混沌の使い魔 小話   作:Freccia

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深窓の令嬢

 年若い、とある植木職人の男性の場合 

 

 トリステインの王城は、国内で最も巨大な建造物の一つ。当然ながら、そこにある庭園も見合ったものになる。日々の手入れは重要であるし、自由に出入りが必要となるからには身元の確かさも重要。自然、専門とする一族が取り仕切ることとなる。自分がその一族の一人であることは、子供の頃からの自慢。

 

 そして、自分もようやく20に届き、後継者として一人での仕事も任されるようになった。そのことは誇りであり、美しく手入れをされた庭園を見ることは何ものにもかえられない喜び。ただ、自分も良い年であるからには、別の喜びだってある。

 

 何気無いふりをして見上げた王城。特に高貴な方が滞在される部屋、そのバルコニーで鳥と戯れる女性。輝かんばかりのピンクブロンドはどんな薔薇よりも美しく、少女のように微笑む姿はどんな百合よりも可愛らしい。いいや、そんなものは道端の雑草程度。ともすれば正反対の魅力が絶妙に同居するなんて、まさに奇跡。そして、遠くからでも分かるあの豊かな胸は、神はいるということの何よりも確かな証明。

 

 ああ、あの方が微笑んだ。自分などのような者に微笑んで下さった。体の奥底から、温かい。魂が震えるとは、まさに今このことを言うのではないか。自らの生にこれ以上感謝することなど、あるだろうか。いいや、絶対にありえない。

 

 

 

 

 

 

 

 年若い、とある貴族の男性の場合

 

 父と共に城を訪れ、私はこれ以上ないほどの衝撃を受けた。

 

 城で出会った女性、一目見て美しい女性だと思った。しかし、優しく包み込むような微笑みに、私は私でなくなった。たおやかな仕草から目を離せない。これほど美しい方に、まさか出会うことがあるとは。どのような精神状態であれば思いつくのかという歯の浮くようなセリフ、今の私なら、いくらでも口にできる自信がある。

 

 あの女性の名を知りたい。父に懇願するとようやく、ヴァリエール家のご令嬢とのこと。おお、ヴァリエールといえば、この国一番の貴族。父は絶対に近付くなと言いますが、分かっています、分かっていますとも。家格など釣り合おうはずがない。ましてやあの器量、さぞかし引く手数多でありましょうとも。

 

 やや、親しげに話されるあの方は。なるほど、あの方がヴァリエール公爵。あの威厳は、確かに。尊き方には、尊き血が流れている。ああ、目が合ってしまった、私如きがとんだ失礼をば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 壮年の、とある貴族の場合

 

 日々を、王城で楽しげに過ごす娘。体の弱さから、部屋を出ることも稀だった娘。そうであれば、日々目にするもの全てが新鮮であろうよ。しかし、心配だ。どうにも、男を引き寄せていると思しきことが一度や二度では無い。

 

 今とて、年若い男が熱に浮かされるような瞳で我が娘を見ている。その父は必死に連れて行こうとしているようだが、全くもって耳に入っている様子がない。知らぬのならいっそ、と思わなくもないが、分かっておるとも、無理などせぬよ。我が妻の事を恐れるのは、仕方のないこと。恐れない者など、少なくともこの国の貴族にはいないであろうから。

 

 だが、国内の貴族関係は全滅、本人は平民でも構わないとは言うのなら、いっそ……、いや、それはいかん、いかんのだ。3人目など、いくらなんでもよろしくない。

 

 そもそも、我が娘よ。誰彼構わず愛想を振りまくな。そのように仕草一つ一つで男を引き寄せるなど……。なぜだ、なぜそのようになった。お前の母にも、姉にも妹にもそのようなものは皆無だというのに。どこで覚えた、どうやって覚えた、なぜ、日々磨きがかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 とある壮年の、貴族の女性の場合

  

 3人いる娘達は、それぞれに魅力的な子ら。次女は体が弱かったけれど、それを克服したことで女性として、もはや非の打ち所がない。羨ましくさえある母性豊かな体つきなど、いったい全体、どういう血の働きか。

 

 それはそれとして、私が特に強みになるだろうと思うのは、とかく機微に敏感であること。どうすれば人の心を動かすのか、心を読み解くことに天性の才がある。まるで心を読むと思った方がしっくりくるほどのの勘の良さ。

 

 しかし、それなのに相手が見つからない。原因は、私。長女も結構なことをやってくれたけれど、決定打を与えたのは私。だから私は、娘にできる限りのことをしてあげたいと思う。

 

 私が長年の戦いで得てきた、戦場での知恵。あの子ならきっと役立ててくれるでしょう。人がどのように考え、どのように動くのか、そして、どうやって思い通りに動かすか。私はそれをしたため、手紙として娘に送る。きっと役立ててくれることを信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 とある貴族の少女の場合

 

 大好きな姉は、トリステインの王城に滞在している。会いたくなったらすぐに会いに行ける距離だっていうのは、本当に嬉しい。一緒にケーキを食べようなんて言われたら、喜んで行くに決まっている。ましてや、姉様が焼いてくれたなんて聞いたら我慢できるはずがない。

 

 ああ、久々に食べた姉様のケーキは、姉様と一緒に食べるケーキは本当に美味しい。そして、私の頬にクリームが付いているからというやりとりは、恥ずかしいけれど、懐かしく、そして嬉しい。つい頬を膨らませちゃって、それが可愛いって言われるのも。

 

 でも、姉様があんまり可愛い、可愛いっていうから周りの人達が私を見ていて、やっぱり恥ずかしいよ……。

 

 うー、ちい姉様の意地悪。ケーキのお代わりはだなんて……。食べる、けど……。だから、そんなに子供扱いしないでよぅ。

 

 

 

 

 

 

 

 とある年若い──とは言えなくなった貴族の女性の場合

 

 ここ最近、妹が無闇矢鱈に女を感じさせるように思う。

 

 確かに、もともとは胸は大きい。血が繋がっていることが信じられないと思うほど、私と下の妹、ましてや、母様と違う。でも、それだけじゃない何か。

 

 加えて、私がお付き合いをしている男性を、もう一人と共有するのなら自分も混ぜて欲しい、しまいには子供だけでもなんて……。いけない、それはいけない。

 

 まあ、今後の為もあるからって夜のことを少しだけ、ほんの少しだけ教えてあげたら赤くなっているぐらいだし、その心配はないだろうけれど。ましてや、ちょっとだけ大げさに言ったら顔を青ざめさせて……。ただの、たとえ話だっていうのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある女性は、ある目的の為、日々の努力を欠かさない。鏡の前で表情作りをしたり、一人で想定問答をしたり、妹の仕草を真似して赤くなったり、姉の話を反芻して赤くなったり……。そして、一日の仕上げに、感じたこと、学んだことを日記をつける。理論として体系立て、更に磨き上げる為に。実践は、やがて分厚い本となるほど。

 

 日記は、後に出版され女性のバイブルとなる。あるいは、それを参考に、アイドルと呼ばれる女性が生まれたりも。一部には過激とも思える性描写もあったが、それはそれで重宝されることとなる。

 

 

 

 


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