遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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間章 〝最強〟への道標 後篇

 

「フェイトさん、ファーザーがお呼びですよ」

「ん、ああ。わかった」

 

 いつも通り自分たちが管理している店からの集金を終えて戻ってくると、そんなことを言われた。それに頷きを返し、奥の部屋へと向かう。

 現行の組織において、フェイトは№2に近い扱いを受けている。祖国での抗争に敗れた際に多くの多くの幹部が殺された結果、最古参のメンバーである自分が取り立てられたのだ。

 祖国に戻りたいという気持ちはある。だが、そのためには力を手にしなければならない。

 ラスベガス――この地で再興を目指すのは、ある意味最後の賭けなのだ。

 

「お呼びですか、ファーザー」

 

 部屋に入ると、投了は椅子に座って待っていた。一礼し、室内に入ると、座れ、という指示が向けられる。

 

「……外の様子はどうだ」

「特に興業も問題なく。一時は荒れましたが、現在は沈静化しました」

「例の日本人……確か、ソウタツ・キサラギといったか」

「はい。相変わらず勝率は悪いものの、殺されるような状況にもならずしぶとく生き延びているようで」

「ふん……面白い男だ。日本人など、平和ボケした世間知らずしかいないと思っていたが」

 

 くっく、と笑みを零す頭領。それについてフェイトは特に意見を返すことをしない。あの日本人が他と比べて得意であるのは頷けるが、だからといって好意を抱けようはずがないのだ。

 あのような男に恥をかかされたのは、紛れもない事実なのだから。

 

「まあ、そのことはどうでもいい。……そこに置いてあるスーツケースを、スヴァル一家のところへ届けて欲しい」

「これですか?」

 

 壁に立てかけてあったスーツケースを手に取りつつ、フェイトは問いかける。頭領は頷いた。

 

「ああ。預かっておいてほしいと頼まれていたのだが、それを依頼してきた連中と連絡が取れん。前払いで金は貰っていたから損はないが、置いておいても邪魔になるだけだ。中身は知らんが、そのことをスヴァル一家に話すと欲しがってきた。渡してきてくれ」

「……わかりました。取引における金は……」

「それについては心配ない。前金はすでに貰っている。受け渡しと共に残りは支払われる契約だ。……任せたぞ」

「はい。……では、失礼します」

 

 スーツケースを持つと、そのまま部屋を出て行くフェイト。それを見送った後、頭領はポツリと呟いた。

 

「……〝力〟を手に入れるつもりだったが、アレは私の手には負えん。不要な厄を引き寄せる」

 

 ふう、と息を吐く。そして。

 

「歳なのかも、しれんな」

 

 どこか諦めたように、頭領は呟いた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 通路を歩きながら、フェイトはスーツケースに視線を向ける。一体何が入っているのか、気にならないと言えば嘘だ。

 

(ファーザーは中身を知らないような口ぶりだったが、確認しない意味がない。おそらく知る必要はないということなのだろうが……)

 

 ファーザーは暗にそう告げて来ていたのだろう。故に、知らないまま通す方がいいに決まっている。

 しかし、これから取引に行く以上、中身を知らないというのは問題だ。

 

(十中八九、非合法のものだろうが……)

 

 薬か、それとも銃火器か。

 知らないでいた方がいいのかもしれないが――

 

(……開けてみるか?)

 

 好奇心と、取引のためという大義名分。

 それによって突き動かされ、フェイトはスーツケースの鍵を開ける。

 

 きっと、これが間違いだった。

 開けるべきではなかったのだ。決して。

 何故なら――

 

 

〝感謝するぞ……虫けら〟

 

 

 頭に、不可思議な声が鳴り響き。

 次いで、意識が大きく揺れた。

 

 

 

 

「フェイトさん、どうしたんです?」

「いや、何でもない。それより、今日の報告を貰っていないが」

「す、すみません。今用意します」

 

 走り去っていく部下の姿。それを見つめ、笑みを浮かべる。

 部下である男は気付いていない。フェイトの瞳――本来なら碧眼であるその瞳が、漆黒に染まっていることに。

 

「…………」

 

 口元に笑みを刻みながら。

 フェイトは、歩を進めた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 清心についていくと、何やら物々しい雰囲気の場所に着いた。往来でこそあるが、時間にしては妙に人が多い。しかも服装こそ堅気のそれだが、雰囲気が明らかに違う者たちが集まっている。

 マフィアかと思ったが、雰囲気が違うように感じる。一体、何なのだろうか。

 

「よぉ、待たせたな」

 

 怪訝に思っていると、清心が近くにいる男に声をかけた。男は振り返ると、先程までの厳しい表情を崩してこちらへ歩み寄ってくる。

 

「勘弁してくださいよ清心さん。急いでくださいって言ったじゃないですか」

「固ぇこと言うなって。……で、裏は取れたのか?」

「はい。例の運び屋の口を割らせました。運び込んだ先は、ここを根城にしているマフィアです」

「ふん。ゴロツキがアレを手に入れてどうするつもりなんだかな。あんなもんは劇薬と一緒だ。使い方もわからんようなガキにはどうにもできねぇよ」

 

 吐き捨てるように言う清心。一体何のことかはわからないが、宗達に口を挟むつもりはない。それくらいの空気は読める。

 だが、男の方が宗達に気付き、その表情をしかめた。

 

「清心さん、あの子は?」

「日本人のガキだ。使えると思って連れてきた」

「ええ? 何を言ってるんですか。民間人を巻き込むなんて……」

「大丈夫だよ。なぁ、小童」

「……ああ」

 

 頷きを返す。何に対しての『大丈夫』なのかはわからないが、多少の修羅場ぐらいならどうにでもできるはずだ。

 だが、男はどうも納得できないらしく渋い表情をしている。そんな男に、安心しな、と清心が言葉を紡いだ。

 

「中に入れるようなこたぁしねぇ。それに、このガキはマフィア連中との接触もある。見える場所に置いておいた方がいいぞ」

「……参りましたね。まあ、後でお話を伺うということにして……とりあえず、配置は完了しています」

 

 男が振り返り、とある建物の方へと視線を向ける。表向きはカジノだが、地下では賭けデュエルも行われている場所だ。宗達も何度か世話になっている。

 この場所は確か、この間一悶着あったイタリアマフィアの縄張りのはずだが……。

 

「その辺についてはプロのオメェさんたちに任せる。俺は口出しはしねぇやな。……だが、一つ確認させてくれ。本当にあそこにあるのか?」

「運び屋はそう吐きましたが……」

「……そうか。それじゃあ、後は任せたぞ」

「ええ」

 

 男がこの場を離れる。宗達は清心に言葉を投げかけた。

 

「あいつらはなんなんだ?」

「一言で言うなら国家権力だな」

「国家権力?」

「FBIと現地警察だよ、連中は。ちょっとばかしヤバいもんを追っててな。ラスベガスに入った」

 

 煙草を咥え、煙を吹かしながら清心が言う。成程、と宗達も頷いた。

 

「薬か何かか?」

「ある意味近いかもしれねぇなぁ。まあ、それよりも厄介なもんだが」

「何でもいいけど。……つーかさ、あんたタイトル持ちっつってもデュエリストだろ? 何でこんな荒事に首突っ込んでんだよ。FBIとか一般人が絡む相手じゃねぇだろ」

「薬だのなんだのの話なら俺も関わらねぇんだがな。生憎今回は俺も無関係じゃねぇ上に、無視できるもんでもねぇ。下手すりゃ世界が混乱する」

 

 深刻な口調で語る清心。どういうことだ、と宗達は問いかけた。

 

「世界が混乱って……いくら何でも規模が大き過ぎだろ」

「冗談ならどれだけ良かったか。……なぁ、オメェ。〝神のカード〟って知ってるか?」

 

 不意にそんなことを言い出す清心。宗達は眉をひそめつつも頷いた。

 

「そりゃ知ってるさ。『決闘王』が持ってるカードだろ?」

 

 神のカード――〝三幻神〟とも呼ばれる三枚のカードは、世界にそれぞれ一枚ずつしか存在しない伝説のカードだ。今や伝説となった『バトルシティ』で猛威を振るい、いくつもの伝説がある。

 曰く、『死者が出た』、『コピーカード使用者には罰が待っている』、『資格無き者は殺される』……等々。

 現在は『決闘王』武藤遊戯が三枚とも所有し、管理しているそれらのカードは生み出したペガサス会長でさえも『封印するしかない』と判断したほどの力を持っているという話だ。

 

「そう、〝三幻神〟。ありゃあ使い手を選ぶ」

「選ぶ? カードが?」

「俄には信じがたいだろうが、そういうモンだあれは。関わるべきじゃねぇし、関わったところでいいところなんざねぇ。『決闘王』はバケモンだよ。あんなもんを三枚も従えているなんざな」

 

 実際、神のカードにはその手のオカルトな話も数多い。『カードの精霊』などというものが本当にいるのかはわからないが、廃寮のこともある。否定はし切れない。

 特に神のカードはそのコピーカードを使用した者が誰一人の例外なく悲惨な末路を迎えたという噂もあるくらいで、その手の話には事欠かない。

 

「ペガサス会長もその力を恐れてな。抑え込むための〝力〟を生み出そうとした。力には力。毒を以て毒を制す――あのペガサス会長がそうせざるを得なかったほどの力だ。だが、その選択が最悪のモノを生み出した」

「…………」

「〝三邪神〟。単純な力で言えば〝三幻神〟以上の力を持つ存在だ。神に対抗するために紡がれた力の源泉は、『憎悪』と『悪意』。その暴力はあまりにも危険過ぎた」

「……それで?」

「封印しようにも、その力に取りつかれる馬鹿が後を絶たねぇ。そこで、ペガサス会長は『決闘王』のように〝三邪神〟を従えることができる人間を求めた。……面倒なことに、白羽の矢が立ったのが俺だ」

 

 言いつつ、清心が懐から一つのデッキを取り出した。そこから一枚のカードを抜き出す。

 ――瞬間。

 

 ドクン。

 

 心臓が大きく高鳴った。引き込まれるような感覚。一枚のカードから目が離せない。

 

(……あ……? 何だこれ……?)

 

 ゆらりと、体が揺れる。そして。

 

「落ち着け小童。呑み込まれるな」

 

 いつの間に手を出していたのか。カードを掴もうとしていた宗達の手を、清心が掴んで止めていた。

 

「…………あァ?」

「まあ、気持ちはわかる。俺も昔は気が狂いそうだったからな。……わかるか? 〝三邪神〟がどれほどの力を持っているかなんざ俺自身、よくわからん。だが、今のオメェみたいにこれを求める馬鹿はいくらでもいる。俺はそれを止めに来たんだよ」

「ッ、要件はわかった。で、どうしてそんな場所に俺を?」

 

 頭を揺らし、意識を揺り戻しながら問いかける。清心は頷いた。

 

「〝邪神〟を黙らせるには力が一番だ。……ついて来い。命を懸ける覚悟ぐらいはあるだろう?」

 

 その場で立ち上がる清心。その視線は建物に向いている。

 FBIが関わっているこの状況。普通に考えて、逃げるべき状況だ。首を突っ込んでもメリットなどない。

 ――だが。

 

「ああ。わかった」

 

 頷きを返し、立ち上がる。

 上等だ、と清心は笑った。

 

「――さぁ、〝邪神〟との対面といこうじゃねぇか」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ほ、本当にこれでいいんですか?」

「ファーザーの指示だ。疑うつもりか?」

「い、いえ、そんなことは……」

「ならば己の役目を全うしろ」

 

 迷いの表情を見せる部下に、フェイトはそう言い捨てる。部下は戸惑いの表情を見せていたが、結局それ以上の反論はしてこなかった。

 笑みを零し、その場を後にする。人間の身体に乗り移るのは久し振りだが……やはり、具合がいい。

 

(悪意の塊のような体だ……実にいい)

 

 人とは『悪意』から逃げることはできない。『善意』など必要ない。ただただ純粋に、黒く染まればいい。

 悪意が世界の全てとなれば、それが是となる。

 倫理も、常識も、正義も。

 ――この俺には、必要ない。

 

「さァ、行こうか」

 

 その呟きと共に。

 フェイトは、建物の奥へと足を踏み入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 裏口からは思いの他容易く入り込むことができた。元々こういう日陰者が建てる建物は万一の時を想定して出口をいくつも用意しているものである。その一つと考えれば、変ではないのかもしれない。

 

「不気味だなぁオイ。誘ってんのか、それとも余裕か……」

「トラブルなく入り込めんなら良いだろ。てか、警察連中には良いのかよ? 伝えなくて?」

「相手はDMのバケモノだ。最後は力勝負になるんだよ。それに、一応伝えてはある。追って来るだろ」

「ふーん」

 

 まあ、揉め事となればデュエルというのが常識だ。相手が銃火器を持ち出してきた場合に通用するかはわからないが、それでいいのだろう。

 

「とにかく急ぐぞ小童。逃がしたら元も子もねぇ」

「あいよ」

 

 建物の中へ入る。すると、異臭が鼻を突き刺した。ガスが漏れているのか、嫌な臭いが充満している。

 

「……なんか、ヤバくねぇ?」

「まあ、想定内だ。急ぐぞ。こっちだ」

「場所わかんのかよおっさん」

「何となくだがな。邪気に晒され続けると、そういうもんがわかるようになる」

 

 迷いなく歩いていく清心の背を追う。重い空気の中、不思議と誰にも出会わずに進んでいく。

 階段を降り、地下へと向かう。しばらく歩くと、道が二つに分かれている場所に出た。

 

「ふん、分かれ道か。別行動だな」

「二人で行動した方が良さそうな気がするけど、いいのか?」

「後から警官連中も来るとはいえ、逃がしたら洒落にならん。……俺は右に行く。オメェは左だ」

「あいよ」

 

 頷き、左の方へと歩き出そうとする。その背に、清心が言葉を投げかけてきた。

 

「小僧。〝邪神〟に出会ったら、決して呑まれるなよ」

「……さっきみたいな感覚か?」

「あんなもんは序の口だ。〝邪神〟は人の心の闇に入り込み、支配する。……オメェはどうも、そういう闇が強いように見えたからな。警戒するに越したことはねぇ」

「…………」

 

 心の闇――心当たりなど探すまでもない。憎悪も、憤怒も、悪意も。幾度となく向けられ、同時に向けてきた。

 如月宗達というデュエリストの源泉には、『憎悪』が少なからず存在している。

 

「そして、アドバイスだ。――〝強さ〟が欲しいなら、何かを捨てろ」

 

 こちらへと背を向け。

〝最強〟の名を持つ男が、そう告げる。

 

「頂点なんてのは、何かを捨てた異常者が立てる領域だ。……オメェに足りないものは、それでわかる」

 

 そのまま、清心は立ち去っていく。宗達はその言葉に対して言葉を返さず、歩を進めた。

 

(何かを……捨てる)

 

 まるでそれは『代償』だ。強さを求め、何かを犠牲にする。

 いや……だが、それが真実なのだろうか。

 強さとは、犠牲の下にのみ成り立つものなのだろうか。

 

(俺が、捨てるモノは……)

 

 歩みを進めながら、思い悩む。

 ――そして、不意に。

 

 

「面白い人間がいるなぁ、オイ?」

 

 

 前方より、嘲笑の声が届いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 前方に視線を向けると、そこにいたのは見覚えのある男だった。

 額に十字架を刻んだ男――フェイト。出来ることなら関わり合いになるべきではない相手であると同時に、しかし、そうすることもできない人物。

 

「……邪魔してるぜ」

 

 警戒を込めながらそう言葉を返す。往来ならともかく、この場所は向こうの本拠地だ。警戒し過ぎて損することはない。

 だが、フェイトはそんなこちらの考えを知ってか知らずか、諸手を挙げて笑みを浮かべる。

 

「いやぁ、退屈しなくて丁度いいさ。外の連中はお前の差し金か?」

「……何の話だ?」

「とぼけるなよ。外からこっちを窺ってる連中は、突入するタイミングを狙ってるんだろう?」

 

 おそらく、その言葉で表情を変えてしまったのだろう。フェイトはその笑みを更に濃くした。

 

「別に怒っちゃあいない。むしろ嬉しいくらいだ。――この俺の餌になりに来たんだからなぁ!!」

 

 直後、視界が歪んだ。

 周囲の景色が、軋みを上げる。

 

(この感覚は……!?)

 

 背筋から何かが這い上がってくるような、この感覚。

 どこかで覚えのある、この感覚は――

 

 

「――さあ、闇のゲームだ」

 

 

 周囲に、闇が満ちる。

 見覚えのあるこの景色は、あの時の。

 

(――闇の決闘……!?)

 

 眼前に立つフェイトが、デュエルディスクを構える。そこで気付いた。フェイトの瞳――本来なら碧眼であったはずのそれが、濁った黒になっていることに。

 

(おっさんが言う、〝邪神〟か……?)

 

 わからない。だが、この状況があまりに異常すぎるのも事実。

 いずれにせよ――

 

「テメェは、何だ?」

 

 デュエルディスクを取り出し、構える。まるでそうすることが当たり前のように。

 対し、フェイトは嘲笑を込めて言葉を紡いだ。

 

「知ってどうなる? 貴様はこの俺に殺されるというのに」

「何の目的があってこんなことをしてる? FBIも動いているんだ。逃げられないぞ」

「ははっ、FBI? そんなものがこの俺を止められるとでも? 俺を止められる者などいない」

「……随分な自信だな」

 

 嫌な汗が背中を伝う。何故だろうか。どうしようもなく、ここに立っているのが辛い。

 

「自信?」

 

 その元凶である男は、首を傾げてそう言った。

 

「貴様は、地を這う虫を潰すことにさえも自信が必要なのか?」

「…………」

「さあ、精々楽しませてくれ」

 

 闇が纏わりつく。重く、暗い空気が身を焦がす。

 

「――さあ、決闘だ」

 

〝強さ〟の意味も解らぬまま。

 如月宗達は、深淵へとその足を踏み入れる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 周囲は、先程までの景色から一変していた。

 漆黒に染まった空間。そこに、二人で対峙している。

 

「俺の先行だ……、ドロー!」

 

 先行はフェイト。だが、雰囲気があまりにも違い過ぎる。

 姿は同じでも、別人。そういうことか。

 

(これが、〝邪神〟……?)

 

 清心が見せてくれた二枚のカードから感じたあの感覚はない。しかし、この異常な空間がすでに常識の通じる状況ではないということを告げている。

 本当に、何が起こっているのか――

 

「俺はモンスターをセット、カードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

 静かな立ち上がりだ。無難といえば無難だが……。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 いずれにせよ、宗達にできることは限られている。

 

「俺は手札より永続魔法『紫煙の道場』を発動! 『六武衆』と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度にカウンターが乗り、このカードを墓地に送ることでその時乗っていたカウンター以下の『六武衆』を特殊召喚できる!」

「ほう、極東の侍のカードか。脆弱だな」

「言ってやがれ。俺は更に、『六武衆―ザンジ』を召喚! 道場にカウンターが乗る!」

 

 六武衆―ザンジ☆4光ATK/DEF1800/1300

 紫煙の道場 0→1

 

 金色の薙刀を振るう侍が姿を見せる。宗達は、バトル、と言葉を紡いだ。

 

「ザンジでセットモンスターに攻撃!」

「セットモンスターは『ピラミッド・タートル』だ。このカードが戦闘で破壊された時、デッキから守備力2000以下のアンデット族モンスターを特殊召喚できる。――俺は『茫漠の死者』を特殊召喚!」

 

 ピラミッド・タートル☆4地ATK/DEF1200/1400

 茫漠の死者☆5闇ATK/DEF?/0→2000/0

 

 ピラミッドを背負った亀が破壊され、代わりに現れたのは全身を包帯で包んだ一体の死者だった。その体から発せられる威圧感に、思わず息を呑む。

 

「『茫漠の死者』は召喚・特殊召喚に成功した時の相手のLPの半分の攻撃力となる。貴様のLPは4000。よって、茫漠の死者の攻撃力は2000だ」

「……チッ、俺はカードを二枚伏せてターンエンド――」

「おっと、エンドフェイズが終わる前にリバースカードを発動させてもらう。永続罠『心鎮壺』。フィールド上にセットされたカードを二枚選択して発動し、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限りそのカードは発動できない。くっく、貴様が今伏せた二枚のカードは発動不可だ」

「なっ……!?」

 

 完全に動きを封じられた。まるでこちらの動き方がわかっているかのような展開。

 これは、まさか――

 

「メタ張ってきやがったか……!」

「この男の記憶では、貴様も似たような手段を使ったらしいからな。伏せカードでチマチマと相手の手を潰し、戦う――羽虫に相応しい戦い方だ」

 

 嘲笑いながら言うフェイト。くっ、と宗達は拳を握り締めた。

 一枚のカードで二枚もの伏せカードを封殺された。このままでは――

 

「くっく、いい顔だ。――俺のターン、ドロー! 俺は手札から二枚目の『ピラミッド・タートル』を召喚!」

 

 ピラミッド・タートル☆4地ATK/DEF1200/1400

 

 再び現れる、アンデット族のリクルーター。この類のモンスターは本当に厄介だ。しかもピラミッド・タートルはそのカバー範囲が広過ぎる。

 

「バトルだ! 茫漠の死者でザンジを攻撃!」

「――ッ!?」

 

 宗達LP4000→3800

 

 ダメージそのものは大したことはない。だが――

 

「う、づああああっ!?」

 

 いきなり全身を貫いた激痛に、思わず膝をついてしまった。嘲笑の声がここまで届く。

 

「これは闇のゲームだ。ダメージはそのまま苦痛となって貴様を襲うぞ」

「ん、だと……!?」

「この程度で根を上げてどうする。まだ貴様への攻撃は残っているぞ。――ピラミッド・タートルでダイレクトアタック!!」

「――――ああああああああああっっっっ!?」

 

 宗達LP3800→2600

 

 全身を激痛が駆け抜け、脳が沸騰したような感覚が頭に響く。

 苦痛――拷問のようなこれが、闇のゲームだというのか?

 

「良い悲鳴だ……殺してやりたくなる」

「ぐっ……」

「さあ、絶望するのは早いぞ?――俺は手札より魔法カード『大嵐』を発動! フィールド上の魔法・罠を全て破壊する!」

「――――ッ!?」

 

 破壊される二枚の伏せカードと、紫煙の道場。相手も心鎮壺が破壊されるが、関係ない。

 

「くくっ、俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「……ッ、ぐ……俺のターン、ドロー……ッ!」

 

 体が悲鳴を上げ、軋んでいる。まだLPは半分も割っていないというのに、この痛みと疲労。

 苦痛を与え合う、闇の中に閉ざされたデュエル。

 これが――闇の決闘。

 

「どうした? この程度の苦痛でギブアップか?」

「……ッ、うるせぇ……!」

 

 大きく深呼吸をする。痛みはあり、視界も僅かに霞むが……まだ、倒れる程ではない!

 

「俺は手札より『六武衆-イロウ』を召喚! 更に場に『六武衆』と名のついたモンスターがいるため、このモンスターを特殊召喚する! 来い、『六武衆の師範』!」

 

 六武衆-イロウ☆4闇ATK/DEF1700/1200

 六武衆の師範☆5ATK/DEF2100/800

 

 長刀を背負った黒衣の侍と、白髪の筋骨隆々な老人が姿を現す。今のドローで師範を引けたのは大きい。まだ、諦める必要はない。

 

「バトルだ! 師範で茫漠の死者を攻撃!」

「ほう……!」

 

 フェイトLP4000→3900

 

 僅かに削られるLP。フェイトが恍惚の笑みを浮かべた。

 

「ああ、いい痛みだ……! これでこそ、殺し合いの場にいると実感できる……!」

「気持ち悪ぃんだよテメェ! イロウでピラミッド・タートルに攻撃だ!」

「――ピラミッド・タートルが戦闘で破壊されたことにより、デッキから『ダブルコストン』を特殊召喚する!」

「ダブルコストンだと!?」

 

 フェイトLP3900→3400

 ダブルコストン☆4闇ATK/DEF1700/1650

 

 現れたのは、闇属性モンスターを特殊召喚する際、二体分のコストになるという効果を持ったモンスター。くくっ、とフェイトは笑みを零した。

 

「さあ、絶望へのカウントダウンは近付いているぞ?」

「ッ、俺はターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!……折角の機会だ、貴様に本当の〝絶望〟というものを教えてやる」

「何だと?」

「俺は手札から『堕天使アスモディウス』を捨て、手札から『ハードアームドラゴン』を特殊召喚する。このカードはレベル8以上のモンスターを捨てることで特殊召喚でき、また、このカードを生贄にして召喚したレベル7以上のモンスターはカードの効果では破壊されない」

 

 現れたのは、小型のドラゴンだ。一体、何を狙う気か――そう思った瞬間。

 

(待て、〝邪神〟? そしてダブルコストン。おい、まさか〝邪神〟の属性は――!?)

 

「くくっ、絶望を見せてやろう……! 俺はダブルコストンを二体分の生贄とし、ハードアームドラゴンと合わせて三体のモンスターを生贄に捧げる! 暗黒の権化よ、今ここに降臨しろ!! ――『邪神アバター』!!」

 

 漆黒の闇が、世界を包み。

 ゾクリと、全身の毛が総毛立った。

 まるで背後から忍び寄って来るかのような不気味さをその身に纏い。

 天より、漆黒の球体が現れる。

 

 邪神アバター【The Wicked Avatar】☆10闇ATK/DEF?/?→2200/2200

 

 かつてテレビで見たことがある。〝三幻神〟が一角、『ラーの翼神竜』。そのカードと似た姿をしていながら、しかし、絶対的に違う感覚。

 

「アバターの攻撃力と守備力は、フィールド上に存在するモンスターの中で最も攻撃力の高いモンスターより100ポイント高い数字になる。わかるか? 如何なる手段を使おうと、この俺を戦闘で超えることは不可能だということだ!」

 

 アバターの姿が変化していく。漆黒の球体から、六武衆の師範の姿へと。

 つまり、これがアバター……『もう一つの姿』の意味。

 

「そしてアバターが召喚されてから相手のターンで数えて二ターン。貴様は魔法・罠を使うことはできない」

「何だと!?」

「さあ、バトルだ! アバターでイロウに攻撃!!」

「――――ッ、ぐああああああああっっっ!?」

 

 宗達LP2600→2100

 

 先程までとは全然違う、絶望的なまでの苦痛が全身を焦がす。

 これが――〝邪神〟。

 圧倒的な、力の権化。

 

「あ……う……」

 

 体が堪え切れず、床に倒れ込んでしまう。嘲笑が耳に響いた。

 

「もう終わりか?」

 

 瞼が、沈む。

 体が、どうしようもなく……重かった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 初めてデュエルを見たのは、バトルシティの映像だった。

 決勝トーナメント準決勝。今や〝伝説〟の二人のデュエル。

 武藤遊戯。

 海馬瀬人。

 ルールも何もわからなかったが、一つだけ伝わって来たことがある。

 

 ――あんな風になりたい。

 

 それは純粋な憧れであり、夢だった。

 その日から、それまで関わらなかったDMに触れるようになった。ルールを覚え、デッキを組み、孤児院の皆と何度も何度もデュエルをした。

 そして……勝てなかった。

 大一番になればなるほど、良いカードが引けない。どうしようもないくらいにドロー運がない。

 子供心にそれを理解するのに時間を要しないほどに、絶望的でさえあった。

 けれど、それでも腐ることはなかった。

 考えて、考えて、考えて。

 手札が悪いなら、引けるまで粘ればいい。

 逆転のドローができないなら、そもそもそんな状況にしなければいい。

 そうやって、戦ってきて。

 

 デュエルが、DMが、大好きだった。

 負けることばかりの日々の中で、勝てるようになって。楽しくて仕方がなかった。

 ――いつからだろう?

 デュエルが、ただ楽しいだけのものではなくなったのは。

 ――いつからだろう?

 相手を憎悪しながらデュエルすることが増えたのは。

 

(……今の、フィールドは……?)

 

 薄れる意識で、フィールドを確認する。相手の手札は0。伏せカードが一枚。

 対し、こちらの場には六武衆の師範がおり、伏せカードは無し。手札は一枚。ドローすれば二枚になる。

 しかし、こちらはこのターンと次のターン魔法・罠を使えない。その上、相手の場には事実上戦闘破壊は不可能な〝邪神〟がいる。

 

(……絶望的だなぁ、オイ……)

 

 笑いが零れてきてしまう。そして、自分のドロー運だ。逆転のカードを引くことはできない。

 こっちに来てから何度デュエルをしても、それだけは変わらなかった。

 

(……何度、信じても……俺は、裏切られて……)

 

 信じ続けて、夢を見続けて。

 その度に、絶望を叩きつけられてきた。

 

(……どうすればいい。どうすれば、このバケモノに勝てる……?)

 

 ラスベガスで理解した。如月宗達の〝強さ〟は格下を黙らせることができても、格上には屈服するしかない強さに過ぎない。それでは駄目だ。〝最強〟には届かない。

 ならば、違う〝強さ〟を。

 何があろうと敗北しない、絶対的な〝強さ〟を――

 

 

〝鬼にならねば、見えぬ地平がある〟

 

 

 静かに響く、その言葉。

 

 

〝強さが欲しいなら、何かを捨てろ〟

 

 

 覚悟と、代償。

 今の自分に足りないもの。それは――

 

 

〝――キミは、デュエルを楽しめているのか?〟

 

 

 捨てるモノ。捨てるべきモノ。

 代償は軽くてはならない。どうしようもない程に重く、辛いものでなければならないのだ。

 そうだ、これだ。

 俺の、支払うモノは。

 強くなるために、捨てるべきモノは――

 

 

「…………ははっ。甘えてんじゃねぇよ、如月宗達」

 

 

 立ち上がる。痛みで体が震え、意識が大きく揺さぶられる。

 だが、倒れない。

 再び倒れることは……ない。

 

「いつまで、いつまで縋りついてるつもりだ馬鹿野郎が」

 

 覚悟を決めたはずだった。強くなる。そう決めたはずなのだ。

 

「楽しい時間は、敗北が許された時間はとっくに過ぎ去ったんだ!!」

 

 前を見る。

 決闘は――まだ終わっていない。

 

「ほう……五分の魂でも見せてくれるのか?」

「当たり前だ、クソ野郎。――俺のターン!」

 

 デッキトップに手をかける。引きたい、ではない。そんなことを祈っても、聞き入れられることはない。

 きっと自分は選ばれなかった人間で、愛されなかった人間なのだ。むしろ、嫌われているのだろう。

 DMの精霊の逸話なら聞いたことがある。気に入った存在に加護を与えるという話だが……おそらく、自分はその精霊とやらに徹底的に嫌われているのだろう。

 祈れば祈るほど、無碍にされ。

 願えば願うほど、その願いを踏み躙られるほどに。

 ――ならば、それでいい。

 嫌われているのなら……相応の応じ方がある!!

 

「ドロー!!」

 

 引いたカードを確認する。まずは第一関門突破だ。

 

「俺は六武衆の師範を守備表示にし、カードを一枚伏せてターンエンドだ」

「ふん、守りに入ったか。……俺のターン、ドロー!――俺は永続罠『最終突撃命令』を発動! このカードが表側表示で存在する限り、全ての表側表示のモンスターは攻撃表示になる! 師範は攻撃表示だ!」

「……ッ!?」

「アバターで師範を攻撃!」

「――――ッ、あああああああっっっ!?」

 

 宗達LP2100→2000

 

 僅か100ポイントのダメージだというのに、絶望的なまでの激痛が襲いかかる。

 これが……〝邪神〟の力。

 

「俺はターンエンドだ」

「俺の、ターン……! ドロー……ッ!」

 

 カードを見る。――いける。まだ、動ける!!

 

「俺はモンスターをセットし、ターンエンドだ……!」

「俺のターン、ドロー!――俺は手札より魔法カード『死者蘇生』を発動! 相手の墓地のモンスターを一体蘇生する! 俺は『ダブルコストン』を蘇生! そしてダブルコストンを生贄に捧げ、『闇の侯爵ベリアル』を召喚!!」

 

 闇の侯爵ベリアル☆8闇ATK/DEF2800/2400

 邪神アバター☆10闇ATK/DEF?/?→2900/2900

 

 アバターが再び姿を変え、闇の侯爵の姿を見せる。バトル、とフェイトが宣言した。

 

「アバターでセットモンスターへ攻撃!」

「セットモンスターは、『真六武衆―カゲキ』だ……!」

 

 真六武衆―カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000

 

 切り込み隊長の役目を持つモンスターも、邪神の前には塵も同然だ。容易く破壊される。

 

「終わりだ……ベリアルでダイレクトアタック!」

「リバースカード、オープン! 罠カード『ガード・ブロック』! 戦闘ダメージを一度だけ0にし、カードを一枚ドローする! ドロー!」

 

 引いたカードを見る。キーカードはこれで二枚。

 後は、残る一枚を――

 

「くっく……随分と足掻くな。だが、アバターはカード効果では破壊できず、ベリアルがいる限り貴様はベリアル以外のモンスターを攻撃できず、魔法・罠の対象にもできない……。これが絶望だ、虫けら」

「その虫けらに、負けるのが、テメェだよ……!」

 

 息を切らしながら応じる。本格的に拙くなってきた。視界が揺れ、頭がクラクラする。

 それに……胸の奥の辺りが、異様に痛む。

 まるで、何かを拒絶するかのように――

 

「ほう、まだそんな強がりを吐けるか。いいだろう、もっと楽しませろ……!!」

 

 闇の気配が増す。宗達は一度、大きく深呼吸をし。

 

(もう、俺は祈らねぇ)

 

 引きたい、という言葉も。

 引かなければ、という言葉ももういらない。

 

(俺は、俺自身の力で捻じ伏せる)

 

 必要なのは、たった一つのこと。

 憎悪には、憎悪で。

 ――純然たる悪意を以て、逆らうモノを従わせる!!

 

「俺を嫌おうが憎もうが、構いやしねぇ。好きにしやがれ。だがな。――逆らうことは、許さねぇ」

 

 大好きだった、過去の想いを。

 大切だった、この気持ちを。

 

「俺の、ターン!!」

 

 ――ここへ、捨てていく。

 

「ドロー!!」

 

 愛ではなく、憎悪で。

 如月宗達は、〝最強〟になる!!

 

「俺は手札より、魔法カード『死者蘇生』を発動! 墓地の『真六武衆―カゲキ』を蘇生する!」

「ふん、そんな雑魚を今更どうするつもりだ?」

「雑魚だろうが何だろうが使い方次第で〝邪神〟だって倒せるんだよ!! 俺は更に、手札から『真六武衆―ミズホ』を召喚!! 場に他の六武衆がいるため、カゲキの攻撃力が1500ポイントアップする!!」

 

 真六武衆―カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000→1700/2000

 真六武衆―ミズホ☆3炎ATK/DEF1600/1000

 

 並び立つ二体の侍。ふん、とフェイトが嘲笑うように鼻を鳴らした。

 

「それがどうした? その女侍の効果では、アバターを破壊は出来ん」

「――いつ、これで終わりと思った?」

「なんだと?」

「俺は手札より速攻魔法、『六武衆の荒行』を発動! 六武衆と名のついたモンスターを一体選択し、その攻撃力と同じ数字のモンスターを一体デッキから特殊召喚する! そして選択されたモンスターはエンドフェイズに破壊される! 俺はカゲキを選択し、来い、『真六武衆―エニシ』!!」

 

 真六武衆―エニシ☆4光ATK/DEF1700/700→2200/700

 

 現れたのは、一本の大刀を持つ侍。宗達は、効果発動、と宣言した。

 

「一ターンに一度、墓地の『六武衆』を二体ゲームから除外することでフィールドに表側表示で存在するモンスターを一体手札に戻す! 墓地の『イロウ』と『師範』を除外し、アバターを手札に!」

「何だと!?」

「更にミズホの効果! 一ターンに一度、このカード以外の六武衆を一体生贄に捧げることでフィールド上のカードを一枚破壊する! カゲキを生贄に捧げ、ベリアルを破壊だ!!」

「ぐううっ!?」

 

 これで相手の場はがら空き。宗達は、バトルだ、と宣言した。

 

「ミズホとエニシでダイレクトアタック!!」

「ぐううっ!?」

 

 フェイトLP3400→100

 

 残りLPが100にまで落ち込むフェイト。宗達は、ターンエンド、と宣言した。

 

「ナメんなよ、〝邪神〟!!」

「……ぐ、羽虫が……!! 図に乗るなよ!! 俺のターン、ドロー!! くっ、ハハハッ!! さあ、まだ楽しもうじゃないか!! 俺は手札より魔法カード『ブラック・ホール』を発動!! フィールド上のモンスターを全て破壊する!!」

「――エニシの効果発動!! 墓地の『カゲキ』と『ザンジ』を除外し、エニシを手札に戻す!!」

「なにぃ!?」

「エニシの効果は相手ターンでも使える。捲り合いにでもする気だったんだろうが、残念だったな」

「ぐっ……貴様ァ!!」

 

 憤怒と憎悪に染まった表情でこちらを睨むフェイト。宗達はそれを正面から見据え、高々と宣言した。

 

「俺のターン!! ドロー!! 俺は手札から『真六武衆―エニシ』を召喚!!」

 

 真六武衆-エニシ☆4光ATK/DEF1700/700

 

 現れる、最後の侍。宗達は、バトル、と言葉を紡いだ。

 

「トドメだ!! エニシでダイレクトアタック!!」

「ぐう、うああああああああっっっ!? この俺が、貴様のような小僧に……!!」

 

 フェイトLP100→-1600

 

 バトルが終局を迎える。終わりだよ、と宗達は言葉を紡いだ。

 

「テメェの負けだ、〝邪神〟!!」

 

 闇が、弾ける。

 次いで見えたのは、炎に包まれた廊下だった。

 

「…………!!」

 

 フェイトが床に倒れ込み、『邪神アバター』のカードが床に落ちる。それと同時に、宗達の視界が歪んだ。

 

(……ッ、嘘、だろ……?)

 

 視界が傾き、体が揺らぐ。

 ――そして。

 床に倒れ込んだと思った瞬間には、その意識が途絶えていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目を覚ました場所は、病院だった。状況を確認しようと視線を動かす。すると、ベッドにもたれかかるようにしてレイカが眠っていた。

 

「……病院、か」

 

 体を起こそうとすると、左腕に激痛が走った。見れば、左腕には随分と厳重に包帯が巻かれている。

 

「目ェ覚めたか、小童」

 

 どうにか体を起こすと、横手からそんな声が聞こえてきた。見れば、そこにいたのは見覚えのある紳士。

 ――皇清心。

 

「あの後、連中のアジトで火災が発生してな。オメェはどうにか救出できた」

「……マフィア連中のことは、聞かねーほうが良いんだろうな」

「資格も持たずに〝邪神〟に関わった奴が、無事に済むはずもねぇ」

 

 予想通りの答えが返ってきた。宗達は、そうか、とだけ頷いた。

 天井を見上げる。白い天井。

 生きているのだと、ここでようやく実感する。

 そして、体に走る痛みが伝える。あのデュエルは、現実だったのだと。

 

「――何を捨てた?」

 

 不意に、そんなことを問いかけられた。宗達は、さぁな、と言葉を紡ぐ。

 

「失くしたと思ってたもんがあった。いつの間にか、無くなっちまってたって。けど、それは俺が誤魔化していただけで。憎悪と悪意の奥底に、女々しくも大事に隠してたんだ」

「…………」

「けど、もういらねぇ。持っていても仕方がねぇんだ。それだけの話だよ」

 

 あの日憧れ、愛し、求め続けた気持ち。

 それはもう、捨ててしまった。

 

「……オメェが納得してるなら、それでいい」

 

 それっきり、清心はこれ以上何も言わなかった。

 強くなるために、捨てたモノがあって。

 強くなるために、〝鬼〟となった。

 ただ、勝つために。

 勝ち続けるために。

 

(俺は、間違えてない)

 

 強くなければ、自分を証明できないならば。

 それ以外のモノは、全て捨てなければならない。

 

(けれど、どうして)

 

 修羅となると決めながら。

 

(どうして、胸の奥がこんなにも痛む?)

 

 何故、こうも心が曇る。

 

 

(――俺は、DMを憎んでいるはずなのに)

 

 

 その問いの、答えは。

 いつまで経っても、わからなかった――1














原作GXのヘルカイザーとはまた違う、『如月宗達』という人間だからこそ犠牲にしたもの。ヘルカイザーが『勝利以外へのリスペクト』を捨てたのであれば、彼は『DMを愛する』という想いを捨て去りました。

十代が『選ばれた者』、妖花が『愛された者』ならば、宗達は『憎悪された者』。
誰でも彼でも愛されるわけがない。生まれつき、どうしようもなく愛されない者もいる。そうであるならば、それでもいい。嫌われていようがなんであろうが、力ずくで従わせる。それが、『鬼』の選択。


………………祇園くんは多分、選ばれたわけでも、愛されているわけでも、憎悪されているわけでも、嫌われているわけでもない立場なんだろうなぁ……。

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