遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第十五話〝Judgement Zero〟――希望を砕く、絶望の光

 ずっと、〝約束〟だけを心に抱いていた。

 一人ぼっちだった僕に、声をかけてくれて。

 この手を引いてくれた、優しいその手。

 

 憧れた。感謝した。

 けれど――何も返せなかった。

 

 あの日、一緒に優勝したあの大会で。

 隣を歩くキミは、初めて僕に一つの〝願い〟を告げた。

 

〝――ウチはずっと、プロで待ってるから〟

〝今度は、大観衆の前でやろうや〟

 

 ただ手を引かれているだけだった僕に、初めてできた――一つの夢。

 手を引かれるのではなく、その背をただ追いかけるのでもなく。

 対等な相手として、向かい合う。

 あの日からずっと憧れている、キミの〝強さ〟に。

 ――挑むことが、僕の夢。

 そしてその夢は、今、手の届くところにある。

 だから――

 

「――決闘(デュエル)!!」

 

 決意の意味を込めて、宣言する。

 自分自身を、奮い立たせるように。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 代表戦。片方の試合はすでに終わり、二条紅里がウエスト校代表として〝ルーキーズ杯〟に出場することが決定した。そしてもう一枠は、これから行われるデュエルの勝者のものとなる。

 一人は、アカデミア本校を退学になりながらもどうにかウエスト校に編入を果たした転校生――夢神祇園。

 一人は、ウエスト校においてデュエルランキング二位を誇り、プロ入りも確実視されている最上級生――菅原雄太。

 その二人が向かい合い、宣誓が行われた。先行は――菅原。

 

「俺の先行や。ドロー。……俺は手札から魔法カード『ソーラー・エクスチェンジ』を発動。手札から『ライトロード』と名のつくモンスターを墓地に送り、二枚ドロー。その後、デッキトップから二枚を墓地に送る」

「ライトロード……」

 

 菅原の最初の一手に、思わず祇園は呻く。彼自身、『ライトロード』の名を冠するモンスターを一部とはいえ使用している身だ。故にその戦術の形は知っているし、同時にその恐ろしさも理解している。

 

「そういえば、キミもライトロードのカードを使っているんやったな。……なら、一応言わせてもらおか。墓地肥やしの速さで競う気なんやったら、純正には適わへんぞ」

「……はい。わかっています」

「さよか。ほな、俺は手札から『ライトロード・ビースト ウォルフ』を捨て、二枚ドロー。更にデッキトップからカードを二枚墓地へ」

 

 落ちたカード→死者転生、ライトロード・エンジェル ケルビム

 

 コストと合わせて早速二枚のライトロードが墓地へと送られた。こうしてみるとソーラー・エクスチェンジは優秀なカードだ。条件があるとはいえ、手札交換を行いつつ墓地を肥やせる。

 墓地が肥えていくスピードでは、流石に本家には適わない。

 

「ふむ、ええ落ちやな。……俺は更に、『ライトロード・サモナー ルミナス』を守備表示で召喚!」

 

 ライトロード・サモナー ルミナス☆3ATK/DEF1000/1000

 

 両手に光の珠を宿した褐色肌の女性が現れる。攻撃力・守備力共に1000と低いモンスターだが、宿している効果は凶悪そのものである。

 

「そしてルミナスの効果発動! 一ターンに一度、手札を一枚捨てて発動できる! 墓地の『ライトロード』を一体特殊召喚や! 俺は手札から『ライトロード・パラディン ジェイン』を捨て、ジェインを蘇生!」

 

 ライトロード・パラディン ジェイン☆4ATK/DEF1800/1200

 

 手札から捨てられたはずのモンスターが蘇生される。ルミナスの効果の発動条件は『墓地にライトロードと名のつくモンスターが存在していること』で、手札を一枚捨てることはコストであるたに効果処理時に手札から切ったモンスターが墓地にいる扱いになる。故に、こういう手段が取れるのだ。

 

「俺はこれでターンエンドやけど、その際に二体のライトロードの効果発動や。ルミナスは三枚、ジェインは二枚、デッキトップからカードを墓地に送るで」

 

 落ちたカード、裁きの龍、死者蘇生、ライトロード・パラディン ジェイン、ネクロ・ガードナー、サイクロン

 

「あらら、あんまええ落ちやないな……まあええ。準備は整いつつある。そっちのターンやで」

「僕のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、手札を確認する。既に相手のフィールド・墓地に四種類のライトロードが姿を見せている。のんびりしていると殺されるのは自明の理だ。

 

「僕は手札から魔法カード『光の援軍』を発動します! デッキトップから三枚のカードを墓地に送り、デッキから『ライトロード・ハンター ライコウ』を手札に!」

 

 落ちたカード→アックス・ドラゴニュート、エクリプス・ワイバーン、冥王竜ヴァンダルギオン

 

 落ちたカードは全てモンスターカード。理想的な落ち方だ。

 

「更に、墓地に送られた『エクリプス・ワイバーン』の効果発動! このカードが墓地に送られた時、デッキからレベル7以上の光または闇属性のドラゴン族モンスターを一体ゲームから除外し、墓地のこのカードが除外された時にそのカードを手札に加える! 『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』をゲームから除外する!」

 

 ここまではいつも通りの動きだ。普段ならこれで十分だが……今日はそうもいかない。

 

(手札断札は正直怖い。手札交換はしたいけど、向こうは手札が四枚。ここで『裁きの龍』でも引かれてしまったら、そのままゲームエンドになる)

 

 墓地を肥やされ、その上で切り札まで出されたら立て直しどころの話ではない。ならば……ここはまず、展開を止めに行く。

 

「相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、このモンスターは特殊召喚できる! 『バイス・ドラゴン』を特殊召喚!」

 

 バイス・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2000/2400→1000/1200

 

 現れたのは、紫色の皮膚を持つドラゴンだ。本来の力を発揮できない状態で特殊召喚されたバイス・ドラゴンは、二回りほど小さい身体で鎮座する。

 

「更にバイス・ドラゴンを生贄に――『ヘルカイザー・ドラゴン』を召喚!」

 

 ヘルカイザー・ドラゴン☆6炎ATK/DEF2400/2000

 

 火柱が迸り、その炎を突き破って一体の竜が出現した。灼熱のドラゴンの咆哮に、会場が湧く。

 

「そして装備魔法『スーペルヴィス』を発動! このカードはデュアルモンスターにのみ装備でき、装備モンスターをデュアル状態にする! ヘルカイザードラゴンのデュアル効果は『二回攻撃』です!」

「へぇ……」

「バトル! ヘルカイザー・ドラゴンでルミナスへ攻撃!」

「甘いわ! 墓地の『ネクロ・ガードナー』をゲームから除外し、モンスター一体の攻撃を無効にする!」

 

 墓地より出現した闇の影に阻まれ、ヘルカイザー・ドラゴンの攻撃はルミナスへ届かなかった。だが――

 

「もう一度です! ルミナスへ攻撃!」

「ぐっ……!」

 

 ルミナスが破壊される。本当ならば二体共破壊しておきたかったが……ネクロ・ガードナーを使わせただけで良しとする。

 

「僕はこれでターンエンド」

 

 伏せカードは特にない。下手に伏せても『サイクロン』や『ライラ』に割られるだけだ。

 

「俺のターン、ドロー。……成程、面白いやないか。俺は手札から『ライトロード・マジシャン ライラ』を召喚! 効果発動! このカードを守備表示にすることで、相手フィールド上の魔法・罠を一枚破壊できる! スーペルヴィスを破壊や!」

「う……!」

「スーペルヴィスは墓地に送られた時、墓地の通常モンスターを蘇生する効果を持っとる。ヘルカイザー・ドラゴンが破壊されたんやったらそのまま蘇生してくるけど、墓地に何もおらん状態やったら問題はあらへん。……当てが外れたな」

 

 菅原の言う通りだ。しかも、これでヘルカイザー・ドラゴンは通常召喚権を使って再召喚しなければ二回攻撃ができない。的確な対処は、流石に格上のデュエリストか。

 

「とはゆーても、そのドラゴンを潰す手段はあらへん。……しゃあないな。ジェインを守備表示にして、ターンエンドや。エンドフェイズ、合計で五枚のカードが墓地へ行く」

 

 落ちたカード→月の書、サイクロン、ライトロード・ウォリアー ガロス、ライトロード・ハンター ライコウ、裁きの龍

 

 ライラとジェイン。その効果により、合計五枚のカードが墓地へ行く。二枚目の『裁きの龍』――だが、ライトロードデッキならば回収手段などいくらでもあるだろう。それを引かれるだけで、一気に状況は厳しくなる。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 墓地が肥えていく――普段自分がしていることだが、相手にされるとこれほどまでに絶望感を感じるとは思わなかった。相手の墓地が増える度に、こちらの足下からじわじわと水位が上がっていくような感覚さえ受ける。

 ならば――ここで決めに行く!

 

「僕は召喚権を使ってヘルカイザー・ドラゴンを再度召喚! デュアル効果を得ます! 更に墓地の光属性モンスター『エクリプス・ワイバーン』と闇属性モンスター『バイス・ドラゴン』をゲームから除外し、『ダークフレア・ドラゴン』を特殊召喚!」

 

 ダークフレア・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2400/1200

 

 二色の炎を纏う、漆黒の竜が姿を現す。二体目の上級ドラゴンに会場が湧くが、これだけではない。

 

「更に除外されたエクリプス・ワイバーンの効果発動! レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを手札に! そしてダークフレア・ドラゴンを除外し、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを特殊召喚! 更に効果発動! 墓地から『冥王竜ヴァンダルギオン』を蘇生する!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆闇10ATK/DEF2800/2400

 冥王竜ヴァンダルギオン☆8闇ATK/DEF2800/2500

 

 並び立つ、二体の最上級ドラゴン。ヘルカイザーを含めると、三体もの上級ドラゴンが並んでいることになる。

 

「凄ぇ! なんやあのドラゴン連打!」

「かっこええなあの転校生!」

「菅原先輩を倒してまうんか!?」

 

 祇園は一度、大きく深呼吸をする。時間はかけられない。相手の墓地にネクロ・ガードナーはいない。

 ならば――攻めるのはここだ!

 

「ヘルカイザー・ドラゴンで攻撃! 二連打!」

「ぐっ……!」

 

 ライラとジェインが破壊される。LPへのダメージこそないが、これで相手の場はがら空きになった。

 

「ヴァンダルギオンでダイレクトアタック!!」

 

 菅原LP4000→1200

 

 菅原のLPが大きく減少し、歓声が上がった。祇園は追撃の指示を出そうとして――その姿に、気付く。

 

「――惜しかったなぁ、一年坊」

 

 冥府の使者ゴーズ☆7闇ATK/DEF2700/2500

 冥府の使者カイエントークン☆7光ATK/DEF2800/2800

 

 現れたのは、特殊条件下でのみ特殊召喚される二体の上級モンスター。

 かつて澪にもやられたことと同じことを……やられた。

 

「……ッ、レッドアイズでゴーズに攻撃!」

「守備表示やからダメージはなし、と。……終わりか?」

「……ターン、エンドです」

 

 予想外――いや、予想は出来た。しかし、アレは避けようがない。だが、最悪だ。相手には『一回分』、LPが残っている。

 

「俺のターンや、ドロー。……俺は『創世の預言者』を召喚」

 

 現れたのは、杖を持った一人の魔法使いだ。その姿は複服に隠されており、顔を窺うことはできない。

 

「効果発動。一ターンに一度、手札を捨てることで墓地からレベル7以上のモンスターを手札に加える。手札を一枚捨て――俺は、『裁きの龍』を手札に加える」

 

 ライトロード最強のカードが、菅原の手札に加わる。菅原は、静かに言葉を紡いだ。

 

「墓地にはジェイン、ルミナス、ケルビム、ライラ、ガロス、ライコウ、ウォルフ――確認するまでもなく四種類以上の『ライトロード』がおる。そして四種類以上のライトロードがおる時、このモンスターは特殊召喚できる。『裁きの龍』――『ジャッジメント・ドラグーン』を特殊召喚や!!」

 

 音が止み、静寂が訪れた。

 そして響き渡るは、荘厳な鐘の音。

 天より光が差し、一体の龍がゆっくりと舞い降りる。

 

 裁きの龍(ジャッジメント・ドラグーン)☆8光ATK/DEF3000/2600

 

 ライトロードにおける最強の切り札であり、同時にその凶悪な効果は『終焉の王デミス』よりもコストの面で上回る。

 

「裁きの龍の効果発動!! LPを1000ポイント支払い、このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊する!!――ジャッジメント・ゼロ!!」

「――――――――ッ!?」

 

 暴風が吹き荒れ、光が世界を支配した。

 三体の竜が並び立っていた、祇園のフィールド。しかし、目を開けるとそこには……何もいなかった。

 LPを1000支払うことによって発動する、全体破壊効果。あまりにも単純であるが故に、圧倒的な力を発揮する。

 

 菅原LP1200→200

 

「さあ、道は開けた。――裁きの龍でダイレクトアタック!!」

 

 祇園LP4000→1000

 

 再び光が世界を支配し、祇園のLPが大きく削り取られる。LPこそ祇園の方が上だが、目の前に屹立する光の龍はあまりにも強大過ぎた。

 

「ターンエンドや。ようやったで、一年坊。せやけど……これが限界や。流石に一年坊相手にそう簡単に負けるわけにはいかんのや」

 

 菅原の鋭い視線がこちらを射抜く。状況は最悪。手札は僅か。

 しかしそれでも――諦めない。

 

「僕のターン、ドロー!!」

 

 諦めるのは、全てが終わってから。

 可能性は、まだ残っている。

 

「僕は手札から魔法カード『闇の誘惑』を発動! デッキからカードを二枚ドローし、その後、闇属性モンスター一体を手札から除外する!――『召喚僧サモンプリースト』を除外!」

 

 手札を見る。――信じた想いは、いつか必ず形となる。

 

「魔法カード死者蘇生を発動! これにより、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を特殊召喚!」

「それでは届かんぞ、一年坊」

「はい。だから――届くモンスターを特殊召喚します! レッドアイズの効果により、手札から『ダーク・ホルス・ドラゴン』を特殊召喚!!」

 

 幾度となく、折れ続けた想い。

 それでも、胸に抱き続けてきたから。

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 ダーク・ホルス・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/1800

 

 信じる心に、デッキは応える。

 それが――祇園の手にしたもの。

 

「バトルです! ダーク・ホルス・ドラゴンで裁きの龍へ攻撃!!」

 

 相討ち――そして、レッドアイズによるトドメ。誰もがそう思った。これで祇園の勝利だと。

 誰もが食い入るようにその光景を見つめる。果たして、現れた現実は――

 

 祇園LP1000→-2000

 

 LPが0になる音が、鳴り響く。

 誰もが呆然とする中、祇園の目に映ったのは。

 

 背後に一人の天使を従え、威風堂々と立つ裁きの龍と。

 敗北し、地に堕ちた黒き龍。

 

「ダメージステップ時、『オネスト』の効果を発動させてもろたわ。光属性のモンスターが戦闘を行う時、そのダメージステップにこのカードを捨てることで相手の攻撃力をそのままこちらのモンスターへ加算する……単純やからこそ、強力」

 

 菅原が一枚のカードを見せつつ、そう言葉を紡ぐ。

 ソリッドヴィジョンが消え、モンスターたちの姿が消えた。

 残されたのは、勝者と敗者。

 

「強かったで、自分。本気で負けるかと思ったわ。せやけど……今回は俺の勝ちやな」

「……はい」

 

 可能性は考えるべきだった。相手の墓地に『オネスト』は落ちていなかったのだから、手札にある可能性を考慮すべきだった。

 手札にあった『手札断札』……これを上手く使えていれば、もう少し違ったのかもしれないけれど。

 

「ありがとうな。お疲れさん」

「ありがとう、ございました」

 

 握手を交わす。その時に見た相手の瞳は、酷く自信に満ち溢れていて。

 ――自分に足りなかったのはこれだったのだと、そんなことを思った。

 

 

 二条紅里、菅原雄太。

 アカデミア・ウエスト校代表として〝ルーキーズ杯〟出場決定。

 そして、同時に。

 夢神祇園……出場、ならず。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 放課後。いつも通りにデュエル教室の手伝いをしていた祇園に、烏丸澪がポツリと言葉を紡いだ。

 

「――悔しいか、少年?」

 

 今、子供たちはそれぞれでデュエルを行っている。その中でわからなかったことなどが発生した時に個別で応じるのが祇園の役目だ。普段なら紅里も一緒にやっているのだが、今日の彼女は〝ルーキーズ杯〟のことがあるせいでここへ来ていない。

 

「敗北した結果、キミは目標に手が届かなかった。それを情けなく思うか、少年?」

「……悔しいとは、思います」

 

 子供たちの方を見つめ、澪には背を向けながら。

 祇園は、静かにそう言った。

 

「何度考えても、僕は負けていました。ゴーズ、オネスト、裁きの龍……最善の手を考えても、どうしようもなかった。それはわかっています。どうしようもなかったって」

「……あそこまで順序良く墓地を肥やされては、確かに厳しいだろうな」

「でも――負けたくなかった」

 

 視線の先。そこにいる子供たちは、必死に自分に打てる手を考えている。どうやって勝つか――それを考え、楽しみにながらデュエルをしている。

 楽しいデュエルだった。渡り合えたとは思ったし、地力の差を見せつけられるようなデュエルでこそあったが……それでも、絶望は感じなかった。海馬瀬人とデュエルした時のような、『どうにもならない』という感覚はなかったのだ。

 ――故に、悔しい。

 勝てない、と思えなかったからこそ。

 勝てなかったことが、どうしようもなく……悔しかった。

 

「約束が、あったんです。小さな、本当に小さな……相手は覚えているかもわからないけれど。それでも……守りたかった約束が」

「約束……。聞いても構わないか、少年?」

「〝大観衆の前でデュエルをしよう〟って。……プロで待ってる、っていう約束の延長線上だから、きっと少し違うんだとは思うんです。でも、約束したから。僕を助けてくれた美咲と、約束してたから」

「大切なのだな、美咲くんが」

「はい。僕を助けてくれて、救い出してくれたのが美咲です。一生かかっても返せないくらいの恩があるかもしれません」

 

 祇園は苦笑する。澪はそんな祇園をしばらく眺めた後、少年、と祇園に問いかけた。

 

「聞いても構わないか? キミたちの関係を」

「友達以上のことはないですよ。僕にとって美咲は恩人だけど、それは僕がそう思っているっていうだけですから」

「キミたちの出会いは、どんなものだったんだ?」

「……出会ったのは、小さなカードショップです。そのお店は近くに大きなカードショップができたせいで誰も近寄らなくなって、今にも潰れそうなお店でした。……僕にとって、誰も来ないそのお店は都合が良かったんです。放課後はいつも一人でそのお店でカードを眺めている毎日でした」

 

 カードを買うお金なんてなかったから。

 ただ、色々なカードを眺めているだけだった。

 

「その、小さい頃に両親が死んでしまって……親戚の家に預けられたんです。でも、僕、こんな性格ですから。上手く馴染めなくて……今思えば、虐待を受けていました」

「…………」

「家に帰るのが怖くて、嫌で。学校にも友達はいなくて、ずっと一人で。そのお店の店長さんにはよくしてもらいましたけど……僕にとって、世界はどうしようもないくらいに怖い場所だったんです」

 

 味方が誰もいなくて、一人きりで過ごすしかない日々。

 両親を失った哀しさも合わさって、どうしようもないほどに――世界が怖かった。

 

「そんな時、美咲がカードショップに来たんです。そして、『デュエルしよう』って僕を見つけてそう言って。……カードを買うお金もなくて、拾ったカードしか持ってなかった僕はどうしようもないくらいに弱かった。その頃、親戚の人たちも学校の人たちも僕のことを無視し始めて。『いない』みたいに扱っていたんです。まあ、わざわざ僕を気に掛ける必要なんてないですよね」

 

 食事以外で親戚の人たちと顔を合わせることはなく。

 誰かと言葉を交わすことさえ、ほとんどなくなっていった。

 

「カードショップの店長さんは優しかったけど……寡黙な人でしたから。美咲に話しかけられた時、随分と久し振りに『人』と出会った気がしました。もう、本当に何を話したらいいかわからなくて。紙束そのもののデッキを以て、デュエルして……。

 美咲は強くて、ボロボロに負けましたよ。そして、気付いたら泣いてて。

 ああ、悔しかったんじゃないんです。手も足も出なかったけど、デュエルは楽しくて。久し振りにデュエルをして、本当に嬉しかった。

 ……その後は、美咲と放課後にカードショップで会うことだけが楽しみだった」

 

 初めてできた、『友達』。

 その優しさと温かさは、まるで物語の〝ヒーロー〟のようだった。

 

「けど、そんな日々も長く続かなかった。とうとうカードショップが経営難で潰れそうになったんです。そして、それをどうにかするために……美咲は、全日本ジュニアに出場した。

 事実上不可能、って言われている予選を突破して。いきなり優勝してみせた。多分、澪さんも知っておられるんじゃないですか?」

「桐生美咲のデビュー戦だな。今からもう、五年近く前になるのか。当時の有力選手を全て叩き潰し、圧倒的な力で優勝してみせたのを覚えているよ」

「それをきっかけにして、カードショップの知名度も上がって。……けれど、そのせいで僕は居場所がなくなった。美咲のしたことは正しいことで、僕はそれを応援してたけど。それは覆せない事実だったんです」

 

 一人になるための場所ではもう、一人ではいられなくなった。

 夢神祇園の居場所は、その瞬間に消えてしまった。

 

「そしたら、美咲が……また、助けてくれて。

 ……情けないです。助けられてばっかりだ、僕。このデッキだって、美咲にカードを貰って組んで……だから、せめて……約束を果たしたいって、そう、思ったんだけどな……」

 

 祇園の声は震えている。その様子を見て、子供たちが祇園の側に寄ってきた。

 

「お兄ちゃん、泣いとるん?」

「大丈夫?」

「どないしたん? ししょーに苛められたん?」

「……大丈夫だよ」

 

 苦笑を零し、祇園は子供たちの頭を撫でる。

 そうしてから、祇園は以上です、と澪に向かって言葉を紡いだ。

 

「僕たちの出会いは、一方的に僕が助けてもらってばかりなだけの物語。いつか必ず、恩を返したい。だからせめて、約束ぐらいは果たしたかったんですが……どうにも、それは無理だったみたいです」

 

 祇園は苦笑を浮かべている。そんな祇園の表情を、澪はしばらく眺め――

 

「――思っていたよりも、深い覚悟があるようだ」

 

 澪は静かにそう口にした。そして、少年、と真剣な表情で言葉を紡ぐ。

 

「キミが望むのであれば、本当に最後の可能性を私はキミに提示できる。だが、そこで敗北すればもう可能性はないだろう。諦めて〝ルーキーズ杯〟を眺めているしかない。――どうする、挑んでみるか?」

「方法が……あるんですか?」

「険しい道であることには違いないが、方法はある。辿り着けるかどうかはキミ次第だがな」

 

 澪は頷く。そして、静かにその〝可能性〟の内容を告げた。

 

「――〝一般参加枠〟。前日に行われる予選を突破できれば、最後の一人に滑り込める可能性がある」

 

 その、言葉に。

 祇園は、知らず拳を握り締めていた。

 

 ――希望は、まだ消えていない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 自分の試合を終え、ロッカールームへ向かう一つの影。鼻歌を歌いながら歩いていくのは、〝アイドルプロ〟桐生美咲だ。

 二人抜きをしたところで敗北した美咲は、響紅葉にバトンを引き継いだところで退場している。今日の活躍も十分過ぎるものだ。故にご機嫌だったのだが――

 

「あや? 電話やねー?」

 

 携帯端末が鳴り響き、美咲はそれを取り出しつつそう呟く。そして、画面に記されている相手の名前を見ると、笑みを浮かべた。

 

「はーい☆ みんなのアイドル・桐生美咲やでっ♪」

 

 電話の向こうで相手が苦笑したのがわかった。自分でもこれはどうかと思っているが、仕方がない。スポンサーの意向だ。それに正直、楽しいし。

 

「とまあ、冗談は置いといて。……久し振りやね、祇園。どう、ウエスト校は?」

 

 幼き日より知り合い、友と呼び合う仲である相手へそう言葉を紡いだ。相手が頷く気配が伝わってくる。

 

『うん。楽しいよ。ありがとう。美咲のおかげだ』

「ウチだけやない。祇園の人徳や。……せやけど、いきなりどないしたん? こんな時間に」

『うん。――僕、代表選で負けたよ。ウエスト校代表としては、大会に出られない』

 

 その言葉からは、思ったよりも衝撃は来なかった。仕方ない、と思う心が自分の中にある。

 祇園は強いが、各校のトップクラスに比べると流石に劣る部分が目立つ。チャンスはあったかもしれないが、それは本当に僅かな可能性だっただろう。

 

「そっか。ちょっと……残念やね」

『うん。でも……諦めないから』

 

 次いで紡がれた言葉に、少し驚いた。祇園は、言葉を続ける。

 

『一般参加枠、っていうのがあるんだよね? それで、出場するよ』

「一般参加枠、って……前日にやるあれか? あんなんただの運やで? 地力はいるやろうけど、運の要素が強過ぎる。あのルールやと、ウチかて勝てるかわからへんよ?」

『でも、可能性はあるよ』

 

 そう言った祇園の言葉は、力強くて。

 思わず、二の句が継げなくなった。

 

『だから、待ってて』

「え……?」

『まだ、半分だけだけど。約束……果たしに行くから』

 

 約束、と祇園は言った。

 何のこと、と美咲は問う。祇園はどこか照れくさそうに、しかしどこか誇らしげに言葉を紡いだ。

 

『〝今度は大観衆の前でやろう〟って、約束したでしょ? プロにはなれてないし、僕はまだまだ弱いままだけど……必ず、約束は果たすから』

 

 かつて紡いだ、小さな約束。

 それを、夢神祇園は覚えていてくれた。

 

「そんなん……覚えてて、くれたん?」

『うん。美咲こそ。覚えてて、くれたんだ』

「当たり前やんか。……そっか。うん。わかった。待ってる。ウチは先に、待ってるよ」

『……あの時と同じだね。美咲が先に行って、僕がその後を追う』

「早く来んと、置いていくよ?」

『大丈夫。――追いつくから』

 

 かつての彼らしからぬ、しかし、今の彼だからこそ紡げる言葉を紡ぎ。

 別れの言葉を交わし、祇園が電話を切った。

 美咲は携帯をしまうと、再び歩き出す。その視線の先には、美咲の身辺警護をするSPがいた。

 

「美咲様、どうされました?」

「ん、何がですかー?」

「いえ、笑顔でおられるので。何か、良いことでもあったのかと」

 

 普段そこまで離しかけて来ないSPがわざわざ言ってくるくらいだ。今の自分は、本当にご機嫌な表情をしているのだろう。

 美咲は微笑むと、うん、と頷いた。

 

「恋する乙女は無敵やからね♪」

 

 その言葉に、二人のSPは顔を見合わせ。

 美咲は、微笑んでいた。


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