遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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間章 力を振り翳す理由

 強くなりたいと、そう思った。

 絶対に負けず、そして折れない強さが欲しいと。

〝強さ〟は、正義だ。

 正しい者が勝者になるのではなく、勝者が正しいと認識される。

 そんな世界で生きてきたから、尚更強くそう思う。

 

 ――強くなりたい。

 

 もっと、もっと。

 俺はここにいるのだと証明するために。

 もう二度と、無力に嘆かないようにするために。

 強く、強く――……

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜の帳が落ちようとしている時間。空は曇り、星は見えなくなっている。

 もっとも、晴れていたところで星を見ることはできないだろう。汚れた空気と、夜の闇を打ち払うような街の灯。これでは星を拝むことなどできようはずがない。

 

(……普段気にもしねぇことを気にするってことは、俺にも余裕が出てきたのか。それとも逆、余裕がないから現実逃避してんのか。まあ、どっちでもいいか)

 

 突きも隠れたそんな空を見上げながら、少年――如月宗達は内心でそう呟いた。一雨来そうだ、とどこか他人事のように呟く。

 デュエリストの聖地にして、地獄の地――ラスベガス。

 世界タイトル戦や代表戦などが行われることで有名なこの地は、文字通り『デュエルが全てを決める場所』である。観光目的で訪れるならまだいいが、それ以外の目的で訪れた者は等しく地獄を見ることになるだろう。

 毎日どこかで賭けデュエルが行われ、それによって名を上げる者や破滅する者がいる。

 欲しいものは、力ずくで奪い取る――ここは、そういう場所だ。

 富も、名声も、誇りも、命さえも。

 ここでは、力ある者しか手にできない。

 そう……その日の寝床はおろか、食べ物さえも。力無き者は手にすることができない。

 

(ここへ来てから、一週間近く。……勝率は五%を切ってるだろうな)

 

 硬い小さなパンを齧りながら、宗達は内心で呟く。流石に世界で通用すると思っていたほど自惚れていたわけではない。負けることは予想していた。

 だが……これほどとは。

 みっともなく、這い蹲るようにして。それでどうにか、十度に一度――いや、二十回に一度しか勝てないほどに、世界との差があるとは思わなかった。

 

(飯食うのは……三日振りか。もう、腹減り過ぎて感覚がおかしいな)

 

 自嘲の笑みを零す。この場所でデュエリストとして生きるには、食事さえも勝って手に入れなければならない。今の宗達は、掌サイズのパン一つ手に入れるだけで命懸けだ。

 

「…………ッ、おっ、ゲホッ!?」

 

 急に腹の奥から痛みが走り、パンを吐きそうになった。だが、それだけはどうにか堪える。

 あまりにも『食べる』ということをしなさ過ぎて、胃が受け付けないのだ。だが、吐くことだけはしない。それだけは決してしない。

 

「……ッ、ぐ」

 

 どうにか胃の中へとパンを押し込む。異物を放り込まれ体が荒れているが、どうにかそれは堪えた。

 

「……やっぱ、日本人って恵まれてるんだな……」

 

 空を見上げる。右の頬に、冷たい滴が落ちてきたのがわかった。

 ……雨。

 どこかへ移動しなければならない。こんな状態で雨に降られれば、それこそ病気になる。

 しかし、どこへ行けばいいというのか?

 一人きりの自分が行ける場所など、どこにもない。

 

「……雪乃」

 

 ポツリと、最愛の少女の名を口にする。

 ラスベガスでは行き倒れの人間など珍しくない。宗達のように敗北し続け、それで死ぬ者などいくらでもいるのだ。

 そして、今の宗達は敗北者だ。

『聖地』にして、『地獄』。

 ここに来るデュエリストは、必ずどちらかの顔を目にする。宗達が目にしたのは後者。それだけだ。

 

「……ごめん」

 

 目を、閉じる。

 冷たい雨が、体を叩くのがわかった。

 

 

 ――薄れゆく、意識の中。

 雨が、上がった気がした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 温かさを感じた。ゆっくりと、目を開ける。

 視界に入ったのは、薄汚れた天井。思わず眉をひそめると、横手から声がした。

 

「Se despertó!!(目を覚ましたみたいだぞ!)」

 

 視線を横に向けると、そこにいたのは12、3歳くらいの子供だった。その言葉を聞き、今度は17、8くらいの女性が歩み寄ってくる。

 

「¿Cómo está la salud?(体の調子はどうですか?)」

 

 心配そうな視線を向けてくる女性。体を起こし、それに応じようとすると、近くにいた少年が声を上げた。

 

「Debido a que es un chino, ¿no comprende español?(中国人みたいだし、スペイン語がわからないんじゃないの?)」

「Soy japonés.(俺は日本人だ)」

 

 その少年に対し、宗達はそう言葉を紡いだ。少年と女性、更にこの状況を遠巻きに見守っていた子供たちが驚いた顔をする。女性も驚きながら言葉を紡いだ。

 

「¿Comprende español?(スペイン語がわかるのですか?)」

「Son solamente algunos. Si puede hacer, necesitaré su ayuda en inglés. (少しだけだよ。出来れば英語で頼みたいんだが……)」

「Lo siento.Aparte de mí, niños no pueden hablar inglés. (すみません。私はともかく子供たちは英語が話せないので……)」

「No, lo siento sólo aquí. Debido a que no está aprendiendo completamente, usted es español incómodo, pero ¿está bien?(いや、こちらこそ申し訳ない。本格的に勉強はしていないから拙いが、大丈夫か?)」

「Sí, está bien. (はい、大丈夫ですよ)」

 

 女性が微笑む。宗達は頷くと、周囲を見た。どうやら古い建物の一室らしい。床はむき出しのコンクリートで、おそらく寝床であろう宗達が今寝ている場所の周囲に敷かれている申し訳程度の布以外に目立ったものはない。

 

「¿Primero, puedo tener una situación dicho?(まず、状況を聞かせてもらっても構わないか?)

 

 宗達のその問いかけに。

 女性は、ゆっくりと頷いた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「まずは、感謝する。本当にありがとう」

 

 話を聞き終えた宗達は、女性――レイカ、と名乗った人物に深々と頭を下げた。雨の中で死んだように眠っている自分を見つけ、ここまで運んでくれたのは彼女らしい。

 あのまま放置されていたら冗談抜きで命に関わっていたので、大げさでもなんでもなく命の恩人だ。

 

「いえ、お気になさらないでください。私の祖母が日本人で、私自身も日系人ですから。アジアンの方を放っておけなかったんです」

「そう言ってもらえるとありがたいが、何か礼でも……そうだ、俺の鞄はあるか?」

「はい。ありますよ」

 

 レイカは頷くと、別の場所に置いてあった宗達の鞄を持ってきた。宗達はその鞄から、二つの缶詰を取り出す。

 

「本当にどうにもならなくなった時の非常食にって思ってたんだが……今の俺にはこれぐらいしかないから、受け取ってくれ」

「これは?」

「『乾パン』っていう、日本では非常食としても使われてるもんだ。食いもんだよ」

 

 苦笑しながら言う宗達。それを受け、レイカが驚いた表情を浮かべた。

 

「よろしいのですか?」

「命を救ってもらったしな。受け取ってくれないとむしろ困る」

 

 文字通り『非常食』として用いようとしていたものだが、礼を欠くよりは遥かにマシだ。いくらこのラスベガスが地獄であり、他者に構っていては命を落としかねない場所とはいえ……それで礼を忘れるほど愚かになった記憶はない。

 

「ありがとうございます。……ジン、皆にこれを配ってあげて」

「うん!」

 

 ずっと遠巻きにこちらを窺っていた子供たち――十人ほどいる――のうち、褐色肌の少年がこちらへ走り寄ってくると、乾パンの缶を二つとも持っていった。それを見送りつつ、宗達はレイカへと言葉を紡ぐ。

 

「ヒスパニック……いや、違うか。人種がバラバラだもんな」

「ヒスパニック、とはアイデンティティですよ。元々はラテン系のアメリカ人を指す言葉です。……ここにいる子供たちは、皆身寄りのない子ばかりでして」

「…………」

 

 身寄りがない――その言葉に宗達は眉をひそめた。その言葉は、宗達にとって他人事ではない。

 

「宗達さんはデュエリストですよね? なら、ここがどういう場所かはすでにお判りでしょう?」

「ああ、地獄を見て来たよ。こんなのは序の口だろうがな」

 

 理不尽とも思えるほどに、デュエルが全ての世界。敗者に人権はなく、宗達はギリギリのところで持ち堪えていただけで一歩間違えれば死んでいた。

 ここは、そういう場所だ。

 

「あの子たちは、この地獄で親を失った子ばかりなのです」

「賭けデュエルで命を落とす奴は珍しくねぇが……その類か」

「私が知らないだけで、きっともっと多くの子供たちが飢えて死んでいるのだと思います」

 

 頷きを返してくるレイカ。ラスベガスは弱者にとっては地獄だが、強者にとっては天国だ。勝つことができれば一攫千金も夢ではないし、それを目的に訪れる者は数多く存在する。

 もっとも、そのほとんどが夢破れて消えていくのだが――……

 

「ガキを残して死んでいくか。……胸くそ悪ぃ話だ」

「ええ、本当に。ですが……子供たちに罪はありません」

「それには同意するよ。けど、一つ疑問だ。あんた、一体――」

「――レイカお姉ちゃん!!」

 

 宗達が言葉を紡ぐより早く、一人の女の子が声を上げた。同時、鈍い音が響き渡る。

 音源は扉の場所。まるで叩き壊さんばかりの音が響いている。

 

「お姉ちゃん……」

 

 女の子が泣きそうな顔でレイカを見上げ、他の子供たちもみな一様に怯えた表情をしている。

 

「大丈夫よ。皆、奥の部屋から絶対に出てきちゃダメよ?」

 

 子供たちは頷くと、皆一目散に奥のドアの中へと入っていった。宗達はその光景をぼんやりと見守っていたのだが、レイカの声によって呼び戻される。

 

「宗達さんも奥の部屋に……」

「……厄介事か? 女一人だと危険だろ。別に口出しはしないから、万一の時のために待機しとくよ」

 

 ひらひらと手を振る。レイカは逡巡する表情を見せた後、未だ鳴り響く扉を叩く音に身を震わせ、小さく頷いた。

 

「ありがとう、ございます」

「それは終わってからだ。……お客さん、随分待ってるみたいだぞ」

 

 レイカが頷き、扉を開ける。すると、そこから入って来たのは二人の白人男性だった。サングラスをかけており、雰囲気から一目で真っ当な職に就いている人間ではないことが伺える。

 

「よぉ、レイカちゃん。例の話は考えてくれたか?」

「……あの話なら、お断りしたはずですが」

 

 自分よりも二回り以上は大きい体躯をした男の言葉に、レイカは平然と応じる。だが、その後ろ姿を見つめる宗達の目には彼女が無理しているのが丸わかりだった。

 

(……震えてんじゃねぇか。普段の俺ならあの馬鹿共殴り飛ばしに行くとこだが、そうすると面倒だな。マフィアのいざござに巻き込まれるなんて洒落にならねー)

 

 レイカの後方からその光景を見ながら、宗達は冷静にそう分析する。ラスベガスには様々なマフィアがおり、水面下で衝突があることなど日常なのだ。それに巻き込まれでもすれば、命がいくつあっても足りない。

 そもそも賭けデュエルやカジノを実質的に仕切っているのが彼らだ。事を荒立てることはすべきではない。

 

「そうは言うけどな、レイカちゃんよぉ。この建物の権利はウチのボスが持ってるんだぜ?」

「…………ッ、あんなものは不当です。ジンくんのお父さんを騙して手に入れた権利書なんて……!」

「あの男はデュエルで敗北した。それ以外の正統性がどこにある?」

 

 もう一人の男が静かにそう告げる。額に十字架の入れ墨――口調こそまともだが、相当イカレた雰囲気を持っている男だ。

 

(二人共英語に訛りがあるな……それもこっちの訛りじゃねぇ。現地民じゃねぇのか?)

 

 疑問符を浮かべる。外部からくるマフィアなど珍しいものでもないが、どことなく違和感がある。それに、最近どこかで聞いたような覚えが……。

 

「帰ってください。あなたたちの要求を受け入れるつもりはありません」

「おいおい、そうつれないことを言うなよ。なぁ?」

「や、やめてください! 触らないで……!」

 

 レイカに触れようとする大柄な男。宗達は思わず腰を浮かすと、そのまま即座に男の手を払いのけた。

 パシン、という乾いた音が響き、男の手が弾かれる。宗達はレイカを庇うように前に出た。

 

「痛ぇ! テメェ何しやがる!」

「嫌がる女に触れるとか、法治国家なら即御用だよ」

 

 英語で即座に言い返す。大柄な男が睨んでくるが、特に何とも思わない。この手の威勢だけは良い男は総じて大したことはないのだ。

 

「何だテメェ!? チャイニーズか、おぉ!? 黄色猿が粋がってんじゃねぇぞ!」

「俺は日本人だよ。喚くな。耳に響いて不快だ」

 

 大げさに耳を塞いで見せる。大柄な男が顔を真っ赤にして怒鳴ろうとしてきたが、それをもう一人の男――大柄な男に比べると細身で、どこか鋭い刃を思わせる――が押し留めた。

 

「落ち着け。ボスに怒られるぞ」

「け、けれどよ、こいつ――」

「――見覚えがあると思ったが、二日前に俺たちのところで賭けデュエルをした日本人か」

 

 言葉を遮り、男は言う。宗達は眉をひそめた。

 

「二日前?」

「ふん、所詮は日本人か。流石は自国を焼いた国に無様に尻尾を振ることしか出来ない国の人間なだけはある」

「あァ?」

「無様な敗北をしていながら、そのことを忘れているとは。愚かなものだ」

 

 言われ、気付く。目の前の男――それは二日前、宗達が敗北したデュエリストだった。

 だが、そんなことをいちいち覚えていても仕方がないのが宗達の現状だ。ここに来て味わった敗北は三桁を超える。一つ一つの敗北について反省はすれど、引きずっている余裕はない。

 だが、相手は宗達が黙り込んだ態度をどう受け取ったのか、大柄な男が笑い声を上げた。

 

「ぎゃはは! そうかお前あの日本人か! 無様に負けて放り出されてたくせに、まだ生きてやがったとはなぁ!」

 

 ちなみにそういう経験――敗北し、ボロ雑巾のようにされること――は一度や二度ではない。おかげで右目のところに切り傷が出てきてしまっている。

 

「しかし、これは都合が良い。どうだ、お嬢さん。我々と賭けデュエルをしようではないか」

「……賭けデュエル?」

「我々はお嬢さんたちに立ち退いてもらいたい。しかし、それをお嬢さんたちは拒否している。ならばデュエルで決めればいい。それがこの街のルールだ」

 

 頷きながら言う男。レイカが、そんな、と言葉を紡いだ。

 

「私は素人なのよ!? そんなのは不当だわ!」

「ならば、そこの男に任せればいい。見たところ、知らぬ仲でもないのだろう?」

 

 レイカの視線がこちらに向く。男は、では、と言葉を紡いだ。

 

「返事は明日また伺わせてもらう。……それでは、さらばだ。行くぞ、ゲルヴァス」

「逃げんじゃねぇぞ? いや、プライドもない日本人なら平気で逃げるのか? ぎゃははははっ!」

 

 男たちが出て行く。その姿が見えなくなってから、レイカがいきなり床へと座り込んだ。

 

「ッ、おい!」

 

 どうにかそれを支える。レイカの身体は震えていた。

 厄介なことになった――宗達は、内心でため息と共にそう呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 レイカの意識自体は問題なかった。だが、酷く憔悴した様子で、申し訳程度の寝床で上体を起こした状態になっている。

 子供たちはそんなレイカの側で不安げな表情をしているが、宗達は少し離れた場所でそれを眺めていた。

 

「……申し訳ありません。巻き込んでしまって……」

「いいよ、別に。怪我もなかったし。それに、大変なのはあんたの方だろ?」

「……はい。申し訳ありません」

 

 落ち込んだ様子で頷くレイカ。そんな彼女に、あの連中、と宗達は言葉を紡いだ。

 

「どこのマフィアだ? 訛りからして地元じゃないだろ」

「……イタリア・マフィアです。以前から、ここを立ち退くようにと言われていて……」

「成程、よくある話だ」

 

 地上げとは少し違うが、実際はそういう状態に等しい。しかも面倒なのは、正当性がおそらく向こうにあるということだ。

 真っ当な方法であろうとなかろうと、権利書を握っているのは向こうの者たち。対し、レイカたちはいわば不法占拠している者たちだ。

 倫理的にはどうか知らないが、法律的には相手方に分がある。

 ……まあ、マフィアに法というのも笑える話だが。

 

「日本じゃああいう連中を『やくざ』って呼ぶんだが、ああいうのとは関わるべきじゃないし、そういう風に生きることは不可能じゃない。てか実際可能だしな。あんたもわかってるんだろ?」

「……はい。ですが、私たちにはここ以外に行く場所なんて……」

「まあ、部外者の俺が言うのも何だけどよ。命よりも大事なモノ、命を懸けるほどのモノなんてそうあるもんじゃない。違うか?」

 

 レイカは応じない。宗達は、まあいい、と言葉を頷いた。

 

「命を救ってもらった恩はあるが、俺も命は惜しい。退散させてもらうよ。あんたも逃げた方がいい。ラスベガスじゃ、魚の餌が人間なんてのはよく聞く話だ。このままじゃ、沈められるか埋められるぞ」

「……それでも、ここが私たちの〝家〟ですから」

 

 首を振るレイカ。宗達はそれを見ると、今度こそ出て行こうとした。その目の前に、一人の少年が立ち塞がる。

 確か、ジンといったか。褐色肌の、宗達が目を覚ました時に一番に声を上げていた少年だ。

 

「なあ、兄ちゃんデュエリストなんだろ……?」

「一応はそうだな」

「だったらレイカ姉ちゃんの代わりに戦ってくれよ! 姉ちゃん、デュエル弱いんだ……、このままじゃ俺たち追い出されちまうよ!」

「……俺がやっても一緒だよ。つい先日、アイツらに負けたばかりだ」

 

 肩を竦めてそう言うと、宗達は出て行こうとする。待てよ、とその背に向かってジンが言葉を紡いだ。

 

「何だよ! 逃げんのかよ腰抜け!」

「弱い、ってのはそれだけで罪だ。俺をどう思おうと勝手だが、それでは何も解決しないぞ。お前も俺も、ここにいる連中は全員が〝弱者〟なんだ。弱者ってのは、強者に踏み潰されるもんなんだよ」

「何だよそれ! 兄ちゃん本気で言ってんのか!?」

「ヒーローが欲しけりゃ他を当たれ。俺はそんなもんには決してなれない。そういうもんからは縁遠い人生を送って来たからな。……命懸けることなんて、人生そう多くない。下手すりゃ一度もないくらいだ。逃げられるんなら、逃げんのが賢い選択だよ」

 

 ドアノブへと手を伸ばす宗達。その背に、レイカが静かに言葉を紡いだ。

 

「……ここが私たちの〝家〟であり、〝全て〟です。あなたにはわからないでしょう。恵まれた国で、恵まれた人生を生きてきたあなたのような人には」

「わからないさ。そんなの、わかるはずがない」

 

 扉を閉める。昨日の雨の影響か、外に出ると同時に独特の刺激臭が鼻を刺した。

 

「……恵まれた奴の気持ちなんざ、わかるかよ」

 

 小さく呟き、表通りへ出る。既に太陽は昇り切り、街は多種多様な人種で溢れていた。

 

(家、か)

 

 宗達は孤児院の出身だ。親の顔も、愛情も知らない。『家族愛』という言葉を知っていても、理解できないのが如月宗達という人間だ。

 だが、あそこにいる少年少女たちは……どうなのだろうか?

 親の愛情を、知っているのだろうか?

 家族の愛情を、知っているのだろうか?

 ならば、それを壊された悲しみは……初めから知らない自分よりも遥かに大きいのではないだろうか?

 

「……くだらん」

 

 言い捨て、空を見上げる。

 そして――

 

「恨むぞ、院長。――〝受けた恩は三倍返し〟なんて馬鹿げたことを俺に教えたあんたを、恨んでやる」

 

 視線の先。そこにあるのは、巨大なカードショップ。

 ラスベガスではデュエルが全てだ。故に、カード一枚の値段も相場に比べてかなり高い。

 今、宗達の手元にあるのは――

 

「……まあ、今更失うもんもなし。はあ、嫌だねぇ」

 

 そんな呟きを、零しながら。

 如月宗達が、店内へと足を踏み入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 レイカは、両手を合わせて祈りを捧げていた。その先にあるのは、一つのデッキ。

 

(叔父様、私に力を貸してください……!)

 

 敬愛する叔父から貰った大切なデッキ。未熟な自分では扱いきれないデッキだが、それでもどうにかしなければならない。

 ここで勝たなければ、大切なモノを奪われてしまうのだから。

 

「お、お姉ちゃん……」

 

 一人の少女が、震える声でそう言葉を紡いだ。レイカは頷き、入口へと向かう。

 そこでは、昨日来た二人がすでに待っていた。

 

「答えを聞かせてもらおう」

「……私が勝てば、もう私たちとは関わらないと約束してください」

 

 震える体を必死に黙らせ、どうにかそう言葉を紡ぐ。いいだろう、と細身の男が頷いた。

 

「だが、我々が勝った場合は覚悟してもらうぞ」

「……子供たちには、手を出さないでください」

 

 お願いします、とレイカは頭を下げた。そのまま、地面に膝をつく。

 

「どうか、お願いします。私はどうなっても構いません。ですから……」

「おいおい、何だぁ? プライドがねぇのかよ?」

 

 下品な笑い声を上げる、巨漢の男。それに対し、いいだろう、と細身の男が冷静に頷いた。

 

「だが、お前には覚悟を決めてもらう」

「……既に決まっています」

「ならばいい。来い」

 

 男の先導に従い、歩いていく。子供たちも、強制的に連れられていた。

 そんな中、巨漢の男がニタニタといやらしい笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

 

「馬鹿な女だな。逃げれば良かったのによぉ」

「……あなたには、わかりません」

 

 震える体で、怯える心で。

 それでも、レイカはこう言った。

 

「あの場所が、私たちにとっての〝全て〟です」

「――奇跡など起こらん。諦めろ」

 

 それを切り捨てるように、先頭を歩く男が言う。レイカは、その男の背中を睨み付けた。

 俯きそうになるのを必死で堪え……前を、見続けた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 連れて来られたのは、賭けデュエルの会場だった。観客も数多く入っており、子供たちも観客席から見守っている。

 

「頑張れお姉ちゃん!」

「頑張って!」

「そんな奴やっつけて!」

 

 聞こえてくる応援の言葉。レイカは震える体でどうにか頷きを返した。そんなレイカに、細身の男――フェイトと名乗った男が言葉を紡ぐ。

 

「美しい偽善だ。壊したくなる」

「偽善なんかじゃ、ありません。私たちは真実です」

 

 声が僅かに震えた。体も震えている。

 そんな中、フェイトの嘲笑じみた笑い声が響き渡った。

 

「くだらん。夢を見ているなら覚ましてやろう。――この俺の、絶望でな」

「勝ちます。絶対に、勝ちます……!」

 

 相手に届けるのではなく、自らに言い聞かせるようにそう言葉を紡ぎ。

 レイカは、デュエルディスクを持ち上げる。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 全てを懸けた決闘が始まる。先行は――レイカ。

 

「私のターン、ドロー! 私は魔法カード『召集の聖刻印』を発動! デッキから『聖刻』と名のついたモンスターを一体、手札に加えます! 私は『聖刻龍―アセトドラゴン』を手札に! そして召喚! このカードは生贄なしで召喚でき、その時攻撃力が1000になります!」

 

 聖刻龍―アセトドラゴン☆5光ATK/DEF1900/1200→1000/1200

 

 現れたのは、聖なる刻印をその身に刻むドラゴン。フェイトがほう、と吐息を零した。

 

「希望の光を纏う龍か……面白い、絶望に染めてやろう」

 

 その言葉を無視し、レイカは更に手を進める。

 

「アセトドラゴンを生贄に捧げ、『聖刻龍―ネフテドラゴン』を特殊召喚! このカードは自分フィールド上の『聖刻』と名のついたモンスターを生贄に捧げて特殊召喚できる! そして生贄になったアセトドラゴンの効果! このカードが生贄に捧げられた時、デッキからドラゴン族の通常モンスターを攻守を0にして一体特殊召喚する! 『神龍の聖刻印』を守備表示で特殊召喚!」

 

 聖刻龍―ネフテドラゴン☆5光ATK/DEF2000/1600

 神龍の聖刻印☆8光ATK/DEF0/0

 

 現れる新たなドラゴンと、巨大な刻印が刻まれた球体。共に神々しさを放ち、フィールドを明るく照らす。

 

「更にネフテドラゴンを生贄に捧げ、『聖刻龍―シユウドラゴン』を特殊召喚! このカードは『聖刻』と名のついたモンスターを生贄に捧げて特殊召喚できる! そして生贄になったネフテドラゴンの効果により、二体目の『神龍の聖刻印』を特殊召喚!」

 

 聖刻龍―シユウドラゴン☆6光ATK/DEF2200/1000

 神龍の聖刻印☆8光ATK/DEF0/0

 神龍の聖刻印☆8光ATK/DEF0/0

 

 並ぶのは、三体の光持つ龍。そして、これではまだ終わらない。

 

「更に手札から魔法カード『ドラゴニック・タクティクス』を発動! ドラゴン族モンスター二体を生贄に捧げ、デッキからレベル8のドラゴン族モンスターを一体特殊召喚します! シユウドラゴンと神龍の聖刻印を生贄に捧げ、デッキから『聖刻龍―セテクドラゴン』を特殊召喚! 生贄になったシユウドラゴンの効果により、デッキから三枚目の『神竜の聖刻印』を特殊召喚です!」

 

 聖刻龍―セテクドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2000

 神龍の聖刻印☆8光ATK/DEF0/0

 神龍の聖刻印☆8光ATK/DEF0/0

 

「そして二枚目の『ドラゴニック・タクティクス』です! 二体の神龍の聖刻印を生贄に捧げ、二体目の『聖刻龍セテクドラゴン』を特殊召喚!」

 

 聖刻龍―セテクドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2000

 聖刻龍―セテクドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2000

 

 並び立つ、二体の聖なる龍。そして、レイカは最後の一枚をディスクへと指し込んだ。

 

「最後の手札、魔法カード『超再生能力』を発動です。このカードを発動したターン、生贄・もしくは手札から捨てたドラゴン族モンスターの数だけエンドフェイズにドローします。生贄にしたドラゴン族モンスターは七体。七枚ドローし、手札が六枚より多いので一枚捨てます。……『エレキテルドラゴン』を墓地へ」

 

 これで手札は元に戻った。エンドフェイズに加えるために伏せカードにはできないが、アドバンテージの面で言えばかなりの数を稼いでいるはずだ。

 

「お姉ちゃん凄い!」

「レイカ姉ちゃんすげー!」

「そんな奴やっつけろー!」

 

 観客席が湧く中、子供たちの越えも混じって聞こえてくる。前を見ると、フェイトがその両手を叩いて拍手をしていた。思わず眉をひそめる。

 

「……どういうつもりですか」

「素晴らしい。実に見事だった。これは俺からの称賛だ。まさか、お前のような女がこれほどの力を見せるとはな」

 

 頷くフェイト。しかし、彼はため息を零した。

 

「その程度では俺には勝てない。――俺のターン、ドロー。俺は手札から、魔法カード『おろかな埋葬』を発動する。デッキからモンスターを一体、墓地へ。俺が墓地へ送るのは、『甲虫装機ホーネット』だ」

 

 その言葉をフェイトが紡いだ瞬間、会場から笑いが零れた。終わりだ、という言葉も聞こえてくる。

 だが、レイカには何のことかがわからない。一体、何が――

 

「聖なる刻印を持つ、光の龍……実に美しい。だが、その程度の力など簡単に沈めることができるんだよ。絶望を見せてやろう。――俺は手札より、『甲虫装機ダンセル』を召喚」

 

 甲虫装機ダンセル☆3闇ATK/DEF1000/1800

 

 現れたのは、一体の妙な衣装を着た男だった。レイカが眉をひそめる中、どうだ、とフェイトが言葉を紡ぐ。

 

「降参するならば今の内だ。貴様の終わりは決まっている」

「降参なんてしません!」

「そうか。――残念だ。ダンセルの効果発動。一ターンに一度、墓地の『甲虫装機』と名のついたモンスターを一体、装備できる。俺はホーネットを装備。ホーネットは装備されている時、装備モンスターのレベルを3上げ、攻撃力と守備力をそれぞれ500、200ずつ上げる」

 

 甲虫装機ダンセル☆3→6闇ATK/DEF1000/1800→1500/2000

 

 ダンセルの攻撃力が上がる。だが、これでは二体の聖刻龍は倒せないが――

 

「――ホーネットの効果発動。装備カードとなっているこのカードを墓地へ送ることで、フィールド上のカードを一枚破壊する。『聖刻龍―セテクドラゴン』を破壊」

「そ、そんな……!?」

 

 いとも簡単に破壊されるセテクドラゴン。そんな中、無情なフェイトの言葉がレイカの耳に届いた。

 

「ダンセルの効果発動。このカードに装備されているカードが墓地に送られた時、デッキからダンセル以外の『甲虫装機』と名のついたモンスターを一体、特殊召喚できる。――『甲虫装機センチピード』を特殊召喚」

 

 甲虫装機センチピード☆3闇ATK/DEF1600/1200

 

 現れる、別の『甲虫装機』。その意味を知った瞬間、レイカの表情が青くなった。

 

「え、あ、まさか……」

「そう。センチピードも墓地の『甲虫装機』を装備する効果を持っている。……ホーネットを装備し、ホーネットの効果発動。二体目のセテクドラゴンを破壊だ」

 

 レイカのフィールドががら空きになる。折角、高レベルのモンスターを二体も並べたというのに――

 

「そして、センチピードの効果。このカードに装備されている『甲虫装機』が墓地へ送られた時、デッキから『甲虫装機』を一枚手札に加えることができる。俺は『甲虫装機ギガマンティス』を手札に加え、ダンセルに装備する。このカードは自分フィールド上の『甲虫装機』に装備でき、このカードを装備しているモンスターは元々の攻撃力が2400となる」

 

 甲虫装機ダンセル☆3闇ATK/DEF1000/1800→2400/1800

 甲虫装機センチピード☆3闇ATK/DEF1600/1200

 

 攻撃力の合計は、丁度――4000。

 

「二体のモンスターでダイレクトアタックだ」

 

 レイカLP4000→0

 

 LPが0になる音が鳴り響く。レイカは思わず膝をついた。

 何もできなかった。本当に、何も。

 自分は、何をしていたのか――

 

「さあ、お前たちの負けだ。約束通り、お前には地獄を見てもらう」

「…………ッ!」

 

 覚悟していたこととはいえ、実際に言われると体が震える。だが、逃げてはならない。逃げてしまったら、子供たちに危害が及ぶ。

 だから――

 

「さあ、来い」

「…………」

 

 言われるまま、立ち上がる。背中越しに、子供たちの声が聞こえた。

 

「お姉ちゃん! 嘘だろ!?」

「行かないでお姉ちゃん!」

「レイカお姉ちゃん!」

 

 子供たちが泣いている。いつもならすぐに頭でも撫でてあやすのに、今日はそれすら許されない。

 彼らを泣かせているのは……自分なのだから。

 

「奇跡など起こらん。現実などこんなものだ。あの男は逃げたのだろう? 実に正しい判断だ」

 

 否定できない。それが悔しくて、惨めで。

 レイカの瞳からは、幾筋もの涙が溢れ出した。

 

「……ごめん、ごめんなさい、みんな……」

 

 振り返れない。情けなくて、どうしようもなくて。

 本当に、私は――

 

 

「――ちょっと待てよ、十字架野郎」

 

 

 その声は、大歓声の会場の中にやけに強く響き渡った。決して張り上げた声ではないというのに、酷く通った声。

 振り返る。そこにいたのは。

 ――如月宗達。

 自分たちの前から、立ち去ったはずの少年。

 

「……何をしに来た?」

「デュエルしにきたに決まってんだろタコ。テメェ自身が昨日、俺に喧嘩売ってたんじゃねぇか」

 

 彼はそういうと、観客席から会場へと飛び降りてきた。フェイトが、ふん、と鼻を鳴らす。

 

「何を言うかと思えば。貴様はもう関係ない。この女が敗北した時点で話は終わっている」

「おいおい、ふざけんな。俺がちょっと遅刻したからって、素人とデュエルして勝っただけでドヤ顔すんなよ。俺とのデュエルが本番だろうが」

 

 何の臆面もなく言ってのける宗達。レイカは何が何だかわからない。

 フェイトは眉をひそめると、貴様、と宗達に向かって言葉を紡いだ。

 

「名前と目的は何だ?」

「名前は、如月宗達。目的は――恩返し」

 

 デュエルディスクを構える宗達。フェイトが、ならば、と言葉を紡いだ。

 

「そうまでするならば貴様とのデュエル、受けてやる。だが、我々は一度勝利しているのだ。貴様とデュエルする上でメリットが何もないのでは話にならんぞ」

「メリットなら、これでどうよ?」

 

 言うと、宗達は六枚のカードを取り出した。英語で表記されたカードに一瞬フェイトは眉をひそめるが、そのカードの勝ちに気付くと表情を変える。

 

「貴様そのカードは……『絵札の三剣士』か!」

「全米オープンの商品だ。世界に三枚ずつしかねぇ仕様のレアカード。俺に勝ったらこれをくれてやる」

 

 あの『決闘王』武藤遊戯が使ったとして人気が高く、同時にレアリティの高さ故に手に入り難いカード……『絵札の三剣士』。しかも宗達が持っているのは大会の賞品仕様のレアカードだ。その価値はそうとうなものになる。

 

「いいだろう。貴様とのデュエル、受けてやる」

「話が早くて助かるね。――こっちに戻って来い、レイカ」

 

 声をかけられ、困惑しながらも宗達の側に戻るレイカ。宗達は、悪いな、と言葉を紡いだ。

 

「ちょっと道に迷ってた。まあ、ギリギリセーフって事にしといてくれ」

「……どうして」

「ん?」

 

 宗達が首を傾げる。レイカは、どうして、と言葉を紡いだ。

 

「どうして、あなたが……」

「恩を返しに来たのが第一の理由。恩知らずにはなりたくないんでな。で、もう一つは……ここで逃げるようじゃ、俺は俺の目指すもんに辿り着けねぇと思ったからだ」

 

 真っ直ぐにレイカを見据え。

 宗達は、言葉を紡ぐ。

 

「俺は〝最強〟になる。そしてその強さは、何もかもに認めさせ、何もかもを掬い上げるためのものだ。ここで逃げたら、俺は俺自身からも逃げることになる。それは勘弁だ」

「……命を懸けることなんてそう多くないと言っていたのは、あなたでしょう?」

「多くないだけで、存在はしている。俺はずっと、このことにだけは命を懸けてきた」

 

 そう、これだけはと。

 宗達は、相手に視線を向けながら言葉を紡ぐ。

 

「強くなる。その目的から、俺は絶対に逃げねぇよ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「――最期の会話は終わったか?」

 

 その言葉を受け、宗達は前を見た。フェイト――そう名乗る男が、こちらを見つめている。

 

「どういう意味だ?」

「言葉通りの意味だ。マフィアに楯突いたその女は奴隷として堕ちてもらう。貴様もだ。このデュエルで、もう二度とデュエルなどできないようにしてやろう」

「二度と、ね。それに人身売買ときたか。……どこの世界も、テメェらみたいなのはクズだねぇ」

 

 肩を竦めて見せる。その宗達へ、ふん、とフェイトは鼻を鳴らしてみせた。

 

「そのクズがいなければ世界が成り立たんのだ」

「別にそういう問答をする気はねぇよ。勝手にどうぞ、って感じだ。――さあ、やろうぜ」

 

 互いにデュエルディスクを構える。フェイトが笑みを浮かべた。

 

「三日前、俺に手も足も出なかったのを忘れたのか、日本人?」

「男児三日会わざれば括目して見よ――東洋の言葉だ。覚えとけ、祖国を追われた雑魚マフィア」

 

 宗達の挑発。それを受け、フェイトは不愉快そうに眉をひそめた。

 

「良いだろう、ならば直々に潰してやる……!」

 

 そして、二人が宣誓する。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 デュエルディスクが先攻後攻を決める。先行は――フェイト。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は手札から『終末の騎士』を召喚! 効果発動! このカードの召喚、特殊召喚成功時にデッキから闇属性モンスターを一体墓地に送ることができる! 俺は『甲虫装機ホーネット』を墓地へ送る!」

 

 終末の騎士☆4闇ATK/DEF1400/1200

 

 いきなりホーネットが墓地へ送られる。前回のデュエルでは、レイカがそうであったようにこれで全てを終わらされた。

 絶望とは、よく言ったものだ。

 

「さあ、終わりの時間が近付いているぞ。――俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を見る。……相変わらず、手札は悪い。本当にどうしようもない。

 ラスベガスに来てから少しはましになっている気もするが、本当のところはわからない。わかっているのは、いつも通りのデュエルをするしかないということだけ。

 

「俺は手札から、魔法カード『サイクロン』を発動! 右の伏せカードを破壊する!」

「ちっ、『強制脱出装置』が破壊されたか」

 

 舌打ちを零すフェイト。宗達は手札を確認し、頷きと共にモンスターを召喚した。

 

「俺は『六武衆―ザンジ』を召喚!」

 

 六武衆―ザンジ☆4光ATK/DEF1800/1300

 

 現れたのは、光り輝く薙刀を持った侍だった。フェイトが嘲笑の笑みを零す。

 

「ふん、馬鹿の一つ覚えの侍か」

「うるせぇよ。――ザンジで終末の騎士へ攻撃!」

 

 フェイトLP4000→3600

 

 終末の騎士が破壊され、フェイトのLPが僅かに減る。宗達は更に、と言葉を紡いだ。

 

「カードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー。……くくっ、どうやらお前はここで終わるようだぞ?」

「何だと?」

「俺は手札より、『甲虫装機グルフ』を召喚」

 

 甲虫装機グルフ☆2闇ATK/DEF500/100

 

 現れたのは、フリスビーのような武器を持ったモンスター。戦隊ものに出てくるキャラクターと似た姿をしている。

 

「グルフの効果を発動。一ターンに一度、墓地の『甲虫装機』と名のついたモンスターを墓地・手札から装備できる。ホーネットを装備。これによって攻撃力・守備力とレベルが上がるが……そんなことはどうでもいい。真の効果はこちらだ。俺は装備されたホーネットを外し、貴様の伏せカードを破壊する。右側のカードだ!」

「……チッ、『奈落の落とし穴』が」

 

 破壊された罠カード。ははっ、とフェイトが笑みを零した。

 

「その程度か。――俺は更に魔法カード『トランスターン』を発動! 一ターンに一度しか使えず、自分フィールド上のモンスターを墓地に送って発動! 墓地へ送ったモンスターと種族・属性が同じでレベルが1高いモンスターをデッキから特殊召喚する! 『甲虫装機ダンセル』を特殊召喚!」

 

 甲虫装機ダンセル☆3闇ATK/DEF1000/1800

 

 現れたのは、先程レイカを叩き潰したモンスター。その凶悪さ故に制限カードに指定され、しかし、それでも力を発揮し続けるモンスター。

 宗達が三日前に敗れたのも、このモンスターが理由だ。

 

「このモンスターの強さは知っているな?――ダンセルの効果発動! 墓地から――」

「――罠カード発動、『デモンズ・チェーン』。効果モンスター一体の効果を無効にし、攻撃宣言および表示形式の変更を不可とする」

「何だと? ふん、少しは学習したということか。ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー」

 

 手札を確認する。正直、そこまで悪くはない。このままゲームエンドまで持っていきたいが――

 

(あの顔。何かあるのは間違いねぇな。――まあ、それでもやるしかねぇんだが)

 

 決断してからの行動は早い。宗達は次の一手を打つ。

 

「俺は手札より、永続魔法『六武衆の結束』を発動! 『六武衆』と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度にカウンターが乗り、最大二つまで乗る! そしてカウンターが乗ったこのカードを墓地に送ることで、そのカウンターの数だけカードをドローできる!」

「ふん、それがどうした」

「俺は手札から、『真六武衆―シナイ』を召喚! カウンターが乗る! 更に六武衆が場にいる時、このモンスターは特殊召喚できる! 『真六武衆―キザン』を特殊召喚! カウンターが乗る!」

 

 六武衆―ザンジ☆4光ATK/DEF1800/1300

 真六武衆―シナイ☆4水ATK/DEF1500/1600

 真六武衆―キザン☆4地ATK/DEF1800/500→2100/500

 六武衆の結束 0→2

 

 並び立つ三体の侍。宗達は、効果発動、と言葉を紡いだ。

 

「六武衆の結束を墓地に送り、二枚ドロー!――バトル、キザンでダンセルを攻撃!」

「ふ……」

 

 フェイトLP3600→2500

 

 ダンセルが破壊され、LPが削られる。追撃、と宗達は言葉を紡いだ。

 

「シナイでダイレクトアタック!」

「――『速攻のかかし』だ。ダイレクトアタックを無効にし、強制的にバトルフェイズを終了する」

 

 やはり持っていたか――表情を歪める宗達。そのまま宗達はメインフェイズに入った。

 

「俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー。……くくっ、これで貴様は終わりだ。リバースカードオープン、『リビングデッドの呼び声』! ダンセルを蘇生する!」

「させるか! カウンタートラップ『神の警告』! LPを2000支払い、召喚・反転召喚・特殊召喚及びそれらを含むカードの効果の発動を無効にして破壊する!」

 

 宗達LP4000→2000

 

 宗達のLPが減る。ははは、とフェイトは笑った。

 

「それぐらいは予想していた。だが、LPをコストで削ったのは悪手だったな。――俺は手札より魔法カード『死者蘇生』を発動! ダンセルを蘇生する!」

 

 甲虫装機ダンセル☆3闇ATK/DEF1000/1800

 

 再び蘇るダンセル。会場が大きく湧いた。

 もともとこの場所は宗達にとってはアウェーになる。当然といえば当然だ。

 

「終わりだよ、日本人。――ダンセルの効果発動!」

「――リバースカード、オープン」

 

 その声は。

 決して大きくはないというのに、やけに強く響き渡った。

 

「永続罠『暗闇を吸い込むマジックミラー』」

 

 発動されたのは、巨大な一つの鏡だった。ただの鏡ではない。その鏡には、幾筋もの闇が次々と吸い込まれていっている。

 

「な、何だと!? そのカードは……!」

「効果は知っているか? このカードが存在する限り、闇属性モンスターの効果は墓地・フィールド上では発動できない。ご存じの通り、闇属性モンスターへのメタカードだよ。これ一枚で、ダンセルどころか甲虫装機は紙切れになる」

 

 肩を竦める宗達。フェイトが眉を歪めた。

 

「ふざけるな貴様ァ! メタカードなど……!」

「一度負けてて、相手のデッキがわかってんなら対策すんのは当たり前だ。それをしねぇ奴はただのド阿呆か大間抜け。特にこちとら命が懸かってんだぞ? 当たり前だタコ」

「卑怯な……!」

 

 呻くように言うフェイト。それに呼応するように、周囲から野次が飛んだ。だが、宗達はその野次に対して怒るどころかむしろ笑顔を返す。

 

「向こうでも散々野次られてきたからな。むしろこっちの方がやり易い。――さあ、どうする? このまま指くわえて終了か?」

「ぐっ……お、俺はターンエンドだ……ッ!」

 

 フェイトが歯を食い縛るようにしてそう告げる。はっ、と宗達は笑みを浮かべた。

 

「俺のターン、ドロー。……いちいちモンスターを出す必要もねぇ。攻撃だ」

「ぐっ……ぐあああああああっ!」

 

 フェイトLP2500→-1900

 

 敗北者が決定される。膝をついたフェイトに、宗達はほれ、と手を差し出した。

 

「テメェは負けたんだ。出すもん出せよ」

「ぐっ……こんなものが認められるか! 卑怯者が!」

「オイオイ、天下のマフィア様がそんなことを言うのかよ。卑怯汚いはテメェらの得意技だろ?」

「黙れ!」

 

 拳銃を取り出し、構えるフェイト。宗達は、歩みを進めた。

 

「止まれ日本人!」

「…………」

「止まれ!」

「…………」

 

 宗達は歩みを止めない。そして、いつの間にか。

 額に銃口が押し付けられる位置まで、近付いていた。

 

「ここに来る時に覚悟は決めてんだよ。――〝神風〟なめんな外国人」

「くっ……!」

 

 呻くフェイト。そのまま、彼の指が引き金を引こうとして――

 

 

「――構わん。渡してやれ」

 

 

 不意に、酷く重い声が響き渡った。見上げると、杖をついた紳士風の男がこちらを見下ろしている。

 

「しっ、しかしファーザー!」

「聞こえなかったのか?」

 

 鋭い眼光――本物の修羅場をいくつもくぐってきた紳士の前に、フェイトは慌てて頭を下げる。そのまま取巻きに権利書を持ってこさせると、宗達に渡した。

 

「お、ありがとよー」

 

 礼を言うが、フェイトは何も言わずすぐに立ち去って行った。そんな彼を見て、肩を竦める。すると、紳士がこちらを見下ろしながら言葉を紡いできた。

 

「日本人。貴様、名は?」

「宗達。如月宗達だ」

「……ソウタツ・キサラギか。覚えておこう。我々は今後一切、あの建物には手を出さん。だが、ソウタツ。もしまた我々に歯向かうようなことがあれば、その時は……」

「お互い、関わらないまま生きるのが一番だ。だろ?」

「ああ、その通りだ」

 

 紳士が奥へと引っ込んでいく。宗達は肩を竦めると、一度大きく伸びをした。

 ――そして。

 

「……とりあえず、出るか」

 

 呆然としているレイカの手を引き。

 そう、言葉を紡いだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 あの後、数日様子を見たが相手は本当に手を引いたらしく関わって来なくなった。やけにあっさりしているのが不気味だが、平和であるのならば異論はない。

 一応警察にも連絡は入れてあるが……どうせ裏で繋がっているのだろうから期待はできない。レイカにもそのことを話すと、できるだけ早く別の場所に移るつもりとのことだ。

 まだ十八程度の女が何故ここまで、と思ったが聞かないことにした。聞いたところで意味はなく、知れば重荷になるだけだ。

 

「……私の両親は、戦地で亡くなったんです」

 

 ぼんやりと月を眺めていると、不意にレイカがそんなことを言い出した。聞かなかったことを語ろうとしてくれている――そんなことを思いながら、耳を傾ける。

 

「NGOの仕事で……正直、悲しかった。どうして、と何度も思いました。どうして私を残して、見ず知らずの人のために死んだのだと。けれど、ある日から……両親に助けてもらったという方や、救われたという方からの手紙が来るようになって。思ったんです。

 両親のことを、知りたい。

 何を守ろうとしていたのか。守りたかったのか。守ったのか。それを知れたら、って。

 ……偽善ですね。あの子たちとこうしているのも、そういう打算があるから。理解できるかもしれない、なんて。まるであの子たちを道具みたいに……」

 

 自嘲するように笑うレイカ。宗達は、どうかな、と呟いた。

 

「ガキ共はあんたのことが大好きみたいだぞ。無事だってわかって、全員あんたにしがみついて号泣してただろうが。……始まりなんざどうでもいいんだよ。打算だけでこれだけのことができるわけねぇだろ。あんたは十分、よくやってるよ」

「……そう、でしょうか」

「偽善ならそれでいいだろ。やらない偽善よりやる偽善、なんて言う気はねぇけどさ。そこらで寝転がって俯いてみて見ぬ振りする馬鹿共よりは遥かにマシ。他人の評価なんて気にするもんじゃない。人ってのは、基本的に他者を下に見たい生き物なんだから」

 

 くだらない、と肩を竦める。レイカが、なら、と言葉を紡いだ。

 

「どうして、助けてくれたのですか?」

「んー?」

「あなたが徹底したリアリストだということは、私にもわかります。そんなあなたが、何故……」

「……考えただけだ。ここで見捨てて、俺は向こうで待ってる奴らに胸張れんのかって」

 

 日本で今も頑張っているであろう、大切な友人たちと。

 最愛の少女に、胸を張れるのか。

 

「死ぬならそれまで。元々そういう覚悟でここに来たんだ。だったらまあ、助けない理由もない」

 

 理由など、そんなものだ。

 貫き通したい意志があり、意地があった。

 だから……こうしている。

 

「俺の理由は、強くなること。そしてその〝強さ〟は、胸張れるもんじゃないといけない。妥協した強さなんて無意味だ。それだけだよ」

 

 月を見上げる。ぼんやりと浮かぶその月は、酷く綺麗で。

 まるで、手が届かない〝最強〟を示しているようで。

 ――自然と、笑みが零れた。

 

「見えてきたぞ、〝最強〟」

 

 昨日勝てなかった敵に、今日勝利する。

 ただ、それを繰り返すこと。

 それだけが……最強へと至る道。

 手段を選ぶ必要などない。ここは、そういう場所だ。

 

「素敵ですね、その生き方は」

「オススメはしないけどな」

 

 笑って答え、目を閉じる。

 目を閉じればいつだって、始まりの理由はそこにある。

 

「――強くなるよ、雪乃」

 

 ずっと変わらない、その理由がある限り。

 歩みを止めることは、きっとない。






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