遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第二十話 混沌の調べ、アイドルの力

 深呼吸を繰り返しながら通路を歩いていく。昨日、本選出場が決まってから様々な記者に囲まれた。正直何を答えたらいいのかわからず一杯一杯だったのだが、同時に取材を受けていた人に救われた。

 関東大学リーグ二連覇中の強豪校、晴嵐大学。そこでエースを張る、事実上最強の大学生――新井智紀(あらいともき)。

 その人はこちらが取材になれていないことを察してくれたのか、度々フォローしてくれた。本当に頭が上がらない。今も会場に向かっている中、深呼吸ばかり繰り返す自分と違って実に堂々としている。

 

「ははっ、こういう大会に出るのは初めてか?」

「こんな大規模な大会は初めてで……」

 

 その新井が苦笑しながら問いかけて来たのに対し、少年――夢神祇園は顔を青くしながらそう答えた。新井はまあ、と苦笑を浮かべたまま言葉を紡ぐ。

 

「俺も大学リーグのデビュー戦で緊張してすっ転んでな。誰だって緊張ぐらいするさ」

「うう……その、新井さん……は凄いですよね。緊張もせず……」

「いや? 緊張はしてるよ。今回はプロが出てるし、それに大学生は俺一人だ。ネットなんかじゃ俺が『大学生の誇りを背負ってる』なんて言われてる。……でも、楽しみなんだ。自分がどこまでプロに通用するのかが」

 

 そう言葉を紡ぐ新井の目には、自信が漲っている。凄いなぁ、と祇園は心からそう思った。

 

(僕は全部ギリギリだったけど、新井さんは予選でも圧倒的だったらしいし……)

 

 これが最強の大学生。こんな風に自信を持って語れる人には、正直祇園は憧れる。

 努力して、踏ん張って、しがみついて。

 それでようやく人の前に立つことができるのが……夢神祇園という人間だから。

 

「それに、お前はアカデミア生だろ。――胸張れよ」

 

 いきなり背中を叩かれた。驚いて見上げると、新井は笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「俺はアカデミアの試験に落ちててな。悔しくて悔しくて……それで、高校で必死になった。それでも芽が出なくて、大学に入ってようやくこんな風に活躍できたんだ。お前はさ、そのアカデミアに入ってんだろ? だったら胸を張れ。あの予選突破してきたんだ。強いはずだぜ」

 

 じゃあ、お先に――そう言って会場へと入っていく新井。その会場から大歓声が聞こえてきた。彼の登場に会場が湧いているのだろう。

 順番的に、自分が最後だ。前に進もうとして、祇園は一度躊躇する。

 

 ――この先にいるのは、自分よりも遥か上にいる人たちだ。

 かつての自分では参加さえできず、ただ応援するだけだった全日本ジュニアの優勝者と準優勝者。

 カイザーや紅里といった、各アカデミアのトップデュエリストたち。

 若手とは銘打たれているものの、美咲や響紅葉、本郷イリアといったランキングでも30位近くの位置にいるトッププロたち。

 そして、新井のような大学生最強を背負うアマチュアであっても最強クラスの実力を持つデュエリスト。

 

(あれ、どうして……? 何で、足が……?)

 

 前に、進めない。

 それは恐怖からか、それとも別の理由からか。

 前へと進まぬ足が、夢神祇園の体を縛る。

 

(なんで)

 

 問いの答えが返ってくるはずがない。

 しかし、答えは自分自身で理解している。

 ただ、怖いのだ。

 至らぬと理解している身で、それでも挑む自身が。あまりにもみっともなくて、どうしようも――

 

〝キミはいつでも挑戦者だった〟

 

 不意に、その言葉が耳に届いた。

 あの日、澪がくれた言葉。

 

〝ボロボロになりながら、それでも戦ってきた〟

 

 決して望んだ形ではなかったけれど。

 いくつも、いくつも。

 知らぬうちに瑕が増えて。

 

〝努力する者が、前に進む者が必ず夢を叶えるとは限らない。だが、努力せず、前にも進まぬ者の前に奇跡は絶対に起こらない〟

 

 奇跡。そう……優しい、奇跡。

 今ここにこうして立っていること。立てていることが。

 夢神祇園という少年にとって、何よりの奇跡。

 

「そう、ですよね」

 

 一人で消えていくはずだった自分を救い出してくれた、一人の少女。

 堕ちるところまで堕ち、家さえなかった自分を受け入れてくれた、一人の女性。

 多くの、優しいクラスメイトと。

 昔と変わらず、優しく接してくれた友達。

 アカデミアで過ごした日々で見つけた、大切な戦友たち。

 その全てがあったからこそ――どうにか、夢神祇園はここにいる。

 

「恩を、返すんだ」

 

 一歩、足を踏み出す。

 それだけで、とんでもない力が必要だった。

 

「ありがとうって、伝えに行くんだ」

 

 踏み出す。

 支えてくれた多くの人に、その言葉を。

 こんな自分を支えてくれた、大切な人たちに。

 

「今、往くよ」

 

 

 踏み込んだ瞬間、凄まじい大歓声が体を叩いた。

 目に見える観客席には空きがないくらいに人が着席しており、その視線の多くがこちらを向いている。

 

 

『烏丸プロが『今大会の台風の目』と評価する注目選手――夢神祇園選手です!』

『彼の強さは、その心にこそある。……いいデュエルを見せてくれることを期待している』

 

 

 聞こえてくるアナウンスが、どこか遠くの声に聞こえて。

 祇園は、ゆっくりと中央に向かっていく。

 その、途中で。

 

「あっ」

 

 ぐしゃり。

 

 思いっ切り、こけてしまった。足が持ち上がらず、階段に足を引っかけてしまったらしい。

 笑い声が聞こえ、顔が赤くなるのがわかった。慌てて立ち上がろうとすると、目の前に手を差し伸べられた。

 

「緊張しとる? 大丈夫?」

「……うん、大丈夫」

 

 視線の先にいたのは、約束の相手。

 夢神祇園を救ってくれた――女の子。

 

「待たせて、ごめん」

「ええよ。十分や」

 

 紡いだ言葉に、彼女は苦笑し。

 そして、笑みと共に言葉を紡いだ。

 

「――ようこそ、約束の場所へ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『さあ、出場選手が出揃いました。ここで一人ずつ簡単にご紹介させていただきましょう』

『うむ。では一人ずつ、エントリーナンバー順にいってみようか』

 

 童見野町のスクリーンに映し出されるのは、実況を担当する宝生アナウンサーと解説を担当する烏丸〝祿王〟澪だ。元々プロの試合やインターハイなどの視聴率も良いのだが、今回のこれはそれを大きく撃回るであろうと予測されていた。

 

『まずはエントリーナンバー1、優勝の大本命! 『横浜スプラッシャーズ』所属、〝アイドルプロ〟桐生美咲選手!!』

『『横浜』においては三年間エースポジションとされる先鋒で結果を残し続ける強者だ。先の全米オープンで準優勝したのも記憶に新しいだろう』

 

 美咲の顔がアップで映し出され、街中でも歓声が上がった。本当に凄まじい人気である。

 

『続きましてエントリーナンバー2、こちらも本命! 『横浜スプラッシャーズ』所属、〝ヒーローマスター〟響紅葉選手!!』

『今期より『横浜』に復帰した、元全日本チャンプの実績を持つデュエリストだな。ブランクのせいで今季はチーム戦にしか出場していないが、その実力は十分過ぎる』

『エントリーナンバー3、『スターナイト福岡』所属! 〝爆炎の申し子〟本郷イリア選手!!』

『こちらも本命ではある。つい最近、ランキングも上げてきたしな。今期中に30位以内は射程圏内だろう。美咲くんとのライバル対決が楽しみだ』

『エントリーナンバー4、『東京アロウズ』所属! 〝玄人〟神崎アヤメ選手!!』

『昨年のプロリーグ新人王だな。『東京』という名門チームはオーダーの入れ替わりが激しいが、彼女だけは今シーズン一度も副将の位置を誰にも譲っていない。確かに強いな』

『エントリーナンバー5、『大宮フィッシャーズ』所属、松山源太郎選手!!』

『昨年、惜しくもアヤメくんとの新人王争いに敗れた有望株だ。今大会でのモチベーションも高いようだから期待している』

 

 ここまででプロの解説が終わる。その後、アカデミア出身の選手の紹介が始まり、学校の紹介と共に一気に紹介されていく。

 まあ、プロと違って語るべきところが少ないのだから仕方ないのだろうが。

 

『そして一般枠! まずはペガサス会長の推薦枠で出場している防人妖花(さきもりようか)選手!!』

『彼女については期待してもいいと私は思っている。多くは語らんがな。試合になればわかることだ』

『そしてダークホース候補筆頭! 晴嵐大学エース!! 新井智紀選手!!』

『今期ドラフトの目玉の一人だ。確実に争奪戦が起きる。プロの者たちも、油断をすると喰われるだろう』

『そして最後の一人! アカデミア本校の遊城十代選手と並んで一年生にしての出場! 夢神祇園選手!!』

『彼については、語るべきところは実はそう多くない。彼自身、語って欲しくもないだろう。だが、一言で彼を表現するなら……彼は、〝観客席にいる諸君ら〟だ』

 

 画面が切り替わり、祇園の姿が映し出される。緊張しているのか顔は青ざめており、微妙に震えている。

 

『その意味については彼の試合の中で触れることになるだろう。……さて、それでは宝生アナ。一回戦だ』

『はい、トーナメント表ですが、この場でくじによって決定させていただきます。中央の方をご覧ください』

 

 画面が切り替わり、会場の中央が映し出される。そこにあったのは、ブルーアイズを模したビンゴ機だった。

 

『海馬社長の趣味が全開だが……とりあえず、あそこに16個のボールが入っているのが見えるだろう? あれから出てきた者から順にデュエルをしていき、試合は決定されていく』

『成程……』

『さて、開幕戦だが……番号は――4番と10番だな』

 

 数字の書かれたボールが二つ、吐き出される。それを確認し、宝生アナが言葉を紡いだ。

 

『一回戦は神崎アヤメ選手とアカデミア・サウス校より出場している藤本謙介選手に決定しました!』

『開幕から新人王とアカデミア生か。……試合開始は十五分後からだ。楽しみに待っていて欲しい』

『それでは、実況は私宝生が』

『解説は烏丸が』

『『お送りさせていただきます』』

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「こちらが特別観戦室になります。客席の方へ行っていただくことも可能ですが、混乱を起こさないようにしてください。また、各自の控室は敗退したとしても最終日まで使用可能です。ここで過ごして頂いても、控室で過ごして頂いても結構です」

 

 試合を行う二人以外は一度特別観戦室に集められ、そのような内容の話をスタッフから説明された。スタッフは質問があるかどうかを確認し、ないことを確認すると一礼をして部屋を出て行く。

 そして、選手だけになった部屋に――

 

「祇園!! お前大会に出てたんだな!!」

 

 遊城十代が興奮も隠し切れない様子で祇園に駆け寄っていった。会場でもずっと祇園の方を窺っていたので、速く話しかけたかったのだろう。

 祇園はそのテンションに苦笑を零しつつ、うん、と頷く。

 

「その、どうにか……っていう感じだけどね」

「でも、そっかぁ……ウエスト校にいるんだよな? 良かった……正直、心配してたんだ。宗達は大丈夫だ、って言ってたけど、やっぱり気になっててさ」

「ご、ごめんね、連絡できなくて……アカデミア本校のPDAを返還しちゃって、アドレスとかわからなくなってて……」

「そうなのか? じゃあ改めて登録しとこうぜ。翔たちの分もさ」

「いいの?」

「当たり前だろ? 友達だもんな!」

 

 PDAを取り出しつつ言う十代。祇園は込み上げてくる涙を堪え、うん、と頷いた。

 

「ありがとう」

「おう!」

「――気持ちのええ友情やね」

 

 そんな二人の横手から、楽しそうな声が届いた。――桐生美咲。彼女はどこか慈愛に満ちた表情で二人を見つめている。

 

「あ、美咲先生! 先生と戦うことになっても負けないぜ!」

「あはは、十代くんはこの間のあれでも堪えへんかったか」

「うっ!? いやだって、あれは……」

「……あれって?」

「十代くんがウチとデュエルしたいー、ゆーから、してあげたんよ。で、完封」

「完封? 十代くんを?」

 

 素直に驚く。すると、十代は項垂れた様子で言葉を紡いだ。

 

「『禁止令』で『融合』を指定されて、そっから二枚目の『禁止令』で『サイクロン』指定されて……どん詰まりだったんだよ……」

「名付けて『封鎖デッキ』☆ 扱い難しいけど使えたら強いよ~♪」

「……また悪趣味な」

 

 祇園はため息を零す。美咲は笑うと、でもまあ、と言葉を紡いだ。

 

「今日は――というかこの大会、ウチは全力でやるからなー。かかってきいや?」

 

 ほなな――そう言って部屋を出ようとする美咲。その光景を見ていたイリアがどこ行くのよ、と問いかけると、美咲は笑いながら応じた。

 

「解説席~♪ 暇やし、澪さんとじゃれてくるわ~♪」

 

 そのまま本当に出て行ってしまう美咲。……相変わらず、どこまでも自由な人物である。

 

「全く、相変わらずね。……で、そこのあんた。美咲の幼馴染って聞いたけど」

 

 その姿を見送った本郷イリア――美咲のライバルと言われている女性プロだ――が、祇園へと視線を向けた。祇園は、僅かに上ずった声で返答する。

 

「は、はい。夢神祇園です」

「……そんな怯えないでよ。苛めてるみたいじゃない」

「す、すみません……」

 

 思わず委縮する。正直、初対面の――それも目上の相手との会話は苦手だ。

 イリアはそんな祇園をしばらく眺めていたが、まあいいわ、と肩を竦めた。

 

「どうせ試合になったらどれほどのものかはわかるし。……じゃあね、アタシは控室で休んでるわ」

「ああ、それなら俺もそうしようかね」

「俺もー」

 

 イリアに続き、何人かの選手が控室に向かっていく。まあ、これから戦う相手なのだ。そうそう仲良くなどしていられないだろう。

 そうして何人かが部屋に出て行ったのを見届けると、紅里と菅原の二人がこちらに歩み寄ってきた。ウエスト校の先輩である二人は、心の底からの笑みを浮かべている。

 

「ぎんちゃん、予選突破おめでとう~」

「驚いたで、正直」

 

 特に紅里は手を掴んでぶんぶんと揺さぶってくる。祇園はハイ、と頷いた。

 

「どうにか、という感じですが」

「それでも勝ち上がってきたぎんちゃんは凄いよ~」

「実力や。胸張り。まあ、当たったとしても負けへんけどな」

 

 そう言うと、菅原は部屋を出て行った。彼も控室に行くのだろう。

 そして。

 

「夢神祇園、だな」

 

 祇園に、長身の青年が声をかけてきた。

 ――丸藤亮。

 アカデミア本校において、『帝王』と呼ばれる人物。

 

「キミと海馬瀬人のデュエルは俺も見ていた。……キミとデュエルできるのを楽しみにしている」

 

 そして、カイザーもまた部屋を出て行く。それを見送り、紅里がへぇー、と言葉を零した。

 

「ぎんちゃん、色んな人に注目されてるんだねー」

「正直、驚いているんですが……というより、多分澪さんのせいです。僕のことを注目選手なんて……」

 

 周囲に視線を向ける。十代は響紅葉と話し込んでいるが、他に部屋に残っている二人――特にジュニア大会の準優勝者の女の子は睨むようにこちらを見ている。……視線が合うと慌てて逸らしてきたが。

 まあ、確かに実績も何もないポッと出の自分のような選手が注目されていたら面白くないだろう。特に烏丸澪といえば憧れる者も多いタイトルホルダーだ。そんな人物に注目されているとなると、まあ、普通は気に入らない。

 ……望んで注目されているわけではないが。

 

『サウス校の藤本選手はかなり厳しいですね。攻める手攻める手が潰されています』

『アレは不用意に突っ込み過ぎなだけだ。伏せカードが五枚あって警戒も無しというのがおかしい』

『舞い上がって緊張しとるんでしょうねー。正直、緊張なんてしてたらアヤメちゃんには勝てませんよ』

『……あの、桐生プロ? 本気で居座る気ですか?』

 

 画面から聞こえてくる声。察するに、神崎アヤメプロの勝ちが濃厚なのだろう。まあ、プロデュエリストだ。番狂わせはそうそう起きない。

 

「僕も、控室に行きますね」

 

 紅里にそう告げ、祇園は部屋を出る。そして、控室に歩いていく途中。

 

「あれ……?」

 

 周囲に忙しなく視線を送りながら、涙目になっている女の子を見つけた。見覚えのある少女だ。確か……防人妖花。あのペガサス会長の推薦枠で出場している少女。

 祇園は首を傾げる。何をしているのだろうか……。だが正直、楽しそうには見えない。

 

(……よし)

 

 少々怖いが、あのような女の子ならば何かしらのトラブルが発生することもないだろう。

 

「あの、大丈夫?」

 

 声を、かけると。

 その子は、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『決着です! 勝者は神崎アヤメ選手!』

『まあ、妥当だな』

『藤本くんは前半の緊張が祟ったなー。でもまあ、面白かったのでオッケーやね』

『では、次の試合ですね。反対ブロックの一回戦です』

『さて、次は……』

 

 再び抽選が行われる。示された数字は――1と8。

 

『ほう、出番だぞ美咲くん』

『そうみたいですねー。相手は?』

『ウエスト校代表の、二条紅里選手ですね』

『私の後輩だな。ウエスト校のデュエルランキング一位だ』

『へぇ……楽しそうですねー』

 

 放送で聞こえてくる声。どうやら美咲が戦うらしい。

 見ておかないと――祇園がそう思うとほとんど同時に、目的の場所に着いた。

 

「あ、ここだね。着いたよ、防人さん」

「あ、ありがとうございます! 迷ってしまって私……」

 

『防人妖花』と書かれたプレートのある控室を示すと、妖花は必死で頭を下げてきた。何でも観戦室を出たのは良いが控室がわからなかったのだとか。

 

「気にしないで。困った時はお互い様だから。えっと、防人さん……でいいんだよね?」

「は、はい。夢神選手」

「選手、なんていいんだけど……僕の控室、向かい側だから。何かあったら言ってね。手を貸すから」

 

 妖花は見たところ十三、四歳ぐらいの少女だ。ペガサス会長の推薦があるということはデュエルの実力も十分なのだろうが、それがイコールで放置していいというわけでもない。

 ここに来る途中に聞いたが、東京には一人で初めて来たらしい。……こんな女の子が、とも思ったが、祇園自身が似たようなことをしていることに気付いたので何も言わなかった。

 妖花は祇園の言葉に感極まったらしく、目に大粒の涙を溜めだした。

 

「ありがとうございます!! 東京の人、怖いって村で聞いてたけど……、優しい人もいるんですね……」

「うん、まあ……。とにかく、お互い頑張ろう?」

「あ、あの、良かったら一緒に観戦しませんか? その……」

「控室で、ってこと?」

「はい! あ、だ、駄目ですか……?」

「いや、別に問題ない……よね、うん。わかった。僕の控室に来る?」

 

 問いかける。すると、妖花は顔を輝かせていえ、と言葉を紡いだ。

 

「お土産とかいっぱいあるので、私の部屋に! その、どうぞ!」

「そんなに緊張しなくても……」

 

 思わず苦笑を零す。そして妖花の控室に入ると、何やら段ボール箱がいくつも置いてあった。

 アレがお土産なのかな――そんなことを祇園が思う中、モニターを着ける妖花。

 ――そして目に入った光景に、思わず祇園は口を開けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「いきなり桐生プロか~……」

 

 会場へと足を進めながら、二条紅里は大きくため息を吐いていた。そこまで拘っているつもりはなかったが、一度ぐらいは勝ちたいと思っていたのも事実だ。だというのに、いきなりの初戦で優勝候補筆頭とは。

 

(みーちゃんにも聞いたことがあるけど……桐生美咲、っていったら私たちの世代では〝伝説〟だもんね~……)

 

 三年前に12歳でプロになったこともそうだが、それよりも彼女が遺してきた偉業が圧倒的だ。

 事実上不可能とされる、一般参加からの全日本ジュニア本選出場――普通なら公認店での大会でいくつも優勝し、ランキングを上げてようやく本選の枠に入れる――だけでなく、そのまま優勝。これを二年連続で行い、I²社とKC社という二大会社のスポンサーを受ける。

 更にこれもまた事実上不可能とされているプロテストによる入団――『横浜スプラッシャーズ』の入団テストに合格し、ライセンスを取得。普通はドラフト前に筆記に合格してからドラフトで入団というのが通例なのに、彼女はそれを覆してみせた。

 その後はアイドルとして活動をしつつもプロとしても着実に結果を残し、現在日本ランキング30位。世界ランキングでも100位以内に名を刻むほどのデュエリストとなっている。

 しかもその成績は彼女のスタイルである『応募デッキ』によって成されたものだ。本気で戦うとなれば、一体どんなデッキが出てくるのか……。

 

「ん~、むうっ!」

 

 声を出し、気合を入れ直す。考えても仕方ない。それに、これはある意味チャンスだ。

 自分には見えなかった景色――烏丸澪という〝天才〟が見ている景色に、桐生美咲という天才を超えれば見ることができるかもしれない。

 会場に足を踏み入れる。大歓声が体を叩いた。だが、緊張はない。

 前を見ると、美咲はまだ到着していないようだった。実況席にいたから、当然かもしれないが――

 

 

「――――とうっ!!!!!!」

 

 

 そんなことを思っていると、いきなり観客席から一人の少女が飛んできた。――美咲だ。

 彼女は空中で回転すると、実に見事に着地を決める。観客席からステージへ飛び移って来たらしい。

 

『うむ。十点だ。パーフェクトだな』

『ちょっ、桐生プロ!? 烏丸プロあれはいいんですか!?』

『デュエリストならば当然だ』

 

 あの冷静な宝生アナでさえ慌てている中、冷静に澪が言ってのける。……またデタラメを。

 

「二条さんやね? よろしゅーな。澪さんの直弟子、って聞いとるよ?」

「は、はい。よろしくお願いします~」

 

 頭を下げる。……怪我はないらしい。一体、どういう身体をしているのか。

 

「ほな、よろしゅう」

「はい」

 

 紅里がデュエルディスクを構えると、美咲はポケットから小型のデュエルディスクを取り出した。澪が使っているものと同じもので、収納時は掌二つ分ほどのサイズをしたデュエルディスクだ。

 ただデザインは微妙に異なり、澪のものが鋭角的であるのに対して美咲のは丸みを帯びている。『アイドル』の使うものとして実に適したデザインだ。

 

「「――決闘(デュエル)」」

 

 静かな宣誓。それに反し、会場は大歓声を二人に送る。

 先行は――紅里だ。

 

「私のターン、ドロー。私は手札から、『ローンファイア・ブロッサム』を召喚します~!」

 

 ローンファイア・ブロッサム☆3炎ATK/DEF500/1400

 

 現れるのは、赤い色をした植物だ。その花の部分から花火を噴き出すという、何とも不思議な植物である。

 

「そしてローンファイア・ブロッサムの効果を発動~! 一ターンに一度、自分フィールド上の植物族モンスターを一体、生贄に捧げることでデッキから植物族モンスターを特殊召喚します! ローンファイア・ブロッサムを生贄に捧げ――『ギガプラント』を特殊召喚!」

 

 ギガプラント☆6地ATK/DEF2400/1200

 

 現れるのは、植物族の上級モンスターとしてはかなり有名な部類に入るモンスターだ。その威容を見て、会場が大きく湧いた。

 

 

『二条選手、一ターン目から大型モンスターを特殊召喚してきました! どうですか、烏丸プロ?』

『ローンファイア・ブロッサムは制限カードだが、それを一ターン目から引いてくるのは流石としか言いようがない。とりあえず言えることは、『デッキから特殊召喚する』というカードは総じて強力だということだ。手札一枚が上級モンスターに化けるということを考えれば、その強力さも納得だろう』

『成程……植物族は長らく不遇種族と言われていた種族ですが』

『上級モンスターが少ないため、ローンファイア・ブロッサムを生かせないでいたのが痛いな。……だが、今日その常識は崩れると断言しよう。ほら――紅里くんはまだ動くぞ』

 

 

 一瞬で上級モンスターを特殊召喚した紅里に歓声が上がる会場。その中心で、紅里は更に手を進めた。

 

「装備魔法『スーペルヴィス』を発動です~! このカードはデュアルモンスターにのみ装備でき、装備モンスターをデュアル状態にします! ギガプラントのデュアル効果は、『一ターンに一度、手札・墓地から植物族モンスターを特殊召喚できる』こと……ローンファイア・ブロッサムを蘇生です~! そしてローンファイア・ブロッサムの効果発動! もう一度ローンファイア・ブロッサムを生贄に捧げ――『椿姫ティタニアル』を特殊召喚!」

 

 椿姫ティタニアル☆8風ATK/DEF2800/2600

 

 次いで現れたのは、椿の姫君。現在の植物族モンスターにおいては最高クラスの攻撃力を持つモンスターだ。上級モンスターが二体並び、会場は一気にテンションを上げる。

 

 

『成程、烏丸プロが仰っていたのはこのモンスターですか』

『うむ。攻撃力2800というのは一つのラインだ。上級モンスターには意外とこのラインを突破するモンスターがが少ない。それを容易く召喚できるというのは大きいな』

『そういえば、『一ターンに一度』の効果を二条選手は二度使っているように見えるのですが……』

『ああ、確かにそう見えるかもしれないな。だが、ローンファイア・ブロッサムの効果はあくまで『フィールド上にいるならば』という前提があってのことだ。今回は一度墓地を経由しているため、使用することができる。使用した一度がリセットされているわけだ』

『成程……』

『ちなみに『~の効果は一ターンに一度だけ』と表記されている時、それがカード名を指している場合は例外だ。墓地だろうとどこだろうと一度しか使えない。初心者は間違えやすい部分なので、気を付けておくと良い』

『成程……ここで二条選手は伏せカードを一枚伏せて、ターンエンド宣言です』

『恐ろしいのはこれだけの動きをしても手札は二枚しか使っていない点だな。とんでもない回転力だ。放っておけばどんどん手が付けられなくなるが……さて、美咲くんはどうするのかな?』

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 決めポーズをとりつつ、ドローをする。正直不要な動作だとは思うが、その辺は一応〝アイドル〟だ。人の目というのは常に意識する必要がある。

 手札を見る。正直、そこまで悪くはない。

 なら……動いておこう。

 

「ウチは手札から『ヘカテリス』を捨て、『神の居城―ヴァルハラ』を手札に加えるよー」

 

 金色の天使が墓地へ送られ、それによって新たなカードが手札に加わる。この手のサーチカードは本当に便利だ。

 

「そしてそのまま発動! 永続魔法『神の居城―ヴァルハラ』!」

 

 瞬間、美咲の周囲の風景が大きく変わった。

 まさしく神の居城と呼ぶに相応しい風景。荘厳な音が鳴り響き、周囲に光が満ちる。

 

「天使デッキ……?」

「ウチのはちょっと特別製や。――ヴァルハラの効果発動、一ターンに一度、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、手札から天使族モンスターを特殊召喚できる!――降臨せよ、『堕天使アスモディウス』!!」

 

 堕天使アスモディウス☆8闇ATK/DEF3000/2500

 

 現れたのは、漆黒の翅と黒き闇を纏う天使。

 神の居城に存在するにはあまりにも似つかわしくない――堕ちた天使が降臨する。

 

「『堕天使』……?」

「それはどうやろね?――アスモディウスの効果発動! 一ターンに一度、デッキから天使族モンスターを一体墓地に送ることができる! フォーリン・エンジェル! 『堕天使エデ・アーラエ』を墓地へ!」

 

 二体目の堕天使が墓地へ送られる。毎ターン墓地肥やしを行えるというのは、確かに驚異的だ。

 

「更に手札から『トレード・イン』を発動するよ。手札からレベル8のモンスターを墓地に送り、カードを二枚ドロー。『堕天使スペルピア』を墓地へ送り、二枚ドローや」

 

 手札交換――一見するとその程度の効果だが、実際は大きく違う。レベル8モンスターというのは通常召喚をするのが難しく、手間がかかる。それならいっそ墓地に送ってしまった方が特殊召喚の手段も増えるのだ。

 それに、今美咲が墓地へ送ったモンスターは共に蘇生してこそ真価を発揮する。

 

「うん、ええ手札や。魔法カード『サイクロン』。伏せカードを破壊するよ」

「……『リビングデッドの呼び声』です」

「おー、当たりやね。ギガプラント連打されたらたまらへんからなー」

 

 笑いながら言う美咲。だが、これで彼女の前に障害は消えた。美咲は更に手を進める。

 

「更にウチは手札から『ハネクリボー』を守備表示で召喚や!」

 

 ハネクリボー☆1光ATK/DEF300/200

 

 羽の生えたクリボーが姿を現し、会場から黄色い歓声が上がる。美咲は微笑みつつ、更に、と言葉を紡いだ。

 

「永続魔法『コート・オブ・ジャスティス』を発動! 自分フィールド上にレベル1の天使族モンスターがおる時、一ターンに一度天使族モンスターを特殊召喚できる! ええもん見せてくれたお礼や! さあ、おいでませ! 最強の天使!! 『The splendid VENUS』!!」

 

 The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400

 

 堕天使とは違う、純粋な光を体現した天使が降臨する。

 天使と堕天使――相反するその二つが並び立つ姿は、一種の絵画のようにも見えた。

 

 

『こ、これは……世界に一枚ずつしか存在していないという『プラネット・シリーズ』ですか!?』

『美咲くんはプラネット・シリーズの所有者だ。覚えている者がどれだけ多いかわからんが……彼女は天使と堕天使。この力を従え、全日本ジュニアで優勝した。私自身、彼女のプラネットを見るのは随分久し振りだよ』

『……一回戦から、こんなレアカードを見れるなんて……』

『呆然とするのもわかるが、宝生アナ。それよりも美咲くんの展開力の方が異常だ。あれだけ見事に回してみせた紅里くんをこうも容易く上回って見せた。……聞こえてくるようだよ、『プロは甘くない』という言葉が』

 

 

 聞こえてくる声に僅かに笑みを零す。視線の先、対戦相手は呆然とした表情を浮かべていた。

 世界に一枚ずつしか存在しないとされる『プラネット・シリーズ』。美咲はその所有者だ。公式のデータバンクにもそのことは記載されている。

 だが、使う機会はそう多くなかった。そもそも、彼女本来のデッキであるこのデッキを持ち出してきたのも随分久し振りである。

 

(まあ、祇園見ててくれてるからなぁ……。それに、本気でいかんと失礼やし)

 

 最初は様子見していこうかとも思ったが、あれだけ見事な展開を見せられると応じないわけにはいかない。その結果がこれだ。

 

「ほな、『The splendid VENUS』の永続効果や。このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上に存在する天使族以外の全てのモンスターの攻撃力・守備力は500ポイントずつダウンする――まあ、天使の意向には逆らえへんっていうことやね」

「そんな……」

 

 椿姫ティタニアル☆8風ATK/DEF2800/2600→2300/2100

 ギガプラント☆6地ATK/DEF2400/1200→1900/700

 

 紅里の場にいるモンスターの攻撃力が下がる。美咲は微笑み、バトル、と宣言した。

 

「アスモディウスでギガプラントへ攻撃!」

「…………ッ!」

 

 紅里LP4000→2900

 

 堕天使の放った闇の力により、ギガプラントが破壊される。紅里はその衝撃を堪えながら、懸命に言葉を紡いだ。

 

「スーペルヴィスの効果発動! このカードが墓地へ送られた時、墓地の通常モンスターを一体特殊召喚できます~! デュアルモンスターは墓地にいる時、通常モンスターとして扱う――ギガプラントを守備表示で蘇生!」

 

 これが『スーペルヴィス』の厄介なところだ。ただ破壊するだけでは、容易く突破されてしまう。

 しかし、今の美咲には関係ない。

 

「椿姫よりはギガプラントの方が厄介やね。――VENUSで攻撃!」

「――ううっ……!」

 

 破壊されるギガプラント。紅里は僅かに呻き声を漏らした。

 

「さ、ウチはターンエンドやで」

「わ、私のターン……ドロー……ッ!」

 

 紅里がカードをドローする。だが、状況打破のカードは引けなかったらしい。

 

「私はティタニアルを守備表示にして、モンスターをセット。……ターンエンドです」

 

 防御の構えを獲る紅里。美咲は、ふむ、と小さく頷いた。

 

「ウチのターン、ドローッ☆」

 

 引いたカードに視線を送る。……成程、この場面でこのカードが姿を見せるか。

 どうやらしばらく使っていなかったことが、相当このデッキにはストレスになっていたらしい。

 

「ウチはアスモディウスの効果を発動! デッキから二枚目の『ハネクリボー』を墓地へ送る!――そして、墓地の『ハネクリボー』と『堕天使エデ・アーラエ』、即ち光と闇のモンスターをゲームから除外し――現れや、最強の混沌!! その刃で全てを蹂躙せよ!! 『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』!!」

 

 カオス・ソルジャー―開闢の使者―☆8ATK/DEF3000/2500→2500/2000

 

 現れたのは、光と闇を纏う一人の戦士。

 おそらく、『カオス』という名を聞いて誰もが最初にその名を浮かべるモンスター。

 

「カオス・ソルジャー……」

 

 呆然と、紅里が呟く。

 それを合図とするように、会場で爆発的な大歓声が巻き起こった。

 

 

『わ、私は夢でも見ているのでしょうか? プラネットシリーズに引き続き、世界に四枚しか存在しない究極のレアカード……『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』まで……』

『これは流石に私も驚いた。……無茶を通り越して呆れるぞ、美咲くん。いつ手に入れた?』

『確か、『決闘王』以外に所有者は確認されていないカードだったはずですが……』

『偽物ではないだろうな。しかし……これは流石に詰みか。紅里くんも弱くはなかった。だが、美咲くんがあまりにも強過ぎる』

『これが、全日本ジュニアの記録を皮切りに様々な記録を塗り替えてきた……桐生プロの本気』

『……まだ二試合目だぞ。次の選手のハードルをどこまで上げる気だ』

 

 

 聞こえてくる歓声。美咲は、ほな、と言葉を紡いだ。

 

「バトルフェイズや。――カオス・ソルジャーでティタニアルに攻撃!」

「ううっ……!」

 

 流石に攻撃力が下がっていても、椿姫では耐え切れない。問答無用で破壊される。

 

「開闢の使者の効果発動! モンスターを戦闘で破壊した時、もう一度続けて攻撃できる! セットモンスターを攻撃!」

「うにゅう!? セットモンスターは『ロード・ポイズン』です~! 戦闘で破壊された時、墓地からロード・ポイズン以外の植物族モンスターを蘇生できます! ティタニアルを蘇生!」

 

 ロード・ポイズン☆4水ATK/DEF1500/1000→1000/500

 

 蘇る椿姫。元々の紅里の予定としてはこの効果でギガプラントを蘇生し、展開していく予定だったのだろう。

 だが……その予定は一体のモンスターによって覆された。

 世界に四枚しか存在しないカードでありながら、制限カードに指定される――究極のパワーカードに。

 

「VENUSでティタニアルに攻撃!――これでトドメや! アスモディウスでダイレクトアタック!! ダーク・フォース!!」

「――――ッ!!」

 

 紅里LP2900→-100

 

 紅里のライフが潰える。

 歓声が、二人のデュエルを褒め称えた。

 

『しょ、勝者――桐生美咲選手!!』

 

 爆音のような大歓声に。

 美咲は、微笑みで応じていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 控室へ戻る途中の廊下。頼りない足取りで、紅里は歩を進めていた。

 プロに行く気はなかった。けれど、そこまで差があるとも思っていなかった。

 ――でも、現実は。

 何も、何一つ……できなかった。

 

「……うにゅう……」

 

 呻き声のようなものが零れる。情けないな、とそんなことを思った。

 自分は、ただ。

 澪の見ている世界を、景色を見たかっただけなのに――

 

「やぁ、紅里くん」

 

 不意に声をかけられた。見れば、澪が腕を組んだ状態でこちらを見ている。みーちゃん、と紅里は言葉を紡いだ。

 

「見事なデュエルだったよ。良いものを見せてもらった」

「……負けちゃった……」

「プロの壁は高い。そういうことだ。特に美咲くんの場合、本来なら日本でも10位以内にいてもおかしくない強さを持っている。その美咲くんと戦ったんだ。胸を張るといい」

「……でも、私はねー……もっとやれる、って、思ってたんだよー……」

 

 俯きながら、紅里は語る。ほう、と澪が吐息を零した。

 

「キミにしては珍しい言葉を紡ぐ」

「……私、みーちゃんの隣に、立てなかったから……」

 

 ポタリと、紅里の瞳から涙が零れた。

 

「私、みーちゃんに、期待、されてたのに……全部、裏切ってて……! せめて、同じ景色、見たいって、思ったのに……何も、何も見えなくて……」

「……紅里くん。キミはキミ自身だ。私の真似などしなくていい。3年前のことを言っているのなら、それはもう忘れるべきだ」

「で、でも……! みーちゃんの強さは、私の憧れで……! 私も、みーちゃんみたいに、強く、強くなりたいって……! みーちゃんが見てる景色を見てみたいって……! それも、駄目、なの……? 弱い私じゃ……駄目、で……できない、のかな……?」

「それは駄目ではない。私に憧れてくれているのは光栄だし、キミが私を目指してデュエル教室を手伝ってくれていたのも理解している。だが、それなら尚更わかるはずだ。私には『誰かを教える』ことなんてできないのだと。……私はな、〝異常〟なんだ。私のようになっても良いことなど一つもないし、むしろならない方がいい。それに……私のようになっても、私を超えることはできないぞ?」

 

 苦笑を零し、軽く頭を撫でてくれる澪。超える、と紅里は呟くように言葉を紡いだ。

 

「みーちゃんを……?」

「何をそんなに驚く? デュエリストなら当然だ。私を超えてみろ、二条紅里。それまで私は今いるこの場所でずっと待っている。3年前、誰もが私の前から消えていく中……それでもずっと私の背を追い続けたキミには、その権利と可能性があるよ」

 

 だから、と澪は言った。

 優しく、その胸に紅里を抱き寄せながら。

 

「今日は泣いておけ。挫折もまた、大きな財産だ」

「――――――――、」

 

 

 ずっと目指し続けている人は、孤独な人で。

 その強さに憧れて、ずっと目指し続けてきた。

 まだまだ、その背中はあまりにも遠くて。

 多くの時間が、かかりそうだけれど。

 諦める必要は……ないようだった。

 

 ――この日、プロ入りを望んでいなかった一人の少女が、プロに行くことを心に決めた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「お待たせして申し訳ない。どうぞ、宝生アナ」

「え、あ、すみません飲み物までわざわざ……!」

「気にしないでください。……さて、美咲くんのコンサートは終わったようだな」

「リクエストを受けてそのまま歌い始めましたからね……」

「気遣いのできる子だ、相変わらず」

 

 澪は苦笑を零す。宝生がどういうことですかと問いかけるが、澪は首を左右に振ってなんでもない、と言葉を紡いだ。

 

「さて、次の試合だが。再びプロVSアマのようだな」

「〝爆炎の申し子〟本郷イリア選手と、アカデミア・サウス校代表の猪熊義孝選手ですね」

「今のところ、アマチュアは全滅……ある意味仕方がないが、頑張って欲しいところだ」

「では、10分後に試合開始です!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ふぅん。今のところ、アカデミア本校の生徒の出番はなしか」

「ええ、そのようですね」

 

 VIP観戦席――そこに、二人の男の声が響いた。他にも人影はいるのだが、彼らの会話には誰も口出ししていない。

 

「俺は結果こそを全てと考えている。貴様がどういうやり方をしようと、結果を残すのであればどうでもいい。口は出さん」

「はい。それは就任時にも伺ったことですね」

「だが、結果を残せなければ……どうなるか。わかっているのだろうな?」

 

 鋭い視線。それを向けられ、はい、と男は頷いた。

 

「――サイバー流は、どんな相手にも負けません」


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