遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第二十三話 ミラクル・ガール、プライドの行き先

 

「――アカデミア本校を不当に退学にされたというのは、本当ですか?」

 

 記者が発したその質問に、祇園は自身の心臓が高鳴ったのを感じた。一瞬、えっ、という呟きが漏れ、そのせいでより一層脈拍が上がる。

 記者たちは真剣な表情でこちらを見ている。祇園は、絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「退学に、なった……のは事実、です。でも、不当かどうかは……」

「あなたに非はなかったという話があるのですが」

 

 しどろもどろになって答える祇園に、記者は更なる質問を向けてくる。うう、と祇園は呻き声を漏らしつつ、どうにか言葉を紡いだ。

 

「せ、制裁デュエルも受けましたし……その、勝てなかった僕が悪くて……」

 

 そう、全てはそれが理由だ。負けてはならなかったデュエルで敗北した……ただ、それだけだ。

 祇園のその言葉をどう受け取ったのか。記者は軽く頭を下げていた。

 

「成程。……すみません、ありがとうございます」

「い、いえ」

 

 記者が質問を打ち切って頭を下げてきたので、祇園も反射的に頭を下げる。

 その後もしばらく質問攻めが続き、祇園はどうにかといった様子で答えていく。

 

「ありがとうございました」

 

 どれぐらいの時間、拘束されていたのか。記者たちのその言葉によって取材は終了を迎えた。

 祇園も頭を下げ、会場の方へと向かう。妖花とカイザーの試合はどうなったのか――そんな風に思い、会場の様子がモニターで見れるロビーへと足を踏み入れた瞬間。

 

「えっ……?」

 

 そこに展開されていた光景に、祇園は思わず呆けた声を口にした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 サイバー流、という流派がある。

 条件こそあるものの、特殊召喚効果を持つ上級モンスター『サイバー・ドラゴン』を中心とした戦術を使う流派だ。プロにもサイバー流に所属するデュエリストは何人もおり、その派手な戦術と彼らが掲げる教え故に一般からの受けはいい。

 リスペクト・デュエル――『互いが全力を出せるのであれば勝敗など関係ない』という考え方を信じる彼らは所謂除去カードやカウンタートラップといったものを『邪道』とし、禁じ手として否定している。

 禁止カードに指定されているわけでもないそれらのカードたちを否定することについては議論の余地があるだろうが……いずれにせよ、派手なデュエルになり易い彼らの戦い方にはファンが多い。

 しかし――大衆は一つの事実を知らずにいる。

 現在において、プロデュエリストとして何人も活躍する『サイバー流』。その知名度の反面、彼らは未だ誰一人としてタイトルを保有した者はおろか日本ランキング10位以内に名を刻んだ者さえいないということに。

 かつて〝マスター〟と呼ばれた男でさえ、最後のランキングは17位。それ以来、知名度はあれどサイバー流はプロの大会において『優勝』の文字を得たことがない。

 されど、名を知られ、人気があるのも事実。

 それがどういう意味を持っているのか……大衆は、知らない。

 

 

「…………」

 

 通路を歩きながら、『帝王』――丸藤亮は自身のデュエルディスクにある自身のデッキを見つめる。

 幼少の頃より親しんだ、『サイバー流』という流派。

 その教えを信じ、『リスペクト』という概念を信じ続けてきた。だが――

 

(俺は、何を信じればいい?)

 

 アカデミアで戦った、サイバー流とは真逆の考えを持つ男――如月宗達。彼に対する周囲の仕打ちや、『師範』として信じていた鮫島の言動。その全てが、カイザーに疑念を抱かせた。

 いや……もともと疑念はあったのだ。

 幼少期は疑うこともなかった『禁じ手』という概念。しかし、多くのデュエリストと出会うことでその考え方は変わっていく。

 卑怯も、汚いも存在しない。

 どんなデュエリストも、ただただ己のカードを愛しているだけなのだと。

 

(如月宗達……彼には、どれだけ謝罪しようと償うことはできない)

 

 あのデュエルの後、宗達はアカデミアを休学してラスベガスへ向かったと聞いた。弱肉強食――それこそプロデュエリストでさえ、生き残ることは難しいとされる場所。

 観光客にとっては行楽地でも、デュエリストにとっては一つの地獄。そんな場所へ、身一つで。

 自分にはできない。実力のほどは理解している。まだまだ、足りないと。

 

(俺は、どうすればいい?)

 

 何を信じ、戦えばいいのか。

 師範には決別の言葉をぶつけた。しかし、それで全てが割り切れるわけではない。

 彼を信じ続けていた自分は、確かにいたのだから。

 

「俺は……」

 

 会場へと、足を踏み入れる。

 大歓声が、体を叩いた。

 

『アカデミア本校代表、『帝王』と呼ばれるサイバー流正統継承者――丸藤亮選手です!』

 

 前を見る。対戦相手である少女は、既にそこに立っていた。

 

「良いデュエルにしよう」

「は、はいっ!」

 

 緊張した面持ちで頷く少女。それを見て、思う。

 サイバー流とは何なのだろうか、と。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 VIPルーム。各アカデミアの校長や、ルーキーズ杯のスポンサーのために設置された部屋だ。その部屋には数人の姿があり、一回戦最後の試合を見守っている。

 

「――失礼します」

 

 その部屋の扉を開け、一人の少女が室内へと足を踏み入れた。――桐生美咲。〝アイドルプロ〟であり、I²社とKC社をスポンサーに持つデュエリストだ。

 その少女の姿を見、何人かが軽く頭を下げてきた。美咲もそれに応じるが、そんな中で一人の男の声が響く。

 

「ふぅん、美咲か。解説席にいると思っていたがな」

「そのつもりやったんですけどねー。……こっちの方が、色々と都合が良さそうやったんで」

 

 白いコートを身に纏い、腕を組んで会場を見下ろす男――KC社社長、海馬瀬人の言葉に肩を竦めながら美咲は室内にいる海馬とは別の一人の男へと視線を向けた。しかし、美咲に視線を向けられた男は会場の方を真剣に見つめており、美咲の方を見ようとしない。

 それは集中しているからか、それとも別の理由からか。

 おそらく後者だろう――そんなことを思いつつ、美咲は視線を男から離す。すると、海馬が視線をこちらに向けながら言葉を紡いできた。

 

「まあ、貴様にはここに入る許可を与えている。問題はない。そしてもう一つ、一応は褒めておいてやろう。祇園を除けばアカデミア本校生徒が唯一の二回戦進出だ。貴様の指導の成果があったということになる」

「お褒めに預かり恐縮です♪ せやけど、まあ、本命は次ですよ?――サイバー流正統継承者、丸藤亮。聞けば鮫島校長は彼の師範らしいやないですか。つまり、彼の力は鮫島校長の指導の集大成ゆーことです」

「ほう。……鮫島、それは事実か?」

 

 海馬が声をかけると、鮫島はゆっくりとこちらを向いた。そして、はい、と頷きを返す。

 

「彼には私のもてる全てを教えたつもりです」

 

 何の臆面もなく言ってのける鮫島。美咲は内心でため息を吐いた。

 

(三行半を叩き付けられとる身でこの言い回し……ホンマ、人を馬鹿にした狸やな)

 

 如月宗達とのデュエルにおいて、丸藤亮は彼の『師範』である鮫島に決別の言葉を叩き付けている。それがきっかけで、アカデミア本島は大変なことになっているというのに……この男は、そんなことは欠片も口にしない。

 一応、アカデミアであったことは美咲自身が海馬に報告している。だが、海馬の出した答えは静観。仮定がどうであろうと、結果さえ出せば問題ないとのことだ。

 それについてはまあ、ある程度予想通りだったので美咲としては文句はない。

 ――ただ、一つだけ。

 これ以上勝手をするようならば、相応のことをするとは海馬に告げてある。

 

(まあ、ウチが動くかどうかはこの試合の結果次第や)

 

 丸藤亮という個人に対しては特に特別な感情はない。優秀な生徒、程度の認識だ。プロに入っても、どうにかやっていける程度の実力は有していると美咲は評価している。

 だが……サイバー流の正統継承者。

 この肩書きだけで、美咲はどうしても暗い気持ちが芽生えるのを自覚する。

 それほどまでに、美咲にとってサイバー流は良い印象のない流派なのだ。

 

「ふぅん。その言葉、しっかりと聞かせてもらったぞ」

「はい。ご期待ください」

 

 鮫島の真意は読めない。ただ、瞳が笑っていないことだけは美咲も理解していた。

 

(面倒な話やなぁ……ホンマに。けど、まあ。ウチはまだええか。問題は、澪さんやな)

 

 現在解説席に座っているタイトルホルダー。美咲の見立てでは、十年連続日本ランキング一位を誇るDDよりも格上であるデュエリスト。

 間違いなく『最強』の一人である彼女が、何を語るか。

 

(元々他人にそこまで興味を持たへん人やから大丈夫やと思うけど、サイバー流とは昔色々あったしなぁ……)

 

 澪だけでなくこの大会に参加しているイリアやアヤメなどといったプロもサイバー流については縁がある。いや、そもそもサイバー流と関わりのないプロなどいない。

 だからこそ厄介で、面倒だと美咲は思うのだ。

 

「始まったようだな」

 

 海馬のその言葉によって、美咲は一度思考を会場へと向ける。

 ――試合が、始まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大観衆の声援の中、デュエルが始まる。先行は――防人妖花。

 

「わ、私のターンです。ど、ドロー……ッ!」

 

 緊張のせいか、震える声で妖花はそう宣言する。亮は十三歳程度にしか見えない妖花へ、真剣な表情で視線を向ける。

 ――防人妖花。DMの生みの親であるI²社会長ペガサス・J・クロフォードの推薦によって〝ルーキーズ杯〟へ出場している少女だ。

 その経歴は不明であり、ペガサスが見つけてきたという話らしい。昨日のプログラムでは、ペガサスと共に〝祿王〟が彼女を見出したとも語られていた。

〝ミラクル・ガール〟――ペガサスがそう呼ぶ彼女の力は不明だ。故に、一瞬の油断もできない。

 

(相手を侮ることは、文字通りの『侮辱』だ)

 

 どんな相手であっても、対等だと思って全力でデュエルする。それこそが丸藤亮の信じる『リスペクト・デュエル』だ。

 そう……あの時、如月宗達に対してそうしたように。

 ありとあらゆる敬意を払い、挑まなければならない。

 

「わ、私は魔法カード『強欲で謙虚な壺』を発動します。デッキトップからカードを三枚めくり、その中からカードを一枚選んで手札へ加え、残り二枚をデッキに戻します。このカードを発動するターン、私は特殊召喚を行えません」

 

 フィールド上に『強欲な壺』と『謙虚な壺』の顔が表裏になるように掘られた壺が出現し、三枚のカードを出現させる。

 

 捲られたカード→速攻のかかし、ミスティック・パイパー、金華猫

 

 捲られたモンスターは、三体ともレベル1のモンスターだった。その事実に会場ではざわめきの声が広がった。

 弱小モンスターで何をする気か――そんな声が聞こえてくる。

 

「わ、私は『ミスティック・パイパー』を選択し、そのまま召喚です……ッ!」

 

 ミスティック・パイパー☆光1ATK/DEF0/0

 

 現れたのは、笛を持った一体のピエロだった。攻撃力、守備力共に0――その事実に、再び会場がざわめく。

 そんな中、緊張で顔を赤くしながら妖花は効果発動、と宣言した。

 

「このカードを生贄に捧げることでカードを一枚ドローし、それがレベル1モンスターだった時、カードをもう一枚ドロー出来ます。生贄に捧げ、一枚ドロー。……引いたカードは『金華猫』です。もう一枚ドロー」

 

 レベル1のみ――そんな厳しい条件でありながらも達成してくる妖花。亮はその事実に素直に感心したが、同時に背筋に悪寒が走ったのを感じた。

 

(なんだ、この得体の知れない感覚は……?)

 

 ローレベルデッキ、というものがあるのは亮も知っている。『ワイトキング』や『サクリファイス』、『カオス・ネクロマンサー』といったカードが主体になるデッキだ。しかし、そういったものとは違う……薄ら寒い違和感を感じる。

 

「わ、私は更に『成金ゴブリン』を発動します……。あ、相手のLPを1000ポイント回復し、一枚ドロー……」

 

 亮LP4000→5000

 

 更なるドローカード。相手のLPを1000回復するというのはデメリットだが、優秀なカードだ。

 コンボパーツが多いデッキなのか――亮がそう疑問を抱いた瞬間。

 

「カードを五枚伏せ、ターンエンドです……」

 

 縮こまりながらそう宣言する。だが、亮は思わず驚きに目を見開いた。

 ガン伏せ――一体、何を狙っているのか。

 

 

『五枚の伏せカード、ですか……。まるで神崎プロのようですね、烏丸プロ』

『…………』

『烏丸プロ? どうされましたか?』

『ん? ああ、すまない。何の話だったかな』

『ええと、五枚伏せとは神崎プロに似ているな、と』

『アヤメくんか。……確かに見た目にはそう感じるかもしれないが、本質は大きく違う』

『と、いいますと?』

『見ていればわかる。……相手である丸藤選手が気付くかどうかはわからんがな』

 

 

 聞こえてくる声。〝祿王〟には妖花の意図するところが読めているらしい。しかし、亮にはわからない。

 

(普通の戦術とは違う……のだろうか? だが、俺にできることは決まっている)

 

 相手がどんな戦術で来ようと、丸藤亮の戦術は変わらない。

 信じるものは、一つだけだ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引く。手札は……悪くない。

 

「俺は手札から『サイバー・ドラゴン・ツヴァイ』を召喚!」

 

 サイバー・ドラゴン・ツヴァイ☆4光ATKDEF1500/1000

 

 現れたのは、どこか鋭角的なフォルムをしたモンスターだ。サイバー・ドラゴン――その名に、会場が大きく湧く。

 

「サイバー・ドラゴン・ツヴァイの効果発動! 手札の魔法カードを見せることで、このカードを『サイバー・ドラゴン』として扱う! 俺は『融合』を見せ、そのまま『融合』を発動! 手札のサイバー・ドラゴンと融合し――来い、サイバー・ツイン・ドラゴン!!」

 

 サイバー・ツイン・ドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2100

 

 現れる、サイバー流を象徴するモンスター。二頭の頭を持つサイバー・ドラゴンだ。

 その光景に会場が大いに沸く。バトル、と亮は宣言した。

 

「サイバー・ツインでダイレクトアタック! 二連打ァ!」

「――リバースカード、オープンです! 罠カード『和睦の使者』! 私はこのターン戦闘ダメージを受けません!」

 

 宗達も用いていた、フリーチェーンの優秀な防御カードだ。これにより、サイバー・ツインの攻撃が事実上無効になる。

 ――だが、妖花はそれで終わらなかった。

 

「チェーン発動! 罠カード『活路への希望』! LPを1000ポイント支払って発動し、相手とのLPの差2000ポイントにつき一枚カードをドローします!」

 

 妖花LP4000→3000

 

 妖花のLPが減る。亮が眉をひそめた。

 

「差は2000……一枚ドローか?」

「いえ、まだです。チェーン発動、罠カード『ギフトカード』。相手のLPを3000ポイント回復します」

 

 亮LP5000→8000

 

 ドローカードが二枚に増える。しかし、その代償として亮のLPが増えてしまった。

 どういうつもりか――眉をひそめる中、妖花は更に続ける。

 

「そしてチェーン発動、『強欲な瓶』! カードを一枚ドロー!」

 

 これで四枚目。ここまで、チェーン発動が続いている。

 

「そして最後、『積み上げる幸福』! チェーン4以降に発動できるカードで、二枚ドロー出来ます! ただし同一チェーン上に同名カードがあると発動できません!」

 

 五枚目のカードがめくられる。そのほとんどが……ドローカード。

 チェーンの処理が行われる。最後に発動したものから順に処理していくのだが――

 

「二枚、一枚、二枚……合計、五枚のカードをドロー」

 

 妖花の手札が一気に増える。本当に何を狙っているのかが読めない。

 だが、いずれにせよこのターンで更なる追撃を行うことは不可能だ。亮は、自身の手札を確認する。

 

「俺は魔法カード『タイムカプセル』を発動。カードを一枚、裏側向きで除外し、二ターン後のスタンバイフェイズに手札に加える。このカードが破壊された時、除外されたカードを墓地へ送る」

 

 キーカードを一枚除外しておく。……打てるは打っておくべきだ。

 

「俺は更に一枚カードを伏せ、ターンエンドだ」

「わ、私のターン……ドローです」

 

 チェーン発動の時には威勢が良かったというのに、一気に声の調子が弱くなる妖花。だが、今の妖花の手札は八枚。動くことはいくらでも可能だ。

 

「わ、私は手札からスピリットモンスター『金華猫』を召喚します。このカードが召喚・リバースした時、墓地からレベル1のモンスターを特殊召喚します。……『ミスティック・パイパー』を特殊召喚です」

 

 金華猫☆1闇ATK/DEF400/200

 ミスティック・パイパー☆光ATK/DEF0/0

 

 再び現れるピエロ。亮には目的が読めない。

 

「金華猫で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに除外されます……ですが、エンドフェイズが来る前に墓地へ送ってしまえば問題ありません。ミスティック・パイパーの効果発動。生贄に捧げ、一枚ドロー……引いたのは『速攻のかかし』、レベル1モンスターです。もう一枚ドロー」

 

 速攻のかかし――面倒なモンスターを手札に加えられた。これではまた、直接攻撃を防がれる。

 

「えっと、『成金ゴブリン』を発動します。相手のLPを1000ポイント回復し、一枚ドロー。……もう一枚、『成金ゴブリン』を発動です。相手のLPを1000回復し、一枚ドロー」

 

 亮LP8000→10000

 

 LPが万の大台に乗る。だが、亮はそれを喜ぶことはできない。

 妖花の狙いがわからず、ざわめく会場。そして、同じように狙いが読めず、しかしただただ悪寒を感じる亮。

 一体、何が起こっているのか。

 

「私はカードを五枚伏せて、ターンエンドです。エンドフェイズ、金華猫は手札へ戻ります」

 

 再びの五伏せ――本当に、目的が読めない。

 

 

『凄まじい勢いでドローしていますね、防人選手は……』

『手札というのは、その数がそのまま可能性の数だ。だが、ここまでのものは中々ないぞ。……いつ、丸藤選手は妖花くんの狙いに気付くかな?』

『狙い、ですか?』

『少し考えればわかることだ。ただ、解へ至るためには常識を捨てる必要があるがな』

『すみません、わからないのですが……』

『妖花くんのデッキはすでに半分近くが削れている。……そろそろ、見えてくるはずだ』

 

 

 亮にも妖花の目的がわからない。確かに手札とは可能性だ。しかし、ただ増やすだけで勝てるものでもない。

 だが、亮のデュエリストとしての本能が告げている。『帝王』と呼ばれているのは伊達ではない。その経験が警鐘を鳴らしているのだ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 どうにかしたい、する必要がある……それはわかっているのだが、この状態ではそれもできない。

 

「バトル! サイバー・ツイン・ドラゴンで――」

「罠カード発動『威嚇する咆哮』です! 攻撃宣言を不可に!」

「くっ……ターンエンドだ」

 

 流石に五枚もカードがあっては突破は難しい。地道にやるしかない。

 

「わ、私のターン、ドロー。……私は魔法カード『強欲で謙虚な壺』を発動します」

 

 準制限カードである『強欲で謙虚な壺』。特殊召喚できないというデメリットのせいで評価が低いが、臨時講師である美咲やアカデミア教員であるクロノスと響緑は高く評価している。コンボパーツを集める上で、確かにこのカードは強力なのだ。

 

 捲られたカード→無謀な欲張り、封印されしエクゾディア、八汰烏の骸

 

 表示されるカード。それを見て、会場がどよめきに包まれた。亮も、まさか、と驚きの言葉を紡ぐ。

 

「エクゾディアだと……!?」

 

 かつて『決闘王』が使用し、しかし、とある事件によって失われてしまった伝説の存在。世界中を探しても公式戦で揃えた者は十人もおらず、文字通りの『伝説』のカードだ。

 

「私は『封印されしエクゾディア』を手札に加えます」

 

 静かに宣言する妖花。会場が、大きく湧いた。

 

 

『まさか……エクゾディア!? 防人選手はエクゾディアを揃えるつもりなんですか!?』

『あのドローに全てを懸けた構成で、それ以外の何があり得る?』

『し、しかし、日本では公式戦でエクゾディアを揃えたのは『決闘王』を含めても四人しかいないほどのレアカードですよ?』

『私もその一人だが、その気になれば難しくはない。私の場合、『図書館エクゾ』というデッキだったが……妖花くんの場合、『レベル1エクゾ』と『活路エクゾ』の組み合わせのようだ。……さて、種が割れたのだから丸藤選手は対応を迫られる。どうするつもりだろうな?』

 

 

 封印されしエクゾディア――顔面、右腕、左腕、右足、左足。この五枚を手札に揃えることで勝利を得ることができるという特殊勝利カード。

 一見容易く思えるが、必要パーツ全てが制限カードであるために実現はほとんど不可能とされる幻の存在。

 それが、今。

 着々と、実現の時を待っている。

 

 

「私は手札から二枚目の『ミスティック・パイパー』を召喚し、効果を発動します。生贄に捧げ――一枚ドロー。……レベル1モンスター、『封印されし者の左足』です。もう一枚ドロー」

 

 悪寒の正体は、これだった。

 特殊〝勝利〟――その暴力が、亮へとその牙を剥く。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「え、エクゾディア……!? そんな、まさか!」

 

 会場の光景を見て、そんな声を上げたのは鮫島だ。かなり取り乱しており、見た目にも滑稽である。

 海馬はそんな鮫島に対してふん、と鼻を鳴らす。

 

「まさかも何も、これが現実だ」

「あんなものは卑怯者のカードです! DMとは相手のLPを0にするために戦うもの! あんなインチキのような――」

「――ほう?」

 

 それは一瞬だった。文字通り、瞬きの一瞬。

 一瞬で距離を詰めた海馬が、鮫島の襟を掴み上げていた。

 

「その台詞は、この俺に対する侮辱と考えてもいいのだな?」

 

 ――かつて、海馬瀬人は『決闘王』武藤遊戯に敗北した。

 その時に使用されたのが、『エクゾディア』だ。

 海馬はあの敗北を受け入れている。エクゾディアを侮辱することは、そのまま海馬と『決闘王』を侮辱するのと同義だった。

 

「図に乗るなよ、鮫島。かつて〝マスター〟と呼ばれ、サイバー流の道場から十人近い教え子をプロに輩出した実績を買って貴様をアカデミアの校長にしたに過ぎん。自らの領分を間違えるな」

「…………ッ」

「それに、防人妖花は無敵というわけではない。そうだな、美咲?」

「ん、まあそうですねー。澪さんなんか、初見で倒してましたし」

 

 冷めた目で鮫島を見つめていた美咲だったが、海馬にそう話を振られて頷きを返す。ふん、と海馬は鼻を鳴らした。

 

「真のデュエリストならば、相手が誰であろうと関係ない。己の全力を以て相対する敵を叩き潰すだけだ。少なくとも、貴様が退学にした夢神祇園は最後までこの俺を倒そうと足掻いていたぞ」

 

 海馬が鮫島から手を離すと、鮫島は床へと落下した。海馬は鮫島に背を向け、言い放つ。

 

「卑怯、汚い。明確なルール違反もしていない相手に対してそんな言葉を吐く時点で、その愚か者は敗者だ。愚かな上に敗北者であるというのだから救いがない。……その程度だから、貴様らサイバー流は頂点に立てんのだ」

 

 明確な侮蔑の言葉。それを受け、鮫島が何かを言い返そうとするが……それを遮るように、美咲が言い放った。

 

「主義主張なんて個人の自由。せやけど、それを他者に押し付けるんは傲慢以外の何物でもない。……そんなんやから、あんたはタイトル戦で手も足も出んと皇さんに負けるんや」

 

 皇〝弐武〟清心。〝マスター〟と呼ばれていた鮫島はかつて全日本ランク17位という立ち位置で彼に挑んだ。無論、タイトル奪取を目指してだ。当時からサイバー流は人気があり、タイトル戦もかなり期待されていた。

 しかし……結果は惨敗。

 サイバー流師範、〝マスター〟鮫島は皇清心に手も足も出なかった。

 

「…………ッ、私は! 私は負けてなどいません! あのデュエルはおかしかった! 徹底的なまでのメタカードの使用! 公正さなど欠片もなかった!」

 

 喚くように言う鮫島。周囲の者たちが戸惑いの表情を浮かべる中、海馬と美咲だけは冷たい視線を鮫島へと向けていた。

 

「だというのに! 世間は私を弱者と呼び! サイバー流を貶めた! 私の愛するサイバー流を! だから証明したのです! 我々の考えが間違っていないということを! そのために――」

「――いい加減にしてくれへんかなぁ、老害」

 

 吐き捨てるような、その台詞。

 そこには、侮蔑が満ちていた。

 

「私が愛したサイバー流? それを誰よりも貶めとるんは自分たちやって気付かへんのか?」

「……何を」

「サイバー流。その派手な戦い方故にファンが多い。それは事実や。せやけど、その逆にプロの間では全くと言っていいほどに人気があらへん。何でかわかる?」

 

 鮫島は何も言わない。ただ無言で美咲を睨み付ける。

 美咲はため息を一つ零し、阿呆やな、と呟いた。

 

「――自分の好きなカードを、戦術を。声高に叫んで否定するド阿呆をどうやって好きになれっていうんや。あんたらの主義主張なんてどうでもええ。せやけど、それを他人に押し付けるんやない。虫唾が走るわ」

「あなたに……あなたに何がわかるのですか!」

「わかるわけないやろ。わかろうとも思わへんよ。他人を理解しようともせん連中を、どう理解しろいうんや。……鬱陶しい」

 

 言い捨てる美咲。そのまま彼女は部屋を去ろうとするが、その背に海馬が言葉を紡いだ。

 

「ふぅん。貴様の言い分も理解できるが、もう少し待て美咲」

「……そこのクソ狸とこれ以上同じ空気吸いたくないんですけどねー」

「〝アイドル〟としての仮面はどうした?」

「メディアと人前でなら被りますよー。ウチの本性、知っとるでしょ?」

「ふぅん、まあいい。だが、美咲。プロの世界に身を置く貴様なら理解できるはずだ。――正義とは、即ち勝者だと」

 

 海馬は、そのまま会場の方へと視線を向けた。

 

「勝った方が正しい。俺はそう判断する。……ペガサスの推薦だか何だか知らんが、あの程度の小娘に負けるようならサイバー流の器も知れる」

 

 海馬が、そう言い放つと同時に。

 会場が、再び大きく湧いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 緊張で体が震えた。けれど、同時に楽しくもある。

 サイバー・ツイン・ドラゴン。テレビでプロが使っているのを何度も見て、その度に感動していた。あんな風に強いカードなど、自分は知らなかったから。

 

(やっぱり、誰かとデュエルするのは楽しい……!)

 

 村では子供は自分しかいなくて、外に出ることも制限されていたためにデュエルの機会はほとんどなかった。

 何枚かのカードと、テレビの中で戦うプロの姿だけが、全てで。

 防人妖花は、ただただデュエルができるということだけで……これほどまでに喜んでいる。

 

(緊張するし、頭真っ白だけど……でも、皆は応えてくれてる!)

 

 たった一人で、想像の中でしかできなかったデュエル。

 生身の人を相手にするのは、これが二度目だ。

 烏丸〝祿王〟澪は、防人妖花へこう言った。

 

〝世界は広いぞ。キミでは私には勝てんよ〟

 

 その言葉通り、澪には敗北した。

 悔しかったし、哀しかった。

 ……けれど。

 同時に、とても嬉しくて。

 

「リバースカード、オープン! 罠カード『活路への希望』! LPを1000支払い、2000ポイント差につき一枚ドローします! 更にチェーン発動! 罠カード『ギフトカード』相手のLPを3000ポイント回復です!」

 

 妖花LP3000→2000

 亮LP10000→13000

 

 差分は11000。五枚ドロー。

 そして、まだ終わらない。

 

「魔法カード『一時休戦』を発動! お互いに一枚ドローし、次の相手ターンまでダメージを0に! そして伏せカード、オープン! 罠カード『無謀な欲張り』と『八汰烏の骸』を発動! 前者は二ターンのドローをスキップし、二枚ドローする! 後者は一枚ドローです!」

 

 残りデッキ枚数は――9枚。

 

「私はカードを五枚伏せ、ターンエンドです! 手札が七枚以上あるので、六枚になるように捨てます」

 

 相手を要る。サイバー流正統継承者――丸藤亮はそれでも渋い表情を浮かべていた。

 

「俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、『タイムカプセル』の効果で除外していたカードが手札へ加わる!」

「――その瞬間、リバースカードオープン! 罠カード『活路への希望』! LPを1000ポイント支払い、2000ポイント差につき一枚ドローします!」

 

 妖花LP2000→1000

 亮LP13000

 

 差分は12000。引けるカードは六枚。

 だが、これでは終わらない。

 

「更にチェーン発動! 罠カード『無謀な欲張り』! カードを二枚ドロー! 更にチェーンし、『強欲な瓶』を発動です!」

 

 これで、引けるカードの合計は九枚。

 全ては――ここで終わりを迎えた。

 

 全ての音が消え、妖花の周囲の空間が歪んだ。

 現れるのは、鎖に繋がれ、封印された究極の存在。

 

 

 封印されしエクゾディア☆?ATK/DEF?/?

 

 

 勝利をもたらす、絶対的な存在にして。

 あらゆる抵抗を許さない、究極体。

 

「エクゾード・フレイム!!」

 

 その宣言と共に。

 防人妖花の勝利が、決定した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 敗北。それは初めての経験ではない。しかし、こんな形での敗北は初めてだ。

 文字通り、何もできなかった。本当に、何も――

 

「あ、あのっ」

 

 呆けていると、声をかけられた。防人妖花――先程まで自分と戦っていたデュエリストが、こちらを見上げている。

 

「あ、ありがとうございましたっ!」

 

 礼儀正しく頭を下げ、そのまま逃げるように会場から立ち去っていく妖花。その背へ、『帝王』と呼ばれる男はああ、と頷きを返す。

 

「今度は、俺が勝つ」

 

 かつての、サイバー流の教えに疑問を持たなかった自分なら。

 こんな言葉は、吐かなかったのだろう。

 卑怯者と、彼女を嘲っていたかもしれない。

 

「ああ、そうか」

 

 けれど、今はそんなことは何も感じなくて。

 ただただ、彼女の戦いに対する称賛が浮かんで。

 ――同時に。

 

「これが、敗北か」

 

 どうしようもなく――悔しかった。

 

「忘れていたな、こんな気持ち」

 

 心地良い、敗北の余韻を引き連れて。

 アカデミアの『帝王』は、ステージから姿を消した。

 

 

 勝者、推薦枠、防人妖花。

 ベスト8進出。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「凄いデュエルでしたね……」

「確かにな。だが、正直なことを言えば勝機はあった。構築の問題の話にはなるが……」

 

 隣に座る宝生アナの言葉に、澪は静かにそう告げる。マイクの音声は入ったままだ。

 

「そうなんですか?」

「ああ。宝生アナ。『活路への希望』に一番有効なカードは何だと思う?」

「有効なカード、ですか?」

「時間もないから答えを言おう。――『神の宣告』だ」

「神の宣告……カウンタートラップですね」

「活路への希望は相手のLPに依存する。故にわざわざ『ギフトカード』などというカードを用いて相手のLPを増やすわけだ。だが、神の宣告はコストとしてLPを半分持っていく。活路への希望が機能しなくなれば、あのデッキのドロー力は一気に落ちることになる」

「な、成程……」

「まあ、不可能だろうがな。『サイバー流」とはそういう流派だ。『禁じ手』として除去カードやカウンタートラップを身勝手にも批判する流派。……言うは勝手だが、それは他人に押し付けるようなものじゃない」

 

 苦笑する澪。そのまま、彼女は静かに言葉を続けた。

 

「今日の敗北をどう受け取るかは彼次第だ。出来れば健全に進んでほしいものだがな。……さて、長かった一日目もようやく終わりだ」

「はい。明日も同じ時間から、今度はベスト8と準決勝を放送させていただきます」

「明日は今日よりも派手な試合が見れるだろう。楽しみにしているといい」

「ありがとうございました」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 控室の前。そこで、祇園は妖花を待っていた。

 正直、凄いデュエルだった。まさかエクゾディアが見れるとは想像もしていなかったし、それを操る彼女の姿にもかなりびっくりした。

 推薦枠……それはやはり、伊達ではない。

 

「お帰り、妖花さん」

「あ、た、ただいまです夢神さん!」

 

 帰って来た妖花にそういって微笑みかけると、驚きながらも返答してくれた。祇園は、凄かったね、と言葉を紡ぐ。

 

「エクゾディアなんて、生では初めて見たよ」

「でも、成功率はそんなに高くないんです、本当は。運が良かったんです。みんなも応えてくれましたから、みんなのおかげです」

「みんな?」

「はい、みんなです!」

 

 誰だろう、と首を傾げる祇園。どういうことか、と聞こうとした瞬間。

 

「カイザー……?」

 

 不意に、廊下の奥から人影がこちらへと歩いてきた。――丸藤亮。その人物はこちらに気付くと、軽く頭を下げてくる。

 

「お、お疲れ様です」

「はわわ……」

 

 何か言われると思ったのか、反射的に頭を下げた祇園の背後へと妖花は隠れてしまった。そんな妖花の姿を見、亮は苦笑を零す。

 

「そう怯えないでくれ。楽しいデュエルだった。また機会があれば、手合せをお願いしたい」

「え、あ、あの、こちらこそ! ありがとうございます!」

「ああ」

 

 微笑を浮かべる亮。しかし、すぐさまその表情を真剣なものに変え、祇園の方へと視線を向けた。

 

「夢神祇園、だな。頼みたいことがある」

「頼みたいこと、ですか……?」

「ああ。出来ればで構わない。――〝祿王〟に、会わせてくれないか?」

 

 頼む、と亮は祇園に向かって頭を下げた。

 

「強くなるために」

 

 そのために必要だと、亮は言って。

 

「――『サイバー流』とは何なのか。俺は、知らなければならない」

 

 あまりにも真剣で、切実なその姿に。

 祇園は、気押されながらも……頷いた。











帝王、敗北!!
勝者、奇跡の少女!!
……何が奇跡かは、多分次回に語られます



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