遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第十三話 平和な一日、リスペクトの意味

 万丈目と三沢の二人で行うことが予定されていた寮の入れ替え戦。ある意味で注目を集めていたそのデュエルは、行われることがなかった。

 前日に万丈目が退学届を提出し、そのまま姿を消したのだ。万丈目がどこへ行ったかを知る者はおらず、見送った者もいないとされている。

 ただ、実際には見送った者は一人だけいたのだが。

 

「……いや、だからさ、金なら払うって」

 

 その万丈目を見送った者――如月宗達は、携帯端末を使って森の中でどこぞへと連絡を取っていた。ノート型の端末の画面に映っているのは、帽子を被った金髪の青年である。

 

『そうは言うがサムライ、そう簡単に手に入るものでもないのはわかっているだろう? それに、後数か月もすればそちらでも発売されるだろうに』

「それじゃ遅ぇんだよ。あと一週間以内、最悪二週間以内に必要なんだ」

 

 相手も宗達も口にしているのは英語である。それも当然といえば当然だろう。宗達は九ヶ月に渡ってアメリカへ留学し、アメリカ・アカデミアイースト校で上位にまで食い込んだ実績がある。更にプロアマ合同の全米オープンでも五位に入賞しているのだから、英語ぐらいは容易く話せる。

 

『一週間!? 流石にそれは無理だ、まだほとんど出回っていないんだぞ!?』

「そこを何とか頼むよディビット。お前さんならできるだろ?」

『まあ、儀式召喚など時代遅れと考えている者も多い。サムライの頼みとあれば協力してくれる人間も多いだろうが……』

「マジか!? 頼む!」

『しかし、ユーはどういうつもりだ? デッキを変えるのか? 『シックス・サムライ』は強力だったと思うが』

「ああ、俺じゃねぇよ。俺の連れに儀式使いがいてな。その関係だ」

『ワッツ? ユーが他人のためにここまでするのか?』

「おかしいか?」

『いや、面白いな。よし、わかった。可能な限りやってみよう。期待せず待っててくれ』

「サンキュー。頼むわ。他の面子にもよろしく言っといてくれ」

『わかった。またいずれこっちに来いよ、サムライ。オマエにリベンジしたがっている奴が大勢いる』

「あいよ」

 

 じゃあな――そう締めくくると、通話を切る宗達。集まるかどうかはわからないが、相手はあれで責任感の強い男だ。どうにかしてくれるだろう。

 

「……にしても、〝ルーキーズ杯〟ねぇ……」

 

 端末をしまいつつ、空を見上げる。交流のあるプロデュエリストから入って来た話だ。I²社とKC社という二大企業を中心に行われる準備が進められているという。

 別に大会そのものは珍しいことではない。特に本校の生徒は長期休暇でもなければ大会出場の機会がないし、そういう若手発掘の大会はチャンスになる。実際、長期休暇毎に大会は数多く催されており、『カイザー』なども確実に結果を残している。

 この〝ルーキーズ杯〟はアカデミアの生徒と若手プロ、一般参加などで『若さ』を中心に催すらしい。そうなると、本校からは誰が出るかだが……。

 

「カイザーは本命で、俺と十代、三沢、雪乃、明日香あたりの誰が出るかってとこか。……まあ、あんまり興味はないけど」

 

 そもそも情報が少ないのだ。その時になったら考えればいい。

 ――ただ、一つだけ。

 もしかしたら、『カイザー』と戦うチャンスがあるかもしれない。それが唯一の楽しみだった。

 

「ま、なるようになるか。……って、ん?」

 

 不意にPDAが鳴った。相手は……雪乃。

 

「『至急来るように』って……何が起こったかを書けよ。場所は……」

 

 立ち上がり、雪乃が指定してきた場所を目指す。

 

 ……しかし、雪乃がこんな呼び出し方すんのも珍しいな。

 

 そんなことを、ふと思いながら。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 雪乃が指定してきた場所は、森の奥だった。元々森の中にいたということもあり、宗達は大して時間もかけずに目的の場所に辿り着く。

 森の奥にある崖の場所。そこで、宗達は何とも言えない気分になった。

 

「ジュンコを返しやがれ!」

「キキーッ!」

 

 崖から覗くようにして生えた一本の木の側にいる、猿と枕田ジュンコ。人質をとった犯人といった構図に見えるが、正直意味不明だ。

 ……しかも何か猿はデュエルディスク着けてるし。

 

「なぁ、これ何してるんだ? 新手の遊びか? 駄目だぞ、健全な遊びをしないと」

「遊びなわけないでしょーっ! 助けてよーっ!」

 

 思わず口にしてしまった言葉に、ジュンコが吠えるようにして応じてくる。……どうやら本気で困っているらしい。

 そこで宗達に気付いた雪乃が、あら、と声を上げた。

 

「早かったのね。フフッ、そんなに私に会いたかった?」

「そういうことにしとこう。で、何この状況?」

「明日香と十代のボウヤが行方不明の万丈目のボウヤを探してて、そしたらあの子がお猿さんに連れて行かれたのよ。あの黒服たちも追って行ったから、私たちも追ってきた」

「……すまん、意味わかんねぇ。話飛び過ぎじゃね?」

「でも、事実よ」

「ふーん。要するに、あの連中が何なのかとか何で猿がデュエルディスク着けてるかとかは不明なわけだ」

「あっ、ホントッス!」

 

 宗達の言葉に、今頃気付いたとでも言いたげに声を上げる翔。宗達は思わずため息を吐いた。

 

「オマエ、注意力散漫とかのレベルじゃねぇぞ。これ見よがしだろあれ」

「ふむ、キミたちはアカデミアの生徒かね?」

「あぁ?」

 

 いきなり黒服と一緒にいた老人が声をかけてきたので、とりあえず宗達は威嚇する。……すぐさま雪乃に頭を叩かれたが。

 

「アレは我々が調節し、デュエルできるようにした被検体なのだ」

「ええっ!? 猿がデュエルするのかよ!?」

「うむ。そしてその名前は頭文字を取り、『SAL』だ」

「捻れよ。馬鹿かよ」

 

 思わずツッコミを入れてしまった。直球過ぎて正直笑えない。

 

「ちょっと~! 助けてよ~!」

 

 そんな馬鹿げた会話をしているうちに、ジュンコの声がいよいよ切羽詰まってきた。崖の上という立ち位置に加えて命綱を握っているのは猿。……確かに、女子には厳しい状況だ。

 それを受けてなのか、麻酔銃を構えようとする黒服たち。ジュンコが短い悲鳴を上げた。

 

「待てよ、おっさんたち。ジュンコに当たったらどうするんだ。女の傷は一生モノだぞ」

「あら、経験者は語るわねぇ?」

「やかましい。……とにかくだ、あの猿はデュエルできるんだろ? だったらデュエルで倒す。それでジュンコを助けるから、物騒なもんはしまっとけ」

「キミがか?」

「いや、十代が」

 

 そう言うと、宗達は親指で十代を指し示した。十代が、俺かよ、と声を上げる。

 

「だってオマエ、あの猿がデュエルできるって聞いた瞬間目ェ輝かせてたじゃねぇか。任せた」

「まあ、いいけどさ。――よし、デュエルだ!」

 

 十代はすぐさま思考を切り替える。本当に単純な男だ。

 そしてそんな十代へ、背中から明日香が声をかけた。

 

「ちょっと十代、大丈夫なの? 相手は猿なのよ?」

 

 明日香が言いたいのは、言葉が通じない相手にどうするかということだろう。……まあ、普通はそう考える。だが、十代だ。相手はあの遊城十代なのだ。

 

「大丈夫だって、明日香。――デュエルをすれば、お互いの心がわかる!」

「出たよ超理論」

「どうでもいいから助けてよー!」

 

 ……とりあえず、ジュンコが哀れだと思った。

 

「なあ、聞いてたろ? デュエルしようぜ。俺が勝ったらジュンコを離すんだ」

「あ、あんたが負けたら」

「何か一つ願いを叶えてやる。……でいいだろ、十代?」

「おう!」

 

 宗達の言葉に十代が肯定の頷きを返す。猿もその言葉を了承したらしく、ジュンコの傍を離れてこちらへと近付いてきた。そして、見せつけるようにディスクを構える。

 

「いくぜ、決闘(デュエル)!」

『決闘(デュエル)!』

 

 そうして、戦いが始まった。

 

 …………平和だなー、とふと思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 世にも奇妙なデュエルが始まる。……まさか猿とデュエルする日が来ることになろうとは。

 とはいっても、十代は先にも言ったようにデュエルをすればお互いの気持ちがわかると本気で思っている。ならば、全力でデュエルするだけだ。

 

「先行は俺だ! ドロー!――俺は手札から『E・HERO エアーマン』を召喚するぜ! そして効果発動! このカードが召喚、特殊召喚された時、デッキからレベル4以下の『E・HERO』を手札に加えることができる! 俺は『E・HERO フェザーマン』を手札に加える!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 現れるのは、現行の『HERO』において唯一の制限カード。無制限時代には『強化版ガジェット』などと呼ばれて大暴れしていたヒーローだ。

 十代は所有していなかったカードだが、少し前に祇園から譲ってもらったという背景がある。

 

「……出たよ、エアーマンのくせに空気読まないヒーローが」

「ボウヤの引きでサーチ機能内蔵のモンスターはちょっと恐怖ねぇ……」

「攻撃力も高いし……確か、魔法・罠を破壊する効果も持っているのよね?」

「いけーっ! アニキーッ!」

「頑張るんだな十代!」

「ファイトですわ!」

 

 背後からの応援。それに笑顔で頷きを返し、十代は手を進める。

 

「祇園から貰った友情のカードだ! 俺はカードを一枚伏せ、ターンエンド!」

『私のターン、ドロー!』

「凄ぇ! 本当に猿が喋ってるぜ!」

「いや、さっきデュエルっつってたじゃねーか。確かに凄いけども」

 

 目をキラキラさせて振り返る十代へ、宗達が冷静に言葉を返す。猿はそんな二人を機にした様子もなく、デュエルディスクへとカードを差し込んだ。

 

『私は手札より『怒れる類人猿』を召喚!』

 

 怒れる類人猿(バーサークゴリラ)☆4地ATK/DEF2000/1000

 

 現れたのは一頭のゴリラだ。目は血走っており、全身に怒りを溜めこんでいるような雰囲気を纏っている。

 デメリットはあるが軽いもので、攻撃力2000という優秀なアタッカーだ。

 

「げげっ!? 攻撃力2000ッスか!?」

「猿なのにゴリラとはこれ如何に……。似合ってるけど」

 

 おそらく猿のデッキは『獣族』なのだろう。獣族デッキといえば隼人もそうなのだが、それとは随分形が違うように見えた。

 

『怒れる類人猿は攻撃可能ならば攻撃しなければならず、守備表示になると自壊する! バトル! エアーマンに攻撃だ!』

「くっ……! エアーマン!」

 

 十代4000→3800

 

 如何に下級HEROの中では最高クラスの攻撃力を持つとはいえ、2000のゴリラには勝てない。容赦なく破壊される。

 ――だが、黙ってやられる十代ではない。笑みを浮かべると、伏せカードを発動する。

 

「リバースカードオープン! 『ヒーロー・シグナル』! 自分フィールド上のモンスターが破壊された時、デッキからレベル4以下の『HERO』を一体特殊召喚する! 俺は『E・HERO バブルマン』を守備表示で特殊召喚! 更にバブルマンの効果発動! このカードの特殊召喚に成功した時、自分フィールド上にこのカード以外のカードが存在していなければカードを二枚ドローできる!」

『ウキッ!?』

 

 E・HERO バブルマン☆4水ATK/DEF800/1200

 

 十代のタクティクスに猿が驚きの表情を見せる。だが、宗達たちにとっては見慣れた光景なので特に思うようなことはない。

 

『私はカードを一枚伏せてターンエンド!』

「俺のターン、ドロー!」

 

 十代がカードをドローする。一見すると一進一退の攻防だが、その手札の数は十代の方が遥かに上。美咲の授業でも聞かされた『アドバンテージ』は十代の方が勝っている。

 

「俺は魔法カード『戦士の生還』を発動するぜ! 墓地の戦士族モンスターを一体、手札に加える! 手札に加えるのは勿論『E・HERO エアーマン』だ! そしてそのまま召喚し、デッキから『E・HERO バーストレディ』を手札に加えるぜ!」

「うわー……何アレ。空気読み過ぎだろ空気男のくせに。相棒の『オーシャン』もいないのに」

 

 後ろで宗達が何か言っているが、とりあえず無視。

 だが、それにしても本当に『エアーマン』は強い。祇園には感謝してもしきれない。

 

「いくぜ、俺は手札から魔法カード『融合』を発動! 手札のバーストレディとフェザーマンを融合! 来い、マイフェイバリットヒーロー!――『E・HERO フレイム・ウイングマン』!!」

 

 E・HERO フレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200

 

 龍頭の右腕を持った、十代が絶大な信を置くヒーローが現れる。強力なバーン効果を持つモンスターだ。

 

「いくぜ! フレイム・ウイングマンでバーサークゴリラへ攻撃! フレイム・シュート!」

『キキッ! リバースカードオープン、速攻魔法『突進』! これによりバーサークゴリラの攻撃力を700ポイントアップさせる!』

「げっ!?」

『迎撃せよ!』

 

 その体を肥大化させたバーサークゴリラがフレイム・ウイングマンを迎撃し、粉砕する。『突進』――シンプルだが、それ故に強力なカードである。

 

 十代LP3800→3200

 

 再び十代のLPが削られる。十代はへへっ、と笑みを零した。

 

「やるなぁお前! 楽しいぜ!」

「楽しんでる場合じゃないでしょー!?」

 

 ジュンコが叫ぶ。十代はすまん、と大声で叫ぶと、ターンを進めた。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

『私のターン、『激昂のミノタウルス』を召喚!』

 

 激昂のミノタウルス☆4地ATK/DEF1700/1000

 

 次いで現れたのは、紅い鎧を着た牛頭の戦士だった。『ミノタウルス』というバニラモンスターのリメイクカードなのだが、これが中々強力な効果を有している。

 

『激昂のミノタウロスがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上の獣族・獣戦士族・鳥獣族モンスターは貫通効果を得る!』

「何だって!?」

『激昂のミノタウロスでバブルマンへ攻撃!』

「くっ、バブルマン!」

 

 十代LP3200→2700

 

 本来なら守備表示のモンスターを破壊してもダメージは通らないのだが、今回の場合は話が別だ。『貫通効果』とはその言葉通り、守備力を超過した分のダメージをこちらへと与えてくるのである。

 

「ちょっ、しっかりしなさいよ!?」

『バーサークゴリラでエアーマンへ攻撃!』

「それはさせないぜ! リバースカードオープン、『ヒーロー・バリア』! HEROへの攻撃を一度だけ無効にする!」

 

 ジュンコの言葉を遮るようにして猿が宣言したが、十代はそれをどうにか躱す。ホッ、とジュンコが息を吐いた。

 十代はジュンコに向かって笑みを向けると、大丈夫だって、と言葉を紡ぐ。

 

「俺は負けないから!」

「いいから急いで~!」

「そろそろジュンコもヤバそうだな」

「流石にあの状態で放置はねぇ、そういうプレイなら興奮スルけれど……」

「はいアウトー。……十代、そろそろ決めろ!」

「おう!」

 

 後ろから聞こえてくる宗達の声に応じ、猿を見る。猿は伏せカードを伏せることなくターンエンドした。

 

「俺のターン、ドロー!――俺は手札から魔法カード『融合回収』を発動! 墓地の『融合』と融合素材となったモンスター一体を手札に加える! 俺はバーストレディを手札に! そして魔法カード『融合』を発動! 宗達、オマエから貰ったカードを使わせてもらうぜ!」

「んー? どれだ?」

「エアーマンとバーストレディを融合! 風属性モンスターとHEROの融合によってこのHEROは融合召喚できる! 暴風を纏いて現れろ! 『E・HERO Great TORNADO』!!」

 

 E・HERO Great TORNADO☆8ATK/DEF2800/2200

 

 暴風を纏った一体のヒーローが姿を現す。あの〝ヒーロー・マスター〟響紅葉も使用しているモンスターだ。

『属性ヒーロー』と呼ばれるモンスターで、融合素材に明確なモンスター名が記載されていないという特殊なモンスターである。強力な効果を持つモンスターも多く、その分レアリティも高い。

 宗達が十代に渡した『属性ヒーロー』は全部で四体。全てアメリカで手に入れたのだが使う余地がなかったために譲った格好だ。

 

「トルネードの効果発動! このカードの融合召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスターの攻撃力は半分になる!」

『ウキイッ!?』

 

 怒れる類人猿(バーサークゴリラ)☆4地ATK/DEF2000/1000→1000/1000

 激昂のミノタウルス☆4地ATK/DEF1700/1000→850/1000

 

 攻撃力が一気に下がり、驚きの反応を見せる。猿。十代は更に続けた。

 

「そして魔法カード『ミラクル・フュージョン』を発動! フィールド上、及び墓地からHEROを除外してHEROの融合召喚を行う! 墓地のバブルマンとフェザーマンを除外し、現れろ極寒のヒーロー!――『E・HERO アブソルートZero』!!」

 

 E・HERO アブソルートZero☆8ATK/DEF2500/2000

 

 次いで現れたのは、氷の結晶を纏った青きヒーロー。弱小カテゴリと呼ばれていた『HERO』を一気にトップクラスへと押し上げた強力なヒーローであり、名実共に最強のヒーローだ。響紅葉のエースでもある。

 怒涛の融合召喚。だが、まだ十代の手札は尽きていない。

 

「更に手札から『E・HERO ワイルドマン』を召喚!」

 

 E・HERO ワイルドマン☆4地ATK/DEF1500/1600

 

 名前の通り、体に入れ墨を彫るなどをしたワイルドな外見のヒーローが召喚される。十代は、バトル、と言葉を紡いだ。

 

「いくぜ、トルネードでミノタウロスへ! ワイルドマンでバーサークゴリラへ攻撃だ!」

『キキーッ!?』

 

 猿LP4000→1550

 

 トルネードの効果によって弱体化している二体のモンスターが、容赦なく破壊される。そして道を開いた二体のHEROの後を追うように、極寒のヒーローが猿へと突き進む。

 

「いくぜ! アブソリュートzeroでダイレクトアタック!――『瞬間氷結―Freezing at Moment―』!」

『ウキキキキキ――――ッ!?』

 

 猿LP1550→-950

 

 猿のLPが0になり、決着が訪れる。ソリッドヴィジョンが消えると、十代はその腕を猿へと突き出した。

 

「ガッチャ! 良いデュエルだったぜ!」

『キキィ……』

 

 猿は肩を落としているが、すぐに動き出すとジュンコのところへと走っていった。そのままジュンコを抱え上げ、こちらまで走ってくると優しく地面に降ろす。

 

「意外と紳士だなオイ」

「大丈夫、ジュンコ?」

 

 明日香たちがジュンコの下へと駆け寄っていく。ジュンコは明日香に抱きつくと泣き出してしまった。腰が抜けたせいで立てなくなっているようである。

 そんな光景を十代が眺めていると、宗達がこちらへと歩み寄ってきた。そのまま、やったな、と十代に拳を突き出してくる。

 

「オマエ、ますます強くなったんじゃねぇか?」

「へへっ、宗達にも勝たなくちゃいけないからな!」

「勝ち越せるように頑張ってくれ」

 

 拳を打ち合わせながらそんな言葉を交わす。それを終えると、で、と宗達は猿へと視線を向けた。

 

「オマエ、十代に勝ったら何を望むつもりだったんだ?」

『キキィ……』

 

 チラリと、猿が背後を振り返る。少し離れた場所――そこにいたのは、何頭もの猿たちだった。おそらく、群れの仲間だろう。

 

「いつの間に……ってか数多いな」

「仲間のところへ帰りたかったのか?」

 

 驚いている宗達の隣で、十代は猿へと問いかける。猿は静かに頷いた。

 

 ……きっと、必死で逃げてきたんだな。

 

 実験動物などというのは人間の勝手な行動の結果だ。見れば、ジュンコも猿の様子を見て哀しげな表情を浮かべている。あんな目に遭っても、同情は隠せないらしい。

 ――だが、老人たちにはそんなことは関係ない。

 

「よくやってくれた。さあ、SALを引き渡してもらおうか」

「……嫌だね」

 

 にやりとした笑みを浮かべながらこちらへと歩いてくる老人。その老人に対し、十代は即座にそう応じた。

 

「俺は確かにジュンコを返してくれって約束はしたけど、あんたたちに渡すなんて約束はしてないぜ!」

「そっ、そうッスよ! アニキの言う通りッス!」

「動物は自然の中にいるのが一番なんだな!」

 

 次々と老人たちへ向けられる言葉。だが老人は一つ舌打ちを零すと、黒服の二人組へと指示を出した。

 

「構わん。捕まえろ。ついでにあの群れもだ。実験動物は多い方がいい」

「お前!」

 

 猿たちの前に立ち塞がろうとする十代たち。だが、その表情が一瞬変わった。

 

「あっ」

 

 それは、誰が呟いたセリフだったのか。

 直後、妙にハツラツとした声が響き渡る。

 

「唸れ俺のハリケーンシュート!!」

「ぐあっ!?」

 

 黒服の横へと回り込んでいた宗達が、黒服の片方へと全力の蹴りを叩き込んだのだ。元々ガタイが良い上に運動神経もいい宗達の全力の蹴りである。流石に耐え切れず、地面に転がる。

 

「貴様っ!」

 

 黒服が宗達へと麻酔銃を向けるが、宗達は自身が蹴り飛ばした黒服が持っていた麻酔銃をすぐさま向け返した。

 

「鬱陶しいなぁオイ、撃つぞコラ」

「ふん、貴様のような高校生の子供が銃など撃てるか!」

「撃てるぜ」

 

 ――直後、発砲音が鳴り響いた。

 放たれた弾丸は黒服にも老人にも当たらず、木の幹に直撃する。その場の全員が唖然とした表情をした。

 

「んー、難しいなコレ。……ってなわけで、総員退避!!」

 

 言いつつ、宗達は全力で踵を返してダッシュを始めた。その途中、座り込んでいるジュンコを抱き上げる。

 

「ちょっ、おい、宗達!?」

「『三十六計逃げるに如かず』って知らねぇのかオマエらは! やり合ってる余裕なんてねぇっての!」

「きゃあああっ!? ちょっ、いきなり何~!?」

「とにかく逃げるわよボウヤたち!」

「ああもう! 無茶苦茶ね!」

「ま、待って欲しいですわ~!」

「置いてかないで欲しいッス~!」

「いきなり過ぎるんだな!」

 

 宗達の後を追い、走り出す十代たち。後ろから追ってくる声が聞こえるが、それを無視して走り抜ける。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 森を抜けるところまでやってくると、十代たちはようやく人心地をついた。宗達は十代と共に猿に付けられた装置を外そうとしており、他のメンバーは息を切らして座り込んでいる。

 

「とりあえず、これでいいのか?」

「着けられてるだけだったから外すのも楽だったな。……よし、デュエルディスクは気に入ってるみたいだし、着けたままにしてやるよ。それじゃあな」

『キキッ!』

 

 猿は頷くと、そのまま群れの方へと走っていった。十代が声を上げる。

 

「じゃあなーっ!」

 

 猿の群れはそんな十代の言葉に応じるように一斉に鳴くと、そのまま森の中へと消えていった。それを見送り、それにしても、と明日香が声を上げる。

 

「宗達、あなた無茶をし過ぎよ。当たったらどうするつもりだったの?」

「わざと外したに決まってんだろ。まあ、猿の境遇には思うところもあったしな」

「でも、大丈夫ッスかね……。あの人達、追ってくるかも」

「――その心配はないんだにゃー」

 

 翔が不安げな声を上げた瞬間、別方向からそんな声が聞こえてきた。見れば、そこには猫を抱えた白衣の男が立っている。

 ――大徳寺先生だ。

 

「大徳寺先生!? どうしてここに……」

「キミたちを探していたんだにゃー。万丈目くんを探しているようだけど、彼は退学届けを出してすでに島を去っているんだにゃー」

「ああ、ボンボンなら俺が見送ったぞ」

「そうなのか!? なんだよ、宗達に電話しておけば良かったのかー」

 

 十代が苦笑しながらそんなことを言う。大徳寺が言葉を紡いだ。

 

「そうそう、キミたちを追っていた彼らには私が事情を聴き、きっちりと処分が下されることになったにゃー。安心するといいにゃ」

「マジかよ!? 流石は大徳寺先生!」

「て、照れるんだにゃー」

 

 十代に褒められ、照れくさそうに言う大徳寺。それを眺めていた宗達に、ねぇ、と雪乃が言葉を紡いだ。

 

「万丈目のボウヤは何て言っていたの?」

「んー? ああ、俺と十代に勝つってさ。強くなる、っつってたよ」

「あら、意外。今のボウヤからそんな台詞が聞けるなんて」

「そうでもないさ。……根っこのとこは変わってないんだ。中等部の時からな」

「宗達の数少ない友達だものねぇ?」

「向こうはそんなことは欠片も思ってねぇだろうがな」

 

 肩を竦める。だが、雪乃の言葉は実に的を得ていた。

 敵だらけだった中学時代。宗達に敵意を向けながらもそれは実に真っ直ぐで、愚直で、しかし唯一万丈目だけは負の感情からのものではなかった。そんな彼を、『友』と……そう、思っていたのは宗達だけなのかもしれないが。

 

「ああ、そうそう」

「ん、どしたー?」

「さっきのお姫様抱っこについては、この後じっくり話し合いましょうか……?」

「…………お手柔らかにお願いします」

 

 言い知れぬ雪乃の迫力に。

 宗達は、どうにかそう返事を返した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。月明かりの下を、一人の青年が歩いていた。宗達だ。

 普段の彼なら女子寮に忍び込んで何食わぬ顔で雪乃の部屋に泊まり、そのまま食堂で朝食を食べるということまでやらかしているのだが……桐生美咲に突っ込まれた一件のせいで少々女子寮の警戒レベルが上がってしまった。少し間を置く必要がある。

 とはいえ、彼がそれを公の意味で問題視されることはない。そこには微妙な危うい天秤があるのだが……それはまた、別の話だ。

 

「にしても、祇園が退学になって目に見えてレッド寮の食事がグレード下がったんだよな……」

 

 呟く。元々食事のグレードが低いレッド寮だったのだが、自炊するなら改善は認められていた。とはいえ、男やもめの集団である。料理できる者などそうはいない。宗達も最低限のことはできるが、それだけだ。

 そこを祇園は購買分で余ったモノを貰い、寮生全員分の朝食と夕食を毎日作ってくれていた。元々飲食店でアルバイトしていたこともあったと言っていたが、義務教育の中学生がどうしてアルバイトなどしていたのだろうか。

 まあ、いずれにせよそういうこともあったために祇園の人気は高かった。人見知りする上に肝心なところで細かいミスをする性格だが、嫌味なところはないし努力家だ。レッド寮の生徒に食堂で一緒になって勉強を教えたりしていた光景も日常だった。

 だが……その夢神祇園はもういない。

 たった一人の生徒が消えただけだ。文句も不条理もあるが一応、理由はある。だから、受け入れていかなければならないのに。

 

「どうにも、調子が出ないよなぁ」

 

 呟く。友と呼べる数少ない相手――折角、〝友達〟になれたのに。

 どうしてこう、上手くいかないのだろうか――?

 

「……ん? 誰だ?」

 

 散歩を終え、レッド寮に着く宗達。ちなみに夕食の時間は過ぎており、先程まで宗達は何食わぬ顔でイエロー寮で食事をし、三沢を中心にイエロー生たちと適当なデュエル談議をしていた。ブルー生には中等部のこともあって敵視してくる人間も多いが、他の寮だとそうでもない。

 そもそも、宗達は高慢なブルー生たちを正面から捻じ伏せることのできる数少ない生徒である。本人も自覚しているが、一種の〝憧れ〟が向けられているのだ。

 その宗達の部屋――正確には祇園と宗達の部屋だった――の前に人影があった。その人影は息を吐く仕草をすると、踵を返してこちらへと向かってくる。

 祇園がいた頃は彼の人の良さもあって人が訪ねてくることもあったが、宗達に自分から近付いてくる生徒はそう多くない。ブルー生の目がない場所ならともかくとして、ブルー生の目がある場所だとブルー生から嫌われている宗達と必要以上に関わると無用な厄介を呼ぶことになりかねないのだ。

 その辺は宗達も自覚しているので、雪乃や十代たち以外と行動を共にすることはほとんどない。

 そして、そんな宗達の部屋にわざわざ出向いて来ていた人影は――……

 

「……カイザー……」

 

 デュエル・アカデミアの頂点――『帝王』と呼ばれる男が、そこにいた。

 

「……如月宗達だな? 少し、話があって来た」

「話、ね。……場所移しましょうか。見られたら変な噂立つだろうし」

「ああ」

 

 カイザー――丸藤亮が頷く。宗達は彼を先導しながら、さて、と内心で呟いた。

 

(何の話かねぇ……俺は話すようなことは別にないんだけど)

 

 彼が修める流派である『サイバー流』に思うところはあるし、宗達自身も向こうも敵視しているであろう鮫島校長はカイザーの師範だという話だ。因縁があるといえば存在している。

 しかし、正直『カイザー』については宗達も敵意は持っていない。デュエリストとしての戦意や闘志はあれど、特に丸藤亮という個人には恨みもなければ何もない。向こうが敵意を向けてきたことはないし、かつて中学時代で僅かに会話した時も特に敵意は感じなかった。……取巻きからは凄まじい悪意と敵意を感じたが。

 

(ま、いっか。適当にやり過ごそう)

 

 そんなことを思い、宗達は歩を進める。

 ――その気持ちをすぐに後悔することになるとは……知らずに。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 宗達が選んだのは、かつての退学騒動で十代とカイザーが戦った場所だった。海岸も伺えるその場所からは実に綺麗な満月が見える。

 微かに聞こえる波の音以外、特に聞こえる音はない。動物もすでに眠りについているのだろう。

 そういえばあの猿どうしたのかなー、などと呑気なことを考えていた宗達だが、適当な岩に腰掛けるとカイザーへと向き直った。互いに敵よりも近く、友よりも遠い距離で向かい合う。

 

「で、わざわざ俺のとこまで単身出向いてくるんだからそれなりの理由があるんでしょう? えーと……」

「呼び易い名で呼んでくれればいい。敬語も使わなくてもいい。対等に話がしたいからな。その代わり、俺もキミのことを如月と呼ばせてもらっても構わないか?」

「名字でも名前でもご自由に、カイザー。それで、理由は? デュエルしろってんなら受けて立つぞ。ディスクないから取りに戻らにゃならんけど」

「いや、できるならばそれも頼みたいが……それよりも、一度話をしておきたかった」

 

 カイザーの歯切れは悪い。宗達は、ふーん、と言葉を紡いだ。

 

「俺と会話しても別にメリットなんてないと思うけどねー」

「いや、キミは素晴らしいデュエリストだ。デュエルについて語り合えるのであれば、それは益になる」

「……真面目な返答どうも。でも、それはまた今度にしましょうや。今日はそうじゃねーんでしょ?」

「ああ。……俺はキミのことを尊敬している。だからこそ聞きたい。如月宗達――キミは、『サイバー流』を恨んでいるか?」

「……いきなりだなオイ。何て答えりゃ満足だよ?」

 

 宗達は明らかに不愉快な表情を見せる。翔などは宗達がこの表情を見せると怯えて縮こまるのだが、カイザーには関係ないらしい。特に表情は変えず――それでも悩んだままだが――言葉を紡いだ。

 

「今日、鮫島校長から――いや、この状況なら師範と呼んだ方がいいのか。師範より言われたんだ。如月宗達にデュエルで勝て、とな」

「……対戦するってことか?」

「ああ。……今度の冬休み、I²社とKC社を中心に〝ルーキーズ杯〟という大会が開かれるらしい。そこへアカデミアから二人の代表が出ることになっているのだが、その代表戦で俺とキミを戦わせるつもりのようだ」

「ふーん。……要するにあれか。衆人環視の中で俺を『サイバー流』が叩き潰すところを見せたいって事ね」

「……認めたくはないが、その通りだ」

 

 重々しい口調でカイザーは頷く。宗達は月を見上げながら、成程、と思った。

 代表決めが行われることは予測していたし、その椅子を争う上で宗達とカイザーが筆頭候補なのは間違いない。その場を利用するつもりだということか。

 

「ご苦労なことで。それで、あんたはなんでわざわざ俺にこのことを伝えに?」

「俺が信じるのはリスペクト・デュエルだ。相手を叩き潰せなど……そんなものはリスペクトでも何でもない」

「真面目だねぇ、あんた。……つーかさ、一つ聞いていいかな?」

「何だ?」

 

 カイザーが眉をひそめる。宗達はその瞳を真っ直ぐに見据え、問いを発した。

 

「あんたが信じてるリスペクトデュエルってさ、何だ?」

「決まっている。互いが全力を出し合い、楽しむデュエルをすることだ。そこに至れれば勝敗など関係ない」

「勝敗なんて関係ない、ねぇ。じゃあ、カウンターやら妨害やらを批判してんのは?」

「『相手のデュエルを妨げるのは卑怯者のすることだ』と師範は仰っている」

「あんたはどうなんだ?」

「……俺は」

 

 そこで、カイザーは一度大きく息を吸い込んだ。そのまま、俺は、と言葉を続ける。

 

「俺は、その意見には賛同できない」

「へぇ」

「昔は師範の言う通りなのだと思っていた。だが、アカデミアの中等部へ入学し、多くのデュエリストと出会い……俺は知った。師範が『卑怯』と謗るカードや戦術を使っていても、俺たちと何ら変わらないカードへの愛やリスペクトがあるのだと」

「当たり前だろ。カード憎んで相手憎んでデュエルするなんてよっぽどだ。俺みたいなのがレアケースなんだよ」

 

 自身を否定された憎悪を始まりに、相手の心を折るようなデュエルをしていた過去を持つ宗達。

『デュエリスト・キラー』がその台詞を吐くからこそ……その言葉は、重く響く。

 

「で、だからなんだ? 俺に何か悟らせるつもりか? 残念だが無理だよ。あんた個人のことは嫌いじゃねぇし尊敬もしてる。実際強いし、それに何よりあんたは他人を批判しない。だが、『サイバー流』は駄目だ。人が必死こいて集めて考えて、分身っつっても過言じゃねぇデッキを馬鹿にしたことは許さねぇ」

 

 それは、宗達個人のことだけではない。

 彼が見た、彼と同じような目に遭い……そして、折れた者たちのことも示していた。

 

「キミに押し付けるつもりはない。だが、リスペクト・デュエルの究極は互いの向上と満足だ。それにとって勝敗は結果でしかなく、大事なのは内容だ。そうだろう?」

 

 ドクン、と宗達の心臓が大きく高鳴った。

 頭に血が昇るのを……止められなかった。

 

「互いが互いの全力を出す。それこそがデュエルの目的だ。キミは勘違いをしている、如月。『サイバー流』とは――」

「――それ以上言わないでくれ」

 

 宗達は、静かな声でカイザーの言葉を遮った。

 その声は……僅かに、震えている。

 

「それ以上言われると、あんたのことを憎んじまう」

「何? どうしてだ?」

「…………ッ、あんた、わかってねぇのか? あんたの言ってることはな、俺の友達を――祇園を馬鹿にしてるんだよ!!」

 

 溢れ出た想いは、叫びとなって響き渡った。

 

「リスペクト!? ああ結構なことだよ勝手にしろ! 大体な! そんなこといちいち声高に叫ばなくてもまともなデュエリストなら誰だってしてるんだよ! 相手認めて『決闘』って口にしてんだよ! できてねぇのはここのブルー共ぐらいだろうが!」

「いや、俺はただ、勝敗は――」

「それが馬鹿にしてるってことにまだ気付かねぇのか!?」

 

 思い切り、宗達はカイザーへと怒鳴りつけた。

 八つ当たりとわかっていても。それでも。

 

「言ってることはわかるさ! アホみたいに全力出し合えば確かに勝敗なんてどうでもよくなることはある! けど! それはあくまで結果論だ! 最後の最後に! 終わってから感じることだ! 最初から『勝ち負けなんてどうでもいい』なんてリスペクトどころか相手馬鹿にしてんだよ!」

「――――ッ、違う! 俺は手を抜いてなどいない! 無論勝つためにデュエルしている!」

「ああそうだろうさ! あんたが手を抜いたことなんざねぇだろう! けど――あんたのその言葉は傲慢にしか聞こえねぇんだよ!」

 

『帝王』と呼ばれる男が手を抜くはずがないし、実際そんなことをしている場面など見たことはない。

 しかし、今の物言いは。

〝勝利することが当たり前〟である人間の、物言いで。

 

「勝つために俺たちはデュエルしてんだよ! 必死こいてカード集めて! 頭ひねってコンボ考えて! そうやって戦ってんだよ! あんたの言葉はそれを全部否定してるんだよ!」

 

 勝つためにデュエルをし、その最中でどう思うかは個人の自由だ。最終的に勝ち負けなどどうでもいいデュエルとなることもあるだろう。それこそスポーツの試合でもあるようなことだ。

 ――けれど。

 初めから、戦う前から『勝敗などどうでもいい』と考えているのは……論理が破綻している。

 負けて悔しいから、勝ってうれしいから――戦うはずなのに。

 

「俺は……ッ、勝つしかなかった」

 

 絞り出すように、宗達はそう言葉を口にした。

 

「俺は親の面も知らねぇ孤児院の出身だ。勝って、勝ち抜いて。俺の存在を証明しなくちゃ生きていけなかったんだよ。それに、あんたの台詞は何よりも……俺の友達のデュエルを、馬鹿にしてる」

「友……」

「――祇園は! あいつは! 理不尽に退学を言い渡されて! 負ければ退学になるデュエルで〝伝説〟を相手にして! それでも最初から最後まで勝つことだけを目指してた! 諦めなかった! 勝たなければ全部奪われるからだ! 失っちまうからだ! だからこそ海馬瀬人も祇園を認めた! あの海馬瀬人が名前を呼んだんだぞ!? 最後まで勝利だけを目指したあの二人のデュエルを! あんたは〝リスペクトの欠片もない〟と切って捨てるってのか!?」

 

 最後まで、臆しながらも、圧されながらも諦めなかった夢神祇園というデュエリスト。

 そんな彼だからこそ、海馬瀬人は認めたはずだから。

 

「――〝勝敗なんてどうでもいい〟なんてのはな、恵まれた人間が恵まれてねぇ他人を見下す言葉だ」

 

 勝利しなければ生きていけない人間にとって。

 その言葉は、あまりにも傲慢な言葉だ。

 

「俺も祇園も勝たなきゃ生きていけねぇ。そして祇園は負けて、学園を追い出された。勝敗なんざどうでもいい?――テメェの言う『師範』がそれを否定したんだろうが!! あれだけのデュエルを見て!! それでも祇園を追い出したんだろうが!!」

 

 やっぱりやめだ、と宗達はカイザーに背を向けながら言葉を紡いだ。

 

「あんたは〝敵〟だ。俺の友達を馬鹿にした奴を、俺は許せねぇ」

「俺はそんなつもり言ったわけではない。キミの友――夢神祇園は確かにすばらしいデュエルをしていた」

「受け取り方なんて人の自由だ。否定したいなら俺にそのリスペクト・デュエルを認めさせてみろよ。――舞台は用意されてんだろ?」

 

 その場を立ち去ろうとする宗達。その背に、ならば、とカイザーは問いかけた。

 

「如月宗達。キミがリスペクトするのは……何だ?」

「――〝勝利〟だ」

 

 振り返り、鋭い視線をカイザーへと向けながら。

 静かに、宗達は言い放った。

 

「相手を認めるから、だから……そんな相手に勝ちたいって思うんだろうが」

 

 そして、今度こそ宗達はその場を立ち去っていく。

 その背を、『帝王』は静かに見送るだけだった。












まあ、ぶっちゃけカイザーがなにを言おうと宗達が受け入れられるわけがないという。カイザーに八つ当たりする形になっても、彼にはそうするしかないわけで。
しかし、どんどん鮫島校長が下衆く……おかしいな~? 無能とは思ってますが、嫌いというわけでもないのですが。
まあいいや。

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