遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第十一話 その背に背負った、譲れないモノ

 朝。オベリスクブルーの女子寮では昨日から開講された〝アイドルプロデュエリスト〟桐生美咲の授業の話題でいっぱいだった。

 男子に比べると女生徒は数が少なく、それ故に女生徒はアカデミアにおいて誰一人の例外なくオベリスクブルーへと入寮することになり、どれだけ成績が悪かろうと男子と違って寮の格上げ・格下げは存在しない。

 ――そう、なっていたはずだった。

 昨日より非常勤講師として週二日の授業を受け持つことになった前述のプロデュエリスト――桐生美咲が、その前提条件を覆してしまったのだ。

 ある意味で至極単純な点数式の授業。そこで成績を落とせば、女生徒であろうとラーイエロー、更にはオシリスレッドにまで格下げされることもあるという。

 冬休みには女子寮が新たにラーイエロー、オシリスレッドの分も増築されるという話もあり……女生徒たちは学年問わず騒然としていた。

 

「はぁ……」

 

 女子寮大食堂。その片隅で、枕田ジュンコが大きくため息を吐いた。その彼女へ、どうしたの、と正面に座る天上院明日香が問いかける。すると、どうしたもこうしたもありませんわ、とジュンコの隣に座っていた女生徒――浜口ももえもため息を吐いた。

 

「昨日のテストが散々でして……このままでは寮を格下げされてしまいますわ」

「ああ、桐生プロの……確かに難しかったわね」

「明日香様と違って、私たちはデュエルの実技もそこまでよくないですから。……正直、今日の授業も憂鬱です」

「様は止めて。……でも、二人共上の方ではあったはずじゃなかったかしら?」

「40点台では胸は張れませんわ」

 

 ももえがため息を零す。昨日のテストの結果は掲示板に張り出されており、それこそ上級・下級生問わずに凄まじい精神的ダメージを負わせたと明日香も聞いている。

 40点台、というのは昨日のテストの平均よりも若干上といったラインだ。ブルー生でさえも大抵が30点台であった例のテストでその成績は立派にも思えるが、美咲の言いようでは50点は取れて当然というもの。確かに三沢大地や如月宗達、藤原雪乃に天上院明日香といったトップメンバーは80点以上を取っているので、ある意味その言葉は間違ってはいないのだろう。

 本来なら首席で中等部を卒業している万丈目なども上位に食い込んでいてもおかしくはないのだが……彼はどうも最近調子が悪いらしく成績を落としている。

 

「……おはようさん」

「フフッ、おはよう」

 

 と、そんな風に暗い空気を纏い始めた席に二人の来客が訪れる。如月宗達と藤原雪乃だ。宗達はかなり眠そうにしているが、雪乃はいつも通り余裕たっぷりの雰囲気を纏っている。

 

「ええ、おはよう二人共」

「……おー、眠……」

 

 明日香が挨拶を返すと、そんな気の抜けた返事が宗達から帰って来た。雪乃から聞いていたが、本当に朝が弱いようである。

 そんな宗達のことをどこか優しげな目で見つつ、雪乃はジュンコとももえの二人へと視線を送る。

 

「それで、どうしたのかしら? 随分と暗いようだけれど……」

「ええ、それが昨日のテストの出来が良くなかったらしくて」

「ああ、あのテスト……。あなたたち、そんなに駄目だったの?」

 

 雪乃が問いかけると、二人はまたため息を零した。流石の雪乃も、そんな二人の様子に苦笑する。

 

「ため息を吐くと、幸福が逃げるらしいわよ? 幸福の神様は浮気性みたいだから、しっかり捕まえておきなさい」

「そう言われても……」

 

 二人の暗い雰囲気は改善されない。そんな中、チラリと明日香は食堂に設置されているテレビへと視線を向けた。そこでは、件の桐生美咲が出演している番組――『初心者のためのデュエル講座』が流れている。

 

『今日のお便りです。東京都にお住いの、PNユウキくん十歳からのお便りです。『美咲ちゃん、こんにちは~』』

『はいな、こんにちは~♪』

『『僕は昨日、初めて近くのお店で大会に出ました。色んな人とデュエルできて、とても楽しかったです』』

『ええ経験したんやね~♪ ウチも大会に出るんは好きやよ~♪』

『『ただ、その途中で僕の使ったカードが【タイミングを逃す】と言われました。親切なお兄ちゃんが説明してくれたのですが、よくわかりませんでした。美咲ちゃん、どうか教えてください』……とのことです』

『それは良いお兄ちゃんに出会えたんやねー♪ ええ話や♪……でも、【タイミングを逃す】はちょっとややこしいルールやからね……。覚えてしまったら簡単なんやけど、初心者には確かに難しいなぁ。ルールブックではわかりにくいかな? 宝生(ほうしょう)アナはどうですか?』

『私もあまり自信はありませんね……『時』と『場合』、という言葉は聞いたことがありますが……』

『んー、それも間違ってないんですけど……実際にやって説明した方がいいですかねー。ちょっと準備しますんで、CM入りまーす』

『えっ、ちょっ、桐生プロ!?』

 

 テレビの画面の中、美咲の言葉に焦り出す宝生アナウンサー。彼女の焦りを置き去りに、番組は本当にCMへと入った。

 それを眺めていたジュンコが、はぁ、と憂鬱そうなため息を吐く。

 

「……授業で出されたら、また答えれないかも……」

「私も自信がありませんわ……」

「あらあら、暗いわねぇ……。昨日の授業内容を把握していれば次のテストで60点は取れると説明があったのだから、そう悲観することもないと思うけれど。……宗達、ご飯粒がついてるわ。ん、美味し♪」

「まあ、難しいと思うがルール把握は大事だぞ。大舞台でルール間違えてましたじゃ洒落にならねぇし。一度覚えりゃ後は楽なんだから。……オマエさ、ありがたいけども妙にエロい食い方すんなよ」

「あら、タったのかしら?」

「昨日あんなに搾り取っといて何言ってんのオマエ」

「あんなに愉しんでたじゃない」

「否定はしない」

「あなたたち、朝から何の話をしてるのかしら……?」

 

 二人の会話に、明日香が冷たい視線を送りながらそんな言葉を口にする。宗達は、気にすんな、と言葉を紡いだ。

 

「大人の事情だ」

「へぇ、大人、ね」

「顔紅いぞオマエさん。ムッツリか」

「なっ……!?」

「…………」

「ぐおっ!? 雪乃、オマエ、小指踏み抜くのは反則……!」

 

 机に突っ伏すようにして、宗達は唸り声を上げる。雪乃は冷たい視線を宗達に向けた。

 

「あら、ごめんなさい。偶然当たってしまったわ」

「おまっ、これは……!」

「ぐ・う・ぜ・ん・よ?」

「………………はい」

 

 宗達は小さく頷くと、そのまま机に突っ伏してしまった。そんな二人の様子を見て、明日香が呆れたように呟く。

 

「変わらないわね、二人共。中等部の時から」

「フフッ、どうかしら? 変わらないものなんてないわよ、明日香。どんなものも変わっていく。その変わり方が違うだけ……それが良く変わるか悪く変わるかの違いはあれど、ね」

「今は楽しいの?」

「ええ、モチロン♪」

 

 宗達の頭を撫でつつ、そんなことを言う雪乃。はぁ、とももえが息を吐いた。

 

「私も素敵な殿方にお会いしたいですわ……」

「見つかるわよ、きっと」

 

 クスクスと笑う雪乃。そんな雪乃を見て、ジュンコや明日香も知らず微笑を零していた。

 少し前までの雪乃は女王然としていて――老若男女問わずそういう態度をとるところは変わらないのだが――近寄り難く、同時に人を遠ざけているような雰囲気があった。実際、彼女に近付けたのは明日香ぐらいなのだ。ジュンコやももえは雪乃に近付くことさえできていなかった。

 その彼女が他者と関わるようになったのは、やはり宗達のおかげだ。互いが互いを本当に大切に想っているのだと、二人を見ているとそう思う。

 

『――さて、準備完了。とりあえず例として『暗黒魔族ギルファー・デーモン』のカードを持ってきました~♪』

『では、【タイミングを逃す】というルール効果の説明をお願いします』

『はいな。とはゆーても、そんなに別に難しいわけやないんです、まず注視する必要があるのは、ここ。テキストの『~時、できる』と『~時、する』のどちらであるかという点ですね。前者は任意、後者は強制。これがポイントです』

『えっと、以前にも任意効果と強制効果については窺いましたね』

『まあ、字面以上の意味はないんですけどね、その二つには。……ギルファー・デーモンの場合、『できる』という任意効果なんですが……これが曲者なんです。できる、ってゆーんは要するにタイミングが合えばやってもいいよー、っていうこと。逆に言えば、『できるタイミング』に発動できなければ発動しないわけです』

『え、ええと……?』

『ああ、かみ砕いて説明しますんで大丈夫ですよ。……例えば、宝生アナのモンスターがギルファー・デーモンを破壊したとします。そしたら発動タイミングも条件もばっちりで、攻撃力を下げることができるわけですね』

『はい、そうですね』

『でも、ギルファーデーモンを生贄にしてモンスターを召喚するとそれができないんです。墓地に送られて『発動できる』というタイミングで召喚が行われているので……『可能ではない』形になってるんですね。それがタイミングを逃す。『~時、できる』という効果は要するにそういうものなんです。時、というのはそのタイミングの直後のみ発動できるということ。そのタイミングで別の処理が挟まってるなら、発動が『できない』んです』

『…………何となくですが、わかった気がします』

『要するに、『する』と『できる』で処理の仕方が違うということです。ほな、次は『時』と『場合』ですが――』

 

 テレビから聞こえてくる説明を、食堂の者たちは真剣に聞いている。だが、全体的な雰囲気として理解している者は少ないようだ。ジュンコとももえも必死で考えている。

 

「え、ええっと、どういうこと……?」

「するとできるが違う、ということはわかりましたが……」

 

 思考がオーバーヒートしそうな二人。その二人へ、宗達が机に突っ伏しながら言葉を紡いだ。

 

「……要するに、『~時、できる』のタイミングで別の処理が挟まってたら発動できねぇってことだよ。ギルファー・デーモンなら例えば『愚かな埋葬』で墓地に叩き込むなら効果は発動する。別に墓地に行った後にすることなんざねぇからな。けど、例えば祇園が使ってた『光の援軍』で落ちた場合は別だ。ギルファー・デーモンのタイミングでサーチが入るから、発動できない。『相手モンスターを選択して発動できる』のタイミングで『ライトロードと名のついたモンスター一体を手札に加える』って処理が挟まってるわけだ。同時に処理できねぇから、『できる』効果は『できない』ことになる」

「逆にボウヤの場合、『エクリプス・ワイバーン』がタイミングを逃さないのはその効果が『~時、する』という効果だからよ。強制だから、タイミングを逃すも何も『必ずやらなければならない』の」

「そして、『時』と『場合』。……結論から言えば、『場合』は一連の処理が終わってから処理することになるから、そもそも他とタイミングが被るということがあり得ないのよ。『時』と『場合』についてはそういう覚え方をすればいいと思うわ」

 

 それぞれ宗達、雪乃、明日香の言葉である。いつの間にか食堂中の視線が集まってきていた。

 

「デュエルディスクはその辺の処理を自動でやってくれるから【タイミングを逃す】処理も覚えにくい。経験あるんじゃねぇか? 効果が発動しなくて、故障とか思ったりとか」

「うっ……」

 

 食堂内の女生徒が何人か気まずげな表情を浮かべる。宗達は体を起こすと、まあ、と言葉を紡いだ。

 

「この処理はミスると致命傷になりかねねぇからな……自分の使うカードの効果は把握しておけよー。それで負けたら泣けるぞ、本気で」

 

 宗達の口調は適当だが、彼らの説明を必死でメモしている生徒が何人もいる。テレビの方でも宗達と同じような説明を画像付きでやっており、そちらの方へも視線が釘付けだ。

 

「ただ、なーんか例外あった気がするんだよなぁ……『場合』って書いてんのに逃す奴……なんだったかな……?」

「――『墓守の長』やね。ま、ゆーてもこれは初期のカードやし、エラッタされた再録カードがないから便宜上『例外』になっとるだけやけど」

 

 考え込む宗達。その後ろから、彼の言葉を補足する声が届いた。振り返れば、そこにいたのは一人の少女。

 ――桐生美咲。

 宗達も出場した全米オープンで準優勝を果たした、正真正銘の強者だ。

 

「んー?……桐生か」

「あはは。授業の外やったらなんて呼んでくれてもええけど、授業の時はちゃんと先生、もしくは美咲ちゃん☆と呼ぶようになー?」

「はいはい。……何だ、朝飯?」

「仕事のせいで食べる時間ないから、携帯食やな。この後職員会議やし。……ああ、そうそう。ウチは今日の六時にここを出て、帰ってくるのは来週や。せやから、もし質問とかあったら職員室に来たら受け付けるよ。出来る範囲でアドバイスをするし」

 

 ほななー、美咲はパックの流動食――文字通りの携帯食を片手に、食堂を出て行く。その際、ああ、と思い出したように振り返った。

 

「そういえば、ここ女子寮やんな?」

「おう」

「……何で自分、ここにおるん?」

 

 ピシッ、という空気が固まった音がした。

 宗達の反省文が、また一枚増えた瞬間だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 美咲の行う実技の授業は、ある意味筆記試験よりも単純なルールだった。毎時間、必ず一人五度以上はデュエルを行い、勝敗数を重ねていく。一月区切りでその勝敗数を計算し、勝率を出す。それが成績の点数となるとのことだ。

 つまり、勝率が七割ならば70点。2割なら20点という形になる。

 このルールだと、余程のことがない限り――基本的に一人につき一月で最低三十回は授業でデュエルを行うようにするため――0点というのは有り得ない。故に、必然として重要なのは筆記となる。

 退学、降格を避けるだけならば実技で勝てばいい。一月勝利なしという結果にでもならない限り、これらのことは起こらない。

 逆に、これで100点――つまりは昇格を手にするには全勝しなければならず、まず不可能だ。故に上を目指す者にとっては必然、筆記が重要になる。

 とはいえ、両方重要であることも確かだ。初回の授業を終え、それぞれのデュエルディスクから送られてくる情報を整理していく美咲。別に勝ち星だけで評価するわけではない。目についた生徒や、面白いコンボを使っている生徒にはちゃんと点数を渡すつもりだ。

 そうして、もうすぐ授業も終わりという時間。携帯端末を使ってデータを処理している美咲は、うーん、と唸り声を上げた。

 

「やっぱり『侍大将』が飛び抜けてるか……三年生やと『カイザー』とかゆーんも無茶苦茶やな。他には三沢くん、天上院さん、藤原さん……そして、遊城くん。この辺が全勝組、と。んー、思てたよりは実力があるなぁ。これやったら例の大会、無様を晒すようなことはなさそうやけど」

 

 データを処理していく美咲。彼女の周囲――授業を行っているのはグラウンドだ――では、生徒たちが何人もデュエルをしている。随分騒がしいが……活気があっていいと思う。

 と、そんなことを思いながらデータの整理とこの後のスケジュールの確認をする美咲。その美咲へ、一人の教師が声をかけてきた。

 

「少しよろしいでスーノ?」

 

 声をかけてきたのはクロノスだ。アカデミアの技術指導最高責任者である彼は、美咲の目から見ても十分プロに通用するだけの実力を有している。

 少々教育者としてどうかと思う部分もあるが、美咲はクロノスの手腕自体は評価していた。実際、彼の教え子でプロになった者は何人もいる。

 

「ありゃ、クロノス教諭。どないしはったんです?」

「いえいえ、大したことではありませンーノ。シニョール万丈目とシニョール三沢はおりますノーネ?」

「ええ、おりますよー。呼びますか?」

「お願いしまスーノ」

「はいな。……万丈目くん、三沢くん! ちょっと来てくれへんか~!?」

 

 声を張り上げる。すると、人垣から目的の二人が歩み出てきた。

 一人は、周囲から――主にブルーの男子生徒から嘲笑を受けながら歩み出てきており、もう一人は十代たちと共に連れ立って歩み出てきている。

 

 ……対照的やねー。

 

 万丈目のことについては美咲も覚えている。海馬の指示で実力を測るように言われ、デュエルしたのだ。光るものがあったが……どうも凝り固まっているように思えた。それが彼の弱点なのだろう。

 逆に、三沢は実に柔軟な思考をしているように思う。一番最初に職員室へ押しかけてきたのは彼と十代だ。十代はデュエルしたいといってきたが、三沢は所謂『メタ』についてこちらを質問攻めにしてきた。原罪の風潮の中で彼のようなタイプは珍しい。

 そんな二人がこちらへ向かってくるのを確認すると、クロノスへと美咲は視線を送った。クロノスに気付いた十代が声を上げる。

 

「あーっ、クロノス先生。何してんだよこんなとこで」

「キーッ! 敬語を使うノーネドロップアウトボーイ!」

 

 いつものやり取りが展開される。だがクロノスはすぐさま咳払いをして調子を取り戻すと、万丈目と三沢の二人に向かって言葉を紡いだ。

 

「シニョーラたち二人で寮の入れ替え戦を行うことが決定されたノーネ。三日後、決闘場で行う予定なノーデしっかり準備しておくノーネ」

 

 その言葉を聞き、万丈目が愕然とした表情を浮かべ、三沢が笑みを浮かべた。十代たちも我がことのように喜んでいる。

 

「それでは、お邪魔したでスーノ。……桐生プロ、海馬社長とペガサス会長へこのクロノス・デ・メディチの宣伝をよろしくお願いしますノーネ」

「あはは」

 

 きっちり最後に宣伝を挟んでいくクロノスに苦笑する。悪い人間ではないのだろうが、こういうところがへんに誤解されている部分なのだろう。

 

「おおっ! 凄ぇな三沢! 遂にオベリスクブルーかよ!」

「凄いッスよ三沢くん!」

「頑張るんだな!」

「ああ、全力を尽くすよ」

 

 応援してくれる十代たちに、三沢は笑顔で応じる。宗達も三沢の肩を叩くと、頑張れよ、と言葉を紡いだ。

 

「もっとも、オマエの場合は遅過ぎるって気もするけどな。もっと早くても良かったろうに」

「それは買い被りだ。キミこそオベリスクブルーの器じゃないのか、宗達?」

「あー、俺は無理。興味ないし」

 

 好き勝手なことを口にしている三沢たち。その光景を微笑ましげに見ながら、美咲は俯いている万丈目へと視線を向けた。

 

「……俺はエリートだ、負けるわけがない。俺はエリートだ、負けるわけがない。俺は――……」

 

 ブツブツと何事かを呟いている万丈目。その姿が非常に危うく見えたが……美咲は、敢えて何も言わなかった。

 プライドというのは必要なものだ。だが、度合いというものがある。必要以上に膨れ上がったプライドなど、本人にとっては邪魔にしかならない。

 ならば、これは万丈目にとってのチャンスだ。記録に伺える、彼の最近の不調。それはきっと、彼の中で歯車が噛み合わなくなっただけ。

 化けるか、潰れるか――そんなことを思いながら、美咲は端末を閉じた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――万丈目準。彼の経歴は、実を言うとかなり輝かしい。

 アカデミア中等部を首席で卒業し、入学試験の成績も抜群。人に慕われる才能も有り、ジュニア大会では高成績を残している。

 更に実家は万丈目グループという超が付く大グループで、将来を嘱望されていた。

 アカデミア本校でも、カイザーの後継者となると自他共に思われていた、ある種の天才。それが万丈目準という少年だった。

 

 しかし、この数か月で彼の立場は大きく変化する。

 

 始まりは、深夜のアンティデュエルだ。格下と見下していたオシリスレッドの『ドロップアウトボーイ』にあわや敗北というところまで追い詰められ、そのリベンジと自らの立場を十代へ教え込むためにクロノスの協力を得て月一試験で遊戯十代と戦い……敗北。

 それをきっかけに、どんどん噛み合わなくなっていく『万丈目準』というデュエリストのピース。勝てたはずの相手に敗北し、筆記試験もふるわなくなる毎日。見下していた側から見下される側へと坂を転げ落ちるように転落していく。

 何よりも、『ドロップアウトに敗けた』――その評価は、彼をブルー生からも孤立させた。

 元々、他者を見下し蔑んでいたのが万丈目準という少年である。因果応報といえばそれまでだが、今まで積み上げてきたモノ、手にしていたモノが全て失われるというのはどういう気持ちなのか……それは、彼にしかわからない。

 

「…………」

 

 教室へ入る万丈目。いつもなら取巻きを引き連れていた彼も、今はもう近くに誰もいない。

 いつも通り、彼の特等席でもあった場所へ向かう万丈目。しかし、そこにはすでに数人のブルー生が座っていた。

 

「……おい、そこは俺の席だ」

「ん? ああ、万丈目か。お前みたいなドロップアウトにも負けるような奴にこんな良い席は勿体ねぇよ。ほら、あそこの端の席が空いてるだろ?」

「…………ッ」

 

 言い返そうとするが、言い返す言葉が見つけられない自分に気付く。

 ――当然だ。

 彼に向けられたその言葉は、かつて彼が幾人もの人間に向けてきた言葉であり、反論を許さなかった言葉なのだから。

 教室の奥、一番端の席。そこには先客が一人いる。

 如月宗達。

 その実力では『カイザー』に届く唯一のデュエリストとされ、相応の実績を残す人物だ。彼がアメリカに留学せず、日本にいれば万丈目は中等部で主席ではなかったとも言われており、否定できない自分がいることに万丈目は酷く惨めな気分になった。

 

「んー? 何だ、ボンボンか」

 

 眠そうな視線をこちらへ向けてくる宗達。彼と藤原雪乃が恋仲であることは周知の事実だ。しかし、行動こそ共にするものの授業において二人が近い席に座ることはない。それどころか宗達は基本的にいつも端の方で何をするでもなく呆けているかそもそも授業に出ていない。

 雪乃も素行が良いとは言い難いが、宗達よりは遥かにマシである。もっとも、それでも宗達の成績は十分なものがあるのだから性質が悪い。

 万丈目はそんな宗達を見ると、忌々しげに舌打ちを零した。そのまま、乱暴に椅子へと座り込む。

 

「…………この俺が、何故こんな奴の隣に……!」

「んー? ああ、オマエ、取り巻きにも見捨てられたのか?」

 

 万丈目の様子を見、そんなことを宗達が笑いながら口にする。万丈目の体が震えた。

 

「つーか、まだお山の大将なんてやってたんだなオマエ。驚きだよ」

「黙れ……! 貴様に何がわかる……!」

 

 地を這うような低い声。そこに万丈目の感情が全て込められているように感じた。

 だが、宗達は気にした様子もない。

 

「わかるわけねぇだろ阿呆が。他人を理解しようとしない奴が理解してもらえるわけがねぇんだよお坊ちゃん」

「何だと……!」

「大体オマエさ、どうしてここに来たんだよ?」

 

 ここ、というのはアカデミアの事だろう。無論、ここへ来たのはプロデュエリストになるためだ。それ以外の目的は万丈目には存在しない。

 しかし、宗達はそうは思わなかったようで。

 

「オマエ、甘え過ぎ。待ってるだけで夢叶うわけねぇだろ阿呆が。夢なんてのはな、いつか覚めるもんだ。だったら覚める前に『夢』を『目標』にするしかねぇ。オマエ、夢すら見れてねぇじゃねぇか」

 

 辛辣な台詞。万丈目は、黙れッ、と大喝した。

 その大声に、教室の視線が集まる。一部のブルー生は万丈目を指差して嘲笑していた。

 

「図星を指されたら人はキレるんだそうだ。オマエ、自分でもわかってるんだろ?」

「黙れッ!! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!! 貴様に!! 貴様なんぞに何がわかる!?」

「だからわからねーよオマエのことなんざ。だがな、ボンボン。今のオマエを俺は名前で呼ぶことはできねぇ。中等部の時の方がずっと根性あったぞ、オマエ」

 

 宗達は冷静だ。酷く冷めた目でこちらを見ている。

 それが……どうしようもなく、万丈目は腹が立った。

 中等部から挑み続け、勝てなかった――カイザー以外では万丈目がほとんど唯一その実力を認めているといってもいいデュエリスト。嫌っていても、それでも認めざるを得ない相手。

 そんな男が、自分をこんな目で見ている――それが、万丈目には許せなかった。

 

「毎日俺に挑んできて、毎回ぶっ潰して……それでも諦めなかった馬鹿。それがオマエだったろ。俺がアメリカに行く時、『勝ち逃げするのか!』なんて言ってたオマエはどこに行ったんだよ」

「お、俺は……ッ!」

「……ま、いいや。面倒臭くなったから一限サボるわ。じゃあな」

 

 宗達が立ち上がり、授業が始まろうという時間なのに教室を出て行く。万丈目は、その背中を見送ることしかできなかった。

 かつての自分なら、すぐにでもその肩を掴んで挑んだのに。

 ――なのに。

 今の万丈目準は、その背を追うことさえもできなかった――……

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

『ほい、これで俺の通算百連勝。おー、遂に三桁か』

『くそっ、くそっ、くそっ! 俺はジュニア大会でも優勝したことがあるんだぞ!? 何故勝てんのだ!』

『俺が強いから』

『ふざけるなよ貴様! 宗達! 明日こそは貴様を這い蹲らせてやる!』

『あ、悪い。明日雪乃とデート。学校サボるから』

『ふざけるなァ!!』

『男とデュエルするぐらいなら女とデート選ぶわ阿呆。……ま、明日一日俺に勝てるようデッキ練って来いよ。片手間で相手してやるから』

『貴様ァ……! どこまで俺を馬鹿にするつもりだ!』

『馬鹿になんざしてねーよ。むしろ評価してるぜ? サイバー流(笑)とかいう流派の奴らは二、三回叩き潰したら陰でコソコソ陰口叩くだけで近付いて来なくなったってのに、オマエは事あるごとに向かってくるし』

『ふん! この俺をあんな陰湿な者たちと一緒にするな! 貴様はこの俺が必ず這い蹲らせてやる!』

『……雪乃以外だと、オマエと明日香ぐらいだよ。俺に真正面から向かってくる奴は』

『何?』

『なぁ、万丈目。……オマエは、変わるなよ。そのままで、戦い続けろよ?』

 

 その時、宗達はどんな表情をしていたのか。

 霞がかかったその表情は……見ることができなかった。

 

『――俺は、いつでも挑戦を受けてやるからさ』

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 目を覚ますと、滝のような汗を掻いていた。随分と懐かしい夢だ。中等部の頃の自分と宗達。

 そう、入学式の日にサイバー流を名乗る生徒と問題を起こし、デュエルに勝利し……相手に二度とカードに触れられなくなるようなトラウマを植え付けた『デュエリスト・キラー』に挑み続けた記憶。

 彼が『卑怯者』と謗られ、同時に避けられ続ける中、万丈目だけは文字通り彼に毎日挑みかかっていた。

 それでも、一度も勝つことはできなかったのだが――……

 

「……俺は、何のためにここへ来た」

 

 ポツリと、呟く。目的など決まっている。『最強』になるためだ。

『万丈目』において必要な存在であるために。兄たちに認めてもらうために。

 

「……くそっ」

 

 呟いた、その言葉は。

 酷く、苦渋に満ちていて。

 

 ……どうしようもなく、苦いものだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ブルーの制服を脱ぎ捨て、黒のコートを身に纏う。……これが、覚悟の印だ。

 自分はぬるま湯につかり過ぎていた。そうだ、こんな状態で強くなれるはずがない。もう一度、刃を研ぎ直す必要がある。

 

「……何か、らしくなってきたなオマエ」

「…………如月、宗達」

 

 定期便を待っていると、背後から声をかけられた。見れば、宗達がこっちを見ている。

 

「貴様、授業はどうした?」

「それ、俺の台詞じゃねー?……いいのか? ブルーの地位を捨てて」

「ふん。そもそも俺が間違っていたのだ。群れたところで強くなどなれはしない。そう、俺は強くなる。強くならねばならんのだ……!」

 

 言葉にすると、覚悟が決まっていくのがわかる。そうだ、何を勘違いしていたのか。初めからこうすれば良かったのだ。

 目指すモノは、目指す形は……ずっと、それだけだったのに。

 

「……安心したよ、万丈目。オマエは根っこのとこは変わってねぇ」

 

 デュエルディスクを構えつつ、宗達は言う。万丈目もデュエルディスクを取り出すと、構えた。

 

「オマエが何を背負うかなんて知らねぇし、興味もねぇよ。だが……餞別はくれてやる」

「ほざけ! この場で貴様を倒してくれる!」

「やってみな」

 

 そして、宣言。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 二人の目に、闘志が宿る。

 先行は――万丈目だ。

 

「先行は俺だ! ドローッ! 俺は永続魔法『異次元格納庫』を発動! デッキからレベル4以下のユニオンモンスター三体を選択してゲームから除外する! そして自分フィールド上にモンスターが召喚された時、そのモンスターがこのカードの効果で除外したユニオンモンスターに記されている場合、そのユニオンモンスターを特殊召喚する! 俺は『W―ウイング・カタパルト』、『Y―ドラゴン・ヘッド』、『Z―メタル・キャタピラー』を選択して除外する!」

 

 ユニオンモンスター――特定の条件を満たすことでモンスターの装備カードとなり、ステータスの増強や破壊耐性などを付けることができるカード群だ。装備できるモンスター、といったところだろうか。

 とはいえ、モンスターを装備するというカテゴリでは販売売数が少なく、使うデュエリストが数えるほどしかいなかったというのに二枚のカードが制限へと叩き込まれた『昆虫装機(インゼクター)』のカテゴリがあるので、使い処が難しいのだが。

 

 除外されたモンスター→W―ウイング・カタパルト、Y―ドラゴン・ヘッド、Z―メタル・キャタピラー

 

「『XYZ』か。上手く回せりゃ確かに強いよな」

 

 かつてあの海馬瀬人も使ったことのあるテーマ『XYZ』。癖は強いがその切り札は『融合』を必要としていない上に強力な効果を有している。

 

「俺は更に『X―ヘッド・キャノン』を召喚! 異次元格納庫の効果によりY―ドラゴン・ヘッドとZ―メタル・キャタピラーを特殊召喚する!」

 

 X―ヘッド・キャノン☆4光ATK/DEF1800/1500

 Y―ドラゴン・ヘッド☆4ATK/DEF1500/1600

 Z―メタル・キャタピラー☆4ATK/DEF1500/1300

 

 並ぶのは三体のモンスター。普通に考えれば、これだけでも十分凄い。

 

「更に魔法カード『二重召喚』を発動! これにより、俺はこのターンもう一度召喚を行える! 『V―タイガー・ジェット』を召喚! 異次元格納庫の効果によってW―ウイング・カタパルトを特殊召喚!」

 

 V―タイガー・ジェット☆4ATK/DEF1600/1800

 W―ウイング・カタパルト☆4ATK/DEF1300/1500

 

「更に、X―ヘッド・キャノン、Y―ドラゴン・ヘッド、Z―メタル・キャタピラーの三体を除外することで『XYZ―ドラゴン・キャノン』を融合デッキより特殊召喚! 更にV―タイガー・ジェットとW―ウイング・カタパルトの二体を除外することで『VW―タイガー・カタパルト』を癒合デッキより特殊召喚だ!!」

 

 XYZ―ドラゴン・キャノン☆8光ATK/DEF2800/2600

 VW―タイガー・カタパルト☆6光ATK/DEF2000/2100

 

 並び立つ二体の大型融合モンスター。……並のデュエリストでは、こうもいかない。

 そして、まだここでは終わらない。

 

「さらにこの二体を除外し、『VWXYZ―ドラゴン・カタパルトキャノン』を特殊召喚!!」

 

 VWXYZ―ドラゴン・カタパルトキャノン☆8光ATK/DEF3000/2800

 

 この複雑な過程と特殊召喚条件の厳しさにより、滅多に出すことのできないモンスターが姿を現す。アカデミアのデュエリストに、一ターンでここまで繋げられる生徒がどれだけいるのか。

 しかし、だからこそ惜しいと……宗達は思ってしまう。

 

「これが俺の全力だ!! 如月宗達!!」

「――見届けたよ」

 

 ドロー。そう宣言し、宗達はカードを引く。

 手札は、普段の彼では信じられないくらいに良かった。

 

「オマエ、やっぱりその方がらしいぞ。……だが、俺のデッキもオマエに餞別をやりたいらしい。覚悟しろよ、万丈目。――一瞬で終わらせてやる!!」

 

 ドロー運が極端に悪いのが、如月宗達という少年の特徴だ。だが、今回だけは。

 何か、別の力が働いたかのように……絶対的な手札をしていた。

 

「永続魔法『六武衆の結束』を二枚と『六武の門』を発動! それぞれ『六武衆』と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に結束は一つ、門は二つずつ乗る! そして手札より『真六武衆―カゲキ』を召喚! 効果発動! このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下の『六武衆』と名のついたモンスターを一体特殊召喚できる! 『真六武衆-ミズホ』を特殊召喚! カウンターが乗る! 更にカゲキは他に六武衆がいる時攻撃力1500ポイントアップ!」

 

 真六武衆―カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000→1700/2000

 真六武衆―ミズホ☆3炎ATK/DEF1600/1000

 六武衆の結束0→2

 六武衆の結束0→2

 六武の門0→4

 

「…………ッ、くそっ!! 俺は何故勝てんのだ!?」

 

 その二体のモンスターを見、万丈目が叫ぶ。宗達はその言葉には答えず、デュエルこそをその答えとした。

 

「ミズホの効果発動! 一ターンに一度、『六武衆』一体を生贄に捧げることでフィールド上のカードを一枚破壊する! カゲキを生贄にVWXYZ―ドラゴン・カタパルトキャノンを破壊! 更に六武の門第二の効果発動! フィールド上のカウンターを四つ取り除くことで『六武衆』を一体手札へくわえることができる! 八つ使用することで『真六武衆―キザン』と『六武衆の師範』を手札へ! そしてそのまま特殊召喚!」

 

 真六武衆―キザン☆4地ATK/DEF1800/500→2100/500

 六武衆の師範☆5地ATK/DEF2100/800

 六武衆の結束2→0→2

 六武衆の結束2→0→2

 六武の門4→0→4

 

「更に六武衆の結束の効果を発動! 最大二つまでの武士道カウンターが乗ったこのカードを墓地へ送ることで、カウンターの数だけカードをドローできる! 二つを送って四枚ドロー!――往くぞ、万丈目! これが手向けだ! 自分フィールド上に『六武衆』と名のつくモンスターが二体以上いる時、特殊召喚できる!――『大将軍 紫炎』を特殊召喚!!」

 

 大将軍 紫炎☆7炎ATK/DEF2500/2400

 

 並び立つ四体のモンスター。くそっ、ともう一度万丈目が悪態を吐いた。

 

「如月宗達!! 次こそは必ず貴様を倒す!! 貴様だけではない!! 遊戯十代も!! 三沢大地もだ!! 俺は必ず最強のデュエリストとなる!!」

「期待してるぜ。それと、一人忘れてる。――夢神祇園。最強になるには、避けて通れねぇ道だ」

 

 出陣、と宗達が指示を出した。

 万丈目は、侍たちの刃を……ただ、静かに受け入れた。

 

 万丈目LP4000→-4300

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……とりあえず、代表戦は行わんとアカンと思います」

「ふむ、枠は二つなのですね?」

「ええ。本校、ノース、サウス、ウエストで二つずつ。そこへ若手プロと一般参加で十六人の予定です」

「成程……」

「方法は任せますけど、気合入れて決めた方がええと思いますよ? ここで無様を晒すようなら、来年から入学者激減でしょうし」

「……そうですね。公正に決めさせて頂きましょう」

「一応言っときますけど、社長の心証は相当悪いですよ? ここらで挽回した方がええかと」

「……開催は冬休みでしたね?」

 

 その問いかけに、少女ははい、と頷いた。

 

「――〝第一回ルーキーズ杯〟。お祭騒ぎの大会です。新時代のカードをお披露目するため、才能を発掘するための……ね」


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