混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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幸せの形

 

 扉を開けたルクシャナが、待ち望んだ客人へ微笑みかける。

 

「来てくれて嬉しいわ。叔父様に、ファーティマも」

 

 ルクシャナは、変わった。もちろん、悪い意味ではない。爛漫な少女から、大人の女性への一歩を踏み込んだ。ともすればエルフの中でも枯れているビダーシャルをして、綺麗になったと唸らせる。姿形ではない。しかし、所作一つにも、たおやかさが見て取れる。だが、それはそれとして、家族として言わねばならぬことがある。

 

「妊娠初期は安静にすべきだと聞くが、そのように動き回って良いのか?」

 

 ビダーシャルの視線はルクシャナに、そして、後ろのアリィーに向けられる。予想通りの反応に、ルクシャナは苦笑する。

 

「それ、アリィーにも言われたわ。もう、みんな心配し過ぎよ。大人しくなんてしていたら、ストレスがたまって仕方ないわ」

 

 口では面倒だというルクシャナも、その言葉にどこか嬉しさを滲ませる。ルクシャナはただ、大切にされ過ぎることにほんの少しだけ食傷気味なだけ。その事実こそが、嬉しくもある。

 

「ま、上がってちょうだい。ファーティマも変な遠慮はせずにね」

 

「あ、はい」

 

 ルクシャナの前では、ファーティマは遠慮がちになる。逆に、ルクシャナは、ファーティマに対して楽しげな様子を見せる。例えるなら、獲物を前にしたネコのような。そう、以前と全く変わらないその姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 白が基調の、広々としたリビングに通される。以前はルクシャナの趣味の一品がそこここに散乱していたが、妊娠が分かった時点で、清潔第一とアリーが強制的に片付けた。その時の爪痕は、アリィーの顔に薄っすらと残っている。むろん、片付けただけで別のところに保管されている。捨てるなどという蛮勇をアリィーがもち合わせるはずも無し。

 

 ビダーシャルはアリィーの努力を心の内で讃え、手土産をルクシャナに渡す。

 

「本と、これは何かしら?」

 

 ルクシャナの手には、精緻な意匠の施されたブリキの缶。

 

「本は、最近流行っているという人の国のものだ。引きこもっていると退屈するだろうからな。子が生まれれば、読み聞かせてやれば良い。缶の方だが、それはイザベラに頼んで仕入れて貰った、タンポポを材料にしたという珈琲だ。珈琲でありながら刺激物が入っていないとのことでな、お腹の子に気兼ねなく楽しめるそうだ」

 

 ルクシャナが、驚いたと目を丸くする。

 

「珈琲は嬉しいわ。アリィーはあれもダメこれもダメってうるさいけれど、それなら大丈夫ね。叔父様は実用性ありきだと思っていたから、ちょっと驚いたわ」

 

 ビダーシャルは、うっすらと頬を緩める。

 

「珈琲は、ファーティマが選んだものだ。私は、そういったものには疎いからな。自分でも自覚している」

 

 ルクシャナの視線はファーティマへ。ファーティマは、びくりと体を震わせる。

 

「ありがとう。それにしても、ファーティマは本当に可愛いわね。そんな風にされるとね、 またいじめたくなっちゃうじゃない。──もちろん、冗談よ。さて、せっかくだものね。この珈琲を淹れてみようかしら。ファーティマ、淹れ方は普通の珈琲と同じよね?」

 

「それで大丈夫です」

 

「了解」

 

 ルクシャナは、一緒に立ち上がったアリィーに困ったように笑いながらも、何も言わずにキッチンへ向かう。

 

 ルクシャナが湯を沸かし、アリィーがカップを準備する。大丈夫だということは分かっていても、やはりビダーシャルも心配になる。自身がそういった立場になって、妊婦本人よりも周りが過保護になる理由がようやく理解できた。

 

「アリィーに任せても良いのではないか? いや、全く動かないのもよろしくないと分かってはいるのだが……」

 

 準備の手を休めて、ルクシャナがくるりと振り返る。

 

「大丈夫だってば。ね、見て。お腹だってまだほとんど変わらないでしょう? あ、でも、胸は少し大きくなったの。また、一緒にお風呂に入って確かめる?」

 

 いたずらっぽく笑うルクシャナに、ファーティマが頬を膨らませて唸る。

 

「……そういうのは、ダメ」

 

 ルクシャナは、予想通りの反応にカラカラと笑う。

 

「ふふ、冗談よ。それに、お風呂は子供の頃の話。叔父様ったら真面目で、いくら好きだって言っても全然相手にしてくれなかったわ。今だってそうだけれど、もうずっと子供扱い。どんなに真面目に言っても、子供に手は出せないの一点張りなんだもの。だから、私とそう変わらないファーティマを妻にするって聞いて本当に驚いたの。胸だって、私より小さいから」

 

「いやあ、君は今妊娠しているからで、そう変わらない……」

 

 カップの準備を終わらせたアリィーが口を滑らせるが、途中で口を噤む。正確には、させられる。

 

「ねえ、アリィー。今、私は包丁を持っているから、そういうのは良くないと思わない? うっかり手が滑っちゃうかも?」

 

「……お茶を淹れるのに、なぜ包丁を」

 

「せっかくだから、ケーキをね?」

 

 アリーの頬に、ピタピタと包丁が当てられる。

 

 ビダーシャルは、困ったものだと目を細める。しかし、咎めようとは思わない。それこそが2人らしいのだから。

 

 以前にも増して、尻にしかれるアリィー。あと一年もすれば、そこにもう一人家族が加わるが、その関係は変わらないだろう。生まれてくる子が娘であれば、きっと……

 

 そして、そんなやり取りをファーティマは羨むように眺める。堅物のビダーシャルと奥手のファーティマではなかなか起こりえない。しかし、ファーティマもそういった関係に憧れる。だからこそ、2人のやり取りを自分に置き換えたファーティマは、知らず頬を染める。

 

 

 

 

 

 

「──また来てね」

 

 ルクシャナとアリィーに見送られて2人になったところで、ファーティマはビダーシャルの服の裾を引く。ビダーシャルを見上げるファーティマ。

 

「私も、子供が欲しいから、ね?」

 

 幼子の仕草でありながら、どこか妖艶な微笑み。ファーティマは、自らの夢に想いを馳せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビダーシャルに対して、アリィーが呟く。

 

「少し、痩せました?」

 

「……まあ、な」

 

 もともとが線の細いエルフではあるが、それでも。

 

「滋養強壮には、人間が色々と作っています。俺も、世話になりました。少しばかり癪ですが、この分野に関しては勝てないと断言できます」

 

「イザベラからも、提供の申し出があったが……」

 

「断ったんですか?」

 

「毎日のように盛っているらしいな──などと言われて、素直に受け取れるか?」

 

「……いえ。むしろ、よく我慢しましたね」

 

「……だが、背に腹には変えられん。しかし、しかしだ……」

 




 ルクシャナは事件をきっかけとして考え方を変えてみたけれども、原作通り、本質はキツめのいたずらっ子として描写。エルフは、綺麗だけれど気が強いというのがスタンダードかつ良いと思う。最終的にはアリィーと結婚、まあ、原作もこんな感じになるのではと。褐色エルフとしたことについては、何となく。

 ファーティマについては、原作でどうなるか分からなかったところ、こちらも事件をきっかけとして上書き。本来的には気弱な性格だろう、最終的にはテファとも和解するだろうことを考えて。描いている段階の原作上では好かれる要素は無かったけれど、どん底まで落ちたところから拾い上げられるというヤクザなやり方を挟むことで、素直に幸せになって欲しいキャラクターとできたのではと。

 それと、ルクシャナ、ファーティマにとって子供を幸せの形としたことに対しては安直と言われるかもしれないけれど、つながりの証としては確かなものかなと思うところ。現代日本においては、なかなかにリスキーではあるけれど……。

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