遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々― 作:masamune
第一控室。この〝ルーキーズ杯〟の実況及び解説を務める烏丸〝祿王〟澪と、アナウンサーの宝生の二人に与えられた部屋だ。
当初の予定では澪には個室をという話だったのだが、どの道控室にいる時間など知れているとして澪が断り、二人で一部屋という形になっている。
まあ、部屋自体は広いので窮屈さなど全くないのだが。
「今日はお疲れ様でした」
「お互い様だ、宝生アナ。それに、実際にデュエルをしていた彼らに比べるとこの程度は疲労にならんさ」
「ですが、八試合も解説を行っていましたし……」
「楽しませてもらったのだから、大丈夫だよ」
微笑を浮かべる澪。その澪に、そういえば、と宝生がお茶を用意しながら言葉を紡いだ。
「今日、エクゾディアを揃えた防人選手に烏丸プロは勝利されたと聞きましたが」
「ん? ああ、勝たせてもらったよ。特に何の問題もなく、な」
頷きを返す。以前偶然からペガサスと共に辺境の村で妖花を見つけた時、一度だけデュエルをし、澪は彼女に勝利している。その際にペガサスと澪は彼女のその特異性に気付き、表舞台に連れて来たのだ。
「あの、どうやって勝たれたのですか? 私にはどうしてもあのデッキに対して勝つ方法が想像できず……」
「ただの相性だ。『マインドクラッシュ』、『墓穴の道連れ』。私が今使っている『暗黒界』には所謂『ハンデス』のカードがいくつもある。デッキの相性――というより、デッキコンセプトの相性というのは重要だぞ」
「相性、ですか」
「そういう意味で、丸藤亮……彼のデッキは非常に相性が悪かったといえるだろう。今のサイバー流の教えを忠実に守っているのなら、除去カードもカウンタートラップもデッキには入っていないだろうからな。それでは妖花くんには勝てん。……『神の宣告』一枚で大分変わるものであるし、『王宮のお触れ』や『トラップ・スタン』でも沈黙するだろうが……それさえ積んでいないのだろうな」
サイバー流とはそういう流派だ。別に否定するつもりも肯定するつもりもないが、それを他者に押し付けるのだけは頂けない。
ちなみに妖花も自身のデッキの弱点については理解している。だからこそ妖花のデッキは複合型なのだ。……その分、手札事故に遭った時は本当に悲惨だろうが。
「サイバー流、ですか……」
「何か気になることでも?」
問いかける。すると、宝生は難しい表情をしながらも頷いた。
「こうしてアナウンサーになる前は、『サイバー流』という流派は人気があり、強い一派だと思っていました」
「まあ、実際に人気がある。『サイバー・ドラゴン』のカードは人気だし、『パワー・ボンド』や『リミッター解除』を中心とした効果力は見ていて楽しいだろう」
頷きながら応じる。実際、サイバー流に対する世間一般の印象は決して悪くはない。
リスペクト・デュエルという考え方や、派手な戦い方。同時に自分たちの考えが『正義』であるかのように声高に叫ぶという部分があるため、それを信じてしまっている一般大衆も多いのだ。
「はい。ですが……こうして報道する側に回ると、色々と……」
「……私はともかく、美咲くんやイリアくん、アヤメくんもサイバー流とは一悶着を起こしたことがある。特にイリアくんとアヤメくんは一歩間違えれば裁判沙汰になっていたし、彼女たちだけでなくサイバー流に良い感情を持たない者は多い」
宝生が出してくれた茶を啜りつつ、澪は言う。はい、と宝生は頷いた。
「現場に行くと、その手の話ばかりを耳にします。上からは報道するなと言われますが……」
「結論を言ってしまえば、人気のある流派をそう簡単に消すわけにはいかないというくだらない理由だ。……少し考えればわかる話なのだがな。現在の『サイバー流』の門下には全日本ランク50位以内は一人もおらず、人気だけが先行している状態だと」
かつては違った。〝マスター〟がいた頃は。
しかし、DDに敗北し、皇清心に敗北し……その〝マスター〟が引退してから、徐々におかしくなっていった。
リスペクト・デュエル。それを信じ、同時にだからこそ相手を批判することなどなかったサイバー流の者たちが、自分たちと主義の違う者を批判するようになってしまったのだ。
そして、一度歪んだモノはそう簡単には元に戻らない。
むしろより一層歪み、軋み……破滅へと突き進んでいくだけだ。
「プロにおいて、サイバー流の者たちは冗談ではなく嫌われている。当たり前だ。彼らにこちらが勝てば『卑怯だ』と罵られ、逆に負ければ『卑怯だから負けたのだ』などと声高に叫ぶ。……これでリスペクトというのだから聞いて呆れるレベルだな」
「……烏丸プロは、サイバー流については……」
「私の場合、『どうでもいい』が素直な気持ちだよ。もっとも、それもついこの間までの話だったがな」
肩を竦め、澪は言い切る。正直、口だけで実力の伴わない――少なくとも澪にとっては――流派などどうでも良かった。澪の目的は、自分の『同種』を見つけることだったのだから。
今のところ、候補はいても同種は見つかっていない。……まあ、それはいい。問題は『サイバー流』だ。
澪が知ってしまった、一人の少年の物語。そして、全米オープンで出会った『侍大将』と呼ばれる少年の物語。
その二つを知ってしまった今、無視をするのは難しい。
「主義主張を持つことは大切だ。宝生アナ、あなたにも好きなカードや大切なカードがあるはずだ。同時に、好きな戦術も。それを否定されたら、どう思う?」
「……嫌な気分になりますね」
「そう、普通はそういう反応を示すものだ。こちらを頭ごなしに非難してくる相手を、どうやって好きになればいい?」
手元の資料に目を通しながら澪は言う。結局、問題はそこなのだ。
持論を持つのは重要であるし、大切なことだ。だが、それを他人に押し付けてはならない。更に、あたかも自分の理論がすべて正しいかのように振る舞い、その上で他人を批判するなどあってはならない。
本当の意味で『正しい論理』など、存在しないのだから。
「昔は、ここまで酷くはなかったらしいのだがな」
「そう……なんですか?」
「私自身が目にしたわけではなく、DD氏の言葉だが……〝マスター〟の時代――即ちサイバー流の創世記は本当に尊敬できる相手だったと聞いている。同時に、〝マスター〟が引退してからおかしくなったとも」
プロの創世記、そして黎明期に活躍した〝マスター〟と呼ばれた人物。彼が引退してから、サイバー流は徐々におかしくなっていったらしい。もっとも、その頃のことを澪は知らないので何とも言えないのだが。
「まあ、要はそういうことだ。業界の裏側など知るものじゃない。……観察してみるといい。チームに所属しているサイバー流の門下生がチームメイトと共に何かをしている姿など滅多にないぞ。彼らは門下生同士でのみ行動している」
どうでもいいがな――そんなことを言いつつ、資料を片付ける澪。その時、澪は自身の端末にメールが来ていたことに気付いた。
「む、メールか。相手は……アヤメくんか?」
内容を確認しようと画面を開く澪。その彼女の耳に、ノックの音が届いた。
「はい?」
宝生が応対に出る。澪もそちらへ視線をやるが、視界に入った人物に思わず笑みを零した。
「少年に、妖花くんか。今日は見事なデュエルだったよ」
「ありがとうございます、澪さん」
「ありがとうございます!」
微笑を浮かべる一人の少年と、その隣で満面の笑みを浮かべる少女。
夢神祇園と防人妖花。共に今日の試合で一回戦を突破した二人だ。二人共に澪とは縁がある相手である分、澪としても勝利は素直に嬉しい。
「うむ、この調子で明日も頑張って欲しい。だが、どうした? 私か宝生アナに何か用か?」
「あ、その……僕たちは直接じゃなくて、澪さんに会いたいという人がいて」
「私にか?」
首を傾げる。確かにタイトルホルダーである自分は珍しいが、わざわざ二人を通して会いに来るとはまた変わっている。
「申し訳ありません、烏丸プロ。自分が頼みました」
そう言って現れたのは、背の高い一人の青年だった。丸藤亮。サイバー流正統継承者にして、アカデミア本校では『帝王』とも呼ばれる青年。
「烏丸プロ」
宝生がこちらに視線を送ってくる。それに手を軽く振ることで応じ、澪は亮を見た。
精悍な顔つきをした青年だ。だが、その表情はどことなく暗い。
「丸藤亮くん……だったかな? 私に用があるようだが」
「はい。お忙しいところを申し訳ありません」
「そう堅くならないでくれると嬉しいよ。〝祿王〟などと名乗っているが、タイトル所有者の三人の中では私が一番格下だ。三年生ということは、年齢も同じだろう?」
「いえ。それでも尊敬すべき相手ですから」
「ふっ……成程」
澪は頷く。ジュニア時代から名を轟かせる『帝王』丸藤亮。流石に礼儀面はしっかりしているらしい。
とはいえ、彼もまたサイバー流の門下生だ。妖花が一緒にいるところから察するに、ガチガチに凝り固まった思想をしているわけではないようだが――エクゾディアなどの特殊勝利はサイバー流にとって邪道だ――正直、その辺りは話をしてみなければならない。
「だが、話をするならば個人で来れば良かっただろうに。私は逃げも隠れもせんよ」
「直接の面識がありませんでしたから。そしてもう一つ、お伺いしたい話にはこの二人も関係しているので……」
「――ほう?」
口元に笑みが浮かんだのが自分でもよくわかった。それに気付いているのかいないのか、亮は静かに頭を下げてくる。
そして、その言葉を口にした。
「サイバー流という流派について、教えてください」
「……私などより、キミの方が詳しいだろう? 正統継承者なのだから」
「身内の話では駄目なのです。サイバー流の教え、信念、大義……それを理由に、今アカデミア本校は荒れています。俺は、それを正さなければならない」
頂点と呼ばれ、帝王と呼ばれるからこそと。
亮は、そう言った。
「故に、知らなければならない。サイバー流とは、何なのか。そのために話を伺いたいのです」
「……世の中には、知らない方がいい事実というものもある。キミにはそれを知る覚悟があるか?」
「もう、知らぬままではいられません」
亮は言う。
無知であることは、罪であると。
「知っていれば、変えられたかもしれない。何かができたかもしれない。俺は何かができる立場にあった。だというのに、何も知らず……何もしなかった。全てを理解した振りをして、一人の男が孤独に戦っていることさえも知らなかった。俺はもう、二度とそんなことを繰り返さない」
亮の目は真剣そのものだ。その目には、強い意志が宿っている。
それを受け取り、澪は小さく息を吐いた。そして、頷く。
「断るのも道理に外れるか……。いいだろう。私の知る限りのことは話すとしようか」
「ありがとうございます」
「だが、その前に。キミを一度見極めたい。廊下に出るといい」
小型のデュエルディスクを取り出しつつ、澪は言う。
「――キミの覚悟、見定めさせてもらう」
◇ ◇ ◇
試合結果は、驚きと共に受け入れられた。日本の公式戦では史上五人目のエクゾディアを揃えたことになる所属不明、経歴不明のデュエリスト――防人妖花。
彼女は彼の『決闘王』武藤遊戯から始まる〝伝説〟をその手に紡いで見せたのだ。
会場では各試合のダイジェストが流され、多くの観客が未だに歓声を上げている。まあ、それも当然だろう。今日は一日で凄まじいことがいくつも起こった。
プロ勢の盤石な試合運びに始まり、美咲の『プラネット・シリーズ』と『カオス・ソルジャー』という超が付くほどのレアカードの使用。そして、そんな中での遊城十代という一年生の奇跡のドローに観客は魅せられ、澪の発言によって注目されていた、本来なら下馬評で最も低い評価であったはずの夢神祇園の勝利。しかも極めつけは『エクゾディア』である。これで興奮するなという方がおかしい。
「ふぅん。結局、アカデミア勢で生き残ったのはあの遊城十代という小僧一人か」
会場の方を見下ろしながら、不意に海馬瀬人がそう言葉を紡いだ。そんな海馬に、社長、と桐生美咲が言葉を紡ぐ。
「祇園のこと忘れてますよー。今の祇園はウエスト校所属です」
「そういえばそうだったな。退学になって野垂れ死んでいるかと思えば、中々しぶとい」
「それが売りですからねー。祇園はしぶといですし、諦めは悪いですよ」
「知っている。あの状況で、勝ち目などないくせにそれでも抵抗しようとしていた小僧の散り際を見届けたのはこの俺だ。……どうやら、凡骨並には期待できそうだな」
笑みを浮かべる海馬。そのまま彼は室内の方を振り返った。
「ウエスト校の校長は誰だ?」
「私です、海馬社長」
名乗りを上げたのは、部屋の隅で湯呑で茶を啜っていた老人だった。ほう、と海馬が息を漏らす。
「龍剛寺か。一回戦を突破した生徒は本校とウエスト校者のみだ。褒めてやる」
「ありがとうございます」
龍剛寺は笑みを浮かべて頭を下げてくる。アカデミア・ウエスト校は激戦区といわれる近畿地区で毎年上位に入り、国民決闘大会やインターハイでも確実に結果を残す学校だ。他校に比べて弱いとも言われるが、こういうところで確実に結果を出してくるのは流石だろう。
まあ、団体戦の成績は優秀だが優勝経験は少ないので、やはり総合的には他の学校に劣っているのかもしれないが……。
だが、今はそれよりも――
「ふぅん、鮫島。いつまで呆けている?」
「…………」
会場を見下ろせるガラスの側で呆然としているのは、アカデミア本校校長である鮫島だ。
丸藤亮。彼の青年が敗北してから、ずっとこの調子である。
「先に言ったように、俺は結果を以て評価を下す。一般枠の小僧を除けば、本校の小僧が推薦枠では唯一の勝ち星。それも、ルーキーとはいえプロを相手にだ。これは貴様の教育手腕によるものだと評価してやる」
言い放つ海馬。そのまま彼は未だ呆然としている鮫島から視線を外し、美咲へと視線を向けた。
「美咲、俺の判断に何か問題はあるか?」
「いえ、ありませんよー? 十代くんが頑張ったのは事実、祇園が頑張ったのも事実。散々校長が勝つゆーてた丸藤くんが負けたんはまあ、アレやけど。下手すればプロも喰われるってことを十代くんは証明しましたしね」
「ふぅん、冷静だな。ごねるかと思ったが」
「十五歳ですけど、一応は社会人ですし」
「成程。我が社員に相応しい言葉だ」
「やったら給料上げてください。あと休みください」
「黙れ。貴様が一人前になれば考えてやる」
「うあー……、やっぱりブラック企業やー……」
美咲が肩を落とす。ふん、と海馬がその様子を見て鼻を鳴らした瞬間、部屋の扉を誰かがノックした。
「入れ」
「――瀬人様、お耳に入れたいことが」
入って来たのは、海馬の信頼厚い人物――磯野だった。その人物の姿を見て、おっ、と美咲も笑顔を浮かべる。
「磯野さんやー」
「ふぅん、磯野か。何があった?」
「……ええと……」
海馬が問いかけるが、磯野は室内を見回して口ごもる。室内には海馬や美咲の他にノース校とサウス校の校長を除く二人のアカデミア校長がいる。そのためだろう。
だが、海馬は構わん、と磯野に向かって言葉を紡ぐ。
「言え。何があった」
「はっ。それが……記者が鮫島校長に取材を行いたいと」
「鮫島に? 別に構わんだろう。何か問題があるのか?」
「――アカデミア本校で、生徒に対し不当な処分が下されたという情報が出回っています」
その言葉に表情を変えたのは三人。海馬と、美咲と……鮫島だ。
「不当な処分だと? 具体的な話はどうなっている?」
「はっ。それが、全く非のない生徒を退学にしたとの話が。また、その決定を下した倫理委員会の過激な行動も問題になっており、同時に倫理委員会の構成員の八割が鮫島校長の元教え子であるという情報も出回っております」
「ふぅん。人事管理は一任していたが、それが仇になったようだな。……鮫島、申し開きはあるか?」
問いかける。だが、鮫島は青い表情をしているだけで何も答えない。
海馬は鼻を鳴らすと、磯野、と言葉を紡いだ。
「他には何か問題になっていることはあるか?」
「問題かどうかはわかりませんが……渦中の不当な退学を受けた生徒の名は、夢神祇園。この大会にも参加している少年です。また、アカデミア本校内で鮫島校長を中心とした一人の生徒に対する差別があったという話も持ち上がっています」
「その生徒の名は?」
「それについては調査中で……」
「――如月宗達」
静かな声で、美咲が割り込むように言葉を紡いだ。海馬が視線を向けると、美咲は頷きながら言葉を紡ぐ。
「この間の全米オープンで五位入賞してた子です。『侍大将』の方が通りがええんとちゃいますかねー?」
「美咲、貴様は差別の内容は知っているのか?」
「差別というか、最早人格否定ですよあんなん。実際に見てもろたほうが早いと思いますけどねー。一応、報告書は上げてますよ」
肩を竦めながら応じる美咲。海馬は頷きを返した。
「確認しよう。――磯野、今すぐ会場に来ているアカデミア本校の教員を呼べ。詳しい話を聞く。そして美咲、貴様は――」
「――火消しですね? 今から行ってきます。適当にマスコミの興味を逸らせばええですかね?」
「こちらからも情報操作は行うが、基本は貴様のやり方に準拠する。任せたぞ」
「はいはい、っと。早速行ってきます。――磯野さん、記者さんたちはどこにおりますか?」
磯野に場所を聞き、早速行動を進める美咲。海馬は、鮫島、と静かに言葉を紡いだ。
「もう一度聞く。申し開き――いや、『言い訳』はあるか?」
「…………」
鮫島は青い顔をしているだけで、反応を示さない。ふん、と海馬は鼻を鳴らした。
「何が真実で、何が虚偽か。見極める必要がある。貴様には数人のSPをつけてやる。記者に捕まらんようにホテルに戻れ。そして、もう一つ。これが一番重要なことだが――」
鮫島の襟を掴み、射抜くように鋭い視線を海馬は鮫島へと向ける。
「――もし、貴様が使えない人間だと判断した場合。その場で貴様の首を切り捨てる」
手を離す。そのまま、最後に言い捨てるように海馬は言葉を紡いだ。
「精々祈っておけ。明日の試合、例の遊城十代という小僧がベスト4へ進めるようであれば貴様の手腕を認めてやる。負けるようであれば、所詮はまぐれ。貴様の実力など高が知れているということだ」
部屋を出て行こうとする海馬。そのまま彼は磯野へと指示を出そうとするが、その背にずっと黙っていた龍剛寺校長が声をかけた。
「海馬社長。我々の協力は必要ですかな?」
「状況が全て掴めていない現状では必要ない。だが、貴様らの手を借りる可能性は十分ある」
「わかりました。下の者にはそう伝えておきましょう」
「――行くぞ磯野」
「はっ」
部屋を出て行く海馬。それを見送ると、龍剛寺が静かに鮫島へと言葉を紡いだ。
「……落ちぶれましたねぇ、鮫島さん。〝マスター〟と呼ばれていた頃のあなたは、もっと輝いていたというのに」
茶を啜り、呑気な口調で語る龍剛寺とは対照的に呆然と座り込んでいる鮫島。龍剛寺は、そもそも、と言葉を紡いだ。
「ヒトとはどうしても〝業〟からは逃げられぬ生き物。あなたも譲れぬものがあったのでしょうし、信じていたものがあったのでしょう。しかし、あなたは間違えた。どうしようもないほどに、間違えてしまった」
故に今、あななたは這い蹲っている――龍剛寺は静かに告げた。
「誇りを失った人間は、ただの畜生です。私は褒められた生き方をしてきたわけではありません。むしろ、知られれば万人が私を蔑むでしょう。しかし、今のあなたは私に見下ろされている。これが真実であり、結果であり、現実です」
湯呑みを置き、龍剛寺は立ち上がる。
「あなたは教育者ではなかった。己が過ちを、何故教え子に繰り返させたのですか?」
鮫島は、答えない。
何も言わず、ただただ沈黙している。
「――〝サイバー流〟も、ここで終わりですね」
扉が閉まる。一人、取り残された鮫島は。
何も言えず……ただ、口を閉ざしていた。
◇ ◇ ◇
日本三強の一人、烏丸〝祿王〟澪。その強さは『圧倒的』――この一言に尽きる。
三つのタイトルを保有する、事実上日本最強のデュエリストDDのような派手なデュエルでもなく、もう一人のタイトルホルダー、皇〝弐武〟清心のような一手一手が確実に相手を追い込んでいくようなものでもない。
ただ、相手を圧倒する。力で、戦術で。
押し潰すように、蹂躙する。
それが、〝祿王〟のデュエル。
「――勝負は見えたな」
何かを確認するように、澪は自身の相手である亮へと言葉を紡いだ。亮はその言葉に返答を返さない。
だが、現実というのは無常だ。現在、澪の場には五枚のカードが表側表示で展開されている。
暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100
暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100
暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100
モンスターは、最強の暗黒界――龍神グラファが三体。そして、魔法・罠ゾーンには永続罠『スキルドレイン』が存在し、フィールド魔法として『暗黒界の門』が張られている。
「バトルフェイズだ。――グラファでダイレクトアタック」
亮のLPが0を刻む音が鳴り響く。それを受け、ありがとうございました、と亮は頭を下げた。そんな亮に、ソリッドヴィジョンを消しながら澪は構わんさ、と言葉を紡ぐ。
「タイトル持ちの中では一番指導には向いていないが、それでも指導決闘は行っている。……私とのデュエルで何かを掴んでくれたなら、それは嬉しいことだ」
デュエルディスクを片付ける。そうしながら、サイバー流だったな、と澪は亮に向かって言葉を紡いだ。
「こうして〝祿王〟などと名乗っているが、私は何も全てを知っているわけではない。故に、全ては私の主観となるが……構わないかな?」
「お願いします」
亮が頭を下げてくる。祇園や妖花、宝生といったメンバーは黙して推移を見守っているだけだ。
(全く、妖花くんはともかく少年は全くの無関係ではないというのに)
サイバー流師範、〝マスター〟鮫島。夢神祇園という少年は彼が決めたルールによって、外から見れば不条理な形で退学という状況に追い込まれた。
(それでも、少年の中に恨みも憎悪もない。裏側を知らない、というのも理由の一つだろうが……性格や考え方の部分もあるのだろうな)
かつての自分がそうであったように。
不条理と理不尽を受け入れ、その上で歩みを止めない力。
本当に……面白い。
(とはいえ、今は目の前の彼か。……指導など、私の柄ではないが)
誰かを教えるということが烏丸澪は致命的に苦手だ。それは気質からくるものだが、それは言っても仕方がない。なら、己の言葉を届けるだけ。
どの道、それ以外の方法を知らないのだから仕方がない。
「まず、結論から言おうか。――サイバー流には、明確な『限界』が存在している」
「……限界、ですか」
「そうだ。キミ自身、気付いているのではないか? 除去カードやカウンタートラップを使わず、相手の全力をこちらの全力を以て叩き潰す……成程、面白い論理だ。だが、何故それを相手もまた実践してくれると考える?」
現在のサイバー流を否定するような言葉を、澪は何の容赦もなく亮へと向ける。
「『サイバー・ドラゴン』も『パワー・ボンド』も強力なカードだ。後者に至っては、通せばその瞬間にゲームエンドが見えてしまうほどの力を持っている。そこまでわかっているのに、何故それがすんなり通ると確信できる?」
「…………」
「通してしまえば負けるなら、それは当然対策をする。『奈落の落とし穴』、『激流葬』、『次元幽閉』……召喚反応型だろうが攻撃反応型だろうが、対策などいくらでもできる。……サイバー流はな、それをされるのが怖いんだ。だからこそ、それらのカードを『卑怯』と呼び、相手に使わせないようにしようとした。何故なら、『使われれば負ける』からだ」
無論、話はそう単純なものでは決してない。それらのカードがあったとしても使えなければ意味がないし、それで確実に勝てるというものでもない。
しかし、融合戦術の弱点である手札消費の激しさは、そういうところで弱点を衝かれる。
「かつて、〝マスター〟が活躍していた頃はそれらの所謂妨害カードも手に入り難かった。しかし、上位の選手は必ずと言っていいほど使用していたし、だからこそ〝マスター〟は中々ランクを上げられずにいた。……その結果が、DD氏や清心氏に敗れた時の〝マスター〟に対する世間の評価だ。惨敗、即ち惨めな敗北。それはキミの方が詳しいだろう?」
「……はい」
「サイバー流がおかしくなったのはその時からだろうな。急に相手のことを否定し、禁止カードに指定されているわけでもないカードを否定し始めた。まるで親の仇でも……いや、実際に『仇』なのだろうな。自分たちが使わなかった。だが、相手は使った。違いなど、その程度だったのに」
歪んでしまったのは、〝マスター〟のプライドだろうと澪は思う。使えば良かったのだ。除去カードもカウンタートラップも。教えを破ってでも、そうするべきだったのだ。
だが、彼はそうしなかった。
そうすることは、終ぞできなかった。
「自身が信じた信念に殉じ、最後まで自らが『禁じ手』としたカード群を使わなかったのはある意味で評価に値する。貫き通した信念は、確かに評価されるべきだろう。……だが、同時にそこで歪んでしまったのだとも私は思う。『自分は使わなかったのに、何故相手は使う?』――冷静に考えれば滑稽な言い分も、本人にとっては大真面目だ。そしてそれが肯定されてしまったのが、今の『サイバー流』だ」
己が自身る信念と誇りのために戦ったその流派は。
自らに課した制約を、他人にまで押し付けようとした。
「サイバー流は人気自体は確かにあった。故に、マスコミもそれを取り上げ……結果として、今の風潮は出来上がった。厳しいことを言うが、サイバー流の者に現状トップデュエリストと呼べる者は誰もいないというのにな」
苦笑を零す。澪が興味を抱いていなかった理由はそこだ。結局、強さが全てである。プロとはそういう世界だ。
「私の知る話などこの程度だ。後は、プロの中でサイバー流は正直毛嫌いされているということぐらいか」
「そう……なのですか?」
「どこの世界に、他人を否定ばかりする者たちを好きになる者がいる? 大衆がサイバー流を受け入れているのは、あくまで自身に害はないからだ。害が及べば一瞬で掌を返すだろうな。……大衆などそんなものだ」
以上だ――言い切り、澪は亮へと背を向ける。
「これ以上は本人にでも直接聞いた方がいい。〝マスター〟鮫島はキミの師範だろう? まあ、それどころではないかもしれんが」
そのままこの場を立ち去ろうとする澪。その背に、烏丸プロ、と亮は言葉を紡いだ。
「あなたは、サイバー流についてはどうお考えですか?」
「最近になるまでは『興味がない』、この一点に尽きていたのだがな。残酷なことを言うが、私と戦える位置にまで上がって来れない者には興味はない。そういう意味でキミは例外だ。先程のデュエルは中々だった。限界を迎え、他のサイバー流の者たちのように潰れないことを祈るよ」
「それでは、今は?」
「少年……夢神祇園は、私の友人だ。防人妖花も、私の友だ」
黙して推移を見守っていた二人へと視線を送りつつ、そう言葉を紡ぐ。二人が驚いた表情を浮かべたが、澪は気にせず言葉を続けた。
「サイバー流の人間が、少年を不当に退学へ追いやった。個人がやったことかどうかなど知らん。組織や派閥に属する者は、それを背負っているということを忘れてはならない。少年は友であり、私は短いながらも彼の人となりを見てきた。その彼を一方的に、理不尽に否定した者をどう思うかなど、語る必要があるか?」
澪は亮の方へ視線を向けることをしない。だが、亮は自身の背筋に悪寒が走ったことを感じた。
放たれているこれは――殺気。
「妖花くんについてもだ。サイバー流は『エクゾディア』を否定している。彼女は私の認めたデュエリスト。その彼女を否定することなど、許すはずがなかろう。……丸藤亮。キミが私にとって強敵と呼べる存在になることを祈る。間違っても、私が殺意を向けるような『敵』にはなってくれるなよ?」
そのまま、澪は宝生を伴ってこの場から立ち去っていく。亮は一度強く拳を握り締め、くそっ、と小さく呟く。
その呟きは、やるせない思いに満ちていた――……
◇ ◇ ◇
澪が立ち去り、立ち尽くす亮。そんな彼に、祇園と妖花の二人は心配そうな表情を向ける。
「あの、大丈夫、ですか……?」
「……夢神祇園、か。キミは、俺たちのことを恨んでいるのか?」
つい口を衝いて出てしまった言葉。答えなどわかり切っているのに――そんなことを亮は思ったが、祇園はそれを首を左右に振って否定した。
「澪さんはああ言ってくれましたが……恨んでなんて、ないです。全部、僕が悪かったんです。僕が負けたから……」
「だが、あの制裁デュエルはどう考えても不当な決定から下されたものだ。そうだろう?」
「決定は、決定です」
苦笑する祇園。彼の制裁デュエルと退学については署名運動が行われたこともあり、亮もある程度は調べていた。その際に理不尽であることを感じたが……本人を目の前にすると、尚更強くそう思う。
彼の努力も頑張りも、否定する者はアカデミアにいなかった。あのクロノスでさえ、祇園の退学については納得が行っていないという旨を校長に伝えたという。あの、レッド寮の生徒を見下しているクロノスでさえだ。
恨んでいると思った。鮫島校長を、アカデミアを。
けれど、彼の瞳からは。
そんなものは、欠片も感じられなくて。
「――すまなかった」
気付いた時には、亮は祇園へと頭を下げていた。
「気付いていれば、知っていれば。何かが変えられたかもしれないのに」
如月宗達の時もそうだった。本当に、いつも遅い。
どうしてだ。どうして。
アカデミアの『帝王』などと呼ばれていながら、これほどまでに無知なのだ。
「……過ぎたことですし、僕の実力不足が原因ですから。顔を、上げてください。丸藤先輩には、何の責任もありません。責任は全部……僕にあります」
弱かったことが罪だと、祇園は言う。
ならば、無知であった自分は。
何も知らなかった、丸藤亮という人間は――
「すまない。そして……ありがとう」
顔を上げる。未だ迷いは多く、何もわかっていない自分がいる。
だが、これからは無知でいてはならない。遅すぎたかもしれないが、無意味かもしれないが。
それでも、丸藤亮は立ち上がらなければならない。
(師範。俺はもう、何も知らない子供ではいられない)
自分が信じるもの。求めるもの。
サイバー流という流派を愛し、信じ続けてきたからこそ。
丸藤亮は、知らなければならない。
(あなたに問う。サイバー流とは、俺が確かに憧れた――あなたの背中とは何だったのかを)
――もう、誰も傷つけないために。
『帝王』は、己が誇りの始まりの場所へと歩を進める。
〝ルーキーズ杯〟、二日目終了。
一回戦終了、ベスト8決定。
さーて、キナ臭くなって参りました
責任問題に発展すると、誰が責任取るんだろうね
そしてカイザーに対して語られたサイバー流の物語。とはいえ、あれは澪の視点からの物語。解釈の方法などいくらでもあります。
まあ、その辺は皆さんの中でどう受け取って頂けるかですね
そして、ふと気になった祇園くんの戦績
☆VS試験官(鴨沂)→序盤押されるも、一瞬の展開力で勝利☆
☆VSブルー生→相手の油断中にワンターンキル☆
★VS遊城十代→序盤は圧すものの、逆転のドローによる敗北★
☆VS藤原雪乃→終始押されながらも、最後の最後で逆転☆
★VS如月宗達→アルカナ・ナイト・ジョーカーに敗北★
★VS海馬瀬人→ブルーアイズを前に、終始押されながら一矢を報いるも敗北★
★VS二条紅里→植物族の展開力を前に、有効打を打てず敗北★
★VS烏丸澪→一撃を入れるも、それは全て相手の想定内。圧倒的な力の差に敗北★
☆代表戦、予選。成績は58勝21敗。三位通過☆
★VS菅原雄太→逆転の手は揃うものの、オネストの前に敗北★
☆VS藤原雪乃→ピーピングハンデスを喰らうものの、どうにか勝利。ただしかなり紙一重☆
☆VS藤原千夏→盤石の勝利☆
成績、5勝6敗。
……主人公とは思えないですね、負け越しとは
まあ、今の祇園くんならこんなものでしょう。負けてる相手は皆格上ですしね