混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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信じるままに、思うがままに

 静かな店内に、何度目かのため息。

 

 開店からこのかた、来客を告げるカウベルは黙ったまま。ここしばらく、いつもなら賑やかになる時間になっても店内はこの調子で、料理の担当も、接客の担当も、皆が退屈そうにしている。

 

「──お客さん、来ないね」

 

 掃除をする場所も無くなって、手持ち無沙汰になった女の子。

 

「そうだねぇ。まあ、しばらくは仕方がないよ」

 

 もっとやることがないマリコルヌは、いつもと同じように答える。ただ、マリコルヌだけはそれで良いと思っている。

 

 子供達は曖昧にしか知らないが、彼だけは違う。今はとても大きな戦の真っ最中で、街からも多くの男手がそこに加わっている。マリコルヌは店にいるのは、子供達をそれから遠ざけることをお願いされたから。

 

 店で何かがあれば、その時こそがマリコルヌが役目を果たす時。だから、暇なままで良い。そうであるからこそ、時折聞こえる大きな音にも、年上のマリコルヌがいるだけで、子供達も不安にならずに済む。

 

 ただ、この日は違った。これまでよりもずっと大きな音と、体にも

感じる地面の揺れ。皆が外に飛び出す。

 

 音の先に、大きな雲の塊が浮かび上がり、空へと広がっていく。それこそ、本で見た噴火の姿そのままに。

 

 不安そうにマリコルヌを見つめる子供達に、マリコルヌは自らの不安を押し隠す。大丈夫だと言い聞かせて、無理やりに店の中に追い返す。店の中でこれまでのように時間が過ぎるのを待つが、しかし、二度めの音が聞こえた時に決心した。様子だけは確認しようと。

 

 マリコルヌは自分に言い聞かせる。あの人達が負けるはずがない、行くのは、自らの目で見る為。それでこそ、子供達を不安がらせずに済む。子供達には店を閉めて戸締りをしっかりするように言い聞かせて、街を飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 近付くにつれて強くなる焼け焦げた臭いと、異様な景色。

 

 黒々と焦げた地面に、蚊柱のように覆うガーゴイルの群れ。人の陣には、点々と掲げられるただ一揃いの旗。ゲルマニアのそれだけが、自らの存在を主張している。

 

 一地方貴族の嫡子であるマリコルヌとはいえ、ゲルマニアがどういった国か、そして、どんな王を戴いているかは知っている。だから、学院へと向かう。

 

 学院は、そこにあった。しかし、グロテスクな氷の彫像が、学院に殺到するその姿のまま何重にも入り口を囲んでいる。その場に漂う凍える冷気とは別に、怖気の走る光景。

 

 だが、更に増援が来るまでの間であれば、近づける。マリコルヌは、遠く向かってくるもの達へ一度だけ振り返り、そして、かつての学び舎だった建物の門をくぐる。

 

 学院へ侵入したマリコルヌに、様々な視線が刺さる。その中には、マリコルヌも見知ったウラルもいた。その腕の一振りで起こる風に、マリコルヌは地面を転がる。しかし、そのおかげで、爆発で崩れ落ちる瓦礫に潰されずに済んだ。

 

 それからマリコルヌは、見るだけだった。

 

 止まない銃撃に倒れるもの、形振り構わない自爆での道連れ。学院の奥へ、奥へと下がっていく。反撃は、かろうじて残るばかり。最初から予想できた結果に、マリコルヌはウラルへ逃げるように訴えかけるが、冷たくあしらわれた。やるべきことをやる、これは私の意思だからと。マリコルヌは、諦めた。

 

 ウラルがアイリスと共に外へと羽ばたく時、力強い風が空に道を作った。銃弾と共に風は凪いだが、しかし、それで十分だった。彼女らが自らが決めた死に場所に向かうには、十分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広場で遊ぶ、2人の少女。金色の髪の子と、銀色の髪の子。将来は美人になることが確実だと誰もが自信を持って言える、とても可愛らしい顔立ち。2人とも、屈託無く笑っている。

 

 そして、それを遠くからねっとりとした視線で見つめる良い年の男。身なりは良い。むしろ、それなりの立場だと誰の目にも明らか。

 

「──2人とも、可愛いなぁ。どんどん綺麗になっていくし、何より、少しずつ大きくなるおっぱい。お母様も良いおっぱいだから、もうすぐお胸様と呼ばないといけなくなるね。そうは、思わないかい?」

 男の横に控える騎士は、どちらとも取れる曖昧な返事だけを返す。誰の目にも怪しい男は、女の子には優しいが、自分以外の男には厳しい。 下手な返事は嫉妬の炎を煽り、それでいて、その嫉妬は洒落にならない。

 

 この怪しい男の灼熱の暴風は、国の防衛の要の一つとなるほどもの。実力は確かであり、だからこそ、どうやっても言い逃れのできない変態的言動も見逃されている。女王たるルイズが矯正の為に何度か灸をすえることもあったが、それすら快感とするので、放置するという結論に至った。今以上悪化することは、ましてやそれが自分に向か可能性は、ルイズとしても本意ではない

 

 それに、怪しい男がお気に入りの少女2人も、害が無ければと何故だか許容した。理由の一つには、彼から提供されるチョコレートのおかげかもしれない。最高級の材料を集めて、たしかな技術で作るお菓子は、誰の舌をも唸らせる。無駄ではないが、結構な努力でその技術を身につけた。自らが作ったもので、というのが良いらしい。

 

 ともあれこの男、少なくとも女の子に対する人となりには問題が無い。大枚をつぎ込んで孤児院を運営するなど、非難しようもない善行の数々も行っている。結果としてではあるが、そこにおいては男の子にも手を差し伸べている。一部の男の子には、女の子に対する以上に優しくすらある。

 

 それに、同じだけの金を使えばいくらでも美少女をはべらすこともできるのだが、それだけはしない。勇気を出して尋ねた者に、男は笑って言った。

 

「ぼかぁね、どうやったって主役じゃないんだ。だから、見守るだけでいいんだよ。彼女達が幸せになる手助けができれば、それで満足さ。ああ、そうだ。パパって呼んでくれたら、それはそれで嬉しいな」

 

 そんな彼には、物騒なものとは別の、親しみを込めた二つ名がある。変態紳士──彼の人となりを表すに、それ以上の言葉は無い。

 

 

 

 

 

 

 




 マリコルヌは、短編の中で結構なレベルにパワーアップ。アルブレヒトの、根本的にパワーアップさせて、更に同じくパワーアップさせたジョセフを上乗せしたほどではないけれども。そうやってキャラクターとして色々と作ったからには、アフタストーリーの一つぐらいは、と。とある物語の作成技法として紹介されていた、作ったキャラクターに対する責任というのは、たしかに大切なことだと。

 アフタストーリーとして予定しているのは、残り二つ。エレオノールとサーシャ、それと、マチルダとテファの話。

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