遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第十四話 穏やかでいられた日々

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュエルアカデミア本校、オシリス・レッド寮。

 最底辺と呼ばれる彼らの寮は校舎から最も遠く、また、寮も決して広くはない。そのため寮生にはモチベーションが低い者も多いのだが、昨年から事情が少し変わっていた。

 元々アカデミアは男女共学であり、寮もまた男女ともにランク別に分けられていた。しかし、紆余曲折を経て女生徒は全員が最上級の寮であるオベリスク・ブルーへの所属となり、男子のみがランク分けされるという状況に陥る。

 それを校内競争の阻害となっていると判断したアカデミアオーナー、海馬瀬人は即座に改革を決定。昨年の中盤から変革が行われ、今年の新入生は男女問わず寮分けが行われることとなった。

 性急な改革に問題が発生することを誰もが懸念したが、蓋を開けてみると全員のモチベーション向上に繋がることとなる。例年通り中等部からの持ち上がり組、その中でも優秀な者のみが入学当初はオベリスク・ブルーに入れるという姿勢は変わっていないが、これは些細なことだ。入学直後に丸三日かけて行われた筆記・実技の能力調査で現状の寮に相応しくないとされた者は良くも悪くも寮の変更が行われたし、これでオベリスク・ブルーからラー・イエローに格下げをされた生徒も数人いる。

 これによってやる気を出したのはラー・イエロー、オシリス・レッドの生徒もだが、何よりオベリスク・ブルーの生徒たちが一番にやる気を出した。元々エリート志向が強く、その上今までは寮の格下げなどほとんどなかったためにある意味で傲慢に振る舞っていた彼らだ。それが能力不足として格下げを喰らえば、その先でどんな扱いを受けるかは想像に難くない。

 更に言うと、上記の改革を海馬瀬人が大々的に打ち出したこともあってアカデミア本校に対する注目と期待は非常に大きい。特に昨年行われた〝ルーキーズ杯〟で準優勝、ベスト4に残った二人の一年生は共にオシリス・レッドの生徒であり、彼らのような逸材が現れることを世間が期待するのは当然の流れと言えた。

 まあ、片方については少々込み入った事情があり、現在はウエスト校の生徒であるため色々と面倒臭いのだが。

 ――ともあれ。

 そういう事情もあって、かつてのようにやる気を失った生徒のみが存在していたレッド寮も少しずつ変わっていった。具体的には女生徒にいいところを見せたい男子連中の頑張りである。思春期男子というのは実に単純だ。

 だがやはり、どんなことにも例外というのは存在する。

 昨年卒業した〝帝王〟と互角の勝負を繰り広げ、前述した〝ルーキーズ杯〟で当時〝アマチュア№1〟と謳われた人物に勝利してベスト4に進出。先日、扱いは非公式ながら彼のエド・フェニックスに勝利した現アカデミアにおける〝最強〟の一角〝ミラクル・ドロー〟や、入学試験は筆記・実技共にトップクラスの成績を叩き出し、本来認められることがまずないと言われる飛び級入学を果たした〝巫女〟など、最下位の寮に留まり続ける者もいる。

 そしてそんなレッド寮の食堂に、ほとんどの生徒が集まっていた。

 

 

「――修学旅行?」

 

 ホワイトボードを背に言うレッド寮の監督官――響緑の言葉に首を傾げながら言ったのは遊城十代だ。その彼に、ええ、と緑は頷く。

 

「今年もそんな時期でね。それで、皆にいくつかある候補先から行きたいところを選んでほしくて」

「候補先、ですか……?」

 

 首を傾げたのはレッド寮最年少であり、飛び級生徒でもある少女――防人妖花だ。今日の彼女はその髪の毛を三つ編みにしている。これはレッド寮の女生徒たちが彼女を可愛がる時に毎回髪形を弄っているためだ。

 まあ、彼女自身が保護者である烏丸澪の影響か家事方面はともかく身だしなみにあまり気を遣わないようになりつつあるので、妥当といえば妥当だろうが。

 

「アカデミア本校は修学旅行を三年に一度、全学年合同で行うことになっているんだ。毎回いくつかの候補から行き先を決定して出発する手はずになっている」

「へぇー、変わってるドン」

「ええ、解説ありがとう三沢くん。ただあなたはいいから自分の寮に帰りなさい」

 

 当然のようにこの場にいる三沢に、緑が呆れたように言葉を飛ばす。それを聞き、はは、と隣の剣山が笑った。

 

「三沢先輩、怒られてるドン」

「あなたもよ剣山くん」

 

 特徴的な語尾をしたこれまたイエロー寮の生徒が怒られる。ラー・イエローの二学年それぞれの筆頭が慣れた様子で他寮に遊びに来ている現状をこうして改めて見てみると、成程ラー・イエロー監督官の気持ちもよくわかる。

 まあ、とはいえ今回は別にいいだろう。何せラー・イエローは結論が出ている。

 

「参加は許可するけど、邪魔は駄目よ。オシリス・レッドの総意として決めなくちゃいけないんだから」

「えー、なんでザウルス?」

「そういうルールだから、としか言いようがないわね。あと一応確認しておくけれど、私は生徒指導官でもあるからその辺りも理解した上でお願いね」

 

 どうでもよさそうに緑は言う。今でこそそうでもないが、以前はレッド寮に不良生徒が集まることも多かったのだ。そういう経緯もあり、代々監督官は生徒指導の人間が担当することになる。

 まあ、今この場に――どころか日本にすらいないが、学内で一番の問題児がレッド寮の生徒であることを考えれば当然の判断かもしれないが。

 

「とりあえず候補は三つあるから、好きな所を――」

 

 言いつつ、ホワイトボードを振り返る。そこに書かれた地名を見て、十代と妖花が目を輝かせた。

 

「「はいっ!」」

 

 そして二人同時に手を上げる。流石の緑も驚く中、二人は同時に一つの候補地を上げる。

 

「「童実野町がいい(です)!」」

 

 彼の〝決闘王〟生誕の地であり、バトル・シティが開催されたデュエリストの聖地だ。KC社の本社やI²社の日本支社もあり、数々のデュエリストにとって嬉しいイベントが開催されているのも特徴である。

 それに何より、デュエリストならば一度は行ってみたい場所だ。実は〝ルーキーズ杯〟の時に立ち寄る予定だったのだが、結局できなかったという経緯がある。

 

「だって遊戯さんの故郷だぜ!? しかもバトル・シティの会場でもあるし! 行ってみてぇ!」

「前回はあまり回れなかったですし、行きたいです! 後英語苦手なので……」

 

 興奮しきりの十代と、後半僅かに声が弱くなる妖花。他の候補地は実を言うと海外である。妖花はペガサス・J・クロフォードと共に何度か海外へと渡っていたりするのだが、本人は苦手らしい。

 

「あ、あと、一週間後ですよね? だったらオールスター見たいです! 今年の前夜祭はDDとドクター・コレクターのエキシビジョンマッチで、その後フレッシュ・オールスターとオールスターゲームをドームでやるんです! 行きたいです!」

 

 かつてないほどにテンションが上がっている妖花。おおう、と全員が軽く引いている中、十代が首を傾げた。

 

「そうなのか? オールスターって誰が出るんだ?」

「知らないんですか!?」

 

 食いつくように言われ、十代は悟った。

 ――間違えた、と。

 そしてそれを証明するように、少女の口が開かれる。

 

「フレッシュ・オールスターは25歳以下でライセンス取得者、Cランク以上の試合出場から三年以内のプロデュエリストが対象で、オールスターみたいに人気投票で決めるんです! しかも凄いのはオールスターは個人プロはほとんど出ないんですけどフレッシュ・オールスターはそんな縛りが無いんです! 今年は特に豊作の年って言われてて、チーム所属だと新井さんも丸藤さんも紅里さんも菅原さんも選ばれてるんですよ! 丸藤さんは新井さんと並んでオールスターの方にも出場が決まってますし、しかも試合前に対談とかサイン会とかあるんです! 個人プロだと滅多に表に出なくて美咲さんの『デュエル講座』ぐらいにしか出てこなかった堀内プロも選出されてて出るのか出ないのかで話題になってて! オールスターの方も今年は選出者から抽選でチーム決めをしたんですけど天城プロと藤堂プロが敵チーム同士になったんですよ!? 二人の直接対決は実現すれば5年振りになるから凄く楽しみです! 他にも監督推薦で出場する若手とか、この間のオーストラリア大会で入賞したアヤメさんが本郷プロにリベンジするのかどうかとか! 今年ブレイクしてる銀次郎さんが初出場で一躍時の人になってたり! しかもエキシビジョンは解説を皇〝弐武〟清心がするんですよ! 見どころいっぱいなんです!」

 

 まくしたてるように語る妖花。かつて閉鎖されたような村で暮らしていた彼女にとって、世界とはテレビの中だけだった。そんな彼女にとってプロの世界とはあこがれそのものであり、まあ、言ってしまえばオタクである。その凄まじさは説明の必要もないだろう。

 

「えー、と」

 

 コホン、と緑が咳払いをすると、我に返った妖花がびくりと体を震わせた。顔を真っ赤にし、消え入るように小さくなる。

 

「まあ、とにかく。どうするのかしら?」

 

 緑の問いかけに全員が顔を見合わせた。一部の女子たちが、まあ、と呟く。

 

「妖花ちゃんがそこまで言うなら、私はいいと思うけど……」

「……うん。やっぱり興味もあるし」

「でもギャップ凄いよね。いつもニコニコして凄く大人しいのに」

 

 うんうんと頷きつつ女子たちの意見が纏まる。妖花は両手を頬に当て、真っ赤なまま唸っていた。

 

「まあ、僕もそれならいいかなって思うッスけど……」

「つか普段あんだけ飯作ったりしてくれてるしな。いいだろ普通に」

「それで喜んでもらえるならありだろ」

 

 そして翔を筆頭に団結する男子たち。基本的に女子に弱く、更に相手は13歳の少女だ。彼らが逆らう理由など存在しない。

 意見が決まっていく。そんな中、妖花がいいんですか、と伺うように振り返った。

 

「あの、その、私のことなんて気にしなくて……」

「いやまあ、私たちもオールスターとか興味あるしさ」

「つか妖花ちゃんが我儘言うのも珍しいしな。普段あんだけ世話になってるし」

「同感だが妖花ちゃん言うな」

 

 うんうんと頷く男子たち。防人妖花は基本的にこの寮で毎日のように全員分の食事を他の生徒たち数人と共に作っている。それどころか家事全般を取り仕切っており、家の中では完全にダメ人間であるとある〝王〟と暮らしてきた経験を如何なく発揮していた。

 とはいえ彼女一人で全てをこなしているわけでは決してないが、そこはそれ。妹のような存在というのは強いのである。

 

「ちぇっ、なんだよ皆俺のことは無視かよ」

 

 そんなな中、唇を尖らせて言うのは十代だ。いやいや、と全員が手を左右に振る。

 

「一番世話になってんのお前だろ十代。当番制にしてたのに戦力外過ぎて飯当番外されてんだから」

「そのくせ一番食うという」

「お前部屋の布団干してもらったって聞いたぞ? なんて羨ましい――じゃなくてそれぐらい自分でしろ」

「本音、本音が隠せてない」

「あ、あの……お布団ぐらいでしたら、言ってくだされれば……」

「「「是非お願いします」」」

「正直すぎないかしら」

 

 呆れた様子で言う緑。はぁ、と彼女はため息を吐くといいわ、と頷いた。

 

「それじゃあレッド寮は行き先を『童実野町』に決定ということでいいわね?」

「「「はい」」」

 

 全員が頷く。よろしい、と緑は頷くと、それじゃあ、と改めて言葉を紡いだ。

 

「代表を決めてもらうわ」

「代表?」

 

 再び首を傾げる生徒たち。緑は難しい事じゃないけれど、と前置きして言葉を紡いだ。

 

「実を言うと、童見野町にするのであればオベリスク・ブルーと意見が食い違うのよ。そこで、後々揉めないようにするために代表者同士のデュエルで決めるということになってるの」

「へー。で、誰が出るんだ?」

「希望者がいれば任せるつもりだけれど……どうかしら?」

 

 緑の言葉に全員が顔を見合わせる。オベリスク・ブルー――相変わらず威張り散らすことの多い連中だが、それでも実力は確かだ。いざデュエルするとなると少々尻込みする。

 そんな中、いの一番に手を上げたのはやはりこの少年だった。

 

「俺やりたい!」

 

 遊城十代である。まあいつも通りといえばいつも通りだ。普段ならこれで決定になるところなのだが、今回は事情が少々違う。

 

「いや待てよ十代、妖花ちゃんに任せた方がよくね?」

「妖花ちゃん強いもんね。一番行きたそうだし」

「む、無理ですよ! 私なんて!」

 

 十代の傍にいた生徒の言葉に妖花は慌てて首を振る。彼女自身はこう言うが、彼女の実力は圧倒的だ。あのクロノスと互角に渡り合い、未だ筆記・実技共に学年の最上位に居続けている。

 だがどうも防人妖花自身は己の実力を過小評価しているきらいがある。まあ、彼女の基準は初めてデュエルをした相手である烏丸澪なので当然なのかもしれないが。

 

「じゃあ、簡単なゲームで決めましょう」

 

 ポン、と軽く手を叩いてそんなことを言い出したのは緑だ。そのまま彼女は近くにあったトランプを取り出し、机の上に置く。

 

「デュエルもいいけど、たまには別のゲームもしてみないとね。ええと、じゃあ十代くんと防人さん、こっちに来て」

「おう」

「は、はいっ」

 

 二人が緑の側に寄って行く。そんな二人に野次が飛んだ。

 

「空気読めよ十代!」

「頑張れ妖花ちゃん!」

「まあぶっちゃけあの二人ならどっちが行こうと勝てる気はする」

 

 好き勝手なことを言うギャラリーたち。緑は軽く手を叩くと、ルールの説明を始めた。

 

「ルールは簡単。トランプはスペード、ダイヤ、ハート、クローバーの四種類が13枚ずつあるわ。一番下のカードをハートのAにするから、それを取った方が勝ちよ」

「取る、ですか?」

「ええ。一度に取れる枚数は1枚~7枚。パスはなしで、交互に取っていくの」

「その間なら何枚でもいいのか?」

「ええ、いいわよ」

 

 その説明を聞き、むう、と二人は唸り声を上げた。要は52枚のカードを交互に取っていき、最後の一枚を取った方の勝ちということだ。一見すると計算と駆け引きが必要なゲームである。

 

「質問はあるかしら?」

「いや、特にない……かな?」

「大丈夫、です」

 

 顎に手を当てて何か考えながら頷く妖花。その仕草が彼の〝王〟に似ていることに気付ける者はこの場にいない。

 

「どっちから取ればいいんだ?」

「どちらでもいいわよ」

「じゃあ俺が先でいいか?」

「あ、は、はい」

 

 山札に手を伸ばしながら言う十代に妖花は慌てて頷く。十代はえーと、と頭を掻きながらカードを捲った。

 

「とりあえず7枚にしとこうかな」

「ええっ。アニキ、多くないッスか?」

「いやだって、大事なのは多分後半だろこれ。早いとこ数減らしたいじゃんか」

 

 山札52→45

 

 翔の言葉に笑って応じる十代。周りの者たちもそんなもんか、と頷いていた。ただ二人、三沢大地と天上院吹雪だけが難しい顔をしている。

 

「えっと、じゃあ私は5枚にします」

 

 山札45→40

 

 妖花が頷いてカードを捲る。おっ、と十代は笑った。

 

「妖花も一気に行くなぁ。よし、もう一度7枚だ」

「えっと、1枚です」

 

 山札40→33→32

 

 その枚数にえっ、と驚きが漏れた。うーん、と十代が腕を組んで考え込む。

 

「とりあえず、4枚だ」

「あ、じゃあ私も4枚にします」

 

 山札32→28→24

 

 十代が選ぶと同時に即座に引く妖花。十代もまたすぐにカードを引いた。

 

「じゃあ、6枚だな」

「2枚引きます」

 

 山札24→18→16

 

 あっ、と一部から声が漏れた。それに気づかないまま、十代がカードを捲る。

 

「うーん、そろそろ減らした方がいいのかな? 2枚だ」

「えっと、6枚です」

 

 山札16→14→8

 

 そうして妖花がカードを引き終わった瞬間、はい、と緑が手を叩いた。

 

「防人さんの勝ちね」

「えっ、なんでだ!?」

「アニキ、残りが8枚ッスからアニキが何枚引いても負けが確定ッスよ」

「うおマジか!?」

「はい、それじゃあ防人さんに決定ね」

 

 言うと共に拍手が起こる。ちくしょー、と十代が呻いた。

 

「やっぱもうちょっと考えた方がよかったかなー……」

「アニキは一気に取り過ぎッスよ」

「い、いえ、あのこれは……」

「まあまあ、それなら丸藤くんもやってみる?」

 

 妖花の言葉を遮るようにして緑が言い、いいッスよ、と翔が立ち上がる。

 

「アニキ、見ててくださいね」

「おう、頑張れ翔!」

「え、えっと、よろしくお願いします」

 

 再び山札が用意される。

 

「じゃあ、1枚引くッス」52→51

「えっと、3枚引きます」51→48

「慎重にいかないと……4枚ッスね」48→44

「じゃあ、私も4枚です」44→40

「1枚ッス」40→39

「えっと、7枚です」39→32

「えっ!? ええと、じゃあ5枚、5枚ッス!」32→27

「3枚、ですね」27→24

「むむ、よ、4枚ッス」24→20

「では私も4枚にします」20→16

「ええと、1枚ッス。そろそろ決まる――」16→15

「7枚、です」15→8

「はい、終了ね」

「あれっ!?」

 

 緑の言葉に翔が驚いた声を上げる。周囲から笑いが漏れた。

 

「妖花ちゃん強いなー」

「しっかりしろよ丸藤」

「うう、負けたッス……」

 

 あれやこれやと今の勝負について勝手な意見が飛び出していく。そんな中、わかったドン、とティラノ剣山が声を上げた。

 

「おお、剣山。わかったって何が?」

「ふっふ、アニキ。このゲームには必勝法があるザウルス!」

「えっ、そうなのか?」

 

 十代が驚いた声を上げる。剣山は立ち上がると、妖花と向かい合った。

 

「このティラノ剣山、アニキの敵を討つザウルス。――後攻を選ばせてもらうドン」

 

 おお、と周囲から声が上がった。成程、と頷いたのは十代だ。

 

「そういや俺も翔も先行だったもんな」

「ふっふ、さあどうするザウルス妖花ちゃん!?」

「あ、はい。じゃあ、えっと、4枚です」52→48

 

 決めポーズ付きで宣言したが、妖花はあっさりとカードを引いた。あれ、と誰もが思う中、ふっ、と剣山が息を吐く。

 

「流石は〝録王〟が認めるデュエリストだドン。ポーカーフェイスもお手の物ザウルスね。しかし、すでに答えは見えているドン! 4枚ザウルス!」48→44

 

 妖花と同じ枚数を引く剣山。十代が首を傾げた。

 

「どういうことだ?」

「ふっふ、アニキ。思い出して欲しいドン。妖花ちゃんは必ず相手と合わせて8枚になるようにドローしていたザウルス。それが答えだドン」

「そ、そういえばそうかもしれないッス!」

 

 雷に打たれたように戦慄する翔。おお、と周囲がにわかに盛り上がる中、しかし妖花は苦笑するだけ。

 

「これで俺の勝利は確定だドン!」

「えっと、4枚です」44→40

「む、さっきと同じ……? 俺も4枚ザウルス」40→36

「では私も4枚です」36→32

 

 互いに同じ枚数を引いていく二人。剣山は疑問に思いつつも引き続け、そして。

 

 32→28(ティラノ剣山)→24(妖花)→20(ティラノ剣山)→16(妖花)→12(剣山)→8(妖花)

 

 酷く単純な結果が現れた。

 

「防人さんの3連勝ね」

「どういうことザウルス!?」

「必勝法って何だったんスか……」

 

 絶叫する剣山に翔が呆れた様子で言う。そう言う彼自身もあっさり負けているので言う権利はないと思うが。

 

「やっぱりあれなのか? 確実に勝つ方法なんてないのかな?」

「あ、いえ、そうじゃないんです」

 

 首を傾げて言う十代に、妖花が言葉を紡いだ。そのまま彼女はえっと、と机の上のカードを見る。

 

「最後の一枚を取ればいいので、このゲームの場合だと最後の一つ前で相手に『残り8枚』の状態を用意すると勝てるんです」

「えーと……」

「成程、確かにそうッスね。7枚までしか取れないから、残り8枚ならどんなに頑張っても負けるッス」

「ああ、確かに」

 

 机の上にカードを並べる妖花を見ながら翔の頷きと共に納得を得る十代。他の生徒たちもふむふむと頷いていた。

 

「けどアニキ、そこに持っていく方法は決まっていないドン」

「いえそれが、そうでもなくて」

 

 ええと、と言いつつ妖花はカードを8枚手に取った。それを指し示しつつ、えっと、と言葉を探しながら言葉を紡ぐ。

 

「52枚を減らしていくんじゃなくて、8枚に辿り着くにはどうするかを逆順で計算するんです。そうすれば、自然と何枚を取ればいいかがわかるので……」

「いやそれはそうかもしれないけどさ。相手が何枚かわからないのに逆順で計算なんてできるのか?」

「簡単だ、十代。相手が何枚選ぶかにこちらも合わせればいい。剣山の目の付け所は正しかったよ。互いに1枚から7枚ずつ選ぶということは、『最低でも合わせて8枚ずつ減っていく』ということだ。なら8枚ずつで逆算していけばいい」

 

 三沢の解説。それを聞き、ほー、と食堂内に声が響いた。それを補足するように吹雪がつまり、と人差し指を立てて言葉を紡ぐ。

 

「必勝の条件は二つ。『先行で4枚のカードを取る』ことと、その後は『相手と合わせて8枚』になるようにカードを取っていくことだね」

「え、なんで先行なんだ?」

「スタートが52枚だからだよ、十代くん。だから8の倍数になるように調整しないといけない。ちなみに最初の二つの場合、彼女は後攻で上手く調整していたね」

「へー、凄ぇ……」

 

 感心したような視線を妖花に向ける十代。彼に限らず、食堂の生徒のほとんどが同じような視線を彼女に向けていた。

 妖花は照れ臭そうにしながら、で、でも、と言葉を紡ぐ。

 

「似たような問題が昨日のテストで出てましたよ? だから気付けたんです」

「――――えっ?」

 

 ピシッ、と空気に罅が入った音が聞こえた。全員が昨日行われた数学と詰めデュエルのテストを思い出す――100点満点で、4割以下は追試――そして、あっ、と声を上げた。

 

「あれか! 最後に出てきた配点20点とかいう配点クソ高いくせに意味不明な問題!」

「確か飴5000個を取り合って、とかいう問題だったよな?」

「そうそう。で、途中色違いの飴が1000個目ずつにあって、それを全部片方がとるにはどうすれば、みたいなやつ」

「意味不明だったけどこういうことか。一人一回1個から9個だから、合わせて10で考えるんだな」

 

 納得の声を上げていく生徒たち。その様子を見て、ずっと黙っていた緑が二度手を打ち鳴らした。

 

「この問題を出した意図がわかってもらえたみたいね。まあ、ここにいるみんなの半分以上が補習だからその時にみっちり教え込むつもりだけど」

 

 悲鳴が上がる。緑としてもあのテストは予想以上に出来が悪く、頭が痛い案件だったのだ。特にこの問題は、DMにも無関係でないというのに。

 

「ううー、数学とかほんと意味わかんねぇんだもんよ……」

「でも十代くん。それに皆も。この問題は詰めデュエルを解く上でも考え方として重要なのよ?」

 

 実は詰めデュエルの成績もあまりよくはなかった。これは知識という問題もあるが、それよりも考え方だ。実際点数のばらけ方を見ていても、詰めデュエルについては平均点付近の者が少なく、できるかできないかで二極化している。

 

「詰めデュエルが苦手な人は、今回みたいな考え方ができない人が多いわ。スタートから計算するんじゃなくて、ゴールから逆算するという考え方ね。これは実戦でも言えることよ。相手のLPと盤面を見て、どうすれば詰ませられるかを考える。経験はない? 計算のミスでリスクを負って踏み込んで成功したのに倒しきれず、無理をしたせいで返しに対応できなくて負けた――そんな経験が」

 

 言葉に何人かが顔を俯かせた。十代も苦笑している。彼の場合、土壇場ではあまりその手のミスは見られないが、フリーで戦っている時などにその手のミスが多いのだ。

 

「後は確率ね。毎年苦手な子が多いけど、まさこれほどなんて……。デュエル理論にもマイナーだけどしっかり記載されているのに」

 

 ちなみに教師が我がサービス問題として出したつもりの問題の正答率が異様に低く、補習生徒の多さはそれが原因になっていたりしている。あまりの出来の悪さにクロノス教諭でさえ普通に落ち込んでいたくらいだ。

 

「じゃあ、問題。十代くん、デッキ40枚のうちに3枚入っているカードが一枚だけ初期手札5枚のうちに入っている確率は?」

「いっ、ええと……あー、その……」

「防人さんは?」

「えっと、計算式でもいいですか?」

「いいわよ」

 

 緑が頷くと、妖花がホワイトボードに数字を書き始めた。全員がその背中を見つめている。

 

「(3C1×37C4)/(40C5)なので、概算ですけど、約30%ぐらい、でしょうか?」

「正解。他にも二枚が来る確率、三枚とも来る確率もあるけど理屈は同じよ。……あと、皆はデッキが40枚と41枚ならどっちがいいと思う?」

「え、40枚じゃないッスか?」

 

 声を上げた翔に全員がうんうんと頷く。緑は微笑み、ええ、と頷いた。

 

「基本的にはそうなるわ。例えばデッキ残り35枚で1枚しかない『死者蘇生』を引く確率と、36枚で引く確率ではそれぞれ1/35と1/36で2,85%と2,77%で僅かであれ差がある。けれど、この条件ならどうかしら? 40枚中2枚のうち1枚を引く確率と、41枚中3枚のカードを引く確率は?」

 

 それぞれが顔を見合わせる。そんな彼らを背に、緑はホワイトボードにさらさらと文字を書き込んでいく。

 

「40枚中2枚、というのは(2C1×38C4)/40C5で表されるから約25%。そして41枚中3枚のカードの内1枚を引く場合は30/81=約37%。これはちょっと極端だけど、どうしても手札に欲しいなら40枚を超えてしまうという選択も悪くは無いのよ」

 

 そして、とペンを置いて緑は言う。その表情は真剣だ。

 

「この理論を徹底しているプロデュエリストが『東京アロウズ』に所属する天城プロと神崎プロよ。齧る、というより参考にしているデュエリストは非常に多いけど、徹頭徹尾この理論に従っているのは日本ではこの二人くらいね」

「アヤメさんが……」

 

 へぇ、と感心した声を漏らす十代。天城プロはテレビでよく見かけるベテランのプロデュエリストであるし、神崎アヤメは〝ルーキーズ杯〟のこともあって知り合いだ。更にアカデミアの先輩でもある。

 だが、と十代を含めたその場のほとんどの者が思う。この理論の根底にある者は何なのか、と。

 

「でもさ、緑さん。出すのはあくまで確率だろ? 正直、最後は引けるか引けないかの二択なんじゃないのか?」

「確かに十代くんの気持ちはわかるわ。けれど、プロというのは究極的には年間何千何万というデュエルの中でどれだけの勝率を維持できるかというのが目的。確かにあなたのように抜群のドロー力があれば必要ないかもしれない。でもそれが一生続く保証もないの」

 

 その言葉に、十代が僅かに息を呑んだ。彼の豪運、奇跡を掴む運命の力――〝ミラクル・ドロー〟と謳われる力は絶対的だ。彼の強さの根拠の一つであるそれがしかし、もし失われたなら?

 その時、遊城十代は何を武器に戦えばいいのか――

 

「この理論が絶対とは言わないわ。人には個人個人の運があるし、100%のランダムという事象はあり得ない。この理論はそれを解析し、理屈付け、全てを運勝負のみにするための理論。絶対無敵の理論では決してない。だけど、だから知らなくてもいいというわけでもない。

 学ぶ、というのはこういうことよ。全てを知り、理解し、その上で選択する。……神崎さんは、決して運のいい子じゃなかった。同時に複数のことをできるほど器用でもなかった。だから決めたのよ。たった一つの己が選んだ答えに全てを懸けると。プロを目指すというのはそういうこと」

 

 多くの生徒を見てきた響緑という教師は知っている。絶対的な運を武器とし、天性のモノを己の誇りとして戦ってきた幾人ものデュエリストを。そして、その天性を失った時、這い上がれた者もそうでない者も……よく、知っているのだ。

 重い空気が食堂に満ちる。だから、と緑は一度手を叩いて言葉を紡いだ。

 

「――補習はしっかり受けるように」

 

 げっ、という呻き声があちこちから漏れた。それに苦笑し、それじゃあ、と緑は言う。

 

「レッド寮の代表は防人妖花さん。試合は――今からだと、一時間弱ね。場所は体育館だから、ちゃんと来てね」

「あれ? デュエル場じゃないのか?」

 

 十代が首を傾げる。ええ、と緑が肩を竦めた。

 

「結構前から予約が入っていたのよ。齋王くん、って知っているかしら? 彼がオベリスク・ブルーの生徒たちにエド・フェニックスのマネージャーとして見てきたことを伝えたい、っていう理由で一日貸し切っているのよ」

「何だそれ凄ぇ気になる!」

「残念ながらあまりに多いと対応できないからってオベリスク・ブルーの生徒のみなのよ。まあ自主活動だし何とも言えないんだけど」

 

 緑が顎に手を当てて答える。ええー、と十代が肩を落とすが、その方を周囲の生徒が軽く叩いた。

 

「まあいいじゃねぇか。お前エド・フェニックスに勝ってるんだしよ」

「妖花ちゃん応援しようぜ。童見野町行くんだろ?」

 

 その言葉に、それもそうだな、と十代は頷く。そのまま、妖花へとサムズアップして見せた。

 

「頼んだぜ妖花!」

「は、はいっ。――精一杯、頑張ります!」

 

 小さく両の手でガッツポーズを決める妖花。それに応じるように、全員もまた親指を立てた。

 今日もまた、レッド寮は平和である。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 体育館。そこには全校生徒の七割近くが集まっていた。一応全員が入れる広さになっているとはいえ、今回は中央に人垣というステージが作られている。そのせいで少々狭い気がしていた。

 

「いやぁ、人が多いねぇ」

 

 いつも通りのアロハシャツ姿の吹雪が楽しそうに微笑んだ。周囲の女生徒に手を振ると、黄色い声援が飛ぶ。

 

「けど、全員じゃないんだな」

 

 そんな吹雪の側で呟くのは十代だ。七割という数は多そうに思えるが、そもそもこれは修学旅行先を決めるイベントである。普通見に来ると思うのだが。

 

「まあ、結果はすぐにわかるからな。うちの寮の奴らでも来ていない奴は何人かいる」

「そういえば、イエロー寮はどうして今回行き先決めに参加してないんスか?」

 

 周囲を見回しながら言う三沢にそんなことを聞くのは翔だ。三沢は頷きつつ、肩を竦める。

 

「情けないことだが、ラー・イエローは意見の統一ができなかったんだ。各学年の六割近くがいる寮だからな。意見がまとまらない」

「それで、この結果に従うということになったドン」

 

 三沢の言葉にへぇ、と十代が頷く。確かにあれだけの数の意見を統一するとなると難しい。ひたすらカレーを薦めてくるラー・イエローの寮長の姿が浮かんだ。あの教師も大概苦労していそうである。

 

「それで、妖花ちゃんは勝てるッスかね?」

「なんだ翔、妖花の強さを知らないのか?」

 

 問いかける。初見殺しの面が強かったとはいえ、彼女はあの〝帝王〟にも一度とはいえ勝利したデュエリストだ。しかも〝ルーキーズ杯〟の後は祇園のデッキ制作を手伝ったり、彼の〝祿王〟の側にいた少女である。その経験値は尋常ではない。

 本人は周囲の人間があまりにもアレ過ぎて自分のことを弱いと思っているようだが、実力は折り紙付きだ。

 

「いや、知ってるッスけど……妖花ちゃんのデッキは『エクゾディア』じゃないッスか。対策もし易いし、そのあたりはどうかなって……」

「けどさ、『ブラック・マジシャン』とか無茶苦茶強いぜ? 妖花はエクゾディアだけじゃないだろ」

「でも相手はオベリスク・ブルーッスよ?」

「――まあ、その辺りは大丈夫だろう」

 

 ふふっ、と爽やかな笑みを零しながら言うのは天上院吹雪だ。彼は中心に歩いていく妖花を見つめながら、信頼のこもった言葉を紡ぐ。

 

「幼くとも女の子だ。僕たちの知らない刃の一つや二つくらい、ちゃんと持っているさ」

「刃って」

 

 翔が疑わしげな視線を向ける。吹雪は肩を竦め、経験だが、と吹雪は言葉を紡いだ。

 

「女の子は誰しも〝最後の切り札〟というのを隠し持っているものなんだ。それを切るかどうかはともかく、彼女にもちゃんと強さの理由がある」

 

 だから大丈夫だ、と彼は言った。楽しそうに笑う。

 

「案外、簡単に勝つかもしれないよ?」

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 対戦相手は最近オベリスク・ブルーに上がった二年生――神楽坂。

 かつてはコピーデッキの使い手だったが、悩んだ果てに今の戦い方に辿り着いたらしい。試合前に簡単な話は三沢から聞かされたが、彼は最後に言っていた。

 ――強いぞ。

 それが聞ければ十分である。相手が強いなら、最初から全力でやればいいだけだ。

 

『強いね、彼は。良い目と気配をしてる。ああいう人間が、僕たちは好きなんだ』

 

 自分の側でそんなことを言うのはバテルだ。彼はできれば、と苦笑しながら言葉を紡ぐ。

 

『直接向かい合いたかったけれどね。残念だ』

「……すみません」

『謝ることじゃないよ。ジュノンもガールもいないし、あまり力になれそうにないからね。それよりも、〝彼ら〟の声に応えたんだろう?』

「はい」

 

 妖花は頷き、デュエルディスクにセットされたデッキを見る。決して強い力ではないが、いくつもの力を感じる。このデッキは〝巫女〟として彼女が出会い、声を聞いた精霊たちの想いを受けて作ったデッキだ。いつもとは勝手が違うが、活躍してくれるはずである。

 

『ならそれでいい。キミの優しさが僕たちは大好きなんだ。見守らせてもらうよ』

 

 そう言葉を残し、バテルが姿を消す。それを見送ると、妖花は眼前の相手に頭を下げた。

 

「よろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼む。――いくぞ」

 

 デュエルディスクを構える。

 

「「決闘!!」」

 

 そして、決闘が始まった。先行は――神楽坂。

 

「先行は俺だ! 俺は手札より『レッド・ガジェット』を召喚! 効果により、『イエロー・ガジェット』を手札に加える! 更にカードを三枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 レッド・ガジェット☆4地ATK/DEF1300/1500

 

 現れたのは赤い色の歯車のようなモンスター。伏せカードは三枚。スタンダートな『除去ガジェット』という話だが、ならばあの伏せカードは厄介なカードである可能性が高い。

 

「私のターンです、ドロー!――魔法カード『ギャラクシー・サイクロン』発動! 一番右の伏せカードを破壊します!」

「くっ、『奈落の落とし穴』が……!」

 

 凶悪なカードだ。破壊できたのは大きい。そこへ更に、と妖花は言葉を紡ぐ。

 

「『調和の宝札』を発動します。手札の攻撃力1000以下のドラゴン族チューナーを捨て、二枚ドローです」

「チューナーだと……?」

「私は『ガード・オブ・フレムベル』を捨て、二枚ドロー。そして魔法カード『魔の試着部屋』を発動します。LPを800ポイント支払い、デッキトップを四枚捲り、レベル3以下の通常モンスターを可能な限り特殊召喚します。――捲られたのは『封印されし者の右腕』、『ギャラクシー・サーペント』、『ハイ・プリーステス』、『エンジェル・魔女』の四枚。よって特殊召喚されます」

 

 封印されし者の右腕☆1闇ATK/DEF200/300

 ギャラクシー・サーペント☆2光・チューナーATK/DEF1000/0

 ハイ・プリーステス☆3光ATK/DEF1100/800

 エンジェル・魔女☆3闇ATK/DEF800/1000

 妖花LP4000→3200

 

 四体のモンスターが降って湧いたように出現する。周囲が困惑の色を宿した呟きを漏らした。

 

「雑魚モンスターばっかり並べてどうすんだ……?」

「昔持ってたカードだアレ……」

「使えないカードだろ……?」

 

 低レベルが武器となるとされるシンクロ召喚。しかし、そもそもシンクロモンスター自体が超がつくほど貴重かつ高価であること。それによってステータス至上主義はあまり改善されていない。

 アカデミアは教育により効果モンスターなどに対する意識が変わったが、しかし、通常モンスター――それも誰もが持っていたようなレベルのモンスターが出てくると困惑してしまう。

 

「装備魔法『ワンダー・ワンド』を右腕に装備して、効果を発動します。墓地へ送って二枚ドロー。……レベル3、エンジェル・魔女にレベル2、ギャラクシー・サーペントをチューニング。シンクロ召喚、『TGハイパー・ライブラリアン』」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 

 司書のような姿をした魔法使いが降臨する。更に妖花は一枚のカードを差し込んだ。

 

「魔法カード『トライワイト・ゾーン』です。墓地のレベル2以下の通常モンスターを三体蘇生します。ガード・オブ・フレムベル、ギャラクシー・サーペント、封印されし者の右腕を蘇生です」

 

 ガード・オブ・フレムベル☆1炎・チューナーATK/DEF100/2000

 封印されし者の右腕☆1闇ATK/DEF200/300

 ギャラクシー・サーペント☆2光・チューナーATK/DEF1000/0

 

 再び場が埋まる。その展開力に、対戦相手である神楽坂は勿論ギャラリーも呑まれていた。

 

「レベル1、封印されし者の右腕にレベル1、ガード・オブ・フレムベルをチューニング。シンクロ召喚、『フォーミュラ・シンクロン』。ライブラリアンとフォーミュラの効果で合わせて二枚ドローし、更にレベル3のハイ・プリーステスにレベル2のギャラクシー・サーペントをチューニング。シンクロ召喚、『幻層の守護者アルマデス』」

 

 フォーミュラ・シンクロン☆2光ATK/DEF200/1500

 幻層の守護者アルマデス☆5光ATK/DEF2300/1500

 

 現れる更なるシンクロモンスター。更に、と妖花は言葉を紡いだ。

 

「アルマデスのシンクロ成功時にライブラリアンの効果で一枚ドローです。そして二枚目の『魔の試着部屋』を発動します。捲れたのは――『封印されし者エクゾディア』、『魔法石の採掘』、『サターナ』、『プチリュウ』です。サターナとプチリュウを特殊召喚」

 

 サターナ☆2闇ATK/DEF700/600

 プチリュウ☆2風ATK/DEF700/600

 妖花LP3200→2400

 

 現れる二体のモンスター。先程の二体、エンジェル・魔女とハイ・プリーステスは比較的おとなしかったのだが、この二体は違った。見た目可愛らしいプチリュウは跳ねまわる姿が可愛いが、怪しげな何かがローブの中に潜むサターナはただただ不気味である。

 

「『馬の骨の対価』を発動します。サターナを墓地へ送り、二枚ドローです」

 

 一瞬サターナが驚いた雰囲気をしたが、仕方がない。正直彼では殴り合いできないのだ。……『彼』なのかどうかさえ不明だが。

 

「そしてレベル2のプチリュウにレベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング。シンクロ召喚――『魔界闘士バルムンク』。ライブラリアンの効果でドロー」

 

 魔界闘士バルムンク☆4闇ATK/DEF2100/800

 

 筋骨隆々な魔界の闘士が現れる。巨大な剣を担ぎ、相手を威嚇するようにその切っ先を神楽坂に向けた。

 

「おいおい、どこまで行く気だよ……」

「てか手札、8枚……?」

「なんで場が増えて手札も増えてんだ……?」

 

 止まる気配の無い妖花の展開に、体育館は騒然となる。何せ、未だ彼女は通常召喚すら行っていないのだ。

 

「そして『ジャンク・シンクロン』を召喚します。召喚時の効果でフォーミュラ・シンクロンを蘇生」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 フォーミュラ・シンクロン☆2光・チューナーATK/DEF200/1500

 

 おおっ、と歓声が上がった。ジャンク・シンクロンはその一枚からシンクロ召喚に繋げることができるという意味である種チューナーの代名詞ともなっているモンスターだ。妖花はそして、と更に一手を打つ。

 

「レベル5、幻層の守護者アルマデスにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング。シンクロ召喚、『スクラップ・ドラゴン』! ライブラリアンの効果でドローし、『融合』を発動! 手札の『封印されし者の右足』と『封印されし者の左腕』を融合! 『始祖竜ワイアーム』!!」

 

 スクラップ・ドラゴン☆8地ATK/DEF2800/2000

 始祖竜ワイアーム☆9闇ATK/DEF2700/2000

 

 遂にレベル8を超える大型モンスターの登場である。おおっ、と会場が湧き、妖花は更に手を進める。

 

「スクラップ・ドラゴンの効果です。自身のカード一枚と相手のカードを一枚を破壊します。ワイアームを選択し、左側の伏せカードを破壊。ワイアームはモンスター効果を受けません」

 

 つまり、一方的に破壊するということである。ぐ、と神楽坂が呻いた。

 

「『ミラーフォース』が……!」

「そして、レベル8スクラップ・ドラゴンにレベル2、フォーミュラ・シンクロンをチューニング――」

 

 出すのはこのデッキの最大戦力であると同時に最大攻撃力を持つモンスターだ。このアカデミアの島の守り神でもある。

 その獅子を出そうとした瞬間、妖花の脳裏にがソレは浮かんだ。

 

「――――――――」

 

 大きな背中と、透き通るように輝く――星の鎧を纏う姿。

 悠然と、その者は振り向き。

 ――そして。

 

「ッ、レベル10、『神樹の守護獣―牙王』!!」

 

 現れたのは、白銀の体躯と紅蓮の鬣を持つ獅子の王。

 その強大な力を護るためにこそ振るう、優しき獣。

 

 神樹の守護獣―牙王☆10ATK/DEF3100/1900

 

 攻撃力3000を超えるその大型モンスターの登場にギャラリーたちが大いに沸いた。だがその中心で、妖花は自身の掌を見つめる。

 

(……今、見えたモノは……)

 

 何だったのだろう。こちらを振り向こうとしたあの姿。とても大きく、とても安らかで。そして、どこか懐かしかった。

 

 

 

『……成程、当代最高峰は決して誇張でも何でもないわけだ』

 

 喧騒から離れた場所で、一人少年が呟く。だがその表情は不満気だ。

 

『できれば、到達しないままでいて欲しいけれど。……知ることは、死ぬことなのだから』

 

 誰にも気付かれぬ声で。

 少年は一人、吐息を零す。

 

 

 

 妖花は手札を見る。現在の手札は六枚。動こうと思えばまだ動ける。後は、相手の伏せカードだ。

 

「――魔法カード『手札抹殺』です。お互いに手札を全て捨て、捨てた枚数ドローします。私は五枚です」

「なっ……! くっ、三枚だ……!」

 

 神楽坂が捨てた手札には『ライトニング・ボルテックス』と『速攻のかかし』が含まれていた。思わず背中に冷や汗が流れる。

 

(手札抹殺がなければ、返しで全滅でした……)

 

 やはり強い。それを改めて確認し、妖花は魔法カードを発動する。

 

「『死者蘇生』です。蘇らせるのはスクラップ・ドラゴン。効果により、ワイアームと伏せカードを選択します」

「……『ガード・ブロック』だ」

 

 これで道は空いた。バトルです、と妖花は告げる。

 

「レッド・ガジェットに、牙王で攻撃!」

「ぐおおっ……!?」

 

 神楽坂LP4000→2200

 

 一撃でガジェットが吹き飛ばされる。妖花が手を前に示すと同時に、ワイアームが咆哮した。

 

「トドメです! ワイアームでダイレクトアタック!!」

「くうっ……!」

 

 神楽坂LP2200→-500

 

 決着の音が響く。同時、爆発のような歓声が沸き起こった。

 

「ありがとうございました!」

「ああ、こちらこそ。ありがとう。……強いな、本当に」

 

 ふう、と息を吐く神楽坂。彼は自身の掌を見つめ、駄目だな、と呟く。

 

「まだまだ、努力が足りないようだ――……」

 

 飛びついてきたレッド寮の女生徒に揉みくちゃにされている少女を見つめながら。

 どこか、淋しそうに。

 

 

 勝者、防人妖花。

 修学旅行先、決定。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 アカデミア本校デュエル場。修学旅行先を決めるデュエルが体育館で行われている中、そこには白い制服を身に纏うデュエリスト達が集まっていた。

 

「よく来てくれた、明日香くん」

 

 諸手を広げ、壇上で歓迎の意を表すのは万丈目準だ。周囲の客席に座る白服の者たちを一瞥し、招待者――天上院明日香が息を吐く。

 

「どういうつもりか知らないけれど」

 

 壇上に上がり、凛とした声で言う。

 

「私は白の結社なんていうものに興味は無いわ」

「いいや、違うぞ天上院くん。我々は白の結社では無く〝光の結社〟となった。総主の目的が次のステージに進んだのでね」

「どうでもいいわね」

 

 バッサリと切り捨てる明日香。万丈目は肩を竦めた。

 

「キミも理念を知れば理解するはずだ。これほど素晴らしいことは無いとね」

「悪いけど、神様なんて信じていないの。自分の道は自分で切り開くは」

「キミは勘違いしているよ天上院くん。我々は神を信じているわけではない。自分自身を信じているのさ」

 

 明日香が怪訝な表情を浮かべる。大丈夫さ、と万丈目はデュエルディスクを構えながら言葉を紡いだ。

 

「わからないなら教えてあげるよ。どういう意味かをね」

「……何のことかさっぱりわからないけど、いいわ」

 

 頷き、明日香もデュエルディスクを構える。

 

「――デュエルなら、いくらでも相手になる」

「それでこそ天上院くんだ」

 

 そして、二人の決闘が始まる。

 

 

 まだ、穏やかでいられた日々。

 少しずつ、その日々が変わっていく――……

 

 

 

 

 

 
















前回と違って凄い平和な人たち。補習は大変ですね。
ちなみに私が一番好きなスーパーロボットは勇者王です。熱いしカッコいいしで無敵過ぎる。


作中の問題ですが、前者はいわゆる数的推理とか言われるジャンルの問題ですね。公務員試験とかでよく見かける類のアレです。解き方わかれば余裕の類。
後者は受験生が大嫌いな確率です。面倒ですしねアレ。
ちなみに十代くんのデッキを例に挙げて確率計算をすると、初期手札に『エアーマン』がある確率はエアーマン素引き、エマージェンシーコール、増援、おろ埋でシャドーミストなどがあり、また、実践的な面で言うなら『エアーマンの効果を発動できる確率』として通常召喚の場合とアライブやおろ埋→蘇生などの特殊召喚の場合も考慮して確率を出す必要があるので超が付くほど面倒くさいです。これを実践するアヤメさんパネェ。
まあデッキ組む時に参考になる程度の理論です。どうしても欲しいカードなのか、そうでないのか、サーチは何枚あるのかなど、遊戯王はサーチが多い分色々面倒臭い。

ちなみに友人曰く「引けるか引けないかだから50%だろ」とのこと。まあその通りです。

そして妖花ちゃん。変則的というか変態的ですが少し前、というかかなり前に話題となったバニラエクゾです。『補充要員』とか積んどくとクエーサー突破された瞬間に相手ターンエクゾとかできて楽しいです。

理論を取りあげたのはメッセージで具体的にどういうものかというコメントを頂いたからです。まあぶっちゃけおススメはしません。

さてさて、童実野町が近付いて参りました。
どうなるのやら。

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