遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第十八話 迫る決戦、始まりの場所

 冬休み。例年なら実家に戻ることなく、アカデミア本島でその期間を過ごす者は多い。大会などに出場する者は別だが、この時期は大会自体が多くないためそれも稀だ。

 しかし、今年は違った。

 例年とは逆――ほとんどの者がアカデミア本島から離れ、本土へと向かっている。

 

「それデ~ハ、シニョール丸藤の健闘を祈って乾杯ナノーネ!」

 

 本土へと向かうフェリーの中にある食堂に、クロノスのそんな声が響き渡った。彼の側にはアカデミアの『帝王』こと丸藤亮が立っており、その後ろの横断幕には『丸藤亮 壮行会』と書かれた横断幕が掛けられている。

 丸藤亮の名前の下に、それこそ目を凝らさなければわからない程度に『遊城十代』と書かれているのがクロノスらしい。

 

「かんぱ~い!!」

 

 その場にいる者のほとんどはレッド生やイエロー生が中心だ。ブルー生もいるにはいるが、微妙に気まずそうな表情をしている。

 それはそうだろう。先日行われた代表選考デュエル。その場で集団になってカイザーの相手となっていた『侍大将』如月宗達のことを罵倒し、嘲り……その結果、カイザーの怒りを買うことになったのだから。

 その後、カイザーとレッド生やイエロー生、女生徒を中心としたブルー生とブルー男子の間で一つの衝突が起こり、今のブルー生は相当肩身が狭いことになっている。とはいえ、ブルー男子全員がそうというわけではなく、一部の者はカイザーや宗達の側に付き、そういう者はこの場にいるのだが……それでも気まずい思いはあるのだろう。端の方で静かにしている。

 

「そんな端っこにいないで一緒に騒ごうぜ!」

 

 そんな彼らへ何の躊躇もなく絡んでいくのは、亮と同じくアカデミア本校代表として〝ルーキーズ杯〟へ出場する十代だ。彼に対してブルー生は相当酷いことを言ってきたはずだが、彼自身そんなことは微塵も気にしていない。そんな彼の言葉を受け、戸惑いながらもブルー生たちは輪の中に入っていく。

 そんな光景を眺めながら、天上院明日香は苦笑を零した。やはり、十代は変わった人間だ。普通ならブルー生に自分から関わりに行くなどということはしないだろうに……特に、宗達への仕打ちを見た後ならば。

 

「ホント、変な奴」

 

 苦笑を零す。入学試験の時から目を付けていたとはいえ、こうして見ると本当に不思議な少年だ。面白い、と思う。

 そんな風に、明日香が十代をぼんやりと眺めていると――

 

「おい、〝ルーキーズ杯〟のことをテレビでやってるぞ!」

 

 食堂に設置された大型テレビを指差し、誰かがそんなことを口にした。全員の視線がそちらを向く。

 その画面に映されていたのは、アカデミア本校の生徒ならばなじみ深いプロデュエリスト――〝アイドルプロ〟桐生美咲だった。人気番組である『初心者のためのデュエル講座』で、宝生アナウンサーと共に〝ルーキーズ杯〟について説明している。

 

『桐生プロ、三日後に行われる〝ルーキーズ杯〟ですが……』

『美咲ちゃん☆って呼んでくれてええんですよー? まあ、それは置いておいて。日程としては、初日にプロの有志による交流会と、一般参加枠の予選があります』

『まず、予選の方から窺ってもいいですか?』

『はい。事前申し込みでも当日飛び入りでも歓迎ですが、朝九時より開始します。目的は埋もれている人材を発掘することなんですけど……正直、凄まじい厳しさですよコレ。参加者全員でデュエルしていって、最後の二枠になるまでデュエルするんです』

『二枠ですか? 一枠と聞いていましたが……』

『当初の予定ではそうやったんですけど、アカデミア・ノース校の棄権で枠が空きまして。一般枠は二つになったんです。ルールは単純。ひたすらデュエルして、負けたら退場。残り二人になるまでそれを行い、残った二人が本選出場です』

『なんというか、過酷ですね。厳しくはありませんか?』

『でも、それぐらいやないと他の参加者とは釣り合いませんよ? プロに加えて、アカデミアのトップデュエリスト。日本ジュニアの優勝、準優勝者。ペガサス会長の秘蔵っ子もいますしねー』

『成程……』

『それに、これでも全日本ジュニアに無名選手が最初の予選から本選に行くよりも楽なんですよ? 何度か出場して実績残して、それで本選ゆーんが普通ですから』

『……実際にそれを成し遂げ、優勝までした桐生プロの言葉だと信憑性が低いですね』

『あっはっは。ウチの事なんてどーでもええんです。けど、逆にですね……こんな過酷な予選を突破できる人材なら、期待できると思いませんか?』

 

 冬休みに入ると同時に、桐生美咲は生徒たちに冬休み用の課題だけを渡して本土へ戻っていった。相変わらずテレビではよく見かけるし、試合でも活躍している。本当にあの体のどこにそんな体力があるのかを疑いたくなるくらいだ。

 鮫島校長と衝突したという話は聞いたが、特に彼女はそのことについて何も言っていない。気にはなるが……考えても仕方がないだろう。

 

「ジュンコとももえは予選に出ないの?」

「私はちょっと……勝てる気がしないので」

「私もですわ。カイザーと同列など……」

 

 明日香の問いに、二人は首を左右に振る。……正直、気持ちはわかる。一応出てみたいとは思っているが、明日香自身、勝ち上がれる自信はない。

 そもそも負けることが許されないということは、イコールで『手札事故さえ許されない』ということになる。一戦二戦ならともかく、数をこなすとなれば勝ち上がるのは難しい。

 

「成程……雪乃は――って、あれ?」

 

 隣にいると思っていた同級生が、いつの間にか姿を消していた。首を傾げていると、ジュンコがああ、と声を上げた。

 

「雪乃さんならさっき一人で出て行きましたよ」

「そう……。宗達がどこかへ行っちゃったみたいだから、心配したんだけど」

「ブルー生との争い事を更に加速させてから消えてしまいましたわね」

「真っ向から喧嘩を受けてたものね」

 

 ももえの言葉に苦笑を返す。そう――如月宗達、『侍大将』と呼ばれるデュエリストはアカデミアから姿を消した。

 逃げた、とブルー生の中には彼を嘲るようなことを言う者がいたが、それが再びカイザーを含める他の寮生たちの怒りを買い、アカデミアは一時期本当に比喩ではなく戦争状態だった。冬休みに入ったこと、クロノスや響といった教師陣が中心になって仲裁に入ったからどうにかなったものの、下手をすればアカデミアが崩壊していたことさえあり得る。

 アカデミア本校は陸の孤島だ。故に、閉鎖社会になり易い。こういったことが起こった時、外からの介入が行い難いのは……教育機関としてはどうなのだろうかと明日香は思う。

 まあ、とりあえずは冬休みだ。この間に熱が冷めればいいと明日香は思う。

 

『とりあえず、アカデミアの生徒がどこまでやれるかが個人的には注目ですねー』

『専門学校の生徒ですからね。アカデミア本校にはジュニア大会でも優勝経験のある丸藤亮選手がいますが』

『ま、その辺含めて注目です。特に本校は最古参ですし、他に負けたら島にまで建てた意味がないというか。ウチも非常勤で講師やってますから、頑張って欲しいですねー』

 

 笑いながらテレビの中でハードルを上げてくる美咲。クロノスが青い顔をしているが、挑発とも取れるその言葉に亮と十代はむしろ燃え上がっているようだ。

 その光景を見ながら、明日香は思う。

 ――楽しみだな、と。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 フェリーの看板で風を浴びながら、藤原雪乃は一人で佇んでいた。その手には、大事そうに握られている一つのデッキがある。

 

「……馬鹿ね。こんなものだけ残して行って」

 

 雪乃が持っているデッキのカードは、全てが英語表記のカードだ。こちらではまだ発売されておらず、海外で先行販売されているとある儀式テーマのカード群だ。

 名を、『リチュア』。

 アメリカに渡っていた時にこのカード群の話を聞いた宗達が、アメリカにいる友人たちに頼んで集めたとのことらしい。アカデミアから去る直前、宗達は雪乃にこれを渡したのだ。

 

『ちょっと、強くなってくる。オマエの両親にも認めてもらえるくらい、強く』

 

 丸藤亮に負けたこと自体は、そこまでショックは受けていないと宗達は語っていた。だが、同時にこれでは駄目だとも雪乃に告げた。

 宗達がアメリカに渡るきっかけとなった事件。その事件について、宗達は単身で雪乃の両親に会いに行ったらしい。結果は門前払いで、何日も粘ってそれでも殴られたとのことだ。

 宗達は詳しくは話さなかったが、雪乃は自身の妹よりいきさつは聞いている。

 

〝世間の全てを黙らせるほどの力を持ってからもう一度来てみろ〟

 

 雪乃の父親が宗達に告げた台詞がこれだ。同時に、彼が『孤児』であることについても相当罵倒したらしい。

 それを聞いた雪乃は父親と電話越しではあるが相当な大喧嘩をした。それもあって現在、父親とは口をきけずにいる。母と妹は味方なので、まあどうでもいいといえばどうでもいいが。

 ……いずれにせよ、宗達は目指すつもりなのだろう。

 父が語る、〝力〟を。雪乃の両親は二人共に有名な俳優だ。その娘である雪乃もその道に進むことを期待されている部分があるし、実際、雪乃も迷っている。

 そんな雪乃の相手になるのだ。マスコミはこぞって面白おかしく書き立てるだろうし、特に宗達は叩けば埃が出過ぎるほどに出る。半分ぐらいは彼自身のせいだが……もう半分は世間のせいだろう。

 

「……馬鹿ね、本当に」

 

 ポツリと、彼から貰ったデッキを優しく撫でながら。

 静かに……雪乃は告げる。

 

「あなたがいれば、私はそれだけで良かったのに……」

 

 その、呟きは。

 誰にも届かず……空へと溶けていく。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 アメリカ合衆国北部最大の都市、ラスベガス。

 そこへ向かう電車の中で、一人の少年が退屈そうに欠伸をしていた。

 

「よぉ、坊主。観光か?」

 

 向かい側に座る男性が、少年にそう問いかけてくる。少年は頷きを返すと、だったら、と問いかけた。

 

「何か問題でも?」

「忠告しておいてやる。精々、街のデュエリスト連中に絡まれないようにしな。あそこじゃデュエルの強さが全てだ。観光客でもお構いなしだぞ」

「ふーん。逆に言えば、勝てばいいんだろ?」

「はっはっは。言うじゃねぇか坊主。あの場所はプロデュエリストも裸足で逃げ出す地獄だぞ? お前みたいな子供じゃ無理無理」

「……そんぐらいで丁度いいんだよ」

 

 ポツリと、呟く。

 それと同時に、車内にアナウンスが流れた。

 

「忠告ありがとよ、おっさん」

「おお……って、荷物はそれだけか?」

「デュエリストに、ディスクとデッキ以外のものが必要かよ?」

 

 笑みを浮かべ、列車を降りる。

 地上で最も過酷な、デュエルが全てを決める戦場の地――ラスベガス。

 

「さぁて、一丁〝最強〟――獲りに行くか」

 

 笑みを浮かべ、一人の少年が。

 地獄へと、足を踏み入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「一番、菅原ッ!! 歌います!!」

「おっしゃいけー! 演歌祭りじゃー!」

「最近の歌うたえよ若者ー!」

「うっさいボケェ! 最近の歌なんざ知らへんのや!」

 

〝ルーキーズ杯〟の会場となる海馬ドームがある、世界で最も有名な日本の街――童見野町。

 そのホテルの宴会場に、賑やかな声が響き渡っていた。開催が明日に差し迫った〝ルーキーズ杯〟――もっとも、試合自体は明後日体が――の壮行会が開かれているのだ。少ない参加費でホテルへ応援に来れるということもあって、ウエスト校の生徒はそのほとんどが東京に来ている。

 

「それにしても、東京は何や狭苦しいっていうか、空気悪いなぁ」

「ゆーても大阪もそうやん。道頓堀凄いやんか」

「あー、まぁな。せやけど何となく冷たい印象があるっていうか……」

「イメージは確かにそうやねぇ。紅里はどう?」

「えっ? んー、でも、今日道聞いた人は凄い親切だったよ~?」

 

 友人に話を振られ、ウエスト校代表――二条紅里はそう言葉を返した。その様子を見て、まあ、と友人が言葉を紡ぐ。

 

「東京もんにも色々おるやろしな。ただ、『東京アロウズ』は許さん」

「うわ出た、せーこのアロウズアンチ」

「『阪急ジャッカルズ』永遠の敵やで? 友になんてなれへん!」

「でも、今年の阪急は折り返しで最下位だよね~?」

「がふっ!? 紅里、それは言うたらアカン……! FAで大久保が抜けたんがアカンのや! エースのくせに別リーグ行きおって~!」

「落ち着きて。それに今回の大会、東京から神崎プロが出とるやん。それはええの?」

「アヤメプロはええねん。あの人めっちゃいい人やし。実は三重出身やし」

「関係あるのかな、それ……?」

 

 紅里が苦笑を零すが、友人は聞いていない。『阪急ロードバッツ』は関西球団の中で一番の人気を誇る古参チームだ。インターハイや国民決闘大会の会場にもなる甲子園ドームを本拠地に持ち、熱狂的なファンに支えられていることで知られている。

 だが、ここ最近は成績も振るわず、去年大久保プロがFAでチームを抜けたこともあって今年は折り返しの時点で最下位という状態だ。

 そこから始まるプロチーム談義。それをぼんやり聞いていた紅里だったが、こちらへ歩いてくる影に気付いた。

 

「あ、みーちゃんだ」

「うむ。紅里くんが緊張していないかと気になって来てみたが……問題ないようで何よりだ」

「えへへ~」

 

 現れた人物――烏丸澪に、紅里は笑みで応じる。紅里にとって、澪とは尊敬する存在だ。褒められると素直に嬉しい。

 

「おっ、姐さん。仕事の方はいーんですかい?」

「ああ。一度抜けてきた。この後、もう一度戻ることになる」

「はぁー……忙しいッスねぇ」

「まあ、初めての大会だ。私の〝祿王〟という名も役に立つ部分があるのだろうさ。……それより、何故三下のような話し方なんだ?」

「いや、姐さん相手だとどうもこっちが気後れして」

「気を遣う必要はないよ。私も所詮はただの高校生だ。……っと、一つ頂いてもいいかな?」

 

 テーブルに乗っていた料理に澪が手を伸ばす。それを口にし、うむ、と頷くと澪は壇上――男子生徒を中心にいつの間にかカラオケ大会になっている光景へと目を向けた。

 

「それにしても、相変わらずだな。去年のインターハイや国民決闘大会の時も思ったが、この学校はプレッシャーとは実に無縁だ」

「仲良いからね~」

「うむ。仲良きことは美しきかな、だ」

「――そうだっ!!」

 

 紅里の言葉に頷く澪。その瞬間、いきなり立ち上がりながら女生徒が叫び出した。流石の澪も若干驚いている。

 

「いきなりどうした?」

「姉御に入ってもらえばいいんだ! 姉御! 是非阪急に入団を!」

「阪急? ああ、プロチームのことか。そういえば今年は現時点で最下位、今年駄目なら優勝から十年遠ざかっていることになるのだったか」

「姉御なら……! 姉御なら阪急を優勝に……!」

「悪いが、無理だ。そもそも私には興味がない。それに、〝祿王〟のタイトルを持ってしまった今となってはそう容易くチームに入るわけにはいかんのでな」

「ええー……」

「でも、みーちゃんどうしてチームに入らないの? 卒業だし……誘いは来てるよね~?」

「ほぼ全球団から、ドラフト一位で指名したいという話は来ている。全て断っているがな」

 

 澪が肩を竦める。それを見て、勿体ない、と女生徒が声を上げた。

 

「姐さんって、卒業したらどないするんですか?」

「今のところは進学だな。幸い、タイトルに挑戦しようとする者が大勢いるおかげで金には困っていない。その後どうするかは決めていないが」

「プロとして活動はしていかないんですか?」

「おいおい、私はプロだぞ。……ライセンスは家に置きっ放しだが」

「ええー……」

「まあ、〝祿王〟のタイトルを譲り渡すに相応しい相手が出てくるまではこのままだろうさ。……さて、時間も丁度いい頃合いだ。明日は自由行動なのだろう? 羽目を外さないようにな?」

 

 微笑みながらそう告げ、立ち去ろうとする澪。その際、思い出したように周囲を見回しながら紅里へと問いかけた。

 

「そういえば……少年はどうした?」

「ぎんちゃんなら見てないよ~? 今日、朝から用事があるって一人でどこかへ行っちゃってて……」

「ふむ。……ありがとう。それでは、さらばだ」

 

 立ち去っていく澪。その背を見送り、女生徒がポツリと言葉を零した。

 

「姉御ってさー、あの転校生に随分入れ込んどるよなー?」

「惚れとるんちゃうの?」

「マジで!?」

「うーん、多分違うと思うなぁ」

 

 二人の言葉に、苦笑しながら紅里は言った。次いで、多分、と言葉を紡ぐ。

 

「測ってるんだと思うよ? ぎんちゃんが、どういう人なのか。……みーちゃん、寂しがり屋だから」

 

 苦笑を零す、紅里の表情は。

 まるで、子供を見守る母親のようだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 童見野町の片隅に、その小さなカードショップは存在している。

 近くに大きなカードショップがありながら、少なくない人気を誇るカードショップ。現在、プロデュエリストの中でも上位の実力を持つ〝アイドルプロ〟桐生美咲を輩出したカードショップだ。

 決して広くない店内の奥にあるデュエルスペース。そこに、数人の少年の姿があった。

 

「しっかし、強くなったな祇園。前から結構強かったけど、やっぱアカデミアってすげーのな」

「勝てねー。ムリゲーだろこれ」

「うん。でも、僕より強い人はいっぱいいるよ?」

「うーわ、マジかよ。これでも結構自信あったんだけどなぁ」

「あははっ。あんたこの中で一番弱い癖に何言ってんのよ」

 

 和気藹々とした声が響く。少年たちの中心にいるのは、夢神祇園。彼の周囲には七人ほどの男女がおり、みんな笑顔を浮かべている。

 ――桐生美咲と出会うまで、夢神祇園に友人はいなかった。

 けれど、彼女に出会い……彼女がこのカードショップの知名度を上げ、立て直してから。祇園には初めての友人ができた。

 違う学校の、年齢もバラバラの友達だったけど。

 それでも、大切な友達。

 美咲とプロで戦うことを目指すため、アカデミアを受ける祇園をサポートしてくれたのも……ここで出会った友人たちだ。

 

「それに僕、入学した時は一番下のレッド寮だったしね」

「マジで? お前でそれとか、アカデミアは魔窟かよ」

「うわー、国大怖ぇー。俺ようやく三年でレギュラー獲ったのに」

「本校出てない分、関西とかよりマシだろここは。その分、学校の数クッソ多いけどな。……って手札事故ったー!」

「緑一色ね」

「これはキツい」

 

 談笑しながら、何度もデュエルを繰り返す。温かい感触。思い出の中に会ったこの光景は、少しも間違っていなかった。

 美咲のおかげで人が増えたカードショップ。だが、元々祇園は一人になるため――他者と関われないからこそここに来ていたのだ。故に、その瞬間から彼の居場所は失われた――はずだった。

 だが、美咲を中心に、一つのグループが出来上がり。

 学校も年齢も違う集団に、祇園は入ることになる。

 それが……ここだった。

 

「てかさ、祇園。こっち戻ってきたのって例の大会か?」

「アカデミア本校も出てるもんな。応援?」

「それもあるけど……明日の予選にも出ようかな、って」

「マジで? 祇園も出るのかー。予選突破厳しそうだなー」

「元々無理でしょあんたじゃ」

 

 笑いが零れる。こんな時間がいつまでも続けばいいのに――そんなことを、祇園は何度も思った。

 だが、時が過ぎていく毎に一人ずつ、自分の家に帰っていく。アカデミアに入学した時、帰ることのできる場所を失った祇園にとって……それは、酷く羨ましかった。

 

「じゃあな。明日はお互い頑張ろうぜ!」

 

 最後の一人がそう言って出て行くのを見送り、祇園は一度息を吐く。すると、店長である男性が祇園の側にコーヒーカップを置いてくれた。

 

「あの、飲食は禁止なんじゃ……」

「客が増えた時に対応できんから増やしたルールだ。……お前さんなら構わん。今日はもう閉店だしな」

「……ありがとうございます」

 

 礼を言い、コーヒーカップを手に取る。一口、口にすると……甘さが口の中に広がった。

 

「お前さん、ココアが好きだったろう?」

「……覚えてて、くれたんですね」

「毎日一人でカードリストと睨めっこしてた子供を、そう簡単に忘れはせんよ」

 

 そう言うと、店長は祇園の正面に自身のコーヒーカップを用意しながら腰掛けた。そのまま、それで、と祇園に言葉を投げかけてくる。

 

「何があった?」

「……何の、ことですか?」

「お前のような子供の嘘を見抜けないと思ったか? 伊達にお前の三倍近くは生きていない。……アカデミアのことを話す時、お前さん、辛そうな表情をしてたろう?」

 

 言い当てられ、祇園は一瞬目を見開く。そして、続いて苦笑を零した。

 

「見破られちゃいましたか」

「あの連中は気付いとらんようだがな。まあ、上手く隠していたとは思うぞ。本当に微妙な違和感だ」

「よく、気付きましたね?」

「うちの常連の中でも、最古参の客だ。気付かんわけがない」

 

 その言葉に、祇園は表情を変えた。でも、と言葉を紡ぐ。

 

「僕、カードを買ったことなんて……」

「いてくれるだけで、嬉しいこともある。客のいない店の番ほど、無意味なもんもない」

 

 相変わらず、表情が硬い人だ。だが、この人はいつも一人でいた自分に何も言わなかったし、ただただ見守ってくれていた。

 この人もまた……恩人の一人だ。

 

「…………色々……ありました」

 

 静かに、祇園は語る。自分に――何があったのかを。

 

 両親が死に、一人ぼっちになったこと。

 逃げるようにして、この店に来たこと。

 美咲と出会い、初めて〝友達〟ができたこと。

 共に出た大会で優勝し、そこで一つの約束をしたこと。

 アカデミアを目指し、この場所で努力をしたこと。

 入学はしたものの、最底辺の寮だったこと。

 多くの友達に出会い、学んだこと。

 海馬瀬人に敗北し――退学になったこと。

 二人の〝友達〟のおかげで、どうにかウエスト校に入れたこと。

 約束のために大会出場を目指し、しかし、また敗北したこと。

 明日の予選が、最後の可能性であること――

 

「……これで、全部です」

 

 歩んできた道を語ると、存外受け止めるのは楽だった。

 そういう道を歩んできたのだと……今更ながらに納得する。

 

「そうか」

 

 それに対する返答は、その一言。

 そして――

 

「……頑張ったな」

 

 じわりと、涙が浮かんだ。涙を拭う。しかし、溢れ出して止まらない。

 必死になっていただけだった。そうしなければどうなっていたかもわからないから。

 けれど、辛かったのは事実で。

 今までを認めてもらえたようで……嬉しかった。

 

「昨日な、美咲が店に来た」

 

 不意に、店長がポツリと呟いた。寡黙なこの人物がこうして話しかけてくること自体が珍しいというのに、こうして話を切り出してくることに驚いた。

 

「サングラスだけの変装でな。案の定、大混乱。その場でサイン会と握手会だ。……だが、それが全て終わってから……あの小娘、お前さんのことを話していたよ」

 

 どこか楽しげに、同時に、厳しく。

 男は、語る。

 

「元々、隙を見てはここに愚痴を言いにくる小娘だったが……あそこまで怒っていたことは初めてだ。お前さんを退学にした校長と、倫理委員会……だったか? 許さない、と言っていた。あの小娘があそこまで怒る姿なんて、本当に珍しい」

「美咲がそんなことを……」

「何でも、お前さんだけじゃなく別の生徒の人生も壊そうとしたらしい。……俺が聞いたのは小娘の主観からの話だけだから、中立的ではないが。そんな人間が教師なんて仕事をするもんじゃあない」

 

 俺が言えることでもないが、と苦笑を零し。店長は、言葉を続ける。

 

「だが、世の中なんてのはそんなもんだ。お前は、誰も恨んじゃいないんだろう?」

「……はい」

「なら、それでいい。それに、小娘は言っていたぞ。――〝祇園が本選に来るのが楽しみだ〟、とな」

 

 本選――〝ルーキーズ杯〟。

 そこで、美咲は待っていてくれている。

 

「女は待たせるもんじゃない。いい加減、追いついてやれ」

「……はい」

「俺も応援している。頑張れ、祇園」

「……はい……!」

 

 頷きながら、来て良かった、と祇園は思った。

 ここが夢神祇園の原点だ。ここから全てが始まった。故に来た。

 そして、確認した。

 

 夢神祇園が、何を目指していたのか。

 そして、どこへ向かおうとしていたのか。

 

 明日の予選は、最後の機会。

 必ず勝つと……そう、誓った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ホテルに向かって歩いていると、ベンチに座る人影を見つけた。こんな時間に、しかも寒空の下に誰だろう――そんなことを思っていると、向こうがこちらに気付いて片手を上げてきた。

 

「……やぁ、少年」

「澪さん? 何してるんですか、こんなところで……」

「うむ。少しな」

 

 祇園の問いに、頷く澪。彼女の身体は僅かに震えており、相当な時間ここにいたことが容易に想像できた。

 

「澪さん、今日は大会の件で仕事だったんじゃ……」

「それなら終わったよ。ここにいたのは、まぁ、気分だな」

「はぁ……」

 

 防寒着を着ているとはいえ、この寒空の下で一人ベンチに座っているなど……一体、どういうつもりなのだろうか?

 

「しかし、それにしても寒いな」

「……それ、この寒い中ベンチに座っていた人の台詞じゃないですよね?」

「うむ。故に温めさせてもらうぞ、少年」

「えっ、ちょっ……!?」

 

 いきなり抱きつかれ、動揺する祇園。その祇園へ、澪が静かに言葉を紡いだ。

 

「……私の運を分けてやろう」

「えっ?」

「明日は、頑張れ。今までキミは、必死に前へと進んできた。その悉くが阻まれてきたが……それでも、前へと進もうとしている。そうまでして前に進もうとする者に絶望を与えるほど、世界は残酷ではない」

「勝てる、でしょうか」

「さあ、それはわからんよ。私は神ではない。故に、予測することと信じることしかできない」

 

 祇園の正面に立ち。

 だが、と澪は告げた。

 

「努力する者が、前に進む者が必ず夢を叶えるとは限らない。だが、努力せず、前にも進まぬ者の前に奇跡は絶対に起こらない。――キミはいつだって挑戦者だった。ボロボロになりながら、それでも戦ってきた。あと、もう少しだ」

 

 頑張れ、少年。

 澪は、静かにそう告げて。

 

「――はい」

 

 祇園は、頷いた。














さてさて、小休止の回。

宗達くん強化フラグ
そして祇園くんは学校じゃぼっちだけどカードショップには友達がいたんだよ


そしてなんと……お気に入り400件突破!! え、マジすか?
こんな作品を読んでくださる皆さんに、感謝感謝です!!



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