遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第三十一話 想いが導く、一つの結末

 

〝ルーキーズ杯〟三日目、準決勝。

 冬休みであるとはいえ、世間一般の社会人にとっては平日だ。しかし、客席は完全に埋まっている。

 現在相対しているのは、二組のデュエリスト。

 

 桐生美咲VS響紅葉

 遊城十代VS夢神祇園

 

 奇しくもプロ同士とアマチュア同士といった組み合わせ。更には二組共が相手を良く知るという状況。

 会場の盛り上がりは最高潮に達し、当初は第一回ということもあって成功が不安視されていたのも今や笑い話にできるぐらいの盛り上がりを見せている。

 

「四人とも、実に楽しそうで何よりデース」

 

 VIPルーム。会場が全て見渡せるその部屋で、満足げに一人の男が頷いた。ペガサス・J・クロフォード。DMの生みの親であり、かつては『千年アイテム』の所有者でもあった人物だ。

 

「ふぅん。興業としてはこれ以上ないくらいに成功と言える。一先ず肩の荷が下りたといったところだな」

 

 そのペガサスの隣で、脚を組んで座っているのは海馬瀬人。KC社の社長であり、世界に三枚しかない『青眼の白龍』を全て所有する〝伝説〟のデュエリストだ。

 

「Yes、そしてこの大会は新たなDMの可能性を示すため、この二枚のカードを従える者を見極めるためのものデース。一体、彼らの内の誰が勝ち残るでショウか……」

 

 ペガサスが足下のスーツケースへと視線を落とす。厳重に閉ざされたその箱からは、確かに得体の知れない『何か』が溢れ出していた。

 しかし、それは決して邪悪なものではなく、むしろ逆。神秘的なものさえ感じさせる。

 

「ふぅん。カードが使い手を選ぶなど非ィ科学的なことだ。強い者が勝つ。それだけだろう」

「あなたがそれを言いますか、海馬ボーイ? 古代エジプトの因果をその身に宿し、戦ったのはあなた自身でショウ?」

「俺は俺の意志で、俺のやり方で戦ってきた。因果など知らん」

「フフッ、それでこそ海馬ボーイデース」

 

 ペガサスが笑みを浮かべる。それを受け、海馬が不機嫌そうに鼻を鳴らすが、ペガサスは気にした様子はない。

 

「では、海馬ボーイ。この中で勝ち残るのは誰だと思いマスか?」

「……響紅葉と美咲については、正直予測ができんな。共に一線級のデュエリストだ。今日この場で例えば響紅葉が勝ったとして、次もまた勝てるとは限らん。そういう次元の二人だ」

「Yes、共に若手のホープデスからネ。では、十代ボーイと祇園ボーイならば?」

「――遊城十代だろうな」

 

 何の迷いも見せず、海馬はきっぱりと言い切った。

 

「これまでのデュエルからすれば、あのドロー力は最早偶然でもなんでもないことがよくわかる。手札が0になろうと次のターンには相手を容易く捻じ伏せる……ああいう者を、貴様らの言うところの『選ばれた者』とでもいうのだろう。小僧では荷が重すぎる」

「確かに十代ボーイは輝くモノを持っていマース。いわばダイヤモンド……それも、原石。才能の塊のような少年デース」

 

 遊城十代――その姿に、『決闘王』が僅かに重なるのは何故だろうか。

 どんな状況でも覆し、勝利してきた……あの『王』の姿に。

 

「デスが……私は、祇園ボーイが勝つと考えマース」

「……小僧がか?」

「ハイ。確かに力という点であれば力不足……しかし、おそらく彼の〝想い〟は四人の中の誰よりも強いはずデース」

 

 栄光から程遠い人生を送ってきた、一人の少年。

 敗北し、挫折し、躓き続けたからこそ……抱く想いは、強くなる。

 

「大穴でも、私は祇園ボーイの勝利に賭けマース」

「……いいだろう。その賭け、乗らせてもらう。何を賭ける?」

「彼のアカデミア本校復帰、というのはどうでショウ?」

 

 その言葉に、海馬は眉をひそめた。ペガサスは頷きを一つ零すと、そのまま言葉を続ける。

 

「彼自身の意思も尊重したいと思いマスが……世間を納得させるには、最後はそういう『形』を取るのも一つの手段ではありまセンか?」

「確かにその方法は考えていたが……」

「いずれにせよ、これ以上は結果次第デース。……今は、見守りまショウ」

 

 視線を会場に向ける。そこでは、四人のデュエリストがそれぞれの想いを懸けて戦っていた。

 それが、あまりにも眩しく。

 知らず、ペガサスの口元にも笑みが宿る。

 

 ――スーツケースの中から、喜びに似た咆哮が聞こえた気がした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 現在、プロリーグ二位の位置にいるDMチーム『横浜スプラッシャーズ』。

 かつては弱小チームと呼ばれ、二リーグ十六チームの中でも最弱と言われ続けてきた過去がある。

 だが、三年前より一人の新人が入ったことにより変革が起こり始め、今年は更に元全日本チャンプである響紅葉が加わったことで優勝争いさえ行える位置にいる。

 そのチームにおいて一番人気を誇り、〝エース〟と呼ばれる者――桐生美咲。

〝アイドルプロ〟と呼ばれ、常に笑顔を浮かべ続ける彼女は……一体、何を想うのか。

 

 

 

・桐生美咲 LP4000

 手札:一枚

『フィールド』

 アテナ☆7光ATK/DEF2600/800

 堕天使スペルピア☆8闇2900/2400

 The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400

『魔法・罠』

 天空の聖域(フィールド魔法)、神の居城―ヴァルハラ

 

   VS

 

・響紅葉 LP2600

 手札:三枚

『フィールド』

 なし

『魔法・罠』

 なし

 

 

 

 一見すると、響紅葉が不利な状況。しかし、彼はかつて全日本チャンプの座に立った男である。立て直す策は用意しているはずだ。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 手札を引く紅葉。そして、紅葉はそのまま笑みを浮かべた。

 

「まずは、キミを守る聖域から破壊させてもらう」

「できますか?」

「やらなければ、ジリジリと追い詰められるだけだ。――僕は手札より『E・HERO オーシャン』を召喚!」

 

 E・HERO オーシャン☆4水ATK/DEF1500/1200→1000/1200

 

 現れたのは、水の力を身に纏うHEROだ。紅葉は、更に、と言葉を紡ぐ。

 

「そして速攻魔法発動、『マスク・チェンジ』! 自分フィールド上の『E・HERO』を一体墓地に送り、融合デッキから同属性の『M・HERO』を特殊召喚する! 『M・HERO アシッド』を守備表示で特殊召喚!!」

 

 M・HERO アシッド☆8水ATK/DEF2600/2100→2100/2100

 

 現れるのは、銃を持った水のHEROだ。紅葉は効果発動、と言葉を紡ぐ。

 

「アシッドの特殊召喚に成功した時、相手フィールド上の魔法・罠を全て破壊し、相手モンスターの攻撃力を300ポイントダウンする! 『天空の聖域』と『神の居城―ヴァルハラ』を破壊!」

「くうっ……!」

 

 美咲を守るようにして展開されていた空間が、一気に根こそぎ吹き飛ばされる。残ったのは、三体の天使のみ。

 

 アテナ☆7光ATK/DEF2600/800→2300/800

 堕天使スペルピア☆8闇2900/2400→2600/2400

 The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400→2500/2400

 

 三体の天使たちも攻撃力がダウンする。だが、これではまだヴィーナスの効果もありアシッドの攻撃力は届かない。

 

「アシッドだけでは、どうにもなりませんよ?」

「それをどうにかするための手札だ。――魔法カード『ミラクル・フュージョン』を発動! 自分フィールド、墓地から融合素材となるモンスターを除外し、『E・HERO』の融合モンスターを特殊召喚する! 墓地の『E・HERO オーシャン』と『E・HERO プリズマー』を除外! 光属性のモンスターとHEROの融合により、光纏いしHEROが降臨する! 来い、『E・HERO The シャイニング』!!」

 

 E・HERO The シャイニング☆8光ATK/DEF2600/2100→3500/2100→3000/2100

 

 現れるのは、その背に金色の円環を背負った光のHERO。その姿に、会場が湧く。

 

「シャイニングは除外されている『E・HERO』の数×300ポイント攻撃力を上げる。除外されているのはフォレストマン、オーシャン、プリズマーの三体。よって900ポイントアップ」

「せやけど、ヴィーナスの分攻撃力を下げてもらいます」

「――それでも、攻撃力は3000。今のキミのモンスターたちと比べると、十分に高い」

 

 バトル、と紅葉はそう宣言した。

 

「シャイニングでアテナを攻撃!」

「つうっ……!」

 

 美咲LP4000→3300

 

 今まで聖域に守られていた美咲のLPに、初めてダメージが通る。紅葉は笑みを浮かべた。

 

「僕はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 手札を引く。シャイニングの攻撃力は現状で3000……高火力モンスターの多い美咲のデッキでも、そう容易くその数字を超えられるモンスターはいない。

 だが、何も無理をして超える必要はない。突破の方法は、いくつもある。

 

(約束がある。祇園は頑張ってる。三年間、ずっと、ずっと待ってたんや。こんなところで――負けられへん!!)

 

 果たしたい、願いがあり。

 誓った、想いがあるならば。

 ――どんな状況であろうとも、退くことだけは許されない。

 

「ウチは『堕天使スペルピア』を生贄に捧げ――『堕天使ディザイア』を召喚!!」

 

 堕天使ディザイア☆10闇ATK/DEF3000/2800

 

 同族の堕天使を糧とし、降臨したのは新たなる漆黒の堕天使。闇を纏いながら天より舞い降りるその威容に、会場が思わず息を呑む。

 

「ディザイアは特殊召喚できず、代わりに天使族モンスター一体の生贄で召喚できます。そして、ディザイアの効果。――一ターンに一度、攻撃力を1000ポイント下げることで相手モンスターを一体墓地に送ることができる! 攻撃力を1000ポイント下げ、シャイニングを墓地へ!」

 

 地面の底より這い寄るようにして現れた闇に引きずり込まれ、消滅する光のHERO。紅葉はくっ、と呻き声を漏らした。

 

「だが、その瞬間シャイニングの効果を発動! このカードが墓地へ送られた時、除外されている『E・HERO』を二体まで手札へ加える! 僕は『オーシャン』と『フォレストマン』を手札へ!」

 

 単純に言ってしまえば、『ミラクル・フュージョン』で素材として除外した分のモンスターを回収できるということである。その効果は十分に強力だ。

 ――まあ、この場では関係ないが。

 

「バトルフェイズや! ヴィーナスでアシッドを攻撃!」

「くっ、破壊される……!」

「ディザイアでダイレクトアタック!」

 

 ディザイアの攻撃力は2000。通れば紅葉のLPは文字通りの崖っぷちだが――

 

「――トラップ発動、『ガード・ブロック』!! 戦闘ダメージを一度だけ0にし、カードを一枚ドロー!」

 

 やはりというべきか、そう容易くは決まらない。むむ、と美咲は呻いた。

 

「通らへんかぁ……、ウチはターンエンドです」

「僕のターン、ドロー」

 

 互いに、ギリギリの綱渡りをしているかのような感覚。気を抜き、一瞬の隙を見せれば刈り取られる世界。

 故に、退かない。互いに今できる最善を常に選択し続ける。

 

「手札より魔法カード『融合』を発動! 手札のオーシャンとフォレストマンを融合し――来い、『E・HERO ジ・アース』!!」

 

 E・HERO ジアース☆8地ATK/DEF2500/2000→2000

 

 現れたのは、『地球』の名を持つ『プラネット・シリーズ』。響紅葉のみが持つカードであり、同時に持つことを許されたカードだ。

 そのHEROを従え、バトル、と紅葉は宣言する。

 

「ジアースでディザイアへ攻撃!」

「ッ、相討ちですよ!」

「承知の上だ!」

 

 効果を使ったことによって攻撃力の下がっていたディザイアと、ヴィーナスの効果によって攻撃力の下がっていたジ・アースは互いに潰し合い、消滅する。

 無意味に紅葉が相討ちに走ったとは美咲には思えない。確かに、現状では毎ターン確実に壁を消すことのできるディザイアの方が厄介ではあるのだろうが――

 

(どうするつもりや?)

 

 その一手を美咲が見守る中、紅葉はデュエルディスクへとカードを差し込んだ。

 

「メインフェイズ2、魔法カード『E―エマージェンシーコール』を発動だ。デッキから『E・HERO』を一体、手札へ。僕は二枚目の『E・HERO バブルマン』を手札に加える」

「バブルマン、って……」

「そう、バブルマンは手札がこのカードのみの時、特殊召喚できる。――守備表示で特殊召喚!」

 

 E・HERO バブルマン☆4水ATK/DEF800/1200

 

 現れるのは、水属性のアメリカン・コミックに出てくるようなHEROだ。だが、見た目と裏腹に強力な効果を有している。

 

「このカードの召喚・特殊召喚成功時に他にカードが存在しない時、カードを二枚ドローできる。二枚ドロー。……僕は『E・HERO ザ・ヒート』を召喚!」

 

 E・HERO ザ・ヒート☆4炎ATK/DEF1600/1200→2000/1200→1500

 

 次いで現れたのは、炎を纏ったHEROだ。紅葉は、そして、と言葉を紡ぐ。

 

「速攻魔法『マスク・チェンジ』! 『E・HERO』を一体墓地に送り、同属性の『M・HERO』を特殊召喚する! ヒートを墓地へ送り、来い、『M・HERO 剛火』!!」

 

 M・HERO 剛火☆6炎ATK/DEF2200/1800→3200/1800→2700/1800

 

 現れたのは、紅蓮の仮面を携えたHEROだ。特撮に出てくるような姿をしたそのHEROに、主に観客席の少年たちからの歓声が届く。

 

「『剛火』は墓地の『E・HERO』一体につき攻撃力100ポイント上げる。墓地には10体のHERO、その攻撃力はキミのヴィーナスの効果を合わせても2700……さっきのアシッドのことを含めれば、ヴィーナスを上回る」

 

 現在、美咲の場にいるヴィーナスの攻撃力は2500……確かに、このままでは届かない。

 

「とはいえ、バトルフェイズは終了している。僕はターンエンドだ」

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 手札を引く。現在、手札にあるカードは『神の居城―ヴァルハラ』。ここで何かを――

 

(そう都合よくはいかへんか……)

 

 引いたのは『天空の聖域』。だが、これならどうにかできる可能性がある。

 

「ウチはフィールド魔法、『天空の聖域』を発動や。これで天使族モンスターは戦闘ダメージが発生しなくなる。ウチはヴィーナスでバブルマンを攻撃してターンエンドや」

 

 バブルマンが倒されたことで、剛火の攻撃力が上がるが……現状、それは仕方がない。

 打てる手はここまで。さて、どうするか……。

 

「僕のターン、ドロー。……僕は手札より魔法カード『戦士の生還』を発動! 墓地の戦士族モンスターを一体、手札に加える! 『E・HERO エアーマン』を手札に加え、エアーマンを召喚! 効果により、デッキから『E・HERO ボルテック』を手札に!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300→1300/300

 M・HERO 剛火☆6炎ATK/DEF2200/1800→3200/1800→2700/1800

 

 並び立つ二体のHERO。このターンは耐えることができる。だが、次のターンは――

 

「バトル! 剛火でヴィーナスを攻撃し、エアーマンでダイレクトアタック!」

「つうぅ……!」

 

 美咲LP3300→1500

 

 ずっとLPでは優位に立ち続けていた美咲が、遂にそのLPが紅葉を下回る。そして同時にヴィーナスの呪縛から解かれ、二体のHEROが真の力を発揮する。

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 M・HERO 剛火☆6炎ATK/DEF2200/1800→3200/1800

 

「僕はターンエンドだ」

「つ、ウチのターン、ドローッ☆」

 

 笑顔を消すことはしない。そこは譲れぬ意地だ。

 果たして、引いたカードは――

 

(――ッ、これならまだ戦える!)

 

 希望はある。まだ――終わっていない!

 

「ウチは手札より、永続魔法『神の居城―ヴァルハラ』を発動! 自分フィールド上にモンスターがいない時、一ターンに一度手札から天使族モンスターを特殊召喚できる! 『コーリング・ノヴァ』を特殊召喚!」

 

 コーリング・ノヴァ☆4光ATK/DEF1400/800

 

 現れたのは、鐘を持つ一体の天使。バトル、と美咲は言葉を紡いだ。

 

「エアーマンに自爆特攻や!」

「……むっ、ダメージはなしか」

 

 天空の聖域によって戦闘ダメージはない。だが、天空の聖域の力はそれだけではない。

 ――コーリング・ノヴァ。このモンスターは、『天空の聖域』がある時にもう一つの効果を得る。

 

「コーリング・ノヴァは戦闘で破壊された時、デッキから攻撃力1500以下の天使族・光属性モンスターを特殊召喚するリクルーター。せやけど、天空の聖域がある時、その効果の範囲から外れた別のモンスターを特殊召喚できる!――おいでませ、『天空騎士パーシアス』!!」

 

 天空騎士パーシアス☆5光ATK/DEF1900/1400

 

 聖域の中を駆け抜けてきたのは、一体のケンタウロスのようなモンスター。清廉な雰囲気を纏うその騎士は、美咲の下へ首を垂れる。

 

「パーシアスは貫通効果を持ち、同時に相手にダメージを与えるとカードを一枚ドロー出来る効果があります」

「……そのドローに懸けるということかい? 『マシュマロン』で耐える選択肢もあっただろうに」

「ここで防御に逃げても、どうせ紅葉さんは超えてくるでしょう?」

 

 退けば、その瞬間に負け。これはそういうデュエルだ。

 自分も、響紅葉も。

 決勝の場所で、果たしたい〝約束〟がある。

 想いがあるなら、それが挫ける時こそが〝敗北〟の時。

 

「臆さば負け。それに、ここでウチは『横浜スプラッシャーズ』の〝エース〟の看板を背負ってるんや。〝エース〟が勝負所で逃げを打つなんて、笑い話にもなりません」

「成程、その通りだ。――さあ、来い!」

「言われなくても! パーシアスでエアーマンに攻撃!」

「くっ……!」

 

 紅葉LP2600→2500

 

 僅かに、紅葉のLPが削り取られる。だが、相手の場にはこれで攻撃力が3300にまで上がった『剛火』がいる。喜ぶことはできない。

 

「パーシアスの効果! 戦闘ダメージを与えたことにより、一枚ドローする!」

 

 デッキトップに手をかける。

 ずっと、ずっと、その時だけを待っていた。

 

(やっとや、やっとなんや……!)

 

 待ち続けて、恋い焦がれた相手。

 その約束だけを支えに、ここまで戦ってきた。

 

(祇園があんなになってまで頑張ってるんや……! ウチがここで負けるわけにはいかへん!)

 

 信じているのは、己と、己の相棒たち。

 疑うことは、有り得ない。

 

(夢を信じた日々は! 待ち焦がれた想いは! 絶対に誰にも負けへん!!)

 

 想いこそが、強さだというのなら。

 全ては、ここに――

 

「――〝約束〟のために! 力を貸して! ドローッ!!」

 

 カードを引く。果たして、姿を見せたのは――

 

「メインフェイズ2! 墓地の光属性モンスター『コーリング・ノヴァ』と、闇属性モンスター『堕天使アスモディウス』をゲームから除外し!!」

 

 世界を切り裂く、最強の混沌。

 次元すらも歪める、最強の戦士。

 

「『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』を特殊召喚!!」

 

 カオス・ソルジャー―開闢の使者―☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 ゆっくりと、混沌の鎧で身を包んだ戦士が戦場へと舞い降りる。

 静かな眼光が、一度会場を見回し。

 そして、指示を仰ぐように美咲を見た。

 

「カオス・ソルジャーの効果発動! 攻撃を放棄し、相手モンスターを一体除外できる! 剛火を除外や!」

「――――ッ!!」

 

 どれほどの攻撃力を有していようと。

 最強の混沌をその身に纏う戦士には――無意味。

 

「ウチは、ターンエンドです」

 

 天空の騎士と、混沌の戦士。

 聖域と神の居城の中心に立つ少女を守るように、その二体のモンスターが紅葉を見据える。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 紅葉がカードを引く。だが、その表情は優れない。

 

「僕はモンスターをセットし、ターンエンドだ!」

「ウチのターン、ドローッ!!」

 

 もう、ドローカードを確認する必要さえない。

 

「カオス・ソルジャーでセットモンスターを攻撃!!」

「……セットモンスターは『E・HERO ボルテック』だ」

 

 E・HERO ボルテック☆4光ATK/DEF1000/1500

 

 先程エアーマンで手札に加えたモンスター。HEROの一角であろうと、最強の戦士たるカオス・ソルジャーには及ばない。

 

「カオス・ソルジャーの効果! このモンスターがモンスターを戦闘で破壊した時、続けて攻撃できる! ダイレクトアタックや!!」

 

 混沌の刃が、紅葉に向かって振り下ろされる。紅葉は、ふう、と息を吐いた。

 

「……想いの、差かな?」

「かも、しれません」

「なら、僕もまだまだ……修行が足りない」

 

 苦笑して、そう言葉を紡ぎ。

 けれど、と紅葉は言葉を紡いだ。

 

「――次があるなら、僕が勝つ」

 

 それは、負け惜しみでもなんでもない、〝デュエリスト〟としての言葉。

 それがわかるからこそ、美咲も頷きを返した。

 

「せやけど、今日のところは……勝たせてもらいます」

 

 その言葉と、同時に。

 

 紅葉LP2500→-500

 

 紅葉のLPが、0を刻んだ。

 

「うん。今回は、僕の負けだ」

 

 天を仰ぎ、悔しいな、と一言呟き。

 紅葉は、その手を美咲へと差し出した。

 

「決勝戦。応援してるよ」

「はい。――ありがとうございました!!」

 

 万雷の拍手が降り注ぐ。集中し過ぎていたためか、そこでようやく実況の声が耳に届いた。

 

 

『勝者、桐生美咲選手です!!』

『まさしく紙一重。先に決勝進出を決めたのは美咲くんだったか。――む、宝生アナ。こちらのデュエルも大詰めだぞ』

『残る枠を勝ち取るのはどちらか……注目です!』

 

 

 デュエルに集中していたせいで、隣の状況がわからなかった。

 そして、目に入った光景に。

 

「――祇園!!」

 

 美咲は、思わず少年の名を呼んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 会場からは歓声が聞こえてくる。それに耳を傾けながら、ロビーには二人の男女がいた。

 クロノス・デ・メディチ。

 響緑。

 共にデュエルアカデミア本校の教師であり、その実力はプロにも届くと謳われる二人だ。

 

「十代くんと夢神くんは、本当に楽しそうにデュエルをしていますね」

 

 モニターに映る二人の表情を見ながら、不意にそんな言葉を紡いだのは緑だ。それに頷きを返し、クロノスが言葉を紡ぐ。

 

「デュエルとは、青少年に光をもたらすものなノーネ。むしろ、そうでなくては意味がありませンーノ」

「……私たちも、まだまだ未熟でしたね」

「本当に……悔やんでも、悔やみ切れませンーノ……」

 

 緑の言葉にクロノスも頷きを返す。そう、デュエルとは青少年にとっての希望であり、光でなければならない。それがわかっていたはずなのに、自分たちは一人の少年を見捨ててしまった。

 あんなにも必死に、ひたむきに。

 ただただ前を向こうとしている、あの少年を。

 

「……あら?」

 

 不意に、緑が何かに気付いたように言葉を漏らした。クロノスが視線を上げると、廊下の向こうから一人の女性と少女がこちらへと歩いてくるのが目に入る。

 そしてその女性の姿を見た瞬間、二人は思わず笑顔を浮かべた。

 

「神崎さん。久し振りね」

「おお、シニョーラ神崎! 久し振りなノーネ!」

「響教諭、クロノス教諭。お久し振りです」

 

 名を呼ばれ、女性――神崎アヤメは礼儀正しく頭を下げた。クロノスはうんうんと頷く。

 

「新人王、見事だったノーネ。教え子であるシニョーラが活躍するのは鼻が高いでスーノ」

「はい。ありがとうございます。これも、危うくオシリス・レッドに降格させられそうだった私に熱心に指導して下さったお二方のおかげです」

「あなたは私が新任教師だった頃、最初に教えた子だもの。活躍しているのを見るのは嬉しいわ」

 

 緑も微笑を零す。神崎アヤメ――現在首位を走り、リーグ優勝数最多を誇る名門チーム『東京アロウズ』の副将を務める昨年の『新人王』。彼女は大卒でプロ入りした人物だが、そのルーツとしてアカデミア本校のことは度々話題になっている。

 緑が新人教師として本校に訪れた際に最初に受け持ったクラスがアヤメのいるクラスだったということもあり、思い入れは強い。クロノスとしては、教え子がプロになり活躍しているというのが純粋に嬉しいのだ。

 

「む、そちらは……」

 

 そして、クロノスは気になっていた止めの側にいる少女へと視線を向ける。ある意味、今大会における話題の中心でもある少女。名を――

 

「さ、防人妖花です! 初めまして!」

 

 視線を向けられ、少女――防人妖花が勢いよく頭を下げてきた。クロノスも、頷きを返すことで応じる。

 

「ム、これは礼儀正しく……、クロノス・デ・メディチでスーノ。アカデミア本校で技術指導最高責任者に就いているノーネ」

「技術指導最高責任者……もしかして、アカデミアで一番強いんですか!?」

「ム? ふふん、そこに気付くトーワ中々物分りが良いようでスーノ。そう、何を隠そうこの私、クロノス・デ・メディチこそがアカデミア最強なノーネ!」

「うわぁ、うわぁ、凄いです!」

 

 目を輝かせ、尊敬の眼差しをクロノスに向ける妖花。クロノスはそれに気分を良くしたのか、高笑いを始めた。

 

「にょほほほほ! シニョーラ神崎を指導したのもこの私なノーネ!」

「凄いです! じゃ、じゃあ今デュエルしてる遊城さんもそうなんですか!?」

「――――ム」

 

 遊城――その名に、思わず固まってしまうクロノス。クロノスが一度視線を妖花に向けると、一点の曇りもない瞳がクロノスを射抜いてきた。

 

「……まあ、ドロッ――シニョール遊城はまだまだでスーガ? 私が指導し、鍛え上げたノーネ?」

「凄いです! 本当に凄い先生なんですね! アヤメさんの言う通りの先生です!」

「ええ、優秀な先生ですよ。どんな生徒にも分け隔てなく接し、誰からも慕われる素晴らしい先生です」

「わぁ……、テレビドラマに出てくる先生みたいです!」

「ム、ま、まあ、その……あまり褒められると照れ臭いノーネ。その辺りに……」

 

 にっこり。そんな表現が似合う笑顔を向けつつ言うアヤメの言葉に更に尊敬の色を増す妖花の瞳。クロノスは、自分の心臓の辺りがチクチクと痛む感覚を覚えた。

 

「……どうやら、クロノス教諭は相変わらずのようで」

「……憎めない人なんだけどね」

 

 小声で言葉を交わし合うアヤメと緑。クロノスは、うう、と小さく呻き声を漏らした。

 

「…………良心が痛むノーネ」

 

 ボソりと呟いたその言葉には、誰も何も言わなかった。そのクロノスの隣から、緑が妖花へと手を差し出した。

 

「初めまして、防人さん。私は響緑。アカデミア本校で教師をしているわ」

「は、はいっ! よろしくお願いします!」

 

 緊張しているのか、少し固い調子で言葉を返してくる妖花。ええ、と緑は頷いた。その緑に、あの、と妖花はどこか探るように言葉を紡ぐ。

 

「響、って……もしかして……」

「ええ。今デュエルをしている響紅葉は私の弟よ」

「ホントですか!? テレビで聞いたことがあります! 響プロには絶対にデュエルで勝てないお姉さんがいるって!」

 

 尊敬の眼差しを今度は緑へと向ける妖花。その瞳には、相変わらず一片の曇りもない。

 

「……眩しいわね……」

「純粋な子ですから。……如何です、防人さん? アカデミアは?」

「凄いです! こんなに凄い方達に教えてもらえるんですね!」

 

 アヤメの問いに、目を輝かせて頷く妖花。どういうこと、と緑が言葉を紡いだ。アヤメが頷く。

 

「折角の機会ですので、将来の選択肢としてアカデミア本校についても教えておこうかと思いまして」

「はい。お話を、って思ったんですが、それなら先生たちがいるとアヤメさんが言うので……」

「成程……」

「ム、ということはシニョーラ防人はアカデミアに入学したいノーネ?」

 

 クロノスが問いかける。妖花は遠慮勝ちに、しかしはっきりはい、と頷いた。

 

「三年後、受けれたらいいな、って……」

「ほう! それは素晴らしい心がけなノーネ! 期待していまスーノ!」

「は、はいっ!」

 

 クロノスに言われ、満面の笑みを浮かべる妖花。それに対して微笑を浮かべながら、それと、とアヤメは言葉を紡いだ。

 

「実は、アカデミアの教諭を探していたのにはもう一つ理由がありまして」

「あら、そうなの?」

「はい。――夢神祇園。彼と仲の良かった教諭はどなたですか?」

 

 ピクリと、二人の表情が僅かに変わった。緑は平静を装いながら言葉を紡ぐ。

 

「……それを聞いてどうするつもりかしら?」

「いえ、悪巧みをしているわけでは。ただ単純に、スカウトの一環で」

「スカウト?」

「はい。彼を『東京アロウズ』に是非引き入れたいと思いまして」

 

 その言葉に、二人の表情が変わった。アヤメは更に続ける。

 

「残念ながら本人には断られましたが……、先程事務所の方に連絡を入れると、調査できる分は調査してくれという指示がありまして。この大会が終わると、彼は間違いなく注目されるようになります。その前に、できるだけ好感度アップを図っておきたいのです」

「……彼は、現時点でどれぐらいの評価を?」

「私個人としては、育成契約か下位ドラフト……年棒400万、契約金1000万ぐらいが妥当かと。無名の選手ですし、実績もありませんから。ただ、二年間。しっかりと鍛え上げれば十分にプロでも通用するようになると確信しています。二年後に向けた種蒔きですね」

 

 言い切るアヤメ。むう、とクロノスが呻くように言葉を紡いだ。

 

「シニョール夢神をそこまで評価する根拠は……やはり、直接のデュエルでスーノ?」

「はい。素材としては遊城十代選手の方が上だとは思いますが……精神的な部分で夢神さんには光るものを感じました」

「……そういうことなら話しても構わないけれど、彼と親しい教員なんてそういないわよ?」

「そうなのですか?」

「ええ。人当たりは良いし、問題も起こさない子だったけど、だからこそ目を付けられることもなかったのよ。成績も評価されていたけど、それも飛び抜けてというわけでもないし。特別仲がいい教員はいないんじゃないかしら」

「ふむ、成程」

 

 頷きを零すアヤメ。そのまま、では、と言葉を紡いだ。

 

「彼の話は一旦保留ということで。アカデミア本校ではドラフト候補になり得る方はいますか?」

「ム、それなら――」

 

 クロノスが言葉を紡ごうとする。その瞬間。

 

 

『――――――――!!』

 

 

 テレビ画面と、会場から大歓声が轟いた。思わず、四人は視線をモニターへと向ける。

 

「……この先は、このデュエルの後にするノーネ」

 

 クロノスの言葉。四人の視線の先に映るのは、二人の若きデュエリストの戦い。

 それを拒否する者は、いなかった――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夢神祇園にとって、遊城十代とは一種の〝憧れ〟とも呼べる存在だ。

 絶対的な自信と、それを裏付ける強さ。それは、祇園にはないもの。

 敗北の中を突き進む祇園とは対極。それが、遊城十代という少年。

 ――強さで言えば、祇園は十代に遥かに劣る。

 それはこれまでの事実が証明していることであり、祇園自身、それを否定しようとは思わない。

 ただ、それでも。

 逃げることも、退くこともせず、夢神祇園は立っている。

 その背に、確かな〝想い〟を背負って――

 

 

・夢神祇園 LP800

 手札:三枚

『フィールド』

 なし

『魔法・罠』

 伏せカード:一枚

 

 VS

 

・遊城十代 LP3700

 手札:二枚

『フィールド』

 E・HERO フレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200

 E・HERO エッジマン☆7ATK/DEF2600/1800

『魔法・罠』

 摩天楼―スカイスクレイパー―(フィールド魔法)

 

 

 フィールドの差は圧倒的。LPもギリギリだ。

 一瞬だった。こちらの一手に間違いはなかったはずなのに、こうも容易く覆されるとは思わなかった。

 本当に、強い。

 遊城十代の実力は、間違いなく本物だ。

 

(運がいい、ドロー運がある。それも確かに〝強さ〟だけれど……十代くんは、ただただ純粋に〝強い〟)

 

 その豪運は、あくまで彼の強さの一側面に過ぎない。

 遊城十代は、ただただ強い。

 

(……正直、手札はよくない。なら、動けるうちに動くべきだ)

 

 手札はドローを合わせて三枚。不利な状況だが、動けないわけではない。

 

「僕は手札より、魔法カード『手札抹殺』を発動! 互いのプレイヤーは手札全て捨て、捨てた枚数分カードをドローする!」

「手札交換か……」

「お互いに二枚ずつのドローだね」

 

 言いつつ、手札を墓地に送ってカードを引く。十代のドロー運を考えると、この手のカードは悪手になりかねないのだが……仕方がない。

 カードを二枚引く。――どうやら、まだ諦める必要はなさそうだ。

 

「僕は手札より、魔法カード『死者蘇生』を発動! 甦れ――『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』!! 更にレッドアイズの効果により、『ライトパルサー・ドラゴン』を蘇生!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 ライトパルサー・ドラゴン☆6光ATK/DEF2500/2000

 

 再び並び立つ、二体のドラゴン。この布陣の硬さこそが、『カオスドラゴン』の真骨頂だ。

 

「更に手札より魔法カード『光の援軍』を発動。デッキトップからカードを三枚墓地へ送り、『ライトロード』と名のついたモンスターを手札に加えるよ。『ライトロード・マジシャン ライラ』を手札に加え、召喚」

 

 落ちたカード→アックス・ドラゴニュート、ブラック・ホール、召喚僧サモンプリースト

 ライトロード・マジシャン ライラ☆4光ATK/DEF1700/200

 

 光の力を持つマジシャンが姿を現す。バトルだ、と祇園は宣言した。

 

「スカイスクレイパーはあくまで攻撃時に効果を発揮する。受け身の時は発動しない。――レッドアイズでエッジマンを、ライトパルサー・ドラゴンでフレイム・ウイングマンを攻撃だ!」

「くうっ……!?」

 

 十代LP3700→3100

 

 強力なフィールド魔法も、発動する状況が限定されているのであれば付け入る隙はある。

 

「そして、ライラでダイレクトアタック!」

「うおっ!?」

 

 十代LP3100→1400

 

 LPが大きく削り取られる十代。それでも祇園の方がLPは少ないが……。

 

「メインフェイズ2、ライラの効果を発動。ライラを守備表示にし、スカイクレイパーを破壊。……エンドフェイズ、デッキトップからカードを三枚墓地へ」

 

 落ちたカード→魔導戦士ブレイカー、DDR、竜の転生

 

 ターンエンドを宣言する祇園。十代は、勢いよくデッキトップに手をかけた。

 

「俺のターン、ドロー! へへっ、やっぱ祇園とのデュエルは楽しいぜ! ワクワクする!」

「そう言ってもらえると嬉しいな」

「けど、勝つのは俺だ!――俺は手札から魔法カード『融合回収』を発動! 墓地から『融合』と融合素材になったカードを手札に加える! 俺はフレイム・ウイングマンの素材になった『E・HERO フェザーマン』と『融合』を手札に!」

 

 これで十代の手札は四枚。動くには十分過ぎる手札だ。

 

「――手札より、魔法カード『融合』を発動! 手札の『E・HERO フェザーマン』と『フレンドッグ』を融合! HEROと地属性のモンスターの融合により、大地の力纏いしHEROが降臨する! 来い、『E・HERO ガイア』!」

 

 E・HERO ガイア☆6地2200/2600

 

 地の底より這い出るようにして現れたのは、大地の力を持つHERO。その巨大な体躯が、祇園を見下ろすように顕現する。

 

「ガイアの効果を発動! このカードの特殊召喚成功時、相手モンスター一体を選択、そのモンスターの攻撃力の半分を吸収するぜ! レッドアイズを選択だ!」

 

 ガイアより放たれたエネルギーがレッドアイズに向かっていく。ガイアの効果はどんなモンスターでもそのターンであれば戦闘破壊が可能となり、その性質上2200ポイントのダメージが確実に通るという強力なものだ。『フォース』の効果は単純であるが故に強力である。

 祇園のLPは残り800。通せば無論、耐えることはできないが――

 

「そうは、させない!」

 

 考え得る可能性の全てを考慮した。その中には、この状況も勿論含まれている。

 

「リバースカード、オープン! 罠カード『ブレイクスルー・スキル』! 相手モンスター一体を選択して発動! そのモンスターの効果をエンドフェイズまで無効にする! ガイアの効果を無効に!」

「なっ……!?」

 

 ガイアから放たれていたエネルギーが消える。墓地からでも効果を発動する力を持つカード、『ブレイクスルー・スキル』。それは十分な力だ。

 会場が湧く。そんな中、解説席からの声が届いた。

 

 

『効果を無効、ですか。『禁じられた聖杯』のようなカードですね』

『『禁じられた聖杯』はモンスターの攻撃力が上がってしまうのが時として難点だ。自分に使うなら良いが、相手となるとそれが命取りにもなりかねん』

『そうなんですか?』

『そもそも、本来なら少年のLPは現時点で100になっているはずだった。遊城くんのプレイングミスだな。フレイム・ウイングマンでライトパルサー・ドラゴンを倒し、エッジマンでレッドアイズを倒していればスカイスクレイパーのことも合わせてダメージは600+2500と800で3900になる』

『成程……』

『その状態で『ブレイクスルー・スキル』ではなく『禁じられた聖杯』を使っていたら、削り取られていたことになる。まあ、結果論であり仮定の話だが。棲み分けは可能だということだ。そもそも、ブレイクスルー・スキルの真骨頂は墓地に行ってからの意味合いが大きいのだから、これでいい。……おそらく、考えたのだろうな。あの豪運に正面から立ち向かう術を。これが少年なりの、『選ばれなかった者』が『選ばれた者』に挑む一つの〝答え〟なのだろう』

『挑む上での答え、ですか』

『『相手を止める』という考えを実行する手段は、大きく分けて二つ。『やる前に潰す』ことと『相手の一手そのものを潰す』こと。前者の方が簡単だし、実際そういう戦術は多い。所謂『ワンターン・キル』はその究極だ。相手が何かをする前に倒してしまう――それができるなら確かに理想だな。だが、真の強者は相手が何を画策しようとも正面から乗り越え、己を通す。少年はそれを理解し、通されることを仮定した上でそれでも抗う術を考えたのだろう』

『ですが、それはリスクが大き過ぎませんか? 相手はその『通したい一手』を通してきているわけですよね?』

『その通り。正直、下策だ。させないのが一番であることは間違いないのだからな。だが……止められないなら、たとえそれが茨の道であろうと最後はその手段をとるしかない。思考を止めず、抗い続けるしかな。――これだから〝挑戦者〟というのは面白い』

 

 

 聞こえてくる声を耳にしながら、一度大きく息を吐く。そう、祇園が考えた末の結論はそれだった。

 十代は、きっと真の意味での〝天才〟だ。どんな手段を講じようと、必ずそれを超えてくる。

 ならば、正面から向かい合うしかない。

『できない』という言葉も、『無理だ』という言葉も吐くことは許されない。通したい意志があるならば、あらゆる手段を講じるしかないのだ。

 

(対策、っていうほどじゃないけど……それこそ色々な状況について考えてきた。今のところは上手くいってる)

 

 LPでこそ負けているが、あれだけの豪運を連続されながらも潰されずに立っていられている以上、ひとまず上手くいっているといえるだろう。

 だが、油断はできない。想定の中でさえ、負ける可能性の方が高いのだから。

 

(十代くんなら、ここからでも間違いなく動いてくる。……どうするつもりだろう)

 

 正直、予測はできない。手札は一枚で、ガイアではライラはともかくこちらの二体は倒せないが――

 

「……やっぱ、凄ぇなぁ……」

 

 不意に、十代がそんなことを呟いた。思わず首を傾げてしまう。すると、十代は笑みのまま言葉を続けた。

 

「本当に、ワクワクする。やっぱデュエルは楽しいぜ!」

 

 けれど、と十代は言う。

 祇園が憧れさえ抱く、自信に満ちたその表情で。

 

「――勝つのは俺だ! 行くぜ、ガイアでライトパルサー・ドラゴンを攻撃!」

「えっ!?」

「これでガイアが破壊される……!」

 

 十代LP1400→1100

 

 ガイアが破壊され、十代のLPが減る。これで場はがら空き。十代の手札は、一枚。

 

「祇園。お前は多分、色々考えてここに立ってるんだろ?」

「……うん。多分、そうだね」

 

 考えられること、できること。

 自身にできる全てを込めて、祇園はここに立っている。

 

「正直さ、俺は考えるのが苦手だ。だから、これが正しいかどうかなんてわかんねぇ。さっきもプレミしちまったし。けど、信じてるんだ。俺は、俺の相棒たちを。それだけは確かなんだ」

 

 だから、という言葉と共に。

 遊城十代は、迷いなく突き進む。

 

「――いくぜ、魔法カード『ホープ・オブ・フィフス』を発動! 墓地の『E・HERO』を五体デッキに戻し、カードを二枚ドローする! 更にこのカードの発動時、自分フィールド上にカードが存在せず、手札が0の時もう一枚ドローする! 俺はフレイム・ウイングマン、フェザーマン、バーストレディ、エッジマン、ガイアの五体を戻し、三枚ドロー!!」

 

 この場面で、三枚の手札補充。これが、十代の十代たる所以なのだろう。

 絶対的なまでの豪運を持つ、『選ばれた者』。〝ミラクルドロー〟の持ち主。

 そのあまりにも華々しきデュエルは、多くの人を魅了する。

 

「へへっ、魔法カード『ブラック・ホール』だ! フィールド上のモンスターを全て破壊するぜ!」

「ライトパルサー・ドラゴンの効果発動! このカードが破壊された時、墓地からレベル5以上の闇属性ドラゴンを蘇生! 甦れ、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン!」

 

 祇園のフィールドはこれでレッドアイズのみ。だが、ここまでは十代もわかっているはず。

 一体、何を――

 

「俺は更に魔法カード『一時休戦』を発動するぜ。互いのプレイヤーはカードを一枚ドローし、次の相手のエンドフェイズまであらゆるダメージが0になる」

「……ドロー」

 

 引いたカードは『ダーク・ホルス・ドラゴン』だ。この状況では正直、あまり役には立たない。

 

「俺はターンエンドだ」

「……僕のターン、ドロー。レッドアイズの効果で、ライトパルサー・ドラゴンを蘇生」

 

 ここまでは特に変える必要のない流れだ。だが、どうするか。

 

(ただターンを返すだけじゃ、十代くんは次のターンで仕掛けてくる。それは間違いない。けれど、いったいどうすれば――)

 

 考える。だが、取れる策など知れていた。

 

「魔法カード『闇の誘惑』を発動。カードを二枚ドローし、その後手札から闇属性モンスターを一体除外する。……『ダーク・ホルス・ドラゴン』を除外」

 

 手札を確認する。二枚のカード。動くことは不可能ではない。

 

(……十代くんの手札は、次のターンで三枚)

 

 十代のドロー力なら、手札が三枚もあればどうとでも動いてくる。そして、『動かれた』ということはそのまま敗北とイコールだ。

 なら――

 

(信じよう。十代くんの力を。それで――いいはずだ!)

 

 夢神祇園の力ではなく、遊城十代の力を信じる。

 十代ならば『動いてくる』。なら、それを仮定して――打って出る!!

 

「僕はレッドアイズとライトパルサー・ドラゴンを生贄に捧げ――『光と闇の竜』を召喚!!」

 

 光と闇の竜(ライトアンドダークネス・ドラゴン)☆8光ATK/DEF2800/2400

 

 現れたのは、文字通りの意味で光と闇を体に宿したドラゴン。その神々しき光が、会場を照らし出す。

 

「祇園、そのカードは……」

「うん。十代くんから貰ったカードだよ。効果は……説明した方がいい?」

「確か、効果モンスター・魔法・罠の発動を攻守を500下げて問答無用で無効にする……だったよな?」

「うん。正解。つまり、四回行動を止めることができる」

 

 強制効果であるため祇園の動きさえも阻害するが、その制圧力は最強クラスのカードだ。

 

「僕はカードを一枚伏せ、ターン――」

「――おっと、エンドフェイズ時に墓地の『ネクロ・ガードナー』の効果を発動だ! このカードを除外して発動し、このターン相手モンスターの攻撃を一度だけ無効にする!」

「なっ……!? そんなカード、いつの間に!?」

「『手札抹殺』の時だ。――さあ、攻守を500ずつ下げてもらうぜ!」

 

 光と闇の竜☆8光ATK/DEF2800/2400→2300/1900

 

 強制的に発動する無効効果により、攻守が500ポイントずつダウンする。ぐっ、と祇園は小さく呻いた。

 会場にざわめきが広がる。それを鎮めるように、解説席から声が響いた。

 

 

『あ、あれ? 『ネクロ・ガードナー』は相手モンスターの攻撃時に発動するのでは?』

『テキストをよく読んでみるといい。『相手ターンにのみ発動できる』という縛りがあるだけで、発動タイミングはほぼフリーチェーンだ。『このカードを除外して発動する』のであり、『相手モンスターの攻撃時にこのカードを除外して発動する』のではない。実を言うと、『D.D.クロウ』からもこの発動条件故に完全な形ではないとはいえ逃れることが可能だ』

『そうだったんですか……』

『テキストをよく読み込んでいる遊城くんの素晴らしい一手だ。だが、そうであったとしてもまだ三度の無効が残っている。……どうするつもりかな?』

 

 

 正直、誤算だった。墓地の確認を怠ったのが悔やまれる。

 だが、澪の言う通りまだ終わりではない。ターンが移行し、十代のターンになる。

 

「俺のターン、ドロー! 行くぜ祇園! 俺は手札より、『カードガンナー』を召喚!」

 

 現れたのは、まるで玩具のような姿をした機械。それを見た瞬間、祇園の表情にも焦りが浮かぶ。

 

(カードガンナー……まさか、そんな……!)

 

 まさしく、『依りによって』だ。このままでは下手をすると突破される。

 

「効果発動! 一ターンに一度、三枚までデッキトップからカードを墓地へ送り、一枚につき500ポイント攻撃力を上げる! 三枚墓地に送るぜ!」

「ライトアンドダークネスの効果により、無効に!」

 

 光と闇の竜(ライトアンドダークネス・ドラゴン)☆8光ATK/DEF2300/1900→1800/1400

 

 強制効果により、攻守が下がっていく光と闇の竜。残る無効回数は、二度。

 ――しかも。

 

「カードガンナーのデッキトップからカードを三枚墓地に送る効果はコストだ。三枚のカードを墓地へ」

 

 これを防ぐ方法はない。コストである以上『スキルドレイン』の下でも発動できるのだ。攻撃力が上がらないというだけで。

 墓地肥やしとしてはこれ以上ない程に優秀であり、同時に『機械複製術』で三体並べることも容易であることから準制限カードとなっている。

 そして、捲られたカードは。

 

 落ちたカード→E・HERO エアーマン、E・HERO バブルマン、ダンディライオン

 

 捲られた三枚のカードのうち、三枚目のカード。それを見た瞬間、祇園は思わずそんな、という声を漏らしていた。

 ――『ダンディライオン』。

 十代が幼少期にデザインし、気に入られたことで量産化されたという経緯を持つカード。祇園もそのことは十代から聞いたことがある。

 攻撃力・守備力は高くない。だが、その効果が強力であり、それ故に制限カードとされている。

 その、効果とは――

 

「『ダンディライオン』の効果発動! このカードが墓地に送られた時、『綿毛トークン』を二体特殊召喚するぜ!」

「――――ッ、ライトアンドダークネスの効果により、無効!」

 

 光と闇の竜☆8光ATK/DEF1800/1400→1300/900

 

 綿毛トークンは生まれることなく、消滅する。だが、その代わりに一体の竜をほぼ無効化してみせた。

 たった一枚のカードから、この状況を生み出す。それが、遊城十代の強さ。

 

「更に墓地の『スキル・サクセサー』の効果! このカードを除外し、カードガンナーの攻撃力を上げる!」

「ッ、ライトアンドダークネスで無効……! それも、手札抹殺で……!」

 

 光と闇の竜☆8光ATK/DEF1300/900→800/400

 

 その力を使い果たした光と闇の竜。十代が、更なる手を進める。

 

「いくぜ、俺は手札より『ミラクル・フュージョン』を発動! 墓地のバブルマンとエアーマンを除外し、再び現れろ! 極寒のHERO!! 『E・HERO アブソルートZero』!!」

 

 E・HERO アブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000

 

 姿を現すは、最強のHERO。バトルだ、と十代は宣言した。

 

「ライトアンドダークネスを攻撃!」

 

 弱体化した竜に、その攻撃を受け止める力は残されていない。

 迫りくるHEROの拳。誰もが、祇園の敗北を確信したその瞬間。

 

 

「――祇園!!」

 

 

 声が聞こえた。約束の少女の声が。

 その声には、不安と、焦燥と、困惑と。

 ――けれど、確かな『信頼』が込められていて。

 

(大丈夫)

 

 届かぬことはわかっていても。

 祇園は、その声へと返事を返す。

 

(まだ――終わってない!!)

 

 これが最後だ。全てを懸けた、最後の一枚。

 あらゆるシュミレーションの中、一番ギリギリな状況。

 迫る敗北、それをここで覆す!!

 

「リバースカード、オープン!! 速攻魔法『禁じられた聖杯』!! モンスター一体の効果を無効にし、攻撃力をエンドフェイズまで400ポイントアップ!! 指定するのは――『光と闇の竜』!!」

 

 咆哮が、轟いた。

 弱り、今にも朽ち果てんとしていたその竜は。

 まるで、歓喜するように――天へと昇る。

 

 光と闇の竜☆8光ATK/DEF800/400→3200/2400

 

 最強のHEROの拳が唸り、竜を討たんと迫りくる。だが、それを捻じ伏せ、光と闇を宿した竜は伝説に語られる姿そのものに、英雄を粉砕した。

 

「ぐうっ……!?」

 

 十代LP1100→400

 

 Zeroが吹き飛び、十代のLPが削り取られる。十代は、効果発動、と叫んだ。

 

「アブソルートZeroがフィールドから離れた時、相手モンスターを全て破壊する!」

 

 無効効果を持てども、今は失った状態。光と闇の竜が、極冷に閉ざされ消滅する。

 だが、混沌の化身たる竜は、その身朽ちようともその咆哮で仲間を呼び起こす。

 

「『光と闇の竜』の効果! このカードが破壊された時、墓地のモンスターを一体選択して発動! 自分フィールド上のカードを全て破壊し、そのモンスターを蘇生する! 『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を指定!」

 

 光と闇の竜の咆哮により、最強のレッドアイズが歓喜の咆哮を上げる。だが、それも。

 

「甘いぜ祇園!! 最後の手札だ!! 『D.D.クロウ』を発動!! レッドアイズを除外するぜ!!」

「――――ッ!?」

 

 一羽の烏の襲撃により、混沌の竜の効果が不発となる。

 

「くっ……カードガンナーでダイレクトアタック!!」

 

 祇園LP800→400

 

 危険域に突入するLP。互いに、打てる手はほとんど出し尽くした。

 

「俺はターンエンドだ」

 

 十代がターンエンドの宣言をする。互いにLPは後僅か。下級モンスターに倒されるレベルだ。

 祇園はデッキトップに指をかける。ここでモンスターを引けなければ、十代のことだ。次には確実にモンスターを引き当ててくる。遊城十代というデュエリストはそういうデュエリストであり、それが許される存在なのだから。

 そうでなくても、『カードガンナー』がいる。

 対し、こちらはどうか。上級モンスターが多いデッキであるが故に、引けない確率がずっと高い。

 ――けれど、どうしてだろうか。

 この時、祇園は何の迷いもなく、躊躇うことなくカードを引いた。

 

「僕のターン、ドロー!!」

 

 それはきっと、己の出し得る全てを出し切れたから。

 己が信じる願いの中で、戦い続けたから。

 

 

「僕は手札より、『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を召喚!!」

 

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1100

 

 信じた想いに、願う心に。

 世界は、微笑みかけてくれる。

 

「――――ッ、くそおっ!! 引かれたかァ!!」

 

 十代が、悔しそうに、嬉しそうに叫ぶ。

 自分も笑っていることに、そこで祇園はようやく気付いた。

 

「ドラゴン・ウイッチでカードガンナーを攻撃!! ドラゴン・ソング!!」

 

 努力が、必ず報われるとは限らない。

 ひたむきな心が、必ず祝福されるとは限らない。

 しかし、報われないとも限らない。

 

 十代LP400→-700

 

 一人のLPが0の数字を刻む、その瞬間。

 勝者が、決まる。

 

 

『勝者は……夢神祇園選手!! 桐生美咲選手と共に、決勝進出です!!』

 

 

 大歓声の中、そんな声が届き。

 溢れ出そうになる涙を、堪えながら。

 

 

「――――――――!!」

 

 

 少年は、高々とその拳を突き上げた。








勝者、桐生美咲、夢神祇園!!
二人は遂に、約束の場所へ――!!










というわけで、準決勝は終了です。次回、一話を挟んでいよいよ決勝。
ギリギリの中を勝ち残ってきた、〝祿王〟曰く『観客席の諸君ら自身』である祇園と、その対極とも言える美咲の戦い……楽しみにして頂けると幸いです。



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