遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第二十八話 融合対決、純正の決闘者

 

 大学リーグ、と呼ばれるリーグ戦が存在する。

 年に二度、定められた地区内で行われる大学同士のリーグ戦だ。現在では第四部リーグまで存在し、毎年昇格・降格を巡って熾烈な争いが繰り広げられている。

 そんな中、『名門』と呼ばれ、同時に『最強』と呼ばれる大学がある。

 ――晴嵐大学。

 現在関東リーグ二連覇という実績を残し、同時に東西統一戦史上最多勝利数を誇る大学だ。

 東日本と西日本の代表で年に一度行われる東西統一戦での優勝は、全国の学生が憧れるものである。その優勝時のメンバーは、永遠に名を刻まれる。

 そしてその晴嵐大学において、二年生の時よりエースを張る男がいる。

 

 曰く、〝最強のアマチュア〟――新井智紀(あらいともき)。

 

 今期ドラフトの目玉であり、大学リーグにおける通算成績は勝率7割を記録する怪物だ。その実力にブレがあると言われながらも、即戦力としてプロの注目を集めるデュエリストである。

 その背中に憧れる者は数多く、現に今も、試合会場に向かう途中でアマチュアの身分でありながらサインをせがまれている。

 

「……『ヨウスケくんへ』、と。これでいいか?」

「はい! ありがとうございます!」

 

 渡された色紙に名前を入れてやると、少年は満面の笑みで頷いた。その頭を軽く撫で、坊主、と智紀は声をかける。

 

「好きなカードは何だ?」

「えっと、『サイバー・ドラゴン』です! 持ってないですけど……」

「おいおい、お世辞でも俺の使ってるカードを出してくれよ」

 

 苦笑を零すと、周囲から笑いが漏れた。その少年も笑っている。

 

「まあいいや。とにかく、今日も応援よろしくな。なんつーか、熱いデュエル見てテンション上がっててよ。全力でやりたいんだ。やっぱ、デュエルって楽しいもんな?」

 

 問いかけに、その少年は大きく頷いた。良い笑顔だ。この子たちが次の世代を担っていくのだと考えると、招来は安泰に思える。

 ……まあ、そういう智紀自身が今年で22になる若造に過ぎないので、次の世代について考えているのも妙な話だが。

 

「新井選手、準決勝への自信は!?」

 

 声が聞こえてきた。大学リーグでも世話になっている記者たちだ。智紀は彼らに対し、んー、と肩を竦めて応じる。

 

「負けるつもりはありません。けど、どうなるかはわかりませんね」

「しかし、相手はアカデミアの推薦を受けているとはいえ一年生ですよ?」

「若いことは理由になりませんよ。さっきの試合で同じ一年生、しかも何の実績もない夢神選手に神崎プロは負けたわけですし。遊城選手も昨日松山プロに勝っていますからね。……多分、百も試合すれば二人共十勝することも困難なのが現実でしょう。しかし、これは一発勝負です。何が起こるかは正直わかりません」

 

 肩を竦める。実際、荒い部分が目立つがあの遊城十代という一年生は相当なセンスを持っている。夢神祇園――彼も光る部分があると思うが、遊城十代に比べると劣ってしまう。

 圧倒的なドロー力と、ピンチでも臆するどころか笑える力。あの年齢で自分自身のデッキをあそこまで信じ切れる者を智紀は他に知らない。

 

(……どうしたってたら、れば、というものは考えてしまうもんだ。それは仕方ない。デッキを毎日弄ってデュエルでピンチになれば、『あのカードを入れておけば』なんてのは常に考える。だが、あの一年生にはそれがない。アイツは、自分自身とデッキを最後まで心の底から信じてやがった)

 

 人の心など弱いものだ。劣勢になり、ピンチになればマイナスのことを考えてしまう。それをどう抑え込むかが心の強さであり、先程試合していた夢神祇園――彼はそういう〝諦めない〟という〝強さ〟を持っているように見えた。

 だが、遊城十代は違う。諦めないという発想の前。そもそも『諦めるという発想がない』のだ。どういう精神力をしていればあんな風になれるのか。

 

(まあ、世間知らずのクソガキの可能性もあるが……アカデミアの総本山からの推薦だ。何かあるんだろ。〝ミラクルドロー〟――羨ましい才能だ)

 

 高校時代に芽の出なかった智紀にとって、ああいう高校時代から活躍できる人間というのは正直羨ましい。まあ、だからこそ手加減はしないつもりだが。

 一発勝負の真剣勝負。全力でやる以外の選択肢は存在しない。

 

「でも、だからこそ楽しみです。――そろそろ時間ですので、行きますね。皆さん、応援よろしくお願いします!」

 

 声を張り上げると、周囲から拍手の音が響いた。期待されるのも、応援されるのも、この四年間で何度も体験した。正直、未だ慣れない部分も多い。期待とプレッシャーに押し潰されそうな時は何度もある。

 だが、それでも自分は全国大学ランキング一位、晴嵐大学のエース――新井智紀だ。

 背負ったモノから逃げるほど、腑抜けになった記憶はない。

 

「では、行ってきます!」

 

 声援を受けながら廊下を進み、会場へと入り込む。それと同時に大歓声が体を叩き、多くの声が耳に届いた。

 

 

「新井先輩ー!! 頑張ってくださいー!!」

「〝アマチュア最強〟の力、世間を知らん小僧に教えてやれ!!」

「応援してます!! 頑張ってください!!」

 

 

 背負うことは、逃げ道を塞ぐこと。

 皆はこの小さな背中に『期待』という『夢』を込めてくれている。それを頂点まで運ぶのが、〝エース〟の役目だ。

 歓声の中、しばらく待つ。すると、反対側から対戦相手がやってきた。

 ――遊城十代。

 まるで子供のように目を輝かせ、こちらへと走ってくる。

 

「新井さん……です、よね! よろしくお願いします!」

「いやお前、敬語苦手過ぎるだろ。ま、よろしく頼むぜ」

 

 十代に対して苦笑で応じる。雰囲気通りの少年だ。良い意味で天真爛漫。悪く言えば馬鹿。

 だがまあ、こういう手合いの方が気持ちが良くて好印象を持てる。

 

「そういやお前、今日の午前中何してたんだ? いなかったよな? 夢神の方は片付けまで手伝ってたけど」

「あー……いや、昨日騒ぎ過ぎて寝坊しててさー……です」

「言い難いなら敬語はいいぞ? しっかし寝坊か。大物だなお前」

 

 思わず笑みが零れる。こっちなど緊張で朝早くに目が覚めて困っていたというのに。

 まあ、体調は悪くないので問題はないのだが。

 

「……さて、やるか」

「おう! いくぜ!」

「お互い楽しもうな」

 

 そして、宣誓が行われる。

 

「――決闘(デュエル)!!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 東京都内にある、小さなカードショップ。決して規模は大きくないものの、都内では有数の人気を誇るカードショップだ。

 その理由は至極単純で、かつて無名だった〝アイドルプロ〟桐生美咲を見出し、世に送り出したのがこのカードショップであり、また、店長である人物の伝手から高価なカードは少ないものの品揃え自体はしっかりしているなどといった要因がいくつもあるが故にだ。

 そしてこのカードショップには、今日も様々な年齢層の常連客が集まっている。ただ、今日はいつもと違いデュエルをしている姿は少ない。

 ――夢神祇園。

 このカードショップの常連ならば間違いなく見覚えのある、一人の少年。

 その雄姿を、全員で応援しているのだ。

 

「祇園、凄かったな! 新人王に勝っちまったぞ!?」

「感動したよ! ヤベェ泣きそう……!」

「店長ー! 祝おうぜー!」

「飲食は禁止だバカタレ共」

 

 祇園の勝利からくる興奮から騒ぎまくる常連たちへ、店長は呆れた様子で言葉を紡ぐ。だが、いつも仏頂面を浮かべるその表情には僅かに笑みが浮かんでおり、それがわかるからこそ常連たちも騒いでいるのだ。

 

(……祇園。ようやく、そこまで辿り着けたか)

 

 テレビに映る少年の雄姿を思い出しながら、店長は内心で呟く。店の隅でいつも一人ぼっちだった少年。客のいない店で、彼の存在がどれだけ嬉しかったか。

 険しい道程だったはずだ。だが、それでも諦めずに。

 ようやく、彼はあの場所へと辿り着いた。

 

(もう少しだ。そうだろう、祇園)

 

 彼が目指した場所。

 約束の場所は、もう目の前にある。

 

 ――カランコロン。

 

 来店の音が鳴った。視線を向ければ、見覚えのない青年が入って来るところだった。精悍な顔つきをした青年だ。

 その青年に、いらっしゃい、と店長は言葉を紡ぐ。青年は頷きを返すと、迷いなくこちらへと歩いてきた。

 

「……〝碌王〟から話は聞いている」

 

 この大会が始まってから、〝祿王〟を筆頭に有名人が何人も店を訪れている。ありがたい話だが、面倒と思う自分は商売に向いていないのだろうか。

 

「だが、俺はデュエリストじゃない。所詮は小さな店の店長だ。カードを売ることと、多少のアドバイスしかできんぞ」

「十分です。よろしくお願いします」

 

 青年が礼儀正しく頭を下げてくる。店長はふん、と一度鼻を鳴らした。

 

「お前さんなら、俺に頼らずとも他にいくらでもいるだろうに。……サイバー流正統継承者、丸藤亮」

「だからこそです。俺は、俺自身の答えを見つけるためにここに来ました」

 

 大会の熱気で盛り上がる店内で。

 静かに、『帝王』と呼ばれる男はそう言った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエルが始まる。先行は――〝アマチュア最強〟、新井智紀だ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を見、そして対戦相手である遊城十代を見る。目を輝かせる様は、まるで子供だ。

 

(デュエルを覚えたばかりのガキみたいな面してんな……。まあ、気持ちはわかるけど。こういう場所でのデュエルは、やっぱ色々とテンション上がるしな)

 

 大観衆の前でやるデュエルというのは、総じて楽しいものだ。智紀自身、世界大会やリーグ戦の佳境では毎回緊張と興奮が入り混じった心境でデュエルしている。

 故に、嬉しい。やはりデュエルとは楽しくなければならない。一回戦の相手――ウエスト校の菅原雄太もそうだったが、互いに全力で向かい合うのが一番なのだ。

 

「俺は手札より、『レスキューラビット』を召喚!」

 

 レスキューラビット☆4地ATK/DEF300/100

 

 智紀のフィールド上に現れたのは、黄色いヘルメットを被った一体の兎だった。その可愛らしい姿に、観客席から黄色い声援が飛ぶ。

 

「レスキューラビットの効果発動! 自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードをゲームから除外し、デッキから同名の通常モンスターを二体特殊召喚する!――『ジェムナイト・ガネット』を特殊召喚!」

 

 ジェムナイト・ガネット☆4炎ATK/DEF1900/0

 ジェムナイト・ガネット☆4炎ATK/DEF1900/0

 

 現れるのは、二体の宝石の力を宿す戦士。『ジェムナイト』――融合することによってその力を発揮するモンスターだ。

 

「おおっ! 凄ぇ! 格好良いな!」

「お、この格好良さがわかるか。見所あるなー、お前。――ま、本気出すのはこっからだけどな」

 

 笑みを浮かべる。『ジェムナイト』の本領発揮はここからだ。

 

「俺は手札より魔法カード『ジェムナイト・フュージョン』を発動! 手札・墓地から融合素材となるモンスターを墓地へ送り、『ジェムナイト』と名のついたモンスターを特殊召喚する! 俺はガネットと手札の『ジェムナイト・オブシディア』を融合! ジェムナイトと岩石族モンスターの融合により、降臨せよ! 『ジェムナイト・ジルコニア』!!」

 

 ジェムナイト・ジルコニア☆8ATK/DEF2900/2500

 

 現れたのは、両腕にダイヤモンドの力を宿すジェムナイト。その高攻撃力に、観客が沸く。

 

「更に墓地へ送られたジェムナイト・オブシディアの効果! このカードが手札から墓地へ送られた場合、自分の墓地に存在するレベル4以下の通常モンスターを一体特殊召喚できる! ジャムナイト・ガネットを特殊召喚!」

 

 ジェムナイト・ジルコニア☆8地ATK/DEF2900/2500

 ジェムナイト・ガネット☆4炎ATK/DEF1900/0

 ジェムナイト・ガネット☆4炎ATK/DEF1900/0

 

 並び立つ三体のモンスター。智紀は更に、と言葉を紡いだ。

 

「墓地の『ジェムナイト・フュージョン』の効果発動! 墓地のジェムナイトと名のついたモンスターをゲームから除外し、このカードを手札に加えることができる! オブシディアを除外し、手札に加えてそのまま発動! 二体のガネットで融合だ! ジェムナイトと炎族モンスターの融合により、降臨せよ! 『ジェムナイト・マディラ』!!」

 

 ジェムナイト・マディラ☆7地ATK/DEF2200/1950

 

 現れたのは、高温の両腕と巨大な高温の剣を持つジェムナイト。一瞬で二体の融合モンスター。その光景に観客が沸き、十代も目を輝かせる。

 

「すげぇ! 滅茶苦茶格好良いな!」

「だろ? それじゃあ、俺は墓地のガネットを除外してジェムナイト・フュージョンを回収。カードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

 ジェムナイトの強さはその連続融合による展開力にある。その物量で押し潰すのがジェムナイトの強さだ。

 

 

『一ターン目から融合モンスターが二体ですか……凄まじいですね』

『墓地のモンスターを除外するというコストを要求するものの、専用の『融合』を毎回回収できるのが『ジェムナイト』の強みだ。融合戦術の性質上、手札消費が激しいのが難点だがな』

『それでも手札は三枚残っている、ですか』

『リカバリーも用意しているのだろうな。〝アマチュア最強〟は伊達ではない。『最強』などと呼ばれれば、対策をされてしまうのが世の常だ。特に彼は二年生の頃からエースを張っていたという。対策され、メタを張られることなど日常茶飯事だっただろう』

『実際に新井選手は三年生となった当初は成績を落としていますね』

『だが、それでも潰れることはなかった。多くの者が潰れる中、それでも未だエースとして君臨し続けている。――この壁は厚いぞ、一年生。〝ミラクルドロー〟はどこまで通用するかな?』

 

 

 聞こえてくる声。確かに三年生に上がった当初は厳しかった。高校時代は大して強くなかったこともあり、対策されるという経験がなかったために苦労したのだ。

 だが、それもどうにか乗り越えた。だからこそ、ここにいる。

 相手を見る。二体の上級モンスター。それを見て、十代は笑みを浮かべていた。楽しくて仕方がないのだろう。そういう表情だ。

 

「へへっ、やっぱ凄ぇな! 〝アマチュア最強〟は!」

「俺が最強と自惚れるつもりはないけどな。ただ、弱いつもりもないぞ」

「くぅーっ! いいな! 面白いぜ! 俺のターン、ドロー!――俺は手札から『E―エマージェンシーコール』を発動! デッキから『E・HERO』と名のついたモンスターを一体、手札に加えるぜ! 俺は『E・HERO エアーマン』を手札に加え、召喚! 効果により、『E・HERO アイスエッジ』を手札に加えるぜ!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 HEROにおけるエンジンと呼ぶべきモンスター、エアーマン。十代のドロー運があれば、必ず初手でこのカードを呼び込める。

 

「そして『沼地の魔神王』を捨て、『融合』を手札に!――そのまま発動、手札のアイスエッジとエアーマンで融合! 水属性モンスターとHEROの融合により、極寒のHEROが姿を現す!――来い、『E・HERO アブソルートZero』!!」

 

 E・HERO アブソルートZero☆水8ATK/DEF2500/2000

 

 現れるのは、極寒のHERO。一つ前の試合でかの〝ヒーロー・マスター〟響紅葉が使ったカードであるということもあり、会場が大いに盛り上がる。

 

「いくぜ! アブソルートZeroでマディラに攻撃!」

「――ッ、とぉっ!」

 

 智紀LP4000→3700

 

 ジェムナイト・マディラが破壊され、智紀のLPが削られる。会場が再び湧いた。

 

「俺はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 十代が宣言する。解説席の方から声が聞こえてきた。

 

 

『先制したのは遊城選手です!』

『一回戦で見せたドロー力は伊達ではないということだな。まさかジェムナイトの融合戦術と渡り合うとは』

『とても一年生とは思えませんね。先程の夢神選手もそうでしたが……』

『少年はともかく、遊城くんはむしろ一年生らしいという印象を受けるがな。一年生であるが故に、怖さを知らない。だからああして踏み込むことができる。逆に少年は怖さを『知り過ぎている』印象か』

『成程……』

『勢いというのは恐ろしい。新井選手は一発勝負の怖さをその身で知っているはずだ。若さの勢いが勝つか、それとも盤石に大人が勝つか……楽しみだな』

 

 

 全くその通りだ、と智紀は内心で思った。自分は一発勝負の恐ろしさをよく知っている。

 高校生の時も、大学生になってからも、幾度となくそれで泣いたことがある。

 対し、対戦相手である遊城十代はそれを知らないのだろうと思う。知っていたらこうも無鉄砲に突き進んでくることはないし、だからこそ怖い部分は間違いなくある。

 

「――だが、そう簡単に負けるわけにはいかないんだよ。俺のターン、ドロー!」

 

 手札を見る。いずれにせよ、やれることは少ない。

 

「バトルだ! ジルコニアでアブソルートZeroを攻撃!」

「くっ……! リバースカード、オープン! 罠カード『ヒーロー・シグナル』! 自分フィールド上のモンスターが戦闘で破壊された時、デッキからレベル4以下の『E・HERO』を特殊召喚する! 俺はデッキから『E・HERO バブルマン』を特殊召喚! 更にバブルマンの効果! このカードの召喚・特殊召喚成功時に自分フィールド上にカードが他に存在しない時、カードを二枚ドローできる! 二枚ドロー!」

 

 十代LP4000→3600

 E・HERO バブルマン☆4ATK/DEF800/1200

 

 手札補充――少々想定外のそれに、思わず驚く。しかも、これで終わってはいないのだ。

 

「そしてアブソルートZeroの効果発動! このカードがフィールドから離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!」

 

 アブソルートZeroを『最強のHERO』たらしめる、全体破壊効果。禁止カードである『サンダー・ボルト』と同じ効果を持つだけはあり、やはり強力だ。

 吹き飛ぶジルコニア。それを見て、新井は思わず笑みを浮かべた。

 ジルコニアとZero。一対一の交換を要求したつもりが、蓋を開けてみれば相手はモンスターを残し、更に手札補充までやってきた。

 

(おいおい、マジか。ナメてたわけじゃあないが……やるじゃねぇか)

 

 笑っているのが自分でもわかる。堪え切れない。

 気付いた時には、腹を押さえて笑っていた。

 

「くくっ、面白ぇ……! いいなお前! 本当に一年坊主か!? こんな形で出し抜かれるとは思わなかったぞ!」

 

 笑いが止まらない。高校の一年生といえば、如何にアカデミア生でも『アドバンテージ』の概念すら理解していない者も多いのが現実だ。というより、それを理解できているならインターミドルやジュニア大会で上位に食い込めている。

 それについてはカードが手に入り難いことや戦術などの知識が不足しているという理由もあるのだろうが……それにしても、一年生がまさかこうも簡単にこちらを出し抜き、アドをとってくるとは。

 まあ、近畿大会や関東大会といったレベルになってくるとその辺の知識は最低条件となってくるのではあるが。いずれにせよ、一年生がこんな動きを見せてくるとは。

 十代はそんな智紀の言葉に笑みを浮かべると、楽しそうに笑みを浮かべた。

 

「へへっ。戦術については友達から教えてもらったんだ。滅茶苦茶強ぇ友達がいてさ。十回やって2、3回くらいしか勝てねぇんだけど……そいつに教えてもらったんだ。『アドバンテージ』、ってもんの大事さを」

「良い友達だな。……もしかして、夢神祇園とかいう一年坊か? 先に準決勝に進んでる」

「いや、違う。如月宗達ってヤツだ。後は美咲先生が色々教えてくれてる」

「如月宗達……? どっかで聞いた名だが……それよりも桐生プロに教えてもらってんのか。羨ましいな。色んな意味で」

 

 正直、そこまで期待はしていなかった。〝ミラクルドロー〟の名の通り、確かにドロー運は凄まじいようだが、それ以外は脆く見えていたのだ。

 ――だが、こういうことなら話は別。

 

「謝罪する。すまなかったな。――正直、ナメてたわ」

 

 これほどとは思わなかった。流石にアカデミア本校期待のルーキーというべきか。

 昨日試合したウエスト校の菅原雄太――彼はインターハイ上位陣の知識を持っていたし感覚もあった。だが、彼は三年だ。一年生である遊城十代が、これほどとは――……

 

「俺はモンスターをセットし、ターンエンドだ」

 

 とはいえ、ジルコニアが破壊された以上次の手を考える必要はある。それがどう出るかはわからないが……。

 

「俺のターン、ドロー! へへっ、一気に行くぜ! 俺は手札から『融合回収』を発動! 『融合』と融合素材になったモンスターを墓地から手札に加える! 俺はエアーマンと融合を手札に戻し、エアーマンを召喚! 効果でデッキから『E・HERO バーストレディ』を手札に加えるぜ!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 E・HERO バブルマン☆4水ATK/DEF800/1200

 

 これで十代の場にはモンスターが二体。そして手札は六枚。対し、智紀の場にはセットモンスターと伏せカードが一枚ずつと、手札は三枚。

 アドバンテージの話であれば、間違いなく負けている。

 

(大した一年だ。名門だ何だと言われても、高校の新入生共にはアドバンテージの話から教えなきゃならんのが普通だってのに……コイツも夢神も、きっちりアドを取りながら回してやがる。本気で一年かよ。ジュニアやインターミドルで活躍したってんならまだしも、コイツら無名だろ?)

 

 残念なのはアカデミア本校の生徒である十代はインターハイや国大に出て来ないことぐらいか。夢神の方はウエスト校の生徒なので出てきそうだが……実に楽しみである。

 

(才能ってのは眠ってるもんだな。誰が発掘した? アカデミア本校の教員か? 後で聞いておこう)

 

 内心で頷く。期待できる後輩というのは、いつの時代も楽しみなものだ。

 

「いくぜ! 俺は手札から魔法カード『融合』を発動! 場のバブルマンと手札のバーストレディで融合だ! HEROと炎属性のモンスターの融合により、灼熱のHEROが姿を現す! 来い、『E・HERO ノヴァマスター』!!」

 

 E・HERO ノヴァマスター☆8炎ATK/DEF2600/2100

 

 現れたのは、炎を纏う紅蓮のHERO。属性HEROの中では『炎』に当たるモンスターだ。

 

「バトル! ノヴァマスターでセットモンスターを攻撃!」

「――セットモンスターは『ライトロード・ハンター ライコウ』だ。リバース効果によりノヴァマスターを破壊し、デッキトップからカードを三枚墓地へ送る」

 

 ライトロードハンター ライコウ☆2光ATK/DEF200/100

 落ちたカード→ブラック・ホール、ジェムナイト・フュージョン、ジェムナイト・ラズリー

 

 白い体毛を持つ犬が姿を現し、ノヴァマスターが破壊される。くっ、と十代が呻いた。

 

「ノヴァマスターがモンスターを戦闘で破壊した時、一枚ドローできる! ドロー!」

「――墓地に送られた『ジェムナイト・ラズリー』の効果発動。このカードがカードの効果によって墓地へ送られた時、墓地の通常モンスターを一体、手札に加えることができる。『ジェムナイト・ガネット』を手札へ」

 

 とりあえず、これで問題は一つ解決だ。十代がくっ、と呻く。

 

「エアーマンでダイレクトアタック!」

「リバースカード、オープン! 永続罠『リビングデッドの呼び声』! 墓地のモンスターを一体、攻撃表示で特殊召喚だ! 『ジェムナイト・ジルコニア』を蘇生!」

 

 ジェムナイト・ジルコニア☆8地ATK/DEF2900/2500

 

 現れる、ダイヤモンドの両腕を持つジェムナイト。ぐっ、と十代は呻いた。

 

「攻撃は中止だ! 俺はカードを三枚伏せ、ターンエンド!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 場の状況というのは、一手打つだけで一気に変化する。今の状況がそれだ。

 融合戦術はその性質上、手札を失い易い。それ故、『ライコウ』のように一枚で一対一の交換を要求するカードをまともに喰らうと一気に状況が厳しくなるのだ。

 

「俺は手札より魔法カード『サイクロン』を発動! 右の伏せカードを破壊する!」

「くっ、『攻撃の無力化』が……!」

 

 カウンタートラップ、『攻撃の無力化』――弱いとは言わないが、『威嚇する咆哮』や『和睦の使者』といったより使い易いフリーチェーンのカードがあるためあまり見かけないカードだ。とはいえ、発動さえできればカウンタートラップの性質上無効にし辛いので優秀ではある。

 まあ……破壊してしまったなら何も問題はない。

 

「俺は更に『ジェムレシス』を召喚! 効果発動! このカードの召喚成功時、デッキから『ジェムナイト』を一体手札に加えることができる! 俺は『ジェムナイト・ルマリン』を手札に加える!」

 

 ジェムレシス☆4地ATK/DEF1700/500

 

 残る二枚の伏せカード。アレが何かは気になるが……まあ、いいだろう。

 攻める時に、攻めておく。

 

「俺は手札から『ジェムナイト・フュージョン』を発動! 手札のガネットとルマリンを融合! ジェムナイトと雷族モンスターであるルマリンの融合により、このモンスターは降臨する! 来い、『ジェムナイト・プリズムオーラ』!!」

 

 ジェムナイト・プリズムオーラ☆7地ATK/DEF2450/1400

 

 現れたのは、槍を持つ騎士の如き風貌をしたジェムナイトだ。智紀は更に手を進める。

 

「墓地のジェムナイト・フュージョンの効果を発動! ジェムナイト・マディラを除外し、手札へ! そしてプリズムオーラの効果! 一ターンに一度、手札から『ジェムナイト』と名のついたカードを墓地に送ることで相手フィールド上に表側表示で存在するカード一枚、破壊する! ジェムナイト・フュージョンを捨て、エアーマンを破壊だ!」

「くっ、リバースカードオープン! 速攻魔法『神秘の中華鍋』! 自分フィールド上のモンスターを一体生贄に捧げ、その攻撃力か守備力分LPを回復! 1800ポイントを回復だ!」

 

 十代LP3600→5400

 

 十代のLPが回復する。それがどうした、と智紀は言葉を紡いだ。

 

「それでも俺のモンスターの総攻撃力はお前のLPより上だぞ」

 

 ジェムナイト・ジルコニア☆8地ATK/DEF2900/2500

 ジェムナイト・プリズムオーラ☆7地ATK/DEF2450/1400

 ジェムレシス☆4地ATK/DEF1700/500

 

 並び立つ三体のモンスター。それを見て、終わりだ、と智紀は言葉を紡いだ。

 

「ジルコニアでダイレクトアタック!」

「リバースカード、オープン! 罠カード『ガード・ブロック』! 戦闘ダメージを一度だけ0にし、カードを一枚ドローする!」

「何だ、耐えたのか。――だからどうしたって話だがな。プリズムオーラとジェムレシスでダイレクトアタック!!」

「うああっ!?」

 

 十代LP5400→1250

 

 LPが一気に削り取られる。智紀はカードを一枚伏せると、ターンエンドと宣言した。このカードは保険だ。使うことはないと思うが――

 

「手札は二枚。それでどうやって俺に勝つ?」

 

 問いかける。答えのわかっている問いを。

 果たして、十代は――

 

「俺は諦めないぜ!」

 

 満面の笑みで、そう言った。その表情にも瞳にも、翳りは一切存在しない。

 そんな表情を向けられ、新井も思わず笑みを零す。

 

(良い顔だ。――決めきれなかったのが、ちと辛いか……?)

 

 あの〝祿王〟が〝ミラクルドロー〟と評する豪運。それが牙を剥くのか――

 

「来い、一年坊!」

 

 ――楽しみだ、と。

 内心でそう呟きながら、智紀は笑った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「あ、アニキぃ……」

 

 弱々しい声が聞こえてきた。久し振りに聞く声だ。……応援の時は、あんなにも便りになる声色だったのに。

 

「大丈夫だよ、翔くん」

 

 その背中に、夢神祇園はそう声をかけた。相手は驚き、勢いよく振り返ってくる。

 

「ぎ、祇園くん!?」

「久し振り。さっきはありがとうね」

 

 驚く相手――丸藤翔に対し、頷きながら応じる。側にいた前田隼人もこちらを見るなり驚いた表情で歩み寄ってきた。

 

「祇園……本当に、本物なんだな……?」

「うん。本物だよ。隼人くんも、久し振り。……ごめんね、心配かけちゃったみたいで……」

「そんなことは気にする必要はないんだな。祇園が元気なのが一番なんだから!」

 

 隼人がこちらの手を掴み、嬉しそうに笑う。祇園も微笑を浮かべた。

 その二人の側へ、一人の男子生徒が歩み寄ってくる。

 

「祇園か……。藤原くんから聞いていたし、試合も見ていたが……やはりこうして直接会わないと確信できなかったよ」

「三沢くん……」

「心配したぞ。見てみろ。皆、お前のことを応援していたんだ」

 

 言われ、近くの客席を見る。――アカデミア本校の生徒たちの視線が、こちらを向いていた。

 

「あ……」

「本当に良かった。だが、どうしてすぐに来てくれなかったんだ? そのせいで本物かどうか疑ってしまったぞ」

「えっ、あ、ご、ごめん……。その、僕は退学になっちゃったから……近寄り辛かった、っていうか、その……」

 

 学校を追い出された身で、何を親しく近寄ろうというのか――そういう心理が働いたのだ。

 だが、それを生徒たちは次々と否定してくる。

 

「何言ってんだよ! 夢神!」

「お前もアカデミアの仲間だろうが!」

「準決勝頑張れよ!」

 

 次々と応援の言葉を投げかけてくれる本校の生徒たち。祇園は涙がこみ上げてくるのを感じ、それを誤魔化すようにうん、と頷いた。

 

「……ありがとう……」

「礼を言われるようなことじゃないさ」

「そうッスよ! 祇園くんは友達ッスから!」

「応援するのは当たり前なんだな!」

 

 退学で、切れてしまったと思っていた縁。それが繋がっていたことが、素直に嬉しくて。

 ――歓声が、そんな祇園たちの身体を叩く。

 

「ああ、アニキ!」

 

 翔が再び悲痛な声を出す。祇園は、大丈夫、とそんな翔に言葉を紡いだ。

 

「十代くんは、勝つよ」

 

 不思議と、確信に満ちた言葉を紡げた。翔が、でも、と言葉を紡ぐ。

 

「相手は大学リーグで活躍するような人ッスよ?」

「見てればわかるよ。だって十代くん、楽しそうでしょ?」

 

 遠目からでもわかる。十代は本当に楽しそうだ。

 ああいう表情をしている時の十代は……本当に強い。

 

「だから、応援しよう?」

 

 その言葉と共に、祇園は声を張り上げる。

 ――自分の中にあるモノを、吐き出すように。

 

 

「いくぜ! ドロー!!」

 

 

 大歓声を掻き消すように。

 十代の、そんな声が響き渡った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『やはり凄まじいですね、新井選手は……』

『伊達や酔狂で〝アマチュア最強〟とは呼ばれんよ。……遊城くんも悪くはない。むしろ素晴らしい試合運びと言えるだろう。だが、現時点では新井選手が上を行っている』

『次のドローで手札は三枚になりますが……』

『ふむ、どうなるのかな?……おっと、どうやらまた一波乱ありそうだ』

『どういうことですか?』

『面白いものが見れるぞ。――〝奇跡〟とは、よく言ったもの。信じる者は、最後まで可能性を諦めない。遊城十代。キミの相棒は、何を見せる?』

 

 

 解説席から聞こえてくる言葉通りだ。正直、状況はかなり悪い。このままだと次のターンに押し切られる。

 

『クリクリ~』

 

 不意にその声が聞こえてきた。相棒の声。思わずデッキトップを見る。

 

「そっか、そこにいるのか相棒」

『クリクリ~』

「へへっ、まだ諦めんのは早いって……そういうことだよな!」

 

 大切な相棒の声に、心を奮い立たせる。祇園だってそうだった。宗達だってそうだった。

 ――俺の親友たちは、いつだって最後まで諦めなかった!!

 

「いくぜ!! ドロー!!」

 

 手札を見る。引いたカードは『ハネクリボー』。

 そして――

 

「俺は手札より『貪欲な壺』を発動! 墓地のモンスターを五体デッキに戻し、カードを二枚ドローするぜ! 俺は『沼地の魔神王』、『E・HERO アブソルートZero』、『E・HERO ノヴァマスター』、『E・HERO バブルマン』、『E・HERO エアーマン』を戻し、二枚ドロー!」

 

 手札を見る。――これなら、行ける!

 

「俺は手札から『ハネクリボー』を守備表示で召喚! 更にカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」

『クリクリ~!』

 

 ハネクリボー☆1光ATK/DEF300/200

 

 羽の生えたクリボーが姿を現し、黄色い声援が飛ぶ。成程、と智紀が頷いた。

 

「破壊されたターン、あらゆるダメージを0にするんだったか? 一ターン稼がれるな。まあいい。――俺のターン、ドロー。……バトルだ、プリズムオーラでハネクリボーを攻撃!」

「――それを待ってたぜ! リバースカード、オープン! 速攻魔法『進化する翼』! 自分フィールド上の『ハネクリボー』と手札を二枚墓地へ送り、デッキ・手札から『ハネクリボーLV10』を特殊召喚する!」

「なっ……!?」

 

 ハネクリボーLV10☆10光ATK/DEF300/200

 

 現れたのは、巨大な翼と竜のような体躯を持つハネクリボー。その聖なる光が、全てを喰らわんと襲い掛かる。

 

「効果発動! 相手のバトルフェイズにのみ発動でき、表側表示で存在するこのカードを生贄に捧げ、相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するカードを全て破壊する! その後、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与えるぜ!」

 

 ハネクリボーが光に包まれ、その光がジェムナイトを喰らう。

 終わった――誰もがそう思い、固唾を呑んで見守る中。

 

 智紀LP3700→6600→2450

 

 しかし、新井智紀のLPは0になっていなかった。

 

「な、何でだ!?」

「速攻魔法、『神秘の中華鍋』だ。自分フィールド上のモンスターを一体生贄に捧げ、その攻撃力分のLPを回復する。ジルコニアを生贄にさせてもらった。……危ない危ない。やられたことをやり返させてもらったぞ」

 

 ふう、と息をつく智紀。そのまま彼は更なる一手を紡いだ。

 

「メインフェイズ2。墓地のジルコニアとプリズムオーラを除外し、ジェムナイト・フュージョンを二枚手札へ。……魔法カード『一時休戦』を発動だ。お互いにカードを一枚ドローし、次の相手のエンドフェイズまで互いのダメージは0になる」

 

 ドロー、と互いに宣言しつつカードを引く。そのまま、更に、と智紀は言葉を紡いだ。

 

「魔法カード『手札抹殺』だ。お互いに手札を全て捨て、捨てた枚数ドローする。俺は二枚、お前は一枚だな」

「ドロー」

「ドローだ」

 

 互いにカードを引く。ふう、と智紀は息を吐いた。

 

「お前は強かったよ。俺が保証する。――だから、俺の切り札を見せてやる。『レスキューラビット』を召喚し、除外して効果を発動! デッキから『ジェムナイト・ルマリン』を二体特殊召喚!」

 

 ジェムナイト・ルマリン☆4地ATK/DEF1600/1800

 ジェムナイト・ルマリン☆4地ATK/DEF1600/1800

 

「そして墓地のガネットを除外し、ジェムナイト・フュージョンを手札へ。そして発動。――二体のルマリンと手札の『ジェムナイト・アンバー』を融合! 三体のジェムナイトの融合により、最強のジェムナイトが降臨する!! 来い、『ジェムナイトマスター・ダイヤ』!!」

 

 ジェムナイトマスター・ダイヤ☆9ATK/DEF2900/2500→3300/2500

 

「ダイヤは墓地のジェムナイト一体につき攻撃力が100ポイントアップする。――さあ、こいつが俺の切り札だ。どうにかしてみろ」

「くっ、俺のターン、ドロー!」

 

 手札を見る。正直、かなり厳しい。まさかハネクリボーを止められるとは……。

 

「俺はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー。……ダイヤで攻撃!」

「墓地の『ネクロ・ガードナー』の効果! このカードを除外することで、攻撃を無効にするぜ!」

「はぁ!? そんなカードいつ……って、『進化する翼』の時か……! 抜け目のないヤツだな。……カードを伏せ、ターンエンドだ」

 

 デッキトップに指をかける。正直、このままでは――

 

『クリクリ~』

 

 聞こえてきたのは、相棒の声。その声は強く、自信に満ち溢れている。

 

(ハネクリボー……? けど、俺の伏せカードは『ヒーロー・シグナル』だ。もう一枚の手札は『サイクロン』。逆転なんて……)

(クリクリ~!)

(諦めるな、って……? へへっ、そうだよな……そうだよ、祇園も宗達も、諦めなかったじゃんか!)

 

 頭を大きく振る。そして一度深呼吸すると、十代は顔を天に向け、叫んだ。

 

 

「――――――――!!」

 

 

 大歓声を掻き消すような叫び声。思わず両手で耳を塞いだ智紀が、何の真似だ、と言葉を紡いだ。

 

「ヤケクソか?」

「いやぁ、逆さ。冷静にならないといけなかったからな」

「諦めてない、と?」

「ああ。祇園は、宗達は、俺の親友たちはどんな状況でも諦めなかった。俺はそれをさっき確認したばっかだってのにな。弱気になってた。――もう、弱音は吐かねぇ」

「ほお。じゃあ、見せてみろよ。――お前の強さを」

「ああ。――ドローッ!!」

 

 引いたカードを確認する。そうだ、まだこの可能性があった!!

 

「行くぜ相棒!!」

『クリクリ~!』

 

 相棒の応じる声。それに笑みを零しつつ、十代はカードをディスクに差し込んだ。

 

「俺は速攻魔法『サイクロン』を発動するぜ! その伏せカードを破壊だ!」

「――甘いな! リバースカード、オープン! 『鳳翼の爆風』! 手札を一枚捨て、お前の伏せカードをデッキトップに戻す!」

 

 ヒーロー・シグナルがデッキトップに戻される。智紀が笑った。

 

「伏せカードはフリーチェーンのカードではなく、ミラーフォースなどの類でもない。そうならさっき発動してるはずだからな。なら、ここで詰みだ。どんなドロー運持ってようが、ドローが決まった状態なら勝てねぇんだよ」

 

 諦めろ――智紀が言う。それに対し、十代は静かに言葉を返した。

 

「…………正直、最後は賭けだった」

「何だと?」

「『サイクロン』で破壊したカードがブラフだったら……もしくは、チェーン発動してこなかったら。それで俺が負けてた」

「……何を言っている?」

「――このモンスターは、チェーンが発生した時に特殊召喚することができる!!」

 

 智紀の問いかけに、応じるように。

 十代は、大声で宣言した。

 

 

「『ハネクリボーLV9』!!」

 

 

 ハネクリボーLV9☆9光ATK/DEF?/?→4000/4000

 

 現れたのは、紅蓮の鎧を持つハネクリボー。その姿に、なっ、と智紀は声を漏らす。

 

「攻撃力……4000だと!?」

「ハネクリボーLV9は相手の墓地にある魔法カード×500ポイントの攻守になる! あんたの墓地には最後にコストで捨てた三枚目の『ジェムナイト・フュージョン』も合わせて八枚の魔法カードがある! いくぜ! ハネクリボーでダイヤを攻撃!」

「う、ぐおおおおおっ!?」

 

 智紀LP2450→1750

 

 最強のジェムナイトも、攻撃力4000という数字まで攻撃力が跳ね上がったハネクリボーを超えることはできない。十代は、ターンエンド、と宣言した。

 

「くっ、俺のターン、ドロー!……っ、くそっ! 俺はカードを伏せる!」

「俺のターン、ドロー! いけ、ハネクリボー! ダイレクトアタックだ!!」

『クリクリ~!!』

 

 ハネクリボーの一撃が、智紀へと叩き込まれ。

 

 智紀LP1750→-2250

 

 そのLPが、遂に0を通過した。

 

 

『遊城選手! 再びの大金星です! 一体誰が予想したでしょうか! アカデミアの一年生が、プロに引き続き〝アマチュア最強〟とも呼ばれる大学生を打ち破りました!!』

『期待通り、彼の相棒の力を見ることができた。実に楽しいデュエルだったと言えるだろう。――見事だった』

『た、只今の勝利により、一年生が二人も準決勝へと駒を進めることになりました!!』

『大波乱だな。くっく、これだから一発勝負は面白い』

 

 

 聞こえてくる大歓声。その中で、ちくしょー、と智紀が声を上げるのが見えた。

 

「あー、くそっ! 負けたぜ! ジェムナイト・フュージョンを回収しとけば……、いや、たら、ればだな。ダイヤの打点が下がるし……いや、そうでもないか。二枚共回収しとけば勝てたのか!」

「あ、そっか。ハネクリボーの攻撃力は2500になって……」

「いや、3000だな。『鳳翼の爆風』のコストにしてる。けど、二枚除外なわけだからダイヤは3100……うお、何だこれ!? 無茶苦茶悔しいなぁオイ!」

 

 思い切り叫んでいる智紀。だが彼は、まあ、と肩を竦めてこちらへと笑みを向けてきた。

 

「俺の未熟の結果だ。あの時引いたのが『ジェムナイト・フュージョン』以外だったらコスト確保のために回収したんだろうが……まあ、言っても仕方ねぇ。ナメてたつもりはなかったけど、やっぱ甘かったか」

「俺も危なかったぜ……最後は心臓バクバクだった」

「俺もだよ。やっぱ緊張するよなぁ。でも驚いたぜ。まさか一度のデュエルでハネクリボーの進化系二つとも見ることになるとはな。……いやー、お前の年齢でそれなら先が楽しみだなマジで」

 

 快活に笑う智紀。そのまま智紀は右手を差し出し、十代は彼が差し出してきたその手を握り返した。

 

「頑張れよ一年坊。応援してるぜ。で、プロになったら……いや、んな悠長なことは言わん。今すぐにでもリベンジする。連絡先教えてくれよ。大会終わったらまたデュエルしようぜ」

「おう! じゃなくてはい!」

「敬語はいいよ。苦手だろ?……じゃあ、頑張れよ」

 

 立ち去ろうとする智紀。その背に、十代は腕を突き出しながら言葉を紡いだ。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

「俺もだよ! またやろう!」

 

 こちらの言葉に、智紀も笑顔で応じる。

 ――決着は、ここに着いた。

 

 

 勝者、アカデミア本校推薦枠、遊城十代。

 ベスト4進出。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 準決勝の枠が三つ埋まった。残るは、一つ。

 

「先に祇園が行ってるっていうの、初めてかもしれんなぁ」

 

 VIPルーム。そこから試合を眺めていた少女は、ポツリとそう呟いた。その隣に立つ男が、ふん、と鼻を鳴らす。

 

「小僧共が勝ち上がるとはな。……美咲、まさか貴様も敗れたりはしないだろうな?」

「さて、それはどないでしょう。妖花ちゃんは強いですしねー」

 

 笑みを零す美咲。男が眉をひそめる中、彼女はまあ、と言葉を紡いだ。

 

「今観客は下剋上に湧いとります。けど、そんなん滅多に起こることやない。――プロの力、ウチが見せてきますよって」

 

 その言葉と共に、部屋を出る。会場には、次の試合のアナウンスが流れていた。

 

 

『大番狂わせが二連続で起こり、興奮冷めやらぬ中……次の試合です』

『今大会の大本命と、ペガサス会長が期待する〝ミラクル・ガール〟。さて、どうなるのか』

『まさか、このまま桐生プロも負けるという展開は……』

『可能性がないわけではない。勝負とは蓋を開けてみるまでわからないものだ』

『はい。――それでは、ベスト8最後の試合です。プロデュエリスト、桐生美咲選手VS推薦枠、防人妖花選手。――試合開始は二十分後です』

 

 

 ベスト4進出者、3名決定。

 残る椅子は、あと一つ――












DTには面白いテーマが多くて楽しいです。
……ヴェルズやらラヴァルやら凄まじいのもいますが。



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