 良い意味でも、悪い意味でも純粋で、真っ直ぐな少年。それが夢神祇園という存在だ。

 悪意に揉まれ、晒され、その人生を翻弄されながらも決して周囲に悪意を向けようとしない。

 それを偽善と言う者もいる。だが、美咲はそうは思わない。偽善――そもそも、祇園は『善』というわけではない。善でも悪でもない、『純粋』。まあ、心の内で何を考えているかはわからないが。

 

(混沌、っていうのは言い得て妙やな。誰しも善意と悪意を抱えてる。祇園も例外やない)

 

 要はそれだけのことであり、表に出るか出ないかの違いがあるだけだ。

 

「……ふふっ」

 

 不意に、祇園が笑い声を漏らした。首を傾げると、ごめん、と笑みを浮かべたまま言葉を紡いでくる。

 

「少し、おかしくて」

「なにが?」

「美咲に『待ってる』って僕が言うなんて、珍しいから」

「ああ、そういうこと」

 

 言われ、頷く。確かにその通りだ。自分と祇園の関係は、『待つ側』と『追う側』。それは三年前からずっとそうで、自分はずっと待ち続けている。

 

「せやけど、昔はウチがよー祇園待たせてたやん」

「そうだったっけ……?」

「そうやよ。カードショップでも、デートでも。ずっと祇園は待っててくれたやんか」

「デート?」

「ウチが二時間盛大に寝坊したやつ」

「ああ……ってあれデートだったの?」

「……何やと思ってたん?」

「え、だって美咲が買い物に付き合って欲しいっていうから」

「この鈍感」

「……ごめんなさい」

 

 小さくなる祇園。本当に相変わらずだ。人の好意に鈍感で、己に向けられる気持ちを察することができない。

 

(ま、生い立ちもあるんやろうけど)

 

 愛情と好意を向けられることが極端に少なく、幼少期には逆に悪意や無関心といった感情を向けられてきたのが祇園だ。彼が他人の感情には敏感なのに気持ちには鈍感なのは、一種の防衛本能なのだろう。

 

「ま、ええよ。……でも、驚きや。祇園、強くなったなぁ」

 

 純粋にそう思う。本当に、強くなった。

 だが、祇園は首を左右に振ってそれを否定する。

 

「どうにかこうにか、騙し騙しで来れただけだよ」

「でも、決勝に来たのは事実や」

「うん。明日は、楽しもう」

「祇園との真剣勝負は三年振りくらいかな? 手加減せんよ~?」

「あはは……、お手柔らかに」

 

 苦笑する祇園。それに微笑を返し、さて、と会場の入口の方へと美咲は視線を向けた。

 

「覗きはええ趣味とは思えへんなぁ?」

「――何だ、折角なのだから楽しめばいいものを」

 

 声をかけると、靴の音を響かせながら一人の女性が歩み出てきた。――烏丸澪。〝祿王〟のタイトルを持つ、日本における〝最強〟の一角。

 

「澪さん」

 

 祇園が声をかける。すると、うむ、と澪は頷いた。

 

「少年の決勝進出祝いをホテルで行うそうで、呼びに来た。やはりここにいたか」

「え、そうなんですか? すみません、わざわざ……」

「気にするな。おかげで、面白いものを見ることができそうだ」

 

 笑みを零す澪。二人で首を傾げると、彼女の背後から二つの人影が出てきた。

 

「出ていいのかい、〝祿王〟?」

「バレてしまってはこれ以上面白いものは見れないでしょう」

「おっ、祇園! PDA見つかったぜ!」

 

 出て来たのは、響紅葉と遊城十代だった。二人はそのまま会場のステージ――今、美咲と祇園がいる場所に上がってくる。

 

「あ、見つかったんだ。良かった」

「おう。いやー、悪いな」

「ううん。いいよ、気にしないで」

 

 にこやかに言葉を交わす十代と祇園。その二人の隣で、美咲は呆れたように紅葉へと言葉を紡いだ。

 

「ええ歳して覗きですか?」

「それは心外だ。見られたくないならもっと人気のないところですべきだろう? ステージとは『見られる』ためにある場所だ」

「まあ、ウチも不注意でしたけど……どないしたんです? こんなところに」

「いや、ちょっとね。キミたちほどじゃないが、僕にも一つ、大事な『約束』があったんだ」

 

 言うと、紅葉は十代の方を振り返った。十代は挑戦的な笑みを浮かべ、頷く。

 

「〝ルーキーズ杯〟には三位決定戦はない。だから、非公式に……と思ってね」

「ああ、要するに私闘ですか」

「おう! 紅葉さん、早速始めようぜ!」

 

 デュエルディスクを取り出し、準備を始める十代。紅葉が苦笑した。

 

「まあ待て、十代。〝祿王〟、観客を呼んでいるんだろう?」

「うむ。妖花くんがもうすぐ到着する。悪いが、それからにしてもらいたい」

 

 うむ、と頷きながら言う澪。思わずため息を吐いてしまった。

 

「本当、みんなデュエルバカやなぁ……」

「でも、その方が楽しいでしょ?」

 

 祇園の言葉に、一瞬考え込む。だが、その必要がないことに気付いた。

 

「確かに、楽しいのが一番やな」

 

 そう、それが一番だ。

〝絶望〟ではなく、〝希望〟を。

 ――桐生美咲は、それを諦めないためにここにいるのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 しばらくすると、防人妖花が到着した。彼女のだけではなく、本郷イリア、神崎アヤメ、松山源太郎といったプロ勢や、丸藤翔、前田隼人、天上院明日香、藤原雪乃、枕田ジュンコ、浜口ももえ、三沢大地といった十代や祇園と仲のいいアカデミア生たちも姿を見せている。

 観客の数は、合計で精々十人と少し。だが、戦う二人にはそのことに不満はない。

 そもそも、これは本来なら実現することのなかったデュエルだ。しかし、現実としてデュエルは行われようとしている。

 

「…………」

 

 一度、大きく深呼吸をする。応援の声。それに頷きを返し、十代はデュエルディスクを構える。

 眼前に立つのは、憧れ、追い続ける――〝ヒーロー〟。

 

「さあ、十代。――楽しいデュエルにしよう」

「おう! いくぜ、紅葉さん!」

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 幻の、三位決定戦が……始まる。

 先行は――響紅葉。

 

「僕のターン、ドロー!――手札より魔法カード『融合』を発動! 手札の『E・HERO オーシャン』と『E・HERO フォレストマン』を融合! 来い、『E・HERO ジ・アース』!!」

 

 E・HERO ジ・アース☆8地ATK/DEF2500/2000

 

 降臨するのは、世界に一枚ずつしか存在しない『プラネット・シリーズ』の一角。

『地球』の名を持つ、〝ヒーロー・マスター〟の相棒。

 

「いきなり『ジ・アース』とは、紅葉さん全力やね」

「思うところがあるのだろう。師匠と弟子の関係、と紅葉氏は言っていたからな」

「アニキー! 頑張れー!」

「十代くん、頑張れ!」

 

 聞こえてくる声。紅葉は笑みを浮かべると、二枚のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「僕はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を引く。『E・HERO ジ・アース』――その効果を使えば、おおよそ突破できないモンスターはいない強力なHEROだ。だが、こちらから攻める時にはその効果も発動しない。

 

「俺は手札より速攻魔法『サイクロン』を発動! 右の伏せカードを破壊だ!」

「伏せカードは『次元幽閉』だ。破壊される」

 

 攻撃してきたモンスターを問答無用で除外する強力な罠カード、『次元幽閉』。良いカードを破壊できた。

 

「俺は更に、『E・HERO エアーマン』を召喚! 効果発動! このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから『HERO』と名のついたモンスターを手札に加えることができる! 俺は『E・HERO バーストレディ』を手札に!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

『HERO』のエンジンが場に召喚される。いくぜ、と十代は宣言した。

 

「手札より『融合』を発動! 手札のバーストレディと場のエアーマンを融合! HEROと炎属性のモンスターの融合により、灼熱を纏いしHEROが降臨する! 来い、『E・HERO ノヴァマスター』!!」

 

 E・HERO ノヴァマスター☆8炎ATK/DEF2600/2100

 

 現れるは、灼熱の焔を纏う紅蓮のHERO。十代はバトル、と宣言した。

 

「ノヴァマスターでジ・アースを攻撃!」

 

 迫る炎の拳。紅葉が口元に笑みを浮かべた。

 

「十代。前に教えなかったか? 伏せカードには注意しろ、と。――リバースカード、オープン! 速攻魔法『マスク・チェンジ』! フィールド上の『E・HERO』を墓地に送り、同属性の『M・HERO』を特殊召喚する! ジ・アースを墓地に送り、『M・HERO ダイアン』を特殊召喚!!」

 

 M・HERO ダイアン☆8地ATK/DEF2800/3000

 

 現れたのは、まるで騎士のような姿をしたHEROだ。その攻撃力を前に、くっ、と十代は小さく呻く。

 

「攻撃は中止だ! 俺はカードを一枚伏せ、ターンエンド!」

「僕のターン、ドロー! バトル、ダイアンでノヴァマスターを攻撃!」

「くうっ……!」

 

 十代LP4000→3800

 

 ノヴァマスターが破壊され、十代のLPが削られる。そして、紅葉が効果発動、と宣言した。

 

「ダイアンの効果! このカードが相手モンスターを戦闘で破壊した時、デッキからレベル4以下の『HERO』を一体特殊召喚できる! 来い、『E・HERO エアーマン』!!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 現れる、紅葉のエアーマン。紅葉は効果発動、と宣言した。

 

「エアーマンは特殊召喚成功時にもサーチ効果を発動できる! 『E・HERO プリズマー』を手札へ! バトルだ、エアーマンでダイレクトアタック!」

「リバースカードオープン、速攻魔法『クリボーを呼ぶ笛』! デッキから『クリボー』または『ハネクリボー』を選択し、手札に加えるか自分フィールド上に特殊召喚できる! 俺は『ハネクリボー』を特殊召喚!」

『クリクリ~!』

 

 ハネクリボーが守備表示で場に現れる。ほう、と紅葉が楽しげに笑った。

 

「ハネクリボー……懐かしいカードだ。だが、容赦はしない。エアーマンでハネクリボーを攻撃!」

「くっ……、サンキュー相棒。助かったぜ」

『クリクリ~♪』

 

 ハネクリボーが墓地へと消えていく。これでひとまず大ダメージを受けることは避けれた。

 

「僕はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札は三枚。場には何もない。

 状況はピンチだ。だが、紅葉はいつも言っていた。

 

「ピンチの後にチャンスあり、だよな! 紅葉さん! 俺は手札より『融合回収』を発動! エアーマンと『融合』を回収! そしてエアーマンを召喚し、デッキから『E・HERO フェザーマン』を手札に加えるぜ!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 再び現れるエアーマン。だが、このままでは勝てない。

 

「俺は手札より、『戦士の生還』を発動! 墓地の『E・HERO バーストレディ』を手札に! そして『融合』を発動! 手札のフェザーマンとバーストレディを融合! 来い、マイフェイバリットヒーロー!! 『E・HERO フレイム・ウイングマン』!!」

 

 E・HERO フレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/800

 

 現れるのは、竜の頭を持つHERO。十代が最も信頼するHEROであり、大切にするHEROだ。

 

「最後の手札だ! フィールド魔法、『摩天楼―スカイクレイパー―』を発動!! HEROが攻撃する時、相手モンスターより攻撃力が低ければ攻撃力が1000ポイントアップする!」

 

 周囲の風景が切り替わり、アメコミノ世界のようなビルが乱立する。ほう、と紅葉が感嘆の吐息を漏らした。

 

「やるな、十代」

「へへっ。行くぜ、紅葉さん。――フレイム・ウイングマンでダイアンを攻撃!」

「くっ……!!」

 

 紅葉LP4000→3700

 

 攻撃力が1000ポイント上がったことにより、3100となったフレイム・ウイングマン。ダイアンは耐え切れず、粉砕される。

 

「更にフレイム・ウイングマンの効果発動! 相手モンスターを戦闘で破壊した時、その攻撃力分のダメージを与える! いけ、フレイム・シュート!!」

「ぐううっ……!?」

 

 紅葉LP3700→900

 

 紅葉のLPが一気に吹き飛ぶ。へへっ、と十代が笑みを零した。

 

「けど、スカイクレイパーは攻撃力が同じ時は発動しない。エアーマンは攻撃せず、ターンエンドだ」

「……僕のターン、ドロー」

 

 紅葉がカードをドローする。紅葉の手札はこれで三枚。伏せカードは一枚。

 ここからどう巻き返すつもりか――

 

(油断しちゃダメだ。紅葉さんは、絶対に手を打ってくる。けど、紅葉さんのLPは残り少ない。耐えることさえできればチャンスはある!)

 

 心臓が高鳴る。向かい合う二人のデュエリスト。その姿を見て、周囲から言葉が漏れた。

 

 

「響プロを相手にここまで……何者よ、あの子」

「遊城十代くんやで、イリアちゃん」

「素晴らしいですね。やはり才能は超一流」

「恐ろしいドロー力だな。全てが無駄なく回転している。これでまだ一年生だというのだから恐ろしい」

「十代くん、凄いな……」

「頑張るッスアニキ!」

「うわぁ、うわぁ、遊城さん凄いです!」

「十代、また強くなってるわね」

「この大会を通じて、得るモノがあったのかしらね、ボウヤも」

「……根本から対策を見直す必要がありそうだ」

 

 言葉を失っている何人かを除き、好き勝手なことを言っている外野陣。その中で、まあ、と澪が静かに言葉を紡いだ。

 

「ここで終わらないからこその〝ヒーロー・マスター〟だ。あの表情、何か企んでいる目だぞ?」

 

 

 前を見る。その一瞬。

 

 ――ゾクッ。

 

 全身を悪寒が駆け抜けた。思わず身震いする。何だ――そう思い改めて紅葉を見ると、紅葉は口元に笑みを浮かべていた。

 

「強くなったな、十代。誇らしいよ」

「へへっ」

「――だが、まだ負けてやるわけにはいかない。これは餞別だ。僕が〝ヒーロー・マスター〟と呼ばれる所以を、見せてやる。僕は手札より、魔法カード『融合』を発動!」

 

 紅葉が融合のカードを発動させる。エアーマンを素材に、何を出す気か――そんな風に十代が思うと同時に、紅葉が紡いだ言葉に驚愕する。

 

「場のエアーマンと手札の『E・HERO プリズマー』、『E・HERO ザ・ヒート』の三体で融合!!」

「さ、三体融合!?」

「『HERO』と名のつくモンスター三体の融合により、降臨せよ!! 『V・HERO トリニティー』!!」

 

 V・HERO トリニティー☆8闇ATK/DEF2500/2000→5000/2000

 

 現れたのは、紅い体躯をしたHERO。その姿は『E・HERO』とも『M・HERO』とも大きく違う。

 だが、そんなことより――

 

「攻撃力――5000!?」

「トリニティーは三体のHEROの融合によって特殊召喚できる。このモンスターはその方法による融合召喚に成功した時、そのターンのみ攻撃力が二倍になる。更に、ダイレクトアタックができないという制約を持つ代わりに、三度の攻撃を行うことができる」

「さ、三回……って、それじゃあ!」

「この場合は二回だが……十分過ぎる。――いけ、トリニティー! フレイム・ウイングマンとエアーマンを攻撃!!」

「う、うああああああっ!?」

 

 十代LP3700→-2400

 

 十代のLPが一瞬で削り取られる。それと同時に、ソリッドヴィジョンも消えていった。

 E・M・V――三種のHEROを自在に操り、華々しき力を発揮する英雄。

 故に、彼は〝ヒーロー・マスター〟と呼ばれる。

 

「くっそーっ! もう少しだったのになぁ!」

 

 悔しそうに叫ぶ十代。紅葉が笑みを零し、十代はでも、と言葉を紡いだ。

 

「ありがとう紅葉さん! ガッチャ!」

「ああ、楽しいデュエルだった。……これは餞別だ」

 

 言いつつ、紅葉が差し出したのは『V・HERO トリニティー』のカードだった。えっ、という言葉を漏らす十代に、紅葉はトリニティーを手渡しながら言葉を紡ぐ。

 

「強くなったな、十代。本当に強くなった。プロの世界で待ってるぞ。そのカードは、僕に勝てるようになってから返しに来い」

「……わかった。すぐに返しに行くからな!」

「待ってるさ」

 

 握手を交わす、師匠と弟子。

 偶然に出会った二人のHERO使いは、その想いの変わらぬままに言葉を交わす。

 

(やっぱり、紅葉さんは俺の憧れだ)

 

 憧れ続け、尊敬し続けた背中は。

 何も変わらず――目指す道の先にあった。

 

(追いつく。絶対に)

 

 胸に誓った想いは、新たなる約束の標。

 いつかまた、戦うために。

 

 ――今日は、この敗北を受け入れる。

 

 

 非公式戦 響紅葉VS遊城十代

 勝者、響紅葉。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。宴会も終わり、誰もが明日を待ち侘びながら眠る時間。

 ホテルの中庭に、一つの人影があった。

 

「――眠れないのか、少年?」

 

 その人影――夢神祇園に声をかけたのは、烏丸澪だ。祇園は、はい、と月を見上げながら頷く。

 

「どうしても……眠れなくて」

「キミにとって、明日の美咲くんとのデュエルはずっと願い続けたものなのだろう? ようやく願いが叶うんだ。興奮するのも当然だな」

「寝なきゃいけないとは思っているんですが……」

「無理に寝る必要はない。明日に影響が出ないのであればな」

 

 そう言うと、澪は祇園が座っているベンチへと腰かけた。そのまま、少年、と言葉を紡ぐ。

 

「キミは、今のキミ自身をどう思っている?」

「どう、って……」

「ああ、聞き方が悪かったか。そうだな、何というべきか。――キミは、どうしてここへ来た?」

 

 どうして、ここへ来たのか。

 その問いには、すぐに答えを出せそうで……出せなかった。

 

「こんな言い方をするのはどうかとも思うが……もっと楽な方法はあったはずだ。なのに、何故だ?」

 

 その問いの答えは、ふと、浮かんできた。

 それはきっと、自分の本心。

 だから……静かに、口にする。

 

「きっと……迷子になっていたんです」

「迷子?」

「はい。……暗い道で、ずっと一人で。要領が悪いから、すぐに暗い道にばっかり進んでて。きっと周囲を見回せば、いくらでも『誰か』を頼ることはできたはずなんです。でも、臆病で弱虫だった僕にはそんなことさえできなくて」

 

 泣きながら、暗闇を歩く日々。

 きっと、全てはそこからだった。

 

「道を間違えて、暗い道にばっかり入り込んで、どうしようもなくなって立ち止まって、蹲って泣いてたんです。進み方も、戻り方ももうわからなくなって。そんな時に、隣に立って手を引いてくれたのが……美咲で」

 

 一番暗くて、辛い場所にいた時に。

 手を引いてくれたのが、美咲だった。

 

「多分、僕にとって美咲は〝ヒーロー〟なんです。今も、昔も」

「……成程。美咲くんは〝ヒーロー〟か」

「はい。上手く、言えないんですけど……」

「いや、十分だよ。少年の想いは伝わってきた。……明日は頑張れ。ずっと夢見てきたのだろう?」

「多分、ボロボロに負けちゃいますけどね……」

「それでもいいだろう。それがまた、次の約束に繋がる。……だが、まあ」

 

 思わずドキリとしてしまうような微笑をこちらに向け。

 澪が、静かに言葉を紡ぐ。

 

「私との約束も忘れないでいてくれると嬉しいよ、少年」

「……澪さんに挑んで、勝つなんて……どれだけかかるか」

「なァに、構わんさ」

 

 微笑を浮かべ。

 月明かりの下で、澪は優しく言葉を紡ぐ。

 

「何年経とうと、私はキミを待っているよ。――少年」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 第一回〝ルーキーズ杯〟最終日。

 午後から行われる決勝戦を前に、観客席は満員となっていた。誰もが、決勝の舞台に立つ二人を待っている。

 一人は、〝アイドルプロ〟と呼ばれ、同時にトップ路としての実力を持つ人物――桐生美咲。

 一人は、実績も何もなく、一般参加枠から這い上がってきた人物――夢神祇園。

 二人が幼馴染であり、旧知の中であることはすでに周知の事実となりつつある。だが、だからこそ二人の差異が浮き彫りになる。

 片や、『天才』の名を欲しいままにし、プロチームで〝エース〟を名乗るような栄光の道を歩み続けてきた者と。

 片や、目ぼしい実績など何もなく、ただただ這い蹲り、這いずって勝ち上がってきた凡人。

 対極の二人。

 そして、往々にしてこういう時に注目が集まるのは、〝挑戦者〟の側だ。

 

 

「夢神選手は桐生選手とお知り合いとのことですが」

「はい。桐生プロとは知り合いです」

 

 会場に向かう途中の記者の質問に、祇園は何の淀みもなく答えた。桐生プロ――その言い方に疑問を覚えた一人の記者が、思わずといった調子で問いかけてくる。

 

「桐生選手とはご友人なんですよね? 何故そんな余所余所しく……」

「――彼女が許しても、僕と彼女の間には世間が決めた『格差』があります」

 

 奇跡のようにこの舞台に立っている自分と。

 立つべくしてこの場所に立っている彼女とでは、どうしようもないほどの差が存在している。

 

「それを無視できるほど……僕は強くありません」

 

 苦笑を零し、一礼する。その祇園に、記者が投げかけるように問いを発した。

 

「意気込みをお願いします!」

 

 足を止める。そして振り返らぬまま、祇園は言った。

 

「憧れ続ける、人がいます」

 

 静かに。静謐に。

 誰もが、思わず口を閉ざす中で。

 

「その人は、僕にとっての〝ヒーロー〟で。やっと、お礼を言えるんです。――行ってきます」

 

 そして、会場へと足を踏み入れる。同時に、大歓声が体を叩いた。

 

 

『夢神選手の入場です!』

『這い蹲り、地に伏し、それでもどうにか勝利を掴み続けてきた少年に拍手を送りたい気持ちだ』

 

 

 そして、向こうから入って来るのは――桐生美咲。

 憧れ、追い続け、ずっと夢見る……最高の〝ヒーロー〟。

 

 

『そしてやはり大本命、桐生選手です!』

『彼女もまた、譲れぬ想いを抱いてここに辿り着いた。ただただ、この結末を見届けよう』

 

 

 向かい合い、視線を交わす。美咲が、微笑を零した。

 

「変わったね、祇園」

「……そう、かな?」

「うん。初めて会った時は、目も合わせられへんかったやんか」

 

 クスクスと笑う美咲。その姿に、嗚呼、と祇園は思った。

 彼女と初めて会った日。あの日、自分は――

 

 

「――僕は、夢神祇園です」

 

 

 その、言葉に。

 美咲が、動きを止めた。

 

「趣味は節約と、読書。特技は……みんなは、家事を褒めてくれます。僕にとって、それが唯一誇れることです。好きなものは、DM。昔、一人の女の子が僕にその面白さを教えてくれて、僕はDMが大好きになりました」

 

 美咲は呆然としている。その美咲に、精一杯の笑顔を向けた。

 

「あの日、言えなかったから。キミが教えてくれたのに。僕は、返せなかったから」

 

 美咲は一瞬、泣きそうな表情をして。

 一度、その顔を俯けた。そして。

 

「ウチ、ウチは、桐生美咲。趣味は歌を歌うことと、美味しいものの食べ歩き。特技は、歌。昔、一人の男の子が『良かったよ』って言ってくれて、その時から、ウチにとっては誰よりも誇れるモノです」

 

 その内容は、あの時からは少し変わってしまったけれど。

 僕にとっての〝ヒーロー〟は、あの時よりもずっと……輝いていた。

 

「好きなものは、DM。昔、凄く弱い男の子がいて、その子が少しずつ、少しずつ強くなるのを間近で見ていて……嫌いになっていたかもしれないDMが、ずっとずっと好きになりました」

 

 二人が交わす、新たな挨拶。

 それは、新たに踏み出すために必要な、小さな儀式。

 

「やっと、背中が見えた」

 

 走って、走って、走り続けて。

 

「暗闇の中、霧の中で見失っていた背中を、やっと」

 

 それでも、追いつくどころか……引き離されてしまったその背中を。

 ようやく、見つけることができた。

 

「女の子を、待たせるもんやないよ?」

「ごめんね」

「ええよ。……追いついて、くれるんやろ?」

「うん。だからもう少し、待ってて」

「急いでな?」

「――うん」

 

 そして、二人はデュエルディスクを構え。

 

「「――決闘(デュエル)」」

 

 静かに、その始まりを宣言した。










あの日出会った、幼き二人は。
今、再び出会い直した。







……完結した雰囲気バリバリ。
アカン、これ最終話や。

とりあえず、ここまでで『第一部 完』みたいな感じでしょうかねー?
いやー、長かった。ここからまだ山場が残っていますが。



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