混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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つながりの先に

 

 小さなテーブルを挟んで談笑する、二人の女性。

 

 露出の多いラフな衣服に身を包んだサーシャと、それとは対照的なエレオノール。しかし、そこに流れる空気はとても和やかなもの。

 

 サーシャは、バターの香ばしいクッキーを一枚、二枚と口に放り込み、まだ熱い湯気の立ち昇る紅茶を一息に飲む。そんな粗野な仕草にも、エレオノールは慣れた手つきでお代わりの紅茶を注ぐ。

 

「ありがとう。ね、クッキーもあなたのお手製? とても美味しいわ」

 

「ええ、そういってもらえると嬉しいわ。やってみると、案外楽しいものよ。あなたもどうかしら?」

 

 サーシャはクッキーを更に一枚、口に放り込む。

 

「……まあ、考えておくわ」

 

「料理は結構好きなのに、お菓子作りは興味がないのよね。あなたは」

 

 サーシャは、長く尖った自らの耳に触れながら、言葉を探す。

 

「んー、興味が無いわけじゃないけれど、性に合わないというか、ね。一つ一つ分量をきっちり計ってというのが、どうもね」

 

「残念ね。一緒に作るのも楽しいかと思ったんだけれど」

 

 エレオノールは湯気の立ち上るカップに口をつけ、サーシャは上目遣いに伺う。

 

「……私の性格、分かっているんでしょう?」

 

「ええ、もちろん。あなたって、顔に似合わず大雑把なのよね」

 

「あなたは無駄に細かいわよね」

 

「あなたが雑過ぎるのよ」

 

「いやいや、私はエルフの中では雑だったけれど、人間の基準なら普通よ」

 

「やっぱり、雑だったんじゃない」

 

「……それは認めるわ」

 

 サーシャは、最後に残っていたクッキーを乱暴に嚙み砕く。

 

 今回は、エレオノールの勝ち。

 

 二人のお茶会ではこういったやり取りがしょっちゅうだが、決して仲が悪いということは無い。むしろ、毎日のようにお互いに行き来している。

 

 そも、二人の立場は特殊で、何かと心労が多い。少しばかり風変わりな近所付き合いが必要で、ふとしたきっかけから諍いが起これば、それはそれは筆舌に尽くしがたい大変なことになる。

 

 感情とは厄介なもの。たとえ結果が全ての序列が先にあったとしても、避けがたい。二人にとっては、立場が同じで、理解しあえる友はとても大切なもの。だからこそ、お互いに守り、支え合う。それこそ、家族のように。

 

 そして、そんな二人のお茶会で話題に上ることが多いのは、お互いのパートナーに対する愚痴。結果として様々な弱みを交換することになり、その誰かは頭が上がらなくなった。既に取り返しのつかなくなったその状況を知った時の二人の顔は、エレオノールとサーシャにとってはなかなかに見ものだった。つまり、上下関係というものは完全に確定している。

 

 そんな二人の中に語るべきことは既にないと思っていたが、はたとサーシャは気付いた。まだ触れていない話題があったことに。

 

「ねえ、聞いていい?」

 

「あなたはダメって言っても、聞くでしょう?」

 

「うん」

 

 既になれたこととはいえ、エレオノールはかすかに眉根を下げる。ただ、無駄だと分かりきっている非難はしない。

 

「──で、何かしら?」

 

「好きよ、あなたのそういうところ。でね、あなたが彼を選んだ理由って、どうしてだったのかなって」

 

「シキさんを?」

 

「そう。私は選択肢が無かったけれど、あなたは違うじゃない。あなたは、全てを捨ててでも選んだってことでしょう?」

 

「……そういう聞き方をされると、さすがに気恥ずかしいんだけれど。まあ、あなたも話すなら、良いわよ」

 

「私があいつを選んだ理由? 別に構わないけれど、面白くないわよ。あなたも、私があいつの使い魔だったのは知っているでしょう?」 

 

「ええ」

 

「エルフである私が、格下の人間ごときに使い魔として呼ばれた。不愉快なはずだったけれど、それを受け入れてしまった。今から思えば、使い魔のルーンのせいなんでしょうね。でも、一緒にいて楽しかったのは事実。何かこれっていう特別なことがあったわけじゃないけれど、一緒にいるうちになし崩しね。あとは、あいつ一人で放っておけないと思ったからかな。結局ね、好き嫌いなんてそういうものでしょう。それらしいことを言うなら、一緒にいて心地良いかどうか」

 

 サーシャの表情に、影がさす。しかし、それは刹那のこと。

 

「私は、バカをやったあいつを殺した。あいつがやったことは許せないし、それしかなかったから。けれど、私もあいつを殺した。だから、今更それを言っても仕方がないわ。お互いに、その方がいいの。せっかく二度目の生なんだから、引きずっちゃ損よ。確かに、こうなったことに誰かの思惑はあったのかもしれない。でも、選んだのは私。私自身が後悔していないんだから、それで良いのよ」

 

 力強く言い切ったサーシャに、エレオノールは微笑む。

 

「私も、似たようなものね。何かがあったわけじゃない。あの人は、誰よりも強い。でも、どこか危なかっかしい。一人にしちゃ駄目だって思った時に、私は決めていたんだと思うわ。ああ、でも、実はもっと前からなのかも。出会ってすぐ、私、あの人からの贈り物としてチョーカーをもらったの。チョーカーって、要は首輪のようなものでしょう? 他の人からなら抵抗があったと思うけれど、あの人からもらった時には、最初から身につけるつもりでいたもの」

 

 サーシャが、悪戯っぽく笑う。

 

「私達って、最初っから首輪をはめられていたわけね。うわぁ、あいつらってば最悪だわ。放っておけないなんて思わせる癖に、無垢な乙女に首輪なんてつけて」

 

「ええ、受け入れちゃった私達もね。でも、私達はそれだけじゃ駄目よね?」

 

「もちろんよ。あいつらってば、何かあると自分達で抱え込んじゃうもの。私達はもっともっと強くなって、あいつらの手綱を握るぐらいじゃないと。私達二人で、引っ張っていかないと」

 

「そうね。あなたと一緒ならできる気がするわ。私一人じゃ、途方にくれていたと思うわ」

 

「私だってそうよ。……そう思うと、不思議ね」

 

 何かを想うように目を細めるサーシャ。その視線は、エレオノールに。

 

「ブリミルは、あなたの気の遠くなるぐらい遠いご先祖様なわけよね。そんなあなたが私達と一緒にいるというのは、とても不思議。人のつながりっていうのは、本当に不思議で分からないものね」

 

 エレオノールが微笑む。

 

「だから、楽しいんじゃない。これからもきっと、新しい出会いはあるわ。せっかく、永い時間があるんだもの。第二の人生、目一杯楽しまないと損よ。あなたが言った通りね。失くしたものをを嘆くだけの人生なんて、つまらないじゃない?」

 

 サーシャの瞳には、驚きと、そして、喜び。

 

「私、あなたのそういうところ、大好きよ。ずっと、友達でいましょうね」

 

 エレオノールの瞳には、少しばかりの気恥ずかしさと、サーシャに負けないぐらいの喜びの光。

 

「私も、あなたのような気持ちの良い人は──好きよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある場所で、男二人が言葉を交わす。

 

 互いに女の尻に敷かれていることを嘆きながら、それでも、馬鹿をやった自分達について来てくれたことに感謝の想いを込めて。

 

「──さあ、行こうか」

 

「──本命の大仕事だ」

 








 最終的な結果からすれば、メインヒロインはエレオノール。ただ、話の中での重要性はマチルダも同じぐらいなので、比較すればというだけのこと。

 そのエレオノールは、端的に言えば、気の強いお嬢様。ただし、それに見合った芯のある女性。原作ではとにかくヒステリックとして描かれていたけれど、そこは自らの成長の中で改善。結果、陰のある大人の女性として描いたマチルダとは対照的に、良くも悪くもまっすぐ。マチルダと二人合わせて、大人の女性として自分が魅力的だと思う部分は描けたと思う。それと、エレオノールに関しては、貧乳というのも重要。気の強いお嬢様で貧乳、これはこれで良し。

 主人公である人修羅については、真女神転生3をプレイして感じた人格を、こうだろうと思うままに再現。流されやすい性格なのは、自分がニュートラルのルートを目指して失敗、ラスボスとの戦闘無しのエンディングを迎えてしまったことも根本にあったり。感想に主体性が無いと言及されたのは、まあ、そもそもの方向性が……。もちろん、物語に求められる主人公は共感できるものなので、描写に物足りないのは事実。真女神転生3そのもののストーリーをどこかに再現すれば、また違ったはずだと思う。二次創作ではあるけれど、それがあってこその人格であるからには。

 ともあれ、「混沌の使い魔」として予定していた話は、これでラスト。長く、それこそ10年近く描いてきて寂しくはあるけれど、何事も区切りがあってこそ。次に描く話、詳細のプロットはまだだけれど、少なくとも始まりとラストは決めた。そして、今度は準備をしっかりしてから。ただ、本命の準備にも時間がかかるから、軽いノリの話か、もしくは、「混沌の使い魔」を二次創作要素を抜いて、再編するのも面白そうではある。二次創作だからこその利点もあったけれど、逆に、二次創作だからこその制限もあった。それと、今更同じ作品に手を入れるのは難しいけれど、新しい作品としての再編なら直したいところも対応できる。


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