最初は、戸惑っていた。
サラサにとって、人は怖いもの。人は翼人を邪魔者として、そして、サラサ達の住処を焼いた。逃げてきた学院という場所では皆が優しくしてくれても、それでも、やっぱり人は怖かった。
いつ裏切られるか分からない。だったら関わら無ければそれで良いと考えていても、そう思っているのが自分達だけであれば結局は同じ。
でも、ルシードは違った。ルシードと一緒にいると、安心できた。ルシードを見ているだけで、幸せな気持ちになれた。言葉にできない気持ちを考えて考えて、そして、それが好きということだと分かった。意識すれば、それはより一層強い気持ちになる。
サラサは考える。どうしてルシードのことを好きになったんだろう、と。翼人であるサラサと違って、ルシードは人。サラサ達の住処を焼いたのは、母を傷つけたのは人だった。
何がきっかけだったんだろうと記憶を辿る。母が倒れて、もう全てを諦めそうになった時、ルシードが助けてくれた。
サラサは、自分に問いかける。好きになったのは、助けてくれたから? 助けてくれたのなら、誰でも良かった?
サラサは、それは違うと首を振る。助けてくれたことに対しては、感謝していた。それでも、やっぱり人は怖かった。ルシードだって、怖かった。自分たちがどうなるのか分からなくて、怖かった。また裏切られるのかも、そんなことだって思った。
でも、ルシードはサラサに怖がられているということが分かっていても、それでもサラサ達の助けになるようにと優しくしてくれた。ただひたすらに、何とかしようとしてくれた。サラサ達は翼人なのに。
理由はすぐに分かった。ハーフエルフである姉代わりのことを大切に思っているから、亜人だからなんていうことは絶対に言わない。それなら翼人に対する差別なんてできない、それは納得できる理由だった。
ただ、少しだけ寂しさを感じた。逆に言えば、サラサが翼人だからということでもあったから。
それからは、ルシードをずっと見ていた。サラサとそう変わらない子供なのに、ハーフエルフの姉を守れるぐらいに一生懸命強くなろうと剣を振るっていた。その姿はカッコよくて、頼りになって、サラサにも優しくしてくれて。サラサのことを、まっすぐに見てくれて。
そうして、サラサはルシードのことが好きになった。ルシードが、ルシードだから好きになった。
サラサは、ルシードに一緒にいるだけで幸せな気持ちになれた。恋人達が腕を絡ませているのを見て真似してみたら、そばにいる事を感じられて温かかった。たくましくなった腕に抱きつくと、とても安心できた。
ある日も、いつものようにそうしていたら、胸が邪魔だとルシードに言われた。サラサは落ち込んだ。すごく、すごく落ち込んだ。
でも、恐る恐る顔を上げると、ルシードの頰はほんの少しだけ赤かった。
サラサも、大人同士のことは少しぐらいは分かる。だから、ルシードのことも、分かった。それが嬉しくて、ぎゅうっと抱きついて、名残惜しいけれど離れた。
サラサは嬉しそうにごめんねと言って、ルシードは決して顔を見られないように隠して、別に良いと言った。
テファは、そんな二人をずっと見てきた。
ルシードは人で、サラサは翼人。それは、絶対の違い。テファの父は人で、母はエルフだったように。生まれてきたテファはハーフエルフで、どっちつかずの半端者。その生き辛さ、周りの不幸はテファこそが良く知っている。
でも、仲睦まじい様子の二人にテファが思い浮かべるのは、両親の事。二人は、幸せそうだった。決して、不幸なんて感じていなかったと思う。
だったらと、テファは決意する。二人が幸せになれるように、そんな世界を作ることこそ、テファがやるべきことだと。訪れるかもしれない不幸を嘆くのではなくて、幸福になる為の努力をするべきだって。それこそが、テファの両親も望むこと。テファには、それができるのだから。
そして、視線はもう一つ。
マリコルヌは激怒した。
必ず、あのモテ男に男の嫉妬の怖さを思い知らせなければならぬと決意した。マリコルヌには女心は分からぬ。マリコルヌは、少しばかり変態の入ったぽっちゃりさんである。恋人に憧れても、それは届かぬものだと開き直ってきた。けれども、モテ男には人一倍に敏感であった。
マリコルヌの持つ本来の属性は風。しかし、嫉妬の感情を糧とする炎には、すこぶる相性が良かった。
大規模な火災において時折発生する、全てを焼き尽くす高熱の竜巻を火災旋風という。その温度たるや1000℃を越え、灼熱の暴風は文字通り全てを灰燼へ変える。
それを体現する風と炎の融合魔法──ファイアーストーム。マリコルヌがその生涯において習得する超々広域殲滅魔法、その萌芽は若くして育まれた。