混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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最高の食事

 

 人が減り、かつての賑わいの去ったヴェルサルテル宮殿。そんな場所に、ついぞ珍しい来客があった。ビダーシャルから告げられた客人の名に訝しむも、宮殿の主であるイザベラは会うことにした。

 

 

 

 

 

 

「タバサ、私が呼びもしないのにここに来るなんて、いったいどういう風の吹き回しだい?」 

 

 自らと同じ青い髪に──もはや唯一となった近親者の印にかつてない親しみを感じるも、イザベラには女王として役割がある。かつては劣等感により強がりから意図せず、今は、国を率いる覚悟から威圧的な言葉を自ら選ぶ。

 

 しかし、タバサは変わらず、ただ淡々としたもの。発せられた言葉すらもが非常に簡潔。

 

「イザベラの様子を見に来た」

 

 その簡潔に過ぎる言葉にイザベラは戸惑うも、それも一瞬。いくつもの感情が心をよぎるも、必要な言葉を慎重に選ぶ。

 

「……あんたはもう自由だ。私と会うのはもう、これっきりにするんだよ。王族だったシャルロットは、もう死んだんだ。そりゃまあ、捨て打ちだけどさ、2人で暮らすには十分な年金だって出しているじゃないか。私も、余計な仕事はしたくないんだよ。……ってなんだい、そんな難しそうな顔をして?」

 

 感情を表に出さなかったタバサが、あからさまに眉根を寄せていればイザベラとて気になる。どれだけ嫌がらせをしても顔色一つ変えてこなかっただけに、なおさら。

 

「イザベラ、少し痩せた?」

 

 タバサの拍子抜けするほど普通の言葉に、イザベラの肩の力が抜ける。

 

「ああ……。そりゃあ、まあ、忙しいしねぇ。私みたいな凡人な上に嫌われ者はさ、人一倍働いて結果を出さなきゃ駄目なんだよ」

 

 ふと溢れた弱音は、疲れているからだったかもしれない。ここぞとばかりにそばに佇むのみであったビダーシャルも苦言を呈す。

 

「食事も睡眠も、おざなりだからな」

 

 ビダーシャルの妻になるだろう、ファーティマも。

 

「昨日も夜中まで働き詰めでしたしね」

 

 イザベラとて、不健康な生活には辟易している。しかし、それが必要であることを自身こそが理解している。

 

「余計なことを言うな。……良いんだよ、若いから」

 

 ふと、イザベラにタバサのもの言いたげな視線が刺さる。無視しても良いが、居心地は宜しくない。

 

「お前も言いたいことがあるなら、言えよ。別に、そんなことじゃ怒らないからさ」

 

「ちゃんと食べないと駄目。まだ、育ち盛りだから」

 

「はぁ、お前からそんな言葉が出るとはねぇ」

 

 イザベラは、ある意味で感心する。自身とて女性らしい丸みに乏しいことは理解しているも、乏しいどころか皆無であるタバサに言われた。その点においては、イザベラこそがタバサに対して心配していたことでもあったのだから。

 

「──じゃあ、こうしましょう」

 

 やけに明るく、ファーティマが声を上げる。

 

「良い時間ですし、一緒に食事にされてはいかがですか? 知らない仲でもないですし、きちんとした食事は大切ですから」

 

「ん、もうそんな時間か?」

 

 イザベラが確認するも、昼食には少しばかり早い時間。

 

 しかし、間髪入れないタバサの言葉。

 

「私のお腹が空いているから丁度良い」

 

 そんなタバサを見て、イザベラも小難しいことを考えるのが面倒になった。良く良く考えてみれば朝も食べていなかったことを思い出す。準備する時間を考えれば、頃合いといえばそうなのかもしれない。

 

「まあ、良いけれどさ。食ったら帰れよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無駄を嫌うイザベラが使うようになった、4人がけの円テーブルにつく。

 

 ここ最近のイザベラの要望である、時間をかけずに食べられるというオーダーに合わせた食事。しかし、書類片手に食べるようなイザベラに対してであっても、ガリアきっての料理人はその矜持を持って、見栄えにも最大限に配慮する。

 

 いつも徒労に終わるそれは、今日もまたしかり。美しく彩られた食事は、あるべき場所につくなりタバサの胃袋へと消える。少なくとも、イザベラには消えたように見えた。

 

「私の分もやるよ」

 

「──ん」

 

 タバサの手が肉の皿へと伸び、半分が消える。吸い込まれるようにタバサの口に入ると、次の瞬間には残り半分の肉が皿から消えている。標的が次の皿に移ると、それも瞬く間に空になる。まるで手品のようなフォーク捌きに感心していると、ふと、そのフォークが中空でパンを串刺しにしていた。なぜかファーティマが投げつけたそれも、次の瞬間には消える。イザベラも投げてみようと思って、すんでのところで思い止まる。そんなことをしてはマナーどころの話では無い。とりあえず、タバサがまだまだ食べたりないだろうことは分かる。

 

「お代わりに、希望はあるかい?」

 

 タバサは小動物のように小首を傾げ、少しだけ考え込む。

 

「高いものから順番に?」

 

「……そうかい。まあ、良いけれどね」

 

「──それでイザベラに雇われてあげる」

 

 唐突なタバサの言葉に、イザベラは理解する時間が必要だった。

 

「──ははっ。あんたは、おかしなやつだね。良いだろう。でも、分かっているんだろうね? ガリアが誇る最高の料理は一体全体、いくらになるのか。それだけの働きをしなきゃ、承知しないからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーブルには、ガリアが誇る最も「高価」な料理の数々が並ぶ。しかし、タバサも手をつける素振りを見せるだけで、一向に進まない。イザベラとて理由は分かっているが、敢えて言う。

 

「──責任を持って、全部食えよ」

 

「……少しで、良い」

 

「その芋虫なんか、まあ、あれだ。黒々としてすごいじゃないか。そっちの頭蓋骨の中の脳味噌は、灰色でぷるぷるだ」

 

「……ごめんなさい」

 

 金貨にも勝る高価な珍味──という名のゲテモノ──の数々。味ではなく、純粋に値段からとなると、奇怪な珍味からとなったらしい。理屈は分かるが、少なくとも使った皿は処分させようと思う。

 

「……まったく、高ければ良いってものじゃないんだよ。困ったものだね、あんたは。でも、かかった費用の分は働いてもらうからね」

 

「……分かっている」

 

 表情は変えずとも、溢れそうな涙がこれでもかと心象を物語っている。

 

「まあ、デザートはまだだったね。うまいデザートぐらいは食わせてやるよ」

 

 途端、タバサの表情が輝く。かつての、屈託無く笑っていた子供の時のように。

 

「本当に、困ったやつだね。……なんだよ、ビダーシャルにファーティマ。その、生温かい目は。他人事のよう見ているが、お前らも食えよ? 残したら勿体無いだろう?」

 


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