小さな丸テーブルの中心に、寂しげな蝋燭の明かり。
マチルダは、ワインを味わうでも無く、ただ飲んでいた。ゆらゆら揺れる炎と、丸っこい瓶の影。
グラスの影が一つ、加わる。
「──珍しいね、テファ」
「たまには、そういう気分にもなるわ」
既に寝衣に着替えたテファが微笑む。飾り気が無くても、いや、だからこそ、ぼんやりとした明かりの中のテファには、幻想的な美しさと儚さがある。姿は少女のままでも、身に纏う空気は、大人びた。
「……そう。あんたはほどほどにしなさいね。そんなにお酒に強くないんだから」
グラスの半ばまで赤い液体を注ぎ、そして、自らのグラスには溢れんばかりに注ぐ。
「何か、簡単なものぐらい作ろうか?」
テファの問いに、マチルダは首を振る。
「いいよ。私を太らせないで。私はいいからさ、残っているチーズは食べちゃっていいよ」
皿には、チーズのスライスが数枚。テファの記憶が確かであれば、半分も減っていない。
テファは、チーズを少しだけ齧って、ワインを傾ける。渋みのある、重い味わい。普段なら口にしない。
眉根を寄せるテファに、今度はマチルダが微笑む。上目遣いに見返すも、置かれたグラスは、注がれた時からほんの少し減っただけ。
テファもちびりちびりと飲む中で、マチルダのグラスが空になった。テファのグラスは、ほとんど変わらない。マチルダが水を持ってくると、テファは無言で飲み干した。
「無理しなくていいから。──で、何か言いたいことがあるんでしょう?」
テファは、未だにワインの渋みに耐えるような顔。
「……姉さんは、寂しいって思うことはない?」
今度は、マチルダがそんな顔になる。
「……随分とストレートな質問ね」
「だって……」
泣きそうな顔に、マチルダは仕方ないなと苦笑い。昔のようにテファの頭を撫でると、テファは困ったように口を尖らせるも、はね退けたりはしない。
「寂しいとは、思うわ。例えば、冬に、ふと人肌恋しくなったりね。でもね、私はあなたを選んだの。大切な妹がとても大きなことをしようとしているのに、一人になんてできないわ。あの人は一人でも大丈夫だし、私だけじゃないから」
マチルダの指が、空のグラスの縁をなぞる
「それにね、思い出は消えないの。たとえ、あの世界が無くなったことになっても、覚えているのが私達だけになってもね。私は、一生の宝物をもらったの。ね、そうは思わない?」
真っ直ぐな視線に、テファは目をそらす。
「……でも、過去だけを見ても苦しいだけでしょう」
「うーん、あなたに言われると……」
今度はマチルダが困った表情になる。過去だけを見てをいけないとは、かつてマチルダがテファに言い聞かせた言葉でもあったから。
テファは、マチルダを見つめる。
「ねえ、新しい恋だっていいじゃない。──例えば、ワルドさんとか」
思わぬ言葉に、マチルダが咳き込む。
「なんであいつの名前を……」
「でも、あの人は姉さんのことが気になるみたいだけれど。前にこの国に来た時、一緒に飲みに行ったでしょう? あの、帰らなかった日」
「……誰にそんな話を聞いたのよ?」
「それは秘密」
「……うー。でも、何もないからね。ただ、飲んだだけ。それは、ちょっと、飲みすぎちゃったりしたけれど……」
「でも、あの人のこと、嫌いじゃないでしょう?」
マチルダは渋い顔。
「あいつはダメ男の匂いがする。それに、マザコンっぽい気もする」
「そういう人は、嫌い?」
「あんたも言うようになったわね……」
「私だって、いつまでも子供のままじゃないわ」
「……強くなったのは良いけれど。まあ、また飲みに行くぐらいはするかもね。でもね、私は私自身で選んだから、あんたが気にすることはないのよ。私のことはいいから、あんただって自分の幸せを見つけなさい。誰かの為にっていうのは、これまでずっとやってきたんだから」
「あら、私は幸せよ。家族だって、沢山いるもの。血のつながりよりも、もっと大切なつながりの」
自信たっぷりのテファの表情に、マチルダは幾人もの玉砕者を思い浮かべる。
「男共がなりたい家族というのは、ちょっと違うみたいだけれどね」
「それは……。どうしても、弟か、子供としか見れないというか……」
「分からないでもないけれど、あんたは全然老けないから、余計にたちが悪いよ。言うなら、小悪魔?」
「う、うー……」
「ごめんごめん。ちょっと意地悪な言い方だったね」
「そうだよ。皆、大切な家族なのに」
子供の頃のように頬を膨らませるテファに、マチルダも温かい気持ちになる。
「随分とまあ、大きな家族だ。それに、これからも増えていくわけだ」
「うん。皆、私の子供みたいなもの。子供の、そのまた子供にも囲まれて息を引き取るなんて、素敵でしょう?」
「こーら、老後のことを目標にしてどうするのよ」
「大丈夫よ、ずっと先。たぶん、何百年も先の話だから。今だって十分に幸せだもの、こんなに幸せな人生ってないわ」
「あんたらしいのかしらねぇ」
テファは、ふわりと微笑む。
「その時には、皆で植えた木も大きくなっているわ。私よりも長生きして、私が死んだ後も皆を見守ってくれる。思い出と一緒に、ずっと、ずっと見守ってくれる。ね、素敵でしょう」
テファの、本編ラストとつなぐ部分。ヒロインとして見るのならば報われないけれど、本人が願ったことを実現できたなら、これはこれで幸せの形と言えるはず。そもそも、テファの位置づけは妹で、その方向性はルイズよりも強いものと描写。目標に向かう中で見つけた恋心は、それは実現できないものとして諦めて、目標のみを直視。なので、この結果は本人としては最良の結果。ただ、創作としてルイズと同様、姉とその想い人に対する感情の話は作っても面白かった。コメディ的に酔った勢いで迫るというのも面白いけれど、敢えて避けた真面目な話で。
マチルダは、エレオノールと合わせてメインヒロインになった大人のお姉様。年上が特別に好きというわけではないけれど、お姉様系も良い。ただ、この話を書き始めたのは大学生の時で、今は年下というのはある意味感慨深い。30になると、年下のキャラクターが出てくる方が少ないけれど……。今回の話は、気は強いけれど自己犠牲を厭わない妹想いの姉の選択と、その後。エレオノールだけでなくマチルダも一緒にというのもハッピーエンドとして良いけれど、話として、敢えて諦めることを選択。ただ、ワルドとの関係について、少しだけ含みを。